
高橋信次師と園頭広周師に学ぶ
「正法と創世記」
−エデンの園、アトランテイス大陸、ピラミッドの謎−
「 神 」
神とは大宇宙を支配する大意識そのものである。
太陽も人間も素粒子も、すべてこの大意識の経綸のなかで生かされ生きている。
「大宇宙の誕生」
この大宇宙は神によってつくられた。大宇宙が発生する以前の大宇宙は光明という神の意識だけがそこにあった。
「あの世とこの世がつくられた」
意識の働く宇宙(あの世)と物質界の宇宙(この世)の二つの世界を神は創造した。
何千億年前か何兆年前かわからないが、ず−っと過去の最も調和された或る星に、人間が生まれる目的のための生活環境が永い年月をかけて整備されていた。人間にとって必要なものすべてが。つまり、食糧も微生物も、共生する全ての生命体が人間の誕生を首を長くして待っていた。すべてのものが整った後に人間が誕生することになった。
「 数字の日本的よみ方 「ひ、ふ、み、よ、い、む、な、や、こ、と」は、天地創造から人類誕生までの順番である。」
一 、ヒ 霊 、宇宙のはじめには光明という神の意識だけがあった
二 、フ 風 、空気ができた
三 、ミ 水 、地球は水で覆われていた
四 、ヨ 世 、海面上に陸地が隆起し、地上が出来た
五 、イ 生命の出現。微生物や植物、藺または葦草の誕生発生
六 、ム 虫類や小動物の発生
七 、ナ 魚類や海に棲む動物の発生と誕生。魚を「ナ」と言う
八 、ヤ 鳥類の発生。鳥が矢のように飛ぶことを形容して「ヤ」という
九 、コ 大動物、獣類の発生。日本では昔から、牛の尻を叩いたり鼻つらをとってひく時に「 ココ、ココ 」と言った。「 コ 」とは獣類のこと。
十 、ト 人類の誕生、天孫隆臨。人をヒト(霊止)という。宇宙最始源の神の霊がトと止まって、止りとどまって現れたということ。これを天孫隆臨という。
現代の日本には漢字あり、平仮名あり、カタカナあり和洋の数字と多彩だが、英語を例にとっても大文字、小文字、はな文字、数字に過ぎない。日本よみの「ひとつ、ふたつ、みっつ、、、、、、、」が天地創造から人類誕生までの順番だった。その中でも最後の「十 」の 「 ト 」に人類が誕生した。すべてが準備されたあとに、神の子人間がこの地上界で生活をはじめたというのである。(園頭広周師の記述要約 )
「人間の誕生−それは忽然と物質化された」
人間は、神の意識から別れ、神の意思を受け継ぐ万物の霊長として産ぶ声をあげた。人間の誕生は、意識界いう実在の宇宙(あの世)に、まず姿を現した。そうして、神の意思である調和をめざす神の子として、物質界(この世)に誕生した。この世の最初の人間は地上の眼でみるならば、大地の一隈に、忽然と物質化されたといえるだろう。動物も植物も鉱物もこのようにして大地に姿を現わした。
「人間はあの世とこの世を輪廻する。」
あらゆる生命物質は、実在界・意識界(あの世)と現象界・地上界(この世)を循環することになった。
「小宇宙としての人間」
「神」の体である大宇宙に対して、「神の子」・人間を小宇宙と呼ぶ。人間の肉体細胞は六十兆個、大宇宙の六十兆個と言われる星ぼしとの関係は不思議である。
「大宇宙と小宇宙との関わり」
大宇宙から見れば、極徴の一点にすぎない太陽系を見た時、太陽を中心に九つの惑星が循環している。高橋信次師は、昭和五十一年五月の講演で「やがて十惑星の事実を知るでしょう」と予告をしたが、昭和六十二年七月にはアメリカのNASA(米航空宇宙局)が「太陽系に十番目の惑星が存在する可能性は否定できない」と発表した。どうも十惑星が真実のようである。高橋信次師は、意識によって宇宙の果てまで見通す能力を持っていたのである。「十惑星の新事実」は、高橋師が「地球には月以外のもうひとつの衛星が飛んでいる」と言った言葉と共に注目に値する。地球は大宇宙の中のひとつの構成員にすぎない。地球に住む人間は、またその中の極微な一員である。だが、人間の心(意識)は神の子として宇宙大の広さを持ち、人間は宇宙と一体という神性、仏性を生まれながらに持っている。
そこでウエブ・マスターは、考えた。大宇宙の中の、ほんの極微の一点にすぎない太陽系を見たとき、太陽系を中心とした十惑星の事実が、小宇宙である人間のからだのシステム系と一致することに着目した。まず、神のからだである大宇宙の六十兆個の星々の一系みだれぬ整然とした運動、例えば太陽と地球、地球と月の自転公転から割り出した時間は十万年に一秒の誤差しかないという事実。この超事実は、まさしく神の意志、神の意識のたまもの以外の何ものでもない。そして、肉体細胞の整然としたコントロ−ルは、人間の心(意識)の働きに外ならないのだ。太陽系を例にとれば、太陽を中心として十の惑星が理路整然と統制され、太陽は我々に熱、光りを無償で与え、生きる力を与えてくれる。
これと同じように、人間のからだの中で心臓は、太陽と同じ存在であり、中心となる。心臓から出された血液は身体のすみずみまで酸素やエネルギ−をあたえ、循環してまた帰ってくる。太陽系は太陽を中心として、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星と未発見の星を含めて十惑星があって、人間は心臓を中心に十系統の器官がある。どうして、これを述べるのかと言えば、現代医学の分類とは異なるが、十惑星と身体の十システムがピッタリ一致することを説明したかったからである。高橋師や園頭両師が教える「正法」は自然をお手本にするというもので、人間の体の機能を考えた時、現代の九惑星のままでは説明がつかないのに、十惑星ではキチンと整理できる。
「 太 陽 系 」 中心は太陽
一 、水星 二 、金星 三 、地球 四 、火星 五 、木星 六 、土星
七 、天王星 八 、海王星 九 、冥王星 十 、未発見の惑星

「 人間のからだ 」 中心は心臓、血管−血流系
一 、消化・排泄系 口 食道 胃 腸 肛門
二 、呼吸系 鼻 気管 肺
三 、通信伝達系 脳 脊髄 神経
四 、排水系 腎 膀胱 泌尿器
五 、生殖系 生殖器
六 、化学処理系 肝臓 胆嚢 脾臓 膵臓
七 、視覚系 眼
八 、聴覚系 耳
九 、骨格系 頭蓋 骨
十 、表皮系 筋肉 外皮 ツメ 髪
高橋信次師の「 ことば 」を要約しよう。
「人間を称して、小宇宙といいます。なぜ、小宇宙かといえば、人間そのものは大宇宙とつながっており、大宇宙の縮図であるからです。まず人体についてみますと、人体は、約六十兆からの細胞からなりたっています。そうして、心臓、肝臓、などの諸器官は、それぞれ特有な細胞集団によって形成されています。特有な細胞とは心臓が肝臓になったり、肝臓が心臓となることは出来ないためです。地球は地球であり、火星は火星としての特質を持って、太陽系に依存しているのと同じです。そうして、各諸器官が、よく調和統一されることによって、人間それ自身の生活を可能にしているのです。ですから、各器官一つでも欠けたり、痛めば、人間の五体は、全体的に、その機能を弱めることになります。しかし、人間の五体は、血液の万遍ない循環によって保たれています。心臓から出された新しい血液は、体のすみずみまでゆきわたり、各諸器官を動かし、再び心臓に還ってきます。そうして又、心臓から排出されてゆきます。太陽の周囲を、惑星が、円を画きながら、まわっています。循環の法則にしたがって、まわっています。そうしてその法則を続けることによって、各惑星そのものは、惑星としての役目を果たし、太陽系を形成しています。太陽系を人体にみたてると、実に、よく似ていることが分かります。地球や火星の円運動が可能なのも、太陽があるからであり、太陽の熱光がなければ、こうした円運動、生命の躍動は停止してしまうでしよう。人体各部の諸器官が、その機能を果たせるのも、かわりない心臓の働き、血液の循環によってであり、心臓が停止すれば各諸器官も、その機能を停めてしまいます。しかし、人間の心そのものは、宇宙の意識につながっていますから太陽系よりも大きく、大宇宙に広がっていることを忘れてはなりません。
何れにしましても、太陽系にしろ、人体にしろ、その機能を調和させているものは何かといえば、大宇宙を支配しているところの意識、エネルギ−であり、人間にあっては、生命エネルギ−であります。その生命エネルギ−は、大宇宙意識に通じており、神の子、仏の子といわれる所以も、ここからくるのであります。そうして、その生命エネルギ−、意識の中心が、心であります。その心が、人体各部を調和統一させ、五体を維持させています。血液の流れも、胃腸の働きも、すべて、人間の意識、生命エネルギ−である心が指令していることを忘れてはなりません。ですから、人間が感情的になったり、怒ったり、悲観したりしますと、体のどこかに支障をきたします。胃腸などはとりわけ敏感ですから、その働きを弱めることになります。”病は気から”とは、この辺の事情、人間の心の在り方を伝えたものです。生命エネルギ−の補給は、夜の睡眠であります。肉体ロスの補充は、動物、植物、鉱物のエネルギ−からとります。このように、人間の五体は正法に適った循環の法則に従って維持されていることが分かります。それ故、その法則にそった生き方をしておれば、健康は維持され、神仏の恵みも、自然のうちにうけられることになります。」
これより、人間と宇宙との関係について、これまでに科学的に明らかにされていることを列記してみたい。
● 肉体的人間と宇宙とのかかわり●
一 、女性の排卵周期とのかかわり
女性の排卵の周期は、太陽系の太陽、地球、月の自転公転の輪廻 、循環と同様に、月の周期と同じ約二十八日に一回排卵日が循環してくる。それは、女性の体温差によって排卵日を確認することも出来るが、精子の場合は卵子の周期性と異なり、自由に調和されて時間の影響を受けることはない。女性の生理は「月のもの」「月経」と言われ、月齢や潮の干満と関係が深いと言われる理由である。この女性の生理は、二十八日に一回の排卵が行われ、精子との調和、合体がなされて妊娠、または受胎と言うが、生理(メンス)は、合体が行われなかったために、受胎準備の解除の証として起こる。医学的デ−タ−では生理の始まるのは新月か、満月の日に多いと言われるが、排卵はその前に行われることになる。月に一回の排卵された貴重な一個の卵子に対して、精子の周期性にはないと言われるものの「その日」に合わせ欲情するように神様はおつくりになっているはずだ。それが、人間は、満潮、干潮に合わせて欲情しているのだという説の根拠にもなるのである。
一 、人間の「死」とのかかわり
人間はこれまでの経験のなかから、人間が死ぬときは、たいてい海が干潮のときだということを知っている。或る作家のお母さんが亡くなる時、死に近づく息づかいを克明に観察、記録したところ、息を引きとられたのが干潮のクライマックスであったという。ウエブ・マスターの父の死も、最後の心臓の鼓動が干潮のその時であった。
一 、海水と血液
血液は海水とよく似ている。海は生命の母といわれる。「母」とは生命を生む者のことを言った。医者が、病人に対して生理食塩水を注射して元気を回復させる時代もあった。昔は戦争で負傷した人への緊急医療として、海水を注射した例もあるが、この自然の浄化水である海水が血液に似ているとは不思議である。
一 、満潮と出血
ある有名なドイツの外科医は手術の時に、海が満潮になると、決って患者の出血が多かったという報告で知られる。
一 、炎症とのかかわり
最近は手術も少なくなってきたが、盲腸炎やへんとう腺炎のような病気が、月齢に関係があり、下弦のあと、三日くらいのところで発病することも知られている。このように宇宙とのかかわりを持つと言われる病気に対して、高熱が出るからとか、いつも腫れて熱が出て困るからという理由で、炎症が起きる器官を外科的に手術して取り除くことが、果たして正しいものかどうか。そのひとに何かを反省させるための現象とは考えられないだろうか。
子供が、いつも熱が出るとか畜膿症で困るとか、その子供の姿を見て親が心を痛める場合は、夫婦の不和、家庭の不調和に対する警告であり、反省のまたとないチャンスなのである。家庭が調和され、夫婦が仲の良いところには、困ったことは起こらないものだ。ウエブ・マスターの学友に医者の子供がいた。いつも蓄膿症に悩んでいて、春、夏等の長期休暇の後には手術の跡が痛々しかった。今度は東京の、前回は大阪の○○名医が手術してくれたと言っては傷跡を見せてくれたものだが、上顎骨の洞という洞を手術の対象にし、顔は傷だらけであった。なぐさめる言葉もなく、ただ可愛想うだなと思うだけだった。そしてその後もその人はいつも、蓄膿症とやらに悩んでいた。
高橋師の「ことば」の中から
「小さい子供の場合は両親の心の調和度が反映されているから、子供に事故が起きる、病気するというのは、両親の心の在り方、生活の在り方について反省を求めていることを予告している。(註:なぜ親に原因があるのかと言えば)子供の自己保存本能は、自我我欲というにはあまりにも純粋であるからである。」
一 、体温、脈拍、血圧とのかかわり
寄せては返す波の一分間の回数は 18回
体温は 18X2=36度
一分間に打つ心臓の鼓動は36X2=72回
最高血圧は 72X2=144

「地球の誕生」
現代の科学によると地球は約五十億年前に誕生したという。高橋師は「地球誕生は三十三億年前」と講演の中の「ことば」が残っている。人間がこの地球上にすみつくようになるのは、今から三億六千五百年前のことであった。神はその意思をもってエネルギ−をつくり原子をつくり、分子をつくり気体を発生させ、やがて液体となり固体となり、大宇宙は神の意識のままに整然と天体がつくられた。太陽を中心とした星雲はそれぞれ凝固すると太陽を中心として自転しながら公転し始めた。地球は、太陽の自転によって飛ばされた一つのガス状の星雲であった。太陽の回転によって飛ばされたガス状の塊りが、永い時間の経過に凝固して、それぞれが太陽を中心として回転する惑星となったのである。ガス体であった地球が次第に冷え固まって地殻を形成した。空ができ、できたばかりの地球は全部水におおわれていた。水におおわれていた地球に爆発が起り、やがて水面上に陸地が現れた。それからまた地球全体が爆発する。その頃の地球は噴煙と灰と溶岩が噴き出たための水蒸気によって空は真っ暗であった。空に昇った水蒸気は雨となって地表面に降る。また、海底火山が爆発して、灰と水蒸気を天に吹き上げる。そのうちに全地球的な爆発はなくなり、天にのぼっていた灰も水蒸気も地表面におさまって地球は静かになり、晴れた空と、海と、陸地とに分かれて、やがて、生物が発生し、人間の住む環境が整えられた時に神の子である人間が天孫降臨したのである。(園頭広周師の記述要約)
●高橋師の「 ことば 」から
「かつて地上に人類が住む以前は、火山爆発と雨のくりかえしがつづき氷河時代を何度も現出した。これは火山爆発の降灰が天空に舞い上がり、層をつくり、太陽の熱光を遮断したため地上の気温をさげたからである」
「 最初の生物の誕生 」
地球に生物が住むようになったのは、今から数億年前である。最初の生物は、太陽の熱・光と、大地と、海水と空気と、それに意識界と表裏一体の宇宙空間の相互作用によって地上に現れた。微生物が誕生した。続いて植物が発生し、動物が姿をみせはじめた。「ヘビは地球の人類より古い五億年前」と高橋師は言い残している。
「人間をはじめとする生命物質が成り立つための五つの元素」
高橋師は教えた。人間をはじめとする生命物質が成り立つためには五つの元素がある。それは地球という大地、水、空気、太陽、宇宙であると、そして中国の「天台智ぎ」は、これを、地(地球)、水、火(太陽)、風(空気)空(宇宙)と説いた。
「地球の最初の人間は、他の天体から飛来した」
神が大宇宙を創造され、大宇宙の片隅に忽然と物質化された人間が、地球の誕生より以前に、大宇宙のどこかの星で生活をしていた。その星で素晴らしい文明、即ち霊的、物質的文明を築いた他の天体の人間が、一団となって地球に飛来し生活をはじめた。
「最初の地球人はベ−タ−星から飛来した宇宙人だった」
地球が、人間の住める環境になった三億六千五百年前に、数億光年先のベ−タ−星より、円盤(UF0、反重力光子宇宙船)に乗り、年若き調和された緑に包まれた地球へ飛来したのはベ−タ−星人だった。ベ−タ−星は風土、気候一切、地球と変わりなく、肉体的にも地球人とまったくかわりないと高橋師は教えた。高橋信次師が昇天(昭和五十一年六月)する直前の五月四日の講演会では、高橋師の力によって長女、佳子氏に天使長ミカエルを降霊させ、彼女の声帯を通して語らせるビデオが残っている。佳子氏の口を通してミカエルはベ−タ−星を「ベルタ星」と発音している。高橋師の他の会場での講演テ−プを数巻聴き比べても、高橋師は全て「ベ−タ−星」と言っている。発音の違いであろうが以下ベ−タ−星で統一したい。それに、もう一つ注意していただきたいことがある。ベ−タ−星人の飛来は「三億六千五百年前」と記述したが、先述の昭和五十一年五月四日、緑の休暇の研修会での「現証」の時間に高橋師は佳子氏にミカエルを降霊させた。これよりビデオを再現してみよう。
高橋師は、二つのイス壇上に自ら気さくに持ち出す。佳子氏と関氏を呼ばれ、関氏にマイクを渡しながら「関先生、ミカエルを入れますから、話を聞いてください。ミカエルを入れますから」と、イスに座っているいる佳子氏に対して、高橋師は立った状態で右手の手のひらを向けながら何か解らない言葉(異言、その当時の言葉)で話しかける。すると、それと呼応したように佳子氏の口から同じような当時の言葉が返える。二人が何を喋っているのか我々にはチンプンカンプンで解らない。それからゆっくりとした日本語で、ミカエル天使長は佳子氏の口を通して語り始める。
「ミカエルでございます。私達が初めてこの地上界に参りました時は、今から「三億四千六百年前」でございました。私達が参りました地は「ベルタ」と言う星でございました。ベルタの星は調和され、もう私達の力は不要となるために、そこで魂は分かれたのでございます。そして私達は、新しい緑に燃えた神のお選びになったこの地球に、私達の主であられる「エルランティ」と共に、「七大天使」は「エルカンタラ−」という所に着地しました。この地をエルランティは「エデン」という名前をおつけになりました。エデンというのは調和された土地、安らぎの土地という意味でございます−−−−」
ミカエル天使長は佳子氏の声帯を通して「三億四千六百年」と言っている。私たちの感覚からすれば、億年単位だから四千年も六千年も大した違いは無いとは思うが、ウエブ・マスターは次の理由にによって「六千年」の方に統一したいと考えている。その理由は、こうである。
高橋師が「ベ−タ−星」とか「三億六千−−年」と明らかにし始めたのは昭和五十一年の昇天する頃からであった。それは昭和五十一年三月、四月、五月、六月の講演生テ−プや講演筆録によって明らかである。ところが講演筆録によっては、「六千万年」という記述も残されている。これらのテープ全部を所有していないので確かめようも無いが、高橋師の講演はスピ−ドとリズムに乗ったもので、言い間違いもあったかもしれない。ところで、高橋師にもっとも古くから交流していた高弟に村上宥快という人がいた。この方はすでに故人になられているが、氏の残された著書には「三億六千四百五年」と書かれている。高橋師が亡くなる頃には、村上氏は、高橋師が創設した「宗教法人GLA」とは距離を置いていた。高橋師が亡くなる一と月ほど前の五月八日、村上氏は一人で高橋師を八起ビルに尋ねられた。
その時、高橋師は病床にあった。消耗しきった様子で、「光を入れてくれませんか」と弱々しく頼む高橋師に村上氏は「光を入れ」る。しばらく過って、血の気ももどり、少し元気になった高橋師は、村上氏にノ−トを取るように命じた。「今より、三億六千四百五年前ベ−タ−星より地球上に脱出−−−−」と静かにそしてはっきりと語り始めた。氏の著書には、この情景がこと細かに記述されている。「GLA」にも出入りはしない、講演会にも顔をださぬ氏に、久々に尋ねてくれた最も古き弟子への情愛を示して、氏一人のためにゆっくりと話し始めたのである。一言一句を聞きのがすまいと氏はノ−トを取ったに違いない。二人だけの独演会に、村上氏は師弟としての気やすさから、難解な語りは聞き返し反芻しながらの一と時であったと推察できる。その時のノ−トの記録を元にして氏は著述されたであろう。このような理由によって「三億六千五百年前」と統一して記述することにした。高橋師の講演はすごい迫力とスピ−ドで間断なくなされるので、言い間違いもあったと思われるが、いろんな人の講演と比較しても他に類を見ない。さすがだと思う。師の話は、神理の「ことば」だから砂に水が吸い込まれるように心にしみ込んで行く。ぜひ一度、機会があったら講演ビデオやテープを聞いて欲しい。そして、年数の真偽は、読者の判断にゆだねたいと思う。
「エデンの園はエジプトとエルサレムの中間にあるアル・カンタラ」
ベ−タ星より飛来した一団は、天上界の最高責任者であるエルランテイが、七大天使以下六千人のベ−タ−星人とともに、ナイル川の三角州より少しスエズ運河に近づいたアルカンタラに着地した。六千人の第一艇団が、そこにエデンの園をつくった。この六千人の第一艇団は如来界、菩薩界の高霊格の人達だけだった。高橋師は「エデンの園」の場所を明らかにしたが、現在のアフリカは砂漠地帯となり、生活環境が大変厳しいことは誰でも良く知っている。「よりにもよってあんな暑くるしい場所がエデンの園だなんて」と、にわかには信じられないと考える人も多いと思うが、当時は今のような砂漠などではなく、温暖で緑豊かな素晴らしい環境だったようである。三億年も前のことだから高橋師の言い残した「ことば」を信じる以外にはないが、数年前にスペ−スシャトル・コロンビア号に積み込まれた地球観測機器がエジプトの砂漠に埋もれた古代の大河を発見した。ナイル河とは別の大河だという。現在の乾燥した気候とは違って、この河の流域で五千年程前に、古代人が生活していたと推定されると報道していた。砂に埋もれた古代の大河や緑豊かな穀倉地帯をうかがわせる新事実が判明しているのだ。これをどう考えるか。これは地軸の移動等による、気候帯の変化があったと推定できる。つまり、現在のアフリカのように乾燥した砂漠地帯ではなかったことを意味する。これから考察しても、三億年ほど前のアフリカはしのぎ易い理想郷だったと断言しても、誰も否定する事はできないと思う。
●「天上界の最高責任者エルランテイ」●
モーゼはそれを「神」といった。だからユダヤ人はエホバ、ヤーベを神だと信じている。昭和四十八年九月志賀高原高原で十人の特別研修が行われた。このとき高橋師は、「モーゼにヤーヴェと名乗って啓示をを与えたのは僕ですよ」、と言っている。これは「奇跡の写真」の項で詳しく述べているので参照して欲しい。
●「七大天使はどんな人たち」●
七大天使はミカ、ガブリ、ウリ、サリ、ラグ、パヌ、ラファ、の七人だった。のち、彼らの功績をたたえて、エル(ライト・神の光、エル・ランテイのエル)をつけて、ミカ・エル、カブリ・エル、ウリ・エル、サリ・エル、ラグ・エル、パヌ・エル、ラファ・エル、と呼称した。
「七大天使の使命と役割」
ミカエル −−宇宙界と如来界をつなぐ天使長として七色の翼を持つ。
ガブリエル−−釈迦、イエス、モ−ゼに正法布教の状況を通信伝達する。ガブリエルの下にはセラビムと呼ばれている菩薩、ケルビムと呼ばれている諸天善神がそれぞれ数百名配置され動・植・鉱物・などの動物霊、自然霊などを指導調和させ、地上の調和を図る使命を持つ。イスラム教のマホメットを天上界から指導したのはガブリエル(釈迦の時代の舎利佛で、現代の園頭広周師)である。アラ−の神とはエルランテイであり、釈迦であり高橋信次師である。
ウリエル −−政治、経済、自治
サリエル −−医学、薬学
ラグエル −−法律
パヌエヌ −−科学全般
ラファエル−−芸術、文学、歴史
ミカエルはメシャではなく、真のメシャの助力者で天使長である。エホバ、ヤ−ベ(ヤハウエ−)、アラ−は、エル・ランテイであり現代の高橋信次師であった。真のメシャとはエル・ランテイの分霊としてのイエス、釈迦、モ−ゼをいう。天上界ではイエスはイマニル・イエス・キリストと呼ばれ、釈迦はカンタ−レ、モ−ゼはモ−ゼと呼ばれている。
「釈迦、イエス、モ−ゼの役割と使命」
釈迦・・・・王子という富裕な階級に出生し上へも下へも全般的に正法を広める役割
イエス・・・左官の子として貧しい階層に生まれ、貧しい者の味方となり下から上へと正法を広める役目。
モ−ゼ・・・奴隷階級に生まれた後、王宮にひろわれ一躍上層階級にのぼり、上から下へと正法を広める役割であった。

世界宗教といわれるキリスト教、仏教、ユダヤ教は、神(大宇宙大神霊)の人格的発現がエル・ランテイとなり、その神の救いの慈悲が、それぞれの役割により示現を異にしたのであった。それは、釈迦を中心としてキリスト、モ−ゼとして現れ、これらのお三方を三位一体というのである。
「エデンの園の六千人の住民は如来界、菩薩界の人達だけだった」
エデンの園の住人は如来界や菩薩界の人達だけだったのである。高橋師は日本人として生まれたので、日本人が馴染み易い仏教的な用語(如来界、菩薩界など)で説いているが、キリスト教なら、光の大天使や光の大指導霊とでも言いあらわせる。どんなに立派な人格(霊格)の人達の集りか、他の項でも出てくるので簡単に説明する。

「 人間( 霊 )の段階(人格と霊格) 」
神の前において、人間は皆、平等だが、人間性の段階はある。
(これより高橋師の分類の要約)
神 → 如来界(金剛界)→菩薩界→神界→霊界→幽界→地上界→地獄界→魔王
●色は天上界 ●色は地獄界
この太陽系には三百六十億の霊魂がおり、「本体一と分身五」の法則により、この地球には計算上、六十億人の人間が肉体を持つもとが出来る。しかし、地獄界に安住したり、人間のご都合主義による堕胎や人間の想念行為の結果による天災(本当は人災なのだが)等によって現代は五十億程度である。
地獄界 修羅界→餓鬼界→畜生界→煉獄→無間地獄→魔王
● 如来界(金剛界) 八次元の世界
宇宙は我なり(宇宙即我)と悟り、一切の執着から離れ人類は皆兄弟だという境地に達している方達で、神と裏表一体となり、如来、上々段階光の大指導霊達の世界。イエス、モ−ゼ、釈迦(ゴ−ダマ・プッタ)等、あの世とこの世を通して四百二十五人(一九七二年現在)がおられ、地球上を支配している。太陽系には、ほとんどアガシャ−系グル−プの者達が多い。如来界には宇宙全体の諸現象を即座に見ることの出来る展望台があり、それはどんな小さな問題でも見落すことがない精妙なものである。たとえ、如来であっても実在界(あの世)と現象界(この世)の輪廻はくり返され、この現象界で地上界の人々の失われた心をとりもどし、神理の種を蒔いて還るのだ。イエスさまの住いはイスラエルの上空に、ブッタの天上界の住いはインドの上空にあると考えてよい。
● 菩薩界 七次元の世界
心は慈悲と愛に満ち満ちて、地上界、天上界の衆生を救っている。調和された世界で、心を悟っている者達の世界。ペテロ、アンデレ、パウロ、ミロク、マンチュリア、カッチナ−、日蓮、親鸞(菩薩界でも下位の段階)等、この世とあの世を通して約二万人(一九七二年現在)の光の大指導霊や菩薩。
● 神界 六次元の世界
人から、損害を与えられても、人を非難しない。人を非難する前に、まずその原困をふりかえり、二度とふたたび、その原困をつくらないように努力する世界。皆人類は兄弟だということを知り、魂の転生輪廻の事実を悟っている。自我心がなく、専門的な分野で研究がなされている学者や博士の多い世界で、医学、天文、科学、哲学、文学など一切のエキスパ−トが百般の研究を読けている世界。八正道の尺度がどの界に当たっているかと言うと「神界」にある。この世とあの世を通して一億数千万人の世界。日本の宗教界では法然や道元は神界の人であった。
● 霊界 五次元の世界
この世界はいわば持ちつ持たれつで、人に与えたものは与えられる。与えたものが返ってこないと気持がスッキリしない「正しさ」が支配している。生前における常識の観念がここでは価値の尺度になっている。地球上の人類の三分の一が「霊界」以上、三分の一が「幽界」クラスの人たち、三分の一が他の天体からはじめてこの地球上に魂の修業に出てくる人達である。特別の使命を持った光の天使は霊界以上の三分の一の中の一割位である。その中には学者あり、経営者あり、あらゆる人達がいる。霊界から神界の裏側には天狗界、仙人界(キンナラ・マゴラガ・インナパ)があり(ヨ−ギス−トラ、日本の修験者達が多い)、肉体行によって法力だけを学んでいて、相変わらず、厳しい肉体行をやっており苦しみから解脱していない、自我の強い者達が多い。この住人は、この地上界で厳しい山中修業を行った行者達が多く、他人に対しては慈悲が少ない者達の世界である。
● 幽界
この世界は自分という立場が正しさの尺度になっている。自分さえよければ、人はどうでもというエゴの世界であり、自己保存を損なうものは正しくない、つまり悪につながるという考え方である。現在の社会は、まさに幽界の正しさが支配しているようである。人間の魂の修業にとっては、この世の一年は、あの世の七十年、九十年にもなり、この世の修業(善と悪のいりまじった)が如何に大切かということになる。
これまでの説明でお解りのように、「エデンの園」時代は六千人の 如来界や菩薩界の人達ばかりと言うのだから、こころ優しくて思い遣りのある素晴らしい人達ばかりの集団だったのである。これこそは、正に古代から人々が夢にまで見て、理想として現代まで語りついで来た理想郷、ユ−トピア「エデンの園」だったのである。まさしく地上天国だった。どちらを向いても、心温かい心優しい人達ばかり、このような世界は考えただけでも、心がウキウキ、心はワクワクする。
●(高橋師の「ことば」から)
「今から三億六千年前のこの地上は恐竜などの動物が居て荒れていました。そこで地上に隆り立った人類約六千人は荒廃している地上を、人間の住む理想郷にするためにユ−トピア建設に乗り出したのです。やがて、地上はその目的が達せられ、世界各地に現代以上の文明が栄えました−−」
この第一艇団の六千人のベ−タ−星の人間が、そして第二艇団の人間が三億六千年の間に、約五十億の世界人口となったというのだ。勿論、その間に七度の天変地異によって人口の増減はあった。これが「ノアの箱船」伝説として残っているが、霊統はそれぞれ違うものの地球人の肉体的血縁はこのベ−タ−星の人間から派生したものであり、兄弟と言えよう。
●(これより高橋師の「ことば」から)
「そして、三億六千年前の最初の頃の地上界は、文明は高度に発達し、年令は五百歳、千歳近くまで生き、科学は専ら磁気、磁力、光の力を利用し人間は自由に空を飛び、地中に都心をつくりました。言葉は統一され、生活様式は自由のなかに統一され、それぞれの分野で、それぞれの能力を思いのままに伸ばしていました。争いも、そねみもなく、人々はその生活を楽しみました。この時代になると恐竜は地上から姿をけし、人間の友である、犬や猫、両棲類もいました。勿論、爬虫類であるヘビもいました。人間に危害を加える動物はこのヘビを除いてはほとんどいません。ヘビの歴史は約五億年になります。人類や恐竜よりも古いのです。その生命力狡猾さは他の動物とは比較になりません。人類はこのヘビには随分悩まされました。当時の人類はあの世を知り、この世の目的も知っておりましたからヘビの存在理由を熱知しており、互いにいましめ合い、ユ−トピア建設にいそしんだのです。」

「三億年前の人類が、現代文明以上の高度な文明をつくった謎」
私達、現代人の常識として、時代をさかのぼればさかのぼるほど科学文明は劣ると考えがちである。それもある一面ではマトを射ている。ほぼ解明され尽くしている日本の二千年ほどの歴史をヒモ解いて行った時、古墳時代から始まって、確かに現代の科学文明よりも劣っていた事は明白である。二千年前には、テレビも空を飛ぶ飛行機も無かった。しかし、歴史を千年、万年、というスパン(時代の長さ)で測って見ると、はたして何如なものか。近代の科学文明はワットの蒸気機関、エジソンの電気に始まる科学文明の黎明期から現代のコンピュ−タ−文明までの進歩は、たかだか、三百年の歴史に過ぎない。カゴかきの時代から、現代の新幹線やリニヤモ−タ−カ−の時代は想像も出来なかった。永い人類の歴史からすれば、一瞬のまばたきに過ぎない。このような観点から考えて見て欲しいのだ。
永い歴史を持つベ−タ−星の六千人をはじめとした超エリ−ト達が、高位の霊魂達自らの意識をヒモ解きながら彼らの超文明を思い出し、参考にしながら、現代の科学的常識からは考えもつかないような超科学力を駆使して、現代文明以上の高度の文明をつくったのである。
『地獄界(暗い世界)はどうしてできたのか』
地獄の世界は「神」がおつくりになったのではない。この世(地上界)を縁として人間がつくり出したもの。高橋師が亡くなる直前の昭和五十一年の六月四日の研修会で、「新復活」という講演がなされた。その中に「地獄界の実態」が語られている。その一部を引用する。
「−−現代のエジプトナイル渓谷の東部にあるエルカンタラ−(現代の地図ではアルカンタラ)と云うところに着地します。その場所が一番最初のエデンの園です。約六千人のベ−タ−人が全部この地球上におりてまいりました。それぞれ七大天使はラファエルをはじめ文芸や芸術、政治経済、あるいは立法、科学、あらゆる担当をして総括的にミカエルが中心になってエデンの園をつくりあげました。そしてその当時は同じベ−タ−星の人間であっても皆さんの肉体とまったくかわっておりません。風土、気候いっさい地球上とかわっておりません。魂と肉体、今皆さんの持っている肉体は、あくまでも物質であり、人生航路を渡っていくための舟にしかすぎません。そのため、当時の人々は天上の世界とコンタクトでき、人間の心は調和され物にこだわることなく全てが調和された世界であります。そのようなエデンの園にやがて第二艇団が地上界に移ってまいりました。その時エルランテイ−は天上の世界へ帰りました。これが天上界、地球上の創世記です。地球の創世記は三億六千数百年前に最初の七大天使がこの地上界に生き約六千人の人類がエデンの園をつくり、第二艇団が地上界に着地し生活するようになって立法を犯す人々が出てまいりました。その為に、その責任者であるミカエルは規律を破るところの民に対し一部分エルカンタ−ラから移しまして「そなた逹は神の子としての己れ自身を再確認するために、もう一度自分の思念と行為、行っていること、思っていることを修正していらっしゃい」とその場所から多くの人々がその位置をかえました。その人々が後、エデンの園との連絡を絶ち、やがて天上界との連絡をたち、ついに天上の世界に帰ることなく、地獄の世界をつくり出してしまいました。当時は地獄は存在していなかったのです。それがアダムとエバの後物語に変わってしまったのです。その為に創世記の映画とはちょっと違いますけれども、私はこの肉体をもって天上の世界に行って、現実にその姿を見て来たのです。
皆さん自身は、なぜ三億数千年前のことがわかるんだろう、と疑問を持つでしょう。疑問など持つ必要はないのです。皆さんの心の中には、過去、現在、未来、は一点なり。皆さんの肉体を支配しているところの、潜在されている九0%の意識の中には、永い永い転生輪廻におけるところの一切の記録を持っております。そのために過去、現在、未来は一点なり。皆さんの心の中に今、存在しているのです。皆さんの現在は過去、現在を集約した現在そのものの姿なのです。ただ肉体を持ってしまったために、自分がわからないだけなのです。その心を正し、真の神の子としての道を己自身が生活に生かしていったならば、その実体を知ることができます。それだけに最も、粗悪な光の集中固体化したところの地球上の肉体を持ってしまうと、人間は皆盲目になり、それがために、物がすべてだ、地位がすべてだと、情欲に駆られ、神の子としての本性を失ってしまったのです。しかし、皆さんの心の中には、偉大なるところの智慧が誰しもが存在し、持っているのです。それが、生まれて現在までの間に、思ったり行なったりする正しい基準を失ってしまったために、心をスモッグにおおわれ、神の光を自からして遮り、ただ分からなくなっているだけなのです。それゆえに、我々の物理学上におけるところの時間と空間は不確定です。しかもまた、心の面におけるところの時間は過去、現在、未来は、現代をして一点であるというのです。皆さんの心の中には、そのようにはっきりした偉大なる智慧が存在しております。
それを調べあげて行く結果において、三億数千年前のエデンの園は、すでに人類がこの地上界へ出て来て、第二艇団移住の時にエデンの園は、一部の物質欲に駆られた人々によって道を間違えてしまったのです。そしてエルラテイをはじめとして七大天使はこの地上界をあとにします。そして多くの遺産をこの地上界に残し、後の世の人々が、その偉大なるこの残した地上界の遺産をどのようにして活用するかを、私達は天上の世界において暖かく見守ってまいりました。しかし物におぼれ、肉におぼれ情欲におぼれた一部分のエデンの園から離れた人達を救済するために、天上の世界よりルシュフェルという天使を出しました。ところが、たとえ天使なりといえども地上の不安定な肉体を持ってしまうと、手足をもがれたと同じごとく、生まれた環境や教育や思想や習慣を通す中に己の本性を忘れ、ついにルシュフェルはサタンという名前に、その環境に生まれている間に彼は自分の地位と名誉のとりこになり、ついに天上の世界と交信をたち、この地上界を去るとき、天上の世界に帰ることなく、地獄の世界へかえってしまったのです。そのサタンは現代は地獄の帝王になっております。これが最初の地獄界の実態です。こうして多くの天使達は天上の世界からこの地上界の動きを観察し神の子にもどす為に、多くの光の天使たちをこの地上界に送りました。エルランテイ自身はアガシャ−という方を、光の分霊です。この方を送ります。さらにまた、カンタ−レ−、と言う方を送ります。後のゴ−ダマブッダです。天上界ではカンタ−レ−、と言っています。お釈迦様とは言ってません。ゴ−ダマブッタ。アガシャ−は後のイマニエル・イエス・キリスト、モ−ゼはモ−ゼです。さらにまたイエスがゴ−ダマブッタが生まれるときにはガブリエルという方は主として伝達の係をし通信関係の責任者です。ゴ−ダマ・ブッタがインドに生まれる時には、ガブリエルのグル−プの方がゴ−ダマの生まれることをゴ−ダマの両親に通信を送ります。アシタバという仙人です。」
地獄界の諸相
● <修羅界>
栄達を望み、そのためには平気で人を陥れ、利用し、自分の利益のためには人がどんなに傷ついても平気でいる人、闘争に明け暮れている人、常に人を争わさせて面白がっている人、闘争対立の心をもつ人、常に心の中に争いの心を持つ者のいく世界。信仰することによって争いを生みだす者達の行く世界。
● <餓鬼界>
金銭欲の強い人、この世に未練や執着を持つ人、足ることを知らず常に不足の思いを持った人、いくら食べても、いくら持っても満足することを知らない欲望の塊りみたいな人が行く世界。
● <畜生界>
動物と同じような性格を持った人、ねちねちと執念深い人、見境なく性欲に狂う人、人をだます人、動物の本性まるだしの者達の行く世界。
● <煉獄>
常に心の中に闘争と破壊の渦巻いている人、そしる人、怒る人、ひどく悲しむ人、うらむ人、偽善者、エゴイスト、狂思想者、狂宗教家。
● <無間地獄>
集団で闘争を計画したもの、戦争の計画者、権力を持って大衆を間違った方向へ指導した者、間違った教えを説いた宗教家達の行く世界。ヒットラ−、スタ−リン等。
● <魔王>
三億六千年前、エルランテイ−と共に飛来した大天使の一人、ルシフェルは天上の世界に帰ることなく地獄の帝王(サタン)になった。

「ノアの方舟現象とは何か」
子孫が子孫を生み自己保存のとりこになると、平和な地上は争いの巷と化し、戦争と略奪、支配者と被支配者が生まれ地上は荒れて行った。人々の暗い心の曇りは神の光りをさえぎり、その結果、磁気、磁力を利用した超科学は、天災という名の「人災」で破壊され、天変地異は心ある人々を残して、土中に海中に消えたのである。これを地球の浄化作用という。このようなノアの方舟現象と呼ばれるものは、三億年余りの間に七回起ったと高橋信次師は教えたのだ。それからというものは、人間は自由に空を飛ぶことも地中に大都市をつくることも出来なくなり、為す術もなく一時期を過ごすことになる。最近ではアトランティスも、ルビジアも、ム−大陸も海中に沈み、陸は海に、海は陸になった。今日、東洋と西洋とに分かれてさまざまな言葉が生まれ、文化に断層が生じたのもム−大陸(太平洋)、アトランティス大陸(大西洋)が陥没し、その姿を失くしたために起きたものである。この両大陸があった当時は、アジアとアメリカ大陸は陸読きで、文明文化に大きな格差が生じることはなかった。
「ノアの方舟現象を試みる」
人類誕生から七回天変地異が起こり、その度に大地が陥没し、人口は増えては減り、減っては増え、一から出直しやり直しをするというノアの方舟現象というものが七回起ったというのである。このアトランティス陥没にみられるノアの方舟現象というものがどのように伝えられて来たのか、旧約聖書創世紀六章〜第十章に書かれている「ノアの方舟」について見てみたい。
「・・人口が増えて地上に悪が満ちて来た。神はノアに命じて方舟をつくらせ、その方舟にノア一族と潔い獣の中から雄と雌とを七つづつ、潔くない獣の中から雄と雌とを二つ、空の鳥の中から雄と雌とを七つづつとって載せ、その種類がやがて全地のおもてに生き残るようにしなさいと命ぜられた。四十日四十夜雨が降りつづいて、やがて地上はすべて水に覆われ、方舟はアララテ山にとどまった。水は減った。地上の生物はすべて死んだ。ノアの方舟に載っていたノアの家族と動物の子孫がやがて地に満つることになった。・・」
このように何千年、何万年もすると文明はまた発達する。人口が増えるにしたがって自我意識が強くなると、人々の暗い想念が神の光をさえぎる。するとまた、天災地変、天変地異が起るのだ。このような一番近い過去に起きた大地の陥没は、約一万二千年前のアトランティス大陸の陥没であったと高橋信次師は明かした。その証拠に世界中には何千メ−トルもの高地に貝の化石があったりする。地表の岩石層は地球全体から見ると決して硬く安定したものではない。なぜなら一番軽いから地球の表面に浮き出ているのだ。いつどんなことで、隆起したり、陥没したりするかわからない程、不安定なものと言える。わかり易く説明すると、この薄い地表の岩石層は、卵を地球とすれば、卵の殻に相当する部分と考えて欲しい。この隆起、陥没するところは、人間の暗い、神の光を閉ざしたところに起こると高橋師は教えた。
人類の暗い不調和な想念が集団的となると、それが地下に縦横に走る血管とも言えるマントルに圧力がかかり、至る所で火山が爆発し黒雲は天をおおい冷害、大水となって大地は怒る。その為に高度に発達した文明の器機も土中に海中に消えて失くなり、文明も終焉を迎える。一握りの心ある人達は仕方なく土中に穴を掘り、穴居生活を始めなければならなくなる。その内に、着ていた着物もボロボロになり、そこらにある草木で織ったものか、動物の毛皮を身体にまとい寒さをしのぐ。電気も、磁気も、光で動く乗り物も今はすでになく、洞穴の中で当時の模様を語り合う。「あの頃は便利だったね、でも、すべてを失くしたけれど今の方が平和で充実しているよ」等と語り合う。食べ物は野にはえる植物や果物、そして狩りで捕えらえた動物達。持って来たマッチのような火をつけるものも、その内に使い尽くし、どのようにして火を点けようかと考える。そして文字を書く紙も底をつき、一日に動ける範囲は人間の歩く距離。連絡出来る距離も限定され、五十年過ち、百年過つうちにその時の大人達はあの世に帰り、そして次には新しい生命が誕生し、又生活が始まる。次代の人間は、先の文明を知ることもなく、ただ長老からの昔話しとして語りつがれ、それから後は、人間は食糧の多い新天地を求めて各地へ拡がって行く。
天変地異より前は、家々のそばから光のエネルギ−を利用した無公害の乗り物で速く自由に、どんな離れた人達とも自由にコンタクトして共通語を話した。だが、それ以後は陸地も分断され、自由な交流も出来ず、言葉もその地域でのみ通用するものに変わっていく。このようにして、五百年経ち、千年経つうちに放浪の生活に終止符を打ち、米や麦をつくり食生活の安定化を計る。このように見てくると、陥没した直後の人類の生活様式を見て、横穴住居に住んでいるからとか、一枚の毛皮を腰にまとい、石の矢じりを持って動物を追っかけていたからと言って、魂が低いとか、低脳だと言えないのである。ダ−ウィンの進化論によれば昔に遡るほど人間は猿に近くなり、未来に行けば行くほど立派になって行くと、どうして言えるのだろうか。高橋師はこのダウィニズムも否定修正されたが、今から二千五百年前の釈迦、二千年前にキリストのような偉大な方が出現されたというのも、今までの解説によって説明がつくのである。
「 文明について 」
高橋師は著書の中で読者の質問に次のように答えている。
<問> 実在界は、いまの現象界より高度の文明を持ったところであり、人類が他の天体より天孫降臨して来た当時は、実在界と常に交渉をもっていたといわれます。ところが私たちの知る範囲の人類では、長い原始時代を送っています。現在の地球の文明を考えますと、この辺のところがどうも理解できません。
<答> 特殊な乗り物によって地球上に降り立った人類は、あの世・実在界と交信ができ、文明も高かったことは拙著にある通りです。その人類の子孫であるのに、長い原始時代の生活があったということは、あなたが指摘する通りです。ではなぜそうなったか。この点については、まずこういうことを考えてみて下さい。例えば鉄骨ビルを作る技師、工場、図面、そしてこうした方向に働く人びと、それにビルそのものが、突然この地上から姿を消したと仮定してみて下さい。おそらく、再びビルを建築するには、長い時間と、技師を養成する教育、発明といったものが必要になってくるでしょう。人類の歴史は、ノアの方舟現象が何回となく繰り返され、文明が進んだと思うと崩壊し、進んだ時点で再び天災に見舞われ、文明を支えていた科学者、技師、発明者、それに文明の象徴である建築物や機械類が地上から抹殺されていったのです。生き残った人びとのなかに、こうした科学者や発明者がいても、工場や資材、研究室、図面や資料がなければ、抹殺される以前の文明に変えるのには、長い時間をかけなければならないでしょう。地上文明は、常にこうした繰返しを重ねてきました。このため、一億年前の文明より、今日の文明が劣っていたり、あるいは文明の方向が違ってきていることは否定できないと思います。
「エデンの園・エルカンタ−レはどこか」
高橋師の数本のテ−プを聴き比べるとエデンの園は『エルカンタ−レ』または『エル・カンタラ−』と聞こえる。高橋師の力で息女・佳子氏に降霊させた天使長ミカエルは佳子氏の口を通して「エル・カンタラ−」と言っている。それぞれの講演で高橋師が述べてている「アフリカの三角州の北部・・・」とか「現代のエジプトナイル渓谷の東部にある・・・」とか「スエズ運河寄りの・・・」に位置するエルカンタ−レ、またはエルカンタラ−はどこか? そこでウエブ・マスターは地図を引っ張り出して調べて見た。それらしい地名が目に飛び込んで来た。カイロとエルサレムの中ほどのスエズ運河沿いにアルカンタラ」(AL−Qantara)とある。「ここだ」と声を発していた。確信して以来、機会があれば一度は訪問して写真も入れたい−−そう思っている。

高橋師は昭和四十八年(一九七三年)に次の予告がある。
「今から七百八十年後、エジプトのナイル流域は緑豊かな沃地となり、光や磁気を利用した反重力場の乗り物によって、他の天体へ自由に行く事の出来る大宇宙ステ−ションが、アフリカの大西洋岸に出来ます。今から一万二千年前のアトランティス大陸の文明を築いた霊魂達が地上に出生し、現在の科学文明をより以上に発展させ、世の中を指導するようになり、世界はユ−トピアになります。」、と。
同じく昭和四十八年夏、長野県熊の湯での自主研修会では高橋師は次のように言う。
「私は七八○年後にもう一度、地球上に出ます。それからまた、他の天体にも生まれます。その天体もわかっています。この地球は七○○年位後には調和されるからです。ユ−トピアになるからです。その時は、今のような公害は一つもなくなります。そして、今の日本は気候が変わります。現在の、アフリカ、南アメリカ、それからインド、この方面は、現在の日本と同じように、春夏秋冬が最も調和された国になります。そして、アフリカの太平洋岸の処に大きな宇宙ステ−ションが出来、他の天体と自由に交通するようになります。そういうようになっているユ−トピアに、私達は生まれます。七八○年後です。その途中において、かってイエス・キリストといわれた方がアメリカに生まれます。シカゴという処へ生まれます。それが今から一八○年後(現在から一五○年後)になります。その時にみなさんは、天上界にいて協力するのです。天上界からこの地上界を見て、まああんなことをしているということになっているのです。」、と。
そして別の講演会では「三百年後、日本の東北地方以北は酷寒地となり食糧も摂れず人も住めない。現代に生まれている人達の一部は、七百八十年後にアフリカに生まれ、ユ−トピア生活を謳歌することになる」と高橋師は予告したのである。
「地上界に生まれる為の条件」
この世に生まれるための最低条件は、地獄界に安住しないで、天上界(幽界以上の心の人)へ帰った人のみ、この世に生まれることができる決りである。地獄の世界からは「この世」には生まれることは出来ない。たとえば魔王(ルシフェル・サタン)は地獄の住人だが、心をいれかえ反省をして天上界へ戻れば、地上界に生れることが出来る。前非を悔い改める以外には、この世に肉体を持つことが出来ないので、悪い人(暗い心の人)をコントロ−ルして目的を遂げようとする。これを、「類は類(同類)」、「類は友を呼ぶ」、「波長共鳴の法則」と言うが。人間の悪い心(暗い心)が彼等のエネルギ−なのだ。だから心優しい思い遣りのある人には、そこにどんな地獄の霊がいようと、愛の心は地獄の世界とは正反対(同類の反対)だから、彼等はどうすることもできない。
先づ天上界に帰れる生き方、考え方をするのが第一条件。地獄の心を捨てることである。これには一円の金もかからない。全ては自力である。もう一度、幽界以上の霊界、神界の心を読み返して、より一段と上の人格、霊格を持つように努力して欲しい。日々の人生の修業が「心の修業」である。そして、もう一つの条件は、七百八十年後の人達は「如来界、菩薩界の人達のみ」ということになれば、この界の人達は「あの世」と「この世」を合せて二万五百名ほどだから、大変な狭き門ということになる。だが、次の機会のためにも日々、精進して、努力する以外に道はない。
世界の平和が実現するためには、人類の意識が総体的に向上しなければならない。現在の人類の意識では、まだ世界の平和は達成できないと誰しもが認めるところ。これから、その使命を自覚した高級霊達が沢山生れて来ると高橋師が予告したように、高度の文明を体験した霊魂が確実に生れてくるのである。人類三億数千年の中で七度のノアの箱舟現象が起り、その間、人口が増減した。今から百五十年後に、アメリカのシカゴにイエスが生誕する。三百年後に舎利弗・ガブリエルであった園頭広周師は、インドに肉体を持ちカ−スト制度を改革する。七百六十年後にエジプトに、釈迦でありエルランティの高橋師が肉体を持つ。最終ユ−トピアへ向けて高級霊がゾクゾクと肉体を持つのだ。そして、七百六十年後にこの地球がユ−トピアになった時、人間は神の子であると悟った最も進歩した霊魂達は、この地球での霊の学習を卒業して、再びこの地球に生れ変って来ない霊となり、他の天体へ生まれ変わって、そこでまた霊の学習をすることになると高橋師は言い残した。
このような霊の進歩を見て、物質である肉体もまた進歩すると説いた「進化論」は人類にとって「困ったこと」を考え出してしまった。これは、高橋師が「進化論はあり得ない」と絶叫して我々に教えることにもなったのである。そして、今迄にも既に、ある一定度以上の霊の進歩を遂げた霊魂群は、この地球を去って他の天体へ行き、また逆に、他の天体から地球に移住して来て、この地球で輪廻転生を繰り返して来たのだと高橋信次師は明らかにしたのである。
「天上界が計画する近未来」」 高橋信次師の「ことば」から
「しかし、やがて人口増加が頭打ちとなるときがやってこよう。それはそう遠い将来のことではない。近い将来とは人類の長い歴史からみた場合の時間的距離のことであるが、そうした時代に至ると地球上の魂のレベルが総体的に上がり、いわゆるボサッ界という世界が新生するわけである。このことはすでに実在界で計画され、未来図が描かれ、現象界はそれにしたがって進められている。ボサッ界とはボサッ心を得た者が社会のそれぞれのポストに就き、人びとを調和に導いてゆく世界である。ブッタが生れた二千五百余年前、イエスが愛を伝えた二千年前、そうして、今日、正法が伝えられているが、こうした正法の伝道はやがて到着するであろう地上の仏国土・ユ−トピアをめざした、いわば抗打ちであり、今の世の人たちは来たるべき地上のボサッ界の先兵として、その役を負わされているといえよう。」 『人間・釈迦』三巻
これから七百六十年後には地上はユ−トピアになり地上天国の時代が到来する。右を向いても左を向いても、如来界、菩薩界の高霊格の人達ばかりとは、何と素晴らしい時代であろう。「今の世の人たちは来たるべき地上のボサッ界の先兵として、その役を負わされている」と高橋師は言ったが、現代の先進国のように、コンピュ−タ−文明等の高度の産業を駆使して、高水準の生活環境を謳歌している人達もいれば、密林で裸の原始生活をしている人達もいる。この現状をどのように考えたら良いのか。触れてみたい。

「科学万能の時代に、なぜ裸の未開人がいるのか」
この科学の発達した時代に、裸の原始生活をしている未開人がいるのはなぜか、高橋信次師は次のように説明した。「この太陽系はアガシャ霊団により指導されており、霊的に一番早いスピ−ドで進歩している」、と。この科学万能の時代に、電気もガスもなく、近代文明の恩恵に浴さない人達がいる。アマゾン、ニュ−ギニア、オ−ストラリア、アフリカ等に、未だに裸の原始生活をしている未開人がいることに疑問を持たれたと思う。こう述べると、「オヤ、人種差別、人種蔑視のようなことを言い始めたぞ」と考える人もいるだろう。決して、そうではない。正しく知った上で、正しく理解を示すことも彼等の人生修業を暖かく見守ることにもなり、これも愛なのだ。どうしてかと言うと、現在の地球の人類の1/3は仏教的に言うと「霊界」以上、1/3が幽界、1/3が他の天体から来た人達と高橋師は言っている。 また、園頭広周師は、「他の天体から転生した人達は、先づ原始生活の中で魂の修行をして、順次、転生輪廻していく。まず、ああいう所に生れて、この地球という環境に馴れ、それから輪廻転生を重ねてゆく間に、いろいろな面で進歩してゆくことになる」、と。
世界人類の1/3は他の天体から転生してきた霊魂と高橋師は言った。この地球上にはじめて人間が転生して来たのは、数億光年先のベ−タ−星より三億六千年前にUFOで飛来したと高橋師は言ったが、以来他の天体から転生して来ている人達があるというのだ。他の天体で一定度以上に進化した霊魂は、この太陽系の地球に転生して魂をみがく。他の天体から転生してくる霊魂があるように、この地球である一定度以上に進化した霊魂は、今度は還らぬ霊となって他の天体へ転生していくのである。
一九七六年(昭和五十一年)、高橋信次師講演テ−プから
「そして、我々はやがて又、地球を調和し他の天体へ還ららなければなりません。その為には、地球自身が調和し、後光が出てこなければならないのです。皆さん一人一人の心の調和が即、その人を調和し、その家庭が調和されれば家から光が出てきます。また、国の人々が調和されれば、その国から光が出てまいります。天上の世界からすべてわかります。そして地球からすべて調和された時には地球からきれいな後光が出てきます。その時が初めて、人類が他の天体へ脱出することが出来る環境が整っていくのです。」
これまでに述べた千万年、億年単位の話しは、私たちにはどうもピンとこないが、これからは一万年ほど遡って高橋師の言い残した「 ことば 」を紹介したい。
「今から約一万二千年前に、南大西洋にあったアトランテイス帝国でアガシャ大王が神理(正法)を説かれました。文明は非常に栄え信仰の対象は太陽にむけられ、人間の魂は、あの太陽のごとく光輝くものであり、慈悲と愛の心こそ、人間としてのあるべき姿として、正法が説かれていました。アガシャ大王を中心として数多くの如来、菩薩が地上に降り、道を説きました。現在、南大西洋には大陸はありません。そこに今の共産思想と同じ思想を持った集団が現われ、アガシャ大王をのぞく多くの天使たちを、時の為政者が葬ったからです。天使たちを殺戮するほど彼らの心はすさんでいたのです。その心根が大地震を起こし大陸を海に沈めたのです。アトランテイスが陥没した時、アガシャ大王はアフリカのナイル帝国に逃れました。」
「アトランティス文明の終焉」
光と磁気を利用して、他の天体とも自由に交流したり地下に大都市を作り出した超科学文明も終りを告げる。高橋師が言い残したように、「ム−大陸とアメリカ大陸は陸読きだったが、これらの大陸の陥没によって東洋と西洋とに分かれ、さまざまな言葉が生まれ、文化の断層が生じる結果となった」、という「ことば」に注目して欲しいのである。地殻の陥没、隆起によって世界の女神と詠われた至峰チョモランマ(ヒマラヤ山脈)には海底の貝や魚の化石、カルシウムの岩層が発見されるように、海底が数千メ−トルの山となったのである。一方、現在の世界の海底はどうか。地図を拡げて見ると海底の山とも言える、水深二百メ−トルほどの海嶺がある。例えば、大西洋中央海嶺とか東太平洋海嶺などである。これらをつなぎ合わせ、高橋師の「ことば」を参考にして作りあげるとアトランティス大陸やム−大陸の地図ができあがる。アトランティス大陸やム−大陸についての本はこれまでに多くが出版されているので触れないが、プラトンやエドガ−ケ−シ−等が有名である。いずれにしても、アジアとアメリカ大陸が隆続きだったと記述されたものはないようだ。かって、高度の文明があった証拠の遺品(オ−パ−ツ・OOPARTS)が発見されている。どんなものが出土しようと驚くには当たらないが、ほとんどのオ−パ−ツは海底や陸地の土中に埋もれて、安定した材質で作られた物以外は土に変わっている事だろう。 アトランティス帝国時代のオーパーツを探し当てるには、数百メートルの海底にもぐって掘るか、いつの日にか浮上した陸地の、海底の部分を掘るかである。トカラ列島等の沖縄周辺に潜ったダイバーが、海底遺跡に遭遇したという報道があるが、ムー大陸のものかもしれない。勿論、これは高橋師の言ではない。
<オ−パ−ツの例>
黄金シャトル(コロンビヤ、ポゴタ)、点火プラグ(米・カルフオルニア州、オランチャ)、はずみ車・照明電球(エジプト、サッカラ)、太陽系惑星儀(ギリシャ、アンティキテラ島)、花瓶型電池(イラン、バグダット)、錆びない鉄柱(インド、ニュ−デリ−)、光学レンズ(イラク、ニネグエ)等である。
「 潜在意識の紐を解く 」
<アトランティス大陸に生まれた過去世を持つ人の例> N・T子さん
「 私は昨年(昭和四十三年)の五月二日に、高橋先生の御力に依りしまして霊道が開かれた者でございます。それによって潜在意識が呼び起され自分の過去世を想い出す事が出来たのでございます。そして人間の生命は永遠に流転するのかしらと、いろいろ疑問が起こりました。そのうちにいろいろ現象が起こり始めまして、その年の五月に霊道が開け、自分の過去世を自分で知ることが出来ました。それは先生のおっしゃっていることが真実だという証拠であると思います。それでは私の指導をして下さっているフリテイ−様の意識と替わりましてお話をしてみたいと思います。」(過去世の言葉(古代語)は省略)
「私はフォ−フェロワウと申す男性でございます。今から約一万四千年程前にアトランティス大陸において生命を持ち、あらゆる環境の良い所を求めて歩いた者でございます。そして又転生輪廻して現在の南米のアンデス山脈の近くで肉体を持ち、名前をセンツェ−ラ・アル・カント−ラと申す男性でございました。その当時の信仰は、太陽信仰でございました。そしてクラウド様と言われる王様の下で、私は配膳係として勤めた者でございます。」
高橋師は、「特別な人は、男だけ(イエス、釈迦等)、或いは女だけ(マヤさま、マリヤさま等)に生まれるが、普通一般の人は、男に生まれたり女に生まれる。」と、教えたが、このN・T子さんも、やはり、我々と同じよう男として生まれたり、女として生まれている。その例を年代順にあげてみよう。
一万四千年前は男性(アトランティス大陸)、
一万二千年前は男性(アトランティス大陸の終焉の頃)、
次は男性(現在の南米のペル−)、
次は女性(エジプト)、
二千六百年前は男性、
千九百年前は女性(エジプト)、
千二百年前は男性(中国、のち最澄の誘いで日本に帰化、名を源信という)、
八百年前は女性(日本、北条氏に由縁ある者)
現在は女性(日本、N・T子)

「 男女うみ分かれの三つの型 」
私達が男性を選ぶか女性を選ぶかは、三つのタイプがあると高橋師は言い残した。
一、 男性にだけ生まれる人。イエスや釈迦のように女性的なものも完全に学んだ人達
二、 女性にだけ生まれる人。マリア様やマヤ夫人のように、男性的なものも完全に学んだ人達
三、 男性や女性のどちらにも生まれる人。
人類の多くがこのタイプ。男性に生まれた時は、男としての使命と役割を勉強して、男らしくしなければならない。女性としてうまれた人は女としての使命と役割を勉強して、女らしくあらねばならない。男性でありながら、男としての勉強を失敗した人は、次の世(来世)も、また男性を選んで魂の修行をやり直す。女性もまた同じである。全人類を通して男女の比率は同じように仕組まれている。ところが、堕胎、天災(真実は人災だが)、事故、戦争等の人間の都合によって比率は狂う。
昭和五十年五月GLA関西本部から「高橋信次講演集」が発刊された。その中に、高橋師はアガシャ大王として肉体を持ったことを暗示した話しが出てくる。
「−−私は一万二千年前、アトランティス帝国に生まれました。その当時の社会情報勢というものも全て知っております。当時の言葉も知っております。そして、その後私はアフリカのナイル帝国に逃れてまいりました。アトランティス帝国の一端のピラミッドが、やがて我々のグル−プの手によって発見されます。その中には、我々の残したものが発見されます。そしてその当時の人たちもいま此の中(講演会場)に出ております。−−」
また、別の講演では次のように述べている。
「 −−やがてエジプトのナイル渓谷のある所に、アトランティス以前の神理が隠されている一つのピラミッドが発見されます。そのピラミッドをつくった人達が、今、生まれ変わってきているのです。その人達は当時のことを知っております。そのようなことで、エジプトにも私達のグル−プが出ております。その人達は、動かし難いものを発見するでしょう。ピラミッドは、もうすでに崩れているそうです。その基礎の中に、私達の当時のものが隠されております。やがて、それが一般公開される時がくるでしょう。これは『神権政治』といいまして、当時の人々は、みんな、心が清らかで、実在界、あの世のことも、世界人類はみんな兄弟だということも知っており、平和でユ−トピアであった。その事実は、すべてピラミッドの中に記録されてある、といっております。」
次に、「天使の再来」と題した講演の中の「ことば」を見てみたい。
「−−今から約一万二千年前にアトランティス帝国というのがありました。その当時、この会場の何人かの人達は、光の天使として出ていました。当時の人民は、その殆んどが悪魔に支配されており、このためにこれら天使の殆んどを殺してしまいました。当時は、悪魔の姿をこの眼でみることが出来たのです。アトランティス帝国は、一夜にして海底に陥没しました。また、あのロ−マにおける火山の噴火。それもやはり、当時のイエス・キリストの弟子である光の天使を殺したために、そのような現象をみせられロ−マは壊滅したものです。−−」
高橋師は著書、講演の中で次のことを何度も述べた。
「やがて、アトランティス文明を経験した霊魂達が、ぞくぞく生まれ、また、そういう霊が既に生まれている。と同時に、これから地球の魂のレベルが上がる」と高橋師は言った。やがて地球の魂のレベルが上るということは、過去世で理想世界を築いた高級霊が数多く生まれてくるからである。また、そういう霊が既に生まれているというのだ。文化、文明が発展するのは高級霊がそこに沢山生まれているからである。生まれなくなると、そこには文化は衰退してゆく。また、逆に高級霊が生まれてゆくところに新しく文化が興ってくるということになる。過去の歴史を見たとき、世界の一等国として君臨した国が、他国を侵略、略奪等の悪事によって、高級霊がそこに生まれて行かなくなり、没落して行ったことは歴史が物語っているのだ。
同じく高橋師の記述より
「−−今から約一万年ほど前、南大西洋にアトランティス大陸というのがあって、文明は非常に栄えていました。信仰の対象は太陽にむけられ、人間の魂は、あの太陽の如く光輝くものであり、慈悲と愛の心こそ人間としてのあるべき姿として、正法が説かれていました。法を説いた者はアガシャといいました。アガシャを中心として数多くの如来、菩薩が地上に降り、道を説きました。現在、南大西洋には大陸はありません。アガシャをのぞく多くの天使達を、時の為政者が葬ったからです。天使達を殺戮するほどに彼等の心はすさんでいたのです。その心根が大地震を起こし大陸を海に沈めたのです。六十年の後、文化はエジプトに移ってきました。」
アガシャ大王は、アトランティス大陸から陸づたいにアフリカのナイル帝国に難をのがれ、六十年の後、文化はエジプトに移ったことを明らかにした。大西洋のことをアトランティック・オ−シャン(ATLANTIC ・OCEAN)と言うことは皆さんもご存知だが、アトランティス大陸とは「大西洋にあった大陸」という意味である。高橋師はアトランティス大陸をアトランチカ大陸とも言っている。
「今から七千年前のこと」
そして、文化はエジプトへ移って来る。今から約七千年前にアガシャ−といわれる人が、アフリカのエジプトで宗教的霊的指導者として、三十七の独立国を統合した。当時ナイル渓谷とデルタ地帯とは政治的ならびに宗教上の相違のために絶えず紛糾状態を読けていた。群小独立国の間には絶え間なく戦争が行われていた。そこで彼は、この絶えざる闘争の無意味さと愚かさとをより知り、一種のエジプト国際連合を形成し、唯一の連邦政府を樹立し、正法(神理)を説いたのである。この方がのちにキリストとして出られている。
これより、J・クレンショ−( JAMES CRENSHAW)著『TELEPHONE BETWEEN WORLDS・天と地とを結ぶ電話』を引用しながら記述する。この本は『天と地とを結ぶ電話』日本教文社・初版昭和三十年と、『アガシャの霊界通信(上下)』正法出版社・初版平成四年として翻訳出版されている。なぜ、引用記述するかを説明しなればならない。それはこうだ。
昭和四十八年、園頭広周師(元・国際正法協会会長)は、正師・高橋信次師の説く正法に帰依した。それまで宗教法人「生長の家」の本部講師として将来を嘱望されたが、教団のあり方に疑問を感じ、教祖・谷口雅春氏に改革案を提言して昭和四十六年に生長の家を去った。園頭師は、昭和三十年に生長の家の日本教文社から出版された『天と地を結ぶ電話』を読んで、ここに書かれている事は真実だと思った。生長の家を辞め、正師を求めて心の放浪をしていた時、生長の家のかつての同僚が高橋師の著者を二冊くれることになる。一気に読むと、この方こそ自分が探していた人に間違いないと確信、高橋師に手紙を書いた。高橋師は、園頭師の許へ二人の使者を立て、昭和四十八年三月に二人は顔を合わすことになる。エルランティである高橋信次師。その分霊の一人である釈迦と、釈迦の常随の弟子である舎利沸(般若心経の中の舎利子、七大天使の一人ガブリエル)、近代では15世紀の宗教改革者カルビン(カルバン)、そして日本の西郷隆盛の過去世をもつ、現代の園頭広周師が二千五百年の時空を越えて再会したのである。
園頭師は言う。「私は早目にいって待っていた。高橋先生がはいって来られた。中肉中背の少しふとり気味の丸顔の、少しの威厳もつくろわない、そのまますぐふところに飛び込んで行けそうな雰囲気に、私の心はやわらいだ。『あなたが私のところへ来ることは、ぼくは五年前から東京の人達には言ってきたのです。ね、そうでしたね』と高橋先生は髄行した人に証明を求められた。そして、『あなたは宇宙即我を体験したとがありますね、それはあなたの過去世で学んだものです』、と。
その言葉を聞いた園頭師は、これまで自分だけしか知らない、今まで何人かの人に話してみたが、理解する人は一人もいなかった自分の体験を、何も話さないのに、わかってくださったことに驚ろき感激するのだった。生長の家では「神想観」という観法をやっている。この観法をつづけている谷口雅春氏はわかってくれるかも知れないと、生長の家の本部講師にもなったが、結局、わかってもらえなかったと園頭師は述懐する。こうして、開口一番「宇宙即我」という言葉が何も知らないはずの高橋信次師から口をついて出たことに園頭師は驚愕したのである。高橋信次師は、「今まで随分苦労して来ましたね、それらの苦労も、結局は、今日、こうしてここに逢うための準備だったのですよ」と。更に「あなたはロスアンゼルスのアガシャ教会のことを知っていますね、あのリチャ−ド・ゼナ−を指導したアガシャ−の指導霊というのは、我々の仲間ですよ」と言う高橋師の言葉となったのである。
(「宇宙即我」については『宇宙即我に至る道上下』園頭広周著・正法出版社を参照されたい)
アメリカのロスアンゼルスにアガシャ教会というのがある。その教会のリチャ−ドゼナ−という霊媒師(故人)の口を通して、アガシャ−という指導霊が霊示している。それを元記者のジェ−ムス・クレンショ−氏(平成六年没)が,『TELEPHONE BETWEEN WORLDS』として出版したことは前に述べた。この霊示した指導霊アガシャ−は、ここに記述している七千年前の「アガシャ−」だった。高橋師が「あのリチャ−ド・ゼナ−を指導したアガシャ−の指導霊というのは、我々の仲間ですよ」という言葉になったのだ。先に、これを「引用記述する」と書いたのはこのような理由だった。高橋信次師のアガシャ−についての補記、補足は、この『TELEPHONEBETWEEN WORLDS』を示唆されたものと考え引用する。
「−−アガシャ−はこの新しい広大な神権政治の世界の有名な指導者であった。そして彼は当時既に肉体を超えた世界にいた彼の霊的指導者と接触し、霊界の高い階層からの指示を受け、死後の生活に関連した地上生活の意義などの教えをうけることが出来たのであった。アガシャ−によれば、かつて敵対していた宗派の指導者達は遂に統合をとげ、今日霊人として登場してリチャ−ド・ゼナ−霊媒を通して、現代の智慧を求める人々に教示を与える先達としてあらわれたのである。これら霊的指導者の中には「アモン」と呼ばれる偉大なる先達の霊もいるが、この「アモン」を神として礼拝する信仰がエジプトの哲学の退廃期に非常に流行したとアガシャは述べている。同じようにしてこのグル−プと関連して「クライオ」と呼ばれる者がいたとアガシャ−は述べている。「クライオ」という人は、それから五千年後(つまり、七千年から五千年後の今から二千年前のこと)にイエスと呼ばれる偉大なる大指導者としてパレスチナ、エジプト地方に再び生まれ替わって来て地上生活の最後を完成し、それ故このイエスの哲学はエジプトや極東の古代の叡智ある宗教と非常によく似たところがあると言うのである。クライオについては、高橋師は「クラリオ」と書いている。また、『心の発見・現証篇』には次のように書かれている。
「−−私の前に古代エジプトのスタイルをしたクラリオと呼ばれる光りの天使が立った。そのとき妹(高橋師の)は、「ああ懐かしいクラリオ様、私は、村娘アシカ・ミヨタ−でございます。しばらくでございます」といつの間にか、古代エジプト語で語り始めたのである。「クラリオ様が私の家の前の小川の土堤の上でお休みになっていたとき、私はほころびた袖をつくろって差し上げたことがございます。本当にお懐しゅうございます」とBC四千年(今から六千年前)も前の過去世を思い出し、妹はクラリオに話しかけるのであった。この村娘は、その後クラリオの弟子として、神の子としての道を、エジプトを中心に教え導いて一生をすごしたそうである。さらに今から一万二千年前、アトランティス帝国時代にはフェロリアという女性で、アガシャ大王のもとで、神に仕えた人であったことも思い出したのであった。」

「今から四千数百年前のこと」
高橋師の著書と講演の中から「アモン」について。
<その1>−アモンという光の天使が、今から四千数百年前、アフリカで道を説いた。その後エジプトでアーメンと呼ばれ、ソロモンにいってアミ−の神といわれるようになり、さらにギリシャに伝わり、インドのバラモン教の神に変わり、ヴェ−ダ−やウパニシャ−ドの教典に見られるようになっていった。
<その2>−しかもアフリカに於て、アモンと言われる偉大な光の大指導者霊がファラオとして祭られるようになり、続いてアモンはア−メンという言葉にエジプトで変わり、さらにア−メンがソロモンの時代にはいりましてアミ−とかわり、ギリシャにはいってアミ−にかわりギリシャからインドにはいって、インドの言葉がはいってアミダボ(アミダブツ・阿弥陀仏)となったのです。
「四千五百年前のこと」
(昭和五十年七月十三日、GLA関西本部夏期講習会での「現証」の時間のビデオ再現。)
高橋師は中年の日本人女性を壇上に招く。
高橋師「この方は、昨日の和歌山の講演会の時、それが終わってから自分自身で心の窓を開いてしまいました。」
それから高橋師と女性は古代語で話している。どこの言葉かわからないが、「グリ−ス」と言う発音が聞える。高橋師の解説がはいる。古代語は省略する。
「私はギリシャに生まれましたと言っております。私はかつてアポロの宮殿にて神に仕えたことを記憶しています。今から四千五百年前、あのエ−ゲの文明をつくり出したところのアポロの宮殿に、そしてアポロの生存時代に、私は仕えたことがあります。アポロという言葉を思い出し私の心はつまる思いです。今、アポロは日本人として生まれている。そのアポロに私は四千数百年ぶりに会い。私の心は今、自分が四千数百年前のあのギリシャの心を紐といています。私はただ胸が一杯です」
女性は、すがりつくようにして「オ−アポロ!アポロ!」と繰り返し、懐かしさがこみあげてどうしようもないのか涙、涙である。そしてまた古代語は読く。
高橋師の、彼女の言葉の解説「私は当時また、アポロのお父さんであるゼウスの神殿においても学んでおりました」
女性は「ゼウスロ−、ゼウスロ−」と発音している。
「エグロウヨ−、エグロウヨ−と歌を唄い始める」
高橋師「当時のゼウスをたたえる歌です。当時の祈りの言葉です」
「エグロ−ウヨ−、エグロ−ウヨ−」
高橋師「エ−ゲ−は大変美しく、私はあの美しい自然を思い出しております、と言っております。」
高橋師「あなたは日本語で語ることが出来ますか。」
その女性は少しとまどったように語り始める。ウエブ・マスターの耳にも何を喋っているのかチンプンカンプンである。
「ゆっくりと波動を起こして日本語で語って下さい」高橋師は女性の右手をとり、女性の耳の廻りを手で回転させる仕様をする。女性は自分の手を耳の廻りで回転させながら波動を起こしてゆっくりと語り始める。
「ワタ・カ・マ・シ・ハ−−−」
数千年前の過去世の人が、彼女の声帯を通して現代の日本語を急に喋るのだから、とまどうのは当然である。
高橋師「ワタ・クシ・ハ−−私くしは」
女性は何度か繰り返した後に 「私くしは二人の子供の事を思い出しています。アシュレイという一人の男の子と、マ−シャという女の子がおりました・・・。」
高橋師「そして、あなたはゼウスを知っておりますか。」
「オ−愛するゼウスよ、愛するゼウスよ!ゼウスは大きな立派な神殿に祭られた、それはそれは偉大な・・・・そしてエ−ゲ−は、素晴しい楽しいきれいな所でした。オ−素晴しい・・・」
「ゼウスはアポロのお父さんでした」、と高橋師の解説がはいる。
高橋師「アポロンから(註:神理を)聞いた時代と今の世はいかがですか」
女性「今の世は余りにも悲しいことばかりです、胸の痛む思いが一杯です、当時は美しい心の人達ときれいな花園で、楽しい食事をしたり子供と語り合い、人々は素晴しい立派な方々ばかりでした。オ−エ−ゲ−! エ−ゲ−!」
高橋師「今、こうやって日本語にするのは、今までギリシャの古代の言葉しかわからないのを日本語にすることは非常に難しいんですが、この方の後で指導している方が過去世の方であり、そうしてこの方の体験されたギリシャの時代をこの人の心の紐をといて全部語っております。」
そして二人の古代語の会話は読く。
高橋師「そして、あなたはこの私を知っておりますか。知っておりますね。でも生きている時は知っておりませんでしたね。」
女性「オ−ゼウス ロ−、ゼウスロ−」
高橋師は「そうです」とゼウスを認める答え方をする。
ゼウス様、ゼウス様と女性は連呼する。すると心の窓が開いていて、当時に縁があったと思われる人々の口から「ゼウス様、ゼウス様」と、会場のあちらこちらから聞えて騒々しくなる(ビデオでは女性の矯声のみ聞える)。高橋師は毅然とした態度で、声のする方を向き手で差し示しながら「静かにしなさい」と一喝し、エ−ゲ−の古代語と思われる言葉を投げかける。すると会場は静かになる。また、二人の古代語での会話が読く。
高橋師「余りにも現代の生まれた日本という国の人々の心が汚れているために、本当に私たちは悲しいです。しかし私達はあのエ−ゲ−文明を築いた、私達はかってはギリシャ人として肉体を持ちました。その体験を持っているその体験をいかし、私達は今の人々の心に少しでも安らぎの光を灯したいと思いますと言っています。」
そして、二人の古代語での会話。
高橋師「実は、今、現在の自分の御主人のことを心配して言っております。ご主人の体の調子が余り良くないんで、今の肉体を持っている御主人をなんとかしたいと思っております。やっぱり守護霊、いずれにしてもそのために悩んでいるわけですね。そっということはこの奥さんもそのために悩んでいるわけです。そういうことでなんとかして治してあげたいといっております。」
二人の古代語での会話。
高橋師「それはやがてあなたの御主人も心の価値を知る時が来ます。その時あなたもまたこの道を御主人に教えればいいと思います。今の肉体を持っている御主人です。」
二人の古代語での会話。
「大丈夫です。ハイ守護霊の方、後へさがって下さい。ハイどうもありがとう。ハイ目をあいて下さい。この奥さんの場合は四千五百年位前のギリシャ時代、このギリシャの時代にこの人の心の意識の中には、そういう体験が記録されているわけです。それ以外に勿論、ずっと後の世も生まれているんですが、特にギリシャの時代、ゼウス、すなわちアポロのお父さん、このゼウスという方の説かれたものをアポロが学び、そしてそのアポロが、色々と当時の人間の心のあり方を説いた、そして人間の価値の偉大性を説いた、それをこの方は、その神殿でいろいろ学んだ。その当時のエ−ゲ−の楽しい、楽しい自分の転生の中のひとコマを思い出したわけです。どうもあいがとうございました。どうもありがとうございました。」 割れるような拍手の中を婦人は降壇する。
ヒナ段の上には、折りタタみのパイプのイスに腰を掛けた婦人。その横に係の人が腰をおとして婦人にマイクを向けている。少し離れて、ハンドマイクを持った高橋師が立っという情景である。もちろん偶像や祭壇なんて一つもなく、あるのは移動用の黒板と、心の形や心の偉大性を図示した大型の説明図が壇上に吊り下げてあり、実に質素なものである。
このようにして、高橋師は次のことを我々に教えたのである。人間はこの世限りではなく、人間は生まれかわり死にかわりして、魂は永遠だという実証をしたのである。高橋師の講演会は、最初に一時間半ほどの講演。そして一時間半ほどの「現証」の時間だった。「現証」の内容は、憑依した動物霊や人間の地獄霊(暗い世界の霊)を登壇した人の口を通して語らせたり、暗い世界(地獄界)の実体を会場の人に知らせるなど、人間に憑くことの愚かさや神理を説いて聞かせ、憑依霊をとった。また、「不空三蔵にあの世の修養所につれて行ってもらいました」とか、「つらいだろうが諸天善神である竜王のもとで勉強をするか」と憑依霊をあの世の修養所に送ることもあった。そして、「ころころと、またウソをつく!私達は寒冷地獄にお前を落とすことも自由自在なのだ、知っているか」等と言う例もある。
前述のビデオ再現のように、生まれ変わりの実証が来聴者の面前で自由自在に公開して行われたものだから、高橋師の霊能だけに魅かれて集まる人もいたようである。しかし高橋師の真意は、自分の説いた「人間の正しい生き方、自然の仕組み」とも言うべき「正法」を学んで欲しかったのである。高橋師の著書、記述、講演の録音テ−プ、ビデオテ−プを勉強すればするほど、師の真意がわかる。高橋師に関する資料は、エルランティであり釈迦としての高橋師に常随した、舎利沸でありガブリエルであった園頭広周師の許に、最も多く集まっていると確信している。図らずしも、ウエブ・マスターの許にもなぜか、高橋師の資料が集まって来るものだから、お役に立たねばと考えている。霊能もなく、それかと言って霊格も高くない者が、智慧を働かせながら、高橋師や園頭師の著書に触れてもらうために、正法入門の手引書とも言うべきホームページを公開するのである。

それでは次に、「心の窓を開く」とは何かを理解して頂くために、園頭師が心の窓を開いた時の記述を要約したい。
昭和四十八年四月八日〜十日、GLA関西本部の講演会。その四月九日の午後、「昨夜あなたの守護霊が僕に挨拶に来ました、近いうちにあなたも過去世を思い出しますよ」と信次師は言った。四月十日、講演が終わった後、「園頭さん、今夜、一緒に泊まって下さい。宮崎から来られたお二人も。私は個人指導をする人がありますので、先に宿(生駒の三鶴山荘)へ行って下さい」と信次師は勧めた。夕方六時頃、信次師が宿に帰着したというので玄関に出迎えた。すると信次師は「どうして、早く風呂にはいって浴衣に着替えなかったのですか」と言った。園頭師は、師を迎えるのに襟を正して、礼を尽くすべきだと思った。今までに知った教団の教祖の中に、これほどの心配りをされる人があっただろうかと心を打たれたのである。夕食が終り、「園頭さん、精神統一してみて下さい」と信次師は言った。園頭師は短い浴衣の前をかき合わせ(註・園頭師は長身)正座した。すると「そんな窮屈な姿勢では精神統一できません。もっと身体を楽に、足がしびれて長くは坐れない、心に集中できません」と。園頭師も、アグラをかきなさいと言われたがそれが本当だと思った。浴衣姿で、教えてもらうことに最初はいささかの心の抵抗もあったが、考えてみると精神統一と服装とはなんの関係もないことを知った、と記述している。園頭師が昭和十五年に宇宙即我を体験した時も、禅宗で教えるような坐り方をした訳でもなかったことを思い出したと述懐する。そして、園頭師はこう言われる。「私が心の統一を計ると高橋先生は私に右手をかざして、何か訳のわからない言葉で語りかけられた。二、三分何か言われたが、さっぱりなんのことかわからない。言われたことの意味はわからないが、何か腹の底からこみあげてきて、口を開けば、それがそのまま言葉になりそうな気がしてきて仕方なかった」、と。「肉体を持っている人よ。そのまま声をだしなさい」と信次師は厳かに命じた。
園頭師「その時のような権威ある言葉を、私はこれまで聞いたことはなかった。それは、そのまま従わずにはいられない権威ある言葉であった。口を大きく開けて、ア−と声を出した。とたんに、その声は言葉に変わった。習ったこともない言葉が、つぎつぎに口をついて飛び出した。私は、催眠術にかけられたのではないかとも考えたが、催眠術や暗示は、本人が覚醒した後は、術中どのようなことがあったか覚えていない。しかし、この通り意識ははっきりしているし全部知っているからこうして書ける」と園頭師は言う。知らない習ったことのない言葉が、つぎつぎに口をついて出た。感動の涙が溢れ目も鼻もぐしゃぐしゃになって園頭師は泣いた。「あなたはヘイマカという人を知っているはずです。過去世でどういう関係にあったか今度は日本語で答えなさい」と信次師は日本語で問いかけた。園頭師は一瞬とまどった。今まで、自分を感動させた胸の奥というか腹の底というか、じっと潜在された自分の心に静かに問いかけてみた。すると答が返って来た。園頭師は、その答をすぐに否定した。その言葉は余りにも恐れ多い、現代離れのした言葉だった。
「心の中から浮かんできたその言葉をそのまま口にしなさい」と、再び信次師はうながした。園頭師の心の中はすべてお見通しだった。口にしなさいと言われても躊躇せずにはおれないものだった。一瞬躊躇して、園頭師は「その人は私の侍従をしていた人です」と答えた。侍従とは天皇陛下の側近で民間の自分が口にすべき言葉ではないことも園頭師は知っていた。でもその言葉以外に出てこないので仕方ない。「そうです。その通りです。その人は今、京都に生まれ変わってあと三ヶ月したら、その人も私のところへ来る筈です」と信次先生は言った。(その通りに、三か月目に大阪の講演会にその人は来ることになる)そう言った、と同時に園頭師の目に映ったのは信次師の姿の上に二重写しになっているお釈迦様の姿であった。「仏陀、おなつかしゅうございます。偉大なる観自在者、仏陀」といって園頭師は泣き状したのである。「ウパテッサ−!(舎利弗 ・般若心行の中の舎利子・シャ−リ−プトラの幼名)ニ千五百年を距てて、この日本で再び一緒に会うことができました。私もなつかしい、インドの時と同じように今世でもやりましょう」と信次師も涙した。そこに居合わせた人も皆泣いた。「あっ金粉が」、GLA関西本部長・中谷義雄氏も叫ぶ。園頭師の頭上に金粉が降って来た。信次師の顔も、園頭師にかざしている手もみな金であった。金で輝いていた。釈迦の像を金で荘厳するのは、このようなことによるのかとわかったと園頭師は書いている。
(註・正しく心を開いた光の天使はこのような現象が起こるが、動物霊でも金粉類似(銅が大部分、天使のものは純金)のものは出すので注意が肝腎である。「正見」して欲しい)
そして、「ブッダ−」といって園頭師は信次師の前に額ずいたのである。宮崎市から同行したI・S氏がこの情景をすべて見ていた。大阪Y氏の奥さんが当日、昼食の接待をしている時に信次師が「今日はすばらしい大物が霊道を開きますよ」と言う証言がある。「心の窓を開く」ことの説明が長くなったが、この項の主題である「四千五百年前のこと」に戻る。
H・正さんの転生について
『正法入門・高橋信次師講演集』正法出版社の中で次のように記述されている。
「私は、今から四千年前に、(註:昭和五十年七月十三日のGLA関西本部夏期講習会では「現証」の時間に、「今から四千三百年前に」と言われているビデオが残っている。)エジプトで生まれ、クレオパロ−タ−といわれるファラオ(王)の下で神官をしておりました。私達は広大なエジプトの地で多くの人々に、太陽のような心を持ち、偉大なる自然の恵みに感謝しょう、太陽はすべてにおいて、神の心の現われであり、人間は、あの丸く、温かい太陽のような心を持たなくてはならない、人はすべて平等である、ファラオの下で神を信じ、この地上界に平和な世界をつくらなくてはならない、と説いていました。その頃の大衆は、現代の人々より、はるかに心は調和されておりました。それは、日々の生活の中において、お互いにファラオを信じ、神を信じ、お互いに嘘をつくことなく、調和された世界をつくらなければならないということを知っておりました」
高橋師の説明がはいる。
「この方は、ラワンといわれる神官でした。ラワンさんは、人々に道を説く指導者でした。クレオといわれるファラオは、人々は神の子であることを説き、平和なユ−トピアをつくっており、その神の子の道を大衆に説いたのは、このラワンといわれる方でした。どうもありがとう。」
次は高橋先生の「ことば」から
「−−遠く一万年前、私はアトランティスにおいて多くの人々に説いたように、そしてナイル河流域に多くの人々とともにユ−トピアをつくったように、あるいはインカに、インドに、また中国でも説いたように、人間のまことの心の道というものは普遍であり不変であり、永遠に変わらない人間の心のものさしでなくてはなりません。−−」
高橋師の「ことば」には「インカ」でも多くの人々に説いたことを示唆しているが、前述のN・T子さんもペル−(インカ)で生活された転生の記録もあるので、参考にしていただく。
N・T子さんは次のように言う。「更にまた私は現在南米のペル−といわれている国で男性として生まれ、名前をセンッエ−ラ・アル・カント−ラと申しました。代々国王様の配膳係としてお仕えした家柄でございました。当時の文明は古代エジプト文明の影響を受け、山中にかなりの文明が開かれて居りました。慈悲深き国王様は私達にいつも信仰についてお話しされ、国民は皆太陽信仰を致しました。ある時、外国から侵略を受けましたが、国民の血を流す事を避ける為に国王様は自ら王位を捨て山中に逃れ、インディオ達と共に神理に基づいた生活をされ、人間は皆平等であると共に、働きながら楽しく暮らしました。」
高橋師の「ことば」から

「インカの場合、ネコ科動物をモチーフとした像や力強い土器、金、銀などの装身具、雄大な石造神殿、大規模なかんがい工事や、ひな壇畑の造成、これらの技術、経済の発展は地方的とはいえ、現代でも十分通用し得るものである。現代でも、そのナゾが解けぬという千三百メートルにわたるサクサワマンの防壁。接着剤を使わずに、巨大な石を組み合わせた石積みは、今日なお、びくともしていない。石と石との接着部分は、あの薄いカミソリの刃さえも入らないほど密着し、何千年も経た今日でも、ビクともしないというのである。当時の技術が、いかに進歩していたかが分かる。」
『今から四千五百年前のこと』 <ピラミッドの謎>
それでは、高橋信次師の「ことば」「エジプトの文化」(クフ王のピラミッド)から聞いてみよう。
「−エジプト文化にしても、そうです。とりわけ絵画については、日常生活のあらゆる情景が生き生きと描かれ、当時のエジプト人は、精神的に、現代人よりすぐれていました。まず、人間は来世があり、そうして再び現世に舞い戻ってくることを知っていました。このためあの広大なピラミッドは、人間が死んで、現世に舞い戻ったときに、エジプト文化を、より栄えさせるために必要な、財宝、資材を保存させるためにつくったものです。今から四千年以上も経つ、ギゼ−のクフ王のピラミッドは、底辺の一辺が二百三十メ−トル、高さ百四十五、六メ−トルもあります。石灰石の重さは平均二・五トン、個数にしても二百三十万個に及びます。二・五トンもある切り石を百メ−トルを越す高さに運びあげた方法は、今でも不明であるといわれるぐらい、当時の技術は進歩していました。クフ王のピラミッドは一説では二十年といわれていますが、実は三十五年を要し、花嵐岩は、上エジプト、ヌビア地方のナイル川から採取し、筏で運んだもので、約六十五トン位のものまで運べたようです。こうみてみきますと、人類の歴史は、古い新らしいだけでは律しきれないものがあるわけです。−−−−」
また、『心の原点』には
「石灰石は主として、地中海沿岸、それもヨ−ロッパ大陸側から船で運んだものもかなりあったようである」とある。それ程当時の海洋技術も発達しており、建築、土木、絵画、彫刻にしても、インカ文化とならんで進んでいたのである。
高橋師の記述から
「当時は太陽信仰で、多くの人々は、王さまがフワラオ−の神と信じていたのでございます。ピラミッドも、未来永劫を信じた側近の人々が、フワラオ−の財宝を入れてまた生まれてきたときに再び使用でき、フワラオ−の下で生活できることを信じ、希望して造られたものでございます」とピラミッドのことまで語った。−−」
あるとき、通信衛星を利用して、エジプトのギゼのクフ王のピラミッドの生中継がテレビであった。高さが一四六メ−トルあったものが、ピラミッドの頭の方がこわれて、今は一三七メ−トルになったと放送していた。夜ともなると観光客のために照明されるが、その灯のもとでカイロの人々がピラミッドの近くで円座を組み、会食をしたりして結構な賑わいであった。また、ラクダでピラミッドの廻りを一周すると日本円にして三〜四百円と報じていた。私達は、永い間ピラミッドはファラオのお墓であると信じ、またそのように学んできたが、そうではなく、当時のエジプト人が、再び現世に舞い戻って来たとき、エジプト文化、文明をより発展させるための資材、財宝を保存する倉のようなものであったとは注目に価する。当時のエジプト人は、魂は永遠であることを知っていたのである。

「ピラミッドについてのアガシャ−の予言」
<その1>−−−「比較的近い将来、エジプトの各宗派の統合された詳細な状況とその時のアガシャ−の役割とについて述べた記録が発掘されるだろう。三七宗派の象徴である中央ピラミッドのデザインの、大きな飾板がカイロの近く、エジプトの三主要ピラミッドからあまり遠くない所で発見されるであろう。あの当時の宗派統合の時、アガシャ−の息子であった或る一人の裕福な勢力あるエジプト人が、考古学者達によって計画された発掘の仕事に指導的役割を果たすであろう。また飾物や価値ある品物や長い間大アクレサンドリヤ図書館の廃滅と共に失われていたと考えられていた古代の記録等々多くの財宝が発見されるであろう。実際、高度に発展した文明の遺跡がナイル渓谷に発見され、その文明は現代吾々が親しんでいるごく最近の文化よりも財産的にもはるかに優れているであろう。この有史以前の文明とノアの洪水は、アトランテイス大陸の大陥没以前の一大文明との間の連続関係もまた発見されるであろう。」
<その2>−−−「驚くべき探究と新発見はあの世に限ったことではなく、考古学的にも、人間は過去について多くのことを学び、その過去よって人間は現在及び未来のことをさらに深く理解することが出来るようになるだろう。二○世紀の終末は一つの七千年周期のクライマックスであり、その周期の頂点はその初期に於てエジプト文明であった。しかし過去のエジプト時代の探究は主として後期のエジプト時代の探究であり、その時には「完全な理解」のあった光明時代は既に破壊され墜落した状態にあったのである。だが数百年の間最高状態を保っていたこの失われた文明の物語りを確認する記録が、大ピラミッドの中や周辺に発見されるであろう。書板も記録も共に失われたアトランティスの文化との関連を示してくれるであろう。」
(それは約六千年昔、円筒形の箱の中に規則正しく収められた記録である)
「この地方には黄金がたくさんあって、全て存在した建物やその遺跡はまだ大部分が砂の下にうずもれており、破壊されることなくすばらしい形を保っている。未だ発掘されることもなく砂中に埋もれている古代エジプトの黄金は、現在の基準からみて、現代の世界の全ての国を購うに充分な位の価値のものである。」
<カイロ近郊で二つの、砂に埋ったピラミッドが見つかった>
昭和六十三年四月二十日(カイロUPI−共同)
「フランスの考古学調査団が、このほどハイテク装置を使ってカイロ近郊のサッカラ砂漠に埋っていた約四千年前のピラミッド二つを発見した」と報じた。これからの発掘調査などを待たなければ詳細はわからないが、高橋師の、そしてアガシャ−の予言が一つ一つ現実となっていく。
「高橋師は幽体離脱してエジプトへ行った」
『心の発見・現証篇』、高橋師の「ことば」から
「 また、”もう一人の私”は鐘の音の波動に乗ることもできる。鐘を打った人の心の状態に比例した世界に行くことができるということである。義兄が亡くなったとき、日蓮宗の坊さんが経を上げた。その音の波動に乗ってみると、この現象界(地上界)から外へ出られないで、空中だけしか回れなかった。不思議なことに、音も粒子であり、その粒子が波動となって伝わって行くことも発見した。肉体から抜け出した”もう一人の私”は、現世のエジプトに行ったこともあった。空中から風景を見ながら、都会の名前が解らなかったため、駅の近くには表示があるだろうと思って駅を探した。すると、その駅には、ロ−マ字とエジプト語で、カイロと記されてあった。このように、心が調和されれば、見たいと思う場所に肉体から抜け出して行くことができるのだ、ということが解明された。印度にもたびたび行き、石窟寺院の壁画を見てきたこともあった。私の指導者ワン・ツ−・スリ−は、私達の肉体から抜け出した”もう一人の肉体舟”は光子体であるということを説明してくれた。」
高橋信次師は、地球上の色々な場所へ、光子体の姿で(幽体離脱、意識)で行った。我々の肉体は、原子肉体と光子体が不離一体となって重なり合っている。高橋師は、弾定瞑想中に、肉体はそこにあるが、光子体が肉体からぬけ出し、光子体のままで自由に地上界を往来したのである。いくつか上げてみよう。
<幽体離脱その一> −−「ニュ−ヨ−クの大谷さんが遂に悟りましたよ。わたしが意識で行ってみると、彼はニュ−ヨ−クの公園の石の上で弾定してるんですよ」−−
<幽体離脱その二> −−「私はこのようにして、よく弾定中に、上空から風景を眺めたり、しぶきがかかる海上をものすごいスピ−ドで飛んでいったりします。肉体の自分がそのまま経験しているのと全く同じであり、したがって金のかからない旅行の楽しみを味あうことが出来ると言えるしょう。」−−
<幽体離脱その三> −−「過日は私達の仲間が中国に出ていることを通信されました。私は昨年(註・一九七四年)の十月を通し中国の我々の仲間の所へ行きました。この人達は台湾の国立医科大学の先生を始め、その出身のお医者さんばかりです。彼等の所へ私は夜十時、肉体から抜け出して光子体で彼等に神理を説き、そして、ついに彼等は心の窓を開き、我々とコンタクトするようになりました。彼等の心の中に法灯が点されたために、今は主としてアメリカに行っております。アメリカは先月の二十七日から行きました。二十八日の晩に、アメリカの、私が五年前に予言していたところのニュ−ヨ−ク、マンハッタンというところに住んでいる方とコンタクトがつきました。そして、私は、夜、心で神理を教えております。彼もその自覚にめばえております。この方は日本の新聞でも相当名前の通った方です。こうして彼等の心の窓は開き、次々と真実のものは伝わっていきます。これから私の説いた教えは、アメリカに渡っていきます。むしろ日本よりか私の説いている心理はアメリカに広く拡がっていきます。しかし、私はあくまでも私が説いているのではありません。私は代弁者なのです。私はただの電気屋です。電気のことならわかります。宗教のことはわかりません。しかし、私達のバックには実在界の光の天使達が次々と疑問の点を明かしてくれます。それを又、証明してくれます。皆さんも、自分の欠点を自力によって心のスモッグを払ったときに、あたかも太陽が誰にも美しい光りと熱を与えて下さるように神の光明も、又、自らの心に光を受けることが出来るのです。」−−(一九七五年、中京秋季講演会テ−プより筆録)
その外、講演の中で高橋師は、映画視察やある人の行動をながめたことなどの話しがある。次は、高橋師帰天直前の一九七六年四月、両国日大講堂における「GLA七周年記念講演会」から参考にして欲しい。

「宇宙即我、奈良の大仏さん、幽体離脱」
高橋師の「ことば」より
「−−心の中の感情や智性や理性や本能が調和されてくると心の中のスモッグがなくなってくるから、神の光によって満たされて、この心の調和度の光は、どんどん大きくなって宇宙大になり、後光は宇宙大になります。そこで宇宙は自分の膝許に、更にまた、宇宙は自分の中に入り、そうすると初めて、宇宙は自分だということになりますね。これを梵我一如というのです。そうすると弾定というものをして心を統一して心のスモッグが取り除かれていきますと、原子肉体に対して光の肉体、つまり光子体がどんどん大きくなって、この講演会場の建物より大きくなっていき、空を抜けて、この建物が自分の膝許に見えるようになり、更にまた調和されてくると、この建物よりはるか上の方に自分が大きくなって、地球は自分の下に、そして、地球よかもっと大きくなると飛行機が飛んでいるのが下に見えるようになり、もっと大きくなりますと、地球がはるか彼方になりまして、地球は青かったということになり、お月様よりもっと高くなる。こうして自分が宇宙になってしまう。これが「宇宙即我」というわけですね。
善我なる自分、心の中のスモッグを除いて、偽りの我を全部捨てて、苦脳を全部取り払ったからなったわけで、奈良の大仏さんは、どうしてあんなに大きく造ったのだろうと皆さん思うでしょう。それは、あの奈良の大仏さんのような広く大きな心になれっちゅうわけですね。ところが今、大仏さんを拝むようになったわけですね。「汝、偶像を拝むことなかれ」とヤ−ヴェ(エホバ)が言いましたね。偶像を拝むんじゃないんです。あの大仏さんのような広い大きな心になれっちゅうことを昔は言ったものなのです。ところがいつのまにか拝むようになった。
それともう一つは弾定中に抜け出しちゃうんです。抜け出す方法は、こうして抜け出しちゃうんですね。(註:図示して)霊子線という、中道を歩いていると、こうして真直ぐ抜けるんですね。丁度、夏なんかに雲があって、そこから光がパ−ッとさして、サ−チライトのように下を照らしていることがありますね。あれを思い出して下さい。あのように天上界から光がパ−ッと出ております。あの世へ帰る時に、その光の中を真直ぐに、その真中を帰れる人と地獄の遠道をして帰る人と、それは皆さんが自分で決定するんです。生き具合によって、この地上界の、それは思ったこと行ったこと、その結論は皆さんが出すんです。それと同じように心がきれいだとね、この霊子線という、この天上界からの光の束は、こうして自分の意識線から抜け出して、弾定中に自分が抜け出していくことが出来ます。そして例えば弾定しておって、自由にどこへでも行くことが出来ます。先つ便利なことは入国手続もいりません。注射する必要もありません。飛行機のように墜落することもありません。サ−ッとみんな見て来れます。観光旅行は先づただです。これは一番良い方法ですね。(笑い)
こういうように出来るのを、”弾定三昧の境地に到達せん”ということです。ですから、どうぞ皆さんも一番金のかからない方法ですから、御利用した方がいいと思います。これ一番いい方法です。波の上なんか飛んでいる時は、皆さん、おっこっちゃうんじゃないかと思いますよ。坐ったまま飛んで行くんですから、風切る音もピュ−ッと聞えます。ビックリしますよ。ですから、色々な所へ行って自由に見てこれますよ。便利なこともありますが、不便なこともあります。食べ物は食べられません。肉体をもっていっていないんだから。そういう不便はありますけどね。見て来ることは見てこれます。だから、ま−目の保養にはなるっちゅうことですね。ま、言うなれば弾定中に夢を見ているということ、全部記憶して帰って来れるということ、そういう便利さはありますね。でも、この世を去る時には、どっちみち、そういうことになるのですから。だから、その実験は正法を自分が守らなきゃならないんですから。感情、智性、理性、本能、想念を丸く豊かに、すぐ風船を思いだして、その原困をすぐ取り除く、それ以外にありません。自分の心は自分で管理することです。そして自分を豊かにすることです。自分を救う事は自分以外にそれは出来ないということです。そういう毎日を送ることが大事だといえましょう。自分を正法という片寄らない善意な大三者の立場に立って自分を完成したいことだと思いますね。−−」
