釈迦教団の組織は円型組織であった
ピラミッド組織は、自由がない
「人間・釈迦」第三巻
「ブッダ・サンガーの生活」より
園頭広周
千数百人のサロモンたちは、ブッタに合掌し、室内は寂として咳払いひとつたたない。
「ウパテッサ、コースタニヤ、ピパリ・ヤナー、そなたたちは各組の責任者を集めて明日からの行動予定を組み、この雨季の期間中に
各地の責任者を決定して欲しい。その打ちあわせをし、今日は全員休養をとらせなさい」
ブッタはこう言うと、スックと立ち上がり、自室に戻って行った。
ウパテッサをはじめそれぞれの指導者はブッタの指示にもとづき、おもだった者を除いて各部屋に散会して行った。
食事の世話、部屋の掃除、洗濯をする者、ベルヴェナーの生活はサロモンたちの自発的な行為によって動いていた。別にこれといって
当番が決められていたわけではなかった。十人、二十人と人が集まるにつれて、私は食事係りを、私は掃除当番を、というぐあいに、しごく
自然な形でそれぞれの世話係ができ上がっていった。新参だから廁の掃除をする、下足番をひきうける、というものではなかった。だから
古参者でも手があいていると部屋のふき掃除をやったり、食事の世話までやってしまう。
ここが他の教団に見られぬ釈迦教団の特色であり、生活だった。ブッタは人間の自由を尊重し、その自由を戒律や制度などでしばると、
人の心はそれにしばられ、仏の心を知る機会を失う場合が多い。ブッタはこのことを自らの経験によって悟っていたし、形式に流れること
を極度に恐れ、自重していた。
サロモンたちの自発的な行為を待つことによって、各人の創意と工夫、人間平等ということを、無言のうちに教えていた。
組織は、性別、年令、才能、能力、出身別、系列別等の、いろいろな差異を持っている人を、同一目的に、同一行動を執らせて、
より有効に目的を達する手段としてつくられた。その典型が軍隊組織である。
軍隊にはそれぞれ違った兵科がある。歩兵、騎兵、工兵、砲兵、戦車兵、衛生兵、縫工兵、飛行兵、輜重兵等、それぞれ役割が違い、
敵を攻撃して勝利するためには、敵の状況を考えて、敵に勝る威力を集中するために、いろいろな兵科を組合せ、海洋を越えて戦斗す
る場合は海軍と協同しなければならない。
武士という集団が発生すると、総大将、副大将、部将と階級がつくられた。
アメリカのハーバード大学の経営学部は、アメリカ陸軍の指揮統率をモデルにしてつくられた。みなピラミッド組織である。社長、
重役、理事 長、理事、部長、課長、係長と段階がきっちり決まっていて、それぞれ職務分担が決まり、上下の関係は命令報告で、左右
の関係は連絡通報で統制されている。
しかし、こうした組織の考えは、昔からあったのである。
釈尊が悟りを開かれ、竹林精舎が出来たその翌年である。当時既に千人近い比丘達がいた。そこにシャリープトラー(舎利弗)と
モンガラナー (大目連)が帰依してきた。
釈尊は二人を紹介された。「二人はやがて皆の指導者になるであろう」と。すると、先に帰依していた者達の間から不満の声が挙がった。
「二人は、今帰依したばかりの新米ではないか。後輩ではないか。その後輩が先に帰依した者の指導者になるとは怪しからん」と
いって騒ぎ出した。それで釈尊は皆を集めて話をされた。
「シャーリープトラーとモンガラナーは、前世に於ても、その前世に於ても、常に釈尊常随の弟子として、皆よりもずっと先に悟っていた
者であ る。生まれた年月日、帰依した年月日、どこで誰から生まれたか、等そういうことは関係ないのである。心の高さが問題なのである」
と。それで騒ぎは治まった。
年功序列、或は職務による段階、差別は、肉体を中心とした考えで、心を問題にしていない。インドの時と同じことが今度も起こった
のである。私は講師の中で一番最後に高橋先生に帰依した。私の先輩ばかりで私は一番後輩であった。私は一番年長で、彼等は皆、
私より年下であった。年の差も考えないで、私に対して年長者であるという礼も尽さずに、私を後輩として無視する態度を取った。私が
舎利弗の生まれ変わりであり、他の講師達が体験していない「宇宙即我」の体験をしていたのにもかかわらずである。私に対して一番
横柄な態度を取ったのは、高橋信次先生の実弟興和氏であり、次に谷口健彦氏であった。私はそういう年の若い連中と争う気はないから、
彼らがするがままに委せていた。
昭和四十八年四月、高橋先生に帰依してすぐ私はGLA関西本部付になった。大阪のある青年支部長が公民館で私の講演会を計画して
くれた。私が舎利弗の生まれ変わりだというので、大阪全体、京都からも集まって会場は隙間もなく満員だった。そうしたら混乱が起こった
のである。
各地区の支部長達、関西本部は霊友会の分派であった瑞法会が、初代会長(女 性)が亡くなって、二代目会長中谷義雄氏の時代に、
教団を挙げて高橋先生の帰依してGLA関西本部となったもので、会長以下理事、支部長という組織はそのままであった。初代会長が女性
だったので、支部長は女性が多く老令の人ばかりであった。いわゆる支部の縄張り意識が強く、私の講演に来た会員達は一人一人、支部
長に呼ばれて、「なぜ他の支部に話を聞きに行ったか、支部の集会にだけ来ればよいのである」と叱られた。
私が新宿で講演した。集まった会員達は、東京支部の講師からは聞けない話を聞いたと喜こんだが、高橋興和氏は、新宿の責任者を呼
んで、「東京支部に講師がいないわけでもないのに、なぜ九州の園頭講師の話を聞くのか。今後、園頭講師の話は聞くな」と叱られた。
そのくせ興和氏は、九州を廻って講演させて欲しいといってきたから、九州各県で講演会を計画した。関西本部の理事は瑞法会時代の
理事がそのまま理事になり講師になっていて、関西本部長以下理事の講師達は、私に関西本部で講演させることはしなかった。そのくせに
九州で講演させて下さいというので講演会を計画した。ところが関西本部に帰ると、「園頭さんは大して指導力がないので、わしが指導して
来た」と自慢していた。
私にいわせれば関西本部の講師の話など、しない方がましだという程度の話で、宗教的な話ではなかった。
そういう状態であったから、高橋信次先生がどんなにすばらしい話をされても、すべて講師、支部長の段階でストップされ、或は歪めら
れて、末端の会員には正しく伝わらないと思った。
高橋信次先生を中心にした総合本部の理事会でも、私より先に講師になった人達が先輩風を吹かして、一番最後に講師になった私を
後輩即自分達より悟りも劣っているという扱いをしてきたから、私はこのような人達にいって見ても始まらないと思って黙って遠慮していた。
私が黙っているとそれをいいことにして、高橋信次先生の教えとは違う自分自身の偏見を、高橋信次先生の名によって話をして得意に
なっていた。 いわゆるピラミッド組織の弊害が真理を利用してもろに吹き出していた。
職務権限による縄張り意識、先輩後輩の序列、真理を悟ったらなくなっていなければならない権力欲、名誉欲等、一般社会では大いに
あり得る人間臭さの欲望が、真理の場でもろに吹き出して、それを恥ともしないのであるから尚一層醜悪であった。
これでは、高橋信次先生の教えは正しく広がらない。東京本部も関西本部も組織改革をしなければいけないと思っていた。
案の定、高橋信次先生は亡くなられる直前、関西本部の事務局長林正氏を自宅に呼ばれて、「関西本部は今のままではいけない、
正法にならな い。組織改革をしなさい」といわれた。高橋信次先生が亡くなられた後、林事務局長が、関西本部長の中谷義雄氏と争った
のは、高橋信次先生の言葉が原因である。
そして、亡くなられる直前の関西講演の時、「園頭さん、ぼくはこんなつもりでGLAをつくったのではなかった。GLAをつぶしたい」といわ
れたのであった。
そういわれた高橋信次先生のかなしくもさびしい気持がよくわかっただけに、高橋先生の名を背景に利用しながら、高橋先生の胸中も
知らないで、個人的な欲望をのさばらせている東京本部の講師達に義憤を感じ、心中秘かに、「高橋先生、私一人は先生の名を穢さない
ように、法を正しく継いでまいります」と誓った。
インドの時のような釈迦教団の円型組織をと考えていたのであったが、さて正法会の組織づくりをして見たら、案に相違して私が任命し
た支部長が私の方針に従わないのである。
中には、「会長はなんといっても、支部長のわしが承知せん」といって会員の自発的な運動を威圧する。会の方針は会長である私の
方針である。
私の方針は高橋先生から継承した方針である。会員は自発的に人を集めて集会をしたいというのに、「あなたの活動は支部長のわしが認
めない」といってつぶしてしまう。会員からよい意見が出ても、「なんでお前は支部長のわしを差し置いて、会長に直接意見をいったか」と
叱られる。
自分の思うようにならないといっては、会長である私の悪口をいって、自分を正当化してやってゆく。そういう支部長を支部長にした
私がいけなかったのであるが、しかしその人も、一会員であった時は至極まじめであったから支部長にしたのであるが、〃支部長〃という
地位が与えられるととたんに豹変するのである。まじめそうにしていたのは見せかけだけで、自分の本心の芽は隠していたのである。そう
いう心の中に根付いている悪の想念をなくするのが反省であり〃観念泄しゃ〃である。〃観念泄しゃ〃して心のしこり、黒い想念、肉につ
いた欲望をすべてなくすると、人間神の子の実相が堂々と露呈されてくる。
そうすると人間は、肉体的な差別なくみな平等で自由であることがわかってくる。
会長も支部長も会員もすべて平等である。平等であるが過去の輪廻転生の霊の経験による心の広さ、魂の段階はある。だからそれには
従わなければならないが、それは統制してそうさせるべきではない。自からの魂の要請、徳に順って自然にそうなるのである。
釈迦教団は組織の力によって各人の自由を束縛することなく、その自由に順って行動する組織であった。
インド当時の比丘、比丘尼達は、疑問に思うことがあれば誰でも釈尊に自由に質問した。
質問したといっても、それが釈尊の行動を束縛することはなかった。質問する時があり、場所があり、内容があった。一比丘が質問した
ことに対して、責任者の老比丘が、「なんでお前は責任者であるわしを差し置いて釈尊に質問申し上げたか」といって部下の行動を制約する
ようなことはなかった。
より多く仕事をする人があれば、その人を認めて「えらい」と讃嘆し、その人のようになろうと皆努力した。肉体を基準としたピラミッド組織
は、より沢山やる人があると、やり過ぎた、自分だけえらいと認められようとするのかといって足を引っ張る。やらなければやらないで皆に
袋叩きされる。
会議があっても職務に縛られて自由な発言ができない。ヒラ社員は係長の、係長は課長の、課長は部長の顔色を伺いながら発言
するから、末端のヒラ社員の意見は中々重役、社長の耳に届かない。だからピラミッド組織には、それぞれの職務、職階に不満が停滞して
一向に風通しがよくならない。
結局その不満は帰り掛けに一杯呑み屋で職場の不満、上司への不満を酒の力を借りて憂さ晴しすることになる。日本の組織の欠陥は、
職場以外のプライバシーの場でも、職場の職階がこびりついて、プライバシーが侵害される。お盆やお正月に上司につけ届けをしないと、
職場に影響するということになる。私は軍隊にいる時も、生長の家の本部講師をしていた時 も、礼儀は尽したがそれ以上に卑屈になって
上官や上役のご気嫌を取るための行為をしたことはなかった。
その点、アメリカの会社はピラミッド組織でも、会社には自由な空気があって、例えば会議でも、日本みたいに、すぐ上の上司の顔色を
みないと発言できないということはなく、自分の発言がすぐ上の上司の利害に関することでも、自由に発言している。仕事が終って会社を出
ると、もはや会社の職階には関係なく、重役とヒラ社員は同列に肩並べてあるく。日本は永い間の儒教の影響で、上下関係、左右関係は
職場でも、職場に関係のない場所でもきびしく規制されている。特にこうした規制は官公庁できびしい。官公庁では、本人の人格、才能よ
りも、上役にごまを摺って、上役の気嫌を取る人間が早く昇進する。民間の会社はそれ程でもないが、しか し、多分に情実によって左
右される。
ピラミッド組織のいろいろな弊害があっても、それでもアメリカよりも日本の企業が発展したのは、日本人の労働観の勝利である。
日本人は労働を、神への奉仕だとしていることに対して、アメリカを含む白人社会では、労働は神の刑罰であるという労働観を持って
いるからである。
「人間釈迦」に書かれているように、新米だから便所掃除をする、下足番をする、というものではなかった。古参者でも手が空いてい
るとふき掃除をした。ブッダは人間の自由を尊重し、その自由を戒律や制度などで縛ると、人の心はそれに縛られ、仏の心を知る機会を
失う場合が多い。
サロモン達の自発的な行為を待つことによって、各人の創意と工夫、人間平等ということを、無言のうちに教えていた。
ここが他の教団に見られぬ釈迦教団の特色であった、と書かれているような教団のしくみになっていたのは、それは「霊の向上」は、
自発的に自分で考えて、いわれない先にしたことだけが、霊の向上になるのであるという霊向上の原則による。いわれてからすることは霊の
向上にならないのである。
よく家庭で問題になるのは、「いわれればしたのに、いわれなかったからしなかった」ということである。
家庭は、男女が縁によって一体となって、霊の修業をする、神が定められた単位なのであるから、夫は妻の心をよみ、妻は夫の心をよ
んで、いわれない先にやってあげるという霊の向上の訓練実習をしなければならないのである。
釈迦教団の比丘、比丘尼達は、教団に入るためのテストがあった。
一、仏に帰依するか
二、法に帰依するか
三、僧に帰依するか
反省して、心を見つめてきれいにした者のみが帰依を許された。心をきれいにして、人間は神の子であることを知った人達ばかりであった。
正法会もテストこそしなかったが、会員になる以上は反省をして、心をきれいにして入会すべきであったのに、心をきれいにせず、正法
の場を逃避の場所にしたり、社会では認められなかったような人が、正法会の組織の中で、社会で認められなかった欲求不満を満足させ
ようとしたり、現実を改善する努力をあきらめて、来世に実現の夢を描いていたり、とにかく純粋な信仰をするためには、すべて捨てなけれ
ばならない欲望を捨てずに、欲望、欲求不満の上に、オブラートのようにそれを正法という言葉でくるんで、見せかけだけの信仰をしてい
る人があった。そういう人達が問題を起こし、やめて行ったのであった。
北村先生が「毒を吐け」「観念泄 」の指導をするようになって、人間神の子をしっかりと自覚し、いわれなくてもする。よいことはいわれない
でも先にするというグレースの人達がふえてきた。これなら何をやっても成功すると思った。だから九州のグレースの代表者が集まって、
「九州グレース大会」をやりたいといってきた時にすぐ許可した。許可して行動しているうちに、「全国グレース大会」にしようということに
なって、昨年七月七日福岡で行なわれた大会は大成功だった。七月七日、この日は記念すべき日である。
昭和十二年七月七日、私は見習士官として鹿児島歩兵第四十五連隊にいた。この日盧溝橋の一発によって支那事変は勃発し、大東亜
戦争となり、東洋有色人種の国々を侵略して植民地にしていた白人国家の勢力は、見事に全部退けられた。この記念すべき日に行なわ
れる「全国グレース大会」は、今日までの間違った人間観、女性観を一掃して、全世界の女性に光明を与えるその〃きっかけ〃になる。
いや、そうしなければならないと思った。
この創造的、自発的なグレースの女性軍に刺激されて、東京の男性軍が起ち上がり、十一月三日を、正法会発足十五周年記念大会に
しようといった。準備期間が短かったにもかかわらず大成功することができたのは、観念泄 によって神の子を自覚した各人の自発的な
行為があったからである。
ピラミッド組織でやるということになっていれば、功労の多い割には成功しなかったであろう。円型組織の勝利である。
これから日本の企業も、ピラミッド組織のよい点は残して、円型組織でないといけないということになり、早く円型組織に切り替えた企業が
群を抜いて成長してゆくことになる。円型組織は宇宙の真理に則った組織であるからである。
高橋信次先生は、宇宙のしくみを知りたかったら人間の身体を見なさいといわれた。
例えば指の先に棘が刺ったとする。その痛みは真直ぐに脳に伝えられ る。指先の痛みを途中でチェックするしくみにはなっていない。
それと同じように、会社のどの部署の問題を、途中でチェックせずに真直ぐに社長の所へ通ずるようにしなければいけないのである。
しかし、従来のピラミッド組織では、社員から係長、課長と、上へ上がってゆくに連れて途中でチェックされ、本当の正しい意見が社長
に伝えられない。また社長の方針意見も途中の段階でチェックされて正しく社員に伝わってゆかない。その間に情実が横行して組織が淀ん
でくる。組織の風通しをよくしたいということは、常にいわれて来たことであるけれども、なかなか実行できない。
組織の理想は宇宙の相に則った円型組織である。宇宙も、太陽も、地球も、分子原子も円であり、人間も円満であることを〃よし〃とする。
会社、組織、団体等、いかなる組織も、神がつくられた大自然の中にあり、一般社会、国家の中にあり、そして得意先、構成員があり、
そして、その会社、団体等を維持している担当者があるのであり、一つの会社、団体等を維持している構成員達は、その会社、団体の
中心者である社長、理事長という人々と、過去世においても縁があった人々であるから、また今生でも縁があって一つ所に集まってきたの
であり、その場が霊の修業の場であることを知り、会社、団体等の構成員はそれぞれにそのことを知って、そこで愛を行じ八正道を生か
して行かなければならないのであって、唯単なる利益を得る場と思い、地位名誉欲、権力欲、 欲等の自我我欲に捉われて、それぞれの
欲望をむき出しにしてはならないし、その会社、団体等の存在が、一般社会に対し、国家に対し、大自然に対していかなる関係にあるかを
考えてゆかなければならないのである。
最近、会社がその利益の一部を社会に還元し始めたのも、組織はすべて円型組織でなければならないというように考えてきた、その一つ
の現われである。
指先にトゲが刺さったのも、お尻にピンが刺さっても、身体のどの部位の異状も、すぐ脳に「異状」として信号されて行くように、ヒラ社員
も、部課長も、どこからでも社長に意見がいえて、それを途中で遮ぎることがないようにしなければならないのである。
泉谷さんの娘婿が成功したのはこの「仕事の分かち合い」による一体感であります。
時代は既に円型組織に移行しつつあります。
医学界では、ホルモンの作用で「愛」は起こると永い間いってきました。
これは逆です。喜び過ぎても悲しみ過ぎても病気になるということは、運命もそうだということです。馬鹿よろこびも馬鹿かなしみもいけない。
すべては中道でなければならないということです。
これは植物も動物も心を持って木の葉から木の葉へ心が伝達される自然のふしぎさ同じ家の中にいて、夫と妻とが心が通じ合わない
馬鹿さ加減、人が人の心に通じない愚鈍さ、その人は木の葉にも劣る人間の心を愚鈍にして人にも動、植物にも通じない心を持っている
のは自我我欲の自己中心主義からです
世の中はどんどん正法に目ざめなければならないように進歩しつつあります。
木の葉が隣りの木の葉へ情報を伝えるのは地球創成の昔からのこと、子供の心のわからない母親は木の葉に聞いて来いといってもどう
したら心がわかるのか、伝えられるのか。
世の中は正法でなければならないように変わりつつあります。
海外で高い評価を得ているということは、やがて世界が日本中心になってくることになります。