高橋信次師講演集
はしがき
こんど私の講演集が関西本部から出版されることになり、従来の著述とちがって新たな感慨に打たれています。著述の場合は文体やら論
理の統一など考慮に入れながら筆を進めますが、講演だけはまったく白紙の立場で話を進めますので、正直のところ私自体何が飛び出す
か、その時にならないと私でさえ不明なのです。というのは聴講者の様子を見ながら講演しますので、その時その場の状況で内容が変っ
てくるからです。
また、私の講演は霊視のきく者が見れば分かりますが、その時の話の内容で守護・指導霊が入れ替り立ち替り、私の意識に出入りします
ので、講演しながら私も教えられることがあるわけです。
こんなわけで私の講演が一冊の本にまとめられ、多くの人々に再びこの本を通して接する機会を与えられたことに非常な喜びを感じてい
る者です。
ところで正法は周知のように、頭でいくら理解しても心の安らぎは得られないし、仏智も湧いてきません。正法を信じたならば、まずそ
の法を規準にして現実の生活に実践を通して始めて自分のものとなり、心に王国をつくることが可能になってきます。大抵の人はどうし
ても他力本願になりがちです。他力は楽だし、人間の業を考えると、つい神頼みになってしまいます。しかし、神頼みはどこまで行って
も神頼みであり、本来の自分はありません。人間は神の子であり、神の子の神性を活かすようにできているので、まず、自己の確立、心
の王国を確立することが神の子の姿であり、在り方なのです。自分を本当に愛するのであれば、法を規準に、中道に適う生活をめざして
いただきたい。それがとりもなおさず皆さんの幸せを招来するものであるからです。
法の姿、人間の在り方はこの講演集にすべて盛られています、したがって、ここに掲載されている内容をしっかりと理解され、実践を通
して神の子の真の人間らしいあなた自身をつくって下さい。
最後に、この講演集の編纂に力をつくされた皆さん方に心からお礼申し上げます。
一九七五年 五月 吉日 高 橋 信 次発刊のことば
本書は、高橋信次先生に初めて関西本部へ御越しいただいてから、約一年半の間に御講演下さった正法神理の一環を、先生のお許しを得
て、そのまま集録したものであります。
今や正法の燈は燎原の火の如く全国に広がりつつあります。
北は北海道から南は沖縄に至る国内の津々浦々は勿論、昨年六月に先生が台湾に赴かれて以来、かの地においても数十名の方々が続々と
心の窓を開かれて、偉大なる正法の流布に熱意を傾けておられます。またアメリカのサンフランシスコ、ニューヨーク、そしてブラジ
ル、アフリカ、韓国、と国外の各地からも、縁生の名のりを上げる人が輩出し、正法神理の偉大さと正しさを、全世界に証明されつつあります。
そうした中でGLA総合本部主催のもとに、去る四月五日東京・日比谷公会堂において開かれた創立六周年記念大講演会では、全国から
集まった同志の前に、天の配材、縁生の必然が数多く立証され、会場を埋めた聴衆に多大の感銘を与えました。さらに四月十三日に関西
本部においては、東大阪市立中央体育館を会場として春季大講演会を開催、七千名を超える人々で場内はいうにおよばず場外まであふれ
る有様でありました。
その盛況ぶりは、正法に対する一般の方々の関心と、今後のGLAの使命の重大さを象徴しているようでした。
思い起せば昭和四十六年十月三日、この関西本部講堂(旧端法会本堂)に初めて高橋信次先生をお迎えしてからすでに三年有半になりま
す。中谷関西本部長(旧端法会会長)が沢山の会員を一人残さず真の正法に帰依させたいと、「正像既に過ぎぬれば持戒は市の中の虎の
如し、智者はりん角よりも希ならん、月を待つまでは燈を灯すべし宝珠なき処には金銀も宝なり」と日蓮上人の祈祷抄の一切を引用し、
その月にも宝珠にもたとうべき聖者に あえた今日、より勝れたもの、より正しいものがあれば、既往にとらわれず、それに就くのが謙
虚な仏弟子のとるべき真の道ではないかと、理を説き、或は切にうったえての同志愛、人間愛が、頑迷なまでに旧套を守ろうとする人た
ちの心まで開かせたのです。勿論先生の言霊の一つ一つが私たちの心の中にくいこんで来たからでもありましょう。
毎月々々御来阪下さる先生の御講演が待遠しかったのは一人私だけではなかったでしょう。
有名なある種の団体の長が先生の講演を聞きに来られたので、その感想をうかがいますと、
「私たちと次元がちがいます。もっと私自身勉強してからでないと、おこがましくて質問も出来ません」
「先生の顔相、骨相を見ただけでも只の方ではありません、あのお声、声量は普通の人では出せません、偉大なる方であるという事はま
ちがいありません」
と言われて、余りお身近に接しさしていただくものでついその先生の温情に、自らも十〇パーセントの修行をしょうとなさる謙虚な人間
らしさに心がひかれても、先生の偉大さをつい見のがしていた自分を申しわけなく思ったような事も度々ありました。
この三年半の間に説かれた先生の御講演の数々は、会員皆様の心に、日記に、テープに、それぞれ記録されているでしょうし、この先生
のお説き下さる正法神理の燈が、私たちの心に深くしみ込んで赤々ともえ広がって行く日が必ずくる事を信じ、そのための修行実践こそ
大切にしなければならないでしょう。
はげしくうつり変りゆく世相の中で、ともすれば環境や世状に心を奪われ、人間としての本質を忘れ去った生活をくり返している日々の
多い私たちの、日常生活の指針とし、座右の書としてたえず本書に接し、単に語句を読まれるのでなく、御講演の内容の底に流れる広く
大きいものを正しく理解されて、その実践に努力を重ねて、日々の生活の中に調和と安らぎを築き広くその輪をひろげて社会の浄化安定
に心を向け、この地上界の仏国土・ユートピアの建設の一助とされんことを切に希うものであります。
本書の編纂に当られた編集部の方々、御指導をいただきました堀田和成先生、並に前任の中村勇氏のご努力に対し、深甚の謝意を表しま
してまえがきと致します。 昭和五十年 五月GLA関西本部事務局長 林 正
あいさつ七日の班長会にもお話しさせて頂いたのでありますが、このことは教団の方向をきめる重大な事柄でありますので、繰り返しお話しさ
せて頂きます。
十月十日の一般法座に、東京のGLAの高橋信次先生とのつながりのことについていろいろお話し申し上げました。そうして昼からは皆
さまの質問に答えさせて頂いて、皆さまもおよその知識はもっていただいたことと思います。
九月十二日に、私は東京へ行き高橋信次先生とお話しさせて頂いて、この方が ゴーダマの再誕であるということを堅く信じたのであり
ます。それから二回三回と回を重ねて上京するたびに、さらにこの確信を強めました。
そして、高橋先生の教えを、教団としてお受けゆきたいと願ったのであります。いろいろと先生にお願いいたしまして、十月三日に当本
部にお越し頂きました。その際に先生は「会長はあくまで中立の立場をとって貰いたい、そしてできるだけたくさんの人の目と耳で、私
の提唱する神理正法というものがどんなものなのか、また、文証、理証、現証の三証というものを本当に出し得る人こそ世の指導者であ
るということを、会員の皆さんの目と耳で確めて頂きましょう」ということでありました。
このようなことで三日は班長会でしたが、できるだけ多くの人の参集をお願いしたのであります。また二十三日にも再度お越し願いまし
て、ご講演、また霊的な現象などを見、また聞いて頂いて、皆さまも驚きなさったと共に、この方はただの方ではない、という印象を深
められたことと思います。
また、二十三日の晩には、女の支部長さん方と先生を交えていろいろとお話しを聞かせて頂きました。その座上で先生は支部長さん方の
中から五人の比丘尼(びくに)を見出されました。この五人の方は、インド時代釈迦教団の比丘尼で、この方々を前にお出しになって、
先生が当時の言葉でいろいろと話しをされたのであります。
五人の支部長さん方は、まだ潜在意識の紐が解けていませんから、自分が過去のインド当時の釈迦教団の比丘尼であるということの自覚
はできていませんので、ただ黙って座っておられただけですが先生は二千五百余年前、インドで共に精進した比丘尼たちが支部長さんの
うしろにおいでになっているのをご覧になり、感きわまって大粒の涙を流されて再会をお喜びになったのでございます。それと同時に、
先生の体を通してモーゼ様がお出ましになり、信じられないような現象が起こったのであります。
それは先生の口の中から、額から、頭髪の毛穴から、また手の毛穴から、無数の金の微紛が出てきたのであります。
これはとうてい話しだけを聞いても信じられることではありません。私は一番前に座っている目の前で、また支部長さん方もこれを間近
で目撃されて、もう理屈ではない、信じられなくても、この目の前で見た事実を否定することはできない。先生の偉大さをまざまざと見
せられた思いがしたのでございます。
これは物質化現象と申しまして、金という固体が液体になり、これが気体となって先生の体の中に入る。そして、それがまた毛穴を通し
て、汗または唾液という液体となって体外に出てもとの固体になり、金となるのだそうです。この日この現象をまのあたり見せて頂いた
のであります。
そして翌二十四日には、徳島の蜂須賀候の菩提寺である「光源寺」に講演においでになるということで、男の支部長さんにできるだけ参
加してお供をさせて頂きました。
この光源寺では、支部長さん方の中で動物霊や亡くなった先祖の地獄霊が憑依して、身体の調子が非常に不調和である方々の憑依霊を取
って頂きました。
これらをつぶさに見せて頂き、また般若心経の講演も聴聞させて頂きました。
このような過程を経まして、十一月一日の支部長会におきまして、私は全面的にGLAの高橋先生の教えを教団に受けてゆきたい、とい
う旨を話し、支部長さん方の一人一人の口から意見を聞かせて頂きました。
何人かの方は、まだ細部にわたって信じきれない点とか、あるいは疑問に思う点は多少はありますが、全支部長さんが「会長について行
かして頂きたい、高橋信次先生の教えを全面的に受けさせて頂きたい」と一人の反対者もなく同意の言葉を得たのであります。
一般の方々の中にはまだ先生のお顔を見ておられない、またお教えに接していない、こういう方もおいでになると思いますが、ご縁の方
々から聞かれたり、あるいは「縁生の舟」神理篇、科学篇、また「天使の再来」等の書物をご覧になって、ある程度の理解はなさってい
ると思うのでございますが、もし「高橋先生の教えは間違っている」とか「信じられないから今までの端法会の行き方の方が良い」とか
お思いになっておられる方があれば遠慮なく申し出て頂きたいと思うのであります……。
それでは、私がこの高橋先生をゴーダマ・シッタルダーの再誕であると信じ、また先生の教えを教団に導入しようと考えましたその理由
を少し述べさせていただきたいと思います。
それは、まず第一にみんなが幸せにならなければいけない、ということです。皆さんの幸福のために先生の教えを受けてゆこうというこ
と、これが第一の理由であります。
第二は、高橋信次先生がお説きになっている神理正法が過去二千五百有余年の昔、釈尊がお説きになった教えに間違いないと思うからで
あります。
中国及び日本における仏教は、大乗教典を依教(えきょう)としており、釈迦の正統仏経は大乗仏教なりと信じ、その考えが常識となっ
ております。この見方を仏教の本質に立ちかえって、出発点から詮索してゆこうというのが「釈迦に帰れ」ということであります。
日本における仏教のほとんどは祖師仏教になっております。すなわち親鸞の仏教であり、日蓮の仏教であり、道元の仏教であります。
この大乗仏教というのは、いつできたかと申しますと、釈尊が入滅なさって五百年の後の紀元前後に誕生しているようであります。
それでは、それまでの間どういうふうにして仏の教えを守ってきたかと申しますと、釈尊が入滅されて後四百年以上にわたって、全部人
の口から口へ伝えられたもので、記憶の中に刻み込んで伝えてゆく、このような伝え方で四百年以上の間、唯一の教えとして守られて来
たのが小乗仏教といわれている阿含(アーガマ)という教えなのであります。
この教えは南伝といってパーリ語で説かれたものが南方セイロンの方に伝わっています。これに対し北伝といって、北の方にのびて、イ
ンドから、チベット、中国、日本というふうに伝わって来たのが、漢文に訳された四つの阿含教であります。
この阿含教が、釈尊入滅後四百余年にわたる間、人の口から口へ、本当の仏の生の言葉、生のお姿として伝えられて来ました。こういっ
た根本仏教、原始仏教ともいうべきものが、お釈迦様の本当の声であり、本当にお説きになった教えであります。
この教えを我が国や中国では、非常に幼稚な教えと受けとり、阿含の教えは声聞(しょうもん)の教えなのだから非常に程度の低いもの
であるというふうに解釈されて来たのであります。阿含という言葉は受けつがれ申し伝えられた伝承の書という意味であります。
この阿含の教えを基礎として、紀元前後から大乗教典というものが組立てられてきたもので、当時の論師、文学者、哲学者など、こうい
う方々が阿含でお説きになった仏の教えを宗教的に神秘化し、文学的に美化し、哲学的に絶対化理論化してゆく、こうした行き方が、当
時の衆生の中の思想に応じた教典となったしまったのでございます。
しかし、大乗教典は間違っているのではないのであります。仏様のお説きになった根本の教えを拡大し、進化し、また発展せしめたら大
乗教典になるのであります。
しかし、非常に哲学化されているために難信であり、かつ難解(なんげ)であるといわれるようなものになっております。
阿含教は、これが非常に解りやすく、素直に教えが説かれてあります。その一例を上げますと“ゴーダマ・シッタルダー様が風邪をひか
れて非常にお困りになっている”とか、ある時は“大へん腰が痛いので横になりたいとおっしゃっている”またある時は“婆羅門(バラモン)にどなり 込まれて、ただ黙ってその罵声を聞いておられる”このようなお姿も説かれているのであります。 托鉢に出られて一日中回られたのに、一粒の供米もなく、とぼとぼと帰路におつきになっているお姿もあります。そして阿含の中の雑阿含(ぞうあごん)という非常に長い経典の中の大般涅槃経(だいはつねはんきょう)という教えの中に「仏陀がもう八十の齢を迎え老衰
なさっていても、地方を回って神理正法を説く遊行をおやめになることはなく、老骨に鞭打ってとぼとぼとチュンダの園においでになり
ました」その時にチュンダのさしあげた供養の茸にあたられた様子を「世尊は供養の茸を食べ、重き病を得たまいぬ、腹下しつつ世尊は
『我クシナガラに行かん』」というような、大変素朴で身のひきしまるような思いのする表現がされてあります。これが阿含です。
しかし、信仰がいろいろの分派にわかれてくる、また婆羅門教やその他とその優劣を競わなければならない必要上、我々と同じ人間とし
てのゴーダマ・シッタルダーがお悟りになった教えが本当の宇宙の真理ではあるがこの教えを最高度に美化し、哲学化し、これを説かれ
た仏陀を完全無欠、金ピカの仏に仕立て上げたのであります。しかし、これも自然の勢いでやむを得ないことであって、そういう見方も
必ずしも間違っているとはいえないのですが、我々が本当に幸福になるためには、そういう大乗教の理想化されたものばかりを見つめて
いたのでは、自らの足元を忘れることになるのであります。
私は入会以来、恩師から「おまえは雲の上にいる人間のようだ、足元を忘れている」と、よく教えて頂きました。
法華経が一番正しいのだという信念に燃えていろいろ広宣流布をさせて頂いて参りましたが、本当に一番大事な足元を忘れていたとつく
づく思わして頂くのであります。
このように、皆さんもまず一度仏教の本質、出発点に立ち戻って、この阿含に説かれている仏のナマの心というものを、よく見つめて頂
かねばならないということ、これが二つ目の理由であります。
そして第三の理由として、このゴーダマ・シッタルダーという方が、現在お出ましになっても不思議ではなく当然であるということで
す。歴史上に我々と同じ肉体をおもちになって、人間苦にいろいろと悩まれ、そしてお悟りになった仏陀、この方が現在お出ましになっ
ても決して不思議ではない。
過去にもお出ましになっていることであって、これは宇宙の配剤と申しますか、一つの約束事といいますか、宇宙法といいますか、これ
は必要な時に、そういう一つの現象が必ず出てくるのだということです。
インド時代の婆羅門(バラモン)の教えの中に、いろいろな教えがあって真理を掴(つか)むことができないでそれぞれが覇を競い合
う、そういう時代にゴーダマ・シッタルダーがお出ましになりました。
現在もよく似た世相であります。いろいろな宗派が仏の教えはこうだと皆が他を排斥し自らが一番正しい教えだと主張し合い、たくさん
の宗派が入り乱れている時代であります。
このような時代に、再び我々人間が本当に必要としている聖者がお出ましになるのは当然のことであります。
また、私が高橋先生をゴーダマ・シッタルダーだと信じさせて頂きましたのは、先生のお出しになる現象も大きな裏付けとなりました。
先生がお出しになる霊道現象や、物質化現象でございます。東京にたくさんおられるお弟子さんと先生とのいろいろの対話。
私の目の前でインド時代の話をなさるそれはパーリ語でなさったり、サンスクリット語であったり、あるいは中国時代のお弟子さんとは
その時代の中国語、エジプト時代はエジプト語、イスラエル時代はイスラエル語でお話をなさいます。その当時のことをその当時の言葉
でお互いに話をされ、それを日本語に訳して聞かせてくださるのであります。こういう過去の時代の自分の潜在意識をひもといて話し合
える、霊道をひらかれた方々であります。
こういう面でも、高橋先生をゴーダマ仏陀の再来であると思わせて頂いた裏付けであります。また間違いないと思いましたのは、先ほど
申しました阿含に説かれている教えが、先生が提唱なさっている神理正法なのであってゴーダマ・シッタルダーが四十五年にわたってお
説きになった教えは、つきつめれば「四諦八正道(したいはっしょうどう)の法則」であるといって間違いはないのであります。
仏陀がお悟りになったのがブッダガヤの菩提樹の下で、端坐瞑想をなさって真理「八正道」をお悟りになりました。そしてこれを衆生に
伝えるべきかどうかと非常に思案をなさいました。
そして梵天(ぼんてん)に「ゴーダマよ神理を衆生に説きなさい」とすすめられて、まず誰に説くべきかとお考えになりました。
仏陀が王城(カピラ)を抜け出た時に、父親がその身を案じて常に側にあって修行しゴーダマを守るようにと差向けられた五人のお弟子
があります。この方々がゴーダマ様と共に修行しておりましたが、釈尊は六年間の苦行の中から、婆羅門の教えの苦行というものが本当
の悟りに到達するものではないとこの苦行をお捨てになって、一人の少女の差し出すお乳をお飲みになって今までの苦行の身の補いをさ
れたのですが、これを見ました五人の比丘たちは、もうゴーダマは苦行に耐えられなくてこの修行を捨てて堕落した、こんな人では頼り
にならないと遠くに行ってしまいました。
この五人の比丘たちにまず自分の悟りを説こうと思われたのであります。そしてガンガー河を逆上って五人の比丘に再会されて自分の悟
ったことを話そうとなさるのですが、この五人は頑強にこれを拒否します。
「もうあなたは堕落してしまった人だ、私たちは貴方が神理を悟ったということは信じられません」と聞こうとはしません、そこでゴー
ダマは「私の顔をよく見よ、今までこれだけ輝いた顔をしていることはなかっただろう」というように申されますと、五人の比丘は「な
るほどゴーダマの顔は金色(こんじき)に光り輝いている、それではお話を聞かせて貰いたい、然し私たちもいろいろと論議をさせても
らう」ということで、それから長い間にわたってこの悟りというものの話をなさるのであります。
この時のお話が四諦の法則であって仏陀は「私は中道を悟った。中道とは八正道なり、正見・正思・正語・正業・正命・正進・正念・正
定、この八つである」と話され、続いて四諦の法則を説かれるのであります。
肉体をもった人間というものは、どうしても肉体の執着に負けてしまう。三毒五欲の世界に流されて肉体の欲望に負けてしまった時に人
生は苦しみの連続になるのである。
いろいろの肉体の欲からもたらされる結果は苦しみしかないのである。これを苦界といいます。
この苦の世界はどこからやって来たのか、なぜかなぜかと問い詰め原因を探求する、即ち集諦(じゅうたい)と申します、どこから苦し
みというものがやってくるのかと手繰って行ったら、これは渇愛(かつあい)だということになるのであります。咽喉(のど)が渇(か
わ)くと耐えられないほど水が欲しいという気持ちが起こってきます。大火といわれるように真赤に燃えたぎる火のように強力な耐え難
い欲望が起こって参ります。こういう耐え難い肉体の欲望が我が身を焼き、苦しめるのであります。次に滅諦とは、苦はどうしたら無く
なるのか、これはその渇愛という我執、我の肉体の欲望に捕らわれている心を離したら苦は無くなるのであります。
これが滅諦であり、苦滅の真理であります。我執に捕らわれている心を離して苦をなくした状態に到達する道は何か!
それは 即ち八正道であります。
八正道は私たちが人生苦を解脱する道であります。皆さん方は苦しみを逃れるために信仰しているのではないでしょうか、これを説いて
おられるのが阿含の教えであります。
苦をもたらす原因を一ぱい持ったまま幸福になろうとするところに無理があります。苦しみを断ち切るにはやってくる原因――これは我
執であり、渇愛であり、自分を労わる心、自分の肉体が自分だと思っている、この錯覚が苦しみをもたらします−このようなものを断ち
切ることが大事なことであります。
しかし人間は永い歴史の間に、いろいろの心の垢というものによって、自分の肉体が自分であるという錯覚を強く持つようになったので
ございます。
これを先生は、本当の貴方は“魂”なんだ貴方の肉体はその魂を乗せている舟でしかないんだ、とおっしゃる。これが仏陀の教えであり
ます。
どうぞそういう面において、皆さま方は高橋信次先生がお説きになっている神理正法が、過去二千五百四十余年の昔ゴーダマ・シッタル
ダーがお説きになった神理正法であると思って頂いて間違いないのであります。
私は初めてお会いした時にそう感じました。だから皆さまにも先生の教えを聞いて頂きたい、皆さまが本当に幸福になって頂かなくては
いけないと思ったのです。
しかし、これは会長の一存で決めるべきではない、皆さまの教団である以上皆さまの総意によってこの方向をきめさせて頂きたいと私は
願っております。
今の仏教界は、全部が掴まなければいけないものを掴んでいない、本当のことが解らない、ただ今までのしきたりを踏襲して惰性に動い
ているにすぎないのであります。
教団が古くなったり大きくなったりすると、なかなか方向は変えられるものではありません。しかし仏教を信仰する仏教徒が、ここにゴ
ーダマ・シッタルダーが再誕なされたということであれば何をおいても、それに帰依し帰一するのが仏教徒の当然のあり方であって、私
のところはこうして来たからいくら釈尊がお出ましになっても私たちは今までどおりでゆきます、というようなことではこれは仏教徒で
はないと思います。それは自分の道を歩いている私道であって仏道ではないと思います。
ゴーダマ様が出世なさって、それをお説きになったご本人、元祖、張本人その人が「私は法をこういうように説いたんだ」とおっしゃっ
たら、今までの行き掛りを捨てて、当然その教えに帰依すべきであろうと私は思うのであります。
端法会教団が、こういうふうにこの高橋先生と昔から深い絆(きずな)があって、お互いに因縁の糸を探り合って今会い得たのでありま
す。
先生の教えを受けて教団の恥でもなければ値打ちの下がることでは決してないのであります。それどころか、かえって教団の値打ちが上
る一番正しい教えをこれからやってゆこうというのでありますから、どうぞこれを喜んで頂きたいと思うのであります。
お経本の中にも“三千年に一度咲く優曇鉢羅華(うどんばらげ)に会うが如し”とありますように、二千五百有余年の昔の因縁の続きと
して、今、我々がいちはやくこの先生の教えをうけることになったことは非常に喜ばしいことと思います。
我々の生命(魂)は悠久であります、その間に聖者に会うということは非常に大事なことであります。
今、皆さま方が端法会につながって、ゴーダマ様の再誕に会えたということがいかに重大なことであり、喜ばしいことであるかというこ
とであります。
どうぞ一人でも多くの方に、また今までほとんど名前だけでつながっておいでになる方にも一度端法会に寄ってお釈迦様の教えを受けな
さい、ゴーダマ様の教えに相逢いなさい、ちょっとでもゴーダマ様のお心をお聞きなさい、教団へ足をお運びなさい、とおすすめして頂
きたいのであります。
仏の教えが信じられない人があります。こういう人はこの現象界にひんぱんに出ておられない方で、出て来た時にはもう聖者は既に実在
界 へお帰りになって随分の日時が経過してしまっている。だからお説きになった教えも形式化されてしまったりして有名無実になって
いる。こうした時代に出てくるともう神や仏というものが信じられない、また教えにも会えない、だから肉体の欲望や物質欲を充足する
ことが一番幸福だと思って、いろいろな業(カルマ)を積んで実在界に帰ります。
そして積んだ業によって、地獄、餓鬼、畜生、修羅界に堕ちて、ここで何百年、何千年かの長い間かかってやっと潜在意識のカルマを修
正して、再び現象界へ出る機運が出て来てこの世に生まれて来るのですが、その時には聖者はもう向うへお帰りになっている、また前の
ように教えにも会えず神や仏が信じられずに実在界に帰り、地獄、餓鬼、畜生、修羅界に堕ちてカルマの修正に何百年もかかるようなこ
とになり、絶えず聖者とは入れ違いのような形でいつまでも教えを聞けない、教えも信じられないようになるのでありましょう。
だから私たちは、今世でゴーダマ・シッタルダー様にお会いできて、お話を聞かせて頂ける、お教えを受けさせて頂けるということは本
当に幸福なことであります。
世の中には神や仏は信じられない、神も仏もあるものか、といっている人がたくさんおられます。こんな人はこの想念のまま実在界(あ
の世)に行きます。神や仏は無いという想念の世界にばかりいるから、よけい信じられない、またたまにしか現象界に来れないというこ
とになるのでありましょう。
またお経は大事でありますが、しかしお経をあげたら何かの御利益がある、神秘的な利益があるというような棚ボタ式の受取り方であげ
るということのないようにしていただきたいのです。
お経をあげたら心が安まるというようなことは功徳にはちがいありませんが単に自己の心が安まるという自己満足や、そのことを善事に
結びつけてゆくというようなことは小さなことであって、己の心が浄化されない限り本当の功徳(くどく)ではないということを知って
いただきたいのです。
だからお経をあげるのは、お経というものを自分の心に言って聞かすんだ、お経に説かれている真理を自らの生活の中に実践するんだ、
お経を教科書として、お手本として、自らにこれを言い聞かせてゆく、こういうものになって頂きたいと思うのであります。
仏様の教えは、ちょうど自分の顔の汚れや歪みを映す鏡のようなもので、いくら鏡を大事にし拝んでみたところで私たちの顔のゴミや汚
れを取ってはくれない、服装を直してはくれないそれと同じなんです。
だから仏様の教えというものは、私たちの心の不調和――自我、我欲、嫉妬、僻(ひが)み、貪欲、怒り、心の高振り、歪み、矛盾
――を写し、示してくださるので、これを直すのは自分自身であります。
それを自らの手で直さずに鏡が直してくれるだろうと思っていたんでは当てが外れるということになるのであります。
それから般若心経について私自身判らないままにちょっとお話し致します。先ほど申しました阿含の四諦の法則の基本になっている真理
というものは、一切皆空(いっさいかいくう) 、現在の科学が証明しておりますように、物事というものは総て空(くう)から成り立
っている。この詳しい話はいづれ先生より聞かせて頂きますが、空とは何か、即ちエネルギー・力なんで、森羅万象すべてのものはエネ
ルギーの厚い薄い集散離合によっていろいろと姿が違っています。
これが空の見方なんで、空は色(しき)にことならず、色は空にことならず、すなわち中道で、偏(かたよ)った見方をせずに確かりと
物を見て行くこれが般若心経の空諦という見方であると思います。
この空というものを踏まえて、宇宙の真理と我々の心の持ち方を解かれているのが般若心経であり、これが心の根本です。
我々は、仏と同じ智慧を持ち、仏心を内在している。自分でどういおうと何を飾ろうと嘘は嘘だと教えてくれる魂が心の奥にある、この
内在の仏様、内在の仏の智慧というものを開発してゆき、この智慧が人様に向けられた時、慈悲となるのであります。
生活の中にそういう身の処し方、出し方、行い方、こういう慈悲が説かれているのが法華経なのです。だから智慧を強調しているか、慈
悲を強調しているかで、般若心経も法華経も真理においては何ら違わないのではないかと思います。
それを宗派の者が、これが一番だ、自分の方が正しいんだと優劣を争い、みな敵同志にしてしまったのです。だからそういう意味あい
をよく知って頂きまして、お経を自己満足や棚からボタ餅式の功徳を願う考え方でお上げにならないようにして頂きたいと思います。
それから導きということ、これは非常に大事なことです。縁なんですね大事なのは……。
この前の班長会にもお話し申し上げたのでございますが、阿難という方が仏様に「私たちがよき友たちよき仲間の中に身を置かして頂き
ますことは、苦しみからの解脱(げだつ)の道、仏道を成就する上におきまして中端(なかば)にもなることではないでしょうか」とお聴き致しますと、仏様は「阿難よ、それではまだ充分ではない。善き仲間、善き友だちの中に身を置くことは、この道を成就するための
すべてである」とお答えになった、こういうお経があります。
即ち僧伽(サンガ―)というもので、我々は善き正師、善き仲間の中に身を置くことが一番大事なことなので、これが仏教のすべてなん
です。
これを仏様は「阿難よ、あなたたちは私という善き友だちを持っておるから普通でゆけば真理が解らずにいろいろと老いてゆく苦しみを
持つだろう、また死んでゆく恐怖を持つだろう、それが私という友だちをもって真理を聞いて、自らが老というものから心が離れてゆ
く、また死という恐怖から解脱しているではないか」というふうに教えられており、いかに大事なことかということであります。
また涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)ということが、こういうことなんで、我々の心が浄化されてくる、本当に平和な調和された心にな
ってゆくと、真理というものは一人で味わってゆけないもので、これを共に味わいたい、共にこの思想をわかちたい、これが人間の本質
です。
だから皆さまの心の調和が人を感化し、周囲に調和を作ってゆく、これが高橋先生のおっしゃっている仏国土ユートピアの建設でありま
す。だから、どうぞこういう点に留意されましてよく先生のおっしゃる神理正法の教えを、今までのゆきがかりのために拒否したり否定 したりなさることなく、本当に皆さまが幸福になられるために聖者の教えを真剣に、これから受けてゆきたいとお願い致します……。 (未完) GLA関西本部長 中 谷 義 雄 (昭和46・11)
私は十才の時に原因不明の病気になりまして、夜の八時になるときまって、呼吸困難になり、意識が不明になりました。一回、二回、三
回位は夢中でほとんど解りませんでしたが、四回、五回と回を重ねるに従って、自分自身の骸(むくろ)を見ているもう一人の自分を発
見したのです。私はこのような体験を幾度か経験しているうちに、科学する心を覚えました。すなわち肉体は自分だと思っていました
が、肉体を離れた自分は苦しみのない自由自在な自分でありましたので、これは一体どうしたわけかと考えたわけです。そういう体験を
通して約半年近くは、ほとんど夜になりますとそのような現象が起こります。医者に見てもらっても原因不明で解りません。そのために
私の頭はお灸と針でゴツゴツになってしまいました。私は鎮守の森にあります権現様に十才の子供ではあったが、毎朝早く、また夜通い
まして一心に自分の病気を直してもらいたいと、約六年間続けたのです。しかしそのような神との対話を求めて、一心に信仰的な行為を
致しましたが、神は、一度も私に話しかけてくれたことはありませんでした。こうしているうちに肉体の方はどうにか快復しましたが、
もう一人の自分は、もう肉体から離れることはなくなりました。このような謎が私の人生を大きく変えてしまったのです。かくしてもう
一人の自分を探し求めるとともに、極微の世界、素粒子の分野を探求することによってこの問題を解決して見ようと考え、物理学を学ん
だのであります。
物質というものはプトロン(陽子)・ニュープトロン(中性子)とエレクトロン(電子)の構成による一つの原子があります。水素原子
は電子が一つ、ヘリウム原子は電子が二つ、リチウム原子は電子が三つ、こういう極微の世界の構成というものが次第に解るに従って物
質とエネルギーというものの実体が解って参ります。私たちが目にとらえうる物質はすべて仕事をなしうる能力、すなわちエネルギーを
もっている。ガソリンはガソリンとして、石炭は石炭としてのエネルギーというものの存在を私たちは現在科学的にも実証できる段階に
あります。そうなりますと、物質と仕事をなしうる能力、エネルギーの存在は、仏教的に申しますと色心不二ということになりましょ
う。肉体(物質)と魂(エネルギー)は共存していますが、魂を見ることが出来ない。しかし不二一体であるということが解りかけてき
たのです。
続いて私は極微の世界以外に、この極微の世界の延長されたものが、大宇宙体を作っているということに、その研究の道が開かれてゆき
ました。私たちの住んでいる太陽系は、水星・金星・火星・木星・土星・天王星・海王星・冥王星並びに地球という九惑星以外に、三萬
数千個からなる小衛星集団(アステロイドベルト)を引き連れており、一秒間に二十キロの早さで銀河系宇宙の中を飛んでいるという事
実です。極微の原子核においても、極大の宇宙においても、その組合わせというものは、一つも違っていないということに気づいたので
す。しかしいかに物質的な極微の世界や極大の世界を探求したとしても、しょせんは人間自身の肉体と魂というものまで解らなかったの
です。
しかし一方において私は事業という経済環境を確立しなければなりませんでした。弱電機器事業の外、いろいろな事業もやっています
が、そういう経済的基盤を背景にして、もう一人の自分を発見しよう、そうしてこのもう一人の自分を発見することによって、神、仏と
いう存在がはっきりと自分自身に納得できるような現象が起こるであろうとの予測のもとに、あらゆる分野にわたって研究追求して参り
ました。ところがもう一人の自分を発見する昭和四十三年の七月以前にさまざまな霊的な現象が起きていました。たとえば、私は十五年
も結婚しているけれども子供ができないのはなぜだろうか、という質問をされれば、私が持った一枚の紙にそくざに、生年月日・子供の
姿までもズバリと写し出されてくるのであります。あるいはまた自分が予言したことはすべて一致する。しかし私一人がいかにそのよう
な超能力を持とうとも多くの人々によってそれが客観的に証明されない限り、私は信じません。そのような霊的体験を積むに従って、四
十三年の七月、たまたま家の中に大きな霊的現象が起きてきたのです。
それは全く日本語と異った言葉で現象がでてくるのです。ドイツ語や英語は学校で習っているから私にはある程度解ります。けれども全
く解らない言葉で語られる霊的現象が起こり始めました。私の義弟は理科系の出身でありますけれども、神仏というものは全然信じてい
ません。全然信じていない義弟に、霊的現象が起こり始めました。ヘブライ語をまじえ外国語訛りの日本語で私の子供の頃からのいろい
ろな諸現象を彼の口を通して語り私自身の心をすっかり占領してしまいました。たまたま浅草に八起ビルという貸ビルを私が作っている
時に、東京都の交通局との交渉をもっていました。当然お役人と事業上の問題で打合せがあります。夜は夜で料理屋に行って打合せをす
る。一日の私の生活は本当に目のまわるような状況です。ところが、そうした毎日の私の想念と行為にたいして、その霊はことごとく私
の後についているように、何もかも知っており、そればかりか、私の心の奥底までほり下げて厳しく指摘してくるのです。私はわずか一
週間の間に八キロもやせてしまいました。三十数年間探求し続けてきたところのあの世、霊的なもう一人の自分というものが、こんな厳
しいものであったのか、こんなにもあの世というものは恐ろしいものなのか、私は本当にわからなくなってしまいました。自分の心を一
つ一つ監視され、今やった行為を次々と指摘されていったらどのようになりますか、気の弱い人だったら狂ってしまうでしょう。自己保
存の思いは思ってもいけないといわれるのです。
しかも厳しく、それが日本語で喋るならまだしも、外国語訛りの難しい解らない日本語で語るのです。そのうちに、そうした状況の中で
私は三日間で悟れといわれたのです。悟れといっても悟る意味さえ解りません。私は本当に困ってしまった、しかし今さら放り出すわけ
にはゆかない。やめるわけにはゆかない。そこで高野山の奥の院から、上野東叡山寛永寺に、そうして千葉の中山寺奥の院にも行き、と
もかくここぞというところへまいりまして、現在起こっている現象を説明してまわったのですが、正しくそれを判断してくれる人はいま
せんでした。
私は本当に困惑してしまいました。私をして一週間も苦しめた者は何者だろう。悪魔ではなかろうか。有名な僧侶に会っても何一つ解答
が得られない。
三日目の夜、私は一切を諦(あきら)めた。地位も、名誉も、財産も、そして生命もいらない。私を苦しめた者は悪魔に違いない。悪魔
ならその悪魔を善にかえてやろう。私は生命を投げ出し、悪魔と対決したのです。
「悪魔よ私の前に出てきなさい。悪魔であるならば、あなたたちを善に変えてやろう。それによって、私の生命が欲しいというのであれ
ばあげてもよい」
私がこう決意し、思った瞬間に、今まであれほどきびしいことをいっていた霊はガラリとその態度を変え「今晩はお祝いだ、お前自身の
ために一週間の苦しみを和げよう」とコロッと変ってしまいました。
私は脳細胞を犯されたのではないだろうかと、東京大学の医学部の神経科に行って見て貰いました。異常がないばかりか最も正常だとい
われました。
こういう体験を通してそれ以後は弟の霊的現象はピシャッと止まってしまいました。今は全然出ません。九月に入ってから、私の会社に
手伝いに来ていた妹に光を与えた瞬間に過去世を思い出してしまいました。そうしてあらゆる諸現象を見通し、さまざまなものが見える
ようになってしまいました。続いて十月に入り、私の家内がまた同じように解るようになってしまいました。すべての心の中を見通され
てしまいます。しかし人間というものは、執着を離れてしまえば丸い心になってしまいます。そのために自分の心というものに対して誰
に監視されていても、もう晴れやかな丸い大きい心になっていますから心配ありません。
そのような体験を通して事業をやっていましたから、やがて多くの人々が私の家に出入りするようになってきました。
三度の飯より神様の話をしていた方が好きな私のことですから、お客さんであろうが何であろうが、神様の話をしてしまいます。仏教も
キリスト教も何も知らない全く我流の話でした。そのうちにだんだん私自身の心の中にある転生輪廻を繰り返して来た心のテープレコー
ダーがひもとかれてきました。人間の生命が不滅であるということもだんだん解るに従って私の家を訪ねてくる人たちも、次々と心の窓
が開かれてゆきます。同時に皆さまの肉体舟の船頭さんである皆さま自身の魂がどのような転生輪廻をして来ているか、過去・現在・未
来の霊的な諸現象を見る能力を得ていったのです。そこでそのような心のテープレコーダーをひもといて、仏教がどのような変遷を経て
きたかということを皆さまに説明したいと思います。
今から二千五百余年前、インドのカピラというところに、ゴーダマ・シッタルダーといわれる方が生まれます。それより以前約二千年前
にクレオ・パローターといわれる道を説く人がエジプトに出ています。実在界あの世において、この地上界に出る光の天使たちの選考が
始まった結果、クレオ・パローターの過去世を持つその天使がカピラという場所を自分自身が選び出生することになりました。インドを
選んだ大きな理由は、自分自身を悟るにはもっともつごうがよい場所であり、伝道の環境が整っているからでした。カピラ・ヴァースト
という環境は、まずコーサラという大国の属国で、小さい砦のような城市で、共和制体をとっている国であります。そのためにいつ敵か
ら襲われるかわからない。そしてまたシュット・ダーナ王、マヤ妃という両親の間に子供がありません。母親は同じシャキャ族のコリヤ
族というロッシニー河をはさんでデヴァダバ・ヴァーストという城市の娘であります。このような二組、これはもちろん当時日本の戦国
時代と同じように、非常に政略結婚というものがインドでもはやっておりました。そういう環境をまず選んで生まれると同時に一週間目
にして母親をあの世に引き取ることになっております。ややもすると私たちは死というものについて非常に恐怖心を抱くものですが、あ
の世から見れば、決して死は恐ろしいものではないのです。こういう環境の下においてゴーダマ・シッタルダーの義理の母親マハー・パ
ジャパッティーにはナンダという子供ができてしまいます。これもあの世で計算してあります。そうして人生に対する無常を感じる環境
というものを選定してくるのです。このように環境は極めて不安定な状態です。武力もたいしてないし、大きな国が攻めてくればカピラ
など一発でやられてしまいます。それから食事にしても毒見をする人がいます。敵のスパイが潜(ひそ)んでいるからです。
このような不安定な場所にあっても人間というものは、慣れてしまえば不思議なもので、そういう環境の中においても育ってゆくもので
す。しかし自分の生活環境の中から人間というものはなぜ生まれ、年をとり、病気をし、死んでゆくのかという疑問が心の中からドンド
ン湧き出て参ります。
一方またカピラ城の生活は優雅であり、春は春の館、冬は冬の館で、いつも取り巻きには美しい女たちが何人も仕えています。しかし生
活が優雅であればあるほどシッタルダーは無常を感じていきます。
一歩城を出れば酷しいカースト制度というものによって生活環境は、城の中とは百八十度異っています。ここでも生活の矛盾につきあた
ります。同じ人間でありながら、生まれながらにしてこのような差別はなぜあるのだろう。ゴーダマ・シッタルダーは考え始め、疑問は
疑問を生んで自分自身で解決することができなくなってゆきます。しかし父親のシュット・ダーナ王はなんとか自分の跡取りを安心させ
たいとして、やはり義理の母親の里であるところのデヴァダバ・ヴァーストからヤショダラという娘を嫁に迎えます。十七才の時です。
当時の王侯貴族というものは一夫一婦でなく、一夫多妻でありました。とうぜん女同士の軋轢(あつれき)が生じて参ります。悩みは更
に自分自身の作り出したものによって膨(ふく)れあがってゆきます。二十九才のおり、シッタルダーは、遂に家を飛び出す決心をして
しまいます。城を飛び出し人間の苦しみというものをどのように解決していけばよいのか、一子ラフラをどうすればよいか。ラフラ出生
の際には父親のシュット・ダーナ王から二人の子なのだから二人で相談して決めよといわれ、ラフラと命名した。もちろんそう命名した
のはシッタルダーであります。出家を妨害するという意味で、ラフラとつけた。ラフラとは障害物ということです。ラとは石、フラとは
橋、当時は吊橋が多く、橋の上に石が置いてあっては危なくて渡れない。いつ吊り糸が切れるかわからないからであります。このように
して家庭的には不調和なゴーダマ・シッタルダーでありましたが、ある夜、遂に自分自身の生老病死という苦しみの問題を解決するため
に出家し、その後約六年余り中インドを中心にして修行をするのであります。
しかし肉体的な酷しい修行によって悟ることができないということを三十六才の時、ネランジャラの河のほとりに一人のチュダリア・チ
ュダーダーという牧場の娘が乳をしぼりながら「弦(げん)の音(ね)は強く締めれば切れてしまう、弦の音は弱くては音色が悪い、弦の
音は中程にしめて音色が良い」という民謡をうたっているのを聞いてしまいます。その歌をきいて人間というものは城の中にいて優雅な生
活をしていてもだめだ、悟れない。逆に滝や断食など酷しい肉体修行によっても悟ることができないということを初めて悟るのでした。
その結果、ウルヴェラという村のピパラー(菩提樹)の大木のある丘に上って、己が悟るまではここから一歩も動かぬと堅い決意をしま
す。いうなれば死を決して中道の物差しをもって、誕生から三十六年間の地上での生活行為の一つ一つを反省し、自分の心というものが
常に丸く、大きく、広い心であったか、人を恨み・妬み・謗り、自分のことしか考えなかった過去の心を修正していったのです。
瞑想をはじめて一週間目です。瞑想していると眼前にある正覚山、そこから昇る明けの明星が自分の足の下に見えてきた。体は宇宙の姿
になってしまって自分の肉体は遥か下方に小さく見えています。自己の中に宇宙があり、宇宙は即ち我であるということを発見するので
す。同時に生老病死の原因、苦しみの原因というものはどこにあって、その原因をとり除くには自分自身の心と行ないにあるということ
を悟っていくのです。
二十一日間、ウルヴェラにおいて自分自身の過去を反省しつつこのような神理を諸々の衆生に話したところで解るものではない、このま
ま死んでしまおうと決心をした時に、バフラマン(梵天)が出て参ります。梵天の名はモーゼやクラリオ(イエス・キリストの分身)と
いわれる光の天使たちです。
「ゴーダマ、その方は今までこのような苦しみの中から今悟りを開くことができた。この苦しみの原因を追求し、この神理を諸々の衆生に
教えなくてはならない。お前がたとえ命を絶とうとしても、そして地球の、宇宙のどこの隅に逃げようともあの世にこようともお前をそ
くざに帰してやる。それはおまえ自身が生まれる前に約束してきたからだ」。
梵天からきびしくいわれる前に、ゴーダマの心の中にいろいろと誘惑や悪魔が出てきて、「ゴーダマよ、そのような神理を説いたところで
人を救うことはできない。お前はそんなことをやるよりか自分の国に帰って優雅な生活をした方が幸せだ」といってゴーダマの悟りを邪魔
します。
こういう諸現象は私にも起こりました。お前は事業家として力をつけていけば月に何十億という金が入ってくる。よけいなことを考えず
事業だけしておればよいではないか。お前はあの世があるなんてうまいことを説いているが、あの世なんか無いよ。そんなことをやめ
て、もっと優雅な生活をやったらどうだ、と私にささやきます。そんなとき私は「お前はどこから来ているのだ、お前はあの世の者だろ
う」といったら「解っちゃ話にならない」といって帰ってしまいました。
インド時代のゴーダマ・シッタルダーの周辺にもこういう問題が起こって参ります。
さてこのような経過をたどって、ではいったいいかにして人々に説いていけばよいのか、ゴーダマは悩みます。けれども心の窓が開かれ
てしまいますから、今説かねばならない人々が身近にいることを知ってしまいます。ことに悟りを開くまで、カピラから苦楽をともにし
てきたコースタニャ、バッテイヤー、マハー・ナーマン、アサジなど五人の人たちがいます。ネランジャラ河の周辺でゴーダマ・シッタ
ルダーが口にした牛乳の一件でゴーダマ様は修行を捨てた、あのような者と一緒にいてもしようがない、私たちは別のところで修行しよ
うと、去っていった人たちが思い出されます。心の目にハッキリとその人たちがイシナパタにある川の流れている小高いところにいるこ
とが解ります。
守護霊に聞けばパラナッシーのミガダヤというところにいることがハッキリと解ってしまいます。中インドのラジャグリハから西南の方
向に向かって約三百キロメートル入ったところにウルヴェラというところがございます。そこから四百キロメートルはなれているところ
です。心の中でチャンと判ってしまいますからネランジャラ河をどんどん下っていきます。サラタプトラからさらに西方へ入ってきます
とパラナッシーという都があります。そのはずれに彼らが修行所として定めたイシナパタといって仙人たちがいっぱい修行しているとこ
ろがあります。ここは現代の仏教と同じように、釈迦の前世クレオ・パロータが説いたバラモンの経典であるヴェーダーやウパニッシャ
ドという神理が存在しているのです。すでに二千年前、インドにおいてこのような道がハッキリと説かれたのでありますが、時代ととも
に哲学化されてきたものであります。ゴーダマ・シッタルダーは小さい時からそのようなバラモンの先生について神理というものを学ん
でおります。ある程度のことは解っております。バラモンはまず十二才頃までは、日本でいえば寺子屋のようなところでヴェーダーとい
う神理を教えられます。そうして十二才から二十五、六才・三十才頃までの間に家庭に入ります。さらにまた三十才、四十才を過ぎまし
て自分の子どもが一定の年になりますと彼らは再び山の中に入り修行をします。このような人々をサマナーと呼んでいます。続いてサマ
ナーを卒業し遊行の旅にでる人たちをサロモンといっております。修行者ということです。このようにミガダヤというところにはバラモ
ンを含めてあらゆる宗教家の人たちの修行所として多くの仙人たちが集まっております。その場所をゴーダマ・シッタルダーはそくざに
解ってしまい彼らに会う前にコースタニヤの心の中を読んでしまいます。「ゴーダマが来た、あの男が来ても、もう既に王子でも師匠でも
ない。我々には関係がない。たとえ来ても足を濯(すすぐ)ぐではないぞ、アサジ解ったか」このようなことをいっていますが、みな、心
の中にピンピン響いて参ります。ゴーダマの姿を見ても見ぬふりして彼らはボソボソ話をしています。
四十四、五日もかかってパラナッシーの都を去り、ようやくミガダヤについた朝、彼らはゴーダマが来たということでさっそく予定の行
動をしておりますが筒抜けです。解ってしまいます。だからゴーダマ・シッタルダーはそれにかまわず彼らに近寄り「お前たちは今このよ
うに修行をしているけれどもそれはむだなことだ、そんなことをしていたら、私がかって肉体的に不調和をきたしてしんでしまおうと思
ったあの時のように痩せおとろえた姿になってしまう。きびしい肉体行はやめるがよい」。懇々と話をすると、いちばんかたくなな心を持
っていたコースタニヤが以前の師弟の関係の時と同じように足を濯ぎ始め「シッタルダー様、あなたは顔色が前とはだいぶ異っておりま
す」といってゴーダマの足下にひれ伏してしまいます。
「そのとおり、私は四十数日前に、ウルベラにおいてついに悟りを開きブッタになることを得た。お前たちの心はすみずみまで解ることが
できるのだ」といいます。彼らはブッタの最初の弟子になっていきます。コースタニヤはカピラ・ヴァーストでクシャトリアといいまして
武士階級であり彼はサムライ大将だったのです。他の四人よりは剛直な面が強かった。しかしブッタの言葉に素直になり師弟の関係を結
んでいくのです。五人はいずれもクシャトリアであり、弓や槍をよくつかい、みな体の丈夫な人たちであり、シュット・ダーナ王(シッ
タルダーの父親)の命によってゴーダマ・シッタルダーを守るために出ている人たちです。しかも彼らは六年も出家同様の生活をし、生
老病死の問題について、悩んできていますから、ブッタの言葉に真剣にならざるを得なかったのです。ブッタはいいました。四つの苦し
みから解放される道は中道しかない。つまり八正道の実践行為の中においてこそお前たちも悟ることができるのだ。といって教えている
間に、コースタニヤがまず自分自身がクレオ・パロータの時代において今、眼の前に立っているゴーダマ・シッタルダーの前世において
も共に同じ神理を聞いたということが解ってしまいます。心のテープ・レコーダーの窓が開かれたのです。続いてマハー・ナーマンも心
の窓を開いてしまいます。バッテイヤも開いて五人の人たちがついにアラハンという一つの境地に到達してしまったのです。
現在の私たちのグループの中にもこの神理を聞いて、自ら心の窓を開き、あらゆる諸現象を自分自身が見出す力を持った人たちがだいぶ
出ています。昨日も堺の講演におきましてわずか二回しか聞かない学校の先生が心の窓を開いて、中国の時代の言葉を語り始めました。
この中にもいるのです。皆さん自身が心というものを知り己自身が一切の執着をはなれて調和された日々の生活をしている時に、皆さん
自身の心のテープ・レコーダーは神の光によっておのずとひもとかれていくということであります。インドの当時も心の窓をひらいた人
たちは多くの人々に道を説いていきます。六番目の弟子にヤサというのがいます。パラナッシーの大金持の一人息子で、女性問題で悩み
ガンガーの河に身投げしようとする時にゴーダマ・シッタルダーが通りかかります。「お前は今死のうとしているけれども、そんなに若い
身空で死ぬなどもってのほか、自殺は神が与えた大事な生命を粗末に扱うものでもっとも恐ろしい行為である。自殺すれば長い期間暗黒
地獄に堕ち苦しまねばならぬ。心を静め、なぜ死のうとするのか、よく考えてみよ・・・・・・」。このようなことを懇々と説いた結果、ヤサは
ゴーダマ・シッタルダーの神理にふれ、やがてアラハンとして立派に立ち直っていきます。ヤサの周辺の人たちもゴーダマの弟子になっ
ていきます。
人間という者は不思議なもので、自分が育ったところや修行した場所というものは懐かしいものです。ブッタはここにしばらく滞在する
と、出家して最初の修行地であるマガダ国のラジャグリハに向かいます。ここの郊外にラジャグリハの王であるビンビサラという方がお
ります。年も同じです。出家して間もなく、ここに立ち寄るとビンビサラはこういいます。
「あなたも知っていると思うが、今の私はウルベラ・カシャパーといわれる立派な師について道にはげんでいる。よかったらそのカシャパ
ーに紹介してもよいが」
しかしゴーダマは彼に会っても大した結果は得られないと思い、今日まで一度も会っていなかったのです。
しかし今度はそのカシャパーに会い、彼の修行の誤りを指摘し、過去世において神理を説いたことを理解してもらおうと思います。
カシャパーはガヤ・ダナというところで修行し、拝火教をやっております。木を井桁(いげた)にくんで一心に祈りを捧げ火の神を祈っ
ております。
その時たまたまお祭りの日だったのです。ゴーダマ・シッタルダーは一人で托鉢の碗をもちながら山を登ってゆきます。泊る場所がない
ために洞穴の中でねます。彼らはゴーダマ・シッタルダーという人間は知らないけれども、どうもこの野郎は臭い野郎だ。顔を見てもふ
つうの修行者とはどうもちがう。当時のインドの行者の人たちは特にウパニッシャウドという学問を習っており、へ理屈がうまいので
す。
そこでこれはバラモンの相当研究した人ではないかとみています。ウルヴェラ・カシャパーはビンビサラ王から聞いていますからなるべ
く遠ざかろうとします。
ところがお祭りが終わった次の日、ブッタはウルヴェラ・カシャパーの心の中をみな読んでしまいます。「カシャパーよあなたの心はこの
ように燃えている火であってこれでは正しく物を見ることはできない。あなたたちの組織もまた同じように燃えている。宇宙の仏という
ものは大自然を育て生かしているものであって火のよう燃えるものではない。人間の心が燃えていては正しい判断ができないばかりか自
然の心を知ることさえできない」と説きます。彼はブッタの説法のはじめて目がさめ、九百七十人近くの弟子と共にゴーダマ・シッタルダ
ーに帰依してしまいます。
昨日、大阪で心を開いた方は当時のナンディヤ・カシャパーという二番目の弟です。このナンディヤ・カパシャーとクナンダ・カシャパ
ー、この人たちも帰依しますが、兄貴の姿が見えないので、山賊に殺されたのではないだろうかと心配します。川から流れてきた祭壇を
見て、ウルヴェラ・カシャパーは殺されたのだと判断しますが、村の人たちに聞くと修行者といっしょに山を下り、ラジャグリハの方へ
行かれると言っていたとききます。二人は兄貴に会い、事情をきき、兄弟三人とも帰依してしまいます。
ビンビサラの親戚のガランダといわれる方はベル・ヴェナーというちょうどラジャグリハの南、約二キロメートルばかり行った山の間に
竹の林がありますが、その竹の林に法座を設けた建物を作ります。これがベル・ヴェナー、日本語で申しますと、 といいます。こう
してブッタの教団は次第に大きくなってゆきます。そうして神理のあり方、人の道、人間は心なりというその神理を説いて執着の苦しみ
から人々を解放していきます。四十五年間インドを中心にしてあらゆる国々にブッタの神理が広まっていきます。
やがてクシナガラの地においてゴーダマ・シッタルダーは八十一才、この世を去ろうとする時にブッタを陰のようにしたい身の回りの世
話をしてきた秘書のアーナンダが問います。「ゴーダマ様、あなたさまがこの世を去ってしまったら、私たちはどのように道を説いたらよ
いでしょう」「アーナンダよ、お前はそのようなことをいうのではない、お前たちは四十五年間、わしと共に悟りへの道、ブッタ・ストラ
ーの神理を学んだはずだ。お前の心の中にわしのこの神理があるということを知りなさい。私を思えばお前たちの心の中に私はいるの
だ。人間というものはいつどのようになるかも知れないが、しかしお前たちは、自分自身の心の偉大さを知るために、道を怠ってはなら
ない」またブッタは永遠の輪廻転生を説くのです。「西の方へ太陽が沈めば暗くなってしまうが、また明日になれば同じ太陽が東から出て
明るくなるように、わしもまたそのようになろう。やがて後の五百才後においてその道を説く時は、ジャブ・ドーバー(日本)ケントマ
テイー(都)の国に出るのだ。その時には今このように汚ない足を濯ぐことなく、道も美しく、道路の周辺には立派な建物ができてお
り、それはルビーやダイヤモンドで作られていることであろう。この時にそのジャブ・ドーバーの都では、既に仏教(ブッタ・ストラ
ー)は形式化され末法の時代になっているであろう」と多くの弟子たちに教えます。たまたまなくなるしばらく前に一人の老人(シュバリ
ダ)が参ります。この方は今、心の窓を開いて本日ここに来ていますが、当時私たちはマガダ語という言葉をしゃべっていました、この
方は当時は百十七才近くの老齢でございます。自分自身が足もこのようにやせおとろえて、すでに相当な年齢のために杖をついて参りま
す。しかしゴーダマ・シッタルダーはその時に、この方の前世シュバリダが何を考えているか解ります。
「最後の弟子が来た、アーナンダ、わしの枕辺につれてくるがよかろう」その時、シュバリダはこのように問うてきます。「ゴーダマ様、本
当の神理はどのようなものか、インドには多くの修行者がいて、我こそは本物だ、我こそはブッタといっているけれども、神理というも
のはどのようなものか教えて欲しい」シュバリダはあらゆるところの門をたたき、百十七才になるまでその神理を本物であるかないかを探
し求めて、死の直前にブッタに会うことができたのです。その時にゴーダマ・シッタルダーは真に人間自身の生老病死の苦しみの原因を
断ち、八正道の実践を生活行為の中に生かしているものこそ、真の正道者であるということをといたのであります。そのとき彼はついに
自分の考えていることと同じであると悟ったのです。
「ゴーダマ様の に入るところを私は見るに忍びません。一足お先に失礼します」といって百十七才の老齢をそのままバタンとそこに倒れ
てこの世を去ってしまいました。
このシュバリダという人は、長い年月バラモンやあらゆる宗教を学んできておりますために、当時本当の悟りへの境地ということは知ら
なかったそうです。彼はついに百十七才、最後の土壇場において神理を己自身が知って息をひきとってゆきます。そのために続いてこの
方は中国に、二世紀に生まれて神理を説きました。
(I氏が過去を語る)
「・・・・・・この大河の氾濫(はんらん)にあい私は両親にはぐれました。そして出家をし仏の道を探究したのでございます。そして広い中国
をすみからすみまでいろいろと旅を致しました。そして阿弥陀浄土(あみだじょうど)、今の言葉でいいますと西方浄土に、人々はこの
世を終えた後、善いことをした人はそこに生まれ変わり、悪いことをした人は地獄という光のない世界に行かなければならない。人々は
たとえどのように環境が苦しかろうと、どのように辛かろうと心は常に明るい希望をもって生きてゆかなければということを人々に説い
たのでございます。テンシンと当時の名前を申します・・・・・・。」、
と。
このように人間の生命というものは、あらゆる国々を転生輪廻し続けています。四十五年間にわたってブッタが説かれた神理は中国に渡
りだんだんと仏教というものが儒教の影響をうけて非常に哲学化されてゆきます。インドの当時に説いたその神理は、方便というものを
通して説明したのです。
皆さまは南無妙法蓮華経を唱えている。その根本も、最初は天台山において天台智(てんだいちぎ)が、法蓮華僧伽呪(ほうれんげさ
んがんじゅ)として説いたのです。法とは仏の心、仏の意志、神理、蓮華とは汚ない泥沼の中においても美しい蓮の花が咲くように、人
間の肉体というものは、目を見れば目糞、鼻からは鼻糞、耳糞、汗、一つとしてきれいなものは出ない。しかし心というものは宇宙の神
理を知って日々の生活をしていたならば、あの美しい蓮の花と同じように、安らぎの境涯を送ることができるのだ、このように説いたの
が法華経の根本です。
特に天台山においてはゴーダマ・シッタルダーの分身、陳(ちん)という少年が十七才、また同じような運命にさらされます。戦(いく
さ)に敗れて父親や母親や兄弟たちとバラバラにされ十七才の時に、陳少年は当時の蓬莱山というところにおられた南岳慧思(なんがく
えし) という僧侶の下で修行するようになります。南岳慧思といわれる僧侶は法華経を学び、それも夜ねむっている時に弥勒菩薩が枕
辺にきてその神理を説いていきます。陳少年は後の天台智という人です。約二十年間慧思の下で修行をし、陳少年の兄が天台山という
ところは非常に見晴らしもよいし、おまえは一つ天台山へ引越して来ないか、といわれ、天台山に入り、仏教の道を説いていきます。天
台智は、人の心は一念三千であり、本来誰しも広く大きな心を持っているが、一念の思うこと考えることによって、善にも悪にもつな
がり、悪を思えば小さくなってしまう。大きな豊かな心を持つためには止観(しかん)によって心の針を正さなければならないというこ
とを説きます。
摩訶止観(まかしかん)はこうして生まれ、そうして人間のあり方ということを次々説いてゆきますが、次第に哲学化され解らなくなっ
て参ります。その当時天台山の僧侶でありました方がここに二人おられます。その方にちょっと当時の模様をきいて見ましょう。
(NG氏が、まずチベットの経文の一節を唱え、続いて当時の模様を語る)
「私は高橋武様の過去世であるチコータとは朋友でございます。共にチベットにおいてラマ教を学びましたが、中国の天台山に陳様と申さ
れる高僧のおられることを知り、共に入国し法華経を学びました。今私が唱えました経文はチベットにおいて唱えた経文です。それでは
法華経に帰依してからの経文を唱えさせていただきます」
(NG氏は経文を唱える)
さらに、高橋信次先生は続けられる
これが五世紀から六世紀にかけての法華経です。つづいて八世紀に日本からは比叡山延暦寺を作りました伝教大師最澄が留学され天台山
においてその神理を学び日本に持って参ります。このようにして比叡山延暦寺で説かれたその神理は妙法蓮華経と日本的に変えられてゆ
きます。つづいて十三世紀に入って日蓮はさらに南無という言葉をつけ南無妙法蓮華経という形に変わってゆきます。こうしてだんだん
と他力本願に変わり、お経はあげることに功徳があるという間違った考え方になっていったのです。
私たちはお経の意味も、またインドの時代に説いたその神理というものも人間というものの偉大さ、神の子として仏の子として偉大なる
己自身の心を悟るということ、その中に己自身が神の子として偉大なる仏智をひもとき転生輪廻の永遠の生命を悟って、人間らしい調和
された世界を作るというのが本来の仏教の根本的な意味です。
私たちはこのようなことを知った時、皆さまの心の中には神の子として偉大なるあらゆる国々を転生輪廻して来たところの仏智というも
のが存在しているのです。その仏智は皆さま自身の潜在されているところの九十パーセントの意識の中にかくされており、それを具現し
永遠の生命の中の今の修行に自覚を持たれることが大事なのです。それにはまず人間は足ることを知ることです。私たちの現代社会は人
間の作り出したるところの物質文明の奴隷に変わっております。お互いに歴史の中に作り上げられた資本主義、社会主義においてもその
根本は、物質経済であり、相争いながら文明社会が発達するという不調和な理論を生んでいました。いかに、皆さま自身に財産があろう
とも、地位があろうとも、この世を去る時には皆さまは、自分の愛する妻も子供もすべて置いていかなければならないのです。金ももっ
ていくことはできません。物質文明経済というものはただの生活の知恵であり、魂修行の手段にしかすぎないことを自覚しなければなら
ないのです。足ることを知り、与えられた環境の中で正しく仕事をし一心不乱に実践行為しつつ、一日一日の心の中に、恨み、妬み、謗
りの心がなかったか、あるいは心の中に思わなかったか、あるいは行動しなかったか、一つ一つ皆さま自身の心の調和度というものを、
布団の上でも好いから静かに反省し、心というものを磨いていってご覧なさい。皆さまの心は怒り、謗り、妬み、自己保存、自分の立場
ばかり考えていると、一念三千といって、悪の一年の心は悪の世界に通じ、広い心をますます小さく狭いものにしてゆきます。私たちは
恨めば恨む世界に、あるいは慈悲を与へれば慈悲の世界に通ずることを知るべきです。一念三千の心を常に平和と安らぎの人々に対して
慈悲を与え、愛を与える生活をするならば皆さまの心の針は常に光の世界に通じ真の安らぎある皆さま自身をつくりあげていきます。病
気や色々な悩み、苦しみこのような心をもっている時は地獄の世界に通じ、心は不安と動揺をくりかえすことになります。
このように一念三千の心を神理にそって常に調和された日々の生活をし、光の世界に常に心の針を向けた行いをする時に、皆さま自
身の心の中には神の光が燦然と入ってきます。太陽の熱・光のエネルギーは地位、名誉、経済、学識全く関係なく総べて平等に与えられ
ているのです。この神の偉大なる慈悲と愛の光を受けとめないのは、皆さま自身の心の中の恨み、妬み、謗り、自己保存という暗い想念
が曇りを作ってしまうからです。この曇りを皆さま自身は作らないことです。皆さまはそのことをよく知り常に自分自身を正道の道を通
して日々の生活をし夫婦は円満に、調和された日々の生活をすることが人類に課せられた目的であり、使命です。
神の体であるこの地球上という場は大宇宙体の中の小さな細胞にしかすぎません。この細胞こそ大神殿であり大仏殿だということで
す。皆さん自身の心の中に、偉大なる大仏殿、大神殿が存在しているのです。このように偉大なる大神殿の下に我々は、先ず人と人との
心がお互いに嘘のない生活をしお互いに助け合う日々の生活環境をつくることによって、私たちはこの神の体である地球上も人間の心と
心の調和によった平和な仏国土、ユートピアを築きあげていくことができるのです。そのようなことを皆さまが知り、共に皆さま自身が
永遠の生命の中に転生輪廻を繰り返してきたところの皆さま自身の業というものを、修正しなければなりません。皆さまは過去を知りた
いというならば、それは皆さまの今考えていることと行っている今の姿が皆さまの過去、現在を集約した姿と思ってください。
そのようなことを皆さまが知ったならば、我々は今このような縁により、皆さま自身、心の中に偉大なる光の息吹が、そしてこの地
上界に平和な、争いと闘争をなくしたところの万物の霊長、神の子としての真の道を実践してゆかなければいけない、ということを気づ
くのです。
このように真の仏教というものは皆さま自身の心の中に、かっては中国に生き、ある者はまたイスラエルの地において受けたイエ
ス・キリストの神理が、皆さまの意識の中に記録されています。また私たちはこの地上界に生まれてくるには決して地獄から来たのでは
ないということです。皆さまは丸く大きいひかり輝いた偉大なる神の使徒としてこの地上界に肉体をもっているのです。それも皆さま自
身はあの世において自分の両親を自分で選び、そしてしかもあの世において登録されて、皆さまはお父さん、お母さんの精子と卵子と調
和された時に、初めてあの世に通信され皆さまの意識が入ってくるのです。三ヶ月位たちますと大抵十センチメートル位の大きさになり
五体というものが形成されて参ります。その時にあの世から皆さま自身の意識が丸い大きなすべてを悟りきった生命でお母さんの腹の中
に入ってくるのです。そのために三ヶ月位になりますと、お母さんと子どもの意識が調和されないためにツワリという現象が出て参りま
す。もしこの中でツワリで困っている人があればそくざに直してあげます。
これは子どもの意識とお母さんの意識が調和されないためなのです。このようにして十月十日たち生まれてくる子どもというもの
は、親の教育、思想、環境そのものによってだんだんと育っていくうちに、偉大なる智慧、偉大なる神の力を失って人間は苦しみと悲し
みを作ってゆくのです。その地球上の善と悪の作り出された環境の中に皆さまは修行してゆかなければならないのです。その中から皆さ
まの心の中を自ら紐解き、神理の胎動(たいどう)に気づいた時に、今、自分自身の現在が大事だ、今の一秒一秒の積み重ねの中に皆さ
まの偉大なる仏智が、偉大なる神の智慧が、具現してくるということになるのです。
このように私たちは漸く三十数年間、極微の世界から極大の世界を学び、学ばなかった仏教の神理、学ばなかった国の言葉が次々と
出てくるのであります。皆さまも人間として生まれた真の目的と使命というものを果たしてこの世を優等生で卒業していただきたいと思
うのであります。たとえ貧乏人に生まれようとも、それは皆さま自身があの世で選択してきたからなのです。金があり、環境がよけれ
ば、生活におぼれ地獄に堕ちてしまうために、そうした環境を選んできたのです。自ら悟れる環境を選んできたことを知って欲しい。貧
乏だからといって決して皆さまは悲観することはないのです。皆さま一人一人の心は神の子として偉大なる智慧と偉大なる愛と偉大なる
慈悲をもっているということを皆さまは知らなくてはいけません。それだけに今を大事にお互いに手をとり合い争いと闘争の現代社会を
皆さま自身の偉大なる力によって修正し、仏国土ユートピアを作ってゆかなければならないのです。
最後に皆さまのご要請があれば私たちは自分一人でもここへ来て皆さまに心の偉大さを、そして皆さま自身の仏性を目覚めさせて行 きます。私たちはあらゆる教団からそのような要請をうけており、いつでもどこへでも行きます。そして人間はみな神の子仏の子だ、人 間はみな兄弟だということを私たちは説かなければならないのです。皆さまの中にもそのような力をもつ人がこの中にだいぶおります。 インドの当時は二万余人のアラハンがおりました。そしてその神理を説きました。我々の今のグループは約百五十数人の人たちが心の窓 を開いております。皆さまも真に自分自身の心に目覚め嘘のない生活と、自分の心に嘘がつけない、嘘のない生活を築いた時に、皆さま の心の窓は開かれてゆきます。その時に皆さまの心の目は開かれ皆さまの目を通して現象を見ることもできるのです。あるいはまた語る こともできます。あるいは相手の病気もすべて癒すこともできるようになります。それは皆さま自身の行ないと心が神理にそったもので なければその道は開かれないということです。