正法と人生教室E
正法と人生問題
五百一、破談
三十歳ほどの男女だった。
同じ医局で一年も過ぎ、医家同士の恋愛は蜜月の期間もあったが、ある事をキッカケに二人の間はギクシャクしていた。
男の両親は、どうしてもといえば、ひとり息子が念願の結婚も承知だった。
そうしたとき、男はあの人とは全部終わったと両親に告げた。
その理由はこうである。
恋愛も十ケ月を過ぎた頃、女は気楽な気持ちで次のように打ち明けた。
お父さんは退職後に年金暮らしとなり、お母さんもパートに出た頃から、夫婦間では当然のように家計は別々、その上、在学中は国立大
の学費もどちらが持つかでもめた。
夫婦の口喧嘩は今も絶えず、一日も早く家を出たいと結婚を迫るようになった。
初めは乗り気の男も、この家庭で育った娘を嫁に貰うかどうか、そこから男の悩みは始まったというのである。
その内には、答えを出しかねている男に、
「あなたみたいな優柔不断な男は大嫌い、別れましょう」
「ああ、わかった」
しばらくすると、男の携帯へ復縁の電話とメールが二ヶ月も続き、現在は何事もないようである。
神理を学んでおられる男のお母さんはこう言われている。
「娘さんはお父さんが憎くて嫌いでしょうが、どうもお母さんに問題があるように思いますよ。」
[主人の操縦の基本]
男のお母さんの言葉は続く。
「主人の操縦なんて主人を立てて立てて、どんな仕打ちを受けてもそれでも愛を失わなければ、それほど難しいものでしょうか。
私もこれまでとても厳しい主人との間で離婚も考え、何度も修羅場をかいくぐって来ましたから、それが私には良くわかります。
夫婦の不満や、特に主人の悪口を絶対に子供にぶちまけないことです。
女は男より口が過ぎるように有りますでしょう、ですからお母さんが娘さんをお父さん嫌いにしているように思いますよ」
男のお母さんは何度も素晴らしい言葉をはかれたが、イザ記述をするとなると話された通りに全部は想い出せないので、テープレコーダ
ーか携帯電話を録音機として、いつでもすぐに取り出せるように用意すべきだったと、このときほど感じたことはなかった。
五百二、離婚
@の三十過ぎの女医の例は、晩婚と思われるだろうが、医師の場合は学生時代が六年間、それから研修医として数年間の実務があるの
で、またたく間に歳は過ぎて当然だが、次の例はこうだ。
彼女は、四年制大学を卒業後、総合病院の事務と保母が職業歴である。
二十六歳の保母として、中学教師免状を持つサラリーマンと見合い結婚だが、それまではお母さんとふたりの母子家庭だった。
大学卒業をきっかけにお母さんの姉の叔母さんと三人暮らし。
子供のいない叔母さんは、同居する妹の子の保母を目に入れても痛くない程に可愛がるが、いつもお母さんと叔母さんは口喧嘩が絶えな
かった
その毎日に愛想がついていた矢先、見合い話が降って沸き、彼女はふたつ返事で飛びついて、とんとん拍子に事はすすんで見合い結婚。
結婚してみると男は職を転々として、酒に浸っては振るう暴力に、もうこれまでと離婚。
子供はいなかったから、大手の損保会社に就職してがむしゃらに仕事に打ち込んだ。
もともと知能明晰な彼女は、特級の国家試験もパスして職場のバツ一の男性と知り合い子供にも恵まれ、夫婦で会社を作り幸せに暮らし
ている。
彼女曰く、「一日も早く家を出たいという心が働いて、結婚生活に失敗しましたが、この一見、遠回りとも言える経験も、私には必然の
ことでした」
と、晴れ晴れとした笑顔がまぶしかった。
五百三、守銭奴
七十過ぎの男性医師
貯金は全部タンス預金。
ある日クレーンがやって来て、三百キロもある金庫が老医師の二階家に運び込まれた。
毎夜、医業で稼いだあがりを数えるのが唯一の楽しみ。
長年連れ添った連れ合いが亡くなった。
金のためなら休院も返上しスタッフにも緘口令を強いて、普段どおりの診療は行われた。
患者を診ては妻の遺体に手を合わせ、診察室に降りては患者を診て、まさかの老医師の奇行に、周囲も奥さまが亡くなったとは露ぞ知ら
なかった。
だが人の口には戸も立てられず、隣近所に知れ渡っても、今夜も札を数えているそうな。
(くわばらくわばら、ナンマイダー)
五百四、老醜
やがて九十の独り者のおじいさん
広い敷地の道沿いに、缶ジュースの自販機を並べた。
しばらくすると、スーパーのチラシを見比べては自分で仕入れ、自販機に入れるようになった。
それからは時々、グレープ缶がオレンジ缶になって出て来るものだから、押し損ねたのかと不思議そうに通行人が買って行くそうな。
五百五、老臭、いや不潔臭
天涯孤独のおばあちゃん
大きな屋敷を売り払って、億ションにひとりで住んだ。
身なりはズバ抜けていたが、同じ階の住民はその異臭にホトホト困っていた。
誰が鈴をつけるかとなって一人が選ばれた。
「いつ風呂に入りましたか?クサイです」の一言に、悔し涙を流してしばらく口もきかない程だったが、真心からの説得は、今では遺産
の相談もするらしい。
五百六、半家庭内暴力
大学の先生
先生も奥様も高学歴の才媛同士
ある日、通報によりパトカーがやって来た
でも、奥さまが息子をかばって知らぬ存ぜぬを押し通した。
また平和な日が続いた。
ある日、先生は包帯グルグル巻いてビッコした。
また普通の日が続いた。
ある日先生は、松葉杖して講義した。
また平穏な日が続いた
奥様は先生が嫌いだった。
それから奥様は、息子の大学入学について行って、そのまま家を出てしまった。
(お母さん次第で、子供はどうにでもなるそうです)
五百七、この罰当たりメが!
ヤクザな息子を持つおばあちゃんが逝った。
葬式がすむとトラックがやって来て、のこらず持ち出した。
片わらには骨壷だけが残っていた。
五百八、子育ての名言
いい子だ良い子だと褒めちぎっていると、その子は本当に良い人になる努力をするんですね。
たった言葉ひとつなんですから。
五百九、心の疲れ
身体が疲れたのは休めば治るけど、心の疲れたのは疲れの原因を元から絶たたなきゃダメですよ。
疲れや悩みの原因を、根元から刈り取らねば、臭いものにはフタ式ではいけませんゾ。
五百十、お墓
死んでから、お墓に入るのをとても怖がる人がいた。
お墓は遺骨の捨て場。
本当の自分である魂の住み家は、ジメジメした暗いお墓の中ではなく、次元の違うあの世だと知って、俄然元気になって周囲をハラハラ
させている人がいる。(
よかった良かった)五百十一、引導
「あなたはもう死んだのです、この世の人ではないのです、心をきれいにして逝きなさい」
と教え諭すのが引導を渡すということ、と話したら、
「死んだ人にささやくのですか、耳元で怒鳴るのですか」
と真剣に尋ねた人がいた。
もうすでに、次元の違うあの世の人ですから、ささやいても、心の中でも、大声でも何でも良いのです。
あの世の人には、通々で全部わかりますからと答えたら、
「ヘーそんなもんですか、死んでもわかるんですか」
と白けた人がいた。
(
宗教人としての限界を感じるとき)
五百十二、八十五歳のお達者老人
十五年前に連れ合いを亡くし、年金の全てをトルコなどの特殊浴場に入れ込んで使い切る、と豪語した老人がいる。
その人曰く、二、三十の小娘では物足りない、六十位が丁度いい、ワシらは行為そのものだけでなく、他愛のない世間話も必要だから
ね、六十過ぎでも最近は若くて小奇麗ですよと、トクトクと話された。
高齢化時代に突入して久しいが、人はいくつになっても、ひと恋しくも癒しを求めたいものに違いない。
五百十三、八十過ぎた夫婦の難題
夫が少し年上の達しゃな夫婦がいる。
おばあさんは週に一回の夫がうらめしくも悩みだった。
潤いが少ないので薬局や専門医に処方してもらっても何となくしっくりこないが、そこはそこ、さすがに高齢者同士だった。
海草を煮てつくる「ふノリ」作りに挑戦したのである。
おばあさんはお母さんを手伝った障子の張替えを想い出し、おじいさんは、若い頃読んだ本の中に、遊郭の女性が夜毎の潤いのために使
ったという記憶を思い出し試行錯誤して、夫婦の難題を見事に解決したのである。
五百十四、赤ちゃんのように
生まれてきたように死んでいくとは、どちらも無欲で、それでいてとても、いとおしい存在ですが、人生はオムツからオムツのようです
五百十五、自殺
毎日、六十人が自殺して逝くんだってね
よくヤルよ
自殺者のあの世を知ったら、怖くて死ねやしねえよ
まっ暗だろう
ジメジメだろう
突拍子もない轟音だろう
得体の知れぬのに、突然かきむしられるだろう・・・、まったく安らぎのない世界。
五百十六、素朴な疑問
人はどこから来て、どこへ行くの?
人はあの世から生まれて来て、またあの世へ帰ります
鶏卵論ではありません。
五百十七、寿命
転ばない
風邪ひかない
喰いすぎない
を地でいった老人が車に蹴飛ばされた
五百十八、食後の薬飲んで終わるクラス会
福祉、ふくしって言うけど、薬が生んだ長寿だもんナ
五百十九、助平(すけべ)スケベイも程ほどなら長生きし
五百二十、老人ホーム
老人ホーム、クラッシック・ホームと名前かえ
八割が未亡人の世界だから、一人の素敵な男性が入るだけで、周りは見違えるように小奇麗に成るんだって
五百二十一、未亡人
「あなた私も連れてって」と棺にすがる女ほど、後は生き活きし
五百二十二、身寄りなき人が逝くと、ナゼか身寄り来る
天涯孤独って聞いてたのに、遺産を求めて寄って来るのね
五百二十三、生と死
飛行機の客室か貨物室かの違いです
五百二十四、天寿
それって、いくつからを言うの
人生の使命と目的を果たしていれば、若くてもいくつでもいいんです
五百二十五、厄介かけます
「人の世話にはならない」って言い切っても、どうやって墓の穴掘るのサ
五百二十六、使命と目的
お釈迦さまは安らかな大往生、キリストは磔
(はりつけ)比べちゃいけませんけどね、各人の人生の使命と目的なんですよ
五百二十七、「死ぬ死ぬ!、逝く逝く!」
クライマックスの性的表現に、どうしてご臨終の言葉だろうと悩んでいる人がいましたよ
五百二十八、老人の巨人、大鵬、卵焼きは
子どもは野球の強い巨人、相撲の強い大鵬、栄養のある卵焼きを子どもの代名詞のように言われたことがあります。
そこで、現代の老人の代名詞は、数珠、年金手帳、老人保険だそうです。
五百二十九、知的オルガスムスと性的オルガスムス
いい年の取り方のおじいさんは、知的な読書好き
色じいさんは、看護婦さんにお注射されながら、指先は胸襟をまさぐる。
いいじいさんは、伊賀の上野で荒木又右衛門の三十六人切りを思い浮かべる。
エロじいさんは、三十六人の女性切りを思い浮かべる。
五百三十、ひと恋し
日も夕暮れなる時には
返す返すぞ
ひと恋しさよ
成鑑
(なりあき)五百三十一、心配症
心臓発作の恐怖、ガス栓や水道栓が気になる
頭痛と胃痛が気になる、眠れない
過度の厳しさが神経症へ
解決方法は、「あるがまま」と掃除洗濯などの軽い運動と正しい心の在り方です。
正しい心の在り方とは、正しく見、正しく思い、正しく語り、正しく仕事をなし、正しく生き、正しく道に精進し、正しく念じ、正しく
反省的瞑想をする八正道です。五百三十二、心の諸相
気が大きい小さい、気が長い短い、線が太い細い、角がある丸い、心がひろい狭い、心を閉ざしているあけっ広げ、暖かい冷たい、腹黒
い潔白、まっすぐ曲がっている、よく切れる切れ味が悪い、すきとっている曇っている、シマリ屋シマリがない、サバサバした・トゲの
ある、気が沈む・うきうきするなどと心も様々です。
また、心には形もあります。
丸い満月のような心、ひし形のいびつな心など。
更に、心には色もあります。
さわやかなゴールドカラー、灰色、黒、怒りに燃えた血の色、恋愛中のピンク色などです。
五百三十三、歌の不思議
悲しい歌、別れの歌など心が淋しくなる歌ばかりでは、人生も悲しいものになってしまうのは事実です。
別れの悲しい歌ばかりを唄い、いつも人に聞かせていると、心の中に悲しさをつくり出し、悲しさが想念を支配し、悲しき運命を決定し
て行きます。
ですから、いくら好きだといっても悲しい暗い歌は程ほどにして明るいさわやかな歌を日頃から唄うように心がけたいものです
五十台の奥さんは歌唱力もあって、とてもうまいのですが、カラオケで唄う歌は全曲悲しいものばかり、それも自分の人生に重ねて涙な
がらに十数曲を熱唱するという徹底ぶりでした。
私の師である園頭広周先生からアドバイスを受け、それからは明るい歌ばかりにされると、最近良いことばかりが起こると喜んでおられ
たのが、印象的でした。五百三十四の@、無限力のうそ
ここまでは平成十六年九月中旬です。ある宗教には、人間はみな無限力を持っていると教えています。
無限力とは心地よい響きを持っていますが、人には人間的な器の大小もあり、運命の上限と下限があることも教えなければ片手落ちです
器の大きさ小ささというのは、魂の遍歴の過程の中で、培われて行くものなのです。
この意味は、人は永遠の魂として生まれ変わり死に変わりして幾多の人生体験をしていますから、その体験の量、質、深さによって各人
の資質や才能、能力がそれぞれ違います。
人はみな人間として平等ですが、その能力は同じではないので、全ての人が皆な無限力を持っているとは言えないのです。
その五百三十四のA、 コンサルタントの人 計画屋、企画屋さんは、コンサルタントとコーディネーターを兼ねた仕事のようですコンサルタントは、自分で経営を引き継ぐ位の覚悟の仕事屋でなければ、クライアントを満足させられません
自分の人生を賭ける気概が必要ですし、問題の変化や正しい将来予測を立てられません
さらに、コーディネーターは、相手の気持や状況を理解し調和させることです
町、村などの地域に根付くには、いかなる商売についても言えることですが、街やそこの住人と会話やコミュニケーションができること
です
ネットワークを広げ、常日頃から、金儲けではない、人もうけをすることです
それには、相手を理解する、ウソをいわない、その場かぎりのことはしない、最終的には責任をとるということが必要です
以上は、都市再開発プランナーの講演で伺ったものです
その五百三十五、 臨床心理士・サイコロジストの人 平成十五年十一月四日のことです 「その五百三十四」から六百いくつまで、毎日打ち続けた当ウエブの原稿のフロッピーディスクが何かの原因で、全部消去されました 八十項目が一瞬にしてパーですから、この一ヶ月間は何んだったの?と自問自答をしました その中には、坂本竜馬に関係のある、長崎の史跡料亭・花月での模様を書き綴ったエッセイもありました 竜馬の生まれ変わりであると高橋先生が言い残され、米国に永住氏のことを含めた長い論文でした 彼については、当ウエブに彼の写真を何度載せても消えるという不思議が続くものですから、現在は放置しており,当ウエブでは彼のフ オトは見ることはできません その彼に関係のある長論文があったのが原因により、見えぬ力が働いて消えたのか、消されたのかわかりませんが、とにかく、何をさて おいてFD一枚分が消えたのです 我が師である園頭先生と、彼は親密に交流があっており、どういう事情があったのかわかりませんが、あるときから先生よりお話を聞く 機会は、全くなくなったのです その辺の事情かなと考えたりしますが、なぜかわかりません これからは、謎の消去から立ち直って、打ち始めてからの記述です 今日は平成十五年十一月五日です二日前の十一月三日のことです
臨床心理士についてのセミナー・シンポジウムに出席しました
九州大学の社会連携事業なのだそうです
連休最終日ということにもかかわらず、ほぼ満席二百名ほどの出席者でした
オーガナイザーは、精神科医で九大教授である、エッセイストのきたやま・おさむ氏です
あの、「オラは死んじまったダー♪」の彼です
一年前には、グループを臨時結成して再度唄っておられるのをテレビで見ることになります
そのときの彼はベースを弾き、長身のカッコのいい、おじさんでした
今回の会場では、著者の席から六、七メートルほどの距離の彼は、かなりの白髪混じりの、どこにでもいるおじさんでした
有名人というのは、観衆にとっては若い全盛時代を勝手にイメージするのですから、気苦労も多いことだろうと同情しました
もちろん、オーガナイザーとしての彼は申し分なく、さすがにと感服しました
会が引けて、会場の前を流れる川に沿って帰っていると、教室員とおぼしき人と二人で帰って行かれるのを著者は後の方からついて行く形になりますが、大通りに出るまでのことです
著者の後ろを歩いて来る二十歳ほどの会出席者とおぼしき、娘さん二人の会話です
「あの司会のきたやま先生は、元歌手だったそうね、知っとった?」
「フーン」
「知らんやったと!?」
と、オラは死んじまったダ?の一節が後ろから聞えます
「忘れもせん、正月の頃やった、お正月の目出度いときに、死んだと言うっちゃん、ヘンな歌」、と
こういうことがあってから、著者は急ぎ家に帰り地下にもぐって工事を続けました
著者が余りにも水没復興に力を注ぐものですから、気分を変えるように、家内はいろいろな会に顔を出すように勧めます
このシンポジュウムもその一環ですが、さらに前日の十一月二日のことです
家内の提案により、小京都といわれる島根県の津和野と、山口県の岩国の近郊、錦帯橋のバス旅行を楽しみました
不案内な場所を地図を頼りに探し回るより、ねむいときは眠り、ガイドさんの説明に耳を傾け、目的地に着けば散策できるし、バス旅行は大好きです博多駅の新幹線口には、各地への観光バスに申し込んだ人を乗せる場所があります
集合時間が重なるときは、多くのバス会社のバスが隊列を組んで待機していますから、空席があるときは予約なしの当日受付で乗せてく
れたら、著者は、おとなしく行儀良く乗りますから、観光会社も著者もお互いに助かるのにナーと思うのです
鯉の泳ぐ街で有名な津和野は、人口五千人ほどの所に、鯉が七万匹もいるらしいのです
どうして山奥の津和野に鯉かといいますと、飢饉に備えた先人の知恵だったようです
紅葉を見るのも楽しみにしていましたが、残念なことに早すぎて全然ダメでした
家内曰く、「もみじ谷はどこでしたか」に至っては、言語道断とも言えないのです
昨年は九年庵という、庵(
いおり)をつくるのに九年もかかったという佐賀の名刹も、余りにも遅すぎてか、さすがの紅葉もすでに枯葉という、著者に とっては泣くに泣けない惨状でしたその五百三十六、 フローリングの人 水没した地下室のフローリングが全部終了しました 床の基礎になるツーバイ(2×4)法の四センチ×八センチ×二メータの材木は六十本を要し、フロアー材一センチ×30センチ×二 メーターが百三十枚を要しました 水没した廃材を運び出した時、床のコンクリートにはコンクリート釘が無数に打ち込まれて、廃材やゴミは残されたまま、外 面だけ立派に化粧されて見かけは美しく内装されていたのが痛々しく、今度はフロアーのキシミみやガタは少しあっても、コ ンクリートには釘は打ち込まないと決意してかかりましたので、床の基礎材には一本の釘も使いませんでした 出来ばえは、まあまあでも納得の行くフローリングができました 現在は壁の内装にかかっています 隙間なくフローリング材を合わせるために、木槌や木材を当ててハンマーで叩いたので、もう少々フロアー合わせは食傷気味 です 当地福岡は、現在のところ溢れ出た河川の改修工事は、されているようですが、いつ襲うか知れぬ水害の不安から、壁も別色 のフローリング材で覆うことにしようと、また壁の床材合わせが始まりました と、申しますのも、壁紙で終わらせるのは手っ取り早いのですが、一センチ厚の材木を壁に張るのですから、防音と重厚感を 出すのには良いと考えたのです というのも数年前に、事業所部分をイヤというほど壁貼りをやっていますので、違う方法でやり終えたいという気持ちがある のも事実です そのとき面積がそれなりにあったものですから、壁紙に糊を刷毛で塗るのがイヤになって、中古の自動糊つけ機を探して歩い た程ですから、どうしても専門の機械が欲しくなるのです 家内に「本職になるつもりですか」の一言に、中古機材屋で見つけた十万円ほどの機械は思いとどまりました 壁にフローリングなどと、サア出来ばえはどうなることか? この項を打った後のことです 地下から這いずり出ると、家族が著者をまじまじと見詰めます係りの人曰く「一日違えば、もう突然枯葉です」
横から著者が小声で
「憑依された人も、突然人が別人のように変わる」、と
何か嫌な予感です
「アッ服に血が!」
左の少し麻痺がある肘にカスリ傷でしたが、工事をやめろ、無理するなの大合唱は予測できますから、家族を避けるようにそ
の場を逃げ去りました
同じ左の小指の、骨折のことです
家族から二十万円ほどの高級自転車を著者専用として貸してもらうことになりました
ものすごい段数の軽快車で、列車にも乗せて運べるように前輪も簡単に外せるので、バイトで稼いで買ったようなのです
数年前のこと、港にある出来立てのショッピング・モールへ夜九時過ぎ、仕事を終えてその自転車に乗って出かけました
家を出ると、自転車に乗ってすぐ、つまずきました
普段には余りないことなので、気になりつつも愛車のペダルをを踏み出しました
視察も終えて帰途につくと、ささいなことで転んだのです
麻痺のある左ですから、思うほどそれ程、痛みはありません
すると、みるみるうちに左手の小指がはれ始めました
外傷はありませんから、内出血しているようです
見ているうちに腫れて行くのがわかるのですから、なんとも不気味です
小指の先が折れ曲がっています
そこで思いっきり指を引っ張りますと、完全ではありませんが少し戻りました
それから自宅に帰り着き、レントゲンで写してみると、不完全骨折でした
家族の手前、すべて内緒ですから大げさに包帯や固定はできませんから、ひたすら感染予防と消炎に努めましたが、数日後にはバレました
それから数年後のことです
横断歩道をその自転車で渡っていました
そのとき横合いからワゴン車が突っ込んで来ました
突然のことで急ブレーキをかけて転んだのです
横断歩道ですから、若い運転手と父親らしい二人が、著者を引起しました
「息子が不慣れで大変申し訳ございません」と、低身低頭して謝られるのです
左手の手袋に、わずかばかりの出血でした
二人の目の前で手袋を外して見せると、かすり傷の出血と、例の少し変形した小指に、みるみる青ざめる親子をしりめに、近
くで交通整理のガードマンがたたみかけるように「指が折れているかも救急車を」とわめくのです
すると父親が「息子は受験に受かり入学を控えていますので、何分よろしく」
そこで著者は泣き出しそうな二人に
「お互いに息子を持つ身です、大丈夫ですよ」
そして、無理に渡そうとされる名刺も頂かずに、
「お気をつけて」と送り出しました
それからは、口癖だった
「JRの列車に前輪外して、阿蘇や由布院へ!」は実行できずにいますが、車のトランクに前輪外して、どこそこなら行きま
した
最初から車に乗せられる小さな折り畳みの自転車は、どうも好きになれず、ひとに差し上げましたが、車の屋根に載せる形式
のものは、その勇気もなく、ひたすら、密かに、レンタルではない自前で、観光地の街並みを、そぞろ歩くではない、そぞろ
乗りたいのです
その五百三十七、 お口の清掃の人 いくら完全にお口(歯)を清掃しても、三度の食事によって、その度に歯垢(プラーク)はつきます だとすれば、食べ物や水以外の飲料を摂る毎に、絶えずお口の清掃をしなければならないわけです そうすることによって理論的には虫歯も歯周病も撲滅できるのですが、忙しい日常の生活の中で、そうもいきません そうであれば、せめて一日一回だけでも時間をかけて、じっくり丁寧にお口のケアーをしなければなりません 著者は、朝起きて顔を洗うときに三分間ほど簡単に歯を磨きます ウルトラソニックという超音波を組み込んだ歯ブラシです 夜十一時頃、入浴中に今度は神経質という位に、お口の清掃に努めます 普通の手用歯ブラシです 振動する電動歯ブラシです 超音波歯ブラシです 音波歯ブラシです 回転と反回転の電動歯ブラシです 普通の回転歯ブラシです 最後に、ノズルから断続的にジェット水流がでる器具により最終仕上げを毎日、家に不在のとき以外は欠かさず毎夜実践して います 歯を磨耗させないように、研磨剤のはいらない水性歯磨き材を使っています 著者の口腔の状態は、前歯に一本だけ高校時代にケンかをして飛ばされていますので、捕綴(ブリッジ)と一本のインレイ(金属の詰めもの)と、手鏡と口のビデオカメラを駆使して独力で神経の治療を終えた歯と、甘いものを摂り過ぎると痛み始める、摂り過ぎセンサーの役目をする虫歯があります 親知らずは四本とも全部残っています ユラユラ動く歯はありません 小学校、中学校と歯の健康優良児として何度も表彰され、歯並びと噛み合せは理想的と歯科大学から研究の対象にされるとい う、おこがましくも輝かしい実績の持ち主なのです 六十歳ともなると、このように惨憺たる結果です 甘味摂りすぎセンサーの虫歯のことです 園頭先生が亡くなり、国際正法協会を解散するための集まりが東京で、弁護士さんを中心に開かれたことがあります 家族全員、それに合わせてディズニーランド観光としゃれ込んだのです アメリカのディズニーは、二度も行ったことがあるのに、東京はそれが初めてでした 年甲斐もなく、アイスクリーム、ケーキ、甘味飲料水など手当たりしだいでした するとどうでしょう飛行機に搭乗する頃から、この歯がズキズキ痛み出したのです 飛行機に乗る前からですから、気圧の変化は関係ありません 単純な虫歯の痛みは、ウォーターピックやポルタデントというジエット水流で虫歯の穴を洗い流せば、たちどころに痛みは止 まるものですから、同じようにしてみようと羽田の搭乗待合室でペットボトルのお茶を買い、周囲に迷惑をかけないように五 人家族の中に割り込み、グチュグチュしていますと一時間余り経った福岡空港に着く頃に、やっと痛みから解放されました それからは、甘味と不摂生をいさめるセンサーとして、虫歯はそのまま治療せずにいるものですから、これ以上の虫歯の進行 を止めるために、毎晩、入浴と兼ねて時間をかけて徹底的に管理するということになったのですから、これ位の努力は仕方あ りません 著者の入浴は、そんなこんなで、いつも一時間近く掛るものですから、家族は著者が風呂に入る前に競って、席を奪うように 使っています その五百三十八、 女性にもてると豪語する人 女性にもてるには、会話がうまいとか美男子という以外に一番簡単な方法があります それは礼儀正しくするということです 礼儀正しいということは、相手を尊敬するということにつながります その反対に、慇懃無礼(いんぎんぶれい)は警戒心を起こさせ逆効果です さりげない礼儀正しさを、旨としなければなりません たとえば、料理を運んでくるウエートレスさんや仲居さんが料理を運んでこられテーブルに配膳されたら、そのたびに軽く頭 を下げるだけです 声を出してはいけません 無言のままに、さりげなく軽く会釈するのがコツです 顔を見てはいけません 顔をまじまじと眺める軽い乗りは、プレイボーイを連想させます この軽く頭を軽く下げるという、礼儀正しい行為に気を悪くする人はいません この感じの良い何気ない作法は、女性にモテル第一歩なのです その五百三十九、 リハビリの人 脳血管障害の後遺症の第一は、四肢の麻痺です 二度の闘病により、ツエと装具をつける一歩手前の著者は、後遺症克服にいろいろな方法を駆使しています その一つに、お口の清掃に使う断続的なジエット水流、たとえば外国製のウオーターピック、国産のポルタデントを浴室に数 台並べて、麻痺がある四肢に向けてジエット水流を当てるのです(平成十六年9月末、二台が破損しています)水は風呂の温かい湯です
水圧は、弱いものから痛いほどの強弱どうにでも調整できますから自由自在です
一台一万円ほどですから、十台十万円足らずを足先から胸まで上下に並べます
浴槽装備のジャグリーの廉価と高性能版ともいえますが、ジエット水流を当てる位置を変えるためには、体をゆっくり廻すだ
けです
音が「ダダダダダーッ」と浴室一杯に響き渡ることは覚悟しなければなりません
麻痺のある人が対象ですから、水圧は試行錯誤して決めてください
最初は弱から始めるべきです
湯の量は五百CCを五分程度で使い切りますので、継ぎ足さねばなりません
麻痺のある部位は血行障害がありますので、これを使うことにより循環もよくなり、一時的には血圧も少し下がります
その五百四十、 佐木隆三という人 今日は平成十五年十一月十日です昨日は朝に、衆議院選の投票に出向いて後、電気屋さんで工事配線材料を求め、昼には「復讐するは我にあり」を書かれた社
会犯罪もの作家・佐木隆三さんのインタビュー形式のお話を伺いました
犯罪は、その人そのものと言ってもよいのですが、その人の心と同類の、同通した悪霊の憑依であると、正法では考えている
ものですから関心があったのです
氏は佐賀の農民作家の山下惣一さんとご兄弟です
この方面に関心を持たれたのは沖縄復帰のさ中に、誤認逮捕で十日ほど収監され、またとない貴重な体験のたま物と、あのゴ
ツイ顔に似合わず、笑顔がすべて前向きの方のようです
著者も仕事場が警察署の近くということもあって、ときどきは警察お抱えの診療所という格好なのですが、三人のオマワリさ
んが護衛付きで、一人が護衛車の運転、二人が診療の護衛と監視です
彼らの多くが、たとえば秀吉、信長などと、それはそれは、立派な名前付きなのです
著者も高校時代に車を盗んで乗り回し、窃盗で一日収監され大学入試を棒に振るという男が、現在は収監された人を診るとい
う、逆転の立場に驚いています
無期停学という学校の配慮に今は大変感謝しています
無期停学解除の三ヶ月間、毎日毎日、日記や原稿を書いて校長先生と担任の先生に見ていただけるという体験が、著者の正法
の記述に大いに役立っていると思うからです
佐木氏は北九州の八幡に生まれられ、八幡製鉄所に勤務されますが、根を詰めれば、仕事は二時間で全部終わるという部署に
配属されます
同人誌などに投稿されるのには、机について、いかにも熱心に仕事をしているかのように会社の用箋に思いつくままに記述を
されるという、もの書きには最高の部署だったようです
本が売れ、顔が知られるようになられると、犯罪がらみの裁判には、顔パスでどこでも自由に出入りできられるらしいのです
現在は、門司にお住まいのようです
会場でのこと、著者はお手洗いに立ちました
すると、便所の中で、六十がらみの旧知の友人同士が偶然に遇い、懐かしさの余り、二人並んで写真におさまることになった
ようです
お手洗い中の見知らぬ人が頼まれてシャッターを切り、著者は手洗いで撮影が終わるまで待たされることになりますが、より
もよって便所で撮影とは、近代的な施設には、ロビー等もっと最適な場所はありそうなものですが、二人には懐かしさがにじ
み出て、なぜかほほ笑ましいのです
終わると写真におさまった二人の内の一人が、笑顔で「ご縁ですな」なんて著者へ何度も声をかけるのでした
その五百四十一、 衆院立候補の人 福岡の、多期を誇る候補が涙を飲みました 一人は女性問題により棒に振られたようです 著者も今は皆無ですが、過去には他人ごとではありませんでした 「むっつりスケベ」という言葉もありますが、著者の場合は、その反対に雄弁にして女性を毒牙にかけました 手当たり次第ではありませんが、女性好きに当たるかもしれません その反作用によるものか現在は、脳出血による後遺症で言葉もママなりません 悪因悪果の法則は厳然と働くのです 正しく生きて行くためには、善因善果となるように、すべてに正しくなければなりません 著者はこれまで目立ち好きのため、小学校では役員に立候補、中学では同じく役員に立候補、高校では進学校の為か生徒会は なく応援団長、大学では学生会の会長を務め、立候補すれば、全部勝ち組みでした 選挙ともなると、身が奮い立つ思いが忘れられません サテ、女性問題で破滅した国会議員へアドバイスですこれから女性問題は絶対完全に起こさないと反省、懺悔したら、正しい生活を実践しながら、明るく努めるのです
現在のように苦虫を潰した顔はいけません
その苦虫を潰した顔を自分で指差しながら、
「むっつりスケベの〇〇でございます」と売りにするのも一つの手ではありすが、そうしながら、軽いノリで、「女性問題で
落選した〇〇です、女大好き人間の〇〇でございます、女性の敵〇〇です」
などとキャッチ・コピーを独自に考えられて笑いを誘うのです
これらの自分を卑下した言葉の数々には、もう二度と間違いはしないという決意が秘められており、自分を裸にする一つの方
法なのです
このウエブでも、すでに公開している田中角栄元首相のことを簡単に述べます
高橋信次先生が教えられたことです
息女真紀子さんは無所属から当選されましたが、お父さんの角栄氏は、斎藤道三の生まれ変わりです
ロッキード問題で揺れていたとき、高橋先生の講演会へ首相関係者が尋ねてこられ、これから田中首相はどうしたらよいかと
相談されます
そこに居合わせられた園頭先生へ、大事なことだから録音して置くようにと命ぜられ、国際正法協会会誌「正法」に園頭先生
が発表されたものです
「田中さん裸になりなさい、財産もすべて投げ出してワシは何もいらんと、そうしておいて、社会党のA君、総評のB君、ワ
シはすべてを投げ出した、これから国民みんなのために、国家百年の大計について話し合おうではないかといいなさい、それ
でもつべこべ言うようなら、〇〇君、君は大衆のためにと言うが労働貴族である、どこそこのマンションに、姿形はこうで、
女性を囲っている、それでも白を切るなら名前は〇〇と教えてあげるから、裸になりなさい田中さん、こうやったら何てこと
はない、もう一度首相にと国民は言うでしょう」、と
その後の別の講演会では
「思い切りが悪いからこうなってしまう」とあります
関係者が伝えたかどうか、首相が聞く耳がなかったのかどうか、今となってはすべて闇の中です
このように高橋先生は念を集中されると、自由自在に人の過去、現在、未来を見通すことの出来る観自在者・仏陀でした
「天上界から教えられるのでわかります」とあります
政治家は神頼みをする人が多いように聞いています
生き神様に当落をお伺い、当選をお願いするらしいのですが、多くの生き神様は、動物霊などの協力により霊能を現す人が多
いので、当たり外れもあるので、サイコロを振るようなものです
所詮は動物の霊の協力ですから、霊能者に振り回されてはいけません
旧社会党
(現在の社民党)の衰退は、女性党首の第一次の落選からもわかります これを時の流れ、時代の変遷といいます(平成十五年十一月十一日) この項を打つた翌日には衆院選惨敗で引責によりお辞めになったと新聞は報じました(十一月十三日) その五百四十二、 比例選の人 比例選挙は、主義、主張、利害などを同じくする政治団体である党派を選ぶ選挙方法です 落選した人が、比例で拾われる人もいるわけです 比例第一位という頭が化石のような超大物は、鈴をつけられてうなり声を上げましたが、政治というものは、国民の生活を守 り、よりよい環境をつくるのですから、政治家というものは、徒党を組んだ党派を選ぶのではなく、本来は人物本位でなくて はなりませんし、地位名誉、雄弁、テレビ映りや迫力ではなく、人格や人間性が高く、高霊格でなくてはならないのです その五百四十三、 神権政治の人 今から一万年前の、アトランティス文明が栄えたアトランティス帝国は、アガシャ大王が天上界からの示唆と霊示により、正 法を説いていました このような高位の政治形態を神権政治といいます 文明は極度に栄え、地底には大都市を創り、磁気と重力と光で動く反重力光子宇宙船(今で言うUFOに乗って宇宙空間を自由 に行き来して現代よりもずっと超文明でした それが後のマヤ文明などの古代遺跡から発掘されたオーパーツと呼ばれる黄金の飛行物体様の模型です 当時を想い起こし、それを記憶から思い出してつくった実物の小さい飾り物なのです アトランティスの当時の偽政者は、光の天使一万数千人を殺すほどに心は荒んでいました ガシャ大王は陸伝いにアフリカの古代エジプトに難を逃れますが、光の天使を殺戮するという心根がアトランティス大陸を一 夜にして陥没させ海中の藻屑となり、そのために、現在、アメリカ大陸とアフリカ大陸は海で分断され、陸続きではなくなっ たのです このような人民の悪想念と行為による、ノアの方舟現象といわれる天変地異、大地崩落は地球人類三億六千有余年の間に七度 も起きているというのです こうしてアフリカ大陸に難を逃れたアガシャ大王は、その地にピラミッドをつくり、その中に記録を残し、その当時のアトラ ンティス大陸とアフリカ大陸の関係が、詳細にわかる記録を、やがて人類は発見すると高橋先生は予告されています こうして、古代エジプト文明ではアガシャーが、マヤ文明ではゼウスが、ギリシャ文明ではゼウスの子であるミカエル天使長 の分身のアポロが、パルテノン神殿で天上界からの高位の神権政治をします 翻(ひるがえ)って日本では、あの卑弥呼が天山(てんざん)や女山(ぞやま)等の霊山に籠もって霊示を受け、吉野ヶ里で神権政治 をしたのです 神の霊示を受けて行う神権政治は、正しい霊からの霊示なら良いのですが、霊は見えぬだけに間違いが多いので、大きな間違 いを起こさないために、高橋信次先生は、誰でもが解るように、正法という考え方の基本を説かれました。ですから、政治を行う人は正法の教えを基準として実践されると、間違いは有りません
これは政治のみならず、全てに当てはまります
だから高橋先生は「正法者が政治をやる、正法者が銀行をやる、正法者が教育をやる、こうして正法国家にして行かなければ
なりません」と口をスッパクして言われたのです
その五百四十四、 以徳報怨(いとくほうおん)の人 怨念(恨み)に対しては、目には目をではなく、徳をもってこれに当たる、ということです 菩薩界の、仏教を奨励したアショカ大王、その後のカニシカ大王の生まれ変わりである現代の昭和天皇が、第二次世界大戦の終戦の詔勅を下されたその一時間前のこと、台湾の蒋介石は、重慶から対日戦勝利放送をしますが、その中で総統は、
「仇
(かたき)に報復をし、罪なき敵国の国民に対して侮辱を加えてはならない、もし暴行をもってこれに応(こた)えるならば、 恨みはまた恨みを呼び永久に止まることはない、そして大陸の二百万余の日本人軍民を速やかに帰国させ、日本人への賠償を も放棄する」という以徳報怨の演説をしたのです 平成十五年十月末日、中国現代史を彩った宋家三姉妹の三女、宋美齢さんが亡くなられますが、夫君は台湾の故蒋介石総統で す その五百四十五、 今日は、平成十五年十一月十七日です 十五日土曜日、講演会に参加しました 南研子氏という五十半ばの人です 氏はブラジル中央、アマゾン熱帯雨林の保護を訴えてNGO(熱帯森林保護団体)を設立され、会を通して電気もガスもクーラー も文字もない未開の地アマゾンに十四年間に十八回も行き来され、日本の半分の国土に約二万人の原住民の医療や教育、熱帯 林の保護活動のために、原住民と共に生活されるという熱血の人です キリスト教会の礼拝堂にてスライドを映しながらの興味ある二時間でした 原住民の男女は、腰に紐を一本だけつけた完全なる裸族で、狩猟採集を主とした石器時代のような生活です どうしてこの方のお話を伺うことになったかと申しますと、同じ地球人でありながら、彼らのように現代文明から完全に隔離 されたように生活をする人もいれば、アメリカや西欧のように高文明を謳歌する人もあるということを疑問に思うのは、皆さ んも一度や二度ではなかっただろうと思います 現在の地球は、アガシャ霊団のグループであり、大宇宙の七霊団(七種の人間の存在)の中において、最も早い速度で進化を遂げ ているので、他の宇宙の霊団から魂の修行のためにこの地球へ霊魂の移住が行われている、という高橋先生の解説があるもの ですから、その裏づけもあればと、また生のお話を伺いたいと考え、思い立ったのです まず、他の宇宙から霊魂の移住が行われますと、この地球という環境に慣れるために、アマゾンやアフリカ等の奥地の未開地 に生まれて、そこから生まれ変わり死に変わりして魂の進化を続けるというのです 一集落は五百人ほどの集団で、長老と呪術師を先頭に、仲良く暮らしているようです さらに五百人の集団になると、また一つのグループができ上がるというわけです 子供が生まれると二ヶ月間、母親は子供と育児中心に過ごします それから周りの大人が集落全体で育てます 二歳位になると、年長の子供が束ね、遊びの中から生活の知恵を学びます 女は初潮を迎えると一年間、一人でこもり誰と会うこともなく自分を見つめるというのです 男の子は十五歳頃になると、呪術師の調合した薬草を飲み、これで命を落とすこともあるようで、このような通過儀式を行い 一人前の大人になるというのです このように欲も争うこともなく、冷蔵庫もないので蓄えることもなく、その日一日が安寧に平和に送れると満足なのです 陽が暮れると眠り、明るくなると起きだすという、現代人が忘れかけている理想郷なのです ところが、そのような理想郷に、高文明を享受する心ない輩が入り込み、地球の三分の一の酸素を作り出すのに大事な熱帯雨 林を破懐し裸にして、未来の人類に暗い影を落としています さらには、手付かずの資源も、金鉱では金を取り出すのに必要な水銀をたれ流すという、水俣病様の問題も起きているような のです 鉄や、アルミの原料のボーキサイト等は、ここでは容易に採掘できる露天掘りですから、土地を掘り返したまま放置して森林 破壊が進むのを保護するために、彼女たちは植林という地道な活動を続けられているというのです そして、インディオの原住民は精霊と対話をしたり、電話がないので心での通信(霊的通信)を行ったり、動物や植物や昆虫には 話かけたり、言って聞かせて共存共栄の生活をしていると言うのです また、朝には駆け回って元気にしていた人が、夕べにはコロッと大往生する老人が多いので介護もありませんし、禿げ上がっ た人も肥満もなく、目上や老人のいたわりの世界なので、現代人が当然のものとこれまで考えてきた、忘れかけていた心の故 郷として、未開文明というものを、もう一度考える時期なのかもしれません 引きこもり、自殺、介護、幼年犯罪、心の病気をかかえる現代人を誘って、いきいき(活き生き)、ワクワク体験ツアーが組めた らナーというのです 土着人だから、未開発国人だから、現代文明からかけ離れているからという理由で、蔑視したり、さげすんだりしてはいけま せん 彼らは他の天体から、この地球という星を求めて、はるばるやって来た魂の進化の途上にある人たちであることを理解し、暖 かい援助を与えなければならないのです そういう中で、NGOのレインフォレスト・ジャパン代表として遥かアマゾンの地において、ご主人の温かい理解の中で、女 だてらに愛の手を差しのばされる行為に、著者は声援を送りたいのです その五百四十六、 十一月十六日(日曜日)昨日に引き続いて別の講演会へ参加しました エジプトの発掘で有名な早大の吉村作治氏です 氏の講演会は、これで四度目になりますが、今回は旅行会社Aの旅行勧誘のための話でした 最近はテレビや講演、大学の講義や発掘出張など多忙な上に、福岡県内の早大学部の講義のために不定期に来福されているようなの
です
今回は風邪をひかれ十日も治らないということでしたが、福岡市の近郊、宗像大社についても触れられました この大社に思い入れの深かった出光興産の創業者・出光佐三氏は、西郷隆盛の薩軍の参謀・桐野利明の生まれ変わりと、高橋信次先生の「言葉、話」が残されていますが、西郷隆盛の生まれ変わりである園頭広周先生は、どういうわけか出光興産に人知れず
興味と関心を寄せられ、息子さんに出光に入れ、就職しろと言われ続けておられたようです
息子さんがめでたく入社されると、園頭先生が「息子が出光に入ることができました」と報告されると高橋信次先生は「それはそうでしょう、出光佐三さんは、あなたの部下の桐野利明ですからね、当然ですよ」、と
サテ、宗像大社は千個もの銅鏡の宝庫だそうです 一箇所でこれほど多くの銅鏡を所蔵するところは他にはなく世界遺産に推挙するためには、地元の熱い思いが一番であると、三十九度の発熱にもかかわらず、汗を拭き拭き語られ辛そうでした
著者も彼と同年代であるために、体を大事にして欲しいと願わずにはおれませんでした 平成十五年九月初旬のこと、著者は思い出したように久しぶりに、国宝・宝物展を見るために大社を訪れていますが、なるほどこれ程までに、銅鏡の展示物が多いとは、初めて知ることでした
さかのぼる平成十三年の初秋には、宗像の近くの大島へ、独りでフエリーに自転車を乗せて渡り、島内を巡りましたが、十数段の高級軽快車も、著者の手におえない坂ばかりに閉口しました
この島の北端には神崎(神の先きという意)という地名があります この神崎の沖、遥か彼方には、海に浸かって禊(みそぎ)をしなければ島に上陸できない、さらに神官が交替で常駐している宝の島・沖ノ島(おきのしま)があります
どうして宝の山が手つかずに残ったのかと申しますと、朝鮮半島に近いということもあって、艦船の見張りの軍事要所という歴史と、その後の宗像大社の聖島ということで、入島禁止の掟が宝の山を守ったといういわく付きだからです
その時は、沖ノ島を遥かに持参の双眼鏡で見ただけでしたが、漁船をチャーターして、いつかは上陸をという想いも、個人では上陸できないという事情が事情だけに断念せざるを得ません
こうして、それからマイカーのトランクに、ワンタッチで自転車の前輪を外して押し込み、家路を急ぎましたが、今回どうして吉村先生の旅 行勧誘のための集まりに出たかと申しますと、旅行会社主催の小さな会場と、限られた人数ということもあって、高橋先生が言い残され た、現代のスエズ運河の近郊、超古代のエデンの園・エル(アル)カンタラーのこと、エジプトやピラミッドの多くの予告や新事実について、 意見交換するチャンスを期待しましたが、体調がすぐれぬご様子に自制いたしました その五百四十七、 散骨の人 著者の、一族の一人は、東京の大学を卒業後、口癖だったアメリカへ渡り、永住権を得て旅行業を興します 米銀行勤務の日本人の奥さんと現地で知り合い結婚、大学時代には選挙運動のアルバイト等で国会議員にも人脈を広げ、日本の国会議員のワシントン詣でにも食い込み、他に事業も拡大して、一族の中でも成功者と称えられました
ワシントンの広大な邸宅にはプールをはじめとして、贅の限りを尽くし、庭には鹿が柵を破って入るので困るなどと、夢のような話に著者も胸を躍らせたものです
そうして、晩年になると、健康検査を兼ねて故郷の両親に顔を見せるために、元気に帰郷された時には、彼の広大な話を楽しみにしていたものです
そうした中で、ワシントンは冬が厳しいので、豪邸を売り払って常夏のハワイへ移住するということになります もうこの頃には、病魔が進行していたのでしょう それまでに、一人の息子は米大学在学中に、平成天皇の訪米のとき、大学代表の日本人として陛下にお目どおりするという光栄にも恵まれ、息子は優秀な成績で卒業します
二人の息子にも事業にも恵まれた彼は癌の宣告を受け、平成十四年に六十歳の若さで他界されます
ハワイで手に入れた豪邸の一角から、眼下の飛行機の発着と、赤く夕日に染まる大海原を見るのが日課だったようです もう永くはない、元気な内にということで、著者の家族はハワイを訪れます 「よく来られたナ」と嬉しそうだったと言うのです あの元気で東奔西走していた面影さえ今はなく、ツエを頼りに辛そうだったというのです 彼が亡くなって、もう一周忌です 一周忌と、彼が大好きだった海原への散骨の式典に参列するために、今日、十一月二十一日、夕刻のハワイ往き直行便に家族は乗り込みました
行くが行くまで、家を出るまで、お兄さんとのハワイでの最後の別れが、心に焼き付いて離れないのか、「気が進まない」と家族は言い続けました
散骨はどういうものか、話のために著者も同行したかったのですが、仕事を長く休むわけにもゆかず、ミヤゲ話を楽しみに留守番となり ました その五百四十八、 平成十五年十一月二十四日、福岡ドーム球場へ国際蘭(ラン)博覧会へ行きました 本来ですと家内と行くはずでしたが、一人でドーム直行のバスに乗ると、連休ゆえに自分達の用事を自由に楽しんでいる筈の子供たちが、偶然乗り合わせて来て大笑いしました
ドームの空き地には、キダムというスーパー・サーカスが、テント風に設営されているものですから、子供に尋ねると、「それも知らないの」と言いたそうでした
福岡はランの栽培が、名古屋についで国内第二位なのだそうで、著者は初めて知ることでした 入場料は、千八百円もするものですから、関心の薄い著者にとっては高いかなと思うものの、ハワイへ出向いている花大好き人間の、家内の代わりと言ってはなんですが、大変参考になりました
広いドーム一杯に香るエニモ言えぬ風情は、さすがに高級な蘭ならではの、初めて見る国際博覧会でした 蘭は南極を除いて、世界に広く分布する植種らしく、アメリカをはじめ世界十数カ国から出品されていました 夜、寝む前に見たNHKのテレビでは、特殊機器を積み込んだ南極の飛行機から見た、世界ではじめての皆既日食を見ることになりますが、国際蘭博覧会会場を二時間余り、くまなく見て回っていると、ひとりの八十余りの腰が少し曲がったお婆さんが最新のデ
ジカメを取り出し撮影をされるとき、目的の蘭へ向う時には体をシャンと伸ばして写されているので、さすがにと感心しまし
た
会場から外に出るとドームを囲ったコンコースには、二百人ほどの野球人をはじめ有名人の、型採り右手のレプリカがズラリと並んでい て、見ると、先に記述したピラミッドの吉村作治氏もあって、オモワズ笑いを、してしまいました その五百四十九、 ラジオのアナウンサーの人 早朝や深夜に地下の工事をする場合に、正法の高橋先生や園頭先生の講演テープを聞きながら仕事をすることがあります ときにラジカセのラジオ放送も楽しみますが、テレビと違って、ラジオは手を休めて見ることもなく大変便利で、深夜や早朝に独りでモクモク仕事をしている時、淋しくなくて有難いのですが、アナウンサーというかパーソナリテイによっては、持論を面白くおかし
く押し付けるような喋りをする人もいて、その人の人間性が解るようです
余りに酷い場合は、教育放送の外国語の会話番組に即刻チューニングします 次のようなことがありました 役所の手違いでお金が返されたというのです 面白く、おかしく男のアナウンサーは、煽(あお)って言ったのでしょう 間違った役所が悪いのだから、返さないでシッカリ握っておきなさいということでした 現代はこういう手の考えをする人が多いのです 物質至上主義の弊害がこの世を席巻しています 悪いことは悪いこととして、その程度に応じて黒字や赤字で心に全部記録されると言うのですから、たとえ相手のミスでも、返してあげるのが正道です
そうすることによって、人は正直に実行すれば、黄金の金字でその事実が記録されるのです 高橋先生の弟子が、「国電の車内にゴミが散らかっていた、拾うべきか放置すべきか」と議論します すると一人が「掃除をする係りがいるのだから、放って置いても良い」というのです そういうことがあって、次の月の講演会で高橋先生は、「こう言っている人があります、人が何と言おうとゴミを拾うのです!」 言った人は、先生に心を見られたと恥じ入ってしまいます その五百五十、 平成十五年十一月二十六日、家族はハワイから帰国しました 往きは飛行機が大層揺れて気分が悪くなりそうだったといいます オアフ島のホノルルに着いてお兄さんの家を訪ね、翌日は、これまで行ったことのないカウアイ島の観光だったそうです その翌日には散骨するマウイ島を訪ねるわけですが、ハワイ諸島を行き来するのに、イラク問題からでしょうか、当地の警備がとても厳しく、搭乗するとき全員が靴を脱がされ、旅行カバンは、カギをかけず開放して置くようにとの、当局の指示があったそうです
これなどは、今まで聞いたこともない程の異例のことで、それ程アメリカは当事国として、テロに気をつけているようです 着いた日から当地は海が荒れて、散骨が可能かどうかを危惧することになりますが、その当日、海は穏やかに静まり、心配も嘘のようだったといいます
息子も関係者もアメリカ本国から駆けつけたわけですが、日本から八時間前後で着くのに、アメリカ本国からは、もっと要すると笑ったそうです
当地のお寺で、一周忌の供養が執り行われます お坊さんは日系二世で、日本に留学されお坊さんになり、そのとき英会話を教えた人を奥さんにされたということです 参列者は義兄の事業関係者、友人、知人と日本の身内ですから、英語と日本語の入り混じったチャンポンのお経と講話で、なんとも不思議なものだったようです
それから義兄が夕日を好きだったことを受けて夕刻、身内はチャーターした漁船に乗り込み、それぞれの思いを込めて厳粛に海原に向けて散骨と花束を流したそうです
義兄がそれまでの日々を、療養の傍ら自宅の一角から、赤く染まった夕日と海に沈む陽や発着する飛行機を見ては、元気な頃に、飛行機で多くの都市をトラベラー経営者として訪問した、想いを重ねて眺められていたのでしょうが、子供の住むアメリカ本国
へ、また懐かしい日本の故郷へ、七洋を巡るハワイの海に散骨され、船は三度静かにその場を廻り、儀式は終わります
家族は、義兄と兄弟の中で歳が一番近かったこともあり、ただ涙、涙だったようで、それを見ていた周囲の人たちも涙を誘われていたと いいます その五百五十一、 その五百五十二、 平成十五年十一月三十日(日) 福岡ドーム球場で開かれた国内窯業会の大陶磁器まつりへ行きました バスから降りると、あいにくの小雨です 家を出る時は陽も照っていて、これから美容室になる予定の、隣家の地鎮祭に使う紅白のテントを見遣りながら、好天に恵まれて何よりと考えていた矢先のことで、当然なことながら傘も持ち合わせていません
横断歩道の陸橋のエレベーターを出ると、風に飛ばされて骨が折れたのであろう白布の傘が、エレベーターの踊り場に放置されています 先に下りた三人のおばさん達は「ア、傘が!でも折れているわね」と、雨に濡れながら歩いて行きました 最後に降りた著者は、歩き去って誰もいない踊り場で傘を拾い上げて見ると、どうにか雨を凌(しの)げそうです ドーム球場は、海浜に建っているので海風が強く、踏ん張りの弱い著者は、風に体を持って行かれそうでしたが、こうして濡れずに入場できました
すると係りの人が、足許のおぼつかない著者へ、エレベーターを勧めてくれます ホームグランドへ降りるエレベーターは初めてなので、この際にと二つ返事で言葉に従いましたものの、そこまで、それはそれは遠いのです
「車椅子をお持ちしましょうか」とも気を使ってくれるほどでした おかげ様で二十歳ほどの娘さんと楽しくお話はできましたが、それは荷物用のグランドピアノも入る程の大型エレベーターに二人きりです このエレベーターは、これがまた、我が家のカルテや技工物を運ぶリフトのように遅いのです こうして無事に著者を送り届けると、娘さんは、「お帰りの節は係りの者へ声をかけて下さい」と、もと来たあの遠い道のりを戻って行きました
幾ら著者といえども帰りには、折角の優しい勧めにも逆らって、観覧席アリーナの階段を、いつものように注意深く昇って帰りました サテ、この大陶磁器まつりは、放送局の開局五十周の記念事業により、北は北海道から南は沖縄まで、百二十社ほどの出展です 北海道はオホーツク焼・美幌窯もありました この窯元の近くには、かって、園頭広周先生が亡くなられた頃に、袂を分けた外科医がおられて、現在も〇〇新教育という会で活躍されていることでしょうが、懐かしく思い出されました
というのは、元国際正法協会の道場開きの時に、今回大水にて水没した地下の博多正法館へ来訪の折、彼から手土産に頂いた毛蟹は最高で、今も家族の会話に上るほどに、忘れられない事の一つなのです
著者が北海道を訪ねた時に購入したものより、子供が旅行のおミヤゲに求めたものより、ミソも身も詰まって美味かったことを思い出します
それを思い出しながら会場を隈なく二時間半、休憩することもなく歩き回りましたが、会場には各社のブースの間に銘菓や物産の商店もあります
銘菓の試食コーナや、お酒の試飲コーナーには、甘党、辛党がたむろしていますから、著者も一団の同類となって、酒は飲みませんから、暫(しば)し銘菓を口に放り込みました
中国物産店では黒酢蜂蜜も注ぎ分けています すると五十歳ほどの、オバタリアン四人の一団のうち一人が、口をつけるなり、「この甘さは気色(きしょく)の悪さ、何が入っているか分らん」と聞えよがしに呟(つぶや)いたのです
これには驚きましたが、人はそれぞれの好みや価値観が違うのですから、これ見よがしに、言い放つことはないのです すると、そこに並んでいた人たちは、一斉(いっせい)にクモの子を散らすように四散しましたから、どうなるものかと離れて見ていますと、も う十分もすると、何事もなかったかのように沢山の人たちが試飲を始め、ヤレヤレでした その五百五十三、 恩師の人 著者の高校の恩師が、九十歳で眠るように老衰にて亡くなりました 学校を退職されてからは、悠悠自適、街の碁会所に顔を出されるのを楽しみにしておられたようですが、生前、先生には大層ご迷惑をお掛けしました
安らかにお眠りください 合掌 花田成鑑(はなだなりあき) 今から四十年ほど前、著者は全国でも有名な、大学附設の進学高校を出ました 卒業の直前の正月、車の窃盗罪で警察に収監、無期停学に処され大学入試を棒に振りました 駐車しているトヨタ・クラウンの三角窓を壊し、配線を直結して無断で乗り回したのです 同級生数人同乗、首謀は著者のため独りで一日監房に入ります 翌日の新聞には「進学高の医家の息子、車窃盗」と小見出しで出ました 名門の進学高、創設いらい初めての不祥事ということで、上へ下への大騒ぎになったことは容易に想像できましょう 無期停学とはいえ、毎日、日常の日記、所感、考えたことの思念と行為を書き綴って校長先生と担任の先生に、読んでもらい注意をいただくというものです
原稿を携えて歩いていると、クラスの授業が廊下に響いて来て、この時ほど、授業を受けたいと思ったことはありませんでした 無期停学は卒業まで続き、卒業式の当日、母と先生の立会いのもと、独り校長室で校長先生より卒業証書を頂きますが、卒業名簿には 最後段に著者の名前が燦然と輝いています(
今日は平成十五年十二月二日です、奇しくも本日午後、高校の平成十五年度の同窓会名簿が届きました、これには、あいうえお順に成 っており、最後段ではなく普通に、ハ行に記載してありました、訂正させていただきます、このように著者には少しばかり不思議なことがあ ります) こうして恩師・半田円三郎先生は、著者が開業してから医療の分野で先生の治療を手がけさせて頂きましたが、それより何より、高校時代に毎日の所感、雑感の記述を通して、大学では学生会長として文を書き、社会に出てからも文を物することが出来ました
本当にありがとうございました 合掌・礼拝 先生は、平成十五年三月に亡くなり、本日、暮れの年賀無礼のお知らせを大阪の長女様より頂いて、初めて知りました 日頃のご無沙汰をお詫び申し上げます その五百五十四、 マネーの虎の人 このテレビ番組を著者が初めて見たのは、パソコンを打つていた深夜のこと、何気なくテレビをつけたのが三年位い前のことです それからは、この番組が深夜から、普通の夜の時間帯に格上げされて、現在は準深夜です 初めてこの番組を見たときの感想は、何と嫌な番組だろう思いました これまでに夜の商売であるスナック、ミニクラブ、炉辺焼き、居酒屋、串揚げの店など九軒を展開して、銀行借入は四億五千万円です これは銀行契約書のトータルですから、実際はもっと多い投入金額でしょう 本業で稼いだものを湯水のように入れ込んだのです この心の傾向性は、東京での修行時代にも如実に表れています 米国遊学を終えた後の東京銀座では、分院長として百万円単位の高額なお給料をいただき、ベンツ二台を乗り回し、眼鏡はプラチナ台にべっ甲、時計は田中角栄元首相が持たれていたものと同じインターナショナル、服は銀座英国屋特製のスーツ等と独身時代
を最大限に謳歌しました
このような、人生を背景にして、故郷に帰ります 九州一の夜の繁華街・中州の近くの駅前で開業して、根っからの女性好き故に夜の商売に手を染めます 手形、小切手などの仕組みも知らず、商いの何たるかも知らずに海千山千の夜の街へ出たのです ただ幸運なことには、借入は銀行だけで、高利貸しには生まれてこの方一度も門をくぐったこともなく、夜の街に出入りしていても、小型お相撲さんのように体格は大きく、おまけに怖いもの知らずの向つ気と押し出しの良さだけが取り得ゆえに、暴力団との関わり
も一切ありませんでした
でも、若気の至りとはいえ不摂生がたたって、肥満性高血圧により病床についたわけです 最大が九十八キロ、現在は五十六キロです 半分に減らすには大層苦労しました このような人生体験を通して、マネーの虎に出演され金を出される事業家の一言一言が、無知な著者には、「余りにも著者は無知過ぎた」と反省する事しきりなのです
もしも仮に、著者が何かの事業でお金が欲しいからと登壇したとすれば、当然な事ながらノーマネーである上にコテンパに注意されることでしょう
ですから最近は、著者の本業を含めて、商いのイロハを習うという意味で、積極的に見ています 商売というのは、このようにも厳しいものかと、つくづく思うのです その五百五十五、 下着を繕(つくろ)う人 パジャマを一晩に二回毎日着替えますと、パジャマが足りなくなるのでフル回転して洗濯をするものですから、その内にはズボンのゴムが伸びて、歩くたびに足許にズリ落ちるのです
ときには足に引っ掛って転びそうになります 家内に命じても、旅行に出たり改善されそうにないときは、自助努力によりゴムひもを交換することがあります どうして一晩に二回の着替えかと申しますと、仕事を終えて、夜九時からのテレビの映画鑑賞のために、気分を変えリラックスしょうとパジャマに着替えるのです
そうして寝転んだり、お布団の中で見ることがあるので、これが一回目です それから、二時間ほど洋画劇場を見て風呂に入り全下着の交換をするので、これで二回なのです ある日のこと、ぼってりした高級そうな生地のパジャマのゴムを交換することにしました よく見ると、ゴムにはボタンかがりの切り込みが入れてあって、ゴムが緩(ゆる)ければ、ボタンの位置をかえる事によって、自由に締めることが出来るので「進んでる!」と、おもわず声を発したこともあります
普通、ゴム交換の時は、ゴムを切って取り出し、新しいゴムを女性の髪を止めるピン、つまり鬢(びん)はさみにゴムを挟(はさ)んで、手繰りながらゴムを少しづつ少しづつ進めるのです
こういう時に新しいパジャマが来ました 女性にも良さそうな色合いです それを着てトイレに立ちました ところが、男性器を出す穴がないのです 「この馬鹿者が!」と、深夜というのに家内を怒鳴りました 付くものが付いていなかったり、つく位置が違うと、こうも大変なのです もたもたして、危(あや)うく漏らしそうでした その五百五十六、 ホームページを管理する人 ホームページは、今や猫も杓子も、著者でさえも管理しています 日本のホームページを最初に公開したのは、富士通であり何と、アジアで最古参なのだそうです それも九十四年のことで、それでもまだ十年の歴史しかありません そういう観点で見ると、正法のホームページはスタートしたのが九十八年ですから、まだ六年ですが、早い時期にようこそ始めたものと、感激も一入(ひとしお)なのです
それも息子の一言に、気がついた時にはフロントページというソフトによりホームページ作りにハマってしまいました このように不思議なことには、ここぞという時に、息子に助けられることが多いのです 例えば、何かの機器、機械を息子が購入して来ます すると著者は、「何だこんなもの、無駄使いばかりして!」と、小言をグチったものほど、後で役に立つのです それも一度や二度ではないので、最近では息子に一目も二目も置くことがあります 話はもとへ戻ります 一時期、著者はパソコンのキーボードの叩き過ぎにより、腱鞘炎(けんしょうえん)に悩まされて、自動車のハンドルも送りハンドル、本業の手作業も滞りがちで、随分とお客様を減らしました
家内からは、「あなたの正法が間違っているから、生活にも困るようになるのです、鹿児島のSさんなんかは、正法をやればやるほど、お金は入ってくると言っておられたじゃありませんか、あなたの正法はどこかに間違いがあるからです」といつも小言を言われ
責められ続きです
「そうか、そうか」と無視の、知らぬ存ぜぬの半兵衛を決め込むと、「いつも、あなたは笑いで誤魔化(ごまか)す」と、追求の手を緩めず益々(ますます)トーンは上がります
この正法のホームページについては、最近の宗教系の掲示板に、サイトのオペレータにとっては自画自賛も甚(はなは)だしいかもわかりませんが、身に余る、歯が浮くような素晴らしい評価を受けているようです
初めは一万、二万人の訪問に一喜一憂したものですが、お蔭様で、当初の目的であった百万アクセスを遥(はる)かに超えて、ニ百二十万に迫る大躍進に、大変喜んでいます
かって、園頭広周先生が病床にあられたとき、著者が「先生、やっと正法のホームページを立ち上げました」と報告しますと、カーッと眼を見開かれ、すごい剣幕なもので何か聞き取れませんでしたが、すごい声を発されました
「遅すぎる!」と怒鳴られたようで、先生のベッドの側で身も気も引き締まるような思いで、直立不動に立ちすくんだ事を懐かしく思いだしています
このホームページは、かなり大きな容量なものですから、年間にプロバイダ料が約十万円かかりますから、これまでの六年間に約五十五万円です
これまで全国の皆様から喜捨していただいた金額がニ十万円ほどですが、気負いなく続けることが出来る限り、自助努力をモットーにいつまでも続けたいと思います
やがて、博多駅前歩三分のところに年中無休二十四時間の博多正法館が再館する予定ですが、宗教は大反対の家族の意向に悩んでいます、でもいつかは開館するでしょう
高橋信次先生、園頭広周先生の講演ビデオの常設、常映館が出来れば、全国から新幹線や在来線、バス、飛行機でも、その気になれば来てもらえるのです
入館料は一日二十四時間、何時間でも好きなだけ一回三百円を予定しています 著者にはお金がないものですから、家が破産するか、家庭崩壊が先かと、家内に文句を言われ怒鳴られながらも、必死に地下の内装を仕上げているところです
正法館の開設の経緯(いきさつ)は、こうでした 十数年前、正法館を開設しようと決意しても、グズグズして後のばしにしていたところ、勿論、著者の生き様に問題があったことは当然ですが、三歳の我が子がビルの四階から落ちました
都合の良いことには、下に長尺のワゴン車が止まっていて、平たい屋根に大の字に落ちたのに無傷で助かったものですから、「これは眼に見えない何かの働きがある、約束を反故(ほご)にしていた著者が悪かった」と改心して、毎日、近所のゴミを拾い、ビルの地
下にすぐ正法館を開設して実行しました
それから数年が経ち、園頭先生が病床につかれたことをきっかけとして、会員が二つに分裂して、主に〇〇新教育に合流された人達の集まりの場になっていたものですから、彼らに利用されてはいけないと、それを期に正法館も閉じました
でも、心気一転して新規にいつか再開館をと、考えつつも著者は口だけで一向に実行せず、これまでのうのうとして来ました ところが今回の博多駅前周辺の大水害で、正法館跡の壊滅です そのとき、かっての我が子の墜落を思い浮かべ、この水没をチャンスに変えなければと、再館を決意したと言うわけです 二度の高血圧性の脳出血にもかかわらず、言語障害、足の運動障害はあっても、仕事に於いて一番大事な手が完全に機能が残された この喜びを、神に感謝して本業の患者さまと正法の流布拡大に、大いに尽くしたいと考えているのです(
平成十五年十二月五日、誕生日を数日後に控えて) その五百五十七、 地下の工事も八十五パーセント終わりました 当事業所の医療技術女史さんは、高度の医療技術を習得されているのに、仕事の合い間には、医療技術者か、製材所勤務かわかりません
身体不自由な著者を、本当に心から助けて下さいます 丸ノコで唸(うな)りを上げて切るときなんかは、板は固定しているものの、作業台を固定していないので、ニメートルのフローリング材を全長直線切りするときには、作業台と板が一緒に動かないように、端を手で押さえてもらいます
もうその時なんて、材木の細かい粉塵(ふんじん)が髪の毛や鼻を襲い申し訳なく思います そのときの状態は実に悲惨です 彼女らのご両親から、「医療機関に勤務させたが、製材所には、勤めさせた積もりはない」と、いつ怒鳴り込まれても不思議はありません 院主の指示とはいえ、不平も言わずやってくださるので、頭が下がります 最近は、フローリング材を合わせるのに、キズがつかないように、木片を当てて金槌(かなづち)で打ち込んで器用に合わせて下さるのです
来る日も来る日も木材カットと、床だけではなく壁にもフローリング材を接着ノリで貼り付けています 当館はフローリングならぬウォーリング?なのです クロス(壁紙)は数年前に、イヤという程にいくつもの部屋を貼りましたので、工具は全部揃っているものの、水没した地下のクロスが無残にも剥(は)がれた様子が目に焼きついていて、次は壁を板で作るというこだわりから、床と同じ色違いのフローリング材にて壁
も張ったというわけです
ぺらぺらしたクロスではない一センチ厚の木材ゆえに、意外にも重厚感が出て出来ばえはマアマアです その五百五十八、 国際正法協会の元講師なる人 園頭広周先生が率いられた国際正法協会は、以前の一時期は正法会といいまして、園頭先生は二つの会を含めて、男女の二人の講師を擁立されています
男の講師はK沢といわれ、女の講師はK村といわれます さすがに園頭先生が抜擢されただけに、二人は講師としてのセンスは抜群で、将来を嘱望されていたのですが、男氏は突然の辞任により会を去られます
彼は当時、商業コンサルタントのような職業と記憶しておりますが、陽明学の大家・K蕃山の子孫という名門の出でした 確か、奈良か小田原の支部長・連絡所長会議で突然、辞任の発表があったように思いますが、驚いたものです 一方、女氏は園頭先生の長期入院と死去により、別の会派をつくられ、会の主宰として活躍されている筈です 彼女は、関西の新興宗教の教会長か何かを歴任されたと言う、釈伏(しゃくふく・しゃっぷく・説き伏せて会員にする)力は絶大な人です 元国際正法会員が「八正道(はちしょうどう)や禅定(ぜんじょう)を会員に解り易く説いてください」と、お願いすると「そんなもん、わからん」と答えたらしい人
更に、著者のことを、「正法が実践できぬ頭でっかちの人」と言わしめたらしい人 正に、言い得て妙で、感服しています その五百五十九、 廃業しろと言われている人 著者は患者さまへの愛がない、言語障害を隠れ蓑にして患者さんへの説明が少ない等と医業収入の減少を家内に問い詰められてばかりいますので、医業を生業(なりわい)として汲々としている著者への、或いは同業者への著者自身からの自嘲的提案と、業界と
いわず社会の慢性的な不況、患者サイドの出きれば、痛い治療は金を払ってまで受けたくない、一部負担金の三割へとアッ
プ、経営サイドの保険点数の締め付け、医大の増加による同業者の激増、良い教育環境を求めて、人口集積地への開業過多問
題、院長の旧き良き時代の医療環境への郷愁、時節や時の流れに乗り切れない業界の体質など、山積みされた同じ悩みを持つ
同業者へのアドバイスとしたいと思います
このウエブも訪問者が多くニ百万余りともなると、著者の職業の関係から医療機関も多く、著者自身の問題だけでなく、他の医療機関に於ける患者減の問題も、大いに取り上げる必要が有るわけです
そもそも、患者さんに来院してもらえない、患者さんに見放されたという現実は、社会や個人の問題など他のせいにするのではなく、当事者のそれまでの診療に悪い原因があったからです
誰がどう言おうと、それを第一番に認めなければなりません 他人の性ではないのです あなた自身の問題なのです ですから、今までの旧態依然とした医療への取り組みでは、「原因と結果の法則」である「悪因は悪果」という殻を破ることはできません このような厳しい医療環境であるからこそ、言葉は悪いですが、商売ガタキである同業者の中には、年中無休二十四時間の診療ならぬ「営業」と前面に押し出して表示したツワモノ医療機関も出現しています
これまでに余り聞き慣れない患者さま、営業という経営感覚は、株式会社の病院経営など、新しい医療環境はもうそこまで来てしまいました
お医者様という呼称も昔話となって、これからは医者も患者も人間として対等のものとなることは否めません 医者も患者さんも神の前に人間として対等な立場であり、ただ、医者は専門知識を深く研鑚したスペシャリストというだけのことです 言葉は適切ではありませんが、昔ながらの「お医者さま」という敬称にあぐらをかいている時代ではなくなりました 勿論、この時代の寵児ともいうべき、年中無休二十四時間クリニックの出現の是非には色々な問題も含まれていますが、経営者サイドでは頭の痛い問題かもしれませんが、利用される患者さまにとっては便利この上もないのです
コンビニエンスなど眠らない街のニーズに応えるからには、時代の先取りと言えるものかもしれません しかし、経営者の視点から見ると避けて通れない問題も抱えています それは高額な医療機器とクリニックの造作、敷金などの固定資金、賃料、水道光熱費、人件費などの流動資金を上廻る収入が、これからもずっと続くかという問題があります
次々にクリニックを増やして帳尻を合わせて行くという自転車操業では、資金繰りがいつかはショートして必ずやいずれ、停電という闇が訪れるということになりましょう
過去、著者の九軒のスナックなどは、総投下資本は銀行からの借金のみですが、四億五千万円という正に自転車操業に近いものでしたのに、倒産という憂き目を見なかったのは、肥満による高血圧性の脳出血により、兄をはじめとして親族会議により店舗全部
を自ら強制退去したからに相違ありません
この生き様の天罰ともいえる病気をしなければ、店を続けていてもいずれ資金がショートして闇が来る筈でしたが、疾病保険や親族により助けられたといっても、過言ではありません
翻(ひるがえ)って年中無休二十四時間という、このような特殊な診療形態は、誰でもが出きるというものでもないので、患者さまを増やす一番基本的な考え方を述べてみたいと思います
この一文は、著者自らへの鎮魂歌でもあるのです 病気が減れば患者は減るのは当然です 人類のためにも保健衛生上からも大いに喜ぶべきことなのですが、お金を稼いで家族を養って生活して行くには、医者というスペシャリストである上に、どうしても経営者という感覚が必須となります
病気を治療するというからには、まず、クリニック全体が清潔感に溢れた事業所でなければなりません お掃除、スリッパ、身だしなみ等、目につくものは全部です 著者が米国へ、エイズの視察に行った時、歯科の治療から、感染は発症したというケースの説明を聞くに及んでは、治すべき治療院からエイズが感染したというのは、熱にもアルコール消毒など多くの薬物にも消毒効果が認められているという、感染力の弱いエ
イズさえも、消毒から漏れ外れて、感染が不顕化されなかったというのですから実に驚きでした
こういう意味でも、清潔というクリーンなイメージが医院には大事です 最近、著者には次のようなことが起こりました 平成十五年の七月のこと、著者のクリニック周辺に大水が出て大変でした 治療をする部屋は二階ですから無傷でしたが、地下室は勿論のこと一階の受付から患者さんの移送手段であるエレベーターまで水に浸かったものですから治療室は浸かっていないのに、治療室の絨毯は勿論のこと、受付、通路、待合室の絨毯を張り替えるため
に、工事を始めるための準備期間と仮設の敷物を敷きつめた数日間を休診せざるを得なかったのです
そういうこともあって、風評被害というか、被災地を避けたいという心が患者さんサイドに働いてか、不思議なことに、当然といえば当然でしょうが、それから患者数が激減したのです
著者の処ばかりではなく、周辺の同業者の弁も同じでした このように、周辺の通勤者は冠水当時に皆、膝まで水に浸かって道を行き来されたのですから、しばらくの間、ヘドロ臭に幻滅感を感じられたのは当たり前のことです
かく言う著者も、博多駅の地下街には最近、数ヶ月振りに訪れた位で、それもヘドロ臭は、もう消えたかなという疑心暗鬼の感情が働いたのですから、被災地を避ける地域感情も良くわかります
というわけで、最近になって、やっとボチボチ患者さんの足が戻って来たかな、という感じなのです 水害に被災し、またアメリカへのエイズ視察により、これまで以上に、清潔という衛生の重要性が実感として感じられるようになりました 次に、クリニックでの説明が、必要以上に患者さんへ不安を与えていないかということです 最近の世情の傾向として、患者さんへ病状を良く説明して、理解を得るというインフォームド・コンセンスは当然のことですが、ドクターや看護アシスタントの一言が、患者さんに余計な不安を与えていることがあります
「過ぎたるは及ばざるが如し」といいますが、著者のようにダンマリでは困りものですが、喋り過ぎは金(きん)ではなく、銀になる場合も多いのです
更に、マイナスばかりを強調した説明は不安も倍増します 著者の経験では、アシスタントが神経質で神経が細い人の場合は、器具の受け渡しなど心が良く届いて、患者さん受けも良く重宝しますが、患者さんとの受け答えにマイナス思考が知らず知らずの内に出て、治癒経過が余りよくない場合が見られます
「笑う角には福来る」といいますが、ドクターや介護アシスタントと、患者さんとの間に笑いが漏れ出るときは、不思議にも治癒経過などの予後が良いことを三十五年間の治療経験から実感しています
人は十人十色というように、甘えん坊で依頼心の強い人、小心者、潔癖症の人、怖がり屋、神経質な人、頑固で人の言うことに耳を貸さない人、大雑把で何も気にしない人、我慢強い人、何事にも動じない人など様々です
特別な例として、方角、風水、占いに凝(こ)る人、宗教的な特殊な見解を持っている人も世の中にはいられるのですから、基本的には、不安を取り除く説明もプラスして説明したいものです
次にクリニック側、つまり医院サイドの押し付けではない、患者さんが求める目線、物差しをどう持つかを述べます 患者さんの本音です 自費診療以外の、保険診療をご希望の場合は、概(おおむ)ね、治療は簡単に回数も少なく、治療費も安価に、というのが一般的な考えでしょう
特にこのようなご時世では、痛ければその場しのぎの応急的な治療で終わりたいというのが多くの患者さんの気持ちと思います そうかというと、高額なインプラントという人工歯根を基本的に希望の方もいらっしゃいます 著者の知り合いのお母さんは、インプラントと審美性の高い被(かぶ)せモノにより、四百万円の提示(コンサルテイション)を受けたので、高いかどうかという相談でした
著者の方で、もっと安価にできるならばという本音が見え隠れしていましたから、インプラントと審美的な被せモノは、保険外診療であり、術者の技量、医療設備、顎に埋めるインプラントも輸入品、国産などメーカーにより価格もマチマチなので、各クリニックで
独自に治療費設定は決められるというのが現状です
ですから、それが高いか安いか著者には判断できませんと、申し上げましたが、要は、患者さんへの施術方法と、術者に対する満足度や価値観の問題なのです
次のようなことがありました 著者が東京で研修していた時代に、著者とカー・ラリー仲間の、学術本も出していられる高名なナソロジスト(噛み合せ専門医)の歯科医のことです
アメリカの世界的に有名なナソロジストから、彼への紹介患者である米国在住の実業家は、往復の交通費もばかにならない上に、一千万円余りの治療費にもかかわらず、治療が全部終了した後に、彼の治療に大満足してのことでしょうが、当時の金で一億数千
万円のクルーザーを寄贈したいという申し出に、贈与税のこと、保管場所などで深刻に悩んでいたのを昨日のことのように思
い出されます
それは今から三十余年前のことで、高額な治療費の場合は、患者さんとドクターの人間関係、コミュニケーションが特に大事だということはお分かりでしょう
これには、言葉をかけるという、お喋り以外にないのです 著者の場合は、言語障害が有るものですから、脳卒中の後遺症に逃避し逃げ込んで、それを隠れ蓑にして「どうせ仕方がないのだから」、というのでは明日の光は射しません
患者さんとの会話、これ以外に有りません 会話から、これからの全部が決まるのです これは著者自身への提言です こうして、過度になってはいけませんが、医療はビジネスだと認識して、お医者さまという旧来の権威主義に固執していては、医療だといっ ても、倒産する一歩なのです 広告のこと 医療も他の商売と同じように、地域住民へ知らせることは大事です 一般の診療科目では、近くの受診し易い患者さんが対象になりますが、他院と区別し易い特殊診療科目を標榜するクリニックの場合は、特に、この病院でもこういう診療ができますという表示は、患者さんを集める上で効果が大きいのです
知らせる努力をしなければ、周辺の住民に知ってはもらえません 現代は総広告の時代といわれ、テレビも新聞もCMの花盛りです 翻(ひるがえ)って、更に、繁盛している大きい病院ほど、看板広告や表示は、通りや周辺まで見かけられることをご存知の筈です 広告費に制約のある、小さい我々のクリニックでは、最小限の広告は是非必要です 二十四時間年中無休の特殊な例では、新聞広告、チラシは勿論のこと、JR、私鉄、地下鉄などの吊り広告、バスのボデー壁面広告、駅のプラットホーム看板、コンコース広告など限りなく多いと思います
職業別電話広告は以外に効果があります 十年程前に、福岡市内と近郊で唯一、夜九時までの診療体系を著者は採ったことがあります 現在は年中無休、二十四時間が主流になりましたが、今まで勤務してくれた衛生士さんの勤務体制を壊さないために、六時までは今まで通り、著者と家内の二人で毎夜六時から九時まで対応したものですから、患者さんが待合室に溢れ、折角、増えつつある診療
方法を二年ほどで中止するという、経営感覚のなさを露呈するという結果になりました
九州一の都会である福岡にはドクターも衛生士さんも、その気になれば集めることは幾らでも可能でしたのに、毎夜の仕事疲れに手を抜いたのです
全部自分でやらなければならないという、これまでの昔ながらの経営を踏襲した誤りでしたから、事務長やそれなりの人材を登用してスタッフを募集すべきでした
父さん母さん経営は、経費はかかりませんが、経費が掛らないだけに甘えも出て、経営の拡大も進展もないのです 著者の場合は家内に、「もう何年になる、少しは身を入れて上手くなれ」が口癖になり一層の診療補助の技術向上を求めたのです 一方著者は、小さい頃から精密なラジオ製作が趣味でしたから、二度の脳卒中にもかかわらず、現在も仕事ができるというのも、ラジオ製作のお陰かもしれません
かって、脳梗塞で闘病された我が師の園頭広周先生は、半身不随であったにもかかわらず、手は上手に動かされ、筆談も可能でした これは四六時中いつも、原稿を執筆されていた賜物(たまもの)と著者は理解しています 著者自らの器用さを、家内に求めるという考えが失敗の第一番でした 暖かく見守るべきだったのに、怒鳴ったり怒ったりしたことを今更ながら反省するのです これもビジネスの風上におけぬ愚行だったわけです 家族総出の診療には、他のスタッフより特に甘えを押さえ、思い遣りが一層重要です また、当時の地場新聞には、「夕方六時までが慣例なのに、夜九時までのクリニックが現われた、いつ休憩を取られるのだろう」というような記事でしたが、現在のクリニックの、交代で昼休みも取るという診療形態の傾向性を先取りした診療方法であったわけです
元へ戻って、当然なことですが、広告は収入に見合った広告経費以内にということです かっての著者は、分院を含めて、収入に対する過度の経費をかけるという、にがい経験を持っています 予約制のこと 現代は患者さんを長く待たせて、三分治療とならないように、事前に時間を約束して、治療器具も事前に用意され、治療を介助する歯科衛生士さんのパーソナリティも適切にできる、という予約制が一般的のようです
年中無休二十四時間診療の場合は、いつでも治療が受けられるように、順番制を視野に入れておくのも、患者さんのニーズに合った方法かもしれません
著者の三十余年間の診療生活は当初から、受付さん任(まか)せの、これまでずっと予約診療を続けてまいりましたが、或るとき内科に受診したとき、ドクター自ら手帳を取り出し、患者さん全部の予約を記載されていました
そこで著者は 「どうして受付に任せず、先生自ら予約を取られるのですか」 と申し上げましたら、 「スタッフに任せて何年もなりましたが、或るとき、スタッフの都合で予約を取っているというのが判りまして、それからというものは自分で予約を確認取るという方法が何かと都合が良いものですから、この方法を続けています、治療内容がわかるドクターが予約を
取るというのが本来の姿でしょう、診療科目は違いますが、先生の場合はどうですか?」
という質問に「それもそうだ」と反省して答えに窮しました 毎日の診療に、患者さんをただ時間帯に入れ込むだけという、一辺倒の予約制は、間違いだったと気付かされました 歯科技工士さんのこと 著者が元気で酒も嗜(たしな)んでいたときのことです 隣席の人と懇意になりました その人はお酒も入って、著者へいろいろと提言されました その中の一つは、クリニックの一角に、患者さんが自由に見ることができるガラス張りの技巧室はどうですか、話題性抜群でしょうと、アドバイスされるのでした
これは二十余年前のことで、その時よりむしろ多様性を加味した現代こそ正に、必要なアイデアではないかと思うのです 歯科技工士さんの資質 入れ歯を作ったり、金属を磨いたりという手作業の器用さも、また、審美的な白い歯の色を合わせるために色盲でないことが、絶対的な要件です
現代は審美性を重視するので、センスというか絵心が必要です 長時間の精密作業のために、忍耐強さ、我慢強さの外に気分の転換も出きるという性格でなければなりません 何十年も前に、著者の許にいた技工の主任は、絵を描くのもうまく、技工のセンスも抜群でしたが、ギャンブルに凝って多重債務に陥(おちい)りました
それが原因で、夜も眠れず心療内科に入院して退職して行きましたが、当時は正法を聞きかじったばかりで、彼を助けるだけの機根もなく、いまだに心残りがしています
今に思いますと、憑依の初期でしたから返す返すも残念に思います 衛生士や歯科アシスタントさんの資質 歯科の分野は、内科などと違って生死に余り問題がありませんが、手の器用、不器用が問われる分野です 治療椅子サイドでの仮歯の製作、入れ歯のセメント合着と除去、歯石除去など修練が問われる分野です おまけに、患者さんのお口を開けていただかないと治療が進まないので、コミュニケーションを取らなければならないからといって、のべつまくなく話し掛けてばかりでもいけないのです
歯科衛生士さんは、医科の正看護婦さんのようなものであり、専門の高度の医療を修得されていますので、歯科の介護の内容も歯科ア シスタントとはその役割も自ずと違います 話は外れますが、著者のクリニックの歯科衛生士さんは、歯科の分野だけでなく、内装工事の分野でも驚くほど器用です と申しますのが、数年前に結婚するために辞められた彼女は、クロス貼りも得意でしたし、現在の歯科衛生士さん達は、フローリング合わせや胴縁を四十五度に合わせたり、コーナ合わせを驚くほど上手にやってくださいます
おまけに、一人は高所恐怖症ですが、都合のいいことに一人は怖いもの知らずですから、二人で力を合わせて著者を助けて下さいます それより以前の衛生士さんは、ワープロはプロ顔負けでしたから、原稿をよく清書して下さり、このように著者は看護婦さんに恵まれています
著者の診療経験は三十数年ですから、それまでに多くの出会いがありました いつも思うのですが、一芸に秀でた方は、何でも上手というように感じています こう言っては酷(こく)ですが、ダメな者はだめ、というのは神理です ですから、人には得手不得手は誰にも有るのですから、それを修正するのが各人の、この世での人生の使命と目的なのです 類は類をもって集まる、という同類の法則によって、器用で何でもこなす人の許には、器用な人が集まり、その反対に不器用な人が修正 のために器用な人の許に集まるということも起きるわけです その五百六十 石鹸を歯磨き剤として使う人 石鹸は体の汚れを落とすものです 安価であり、どこでも容易に手に入るので、歯磨き剤として著者のグループで使って見て、意見を持ち寄り検討することにしました 水晶ほどの硬さの歯を、長い間に磨耗する研磨剤も、石鹸には含まれていないので、水歯磨きのように使えるという皆の意見です ただ、石鹸によっては香りというか、匂いというか使用後の口中の残り香が気になるというもので、石鹸一個で毎日使って一年間位は十分にもつ、というものでした
飲み込まなければ、日常使う石鹸ですから問題もなさそうです 歯磨き専用の石鹸を、それも石鹸を連想させない、素敵なネーミングをして商品化できたらと、夢はどこまでも広がるのです 各自の責任のもとに試して見てください その五百六十一、 お口のにおいを消す人 お口の病気、つまり大きく穴の開いた虫歯や化膿した歯ぐき、歯周病などで口臭を気にする人は多いものです これらの病気はクリニックにかかり、徹底的に治療すべきです このように原因があれば、それを根本から治すのは当然ですが、急に大事な方と会わなければならないというときは、応急的な方法があります
それは台所にあるハイターやジフなどの消毒漂白剤です 酸性のものではなく、次亜塩素酸ナトリュウムや次亜塩素酸ソーダと表示したものです これの高濃度のものは膿が出ている根管もたちどころにきれいになるので、歯科治療に使われる定番なのです 例えば、低濃度の次亜塩素酸ナトリュウム製品であるハイターをそのままでは濃いので半分以下に薄めて、問題の患部によく触れるように激しくグチュグチュ、ブクブクうがいをします
この次亜塩素酸ナトリュウムは海水の塩から作られるので、安価な上に無尽蔵なのが取り得です 更に、いずれ次亜塩素酸ナトリュウムは水と塩になるのですから無害に近いといえます 飲み込まないようにすれば、問題はありません 試しにやって見て、異常があれば止めるだけの事です あくまでも、一時しのぎですから、問題の部位をすぐに受診して治療をしてください クサイものには蓋(ふた)式の姑息(こそく)的な方法は、問題解決にはならないのです その五百六十二、 チャリの人 著者の家の近くに、材木から食糧まで何でも有りの、最近話題のパワーストアーがオープンしました 二、三年前に開店してすぐ潰れた、地場のスーパー跡地を利用しての出店です これまでは、地下の修復工事のために、往復一時間余りの所を車で駆けて、朝七時の開店と同時に資材センターに入り込み、早く着いたときには、隣接の年中無休二十四時間オープンのアウトレット・ショップをのぞくのが著者の楽しみの一つでした。
そこで特価の四国源流の水二リットル六十四円(内税)の一箱六本入りの四箱を、材木を買うたびに求めて来るものですから、山
積みされた箱を前に、収納に困った家内から、いつもブーイングでした
行くたびにトランクには水の箱が四つです 車内にはシートを倒して、積めるだけ積み込んだ材木です 荷がかさ張る時は、お店のトラックを借りて運びました 車を借りると借りて返すまで二往復、三時間半を有に超えるのです やがて工事も終盤という時に、車で十分足らずの場所に新規に開店したというわけです オープンの日だけは、開店が朝の六時というのです 系列店だというのに常時朝八時開店ですから一時間も遅く、おまけに材木は遠くの店より割高で、店舗面積も遠くの店より小さいので、少しがっかりしました
でも、この日は目的が違います 売り出しの二十六吋の自転車が三千円余り、限定二百台でした 並んで三十分で完売です その熱気たるやすごいもので、平成十五年十二月中旬の小雪が時折舞う中を、新車のペダルを踏み出して一斉に乗り出す様は、不景気という文字を吹き飛ばすようでした
著者は一旦車で家に帰り、時間を改め家内に車で送ってもらい、防寒を完全にして新車を自分で漕(こ)いで帰るつもりでした ところが今日は風邪気味で送れない、タクシーでと言うので、それでは三千円余りの意味が無くなると、どうにかして車に乗せて帰ると、短気大王の著者は、車で飛び出したのです
ところが店に着いて間もなく、柱に車をゴツンでした キズが判らないほどの軟接触でしたが、キズが無いといっても事故は事故、注意が足りなかった、自分は怒ると必ず、反省させられる何かが起こると、それからいつものように後悔が始まりました
反省は二度と過ちを繰り返さないこと、後悔は、いけなかったいけなかったと何度も過ちを繰り返すことであり、反省と後悔の言葉の重みが違います
ギヤが十数段の前輪を外せる、もう一台の二十六吋の高級軽快車は、トランクに難なく収納できるのに、台湾製の「軽快車」と名を打った我が三千円ほどの愛車は、スタンドは片方の一本ではなく、昔ながらの両側から後輪を頑強に挟(はさ)んだもので、ヨッコラシ
ョッと抱え込んでトランクに押し込むと、これがまた重たいこと重たいこと、車から少しはみ出して、ロープでくくられ我が
家に帰り着きました
所定の置き場におさまると、先輩格である家族の自転車数台の間に、狭そうに並びました 我が家の隣地には、来春の四月開店予定のヘアーサロンの建設が、小雪の中で進んでいます 去年の今ごろは、我が家の四階建てのビル塗装に半年間明け暮れて、塗り終えたのがクリスマスでした 終いにはクレーンのようなパケツト車を著者が操作して、家族を乗せて塔屋へ吊り上げ「こわいこわいと家族が泣きながら塗ってくれたのは、一年前の今ごろでした
その後、この様子を園頭先生の奥様に説明していたところ、たまたま居合わせられたお嬢様のご主人が、腹を抱えて笑い転げられたのは、ついこの間のようです
それに比べたら今年の暮れは天国です ストーブの赤々と燃えた地下の内装工事ですから この内装工事の顛末を園頭先生の奥様に、どう面白くおかしく報告しょうかと考えるのです その五百六十三、 ブーイングされたワーグナーの生まれ変わり 平成十五年十二月五日、ウイーン国立歌劇場でのこと、ワーグナーの「さまよえるオランダ人」が小沢征爾氏の指揮により演奏され、会場はブーイングの嵐だったというのです
氏の人気の高さは抜群で、チケットも三十分で完売したといいますから東洋人への仕組まれたワナとも新聞は論評していたように、実力ゆえの「ヤッカミ」かもしれません
それは傍(そば)に置いておくとして、小沢氏はワーグナーそれ自身ですから、つまりワーグナーの生まれ変わりと高橋信次先生は言い残しておられ、詳細はこの正法ウエブの「生まれ変わり」の項を参照して欲しいのですが、ワーグナーは劇と音楽が一体となる
「楽劇(歌劇)」を完成したドイツの作曲家でした
小沢氏の心のうちから湧き出る音楽への情熱を、自分自身が手がけたワグナー作曲の「さまよえるオランダ人」を選んでブーイングを受けたというのは、小沢氏とワーグナーとの、永遠の生命としての機縁の不思議さを称えずにはおれません
これからブーイングの嵐が続いても、信じるところを突き進んで欲しいのです ワーグナーは生まれ故郷のドイツ伝説による楽劇を完成しますが、氏は中国・瀋陽に生まれ、日本を故郷とされるのなら、旧き良き日本の伝説や歌曲を題材として上演されても良いでしょうし、自分自身であるワーグナーをもう一歩進められても良いのではない
でしょうか
偉大な魂であるがゆえに、その自信からか、これまで小沢「天皇」だの、ご老公の「葵のご紋」などと、揶揄された一時期もあったようです が、人の世は、「火の気のない所には煙は立たぬ」というように、これを機に謙虚に反省されるのなら、過去世(生)のワーグナーを凌(し の)ぐ力を発揮される筈です その五百六十四、 お餅をつく人 十二月末、著者の義父の十七回忌を迎え、家内の実家へ車を走らせました 法要も終わり、道筋にある「道の駅」に立ち寄りました 本来は表示された看板から見ると、弁当売り場なのでしょう 俄仕立(にわかじたて)の餅売り場に、本格的な餅つき機械が持ち込まれ、いかにも忙(せわ)しく機械は音を唸(うな)らせていました 我が家にも、家庭用の電動餅つき機はあります 毎年、家で餅をつくか大晦日に投売りの価格の下がった既製のものにするかを家内と意見が対立します 著者の実家では、師走になると、家族全員で餅をつくのが恒例になっていて、子供心にも楽しい年中行事の一つでした 家内の実家では、知り合いの人に頼んで、出来上がったものを届けてもらうと言うものだったらしく、餅つきは面倒なもののようです その頃、医家の父は、事業に手を出し、それが原因で破産します 白壁の大きな二階家も人手に渡り、福岡県の外れに近い駅前に、小さなモルタルの新しい家が完成します 窓にガラスも入っていない、井戸も掘ったばかりで泥水です 餅をつく余裕も無かったらしく、その新居へ晦日に引越しして、家族全員で窓に厚紙を画鋲で張り付けます このような背景の中で、大晦日の日、母が誰もいない駅のホームに昇って行くと、唐草模様の風呂敷包みが一つ置き忘れてあったそうです それはつき立ての餅でした 交番へ届けるわけでもなく、「神様からの頂きものだ」と、家族全員のお腹の中に、収まったのはいうまでもありません それからは恒例の餅をつく度(たび)に、それを思い出しては涙でした このような思い入れがあるものですから、家内の反対を押し切っても、強引にここ数年、著者を主にして地下室を利用し、家庭用餅つき機で十キロをついて、三方(さんぽう)にお供えをします
家庭用餅つき機は、水に浸したもち米を機械に入れると、後は全自動により蒸(む)してつき上げるのです ですから、これまで随分と重宝して来ました サテ、実家ではもち米が蒸し上がると、いの一番に塩を添えて、母は父にオコワ(むし米)を食べてもらったものです ところが我が家では、最初に食べるのは奥様です 今年の暮れは夏の水没によって地下も様変わりです もう八十パーセントは内装も出来上っていますので、天井だけ未完成のまま、餅をつくことになるでしょう 昨日(平成十五年十二月二十一日)、スーパーの餅米の値段を見ると、どうも高そうです また奥様の主張を後押しする条件が整ったようです さらに餅つきに使用する器具備品は、水没によって廃棄されているかもと不安になりました ガーン、餅を載せて飾る三方も残っていません ここでパソコンのキーを打ち止めにして、肝心の物を探しに屋上の倉庫へ向います ところが、肝心な一番大事な餅つき機が見当たりませんでした 家内に尋ねると、いとも簡単に廃棄されたことを告げ、更に、男が餅つきなど、それは女々しい女のする事とニベもないのです 著者の六十年間の人生の中での思い入れがあることを、家内にはわからないのでしょう 気を取り直して先を続けます このように時間が経つにつれて、真綿で首を締めるように水害の結果である悪果が、じわじわと出て、効いてきます サテ、餅売り場の本格的な機械餅つき機のことです 少し離れた所からその様子を眺めていました もち米が蒸し上がり、お店の人が臼に放り入れると、臼の方が静かにクルクル廻って、杵の部分が上下運動を開始します 臼の回転と杵の上下運動の速度は、ツマミで自由自在のようです その様子が面白いのでしばらく眺めていますと、餅がつき終わったようで、控えていた人が総出で、アンコ入りと、そうでないのとの二つに分かれて、丸め始めました
我々素人とプロの違いは、手際(てぎわ)の違いもありますが、底の餅が合わさる部分を指先で何度も何度もつまんで、合わされた痕跡が見えないように入念に仕上げることのように見て取りました
丸め終わる頃、都合の良いことに家内が傍に寄って来ましたので、アンコ入りを一つ買って貰いました 「甘いものの食べ過ぎでは」と家内は言いたそうでした と申しますのが、その直前には遠方に嫁いでいる姉達に、共に大好きな、薩摩イモをアンコと皮で包(くる)んで蒸した、ご当地自慢の「いきなり饅頭」を、送りました
冷凍もでき日持ちするので、一杯送りましたものですから、サービスとして頂いた、いきなり饅頭を食べたばかりだったのです その前には、法事で甘いものをつまんでいますから、甘いものの取り過ぎ、というわけです それもそうだと思いながら、更に車の中で、先ほど買ったアンコ餅をペロリでした 酒もタバコもやらない著者にとって、健康に良くない甘いものの摂り過ぎは、血糖値を上げるし、歯や歯周にも悪い原因をつくって、ご法 度(はっと)なのです その五百六十五、 リビヤのカダフイ大佐に会った人 正法に縁をつけられ、高橋信次先生に面会されたこともあって、「太陽の〇〇」という会を主宰されている人で、俳優の中丸忠夫氏の奥さんの薫氏は、お父さんが明治天皇の落胤で、国際的な外交家としても活躍されている方です
彼女は著書の中で、大佐との語らいを著述されています また、彼女がアラビヤの海岸で車を走らせている時、祈りたくなって砂浜に額ずかれたら、気がつくと高価な装身具が不思議にも消えてしまいます
そして天から「あなたには宝石など相応(ふさわ)しくない」と聞えて来たと言うのです 高橋先生が亡くなる数ヶ月前の和歌山・白浜の研修会のビデオでも、長々と講演会場の彼女を映していますが、或るとき高橋先生を訪ねられると、彼女がアラビヤで体験されとことを説明されるより一瞬速く、先生は「アラビヤでは、大変でしたね」、と告げ
られたというのです
更には、傍に同席されていた園頭広周先生が、「いずれフリーメーソンの問題を解決しなければ」と意見を述べられると彼女は、国際通の立場からか「今は言わないほうが良い」と進言されたというのです
サテ、三十数年もの独裁者であるカダフィ大佐は、各国の核問題の放棄をテントの中で、CNNのインタビューにて提唱したと新聞は報 じ、その波紋は北朝鮮も、イスラエルも、核問題を打ち消せというウネリが広がっています その五百六十六、 眼鏡(めがね)美男子 著者は、中学高学年からメガネをかけています 曇天の日の学校での検査のために、見え難(にく)かったのと、メガネをかければ、男前が少しは上がるかもというものでした 数十年前のメガネでも度が合いますから、ほとんど進行していないようです 近視ですから、近くのものを見るときはメガネなしでも平気です 眼鏡は一五五一年のこと、フランシスコ・ザビエルがそれまであった「鼻眼鏡」を献上品としたもののようです ところが、日本人は欧米人に比べ鼻が低いものですから、鼻で留(と)められず、耳に紐で留めるようになったというのです このように現在のようなメガネの原型は、日本人の切羽詰(せっぱつま)った知恵の賜物(たまもの)というのです その五百六十七、 プラセボ効果の人 プラセボというのは、病も気からというように、色も形も味も同じで、効果のないものを本物の薬剤と偽(いつわ)って治験すると、本物の薬剤と似たような効果を表すというもので、プラセボ効果といいます
このように、人の気持ち、感情、心も同じです 思い遣(や)りのある心優しい言葉は、心の痛みを和らげ、安らかにして生きる喜びを与えます でも、同じ言葉でも語気の強いギスギスした語り口は、言葉は光の粒子というように、発信者から聞く人の許へ勢い込んで届きますが、相 手が反発して聞く耳をもたないと、その人の周りに、言葉の粒子がポタポタ落ちると高橋信次先生は教えられました その五百六十八、 聖徳太子という人 聖徳太子が有名なのは紙幣の肖像画だけでなく、今から約千四百年前、推古天皇の摂政として、若いのに抜擢され、多くの業績を上げました
どうして突如として、こういう人が現われるのかと申しますと、これを天上界の布石、配材といいます 天は、時の流れとして、目的と使命のある模範になる人を、この世に下すのです 実は、この方は七大天使の一人パヌエルという法律、律法を担当した光の天使なのです その五百六十九、 三代将軍家光なる人 更にもう一人、徳川家光は七大天使の一人、ラグエルです この方は、光の天使・家康は天下を統一して三百年間の平和の礎(いしずえ)を築きますが、家光は、家康の間違った政策を根本的に改良するために後の地ならしとして出ています
家康は、今生が俳優の長谷川和夫として生まれ変わったと高橋信次先生は言い残されました その五百七十、 アミノの式の人 清涼飲料の本年は、アミノ酸のひとり勝ちだったそうです その中の一つは、「こんな運動しなくても♪」という梯子(はしご)に体を水平にして登るなど、あの奇抜なCMをご存知でしょう 有名メーカーのものです あんな大変な、酷(ひど)い運動しなくても、これさえ飲めば脂肪の燃焼を促しダイエット効果抜群ということのようです でも、このような「もの」にお金を出してまで飲まなくても、水を飲んで、毎日の食べる量を減らして適度な運動をすれば、食費も少なくて済み、病気知らずという自然の根本原理を忘れてはいないかということです
生きていくためには、新しい研究をして、売れる商品を世に出していくことは大事なことでしょうが、消費者も人頼みするのではなく、自己 を確立して自分なりの見解を持つということも大事なことなのです その五百七十一、 水をガブ飲みする人 著者はこれまでの実体験の中で、酷(ひど)いノドの乾(かわ)きを経験しています というのは、二度の高血圧性の脳出血で病床に着いた最初の時です 体重は九十キロ強、血圧は上が百八十、下が百です 血糖値が二百三十強あって、再度の出血を危惧して、主治医に捕水制限を命ぜられて著者は「水を、水をください」と唸(うな)っていました
水分を取れば血圧を上げるという配慮から、当然な処置だったと思います ところで、高血糖値を示す糖尿病は、ノドが乾くので知られています 糖の取り過ぎ、栄養を取り過ぎるものですから、体は、生体の反応として栄養を薄めるために、水を欲しがるのです 汗をかいたから水分を補給するということと理屈は同じです 汗を過度にかくと、体から水分量が減って、いわゆる血液は濃くなりドロドロになります そこで水を飲むと血液はサラサラになって自然です 風邪を引いたら水分を補給しろ、ということと同じです 風邪は万病の元というように、睡眠不足、夜更かしと遊びすぎ、酒の飲みすぎ、食べすぎ、働きすぎ等、無理、無茶をしたために、体の生体バランスが崩(くず)れているために、バランスを元通りにするために水を多く飲みましょうというのです
体を浄化するのは薬ではない、外でもないただの水です、水分なのです 薬なんかではない、ただの水です 一番安価で、どこでも手に入る水が体の浄化に効果が出るように、神様はおつくりになっていると思うのです さすがに神様の配慮にひれ伏したくなります ですから現代日本のように、飽食傾向の場合は特に、水をガブ飲みすべきです 次は、一つの検証です 著者の家内は、現在五十過ぎですが、いつに変わらぬスリムな体にしては、結婚当初からお茶や水分を驚くほどよく飲みました 現在もまた同じです そして、よくお手洗いに立つのです 体内の浄化が良いのか、著者にとつては羨(うらや)ましい限りですが、血圧もかなり低めで、これといった病気もしたことはなく、著者の看病ばかりと、こぼすほどです
これは身近な一例ですが、これまでは著者も水道水を直(じか)に飲む気がせず、お茶か清涼飲料水だったのに、今回の大水により地下の貯水槽が汚染されたのを機に、ミネラル・ウオーター一辺倒になってしまいました
都合のいいことに、二リットル六十四円の四国の水が安価に、容易に手に入るようになってからというものは、気軽に飲める
ようになってからはガブ飲みしています
(平成十六年十月現在、家の近くの二十四時間スーパーには、サービスとして米NASAが開発したという浄水が、買物をす
る人には一日に三・八リットルが無償というのがあって、大変重宝しています
我が家では飲料水として一日に三・八リットルを完全に消費します)
それからというものは、毎日毎日、仕事の合い間に、また仕事が終わってから地下室の改装工事に明け暮れて四ケ月になりますが、体 をよく動かす性か、家族も驚く位いに風邪も引かず元気そのものです その五百七十二、 アルカリ水を飲む人 一時期、市販されているボトル入りのアルカリ水をしばらく飲んだことがあります 飲み続けているうちに、なぜか次々とノドの渇(かわ)きがひどくなるのです 最初の内は、こういうこともあるのだろうと諦めていましたが、子供も同じように言うものですから、これはおかしいぞと、二週間飲んで中止しました
それで、普通のミネラル水に代えるとピタリと直りました 医療人ですから、これで終わりません そこでまたミネラルを飲んでみると、てき面に同じ症状が出ました 降圧剤の性かなと考えるのですが、子供は飲んでいません 著者は、降圧剤以外にはビタミン剤を一ヶ月に二、三錠飲む程度で、本来、薬嫌いの部類に属するといえます その五百七十三、 医療機関の株式会社化を進める人 近い将来には、株式会社〇〇総合病院というのが現われそうです 医療というのは、一面では慈悲と愛の、非営利のボランティアに近い側面を持たければいけません 急患が出れば深夜であろうと、早朝であろうと、雨や雪が、降っていようと何をさておいても、急患第一というのが、よき時代の医療でした 現在はコンビニやドラッグ・ストアーでは、二十四時間、年中無休で大抵の医薬品は手に入る時代です このような医療環境の変化と、交通の便や子弟の教育のために、医師が都心部に住む傾向は、ますます加速されています そういう著者も、九州一の駅前に住んでいますので、大きな事は言えませんが、医師には慈悲と愛深い人を選抜して生み出して行かねばなりません
ましてや、利益追求に傾斜する株式会社化は、物を主体とした唯物意識(唯物論)の最たるもので、唯心論を理想とする医療(医術)にとっては、お金だけの原理はご法度なのです
医師に売り上げノルマが課せられ、高額医療に顔を向け、点数それ一辺倒の傾向や、内装や調度品に眼を向け豪華になることと、医療水準の向上とは別物であることを胸に刻まなければなりません
医療がモノとお金に走り過ぎると、とんだしっぺ返しを受けることになる筈です 医療は、病める人に暖かい手を差し伸べ、病気が治る手助けをすることです 更には、宗教人となって心を癒し、同時に死をも看取(みと)るものと変化しなければなりません その五百七十四、 落選した自民衆院の大物Y氏 年末の医会勉強会の忘年会に、来賓としてY氏が参加されました ここ数年、例年は奥様と秘書の来席でしたが、久々のご本人の参加であった 挨拶の中でも「衆院からもう参院かと批判もありまして」、と来年の参院選の問題を含めて、慎重な言い回しをされたというのが著者の実感でした 百人足らずの、勉強会の同士の席をくまなく頭を下げて廻られていたのが印象的でした 同じく落選された、もう一人の自民衆院O氏の秘書は「次期衆院選へ向けて・・・」と挨拶されていたのが対照的でした 県議の大物氏は、「Y氏には参院全国区で出てもらう」と意気軒昂でした 彼は、もう世間の批判は十分に受けています 出きたものは仕方がないのですから、過ちは二度と絶対に繰返さないと心から反省をして、「女好きのYでございます」と公言して、堂々と歩くのが彼の道なのです どんな過ちでも、二度と繰り返えさなければ許されるというのが「心の法則」です 氏から「近未来政治研究会 会長 Y」の肩書きの名詞をいただきました かって、園頭先生がご健在で、国際正法協会の志賀島での道場開きの前、先生の命で、著者は彼の事務所へ、彼宛のお手紙を出したことがあります 事務所が渡さなかったのか、彼が無視されたのかわかりませんが、音沙汰(おとさた)ありませんでした 今となっては懐かしい園頭先生との思い出です その五百七十五、 園頭広周先生のご遺族 平成十五年の年の暮れ、先生の奥様へ年末のご挨拶に、家内と一緒に伺いました 先生の長男氏も帰郷されていて、こまごまと親孝行の最中のようでした 奥様とのお話の前に、長男氏とお話をさせていただくと、彼は、出光の研修所の教官として研修所を巡られ、だんだん九州へ近づいて来ているということでした
「父が出光へ行け、出光へと勧めるものですから受けたら内定を得て、大学の終期は遊びでした」 と笑っておられましたが、創業者の出光佐三氏は、桐野利明の生まれ変わりで、西郷隆盛は園頭広周先生と高橋信次先生は言い残されていますが、桐野利明は西郷隆盛の薩軍の参謀でしたから、部下の興した出光へ、西郷隆盛の生まれ変わりである園頭先生が息子さんを託された
のは、あながち偶然とばかりは言えなかったのです
あの北海道の出光大火災の後は、手分けをして周辺住民へお詫びのご挨拶に廻らせて頂きました、と話されている脇から奥様が、「大男の息子が体を二つに折って詫びる姿を想像すると「その役は、うってつけ」、と和(なご)やかなものに包まれました
更に、長身であるだけに、先生と息子さんがお互いに悩みも同じであったことや、長身ゆえに人を見下ろしがちな態度を先生から諌(いさ)められた事 などを話しておられましたが、容姿といい、雰囲気といい、息子さんも加齢と共に先生と似てこられて、先生本人を前にしているようでした その五百七十六、 ペット愛好者 師走の街を自転車でうろついていますと、二つの新築中のマンションの看板に「ペツトの同居も」という案内がありました 著者も犬大好き人間ですから、我が家でも飼おうとしたことがあります ただ、隣地のアパートに迷惑をかけてはと考えるのと、患者さんとの衛生上の理由により憚(はばか)られますが、著者の亡き兄が無類のペット好きでしたから、里を訪ねる毎に、あの脱毛の後始末は並大抵ではなかろうと躊躇してきました
唯一、室内で飼っていない兄の愛犬、セントバーナードのことです あのスイスの遭難救助犬は、首に急救薬やビスケットなどの緊急食糧を下げ、遭難者の体温を暖めるためにフサフサの毛を擦り寄って人命を助けるというアレです
ビル四階の屋上に飼っていた、丸々と肥った大きなセントバーナードが、屋上から三階部分の坪庭に「ドスーン」と降ってきたそうです
まだ明けやらぬ早朝ゆえ、何事が起きたのかと一家は騒然となります 幸い犬も大事には至らなかったようですが、それを聞いてからというもの、我が家では地面で飼う場所も無く、当然ながら屋上で飼うことになりますか ら、それを考えると二の足を踏みます その五百七十七、 ガソリンを入れる人 車を利用する人は、軽油にしろ混合油にしろ石油を使います 著者も、高校時代に人の車を無断で乗り回して、それも無免許でしたから、車の窃盗罪で警察にやっかいになりましたが、大学入学と同時に免許を取りましたから、もう三十数年の経歴です
車もいろいろ乗りました ワゴン車、ジープ、トヨタ・センチュリー、クラウン、ベンツ、ニッサン・サニー、マツダ・フアミリヤなどです ところで、現在、ガソリンが九百五十二円に対して、ガソリン税が千二百四十三円もかかっているのです ガソリン本体より税金の方が高いということです これまで、総額表示のために、その真実を見逃していたというわけです これというのも、一九七四年のオイルショック以来、二年間の特別処置として税が倍増されたものがキッカケとなって、こうなったのだそうです それにしても驚きでした この経済の悪魔・オイルショックは日本中を震撼とさせました 著者の、ちっぽけなビルもオイルショックのために、請負金額の筈なのに総建築費の一割を請求されて驚いたものですが、トイレットペーパーだけではなく買占めのために、脱脂綿が手に入らない等困りました
それが沈静化し始めると、今度は逆にトラック一杯の脱脂綿を売りつけに来るという強(したた)かさなのです
その頃のことです 石油がない、手に入らないと騒いでいた最中のことです ある人の案内で、外観は窓もついている普通の大きなビルへ入りました すると、普通のビルなのにトラックも乗る大型エレベーターで、オイルのドラム缶が大量に次々と運び込まれていました 見てはいけないものを見てしまった、という気分になりそうな買占めの現場に出くわして、唖然(あぜん)とした経験は、忘れ得ぬ我が人生の悪夢の一 つでした その五百七十八、 紙幣をつくる人 紙幣の価値は、日本という国の信用力でなりたっているのですが、紙幣の単価、つまりコストは、一万円札が二十八円、五千円札が二十六円、千円札が拾八円なのだそうです
人は刷り出すだけ、国は儲かるように考えがちですが、戦時中のような世情不安なときに、いくら刷り出しても、国内では通用しても、外国から見た貨幣価値は無いに等しいのです
金貨ですと、ゴールドの純度によっては金属価値がありますので、それなりの価値が出てきますが、紙幣に至っては、ただの紙くずですから、その国の経済的な信用力にかかっていると言えます
著者が中国を訪ねたとき、貨幣・元のお釣りを貰うとき、日本では見かけたことも無いような、考えられないようなヨレヨレに汚れて、
破れた、それも触るのを躊躇したくなるような酷(ひど)いものでした
さすがに高額な紙幣は流通頻度が薄いのか、それなりに綺麗ですから、買い物をして、おツリとして小まめたくない気分になりました その五百七十九、 今日は平成十六年一月一日です 新年、明けましておめでとうございます 春のような麗(うら)らかな、晴天に恵まれた新年を迎えました 皆様如何でしたか? 元国際正法協会の道場のあった、志賀島を訪ねました この道場用地は、著者が見つけ出したものであるだけに、それなりに、いつまでも気がかりになります 先ず、園頭広周先生とよく食事をした、海に面した思い出の和食の店を横目に車で通り過ぎました それから志賀海神社の五十段ほどの石段を登り、本殿に参拝すると、参拝客は二、三十人でした.(平成十六年七月から八月に掛けて、二度この石段で、夜の十時過ぎに「心行」と「感謝の祈り」を読んで禅定しました)
酒造元から奉納された、こも樽(たる)からマス酒を振舞う中を後にして、裏参道から抜け出て、志賀島と福岡市を三百六十度、一望に見渡
せる絶景の志賀島展望台を訪ねました
ここは、いつの日か園頭先生に講話をしていただこうと考えていた、著者一押しの取って置きの場所でした 「ドカン、ドーン」とイノシシを追い払う雷音を尻目に登って行くと、犬を連れた老夫婦の四人連れと出会いました いつもは車でアッという間ですから、距離感がなくて、想いのほか遠いのです 標識を見誤ったのかと訝(いぶが)しがる程でした でも、これもリハビリのために、と目的を持てば何のことはありません 携帯電話の電波強度はフルレンジで良好です 一時間余り歩いて、八朔(はっさく)と思(おぼ)しき果樹園の脇を通ると、無性にのどが渇いて、一つ?(も)ぎりたくなります 元道場用地には夏みかんの木が数本あって、先生に無断で何度も食べたものです 八朔らしき果樹園の横にあるバイクのラフ・ロードの練習場には、さすがにお正月らしく、一台も轟音を轟ろかせてはいませんでした こうして、目的地に着いたのは五時を少し廻った夕暮れです 一人で家を朝十一時に出て、志賀島への道沿いの出来たてホヤホヤの、大型のショッピング・モールを視察してから、人工島を経由して志賀島へ向いましたから、かなりの時間経過です
人工島が完成してからはウソのように、それまでのような渋滞も消えスムースでしたから、徒歩で展望台をアタックしたのが間違いでした 人工島は、つい最近完成したばかりで、樹木問題や、宮崎という漫画家問題で揺れていますが、 「これが出来れば、道場は断然便利になります」 と、先生へ熱く語った、あの日のことを懐かしく思い出しながら、目的地の展望台に上り、人工島と周囲を見廻して五分間で済ませ、もと来た道を帰り始めました
帰りは下り坂のため転がるように駆け下りて、三十分もせずに車を置いている駐車場でした 転んで骨を折っては、正月そうそう困りますから、例の如(ごと)く 「大宇宙大神霊・仏、諸如来、諸菩薩、光の天使、我が守護・指導霊よ、我が心に光をお与えください、安らぎをお与え下さい、一切の魔よりお護りください」と、心に念じて注意深く急ぎました
人は、事故やケガを防ぐために、御守り代わりのように念じます 基本的には、念じて加護をお願いするのはかまいませんが、車を暴走させておいて「お守りください」と無事故を願うのは本末転倒なのです 加護をお願いして、細心の注意を払って走行していると、不意の事故に遭遇しないという祈りの本質を忘れてはいけません 「どうか受験に合格しますように」、 というのも、しっかり勉強を怠らないと、つまり自助努力していると、念ずるという他力の力が働いて、思わぬ解答が出来て合格レベルに到達でき、合格通知を受けるということになります
全て、この基本を忘れてはなりません サテ、先を続けます 夕刻六時に旧道場を車から見ると、明かりは点いていないものの、門は開け放たれていましたから、新住居人の幸せを祈りつつ、旧道場を後にしま したが、この日、園頭先生のお嬢様より、国際正法協会の、閉会手続き完了も知らせる年賀状が届きました その五百八十、 この年初めには、時間つぶしのために幾つかの神社を訪ねました 除夜の鐘が打ち終わって、新年早々出掛けたのは家の近くの櫛〇神社です 新年の参拝客が二百メートルの長蛇の列でした そこを横目に見て、道沿いに三百メートル離れた名刹・長〇寺です 除夜の鐘を一般客へ撞(つ)かせた後のため、灯りを落としている最中でした 次はそこから三百メートル先の〇〇寺です 十人ほどの参拝客でした 一月四日の夜のことです 新年早々、元道場の視察は先に述べましたが、その日に廻るようにしていた宗像大社と、そこから十キロほど離れた宮地獄神社へは、時間が遅くなって行けませんでしたから、四日の夜に訪ねました
夜十時の大社は、こんもりとした森と静寂に包まれ、参拝客は十人ほどで、そのたたずまいは威風堂々とした風格がありました そこから車で十分の宮地獄神社は、私鉄駅に近い街中にあるためか、商業化され煌(きら)びやかで、夜の十一時だというのに、参拝客は十五人ほどでした
いずれの大社、神社にしても、著者の初詣では頭を下げて、 「大宇宙大神霊・仏、諸如来・諸菩薩・光の天使、万民に光をお与えください、魔よりお護りください」と、ただ祈るのみです 昨年の元旦の大宰府は、延々と続いた長蛇の列の一人となり、鼻もビシビシ大変な想いをして参拝しましたので、もう充分であると、今年は止めにしました
新年は気分が改まり清々(すがすが)しくて、いいものです 皆様の今年一年は、各人の「原因と結果の法則」「因縁の法」「因果律」「善因善果、悪因悪果」により様々でしょうが、皆様のご多幸を祈ります その五百八十一、 お正月の人 今年の初詣では、全国的に例年より多かったそうです 年末のジャンボ宝くじは、売上は百三十一億円の減少ということです 著者も九千円に賭けましたが、いつものように外れました 著者の目的は、正法の「インターネット放送局」を立ち上げる資金にしたいのです 高橋信次先生と園頭広周両先生の説かれる、正法の講演や説法が何所でも何時でも聞けるのです 著者の使命と目的が不純でなければ、そのうちに叶う筈です 本業の儲けでそれを賄うのか、宝クジかは、神のみぞ知るのです いずれにしても、正法が遍(あまね)く世間に行き渡るのです いつかその内に実現します その五百八十ニ、 地下室の人 大晦日からお正月にかけて、天井の張られていない地下室にベッドを持ち込み寝起きを始めました それも家族の 「そんなに地下が好きなら地下で寝すんだら」 という、他愛(たわい)のない一言からでしたが、内心は、これで小言を言われずに済むという逃げでした 床はフローリングが張られ、壁も全部フローリング用の木材を使っていますから、いつ何時大水が襲ってきても、クロスのように無残に剥がれるわけでもなくホースの水でジャブジャブ洗えば良いだけのことです
トイレも付いたワンフロアーです 天井には、仮付けの総三百ワットの蛍光灯類です 電球は電気消費を押さえるために、一個もついていません 電気カーペットも広さを考え二つも持ち込んだものの、電気代を考えると試験的に使った以外は使っていません ガスストーブも一時的なもので、ガス代を考えると専(もっぱ)ら、灯油のフアンヒーターです テレビは大型と小型の二台を使い分けています お正月はバラエティ番組も多く、あちらの番組、こちらの番組と二台を同時に見るのもいいものです ベッドの上に仰向けで寝ると天井材の張られていない軽量鉄骨の軽天フレームが剥(む)き出しになって気になるかなと思いましたが、案ずるより生むが易(やす)しというように、寝すんでみると、気になりません
やがて一週間ですが、、ただ困るのは、地下室のため外光が差さないので、いつまでも眠って困るという悩みです 唯一の頼み綱は、トイレに立つなどベッドを離れるとき、必ず時計を確認しなければいけないことです でもトイレが深夜ですと、「まだ早すぎる」と寝込んでしまいます そういう訳ですから、その内に、電気部品屋さんからソーラー部品を求めて、夜が白々と明け初(そ)める頃に感知して、夜明けと共に地下の電球が光度を増すというのを自作しょうかと考えたり、この世は考えることが一杯あって楽しいのです
誘導灯も蛍光灯ですから、これが唯一、地下室の電球となるのでしょうか 駅前ゆえに街灯が防犯のために満開ですから、感度の鈍いものにしなければならないでしょうか ケセラセラです その五百八十三、 長寿の人 名古屋大学の内科の林先生は、こう言っておられます 人間の一生の心拍数は、安静時なら十五〜二十億ほどで、活動時なら二十三億(拍)というのです 寿命(分)=二十〜二十三億(拍)÷一分当たりの心拍数 の式が成り立つというのですが、解りやすく申しますと、心拍数が九十拍ですと寿命は約四十五年、五十拍ですと約七十五年ということです この式がどうかは別として、ハーハー、ドキドキ、慌(あわただ)しい鼓動を打つ生活行為を続けていると、高血圧、動脈硬化など循環器障害を引き起こすので短命というのは、説得力があります
高橋信次先生は、これを「自己保存の怒りの心」と申されましたが、適度な運動による心拍数の増加は、逆に心の正常な活動を高め、寿命を引き伸ばすというのです
すべて、ほどほどという中道の生活行為です その五百八十四、 禁煙の人 世界的に禁煙ムードが広まっています ニコチンは習慣性になって、ひどい場合は依存的な中毒症状を呈します 著者の父は、いわゆるヘビースモーカーではなく、六十数年間の喫煙人生で、医家として八十歳を前にして亡くなりましたが、健康上の理由から一時期、禁煙をしました
そのときの父は、禁煙をして十日頃から禁断症状として、口からヨダレを垂(た)らして苦しんでいたことを思い出します それからの父は、断煙とまではいきませんでしたが、吸う本数が格段に減らしています そのとき著者は、生理的に求めるニコチンの習慣性とは、これ程までにひどいものかと心に焼き付いたものです 著者も二十歳(はたち)前から面白半分に喫煙を始めて、三十歳位で禁煙、断煙していますが、二十代半ばには、今は亡き兄に「煙突」と揶揄(やゆ)されるくらいに吸っていました
著者にとっては、十年間の喫煙人生ということになるでしょうか 吸い始めたのも他愛無(たわいな)いものでしたが、断煙したのがこれまた、博多の中洲という花街で、スナックなどを両手の指の数ほど店を開きましたが、医家では誰もやらない、誰もやれない好きなことを始めるからには、皆が「禁煙できない、断煙がやれない」というタバコを止め
てみようという極めて単純な発想からでした
止めると決意すれば、止めれば善いだけのことです ただそれだけです 口淋(さみ)しいときは、火のついていないタバコを本当に吸っているような仕草や格好をしたものです もう止めて三十年にもなり、その間には二度の高血圧性の脳出血を起こして闘病していますが、この病気は禁煙を医師に宣告されるのに、もうその時はタバコを吸っていませんでしたから、その点で言えば楽なものでした
ですから著者に言わせれば、禁煙や断酒を口ずさむ人に限って、それをやれないのは、心の底には、つまり潜在意識層には、四の五の言っても「止めたくない心、止めようと思わない心」があるからと言いたいのです
断煙はもう三十年ですから、ご褒美を自分自身に与えてもよいでしょう 禁酒は、八年ですから完遂までもう少しです 女性関係も絶って七年になりますから、宗教人としては、自分を律するという意味でも合格点かもしれません 最初から吸わない、飲まない、やらないのも立派ですが、好きなものを止めるというのは、それに近いくらい立派と思いたいのです 現在の著者の楽しみは、正法を広く万民に知らしめることです そして、法雨に打たれて、想いっきり神の慈悲、愛に泣くことです その五百八十五、 小学校の先生 先生の行き過ぎということで、教育委員会から厳重注意や処分を受けるというケースが多く出ています 先生の行き過ぎも、勿論いけませんが、若い親も甘やかされて育ち、甘やかされて育った子供と親の両方に、原因を見ることが出来ます 先生方の中には、これまで日教組という組合組織の中で、赤旗を振り回し権利のみを追求するという姿勢もありました 権利に対峙するところの、子供は手取り足取り教育しなければ、放っていては人間として育たないという、教育の大切な義務感の喪失も感じられたものです
この原点を放棄されたことが廻りまわって、巡りめぐって子供の家族と先生方の相互の不信というか、不協和音なのです これが最近の教育界の現状です 原因があると必ず結果が生ずるという神理を、お釈迦様は「因縁」と説かれました 「因縁が深い」というのは、悪事や凶事に主に使われていますが、良いことも悪いことも全部、「したようになる」つまり善には善が、悪には悪が生じるのです
「因」、つまり、その元となるものがあるから、それを「縁」として、ものごとは生ずるという意味です これを現代の言葉で言い換えれば、「原因と結果」、「因果律」、「善因善果、悪因悪果」という法則です 法則というからには、一つも例外はないということです 一つも例外がないから、神がつくられた理(ことわり)という意味から、「神理」または「真理」といっています ですから、現在の教育界の混乱は、これまでに為されてきたままの結果というのなら、これから先、時間を掛けても一つ一つ修正をして行かねば、一足飛びには解決しません
解決するためには大変な時間を要するということは、これまた、有難い法則なのです すぐに解決するのなら、「アー良かった良かった」とノドもと過ぎれば熱さ忘れるので、真の反省にはなりませんから「ギャフン」といわせて経過、事の成り行きを見守るためには、時間を要することになります
人間は知的生命として、この大自然の、この大宇宙の調和を神から任されているのですから、人間を人間たらしめる教育こそは、何よりも優先され尊ばれなければなりません
もう百年もすれば、他の天体に鼻が高い、背が高いという違いはあっても、地球人とまったく同じ容姿の人間が証明されるのですから、他の天体の人間に負けないような、立派で誇れる地球人にするために、教育界は自覚して欲しいのです
人間は猿から進化したものではありません 猿は猿です 少しばかり人間の真似ができても、所詮は猿です 人間はあのような下等なものではありません 人間の魂の中には、潜在された過去の人生体験(パラミタ、パニヤパラミタ、生まれ変わり死に変わりの人生体験における偉大な智慧)を皆、持っているのですから、人間が猿の進化したものかどうかは、各人が証明できる筈です
進化途上の頭蓋骨や骨といわれるものはみな、猿や類人猿の骨です 進化論にダマされてはいけません 進化論はここ百年ほどの中で、天上界の困りものナンバーワンなのです 万物の霊長の人間は、これまで神の子といわれるように、神の小原型なのです そのために、人間は物を創り出す「創造」という才能と、調和という万物の融合、融和という精神作用と、更に、生まれ変わりする永遠の生命体ということを知っているために、向上という明日への黎明を期待して、留(とど)まることを知らず前進するのです
話は横道にそれてしまいましたが、教育者に於いては、人間を教育するからには、この問題を避けて通るわけにはいかないので、くどくどと述べました
先生方には、甘ったれの子供と、徒党を組んでわめき散らす程度の低い母親に囲まれて一時期は大変でしょうが、一番大事な教育という生業(なりわい)を本職として生活されている以上、信じるところがあれば、萎縮することなく堂々と意見を闘わせて、教育現場を囲む全員に、「こん
な子供に誰がした?」と家庭教育の反省も促(うなが)して欲しいのです
また、そこに巣くっている我関せずの無関心な父親も引きずり出して、修正を願いたいのです 更にこれからも、素晴らしい先生の人材を集めるためには、給与をポンと引き上げるのです と申しますのもこれから近い将来には、活動的な動物ではないところの、静かで穏やかな植物の細胞を利用した、人間性を判断する「人格測定器」が利用されるようになり、慈愛深い先生が自動的にチェックされるようになりますので、高給与はそれからでも遅くはありません
そして、この機器が完成すると、教育者以外に、戦争を煽(あお)り私利私欲の政治家、儲け主義に走る医者、弁護士、裁判官は特に厳しく判定されなければなりません
もうこうなると、情実、氏素性、コネなど通用しない人格本位の就職戦線になるのです その五百八十六、 携帯電話の人 アメリカの音声生理学者グラハム・ベルによって電話が発明されたのは一八七六年です その後トーマス・エジソンによって実用化され、自動車電話、ショルダーホン、携帯電話へと変遷して、携帯電話は今や各社が競って多機能、付加価値の花盛りですから、ベルさんもあの世で目を丸くしているかもしれません
ところが、カメラ付き携帯電話は今や盗撮の元凶なのだそうです 劇場や美術館はもとより、書店での本の盗撮は形を変えた、いわばデジタル万引きです 更に、腕時計代わりにする、会話は親指でメール、蚊が嫌がる音波を発信して撃退する蚊取り線香機能付き携帯など、当時は携帯も九百グラム、最近は七十グラムを切るのも現われ、一昔前までは考えられもしなかったことが現実になるのですから、これからはもっとビックリするよ
うなことを思いつくのでしょうか?
空恐ろしくなります 医会でのこと「解像度がもっと上がってくると、口の中を写し出して虫歯の検診を依頼する輩(やから)が出て来るかもナ」 すると脇から「捨てた男の一物を、腹いせに画像でふれ回している女がいたらしいゾ」 もうこうなると、ガゼン現実味を帯びてきますデス その五百八十七、 新幹線の人 昨年の秋に新幹線品川駅が開業しました 一時期、東京で三年ほど使っていた愛車が品川ナンバーでしたから、何となく他人(ひと)ごとではありません。が、同じ国内でありながら、新幹線はJR各社が路線対立を起こして一つにはつながりませんでした
東北、上越、東日本、東海など、東京を堺にしたこの分断状況は、企業人のエゴ意識の最たるもので、このような問題は、運輸にとどまらず、国内に充満しています
線路を唯つなぐだけという物理的な方法も、人の恣意が入り込むとエゴとエゴのぶつかり合いで、問題を難しくするという情けない一例です つながって東京駅を通過駅にすれば、地価の高い膨大な折り返しホームも無くなり、乗り換えなしの国民の利便性を無視しては、将来に手ひどい禍根を残さない筈はありません
猫の額(ひたい)しかない、狭い日本の通路ぐらい、風通しの良いものにしたいものです 「鹿児島発・札幌行き新幹線が入(はい)ります、お急ぎください」、と その五百八十八、 資格の人 アメリカの日本研究家のロナルドという人は「日本には生まれながらの階級はないが、十八歳にして階級ができる」と、学歴の重要性を述べています 最近は終身雇用制の崩壊も取り沙汰(さた)されていますが、誰も皆人間として平等という、能力主義に陥らない終身雇用制は、神が求める最高の雇用方法なのです
器用な人も無器用な人も、足手まといの人もいて良いのです 持ちつ持たれつで良いのです そこで、こういうご時世になると、人に負けまいと資格ブームが起こって参ります それはそれで知識の前進だからよいのですが、人の魂の遍歴を紐解(ひもと)くと、過去、何千年何万年・・・という永遠の人生体験の中で、いろいろな職業を体験して来ているのが人間です
ですから失敗も成功もリストラも永遠の魂にとっては、ただの小さな一点に過ぎないのです 思いもつかぬ仕事についても、人が蔑(さげす)むものであっても、真面目に懸命にコツコツと前へ進めば、人間として上限は超えられなくとも、皆その人の器(うつわ)の上限に辿(たど)り着くことが出きるのです
「足の裏についた飯ツブ」という言葉があります いくら資格、資格取得、差別化といっても、食えないという意味です この原点は、医学博士号をいくら手間ひま掛けて取っても、余りにも多すぎて糧(かて)の足しにはならないという諌(いさ)めの言葉でした そういう著者も、名刺の飾りです その五百八十九、 男の子育て休暇 母親にばかり大きくかかる負担を男親にも担ってもらおうと、育児休業は雇用保険から賃金の四割程度、支払われます 現在は、男親の場合、取りづらいのか社会習慣にそぐわないのか、受ける人は一パーセントの半分にも満たないそうです 現在は何でも有りの驚くべき時代です 子育ては、女として、最高の至福の時を感じる、言葉は悪いのですが「新生人間の、この世でのデビューとしての一大イベント」なのです それは新しい命の誕生と躍動、生命の降臨です 人は、あの世で両親になる人と子になる人が、親子の約束を契(ちぎ)って、つまり「私はあなたの子供として人生の修行をさせていただきます」 「ハイ承知いたしました、私はあなたの父として母として、親として魂の勉強をさせていただきます」 とお互いに納得して親は産み育て、また、子は生まれてきます ところが、親になるべき両親が、お互いの約束を忘れ、ボタンの掛け違いと申しますか、赤い糸の結び間違いと申しますか、約束とは違う別々の人と結婚されるという悲劇が世間にはママ有るわけです
そこに混乱の根が生じるわけですが、でも心配には及びません と申しますのが、父親と母親を育児という面で見た場合、お腹を痛め、お乳を与え愛深く育てるという女性本能から、母親に関係ある子の魂が宿って生まれて来ます
こう見てきますと、いずれの場合も両親に無縁の子はいないということです 再婚、再々婚などで生まれる場合も同様です ただ、再婚、再々婚などは、あの世で約束しておりません あの世での約束は初婚の一回きりです 現代は性の乱れによる堕胎の問題や、経済的な問題でのソーハ手術や、どうしても生みたいからという人為的な妊娠と出産など、出生に関わるトラブルが多発して天上界では悩みの種なのです
約束された親同士が、契りを結んで結婚と出産と子育てというのが一番理想なのですが、それを壊すのは人間の側にあるわけです これまで、縷々(るる)述べて参りましたように、母親が専念して子育てに励むというのは、神の摂理に合致した理由なのです 人は男に生まれ女に生まれて、魂の学習を永遠に続けます そういう意味から、女に生まれて損をした男に生まれるべきだったと天を、或いは親を怨んでは、今生の使命と目的を踏み外すことになるのですから、次もまた、女に生まれて修行のやり直しをすることになります
男に生まれようと女であろうと、あるがままを享受して神の平等を感謝すべきです 女が女をかなぐり捨てて、或いは男が男を放棄して、反対の性を望んでも安らぎは得られません ですから、母親が病気など特別な場合を除いては、父親に過度の育児を分担させるということは自然の摂理に反すると言えます 子供が大きくなるにつれて、いずれ父親が、その役割を担う必要が出てくるのですから、アワテる必要はありません 余りにも子供ベッタリの甘い、泣きベソをかく父親が、母親をダメにし、家族をも崩壊させていることも考えて欲しいのです 男の強さは力でも、暴力でもありません 子供に対して人生の厳しさ、辛さを後姿に見せることです ましてや、子供を育てて一人で食って行けるからといって、女が一人で父親の分まで生きたとしても、男親の厳しく生きて行く後姿を知らないで育った息子は、人生の荒波に対したときに乗り越え切れずに、泣くことにもなるのです
更に、余りにも甘えん坊であって、自分では与えることも知らず、相手に求めるだけの我の強い女は、男を喰い、家庭をも喰い潰すということを知るべきです
著者の師である園頭広周先生は、国際正法協会の中で、好(よ)く、「会員の女性たちをコンニャクのような女性にしたいから女の道を説くのです」と、申しておられました
コンニャクは軟(柔和)らかいが張りのある、それでいて、オデンの具の大根と同じように、無いと物足りません あくまでも家庭の引き立て役なのです 女が先に立つと、息子は蛭(ひる)のような、グニャグニャの男となって立たない、自立できない、ヒルのような軟弱な男に育って、育てた親は、子供の後姿を見て悩むのです
何事も原因と結果ですから、人生は、ほどほどという中道でなければいけないのです 極端な生活行為は、いずれ悩みを引起し、辻褄(つじつま)が合うように成っています 同じ辻褄でもプラス(+)・マイナス(−)・ゼロ(〇)の、ゼロ・サム世界ではなく、プラスが残った人生にしなければなりません たとえ、プラスが小さくとも、今生の人生を暗くしてあの世へ戻らないのですから、前より一段階上の天上界へ行くことができるということを覚えて於いてください その五百九十、 アメリカのBSEと中国のSURS関係者 アメリカでも狂牛病(牛海綿状脳症)がでました 出る筈がないとタカをくくっていた米当局は、くくっていた、繋(つな)いでいた鷹が逃げ出したのですから、さぞや晴天の霹靂(へきれき)だったことでしょう
アメリカの食肉産業を守るため、捕鯨禁止も裏から牛耳っていると、もっぱら噂のアメリカ(ユダヤ資本、フリーメーソン)は、世界がBSEで上へ下への混乱の中でも、ノウノウと胸を張っていました
本当に悪因があるのなら、何事も無い、起きないということは、それは法則に反します 悪因があるのなら、必ず悪い結果が出なければなりません それが法則です 例外は一つもないというのを神理・法則といいます 悪因が無いのなら、何事も起きないというのは当然です そうした疑問の中で、近隣外国から仕入れた牛が原因だったと幕を引きそうな形勢ですが、仮に悪因があるのなら、必ず問題は続くはずです 悪因がこれで消えたのなら次に出るはずもありません 法則というものは、恣意が入(はい)らず、人智を超えたものですから、それほど厳しいものなのです アメリカのBSEの次は韓国などアジアの、ニワ鳥のインフルエンザの問題が出ました 余りにも、食肉一辺倒になると、それを反省させる、それを考え直させる事態が起きても不思議ではありません 次に中国のサーズです 世界的に沈静しそうに見えたこの問題も、中国ではすでに三人目です 中国の珍獣が原因とは、にわかには信じられません たまたま、サーズの人が珍獣を扱っていたのかもしれません なぜなら世界中のサーズ患者が珍獣に触れたとは考え難いのです 珍獣が原因ならサーズは珍獣のいる国から始まったと考えられ、それ程に、珍獣を食する人が中国には多いといえます 中国には問題も多く、一番は一人っ子問題です 子供を多く産めない、過去に於ける人身御供(ひとみごくう)のような生贄(いけにえ)となってエリートと殉死(じゅんし)の同伴埋葬など、祖国を怨む祖国怨念が強く充満した暗雲が国全体を覆(おお)い尽くしているので、それを反省させるためには、長江(揚子江)の氾濫(はんらん)など次々と
天上界からの鉄槌(てっつい)が出て、膿(うみ)を出し切るまで切開手術は続きます
爆発的な人口増を抑(おさ)え食糧問題の解決のためとはいえ、一人っ子政策など人智による愚行を止めると、天は微笑(ほほえ)んで食糧増産へ力を貸すのです
更に中国の砂漠拡大も、これから食糧問題を厳しいものにして行く筈です まさしく考え方が逆なのです これまでの政策を続けている限り、中国の食糧危機はずーっと続くと、高橋信次先生は教えられました その五百九十一、 アルマゲドンの人 アルマゲドンというのは、終末思想により隕石や小惑星との衝突など地球も、最早(もはや)終わりという考え方です かって、恐竜が絶滅したのは大きな隕石、惑星衝突説などあるようですが、誰も見た人はいないのですから、諸説はすべて憶測に過ぎません では、どうして恐竜が絶滅したかと申しますと、人間が地球という惑星で生活を始めるには、必然的に恐竜という巨大獣(けもの)を絶滅させずにはいけなかったのです
人間が将来、科学が進歩して化石燃料を利用する時のために、巨大植物を生かし、またそれに似合った巨大動物、つまり恐竜を生かし、それも目的を終えて、いよいよ、これから人間が地上に住むというとき、天は気象を操作し氷河時代を創出して、大なる生命である人間の未来に託
すのです
神は残忍にも、犠牲にされた物の上に人間は生かされるのかと疑問もあるかと思いますが、大いなる生命は小なる生命をコントロールしなければならないとは自然の摂理なのです
これは弱肉強食というような残酷なものではありません こうして、氷河時代も終焉し、陽炎(かげろう)が燃え立ち、小動物も活動を始めます その順番は ヒ、霊、光明という神の意識だけがあった フ、風、空気ができた ミ、水、地球は水でおおわれた ヨ、世、陸地が海面から現われた イ、葦、植物、微生物の発生 ム、虫、昆虫、小動物 ナ、魚介類、魚屋をナヤといいます ヤ、鳥類、矢のように飛ぶ鳥の誕生 コ、大動物、獣の出現、牛の鼻つらを引く時「ココ、ココ」といいました ト、人間の誕生、人をヒト(霊止)といいます トと止(とど)まり止(と)まって、人間の出現です 数字の日本的読み方は、天地創造から人類誕生までの順番でした ただし、地球人類は、三億六千五百有余年前に、現在のスエズ運河近郊のエルカンタラに、真のメシア・エルランティを主として、光や磁気を利用した反重力光子宇宙船、現在に言うUFOに乗り、ベーター星より六千人が緑燃ゆ地球に降り立ちます
それから人が人を生み、生まれ代わり死に変わりして現在の六十億の人口に増加します このときは全員、菩薩界と如来界などの高位の人格者ばかりでした ですから、身をこの世に置いて、魂はあの世、天上界へ自由に行き来し、通信も心と心で通じ合い、電話も何も要らなかったのです ところが、人口が増えるにつれて、人は悪を想い、悪を作り出してゆきました その悪の思念と行為が、心と心での通信も閉ざされ、その能力も消え失せたのです 高橋信次先生が教えられるところによると、現在の地球人類はアガシャ霊団といい、大宇宙の七種いる人間の中で最も速いスピードで魂の進化を遂げているので、そのために、魂の更なる勉強をするために、他の霊団からこの地球に魂が移住して来て、電気も無いような、文明には程
遠い未開発のアマゾンやアフリカ奥地に生まれて、人生の勉強を始めるらしいのです
欧米などの文明の秀(ひい)でた国もあるというのに、同じ地球でありながら、そういう地区があるということを疑問に思われたことはありませんか? それはこういう理由があるからなのです 更に、この大宇宙は、人間の細胞数と同じ六十兆個からなる惑星、恒星等で構成されていますが、個々の星々の運行は、あの世、天上界の軌道修正コントロール・センターとも言うべき機関で整然と統一され、むやみやたらと衝突や蛇行はしないのです
ですから、流星や隕石などによる地球の小さな陥没はできても、地球への大きな衝突は過去にもこれからも、人間が地球に生きている限りは、起きるはずはありません
ですからアルマゲドンなどと騒ぐこともないのです 人間の心が不安になる度(たび)に、終末思想が頭を擡(もた)げます その五百九十二、 経済小国の人 昨年秋、「世界経済フォーラムWEF・本部ジュネーブ」が毎年発表している、「世界競争力レポート」のランキングが発表されました これは各分野の、例えば技術力(五位)、マクロ経済(二十四位)、公的機関部門(三十位、政治家への信頼(五十一位)、財政(八十一位)、政府補助金の使い方(九十位)、銀行の健全性(最下位の百二位)であり、日本の総合は十一位でした
ちなみに 一位、フィンランド 二位、アメリカ 三位、スエーデン、 四位、デンマーク、 五位、台湾、 六位、シンガポール、 七位、スイス、 八位、アイスランド、 九位、ノルウエー、 十位、オーストラリア 十一位、日本、ドイツ十三位、イギリスが十五位というものです 米国を除いて、数百万から二千万人程度の、いわば小国の、政治と経済と文化のバランスのとれたランキングといえます 一億二千万人の日本にあっては、県単位の、いわゆる小さなバランスの取れた国をつくるかという課題を示唆しているように思えてなりません その五百九十三、 バーチャル・ウオーターの人 バーチャルというのは仮想ということです 仮想の水ということですが、意訳して「見えざる水」ということです 世界は今や水不足の危機に瀕しています かく言う日本も、世界最大の水輸入国ともいえます 食糧の自給率が四十パーセントを切っている日本は、大量の水を使って作られる穀物や、家畜を育てる肥料、農産物、肉類、木材など目に見えない大量の水資源を間接的に使っています
日本は年間、バーチャル・ウオーターは四百四十億立方メートルだそうです これは一人当たりの生活用水(三百二十三リットル・一日)に換算すると人口の三倍にもなる三億七千万人分という数字ですから、世界最大の水輸入国という訳です
ナショナルの松下幸之助氏は「水を加工した水道水は価値がある」と言いましたが、コカコーラ社は「二十一世紀は水が一番儲かる商売」と言ってい ます その五百九十四、 トランスペアレンシーの人 各国の腐敗度、汚職度を毎年格付けするトランスペアレンシー・インターナショナル(TI)という世界的な反腐敗NGOがあります ほとんどの先進国を含め世界の百ヶ国以上の支部がありますが、残念ながら日本には有りません 国が成長期にありインフレが続く時は、腐敗も目立ちませんが、一たん経済が衰退を始めると腐敗が国家の衰亡を加速させてしまいますから、ユメ ユメ疎(おろそ)かにできないのです その五百九十五、 炭の人 近年、炭が大人気です やがて定年の著者の義兄は、竹炭つくりを楽しんでいます ブームになったのは、ここ五、六年ですが、最大の特徴は、多孔構造にあり、湿度調整や消臭などです 二十年ほど前、著者も「気」を整えるというブームに乗って、診療室の天井裏や敷地の周囲に何十キロも入れています 当時、患者さんの一人が「ここは気がスゴク良い」と言われるので「炭を天井にたくさん」と申したことがあります その人は近所で鍼灸を開いている人でしたが、数年後に倒産されたようです さて、炭の利用方法は、置物、オブジェ、飲み水に入れる、炊飯、アクセサリー、癒しとして、歯ぐきの引き締め、歯磨き粉に入れる、口臭予防、製菓に入れる「竹炭豆」などで、これからも多岐の分野に利用されるでしょう
次は著者のマイカーのことです 去年の夏に水害に会いました 被災後の泥靴で、何度も乗り込んだので、絨毯マットに頑固に染み付いたのか車内はヘドロの悪臭が充満していました それからは、トイレの脱臭剤などいろいろ試みましたが、はかばかしくありません それでは最後の頼み綱と、竹炭を入れて、やがて半年ですが、今も尚悪臭は残り、だめなものは矢張りダメなため、期待が過ぎてもイケません 水害から一年余りですが、現在は余り気になりません(H十六・九月) その五百九十六 違法駐車を取締る人 今や、警察は違法駐車取締りの方向性について揺れています 現行は、違法駐車は犯罪ですから、運転者は刑事責任を負います 違反切符の発行枚数は年間に、東京四十八万件、ニューヨーク一千万件、ロンドン四百万件、ソウル二百八十万件という数字です 欧米のように民間に委託すればニューヨークに迫るかもしれません 警察は事件の捜査に専念し、民営化して呼び出しなど費用の大きい駐車違反を取り締まると経費軽減につながっても、民間ですと刑事責任が非犯 罪となり、違反金を納めて終わりとなりますから、モラルの欠如は事故にもつながり、今まで通り警察が対応して、厳罰で臨(のぞ)むかどうかは、賛 否分かれるところです その五百九十七、 外国人観光客の人 外国人観光客は、経済の活性化にもつながり、日本の歴史、文化を知ってもらう良いチャンスです というのが、国際旅行収支で見ると、赤字幅は世界第二位ですから、経済的に豊かのため、海外に出て行く日本人に対して、日本への外国人観光客が少ないと言うことです
物価が高いために、おいそれと訪問できないという理由もあるのかもしれませんが、訪日外国人の上位は、韓国、台湾、アメリカ、中国、香港です その目的は、料理、買い物、大都市の魅力などですが、二〇一〇年には、千万人の外国人観光客誘致を目標にしています その五百九十八、 産業ツーリズムの人 この項の前に、観光は経済活性化に貢献すると述べました そのためには次のような取り組みもなされています 工場や研究室の見学ツアーなど、日本の技術力をウリにする観光手法です 技術基盤を観光資源とする考え方は、大阪を中心として胎動し始めましたが、問題は、従業員が本来の研究中心の勤務から、ツアー客への説明の 負担リスクや生産ラインへの異物混入など、課題は多いようです その五百九十九 生活費世界一の人 世界、百四十四の都市の中で、ニューヨークを百として住宅費や食費、交通費などを比較した指数は、東京が一二六・一で世界一ということです これは、最下位の南米パラグアイの三・五倍にもなります 東京はデフレで物価は幾分下がっているものの、円高の影響で物価は逆に上がっています 生活費が高い東京ですが、でも東京にはブランド力があると考えれば、生活費世界一は当然かもしれません その六百、 野菜をネット販売する人 野菜や果物を、インターネットを利用して販売(ネット販売)するとは、誰が予測したでしょう WEB上で、栽培履歴を閲覧できるという夢の購入方法で、減農薬、無農薬、水を極力与えない栽培方法など独自の栽培をウリにしています その例は、変わったところで、モスバーガー、ユニクロです 日商岩井、個人など多数の企業が名を連ねていますが、この停滞した経済環境の中で、購買者の高いリピート率を誇っている企業もあるようです