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初めて正法を学ぶ人へ @ 八起正法

 

 

亡くなった六十歳の医家に対して、奥様への手紙です

かねがね、お体の具合はお聞きしておりましたものの、飲み会でもたびたび元気なお顔を拝見するものですから、小康を保っておら

れるのだなと安心しておりました矢先の、突然の悲報に驚きました。

絶え間ない通夜の弔問客に、邪魔にならぬよう簡単なお声かけしかできませんでしたのに、奥様には丁重なるお見送りを頂き恐縮してい

ます。

先生と同期とはいえ、特に親しくさせていただいてはおりませんでしたが、〇川兄姉を通して先生のお人柄などは、よくお聞きしており

ましたことと、先生と小生との数少ない思い出から、僕は人にはない親しみを抱いておりました。

と申しますのも、飲み会の談笑の合い間に、口からついて出る先生の宗教談義はいかにも造詣が深く、あの温厚な先生から意外とも思え

る熱い語りにグイグイ引き込まれて、聞き役の僕はしばし時を忘れて耳を傾けたものです。

それは、僕の二度に渡る高血圧性脳出血による闘病体験が、先生と何かしら共通した想いがあったのか、特に小生に親しく話し掛けてく

ださったのかもしれません。

それももう今となっては思い出になってしまいましたが、

私の弔問の「おだやかな、とても立派な先生でした」との回想に奥様が、

「家庭での実生活も正にそうでした」という言葉に、これ以上の夫婦愛の機微はないと感動いたしました。

お見送りをいただき程なくして、後部座席から運転の家内へ

「本物のおだやかな先生のようだったぞ、感心してしまった。俺がそうなったとき、お前なら何とご挨拶する?」

と申しましたら、間を入れず家内は

「ハイ、好き勝手なことばっかりして、暴君を通したまま逝ってしまいました。」

と言うので、僕は返す言葉もなく後部座席に小さく、石のように固まって帰宅したことでした。

なぜかと申しますと、医業が少しうまく行き始めると、〇州の街にいくつものスナックを開き、〇科分院など事業は数多く、それも全部

家内には事後承諾というおそまつでしたから、生き様の辻褄はピタリ合って言語障害、運動障害に苦しみ、生き恥をさらして、それでも

懸命に生きているというわけです。

「夫婦は仲良く調和しておだやかな家庭生活」とは、まさにお通夜の、我が夫婦への貴重な提言でした。

ありがとうございました。

奥様も、先生とのあわただしいお別れの儀式から解き放たれて独り座されるとき、言いようもなきポッカリと開いた心の空洞は男も女も

同じらしく、先生の少し前に奥様を亡くされた〇京在住の〇期生君は、

「奥様を大事にしろよ」

と、しみじみとした電話を寄こしましたが、この月末の土日に〇京へ出向いて、お参りと旧交を温めることにしています。

それに老爺心ながら、私の知る或る人は、医家の主人の棺に縋りついて

「私も連れて行って」

「しっかりしなきゃダメ」

と周りから口々に叱ります

さすがに係りも点火スイッチを押しかねてオロオロでしたから、その内に後追いをされぬかと周囲も気をもむので、それならと若輩の僕

がしゃしゃり出て

「気持ちはよくわかりますが、余り悲しみすぎては故人も安心して成仏できません。これからはオホホ、アハハと明るく楽しく生きるこ

とです。

残された人がみな明るく楽しくしている方が故人も安心できるのではないでしょうか。逆の立場で、あなたならどうですか?」

と受け売りの説法らしきことをいたしておりましたら、もう最近では跳んだりはねたりあちこちと、周りもハラハラするほどに若々しく

人生を謳歌されて、それまでは数年も仏壇に大事に飾っておられた小分けの遺骨も、

「お墓にやっと安置しました」

と晴れ晴れとした光り輝く様子に安堵しています。

縷々書き述べましたが、あらためて先生のご逝去をお悔やみ申し上げます。

                            合掌

 

孝行息子と聞いておりました

 

穏やけき青葉若葉に逝きし君

   いまは父と語らい母に甘えてか

                  成鑑(なりあき)

 

追伸

いつもドジの上塗りをしています。

ここまでパソコンを叩いてハタと考えました。

オフィスの住所は〇会の名簿でわかりましたが、〇岡〇八期会から頂いた訃報が見当たりませんから、どうしてもお住まいの地番が不明

です。

これでは手紙も出せぬ誠意が届かぬと思案の挙げ句に、夜八時過ぎ勇んで車を駆けて先生の自宅へ向いました。

地番を確認して郵送のコンタンです。

通夜のとき道を尋ねた西鉄の整備工場の横を通るところまではわけもないのに、あのときは家内の運転ですから、後部座席から道順もう

ろ覚えのために、イザ自分でハンドルを握るとなればまるで様子が違って、さっそく迷路のようなドンづまりの袋小路へ迷い込んでしま

いました。

わけなく小道に入っても出るにはバックしか方法はありません。

自動車教習所よりも難しいブロック塀に囲まれ曲りくねった小道でしたから、前進、後退、ハンドルの切り替えしの連続と、塀と車を壊

さぬように慎重の上には慎重に、気を使い細心の注意を払って、小一時間の悪戦苦闘でした。

その内にはどうなるものかと、迷い込んだ邸宅の主が心配そうに顔を出され誘導してくださって、どうにか抜け出ることができました

が、頭を下げるやら謝るやら、このように僕の思いつきの即実行はいつも結果が良くありません

 こうして車を迷惑をかけない広い道の脇に寄せ、徒歩で自宅探しが始まりました。もう十時をとっくに廻っています。

危うげな足取りでヨタヨタと歩いていると、番犬が唸り声を上げ威嚇するし、防犯のセンサー・ライトが過剰反応をして、玄関から道ま

でかなりあろうというのに、夜陰にまぎれた僕に何度も強い光を投げかけました。

そうこうする内には、背広を着込んだ身なりのサッパリした中年の紳士に出会うと「今晩は」と挨拶をして通られたので挨拶を返します

が、僕が住む〇多〇周辺では、道行く人が挨拶を交わすなんて万に一つもないので、この周辺の住民の意識の高さを感じてサワヤカでし

た。

でも汗は滴り落ち下着はグッショリ、はじめての地名・〇平〇に出るし、いまだ家を探しあぐねて、ついには

「オイ〇苫ちゃんヨ!お前さんの自宅はどこなんだよ」

と、僕は半べそをかいて心で呼びかけ呟いているうちに、先生の凛とした自宅の前にたたずんでいました。

不思議にも、突然建物が現われたように気がつきましたから記憶が連続せず、今度は帰る方角が確かではないので、下の方へ降りて行く

ように歩きますが、次には車を停めている場所がわからなくて右往左往しました。

「弱ったナー」という想いでトボトボと歩を進めていると、携帯電話の呼び出し音が響き渡り

「あなた何所にいらっしゃるのですか」

の家内の声に

「それが、その、車が」

と、しどろもどろでしたが、ヒョイと振り返って横の路地へ目を凝らすと紛れもなく愛車がありました。

家に帰り着いたのは十二時をとっくに廻っていましたから家内にひどく叱られました。

 夜道は一筋間違うと、そこからどんどん突き進んで、あらぬ展開をするようです。

 

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奥様を亡くされた六十歳の医家への手紙です

 

 〇山先生、懐かしくも楽しいひと時を与えてくれてありがとうございました。

これもあなたが言うように奥様のお導きと思います。

さらに貴重な時間を潰させ、遅くまで大層ご馳走になって。その上ホテルまでお送りいただき大変ご迷惑をおかけいたしました。

〇国ホテルへ向う車の後部座席で訳もなくウルウルとなり、先生のこの地への配材に感謝して、車窓からの風景を重ねては、あなた方の

結婚式の情景を思い浮かべていました。

あなたの親戚身内の中でただ独りのおば様が、親の意向に沿わぬ先生を責めて涙された披露宴では、媒酌人だけが「目出度いめでたい」

と言い続けられ、どう収めるか絶句した司会役の僕は戸惑いましたが、もう今ではわだかまりも氷解して〇山家の一員として不動の位置

を築かれた亡き奥様のご苦労を偲びました。

あれから三十数年、奥様によるお導きかも知れぬ今回の訪問の不思議さをかみ締めました。

あなたは道を外さぬ正しい生活の中で家との修復に努められ、四十歳前から始められたアマチュア野球のいくつもの監督、主宰と、それ

ゆえに奥様との旅行もなかったから記念写真もないと、悔悟の涙を流がされては、「夫婦は沢山のお思いでを作っておけよ」との君の言

葉に僕も涙、涙でした。

その頃に僕は若気の至りとはいえ夜の街に、次々とつくっては潰して九店を開き、〇科分院、〇科助〇学院など事業に手を出し、その内

には肥満(九十キロ余り)と高血圧により一度ならず二度も闘病することになりました。

スナックなど事業の銀行借入総計は四億五千万円にものぼり、高利貸しにでも手を出していたらビルも土地もとうの昔に人手に渡ってい

たかも知れません。

バブルのときは闘病後のため借入を一円も増やさず、貯金はゼロでも皆に助けられ今は無借金を続けて十年になります。

でも、生き様の悪因は悪果であり、言語障害、運動障害となって自転車や自動車にはどうにか乗れますが、診療は〇人の〇生士さんに助

けられても先生は話さない話せない、更に麻痺により手際が悪いとなれば、その結果は推して知るべく、この〇多〇周辺約〇十軒の〇科

激戦地で〇業成績は日増しに落ち続けました。

その背景の中でもありがたいことに二度の脳出血でも、未だにどうにか手が動くというのも、小さい頃からのラジオ製作などの精密な

手作業の経験が後押ししてくれているかなと考えています。

卒業後〇京に出てしばらくして、業界雑誌である〇界〇望に載ったり、分〇長として破格の給与を頂くようになって〇都の生活に段々馴

染んでくると、稼いだお金を無造作にポケットにねじ込んでは〇本木、〇坂、〇座と遊びまわります。

車はベンツが二台、父母はこれでは僕が〇京に居着いてしまうと心配して、ここがお前の開業場所と定め、駅前に小さな土地を購入して

くれます。

建物は借金して造り、運転資金は母に〇京からコツコツ送金して貯めてもらった資金を当てます。

当時の最新の機器を入れ、〇相差〇微鏡からテレビモニターで〇ラークを見せ、中でも九州では〇大と僕だけの〇ノ〇マも、〇京では難

なく通っていた請求も全部突き返されては医療孤島と嘆きましたが、今では、この周辺には一台〇千万円もする〇科用CTも設備した地方

の総合病院が出した〇ンプ〇ン〇センターまがいが出きたり、ホテルと見紛う豪華〇リニ〇クが出現するものですから、最近ではどう生

き延びるかと、とある〇科のように年中無休二十四時間を模索したりしました。

こうして〇京の生活から〇岡の生活に少し慣れ始めると夜の街に興味を覚え、正しい目的を誤り先の記述の通りになってしまいました。

その頃あなたは、テナントとして入ったビルの購入を求められ、息子さんの〇大入学と新車購入とが重なって悩まれたということです。

富豪の御曹司としておっとり型の君にそういうことがあったのかと不思議にこそ思え、そういう中で奥様は君を支え、結婚以来一度も涙

を見せず可愛げがなかったと君は語ったが、今では死出のクローズアップの顔写真を愛でる様に眺めては、こんなに美しいのは他には居

らんと語りかける君に、奥様の心中を思い遣りました。

さらに、遺骨も小分けして身近に置くという君に、君の心を思うと「それは・・」という気はサラサラなく、思う存分泣いて、思う存分

に奥様を偲べと思いました。

ホテルへ着くと、君の車を見えなくなるまで見送りますが、それから遅くに帰宅した君は、息子さんも独立をして誰も居ぬ部屋に、独り

灯りをつけ遺骨の奥様にコンコンと指でつついて「いま帰ったぞ」と言ったろうと想像するのでした。

長々と書いたが、お互いに身体に気をつけて、また会おう。    合掌

 

 

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これまでに、亡くなったお二人へのお手紙を紹介し、参考にしていただきました 

これから仏教の「四十九日」と「お盆の由来」について話します

次に誰の説かを述べ、更にどんな人か詳しく話さなければ、これから話す事を信じられないので、順番を追って話すことにします。

 

まず四十九日の由来です

 

ひとが亡くなると、初め魂的には無意識状態です。

亡くなったのに無意識という表現はおかしのですが、魂の立場から言うと、そういう表現になります。

やがて、家族が涙した後にお坊さんのお経が上がり、故人が葬式の様子を上の方から見る頃になると、

「アレッ、俺死んだのかな」と故人も自覚します。

どうしてこう言うのかと申しますと、中には死んだことも自覚しない霊もいるからです。

後で詳しくのべますが、高橋信次先生が霊に

「今いつ頃だと思う」

と尋ねられると平気で「江戸時代の年号寛永〇〇年」と言ったり、とてつもない古い時代を言う場合もあります。

「いま昭和という車の時代だよ」

「馬はいないのですか」、と。

何百年も魂の放浪を続けているわけです。

例えば切腹して果てたのが、切腹をしたその場に執着して、その場で何度も何度も切腹を再演している哀れな霊もいます。

ですから、亡くなった人には、

「あなたは亡くなったのです、もうこの世の人ではありません。絶対にこの世に執着してはなりません」

ということを何度も何度も繰り返し教えなければなりません。

どう教えるのかと申しますと、方言でも標準語でも何でも構いませんから、口に出しても囁いても、無言で心の中でもいいですから、真

実の心で教えてあげればその目的は達せられます。

次に詳しく話しますが、あの世のひとには全部わかりますから、自信を持ってやってください

高橋先生は、あの世とこの世の関係を映画にたとえられました。

観客が、亡くなったひとです。

スクリーンの物語がこの世のことです。

観客は、スクリーンの物語が全部わかります。

でも、亡くなったひとである観客は、スクリーンの登場人物と話せないので意思は伝えられません。

ただ見ているだけです

たとえば主人が亡くなり、奥さんが泣いてばかりの毎日を送っているとします。

あの世の主人は、全部わかっていながら、

「もうそんなに泣くなよ」

と慰めてあげたいのに、意思が伝えられないのでどうすることもできず、ただ涙ながらに見ているだけなのです。

だから余り過度に悲しみすぎてはいけません。

亡くなったひとには、これから語るあの世での修行もありますから、ほどほどでなければなりません。

これから実際の死を、シュミレーションしてみます。

あの世に自由に行き来された高橋信次先生の説です。

 

[人が亡くなると]

 

人が亡くなったとします。

しばらくすると、光り輝く玉が現われます。

この光の玉は、仏教流にいえば菩薩界の霊です。

キリスト教流には上段界光の天使です。

人格的にも人間性も高い、さわやかな菩薩界や上段界光の天使ですから、死者には黄金の光の玉に見えます。

そして、その黄金の光の玉である、あの世の案内人の係りから、

「あなたは死ぬ用意がありますか、死ぬ覚悟がありますか、一切を捨てられますか?」と尋ねられます。

また、「生きていたとき、これは良い事をしたと胸を張って言えるものがありますか?」と聞かれます。

そして、この世に生きていたときの良いこと悪いことも全部、包み隠さず、フルスピードで見せられます。

それも天然色フルカラーの立体映画による人生全記録のドキュメントです。

ひとに意地悪したこと、人のものをポケットに入れたこと等、悲しみも喜びも全部ですから、辛くてまともには見られません。

皆な涙、涙です、悔悟の涙です。

僕は二度も脳出血で死線をさ迷い、そのつど死を宣告されては、生還して生きて来ましたから、先生の教えられることが、よくわかりま

す。

また、あの世には「三途の川」もあります。

この世の執着、つまり財産、地位、名誉、家族、友人関係一切を捨てなければ、彼の地(あの世)に渡れないという次元の異なるあの世の大

河です

 

[二十一日間]

 

亡くなってから二十一日間は、何十年間もこの世で生活したのですから、懐かしい所も、気がかりな所も有る筈です。

だから、自由に霊が散策することも許されます。

こういう理由から、亡くなってしばらくは家の軒や鴨居、書斎など故人が好きな場所にいます。

ただし、その範囲は制限があって、人格的な人間性の高い人ほど居場所の範囲も広くなります。

人間性とは、弁護士だから医者だからではなく、その人から地位、名誉、学歴、財産を差っ引いて、残ったもので判断した人間的なもの

なのです。

そうしないと、誰でも自由なら、低い段階の霊ほど霊的な問題を引起すので、居場所も限定されるのです。

考えてみれば至極当然なことでしょう。

例えば自殺の名所に次々と自殺が相次ぐというのも、現場に自殺者の霊がたむろしている所に、自殺者と心が同類の自殺願望者が、そこ

を通りかかると、心が同通して、また次々と自殺するという事になります

そのような場所にむやみに近かづかないことですが、明るく爽やかな人なら、暗い心の持ち主の自殺者と心が同類ではないので、絶対に

問題は起こりません。

だから安心してください

類は類をもって集まるという、同類の法則なのです

このように二十一日間は、亡くなった人が自由にできる最大日数ということになります。

二十一日間が過ぎると、誰でもあの世の「修養所」へ行かねばなりません。

誰でも全員です。

ところが、中にはそれを自覚せず、聞き分けの悪いのもいて、先祖の縁者などに「早く」と急きたてられるひともいます。

困ったことに、中にはあの世の修養所へ全く行かないひともいて、そういうひとを浮遊霊、自縛霊、地縛霊などと呼んでいます。

悟っている普通の善霊に対して、悪霊といえます。

この二十一という数字はあの世の決まりで、釈迦が肉体業を捨て、人生の反省と瞑想により悟りを開いてから、あの世の梵天界に招かれ

て説法をしますが、それまでの日数でもあるのです。

 

 [病気で亡くなった場合]

 

病気により、苦しんで亡くなる場合もあります

死んでしばらくの間は、心の等速度運動をしますので、苦しみは依然続きます。

ですから、「死んでしまったのですからもう病気ではありません、痛みからもう解放されていますよ」

と何度も教えてあげるのです。

それは死者への愛です

それは慈悲の心です。

このように亡くなった時の状況を想定して応用してください

死んで二十一日からは修養所へ行くことになっていると、話しました。

しかし、悟って物事に全然執着のないたひとは、二十一日間も経たないうちに死んですぐ修養所へ行きます。

 

 [死後硬直]

 

特にガチガチで死後硬直がひどい場合は、間違いなくこの世に執着していると見て間違いありません。

ですから、

「もう亡くなったのです。この世の人ではありません、心をきれいにして行きなさい」

と徹底的に教えるのです。

サア、こうして修養所での生活が始まりました。

 

 [修養所での二十八日間は徹底的な反省の期間]

 

ここでの生活は徹底した反省です。

これまでの地上界(この世)での習慣、社会通念、しきたり、思想、教育、宗教など全般に対する修正です。

その一つ、宗教を例にとって「数珠じゅず」の場合を考えてみましょう。

数珠は仏教において大切な宗教道具です。

でも、全人類の他の宗教には関係ありません。

もともと数珠は、ソロバンを縦につないだような形ですから、お百度の回数、お題目の回数など物を数えるのには便利でした。

さらに、江戸時代の法制である諸法度の中に

「数珠などを持ち、寺にお参りし」

とあるように、キリスト教バテレンを禁じる上で、数珠を持って寺に参りなさいと奨励する幕府の政策上の取り決めに過ぎなかったので

す。

ですから、もともと死やあの世に関係はなかったのです。

このように様々な項目をひとつひとつ修正しなければなりません。

間違ったもの全部ですから、生前、頑固でひとりよがりな、反省の習慣のなかったひとにとっては、それはそれは大変です。

この心の修正により、無意味と悟ったひと達は、信じて心の中に持ってきた宗教道具を捨て、その廃品のものすごい山があの世にできて

いるというのです。

キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、仏教など全世界の宗教を全部修正するのですから、大変な作業です。

また、天上界で話題になる一番の困りものは、進化論の問題だそうです。

詳しくは述べませんが、高橋先生は、

「人間は猿から進化したというのが本当なら、オリから出してくれと交渉するのがいてもおかしくない、もともと猿は猿、人間は人間」

と一笑に付されました。

 

[宇宙的な普遍的神理(真理)の考え]

 

この修養所の真の目的は、地上界・この世での間違った体験をこれでもかこれでもかと徹底的に修正させて、特別なローカルの人類にだ

け通用する考えではなく、或いは特別な文明にのみ通用する考えではなく、全人類に共通する普遍的な考え、或いは宇宙的に通用する考

えに統一されて、この修養所を卒業することになります。

どうして、ここで宇宙的な考えという概念が出たのかと申しますと、この宇宙には七種の人類がいて姿形は地球人とほぼ同じで、もう百

年するとそれがわかると高橋先生は予告されて亡くなりました。

このように、全宇宙の人間に通用する宇宙的な考えに、良い意味で洗脳して、或いはその考え漬けにしておかなければ、人間は永遠の生

命として、これから何百年か何千年か後に転生して生まれてくる日に、備えることは当然なことなのです。

 

 [四十九日の意味]

 

四十九日というのは、最初にお話した二十一日と後の二十八日の通算したものが四十九日ということです。

つまり、それまでの習慣や考えを修正するまでの期間ということなのです。

ですからこの時期が如何に大切か、もう、お解かりでしょう

 

[四十九日間は静かにしておくこと]

 

この最も大事な時期に、遺族が遺産問題、家族、親族の仲たがい等でもめていると、故人はその結末が気になって、心の修行どころでは

なくなり、その問題のところに引き戻され、地縛霊となってこの世の人に迷惑をかけるということになります。

ですから、四十九日間は絶対に波風を立てず静かにしておくことなのです。

これが四十九日の由来です。

次に、「お盆」について話します。

 

「お盆の由来」

 

今から二千五百年前のお釈迦様の時代、幼名コリータ、改名してマーハー・モンガラナ、お経に「大目連」と書いていますが、この生ま

れ変りの人は、ニューヨークに住んでおられ、Y大谷と言われます。

僕も会ったことも写真もありますが、現在、元気なら九十歳ほどでしょう。

また、この方は幕末の坂本竜馬として生まれていると高橋先生は言い残されました。

幕末の坂本竜馬は羽織袴に皮靴をはいて大威張りで写真に写っていますが、その、人をも恐れぬ進取の気質は、今期、夢にまで見た西洋

に住まわれているとは、その心の傾向性が連綿と続いて面白いと思います。

サテ、このコリータと無二の親友である幼名ウパテッサは、仏陀(悟られた方)に出会ったらお互いに連絡し合おうと約束していました。

このウパテッサは改名して、シャーリープトラと言います。

般若心経の中の舎利子です。

このシャーリープトラは、同じく幕末の西郷隆盛の生まれ変りと、そして、その前には、アメリカの初代大統領・ジョージワシントンと

高橋先生は言い残されましたが、その方は、私の師・園頭広周先生でした。

先生はさすがに、そういう経歴の方だけに、とても勉強家であり本の虫で、著書も三十冊を出され、さすがに高橋先生の第一の高弟でし

た。

お釈迦様時代も舎利子と言われただけに、お釈迦様の右腕と言われています。

 

[〇〇の生まれ変りに気をつけよう]

 

〇〇の生まれ変わりと簡単に言いますが、すぐには信じてはいけません。

生まれ変りと言うからには、必ずどこかに共通点が見出せなければ、ホンとかなと疑う心構えが必要です。

悪しき或る霊能家は、人名辞典を片手にサイコロで決めて行くという恐るべき実態があるらしいのです。

横道に少し外れてしまいましたが、ウパテッサが道を歩いているとき、身なりこそボロボロの僧衣ですが、爽やかな身のこなしといい、

声を掛けて教えを乞いたい気持ちを押さえ切れず、

「あなた様は仏陀では?」

とついに声を掛けてしまいます。

「とんでもない。私はカピラの王子・釈迦牟尼シッタルダーの弟子です。」

「あなたを弟子とされる師は、素晴らしい方でしょうね。是非紹介してください。私の親友も同道しますので」

と約束して別れます。

こうしてウパテッサ、コリータの二人は、弟子それぞれ百人を引き連れ、釈迦教団へ入団して釈迦の説く教えに帰依します。

それから二人は釈迦教団内でメキメキ頭角を現わします。

あの世も未来の世も見通すことのできる「天眼道」第一の人と言われるようになった大目連は、お母さんのあの世を透視していました。

お母さんは暗い世界にいて、「水を!水をおくれ」と苦しんでいました。

でも、何度水を与えても水は火炎に包まれて目的を果たせません。

そこで釈迦に相談すると

「そなたの母は生前、生活に恵まれていても、生活に困った人に布施をすることもなく優雅で贅沢な生活ぶりであった。その心が暗い地

獄の世界に身を置くことになった。大目連よこれからは、日を決めてそなたが人に布施をする後ろ姿を見せて、お母さんの反省の材料に

せねばならぬ」、

とコンコンと諭すのでした。

こうして大目連は釈迦が教える通りに実践すると、お母さんはそれまでの生き方を悔い心から反省をして、明るい世界に昇華して行くの

でした。

それが現代では、その真意をはき違え、先祖の霊が帰ってくるという仏事と間違ってしまいました。

「お盆」の真の意味は、困っている人に布施をすることだったのです。

布施というのは、高貴な人が道路を歩き易いように赤い絨毯、布を道に敷くことのようですが、それから釈迦は、

「布施というものは、人が人生を歩く上で、歩き易いようにする全ての行為なのだ。だから、物を人に捧げるだけでなく、人に対してに

こやかに接する「顔施」、自分が席を空けて、人に席を勧める「床座施」、思いやりの有る優しい言葉をかける「言施」など考えれば多

く有ろう」

と教えるのでした

これまでに、「四十九日」、「お盆」についてお話しました。

では、このように教えられる高橋信次先生についてお話しなければ、誰だって信じるわけにはゆきません。

 

[正法との出会いと高橋信次先生の紹介]

 

僕の二度の高血圧性脳出血の闘病をきっかけに、福岡歯科大で学ぶ衛生士の姪が病室に差し入れてくれた、正法(しょうほう)の講演テープ

を聴くというテープ三昧(ざんまい)の日々を過ごしました。

闘病は、毎日がリハビリと正法の講演テープを懸命に聞くというものでしたが、その講演者は昭和五十一年に四十八歳で他界された高橋

信次という初めて知る名前の方で、特許を五百近く持たれ、東京でコンピューター端末機器を製造される経営者です。

この方の説かれる真理(神理)を正法(しょうほう)と呼んでいます。

病院では講演テープを、退院してからはビデオテープで講演を伺うことになりますが、少し丸顔の実に誠実であやふやな所がない、よど

みのない語り口に、僕はすっかり魅せられました。

初めは、録音テープから判断して、メモかなんかを目で追いながら、よどみなく講演を続けておられるのかと思っていましたが、ビデオ

で見ると傍には何にもなく、流暢な切り口で何時間も同じ声量で続けられるという、正に超人でした。

僕も大学時代は音楽部で司会を楽しみ、プロのアナウンサーに師事して、いっぱしの語り部()を気取る者には、とても驚きでした。

こうして時間が経つにつれ、人の口には戸は立てられぬと言いますように、あの方は本当にお釈迦様の生まれ変わりではないかと囁かれ

はじめました。

自称釈迦は全国に多くいるようですが、なぜか不思議にも、高橋先生の講演録音テープやビデオテープが僕の所にも多く集まってくるも

のですから、テープや本を通して勉強が深くなるにつれ、これこそ本物と思いました。

更には大野城市に高橋先生の一番の高弟であり、今は亡き園頭広周(そのがしらひろちか)先生がおられ教えていただくうちに、正に本物の

お釈迦さまの生まれ変わりと確信しました。

それならこれを良い機会として、是非皆さんに教えを広めなければと一念発起して、僕はいくつかの著書を出版、自宅のビル地下二十坪

を解放して、高橋先生や園頭先生の講演ビデオを公開しました。

ところがです。

昨年の七月十九日、丁度一年です。

博多駅前の水害により地下室は冠水、資料や機器一切、内装一切がヘドロに埋もれて、この不運を嘆きました。

今年はこの時期、新潟、福井の水害惨事が報道され、台風は続け様に押し寄せてきて、他人事とは思えません。

このように災害が次々と起こるのは、正法的に判断すると、日本に何か問題があるということです。

問題もなく国が安寧であれば、適度な湿りに、そよ吹く風と、それなりの太陽の熱と光です。

自然霊が支配する気候は、天上界からコントロールすれば至極簡単です。

まったく自由自在です。

と申しますのが、太陽の熱により蒸発した水は雲となり、雲が集まって今度は雨を降らす。

この晴→蒸発→雲→雨→晴れ→曇り→雨→晴れという循環の法則の中で、その周辺から雲を一杯集めて、それでも足りなければ風を吹か

せ、広範な地域から雲を移動させ、その周辺にドカ雨を降らすなんてことは簡単なことなのです。

ですからその問題の起きた地域の住民意識は、程々という中道でなければなりません。

災害が起きるほどひどいということは、何か問題が潜んでいると思います。

その問題は原因があるから、その結果なのです。

この問題は別におくとして、

僕は地下を排水後、内装の一切を撤去、コンクリートむき出しの変わり果てた部屋を前に茫然と立ちつくします。

しかし、立ち尽くす間もなく、これまでに修羅場を何度となくかいくぐって来ている僕は、ムクムクと負けん気が湧き起こってきて、そ

れから半年間、昼となく夜となく大工仕事を衛生士さんに助けられて、完成しました

少し他と違うのは、床は当然フローリング、クロスは水にはペロリと剥げ落ちるので、壁も天井も全部フローリング仕上げという前代未

聞の内装ですから、材料費は割高でも今度水没した時は、タワシでジャブジャブ洗えるものと意気込み、同時に止水板もつくり完全を期

しました。

またまた、ところがです。

器はできたものの、適齢期の娘のいる身には、オーム教のように宗教はウサン臭く奇異の目でみられるからと、家族の猛反対を受け頓

挫、今のところ僕のリハビリ・フロアーになっています。

当然なことながら、喪失した資料やテープなどの補充を全国的に展開する期間も必要なので、無理を言わず一服というところでしょう

か。

ところで、高橋先生は今から四十年ほど前、十年ほど正法として全国各地で講演をされました。

この付近では福岡、二日市、津屋崎、佐賀で講演をされ、全国各地の先生の講演場所は、主に同和地域でした。

先生も長野の同和地区に生まれられ、人間平等を阻害する同和問題を解放する目的と使命も、先生にあったと聞いています。

更に、これを踏まえて高橋先生の第一の高弟で、我が師である園頭広周先生は高橋先生の意志を引き継ぎ、同和地区である鳥栖から朝倉

寄りの竹林に、正法を勉強する道場建設を計画されましたが、当時のオーム教の暴走により、住民が過剰反応をして反対したため、常識

をわきまえる宗教は無理強いしないものと断念、今は亡き園頭先生は「これでこの地域が救われるのが先送りになった」と呟かれたのが

印象的でした。

そのため会の中心にいた僕は急遽、志賀の島の風光明媚な一角、現在の志賀の島渡船の前身である船持ちさんの別荘を買収、改装して、

六百坪の道場として歩き始めました。

それも数年後、国際正法協会・主宰の園頭先生が闘病後亡くなられたため、会は解散して道場も売却清算の憂き目に合い、現在は東京を

中心として「正法感謝の集い」として、全国十箇所ほどで細々と活動を続けています。

この背景の中で園頭先生に出していただいた僕の著書も、五冊で足踏みとなります。

横道にそれてしまいましたが、先を続けます。

 

[モーゼ、釈迦、イエス、高橋信次]

 

ひるがえって、モーゼは奴隷の子として、イエスは左官の子として生を受け人類を導かれたということです。

釈迦は上級階級の王子として生まれ、シュドラー(奴隷)や、当時は男の慰め者にすぎなく低く見られていた女性も、釈迦教団の一員として

入門を許され、竹林精舎、祇園精舎、鹿野精舎などの各精舎で、共同生活を通して人間平等の生活を実践されたということです。

ですから、高橋先生も同和の子として人類を導かれても何ら不思議はありません。

先生の講演や記録の中には人間の生き方、人類の道が教えられているので、どうしても後世に残しておかねばと思うのです

こうして、これまで苦労して集めた資料やテープ類は突然失っても、各地に分散して残っている講演記録である講演テープの結集には、

一筋縄ではいかないでしょうが僕も俄然ファイトがわきます。

でも、そこはそこ、各地にはさまざまな使命と目的を持たれた人もおられ、沢山集めている高齢の方も居られますので、テープが分散し

ないうちに、連絡をつけ集めておくという大事な目的も僕には有ると、勝手な自己目的に満足をしています。

現在、僕の宗教活動はインターネット・ホームページ上だけです。

「インターネット宗教・正法」として二百五十万アクセスの隠れたホームページと評価されているようです。

高橋先生は著書群として、「人間・釈迦」四部作をはじめ「心の原点」、「心の発見」など三十冊ほどです。

園頭広周先生も同じくらいの冊数です。

高橋先生の「人間釈迦」は、文献などのお手本にされるものは一切なく、気のおもむくままに自動書記されたという希なる本ですから、

全国大抵の本屋に置いているので、機会があれば手にとって見てください。

宗教臭の無い、人間としての釈迦を綴った、よい本といわれています。

いまから二千五百年前、古代インドのお釈迦さまの実録とも言うべきもので、出版から三十年、長い間ベストセラーを続けているようで

す。

高橋先生はもともとエンジニアであり、宗教家ではありません。

でも、誰から習わなくとも霊界から協力を得て、宗教のことがわかり、何でも自由自在ですと公言されました。

それでは、これまでに先生の周辺で起きた事実を羅列して、先生の実像に迫り普通の宗教家とどう違うか判断していただきます。

 

「真の反省の厳しさ」

 

[喫茶店]

 

インド時代と同じ修行をしょうと、幹部を集めての研修会です。

その日は、長年の人生の反省を各人は壁を向いたり、天井を見上げては真剣な眼差しで始めました。

しばらくして先生は部屋へ入るなり、

「あなた方の反省は堂々巡りして真の反省になっていない、これからは書きなさい、それを見ます」

こうなっては、これまでの恥も何でも全部書かねばと思う人もいました。

「Aさんあなたは、喫茶店を十一出していますね」

「なんですか九つですよ」

「いえ、十一です」

指折り数えて

「先生、やはり九つです」

「よく考えなさい十一です、あなたの心のテープレコーダに記録されているからごまかせませんよ」

また声を出し指折り数えて

「そうです十一でした」

「そうでしたね、あなたは女性に近づくときいつも店を出してやるからと、いつもそうでしたね」

Aさんは蒼白になってひれ伏した。

このように反省の大事さを教えられたのです。

 

 

 [ダブルパンツ]

 

「Bさん、あなたはダブルパンツをはきましたね」

「それ何でっか、ダブルパンチと違いまっか」

先生はユーモアのある人だった

「違いますよダブルパンツですよ、あったでしょう税金のことで」

浪花のその人は、わなわなと震え真っ赤になって石のように固まった。

それはこうでした。

その人は事業家で、終戦後の税金攻勢に悩んでいた。

近くに税務署員の妹がいて、税金を負けてもらおうと近づき子供ができた。

月日がたち、本妻の子と同じ学校に上がって、父兄参観の日が来たのでウッカリして出た。

双方から「父ちゃん」、「お父さん」と飛びついて来て、「僕の父ちゃん」だとなり喧嘩が始まって、それでは、どんなパンツをはいて

いるかで決めようということになった。

そのことを反省しなさいと先生は教えられたのです。

 

[夢を操作して心を試された]

 

(その一、)

お金に執着して、お金にとても汚い人がいると、お金が落ちている夢を見せて、その去就に迷うかどうか試され、ポケットに入れるもの

なら、電話が来て注意を受ける。

正さなければ何度でもテストがあるので、その心の傾向性を正す以外になく弟子は辛かった。

 

(その二、)

若い弟子だった

天蓋付きの黄金のベッドへ、肌は小麦色で胸は理想的な張りのあるクメール人の女が、腰をくねらせて誘った。

同行した女性が行くなと引きとめたが、それでも女に静かに入って歓喜した。

「アッ夢テストだ」と若い弟子は思ったが、もう後の祭り、後日、先生の前に進み出て「テストに失敗してやってしまいました」

「どうして?あれだけ誘われれば若いんだから、オチンチンが立って当然ですよ」

「では、あれでいいんですか」

「イヤ、いけない、あなたの許婚のことは頭に無かったのですか」

 

 

[行動を透視して見ておられた]

 

国電の中で弟子の一人が友人と話していた。

散らかっているゴミを目で追いながら、

弟子の友人

「汚ねーナー、でも放っとくか、掃除をする職員の仕事を奪うことになるしナ」

弟子の一人

「それもそうだな」

次の講演会の時、先生は「こう言っている人がいます、人が何と言ってもゴミを拾うのです」

その人は先生に心を見られてしまったと心から反省されたという。

 

[危機一髪]

 

高弟の一人が、弟子の車に乗って高速道路を走っていた。

弟子がついウトウト居眠りをすると、その瞬間、光の輪が運転を交代、事なきを得た。

帰って先生に話そうとされると、「無事で何より」という先生の言葉が一瞬早かった。

 

有名人のこと

 

[田中角栄元首相のこと]

 

ロッキード問題で混沌としていた頃、これからどう身を処すれば良いか、秘書が二人、講演会の先生に面会を求めた。

高弟に録音して置くようにと命じられテープが残された。

「田中さん、裸になりなさい、目黒の豪邸もみな処分して、僕も裸かになった、皆な裸になったところで、これからの国家大計を話し合

おうではないか、それでもツベコベ言うようなら、僕が教えるからこういいなさい。

「〇〇君、君は働くものの見方だというが、労働貴族である。〇〇君あなたは〇〇の何号室に女性がいる。それでも白を切るなら顔がこ

う、名前もこうと教えるから裸になりなさい、そうすれば、国民はもう一度あなたを首相にというでしょう。

後日、別の講演の中では、

「聞き分けが無いからこうなってしまう。脳卒中の根本原因は、怒りの心ですと、氏の長い闘病も示めされていた。

(織田信長の義父で、美濃の油売りで名を馳せた斎藤道三の生まれ変わりと先生は言い残されます。その娘は織田信長の妻)

 

 [池田大作氏のこと]

 

創価学会の関係者が先生の個人相談を受けた。

それが知られることになって首になった

先生は心配されて池田氏に手紙を書かれた。

「あなたは〇月〇日ハワイのホテル〇号室で〇氏と密談をしていた。

あなたのことは何でも知っている。

仏弟子と言うあなたが、家庭もある部下を路頭に迷わせていいはずはありません。

取り消さなければ僕にも考えがあります」、と。

その人は首にはならなかったが左遷された。

その噂が広がって、先生に脅迫文が届き始めた。

それで三度、会員が警護するということがあった。

先生は、池田氏が矢作橋の盗賊の親分・蜂巣賀小六の生まれ変りと言い残されています。

 

[落語家の林家木久蔵氏のこと]

 

空港で買った先生の著書を読んで面会を求められた。

木久蔵氏はアポイントの時間に気が急いた。

電車を乗り換え、ご挨拶のオレンジを一箱求めて、どうにか間に合われた。

「いらっしゃい、ものごと急ですな。道にあれこれ迷われて、気が急きませんでしたか

照れ隠しに、「ハイ、これご挨拶代わりのオレンジです」

こまごまとついて出る言葉は落語家という職業から氏が着かれるまでを、ズーッと透視されていたというのです。

氏もこれにはノッケから度肝を抜かれたそうである

これは氏の著書に詳しく書かれているので、それに譲ります

 

[中丸薫さんのこと]

 

俳優中丸忠夫氏の奥さん、明治天皇の落胤の直系で国際政治評論家です。

先生は、氏が卑弥呼の時代の邪馬台国の大臣だったと話され、邪馬台国は有明海を中心としてあったと講演されています。

園頭先生は、特定して、邪馬台国は吉野ヶ里だったと。

中丸氏は、アラビア半島の海岸を走っているとき瞑想をしたくて、海岸に額ずかれます。

ところが、雷鳴が鳴り響き雨に打たれて気がついたときには、ダイヤも装飾品全部が失くなって、

「あなたには飾りなどふさわしくない」

と天から聞えてきたというのです。

帰国して先生に報告されるより一瞬早く、先生は「大変でしたね」と。

これは同氏の著書に詳しくあるのでそれに譲ります。

 

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 [女性のこと]

 

「楊貴妃はオードリー・ヘップバーンに生まれ変りました」

「デビ夫人は、ビルマの舞姫シーメンの生まれ変わりです」

 

[飾りより心に錦]

 

八起ビルのクリニックへ大企業の専務が受診しました。

「うちの家内は浪費癖で困る、それにつける薬はないものか」

「それならこのビルの上に高橋という先生がいる」となって、

ある日、上から下まで着飾った婦人が先生を訪ねてきました。

「うちの主人はケチでケチで、ケチを治す方法はないものか」

夫人は大企業の社長の娘で、大企業の専務夫人。

毎月の買い物が数百万円。

大きなカラットのダイヤを陽にかざしたりされる。

認めて欲しいのだなと先生は、

「素晴らしいダイヤですね」

「〇〇カラットですのよ、先生へ差し上げましょうか」

「頂いても墨田川へ捨てるだけですよ」

「マー勿体ない」と。

それから先生は、金持ちには金持ちの使命と目的、つまり金持ちの心得と役割があることを、コンコンと諭されました。

 

 

「釈迦が教える夫と妻の役割十ケ条」

 

一、夫も妻もそれぞれに相手の一族の接待をよく処遇する

 

 二、夫が何の心配もなく心おきなく働けるように、妻は家事全般に従事する。

家族の生計のために男はよく働く。

 

 三、物が豊富で安い時に、保存食や食糧など日用全般を買う。

夫の趣味、嗜好にのみ走らない

 

 

 四、家の財産をよく守る。散財しない。浪費しない。

 

 五、一家の蓄財を他人に広言しない

 

 六、お互いに他の異性を思ってはならない。

姦通してはならない

 

 七、夫をよく立てる、尊敬する。

男も女を軽蔑しない、尊敬する。

 

 八、髪を長くして女は女らしく。

男は男らしく髪を短く。

 

九、お互いに身体をいたわり、病気なく健やかに老いる。

 

 十、男は女の身体を所有するもの。同じく女は男の身体を所有するもの。

 

 

[光の数字(その一)

 

アナンというお釈迦様の侍従をした人がいます。

先生が大阪のホテルに泊まられ、翌日の講演に備えておられたとき、現代のアナンのT氏は、目の前に金色の数字がパッパッとまたたい

て仕方なかったそうです。

その内に「ハハア、この数字の番号に電話せよということかな」と電話をされたら先生の部屋につながって、先生が「アナン」と呼びか

けられると、それから古代インド語でしばらく話が続いたそうです。

そのときは、見も知らぬ人と初めて話をされて、Tさんも仰天されたそうです。

「ネそうでしたねTさん」

と、同意を求められたのを聞いている人が書き残しています。

 

[光の数字(その二)

 

弟子の一人が、先生の八起ビルを訪ねたときの事です。

一人の老婆が盛んに受付にお礼を述べていました。

尋ねてみると、

老婆は家を出るとき、電話番号の書付を忘れて出て、これでは訪ねる事もできないと途方にくれたそうです。

そこで老婆は、

「先生助けてください」と祈ったそうです

すると目の前に金色の数字がパッパッと輝いて、連絡がついたということでした。

騒ぎを聞きつけて奥から出てきた先生は

「着かれましたか、良かったよかった」と。

 

 [挑発する人]

 

四国の神学博士である教祖が、僕の八起ビルへ来た。

つかつかと僕の前に来て、

「高橋さんはおりますか?」という。

僕を相当年配の恰幅のいい、素敵な服を着ていると想像して来たのでしょう。

ところが、係長にも満たないのがいるのでね。

「おかけなさい」

「あなたですか高橋さんは?釈迦が生まれてくるはずがない」

「ホホー、釈迦ですか、僕は一度も言ったことはない。だが人の口には戸を立てられないと言いますからね、あなたが分るのならそれを

証明できるはずだ。

何ですか、四国に本妻を置いてここにいるのは、ウソとは言わせませんよ」

「それがわかるのですか」

「あなたは何も分っていない、金もってこい何もってこいと、そんなに金を集めて何するの出直しなさいと、ピシッとこうやって皆なひ

っくり返してしまうんです。僕にはその力があるんです」(講演筆録)

 

 

 

 [松下幸之助氏のこと]

 

先生は、松下幸之助氏をイエスの十二使徒の一人、ルカの生まれ変りと言っておられました。

その当時、先生の著書を出していた出版会社の社長氏が松下氏と先生を引き合わせようと何度か連絡をとられた。

「ほう僕がルカの、是非その方に会いたいです」、と。

だがそれは実現せずに終わった。

「分っていませんね。まだあの人は。正法神理を説く人の周辺には、経済的援助をする役目の「大黒天」という人がいます。それが松下

さん。

一代であんなに金が集まる訳がない。でもいいんです。僕は僕で、自分の力で金を集めます。そういう訳で、政経塾での教育や寄付によ

り、なんとか人を救おうという気持ちはあった。あの世に帰ったら反省させられますよ」と。

「まだ隠し子の存在が明らかでない頃から、それを私たちは聞かされていた」と弟子が書いています。

 

 [三億円事件のこと]

 

「誰がどこでどうしたか、私達には全部わかります。

これまでKGB事件、〇〇殺人事件、迷宮入りの事件など、多くを解決して警察から感謝されました。

簡単なんです。どこでどうなったか教えてくださいと言うと、「ノミで・・・用水路に捨てられ・・・」と、そのものズバリで出てきま

す。

そこで三億円事件に取り掛かろうとしました。

すると、指導霊から叱られ、お前は神理さえ説いていればいいのだ、

どうして事件解決屋のように警察の片棒を担ぐのか、いまに都合の悪いやつから殺されると、それで今は一切おことわりしています」、

と。

テレビで時折行われる霊能者による事件解決は、結果の早取りですから人が評価するほど喜べません。

その理由は、早期解決は害者も被害者のいずれも、これで良かったよかったと解決済みとなり、どうしてこうなったのかという、完全な

心の反省ができない内に幕を閉じる恐れが有ります。

ところが、迷宮入りするほど解決が遅れると、害者はいつ逮捕されるか、いつもビクビクして安らぎなどありません。

そうなれば、こんなに苦しむのなら二度としないゾと、完全な反省につながります。

また、被害者の場合も、長い時間の経過により、どうしてこうなったのかという事件の原因と結果が完全に理解され、周りの者も、よき

反省のチャンスになるのです。

ですから早期解決は、痛みに対し痛み止めを飲むことに似て、どうしてこうなったのかという、完全な反省には程遠いのです。

 

 

[玄奘三蔵法師のこと]

 

法師が猪八戎と如意棒の孫悟空をお供に天竺へ経文を取りに行くという有名な説話があります。

ここではそれについてお話します。

今から二千五百年前に、お釈迦様が説かれた仏教の経典を、お釈迦様に縁の有る分身(ここでは分身については詳しく触れません)の玄奘三

蔵法師が、今から千四百年前に、仏教をアジアに広めるため、自ら国の禁まで破って国外へ出るという命がけの使命感は驚きに価しま

す。

玄奘三蔵法師は釈迦の分身とだけ理解しておいてください。

そこで、「大唐西域記」を元に書かれた「三遊記」という説話では、三蔵法師の他に孫悟空と猪八戒などの三人がお供をすることになっ

ています。

現代日本には玄奘三蔵法師の馬の手綱を取った人もいると高橋先生はその名前も明かされましたが、それではその他のお供の二人は誰か

お話します。

説話では猿の悟空と猪の八戒ですが、前にお話した「お盆の由来」に出てきた私の師である園頭広周先生その方と、大目連であり坂本竜

馬である米在住の大谷氏その方であるというのです。

それではお二人の関係を綴ります。

高橋先生から、舎利子と大目連の関係を知らされた二人は、ニューヨークと日本との文通を続けられます。

どうして大谷氏と高橋先生が異国間で知り合われたのか、述べます。

指導霊からマンハッタンに永住していると知らされた高橋先生は、夜になると幽体離脱をして、幽体離脱というのは、瞑想・禅定(ぜんじ

ょう)により意識・魂は肉体から離れることですが、意識()により大谷氏の魂を揺さぶって道を説かれます。

集中的な講義を受けられた大谷氏は、そのうちに

「アッ誰かが来ている」

と気配を感じて自覚されるようになったということです。

高橋先生はその頃弟子たちに、

「大谷さんがついに悟りました。意識で行って見ると、マンハッタンの公園で、大谷さんは禅定・瞑想していましたよ。実業家としての

かたわら、剣道場を開いて指導し、また、東洋哲学も教えていますからね」

と告げられています。

更に述べれば、僕の正法の同士・東京(コンピューター会社経営)は、若い頃に大谷氏を頼って渡米、数年滞在された人もいます。

また、大谷氏は東京オリンピックではアメリカ側柔道監督として来日され、経歴を押し上げられました。

こうして大谷氏がついに悟られると、先生は大谷氏へ手紙を出され、その手紙の内容も残されています。

また、高橋先生は、釈迦のかっての弟子、迦葉(かしょう)である現代の台湾の蔡(さい)氏へも、大谷氏と同じように、台湾へ幽体離脱して、夜毎に道を説かれ、大谷氏も蔡氏も、その後先生の教えに合流されるのです。

舎利子の園頭先生と大目連の大谷氏は、お互いに文通を続けられます。

そうしたとき大谷氏は、アメリカの経済使節団団長として日本を訪問されることになります。

それも、団長が来日できないというハプニングのために、急遽、団長抜擢というものでした。

日程の都合から福岡で二人は初めて顔を合わされます。

次のチャンスは使節団の長崎雲仙の観光でした。

幸運なことに、その日は園頭先生の長崎講演会でしたから、大谷氏を壇上に呼ばれると、そのとき興味深い話をされています。

 

[大谷氏の不思議な体験]

 

それは

「僕が眠っているとき、身体がググッと持ち上げられて雲の彼方へ体を持って行かれました。

気がつくと、雲の上に高橋先生が立っておられ、大谷さんこれを見なさいと、先生の五本の指に、生まれ変りの転生輪廻(輪廻転生)の真実

を見せられました。」というものでした。

これは、孫悟空がいかに如意棒片手に雲を駆けても、所詮は観音様の手の中という話しに似て、驚きます。

更に別の講演には

「僕は相手の人がどんないやなことを言っても、自分の心を宇宙大にするから、相手は僕の手のひらに乗って、どんなことを言っても腹

が立ちませんね」、と。

坂本竜馬の大谷氏は、懐かしい長崎を訪ねられ、どんな想いで過ごされたのでしょうか?

竜馬は、長崎で海援隊を組織して、海運と貿易に活躍して名をあげます。

博多には海援隊というバンドの俳優・武田鉄矢氏が有名ですが、熱烈なフアンの中には、当時の坂本竜馬を支え、竜馬ゆかりの人が、ど

こかにいてもおかしくありません。

 昨年の秋、我が家の地下室壊滅の修復工事の合間をぬって、長崎の歯学会に参加しました。

その地での大学同期会は、花街の一角、竜馬ゆかりの料亭・花月で開かれ、竜馬が切りつけられたという刀キズが鴨居に保存

されていました。

ライトアップされた庭の、古木の松の奥深くに、蔦に覆われ苔むした社が、密かにひっそりと、祭られているのが見えまし

た。

夜毎、男女の秘め事の果てに、密かに葬られた稚児を偲んで、また、自身の幸せを願って、女たちが手を合わせたであろう

と、竜馬と大谷氏を重ねて、僕は思いがけなく長く見詰め続けました。

 

 [大目連と竜馬の心の傾向性]

 

古代インドのお釈迦様時代の大目連は、自分の弟子が起こした事件を処理したことから些細なことに巻き込まれ、暴漢に襲わ

れて亡くなってしまいます。

また竜馬はご存知のように、幕末の京都で、三十三歳の若さで刃に倒れて若死にです。

高橋先生は、二人に共通するこの心の傾向性を揶揄(やゆ)されて

「何としろ、何度懲(コリ)ても仕方ないから(爆笑)

と大目連の幼名コリータを掛けて講演されているほどです。

竜馬から料亭・花月へと記述を進めて行くうちに、ハタと考えつき大事なことを思い出せました。

次は受胎と堕胎について話します。

 

 [正法から見た妊娠と堕胎]

 

人間は永遠の生命として、この世に別れを告げる(死ぬ)と、次元の違うあの世(実在界)で、勿論、人により違いますが、約千年間あの世で暮らします。

特別な使命のある人は、希にですが、百年、否、五十年で、この世(現象界・地上界)へ生まれてくる場合もあります。

 

[近未来]

 

今から百五十年後は、現在のアメリのシカゴに世界政府が樹立され、かってのイエスキリストが出られて正法が説かれるの

で、縁のある人はその頃生まれる人もいます。

これを縁生といいます。

そして園頭先生は、二百九十年後にインドに生まれられ、正法を説いて現在も根深く残るカースト制度を打破するために力を

尽くすと予告されて亡くなられています。

ですから園頭先生に縁のある人は、その頃地上界に出る人もいます。

その頃のインドは温暖で現在の日本のように四季がはっきりしています。

同時に、その頃の日本の東北以北は、人も住めない極寒の地になるようです。

次に日本の命運について少し触れますと、これから二百年間は今まで通りに栄えます。

石油は衰退しますが、新しいエネルギーが太平洋岸から採掘され、エネルギー問題もなく食糧問題も起こりません。

この当分の間の安心は、正法が根源ということです

それが終わると、七百五十年後は、高橋先生が生まれられ現在のアフリカ大陸の大西洋岸に宇宙ステーションが完成して自由

に惑星間の旅行が行われます。

エジプトの砂漠には現在の全世界を賄うほどの膨大な金塊が手つかずに埋もれているので、これは正法の計画のために使われ

るらしく、イエスの世界政府、人類の悪弊であるカースト問題、宇宙ステーション完成のために有意義に使われるのです

正法には新事実が沢山あり、ダイジェスト版として多くを伝えたいものですから、記述があちこち飛んで戸惑われると思いま

すが、勘弁してください。

 

[妊娠]

 

人は結婚すると、夫婦生活が始まり、精子と卵子が合体して胎児の原形が子宮に形成されます。

妊娠三ヶ月頃には、胎児の肉体に乗る(支配する)と約束した魂が、降霊の準備を始めます。

その時期になると、あの世では友人や関係者とお別れ会が開かれ

「頑張ってね」

「わかったよ任せて」

と、妊娠三ヶ月には胎児に魂がいよいよ降霊します。

これはあの世での死です。

そして十月十日、胎児の肉体は、順調に成長していきます。

医学的には母体から栄養を受けて成長していくといいますが、そうではなく、降霊した魂の支配下にあって、コントロールさ

れ細胞は分裂して成長するのです。

魂の支配を受けないものは、いくら母体から栄養を受けてもただの肉隗、肉のかたまりに過ぎません。

当然、人体にはなりません。

人間の魂の支配を受けて細胞を配列してゆくから、人間の心臓は人間の心臓に、人間の肺臓は人間の固有の肺臓へと形成され

ていくのです。

母体の胎児の魂が、あの世と通々で通じていますから、母親も霊との感応が敏感になります。

女性は男性より霊感が鋭いと言われるのは、こういった妊娠、受胎という女性特有の理由からなのです。

高橋先生のお母さんは、イエスを生み育てられたマリヤ様と言われています。

 

 [マリヤさまとマヤ様]

 

最初、先生は釈迦のお母さんのマヤさまに、今度もお母さんになってください、と頼まれると、インドのときは大層苦労しま

したから、今度ばかりは勘弁してくださいと言われるので、イエスのお母さんであり、幕末の木戸孝允(桂小五郎)のお母さんで

あるマリヤ様にお願いしたのです、と先生は言っておられます。

マヤ様がどうしてお断りになったかと申しますと、釈迦を生むと産後の肥立ちが悪くて一週間で亡くなってしまいます。

これも釈迦に人間の正しい道を説かせるための、天上界の計画であったと先生は自ら明らかにしておられますが、母として釈

迦を人類に捧げる道は尊くも厳しかったのです。

こうしてマリヤ様は、先生のお母さんとして、長野の貧農の妻としてつつましい生活ぶりでした。

、さすがにマリヤ様だけに無学ながらことわざを駆使して十人もの子供さんを育てられます。

マリヤ様であるお母さんはこう話されています。

「妊娠して間もなくのことでした。夜道を歩いていると、足許が懐中電灯で照らされたようにポッカリ光って、天から声が聞

えてきました」、

と訪ねられた園頭先生に話されています。

さすがにマリヤ様だけに不思議な体験があったのです。

イエスを産んだマリヤさまは、処女懐妊ということになっていますが、高橋先生は、それは後世の人の作り話で、普通通りの懐妊でした、

今世は十人の多産でしたと言われています

 

[つわり]

 

つわりは多くの女性が程度の差こそあれ経験します。

「私は殆んど感じませんでした」

「もうそれは、ひどくてひどくて」

とお聞きします。

つわりは、お母さん本人の魂と胎児の魂の相克から起きます。

言葉は適切ではないかもしれませんが、お母さんと胎児の、二つの魂の縄張り争いと言えます。

お互いに調和されるとその内に治まるものです。

 

[嗜好の変化]

 

 妊婦は、それまで見向きもしなかった食べ物の嗜好が突然にかわることがあります。

例えば妊娠したら、それまでは余り関心を示さなかった葡萄を毎日ザル一杯食べ続けたというご夫人を知っていますが、この

ような嗜好の変化は、普段の妊娠していない時は、お母さん自身の嗜好です。

ところが妊娠され胎児の魂が宿ると、胎児の嗜好が出ることがあります。

これは胎児のかっての地上界での食事様式が、現在のお母さんと大きく変わった場合は、その嗜好の変化に驚かされます。

 

[障害者の肉体に宿る霊は魂の勇者]

 

人は胎教や薬物の影響で、肉体に障害が出ることがあります

その障害のある身体に、魂は乗って一生を送るということを承知の上で、魂は宿るのです。

と言うのは、胎児の魂はあの世とツウツウ(通々)ですから、奇形や障害を実際に自分で見て知っているのです

ですから、この奇形や障害ある肉体で、困難な人生を送ることを自分で納得している「魂の勇者」と敢えて言うのです。

言葉は悪いですが、肉体は片輪でも、精神が異常という訳ではありません。

それどころか選ばれた英雄なのです。

ただ、もともと立派な魂であったのに、人生の中で障害というハンヂイから、ひくつになって、親や神までも怨んで、魂まで

汚して腐らせる人も残念ながらいます。

特殊な例をあげます。

見えない、聞えない、話せないという三重苦を乗り越えたヘレンケラー女史は、正にこの典型的な例です。

高橋先生はあの世のヘレンケラーに話を伺われたら、

「見ることによって心を汚さなかったから、聞くことによって心に歪をつくらなかったから、話すことによって心を乱さなか

ったから、いつも神と対話して、とっても幸せでした」、

というのです。

さらに先生は、ヘレンケラー女史は菩薩界の方で、全世界の障害者に勇気と力を与える使命と目的の人でしたと言い残されて

います。

菩薩界という言葉が出てきましたから、説明をします。

 

[人格と人間性の段階]

 

上の方から行きますと、

先ず、一位は如来界です。

慈悲と愛だけの、慈悲と愛のかたまりともいうべき人達です。

あの世とこの世を合計して三百六十億人の中の四百二十人余りの最高段階の人達です。

 

二位は、菩薩界です。

この段階も慈悲と愛です。

あの世とこの世で約二万人です。

 

三位は神界(しんかい)です。

神界は神とついていますが、神ではなく、神が人間に求められている段階という意味の神界です

学者や博士が多く、損害を受けても相手を責めず、どうしてそうなったかの原因と結果を静かに反省する心の段階です。

神様は全人類がこうなることを望んでおられます。

この段階は数千万人です。

 

四位は霊界です。

ギブアンドテイクという打算の心の段階です。

 

五位は幽界です。

人はどうでも自分だけよければよい、というエゴの世界です。

五位の幽界が人間として最低段階です

 

[人が生まれ変ることができる最低の段階は幽界]

 

幽界までが地上界に生まれ変ることのできる段階です。

これ以下の人間性の人は、どうあがいても誕生できません。

これ以下の人間性の人を先生は五段階に分類されています。

修羅界、餓鬼界、畜生界、煉獄、無間地獄、魔王です。

簡単に一つだけ紹介して先へすすみます。

その一つ畜生界というのがあります。

右を向いても左を見ても、どこでもみな愛欲を続けているという、見るに耐えない、やるせなくも、ひどい同類たちの世界で

もうこうなると、どこを見てもセックスの限りを尽くした世界ですから、そこにいる住人は、これは間違っている、これでは

人間失格、人間破壊だと自分自身を自分で反省をするという、自己責任の世界が地獄界なのです。

閻魔さまが裁くのではない、神様が裁くのでもない、自分で裁いて反省のために定住するのが地獄界なのです。

人間はみな神の子、仏の子ですから、全部自己責任の世界です。

こうして自分の心のあり方を修正し始めると、あの世は結果がすぐに出るという世界ですから、もうしめたものです。

どんどん反省をして段階が上がってくると、いつかは晴れて地上界・この世に生まれることができます。

こうして人間として最低の、

「人はどうでも自分だけはというエゴの世界」

という段階まで上り詰めると、この世に誕生できるのですから、神様は、どうしてこうも深い慈悲と愛の心で人類を許されて

いるのだろうと知れば、ひれ伏して感謝したくなるのは僕だけでしょうか。

現在、全世界の六十億の人類の平均的な人間性は、エゴの世界というのですから残念なことにこの程度なのです。

神様が人間に求めておられる神界の到来はいつのことになるのでしょうか?

 

 [誕生]

 

妊婦は、十月十日間は飲酒もタバコもセーブして、赤ちゃんの健やかな成長を楽しみ、ついに誕生です。

しばらくすると赤ちゃんは眼も見えないのに笑います。

これは、あの世の友人や縁者がそばに寄って来て、

「よかったね、これからも頑張ってね」

「わかった、まかしといてよ」という祝福の応答なのです。

先生は霊視されて、よくこの情景を見ておられたようです。

人は天上界での神との約束を忘れ、長ずるにつれて自分勝手なことをして行くのです。

 

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[親子の約束]

 

人は天上界において、

「あなたをお父さんに、あなたをお母さんにして、私を子供として育ててください」

「承知しました。それではあなたを子供として育てさせていただき人生の修行をします」

とお互いに納得づくで約束を交わします。

 

[堕胎の前章]

 

このように約束された魂が、降霊のチャンスがあってこの世に誕生したかもしれないのに、この世の色々な都合で、堕胎をす

ることがあります。

まだ降霊していない妊娠二ヶ月までは、ただの肉隗の除去に過ぎません。

ですから炎症や化膿がなければ特に問題はありません。

ここでは降霊した妊娠三ヶ月以降の場合を想定してお話します。

世の宗教団体や霊能者によっては、無知で悩める人たちを食いものにしている輩がいますので、この項だけでも、僕が全国を

講演して回っても価値があると考えています。

ビデオ・プロジェクターやスライド、OHPなどパソコンを駆使して言語障害の僕でもどうにかなりましたが、地下室の水害

による壊滅で、機材、スライドフイルム、OHPフイルムなど一瞬にして無くしてしまいましたから、悔やんでも仕方ありま

せん。

先ず、ひどい宗教家や霊能者は、

「堕ろされた胎児は、怒りに燃え、お母さんを恨み・・・」

などと弱みに付け込んで罪悪感をあおります。

それでは正法から見た堕胎の真実をお話します。

 

人は亡くなると、あの世で一定期間、反省をして心の修養をします。

暗い地獄の世界におちた人は、自分の力で、人間としての最低のエゴの心まで修正して、天上界へ戻ります。

最初から天上界にいるひとも、地獄界に落ちたひとも、山へ登る道はそれぞれ違ってもゴールはこの世への誕生です

一定の期間をおいて地上界へ下生のチャンスを待ちます。

それぞれは、あの世でお父さんとお母さんになる人を選びます。

誰でも選べるのかというと、そうではなくそこには必ず縁があります。

前世でのお父さんであったりお母さんであったり、とてもお世話になったので、今度は子供になってご恩返しをしたい等と、

そこには様々な事情があることでしょうが、無縁の人はいません。

例えば僕が、イエス様が好きだから、来世はイエス様の息子にといっても、それはできる相談ではありません。

そこに縁がなければ不可能です。

せいぜい、現在の両親に、子供にしてくださいとお願いするのが関の山でしょう。

サア、親子の約束がきまりました。

そこで、お母さんになる方とお父さんになる方が、それぞれの縁によって、それぞれの家庭に先に生まれて行かれます。

 

[赤い糸に結ばれて]

 

二人はお互いに成長され適齢期を迎えます。

「赤い糸に結ばれて」という言葉があるように、劇的な出会いがあるというのは偶然ではありません。

それは、天上界で夫婦の約束を届ける役所のようなところに自己申告をした約束が、潜在意識の中に密かにインプットされて

いるからです。

ところがお互いに約束を忘れて、或いはお互いの事情から本来はこうあるべきという関係から外れて、別々の人と結ばれたと

します

最近はこういう問題が多発して天上界も混乱しているようです。

もう一つは、戦争や車社会による影響です。

結ばれたくとも、相手はこの世にもういないという問題です

でも、どんな時でも人が結ばれる時は、親子ほど歳が離れたり、結婚の時期をずらして、男女の比率はどうにかバランスがと

れるようです。

こうして理想は約束された夫婦に約束された子供が家族をつくる、これが理想です。

ボタンの掛け違いによって約束が違った場合は次のようになります。

お母さんはお腹に子供を宿し、心を入れて生み育てるという女性の本質から、男性より女性寄りに、女性を中心に、縁の有る

人が生まれてくるということです。

女に生まれて損をしたとお考えの人は、特に、自分の縁で子供が生まれたと考えて子供を愛深く大事に育てて欲しいもので

す。

 

[男女は平等]

 

女に生まれて損をしたという言い回しをしましたが、男と女は平等です。

勿論、神の前に人間として男女は平等です。

力が強いかどうかは不平等です。

子供が生めるかどうかも不平等です。

それ以外に男女は平等ということを示します。

人間は永遠の生命として、男に生まれたり女に生まれて魂の修行を続けまするのです。

今世だけのことだけを考えて、男に生まれて良かったの、悪かったのと不平不満を言う愚かさをお気付きになったことでしょ

う。

 

 [男らしさ女らしさ]

 

人間は永遠の生命として、男として生まれた回数が多いか、女として生まれた回数が多いかによって、今世が男性なら男らし

い男、女らしい男がいるということになります。

また、その反対に今世が女性なら、女らしい女、男らしい女がいるということになります。

 

[ゲイボーイとレスビアン]

 

普通は、異性を愛し異性に興味をおぼえるものですが、同性を愛することしかできない人がいます。

人間は今世が男なら、男としての人生の使命と目的があります。

ところが、それに失敗したのですから、来世はまた男に生まれ、やり直しをすることになります。

 

 [カストロ]

 

排便や尿を、飲んだり食べたり身体に塗って喜ぶ人がいます。

人間なら尻込みをするものでも動物は平気なわけですから、これは動物霊が憑()いている、憑依していると見て間違いありま

せん。

 

 [堕胎の終章]

 

結論にはいります。

人は亡くなると、魂は大人としてあの世へかえります。

次に下生のチャンスがあって降霊するときは、胎児の大きさに比例して魂も小さくなります。

そしてお母さんの母体に赤ちゃんが宿ります。

約束された魂が、天上界から妊娠三ヶ月頃に降霊、天孫降臨します。

しかし、或る事情から堕胎されます。

堕ろされた魂は、この世に出ることなくそのままストレートに、出てきたばかりの天上界へトンボ返りをします。

このように、この世に出ることなく天上界へとんぼ返りするのですから、魂は天上界のままの垢つかず、汚れつかずの天子そ

のままの状態です。

ですから、天子は恨みを持たない天真爛漫の赤子そのままの心ですから、自分が子供になることをお願いしたお母さんに、恨

み心をもつ筈はなく、それどころか

「お母さんは誰にも言えぬ深い理由(わけ)があったのだろう」と同情さえするのです。

だから堕胎による問題はありません。

 

 [堕胎の後の魂はどうなる]

 

堕胎の後には、先に述べたとおり霊的な問題は起こりません。

もし有ったとするなら、罪悪感で心を暗くしていると、その暗い心が暗い地獄の悪霊に心が同通して、困った現象が起きたの

ですから、一度胎児に心から謝って、それからは心から明るく振舞うことです。

明るさは暗さとの対角にありますので絶対に問題は起こりません。

もうあんなにケロリとしているという位に心を逆転するのが、一番のコツなのです

それでは、堕胎されてトンボ返りをした魂は、それからどうなるかを説明します。

天上界に別れを告げ胎児に降霊するまでは、魂は立派な大人です

ところが胎児に降霊したときは、魂は胎児の大きさに比例して小さくなっていますから、今度はあの世の魂の友人や魂の縁者

が、責任を持って大人になるまで育てます。

この世で成人になるには二十年ほどかかりますが、あの世とこの世では時間の単位が大きく違いますから、中には数年で機会

があれば生まれて来ることがあります。

でも、お母さんの年齢によってはそれも難しいので、生まれ変りの順番をどうするか混乱が起きるのは当然でしょう。

ですから、言葉に出しても心の中でも構いませんから、心から一度は

「私の心得違いでご迷惑をお掛けしました」と、

詫びるのです。

真心からの反省かどうかは、あの世から丸見えですからウソは絶対に通じません。

真の反省とは、二度と繰返さないということです。

何度も繰返すのを後悔といいます。

ですから、反省と後悔は言葉の重みが全然違います。

真実はこのような理由ですから、小ざかしい悪徳宗教家や霊能家にダマされてはいけません。

知らない(無明・むみょう)がゆえに人知れずお地蔵さんを祭り、金品を搾取され迷える小羊たちに、いっときも早く教えてあげ

たいのです。

 

 [女性が妊娠するには、妊娠させる男性がいる]

 

いつの世も、女性が表舞台に出て苦しみ、男性は陰でほくそ笑むのは慈しみの心がない鬼の心です。

それはいつまでも許されることではありません。

男性こそ責められるべき対象なのです。

弱き者で忍耐強きは、それは女性です

男性の代表として、女性よ「ごめんなさい!」

 

[僕の体験]

 

僕が脳出血により集中治療室で生死をさ迷っていたとき、夢ともつかぬ現(うつつ)とも分らぬ体験をしました。

それは二月の厳寒のこの時期、ICUの天井の蛍光灯に幾人もの赤ちゃんがへばり付くという不思議なものでした。

そしてお互いにグチュグチュとわけの分らぬ言葉で囁いて、僕を心配しているような、そういう雰囲気でした。

驚いたことには、奇妙な光景なのに、実に穏やかで光り輝くとも表現したくなるようなものなのです。

というのが、これまで僕には九軒の夜の商売や事業を通して十数人の堕胎の原因をつくっているので。数えてはいないもの

の、恐らくその数の赤ちゃんだったろうと考えています。

このような不思議な体験から、病床にあるとき姪が届けた高橋先生のテープを聞いて正法の勉強が始まり、

「これが本当だ!堕胎で悲しませた女性に謝罪して、苦しみに報いるには自分の恥をさらし、悩める世界の女性たちに堕胎の

真実を伝えて、悪辣な宗教家の悪知恵により、ウソで塗り固められた自縛から解き放っには、これ以外にない」

と、そう考えました。

ただ、性の享楽にのみ走って、自分の都合にのみ正当性を言い訳する男女には、当分の間苦しんでもらって、しばらく時を待

ってもらうしか仕方ありません。

真面目に真摯に悩んでいる人にのみ、堕胎の真実を伝えたいのです。

                       合掌 成鑑

 

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[高橋先生と園頭先生の不思議な体験]

 

高橋先生は、県単位で秀才が四、五名しか行けぬ幼年学校へ入学されます。

十人の子持ちの貧乏百姓に経済的な負担を掛けぬため、全寮制で学費も全部賄われる学校です。

園頭先生が、マリヤさまであるお母さんを長野に訪ねられたとき、

「あの子は親に迷惑を掛けまいと何でも全部一人でやる子でした。受験も合格通知が届いて初めて知ったほどです」と。

僕が先生の故郷を取材のために訪ねた三月末は、前日は快晴、翌日は雪でしたから、お母さんが住んでおられた家の、雪と快晴の二枚の

写真が撮れました。

次に先生は、航空士官として門司を出港され八時間後に、米軍の機銃掃射を受けて撃沈され、海を十二時間漂われているときイルカの大

群が寄ってきて、命を掛けて守ってくれ、ついには海防艦に助けられ命拾いをされます。

その時の先生の白い肌に残る幾条もの弾痕を見せられた人もいます。

イルカは賢いといわれていますが、伊豆の海岸で先生はイルカと自由に対話されていたと弟子が書いています。

お釈迦様のときは、猿が助けたということです。

 

次は園頭先生です。

先生は、全員玉砕したガ島へ出兵されます。

その直前に、「帰還を命ず」という一通の電報を受けて軍徴用の漁船で出港されます。

ニクソン元大統領の率いる軍艦に遭遇、お互いに撃ち合っているうちに、先生の漁船から撃った弾が相手の蒸気パイプを貫通したらし

く、蒸気を噴き上げて走行不能、おまけに相手の魚雷も喫水の浅い漁船の下をくぐってトドメを刺せません

隙間をぬって、それから全速力でスタコラ逃げ去られたということです。

横須賀に無事着かれると、全員玉砕の悲報が待ち受け、部下や同士を思って、先生の涙の講演を懐かしく思い出しています。

また、園頭先生が中国出兵のときは、砲弾が行き交う中で、軍刀を木に立てかけてドッかとあぐらをかいて座られ、

「神の世界には争いはない、神の光によって悪の闇は消え失せるのである」という想いで瞑想をされていると、近くに飛んできた砲弾と

いう砲弾は不発、空砲となって転げ落ちてきたというのです。

銃撃でもどうにもならないので、今度は飛行機が低空に降りてきて、風防を開け先生をめがけて手投げ弾を浴びせ、諦めて飛んで行った

ということです。

「隊長ご無事でしたか、まさに大仏のようでした」と飛んできた部下が、口々に称えたというのです。

この体験と現代唯一の「宇宙即我」の体現者としての自覚をもとに先生は、「霊的国防」という理論を発表され、僕達も学びました。

簡単に言えば、

「世界人類は皆神の子、仏の子の同胞である、神の世界には争いはない」、

と国民全員の心を愛の光で満たせば、日本列島は光のバリヤーに包まれて爆弾という爆弾、原爆も水爆もあらゆる殺戮兵器も発射不能、

不発に終わるということです。

神様が直接、手を下されるというのではなく、天上界の高次元界からは、いとも簡単なことなのです。

それから園頭先生には鳩の逸話が多くあります。

生長の家の幹部講師のとき、ゆには練成道場で講義をされていると、いつも鳩がやって来て、話を聞いているそぶりをする、人の輪の中

に入って来たときのいく枚もの写真や、国際正法協会の小田原研修会での不思議な鳩の写真も多く残されています。

 

次は僕が体験した、先生と鳩のことです。

高橋先生は予告通りの四十八歳で亡くなられ、園頭先生は、お誕生日のその日に亡くなられます。

自宅に戻られたばかりの先生の準備が整うまで、家内と二人で脇の道路に控えていると、みぞれ混じりの小雪の中を、肥えたのと細身の

二羽の鳩が窓辺を伺うように行き来し始めました。

それから鳩はどうなったか知りませんが、先生に対面すると、ご遺体が安置された辺りを鳩は行き来していました。

 

 [八起ビルのこと]

 

高橋先生が建てられた八起ビルは、浅草の地下鉄の駅上にあります。

ワンフロワー三百坪程の大きさです。

コンピューター機器製造工場も長野に、品川にと設備され仕事も順調、先生は多忙を極めていました。

ビルの建設を決意される前に、先生の一族には霊的な奇現象が続発します。

弟、義兄、姉、奥様です。

弟さんは、イエスの時代のパウロであり鎌倉時代の親鸞です。

奥様は、お釈迦様時代のマイトレーヤーであり、弥勒菩薩といわれた人です。

それでは、お釈迦様のお妃のヤショダラ姫はどうされたのかと申しますと、

今度も

「僕の妻に」

と乞われますが、

「今度は勘弁してください」

と先生は断られます

お釈迦様は、六年の結婚から一子ラフラとヤショダラ姫を共に置いて出城されますから、妻としてお釈迦様を人類に捧げた道は尊くと

も、厳しかったのでしょう。

とも角も、今世はお母さんにも妻にも断られることになります。

今生での一番の反省は

「古代インド時代は生活習慣から出家も仕方なかったが、本当は家庭を守って道を説くべきだった」

と先生は反省の講演をされています。

ヤショダラ姫のことは、現在のところわかりません。

講演テープにあるかどうか僕は知りませんが、有れば書き加えることになるでしょう。

更に、お釈迦さまの一人子ラフラは、その後、釈迦教団に入団します。

その教育は舎利子、つまり現代の園頭先生の役目だっということです。

ラフラとは、じゃま者、出家のじゃまという意味です

現代のラフラは、先生の出版を手がけていた出版会社に関係ある人でした。

先を進めます

お母さんはこれまで述べましたように、マリヤ様です。

お父さんは、お釈迦様時代のシュットダナー王であり、鎌倉幕府をつくった源頼朝です。

先生の守護霊はイエス、指導霊はモーゼといわれています。

ある日、家では一族の口を通してイエスやモーゼが出て語る、霊媒現象が起きていました。

先生は家に帰り着かれると、イエスやモーゼの霊が早速、

「どこに行っていましたか」

「地下鉄公団や建設会社との打ち合わせのために出向いていました」

「また嘘をつく!自己逃避をして飲んでいただけではないか」

霊は、パチンコをしたこと、飲み屋の名前から、飲み屋のマッチの数、芸者の名前までこまごまと挙げます。

ここまで心を見透かされてはどうでもなれと、先生は見ざる、言わざる、聞かざるの三猿の喩のように振舞われます。

こういう事があって、ビルの一室はサウナ風呂に決定されようとした時、モーゼの霊が

「体の垢を落とす所は他にも一杯ある。お前の使命は別のところにある、強行するならやってみろ、一人も入らないようにして見せる」

翌日、先生は人の流れを見ておられた。

すると不思議なことにこちら側を避けて、全員反対側の道路を通って行くではないか、

「これではどうにもならぬ」

と諦め、心の垢を落とす、神理正法を学ぶ場所に変更されます。

三百人は入る勉強所にするしかなかったというのです。

 

 [浮浪者]

 

ビルの骨組みが出来上がる頃には、男の浮浪者が住みつきます。

ある日、温泉旅館から電話が来て

「お宅の社長さんが、お金を届けろと言っておられますが・・」

先生がお金を届けられると、浮浪者仲間を引き連れて豪遊していたというのです。

どうしてこういう事になるのかなと、先生は瞑想、禅定をされ、浮浪者の魂を紐解かれると、お釈迦さまの時代に、この浮浪者は服の行

商をしていて、いつも釈迦教団に服の布施をしていたのだそうです。

「これでは仕方がないね」

とニコニコ笑って弟子に話しておられたそうです。

更に、このビルに関しては

「骨組みの要所には、イエスさまの忠告により十字架の補強がしてあるので、地震にも大丈夫です」

と先生は講演されています。

 

 [アントニオ・猪木氏のこと]

 

 プロレスラーの猪木氏は、銀座のビルのオーナーS氏の紹介で、この八起ビルへ先生を訪ね個人指導を受けられます。

あのモハメ・ド・アリとの一戦の前のこと、先生は瞑想をされた後アリ・キックを伝授されます。

これはリングに寝転がって、長い足で相手の脚部を徹底的に攻めるというもので、世紀の一戦を引き分けます。

先生はこの一戦の前日に亡くなられますが、詳しくは同氏の著書に譲ります。

 

[答えが文字となって現われる]

 

 結婚して間もない頃のこと、願い事を紙の上に書いてごらんなさいということになる。

先生は、その紙をローソクの火の上にかざして、何やら念じていたと思ったら、紙の上に願い事に対する答えが文字となって写し出され

る。

あらかじめ紙に答えを書いておいて、あぶり出すあのやり方ではないかと疑って自分で文房具屋さんから紙を買って来たりしました。

どんな紙でもちゃんと答えが文字となって出るんです。

これは作家・上之郷利明氏による奥様の取材です。

詳しくは同氏の著書に譲ります。

 

 [金山採掘の相談]

 

 S氏は、山の写真と簡単な地図を持参して、先生にジャワ島での金山採掘のお伺いを立てた。

先生が一、二分瞑目されたと思うと、合掌した手が頭上に上がった瞬間、コロコロと三個の鉱石が転げ落ちて来た。

すかさず先生は、

「日本円にして一億円、日本人技術者十名、現地人五十人、機械諸々」

とアドバイスされた。

S氏はそれを写真に収め証拠づくりをして、東京通産局へ持ち込んで分析を依頼します。

分析結果の一つは二十七・五グラム/屯、あとの一個は〇・三グラム/屯、残りの一個は、記念に残された。

 

[金粉現象]

 

世界中には、灰や金の仏像、真珠、もう何でも良いのですが、色んな物を出す霊能者がいます。

光の天使も動物霊も同じように出しますが、動物霊の出すものは亜鉛や銅などの卑金属が主で、おまけに長くはその状態を持続できませ

ん。

一方、光の天使の協力によるものは、純金であり直ぐには消えません。

分析さえできます。

先生が熱演されると体の周囲から金粉が飛び散りました。

手も顔も金色に輝くものですから、お釈迦様の像を金色に塗って荘厳するのは、こういうことかと理解したと、弟子の一人は書いていま

す。

特に、亡くなる直前の先生最後の講演は、先生が金となって昇華されるのではないかと思えるほど、霧のようだったと書いた弟子もいま

す。

また、この最後の講演では、先生の右の額には、エルランティのエルの字が、四、五十グラムの塊りとなってへばり付いていてまだ熱か

ったというのです。

講演を終えられた先生の許へ、駆け寄った高弟の一人が書いています

詳しくは本に譲ります。

 

 [絵から飛び立ったクジャク]

 

大野〇子氏は、イエスの弟子パウロの母親としての生命だった。

それは故永田春水画拍の四日の葬儀のこと、丹精こめた孔雀の掛け軸が棺の傍に掛けてあった。

隣の奥さんの話によると

「不思議なこともあればあるもの、四日の朝、七、八羽の孔雀が私どもの庭に降り立ち、やがて先生の庭に飛んで入り、桜花の中をゆっ

くり三回歩いてまわり、玄関の前でひとしきり鳴くと、いずことなく飛んで行きました」というのです。

更に、その日の夕方、大野氏の弟さんの家に一羽の鳩が舞い込んできて、家人の手や肩に乗り、頬をついばむばかりか、いつまでも立ち

去らず、口々に

「おじいちゃんだ、おじいちゃんだ」

となつかしがったそうです。

画拍は、孔雀や鳩の絵の匠でした。

丹精こめられた名人の絵には、こういう不思議があるようです。

 

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 [内臓の透視]

 

 先生の許へ、青白い顔をした細身の青年が訪ねます。

座ったきり黙っているので、内臓を透視されると、レントゲンのように悪い所が先生にはわかられました。

すると突然、

「私は胃腸です。この方はいつも暴飲暴食で、絶えず食べ物を送りこまれ休むことができません。腹八分と教えてください」

と胃腸の意識が語りだしたというのです。

先生もこれには驚いて、青年にコンコンと説いて聞かせられたというのです。

 先生の別の講演では、

「人類かっては二百年、三百年と長寿で、もっと前は五百歳、千歳は当たり前のことでした」と。

現代の心ある医者は、現在の十分の一(百五十キロカロリー)でも生きられる。

過食が短命に、と。

これは腹八分どころか腹三分です。

 

 [人類が千歳の頃]

 

先に、人類は五百歳、千歳は当たり前と述べましたが、ではその頃を先生の説を参考にしてシュミレーションしてみましょう。

(これからは奇抜な、とんでもない数字が出てきますので、とても信じられないと軽く流して、読んでくださっても構いません。)

 

先にお話しますと、これから述べるエデンの園の時代、原始地球人の時代が千歳まで生きていたと言うのです。

この時代は心に曇りがないので、自由にあの世へも行き来し(往来し)、現代のように携帯電話がなくとも、心と心により、以心伝心で通信

できました。

ではどうして、その能力を無くしてしまったのか話します。

 

 [心に曇りをつくるものは]

 

あの世に自由に往来できる能力も、以心伝心により会話ができた能力も、現代の人類が能力を閉ざしてしまった原因は、愚痴です、怒り

です、足ることを知らない欲望です。

この心の三悪が原因だと言うのです。

例えば、ピカピカの電線は導体として電気を抵抗なく通します。

でもそこに、サビがつき汚れがつくと不良導体として電気は流れにくくなります。

こういうことなのです。

 

[エデンの園は現代のアルカンタラ]

地球人類は今から三億六千五百有余年前、エジプトの近くの三角州にあるスエズ運河の近郊、アルカンタラ(地図にあります)という場所

に、今でいうUFO、つまり反重力光子宇宙船に乗って、約六千人のベーター星人が次々に降り立ちます。

このように地球人は、地球から数億光年離れたベーター星人という、宇宙人ということになります。

アフリカの近くですから、太陽ギラギラの気候を思い浮かべられるでしょうが、当時は温暖で、そよ吹く風と適度の湿り、太陽の爽やか

な熱と光です。

 

[エルランティと七大天使]

 

一団の統括者はエルランティといい、他に七大天使が同行していました。

天使長のミカ、ガブリ、サリ、ウリ、パヌ、ラフア、ラグの七人です。

それぞれ律法、芸術、医学、科学、政治、経済、文芸の担当を割り当てられます。

 

 [エデンの園]

 

この最初に着地した場所を、調和されたユートピア・理想郷、という意味でエルランティは「エデンの園」と命名します。

そこで、エルランティは七大天使の功績を称えて、彼等にエルランティのエルをつけてミカエル、ガブリエル、サリエル、ウリエル、パ

ヌエル、ラファエル、ラグエルとします。

 少し話がずれますが、先にお話した水没した地下の改装に四苦八苦している頃、このエデンの園を訪ね、写真を撮って来る計画を立て

ていました。

ところが、この惨事で何もかもオジャンになってしまいましたから、まだ実行できていません。

やりたいことが一杯あって、そうやすやすと歳も取れません。

 

 [日本にも七大天使は生まれている]

 

律法担当ののパヌエルは、聖徳太子として日本に生まれ、政治担当のラグエルは三代将軍・徳川家光として生を得ています。

第二艇団が着地する頃にエルランティは天上の世界へ帰ります。

それから次々と艇団が着地して、人が増えていくうちに、規律を乱す悪しき人達が出て参ります。

 

 [アダムとイブ物語]

 

そこで天使長のミカエルは、規律を乱す人々を他の場所に移動させ、追放して反省を促しますが、ついには天上界との連絡を絶ち、天上

の世界に帰ることなく地獄の世界をつくり出してしまいました。

これがアダムとイブの後物語になったのです。

このように、地獄は人間がつくり出したもので、神がつくったのではありません。

こうして七大天使はそれぞれ天上の世界へ帰ります。

 

[地獄の帝王サタン]

 

しかし人は物におぼれ、肉におぼれ、情欲におぼれたために、一部追放をした人々を救済するために、天上界はルシュフエルという光の

天使を出します。

が、彼も地位と名誉の虜となって、ついにルシュフェルはサタンと呼ばれて、地獄の帝王となり魔王になるのです。

暗い話はこれで打ち止めにして先を続けます。

 

 [植物の精]

 

 お花好きな人には、大変興味のある話です。

これは、高橋先生と、先生の奥様の講演からマトメたものです。

菊の精です。

三十センチくらいです。

中国に生まれ育ち、強い風や砂嵐にも負けず大地にしっかり根をおろし、仲間を増やしました。

私たちは自然のままに生きることで、世の中を美しく飾り、調和と安らぎのある環境をつくっています。

それを無情にもむしりとって省みない人がいます。

人間も花のように美しい心になってください。

 

梅の精です。

梅の精は、平安朝のような着物を着ていました。

そして薄い透けて見えるような軽い上着をはおっていました。

とても髪が長くて可愛らしいのです。

私のところへ来た時には赤い草履をちゃんと履きまして、梅の小枝を肩にあてて可愛らしく出てきましたので、おお可愛いなあと見せていただきました。

梅は、

私は中国で生まれています。

本来は梅のいい使命があるのです。

私たちは花の少ない季節に花を咲かせ、皆様の心を和ませています。

梅の実は、血液の浄化に役立ちます。

中には盆栽に育てられますが、私たちは広い場所に育つことを本命とします。

季節に葉をつけても、せっかく着けた葉をもみ取られてしまって、季節感が錯覚されることがあります。

でも私たちは耐えるのが本性ですから、命ある限り、精一杯咲かせます。

殆んど三十センチほどです。

ピンクの梅の花に、白い梅の花を接いだものがあります。

右の片腕のところから違うのが出ているのです。

足のところから違う木を接木しているのです。その姿は醜く見るに耐えない

のです。

人間の勝手な都合でしょうが、人間の足を切り取って、動物の足をつけるなら、それは哀れな格好です。

 

カトレアの花です。

カトレアの花の精は東洋産と西洋産のかけあわせで、人工的につくられたのが今の蘭だそうです。

私たちの故郷は南国の島々、島の若い娘さんが恋人と愛を囁く時、彼女の髪の上に美しく咲いて、その愛を見守るのです。

しかし生命の灯は、はかなくも数時間たてば無残な姿をさらし、スコールに朽ち果てても、それでも決して悔やみません。

また人びとの愛の調べと共に、花咲く時が来るからです。

私たちの根は高血圧に良く効き、体から出るエキスは、血をきれいにします。そして私たちは人々と共に、地上の楽園を夢見ながら生き

続けているのです。

というように、カトレアの精はカトレアの花を一輪、髪の上に飾り、その花びらと同じようなお洋服で、とても可愛らしく長いお洋服で

出てくださいました。

 

水仙です。

水仙というのはどこででも在りますから、これほど気品に満ちた姿があるとは水仙の精を見てからでした。

ちょっと、おすまし屋さんですけど、とても気品が高くて、綺麗な姿をしていました。

「茎から取った液は、腫れ物や婦人病によく効きます。

一輪の花に託し人びとに希望と健康を与えたいと願っています」

と申しておりました。

 

シクラメンです

小さいものですから、ピョコピョコ動き回りながら色んなお話をして、色んな動作をしました。

丁度、小さい子供がいたずらをしているのに似ていました。

地中海地方の野生育ちで、花も大きく繁殖力も強く、根強い花です。

一握りの土と、少量の水、太陽の光さえあれば、かがり火のような真っ赤な色、鮮やかなピンク、ソフトな白の花びらを咲かせることができます。

日本の温室に育つようになってから、私達は自然の姿を失い、人工的な姿となりました。

そして体質も変わったようです。

自然の姿から遠ざかると、次の希望を失ってしまいます。

私たちを精一杯働けるようにしてください。

 

チューリップです。

私達は人間に貢献することを非常に喜びとしています。

けれども私達は、その花々に生命があり、その命を捧げる時、やはり悲しく思います。

手を触れられた時には、とても怖く感じます。

でもそれが私たちの役目であるならば、私たちはそれを厭いません。

今はとても育ちにくくなりました。

まわりがコンクリートになって、地下水が非常に少ないのです。

そして照り返しが強いので、長持ちができません。

また、松は老人が多く、藤は愛くるしく娘道成寺のように一枝の藤の花を差して来たということです。

僕はこの「花の精」の項を打っていて、人間の身勝手を痛く感じて、正法に触れて良かったなーと感じ入ったことでした。

 

[ヤシカのこと]

 

出版社「経済界」社長の佐藤氏が先生と知りあったのは、昭和四十五年だった。

東京ゆかた社長の河合氏の紹介だった。

先生を訪ねると先生は言った。

「僕をためそうとして思ってきたでしょう。それでいいんです。

大いに疑問をもってください。」

それから、佐藤氏が次点に泣き、選挙違反で秋田刑務所にいたときのこと、更に佐藤氏しか知らないことををこまごまと指摘されて度肝

をぬかれてしまったというのです。

それ以来、先生に心酔してしまった佐藤氏は、ヤシカの七億円不明金のことでヤシカの創業社長を伴って、講演会を訪ねます。

先生は言った。

「課長以上の名を書いてください。」

指差して

「この人です」

創業社長氏は、

「その男に限って」

と反論したが、正にそうだった。

更に佐藤氏は、新宿に京王プラザが開業する前、社長I氏を紹介した。

先生はアドバイスした。

「展望台をつくりなさい・・海外の農協の客をとるように」などと、それに沿って方針が立てられ成功している。

 

また、佐藤氏は、先生の教団「大宇宙神光会」を英訳してゴッド・ライト・アソシエイション、つまり「GLA」と命名して先生に勧め

られたという。

氏は、こういう関係から先生の著書を出版された。

『縁生の舟』改題・『心の発見』は最初に、氏が発行していた。

先生は言った。

「『縁生の舟』は七十万部売れます」

予言はまさにその通りであった。

そして印税を手にしながら

「こんなにいただいていいんですか、大切に使わさしていただきますよ・・」、と。

氏が先生をバーやクラブへ案内すると、先生は酒を呑まずホステスの話に静かに耳を傾けているだけだった、と。

 

更に、西濃運輸の創業社長の田口利八氏は、中国に生まれていた時代は馬車運送の親方のようなことをしていて、当時も佐藤氏と兄弟の

ように親しくしていたと、先生に教えてもらったと書いておられる。

 

次に、新日鉄の永野重雄・藤井丙午氏の冷戦を弱冠四十歳ほどの佐藤氏が若い劇をやってのけたのは

「あなたがやれば必ず成功しますよ」

という先生の勧めによるものだった。

 

ついに、佐藤氏は

「般若心経をやさしく解説してください」

と頼むと先生は『原説般若心経』を一冊まとめあげられるが、

「僕はね、仏教書なんか一冊も読んだことがないんです。メチャクチャですよね・・」

と言って笑われたが、発売されると嵐のような反響となって、ベストセラーになっていくことが書かれています。

 

 [会員の集団入門]

 

先生が講演を開始されしばらくして、大阪の或る教団から幹部二人が、教祖の命を受けて講演会へ偵察に来た。

次の研修会にも二人は来た。

先生は、

「二人は何も言わないんです。僕はその人たちの守護霊、指導霊と話すからみな解ります。インド時代や中国時代の仲間もいいとこ、守

護・指導霊から聞いたことをみな話すから、録音して教祖に伝えたらいいでしょう」、と。

ズバリ言い当てられて、二人は帰阪した。

先生は東京にいながらにして、大阪の教団内部の裏話が透視されていました。

法華経を以って、先祖供養で信者を導く自信がないというのだった。

そうしたとき、教祖が八起ビルへ訪ねてきた。

迷える後の訪問だった。

先生は先代女教祖の亡くなられる時の様子、一部の幹部しか知らないことを大阪弁の女教祖そのままの語り口で、再演して見せられるの

で、三人はあっけにとられて、その現象を眺めます。

翌日には先生が説く正法に帰依する決意で帰阪した。

こうして先生の大宇宙神光会、つまりGLAに集団入門となる。

ここはGLA関西本部となるが、吸収される方がする方より歴史が古く会員数が多いという珍しいケースだった。

二、三万の信者ともども集団鞍替えというのは異例のことで、当時の宗教界では話題になっています。

これなどは他にも有ります。

GLA小金井研修所は元キリスト教会であり、宣教師から教会までそっくり移籍しています。

個人としては、山形大の理論物理学教授黒沼栄一氏も先生にひかれていった一人。

先生の著書に推薦文を書いた作家の山岡荘八氏、将棋の升田幸三氏、木村義雄氏もおられ、升田幸三氏なんかは読売ホールで先生の前座

として講演されていますし、野球の別所毅彦氏もそうです。

先生は講演の中で、

「皆様もよくご存知の木村名人という方がいます。この方は将棋と言うものを通じて、なかなか良いことを言っております。また、作家

の山岡荘八せんせいなどもやはりその神理を生かしています。」、と。

 

 [十惑星のこと]

 

それでは、少し切り口を変え目線を変えて、宇宙へ目を向けます。

星々の運行は何百年に一秒の狂いしかないほどきちんとコントロールされています。

仮に、月の向こう側に隠れて動く星があったらどうでしょう?

先生は地球から陰になって見えない星が有るということです。

大本教の出口王仁三郎という人は、これに似たようなことを言っていますが、

この出口王仁三郎は、日本の宗教の誤りを正す使命と目的のあった、菩薩界の人と教えられましたが、先生は補足されて、

「地球より大きくて、太陽に一番近くて、つまり、水星より近くて、太陽の上に写しだされて一大センセーションを起こすようです。

 

 [地球自転のナゾ]

 

地球は自転、公転しています。

この回転のエネルギーは、地表温度は二十度前後、地中のマグマは二万度ほどです。この温度差がNとSをつくりだし巨大モーターと化

すのです。

この回転音はウオーン、アアアー、オオオー、ムムムーの合成音で、あのお騒がせなオーム教はこの音から来たもののようです。

先に出てきました「宇宙即我・うちゅうそくわれ」という境地は、宇宙と自分が一体になる、自分は宇宙だったという境涯です。

この体現者は現代では高橋先生と園頭先生のようです。

どういう境地かと申しますと、地球が遙か眼下に見えて、地球の回転音も聞えるらしいのです。

もっと境地が上がると、宇宙全体の星々の回転音が聞えるので、単音ではなく合成音という表現になります。

宇宙飛行士はロケットで飛び、青い地球を目視しますが、高次元、超次元の人は、肉体は地上にあって瞑想や、或いは反省的な瞑想を正

法では禅定(ぜんじょう)と呼んでいます。

瞑想や禅定によって、居ながらに自由に宇宙旅行を楽しんでいるようなものと理解して頂ければ良いと思います。

人間の心は本来、宇宙大の大きさを持っているものですから、鎌倉の大仏さんは、あんなに大きな心を持てという願望と希望の現われな

のです。

 

 [大震災のこと]

 

昭和四十八年のあるとき先生は

「関東大震災を起こす地下エネルギーが充満しているので、そのエネルギーを放散させるために櫻島はは噴火を繰返しているんです。

富士山山系の大沢崩落が起きているのは、地表を薄くして噴火しやすいようににしています」と講演されています。

他の講演によると、僕の記憶が正しければ平成二十年頃と記憶しています。

地下の冠水でテープを無くしていて再度確認ができません。

さらにそのとき、今から一万年余り前のアトランティス大陸の文明を築き上げた、高度の知識と智慧をもった霊魂たちがこれから生まれ

てくる、いやもう少しは生まれている」とも講演されています。

当時のアトランティスは現代よりもずっと素晴らしい文明を築いていました。

地下都市を建設し、海底都市をつくるほどでした。

ところが、巷は殺戮が横行し、テロが続発してこの世の地獄でした。

その心が広範的となり地表をおおうようになると、その悪因は悪果となって、陸上は海底に、海底は山の頂きとなってすべてが藻屑にな

る天変地異が起こり、一夜にしてアトランティスは沈没させられたのです。

これから、その超文明を築いた霊魂たちがゾクゾク生まれてくると、過去の体験を思い出し、潜在された宝物を心の中から現出して、こ

れまでの現代文明を押し上げるのです。

ですから、これから生まれてくる未来の子供たちには特に、人類は一つ、みな仲間、争うことの醜さと空しさを、徹底的に教え諭すこと

が大事です。

 

 [心の試験問題]

 

ここに

1 人を殺した人がいる。

2 人を騙した人がいる。

三、それはいけないと知っているので絶対にしないが、色々考え心の中で格闘をしている真面目な人。

この三人の中で一番罪が深いのは誰か?

一番 ブー。

三番 当たりです。

人間は生まれ変り死に変わりする永遠の生命体ですから、魂、心を汚すことが一番いけないのです。

無口なゆえに、心に詰め込んで心を暗くしていると、癌になりやすいそうです。

 

 [心にも形がある]

 

先生は、

「心にも形があると言ったのは僕が初めてなんです。

生まれてきたばかりの赤ちゃんは心が実にまん丸できれいです。

それが大きくなるにつれて歪が出てくる。

心がハート型で馬鹿にピンクに光っているな、昔から心をハート型に書いている、これ一体なんだ。

「あなたいくつ?」

すると守護霊(過去世、魂の兄弟)

「この人は目下、恋愛中なんです」

と教えてくれる。

どんな人ですかと聞くとその顔、姿を見せてくれる。

「あれ、あなた恋愛しているの、こういう女の人だろう」

とみんなわかってしまう。

恋愛している人の心は、実際にハート型になっているんです。

恋をしている人はピンク色の後光、オーラが出ている。

このように先生は次元の違うあの世の霊(光の天使)から協力をもらって、何でも自由自在でした。

霊能者によっては、係りに前もってあれこれ聞かせ、情報を収集させた後に、相談を受ける人もいるようです。

でも、先生の場合は、黙って座ればピタリと当たるという夢のような相談、個人指導が可能でした。

ですから、先生のものは百発百中だったと声を大にしたいのです。

 

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 [アインシュタインのこと]

 

高橋先生「それで私が、昭和四十三年七月一日に自分自身が何者であるか(註・釈迦)わかってからは、ドイツ語でアインシュタ

インが出てくるのです。鼻の長いのが出てきて、難しい数学を解く、僕は一体なんでこんなことをしなければならないのかな

と思ったりした。

僕の本の中に相対性理論が出てきたり、次元の差という説明があるのはアインシュタインから教えられたものです。」

そして彼は先生に反省の弁を告げている。

それはアインシュタインが

「自分の法則には手落ちがある。振動、ブランク常数というもの、人間の脳波の振動も、振動という一つの現象となって伝わ

ってくる。

そうすると、それにおける、仕事を為し得る能力というものは目に見えないがエネルギーが起こる」

と、みなそうやって教えられたものです、と。

さらに、『心の発見』科学篇の中の「色心不二とエネルギー不滅の法則」、「神仏と人間」、「色即是空の原理」に示されて

いる数式はアインシュタインに教えてもらったのです」と先生は明らかにされました。

また、別の特別研修会では

「私の相対性理論は不十分でした。こっち(あの世)へ帰ってきてわかったのです」と頭を下げるのですよ、と。

一九二二年十一月、来日したときアインシュタインは日本人に次の言葉を贈っている。

前部は省略します。

終わりの方から

 

「世界の文化はアジアに始まってアジアに帰る。

それはアジアの高峰日本に立ち戻らねばならない

吾々は神に感謝する

吾々に日本という尊い国をつくって置いてくれたことを」

 

まさしく、高橋先生がこの世へ生誕されるのを、待ちわびているような書きぶりなのです。

ですから、彼の強い想いが、先生の記述に協力する原動力となったのでしょう。

 

[総理大臣でも地獄界]

 

日本では、例えば総理大臣でも「私はやってきました」という人はおりませんね。

最近では外人であります。

三重苦の女性の聖者ヘレンケラー、「やるだけやりました」といって天上界へ帰ってきました。

それからシュバイツアー、エジプトで治療に従事した。

この人達は菩薩界の人たちですからね。

こういう人達は使命を持って出られた人です。

日本では例えば総理大臣であっても、「私はやってきました」という人はおりませんね

私の所へね。東急の専務が訪ねてきた。

「私の親分と話をしたい」、と。

五島慶太かなと思った。当然でしょう東急の専務ですから。

ところが違ったんです。

その親分という人の意識を僕の身体に入れた。

ドカンと身体が重くなった。

声が出ない、その内に少し声が出るようになった。

「マサやん、お前さん、よくたずねてきてくれた」」

僕の声じゃないんです。

〇田〇総理大臣です。

日本を救った、日本を救った、と言っていますが、地獄界です。その前の総理大臣も地獄です。

だから地位や名誉は関係ないといっているんです。

貧乏人だから、といっても恥ずかしくないんだよ。

いくら地位が高くったって、大臣でも地獄にいるんだから・・・。

地位が上の人ほど地獄にいますね。

欲望で一生を過ごすから。

あんな水呑百姓が、という人が、天上界へ行っているんですから。

 

[大久保彦左衛門のこと]

 

大久保彦左衛門ね、びっくりしましたね。

菩薩界できれいな光を出している。

僕のところへ来ましてね。

「大久保彦左衛門めにござります」、と。

 

 [日蓮のこと]

 

日本の有名な坊さんで、菩薩界へ行っている人は少ないですね。

日蓮さんもね、長いこと自分から地獄界におった人ですよ、本来は菩薩界なのに菩薩界に入らなかった。

自分の撒いた種が、禅を始め、他宗はみな魔であるという禅天魔によって多くの大衆を狂わせてしまったという責任を負って

ね、あの人は、あの世では知らない人はいませんね。

あまりにも有名で、けんきょなんです。

今の創価学会のやっているようなものではないですよ。

心のきれいな人達は、例え貧乏でもりっぱな人がたくさんいる。

だから金額の高さや地位が人間の値打ちを決めるんじゃないんです

 

 [真実の十字架]

 

あと百八十年(昭和四十八年現在)すると、アメリカのシカゴに、かってイエス・キリストといわれる方が生まれます。

その当時は、イエス・キリストとはいいません。イマニエルといっていました。

 イエス様は、十字架に掛けられた時は、自分の霊は、自分の肉体が十字架に掛けられていたのを見ておられたのです。

だから苦痛でもなんでもなかったのですね

僕はこの方の指導霊をやっていたんです。

だから、そのときのことも私にはみなわかるんです。

私が肉体を持ったときは、イエス様が指導される。

イエス様が肉体を持たれると僕が天上界から指導霊をする

イエス様は厳しいといっても西洋的なところがあって非常に親切です。

ところが、僕がイエス様の指導霊をやる時は厳しいのです。だから僕は言われましたよ。

お前は自分に甘くて俺には厳しいと。

イエスが、ある弟さんの病気を治してやった。

そのお姉さんを好きになった。

「イエス、そんなこと、やっちゃいけない」

と、お前、私には恋愛もさせなかったじゃないか、その割にはお前は甘いと言われたものです、と。

 

 イエスの分身トニーのこと

 

イエス様のことが出てきましたので、イエスの分身であるアントニオ・アグパティオ通称トニーについてお話します。

フイリピンの世界的な大霊能者トニーは、当時、テレビで放映され大ブレイクして、日本から心霊治療のツアーが組まれ、そ

の話題で持ちきりでした

さすがにイエス様の分身ですから、その霊能たるや相当なものとお解かりになるでしょう。

話は少し外れますが、数年前、トニーについて書こうとしたとき、どこそこの本屋へ行かねばという想いが段々強くなって、

福岡の、想いの強かった特定の本屋へ行きましたところ、トニーの自伝の書に出会いました。

それによると、高橋先生と同じような体験をしているのがわかります

不思議な老人が現われ、トニーを連れて山に入ります。

そこにはトニーにぴったりの服が用意され、共同生活をしながら心というものを教えていきます。

動物と調和して一体となるシンフオニーが説かれていきます。

高橋先生も同じように、不思議な僧が現われ心というものを説いて行きます

こうして、トニーは一定の勉強が済むと不思議な老人は消えてしまいます。

ある日、近所の子とボール投げをしていました。

その内には手を使わず念力でボールを投げ返していると、ボールは屋根に引っ掛ってしまいます。

力んで念力を最高に出力していると、一瞬にして火の手が上がりわらぶきの一軒家を燃やしてしまいます。

しょんぼりしていると、例の老人が現われ、反省するようにと叱ります。

それから大きくなって、世界的な名声も上がるようになると、増長慢になって一時的に霊能力も落ちていくことが記されてい

ます。

ついには園頭先生も心配されてバギオへ飛ばれますが、トニーは、日本人ツアーの女性との肉体関係が原因で、脳出血により

短命でした

 

 [念の送信と受信]

 

弟子たちは、深夜十二時になると敷物を持つて山に入る。

午前一時から午前四時頃まで、先生が念を送信され、それを弟子がキャッチするという訓練だった。

できる人もできない人もいた。

誰かがコックリコックリ眠ってしまうと、すると先生は集合を命じられる。

集まるとき、寝ぼけてドスンと転げる人もいた。

全員が集まると、

「〇〇さん、あなたは僕がいくら心の扉を叩いても、ぐっすり眠って目を覚まさなかったですね」

と笑いながら話される。

昼は反省により心の浄化を図り、夜は禅定瞑想と離れた所から送られる想念のキッチ、受信の訓練をしたのです。

 

 [般若心経のこと]

 

般若心経の中に「摩訶般若波羅蜜多心経」という言葉があります。

「摩訶」は古代インド語で「マハー」で、「偉大な、大いなる」です。

「般若」は古代インド語で、「パニヤ」であり「智慧」のことです。

「波羅」は古代インド語で「パラ」で「行く、到達する」ということです。

「蜜多」は古代インド語で、「ミタ」で「内在する」です。

「心経」は日本語で「心の教え」です。

ですから、「摩訶般若波羅蜜多心経」というのは「マハーパニアパラミタ」という古代インドの言葉で、「内在された偉大な

る智慧に到達する心の教え」と言う意味です。

僕は図書館で片っ端から調べたことがあります。

四十幾通りかのそれぞれの解説に驚いたことがあります。

似たような事では、「空・くう」と「色・しき」があります。

先生は「空」は「あの世」であり「色」は、目に見える世界という意味で「この世」と明解されました。

目からウロコでした。

 

[ピラミッドのこと]

 

ピラミッドは、当時の人が魂は永遠ということを知っていたので、次に生まれ変って来たとき困らないように、色々な物を入

れる貯蔵庫、倉庫だったと先生は教えられました。

当時に、ピラミッドに積み上げた石はヌビヤ地方から、いかだで運んで来たようです

クフ王などの三大ピラミッドは四、五千年前につくられています。

アトランティス時代の一万二千年前には、先生はアガシャ大王としてアトランティス大陸に生まれられ、当時は、アフリカ大

陸とアメリカ大陸は陸続きでした。

悪しき人達の迫害から逃れるために、アガシャ大王一行は、陸伝いにアフリカ大陸に逃げ込んで難を逃れます。

その悪い想念が広範囲になると、地は怒り、火山は噴火して一夜にして荒み切った人々と共に、アトランティス大陸は沈没す

るのです。

現在は、アフリカ大陸とアメリカ大陸は大西洋で分断されています。

そこで、アガシャ大王は、ナイル河畔にアトランティス帝国関係のピラミッドをつくります。

その中の自分たちが残した資料によって、両大陸の関係がわかるということです。

やがて発見されるでしょう。

また、バーミュウダー海域に、ダイバーにより海底の古代遺跡が見つかっていますので、その内にアトランティス大陸の詳細

がわかって来る筈です。

 

 [先生が示された主な生まれ変りの例]

 

徳川家康は、俳優・長谷川和夫に生まれ変った。

音楽家ワーグナーは、指揮者・小沢征爾に生まれ変った。

古代インドのお釈迦様の時代のアサンジャーは生長の家の教祖谷口雅春に生まれ変った。

エマニエル・スエデンボルグはヨハネに生まれ変った。

卑弥呼は先生の娘さんの高橋圭子に生まれ変った。

イエスの弟子のペテロは東大総長の矢内原忠夫に生まれ変った。

ソクラテスは中国の毛沢東に生まれ変った。

竜樹は福田正治に生まれ変った。

釈迦に竹林精舎を寄進したガランダ長者は弘法大師・空海に生まれ変った。

イエスの弟子パウロであり親鸞は、先生の実弟・高橋興和に生まれ変った。

西郷隆盛の薩軍の参謀、桐野利明は出光興産の出光佐三に生まれ変った。

園頭先生は地球草創の時代のガブリエル、古代インド時代の舎利佛、イエスの時代の天使ガブリエル、宗教改革のカルバン、

マホメット時代の天使ジブリール、ワシントン、西郷隆盛。

 

 [呑み助のこと]

 

お酒を口にすると人格がコロッと変わる人がいます。

目はすわり蒼白になって暴力を振るいます。

憑依の格好の例ですから、よく観察すると憑依現象が理解できます。

例えば全く喋らない人にお喋りの霊を憑()けると、人が変わったように喋り続けます。

人前で話せない人に演説のうまい人を憑けると、弁舌爽やかに、とうとうと話します。

 

 [演説の一例]

 

先生が全国講演を始められた頃、口下手な自分を明治の政治家・木戸孝允に

「お前の演説は、直にのどを潰してしまう。腹に力を入れて声を前に出すように」

と教えを受けられて、あるときなどは木戸孝允が、先生に代わって演説の実施訓練をしたようです。

また、モーゼは先生に代わって「仏教の変遷」について講演の代行をします。

どうしてユダヤ教のモーゼが仏教をと不思議に思われるでしょうが、宗教はどれもみな真実は心の教えです。

死やお葬式の教えではないのです。

例えばモーゼの十戎は、人を殺すなかれ、物を盗むなかれ、姦淫するなかれ偶像を祭って祈るなかれなど全部が生き方の人生

訓ともいうべきものなのです。

ですから心の教えです。

それにモーゼは天上界から仏教の一部始終を見て知っているのですから、仏教の変遷が講演できるというわけです。

 

 [癌のこと]

 

先生はこう講演されています。

 

「今度は天上界の関係の人に聞きました。

癌というものはビールスだよ。

癌というものは心をきれいにし、食べ物も中道、つまり片寄らないということ。

心も中道、食べ物も中道、こうしたら絶対に癌にならんと教えられました。

癌の細胞を見せられたら、細胞が生きているのがわかります。

そうして炭酸ガスを出しているのがわかります。

ですからそういうところには酸素がなくなっているわけです。

酸素がなくなるから結局は細胞が間違った方向へ行くのです。

薬はお前たちの生活環境にあるんだよと教えられました。」

 

 [研修会・講演会での先生]

 

弟子たちが書いたものを要約します。

先生は講演の合間に、参加者の靴を並べておられた。

これが最も多く有りました。

便所の掃除を率先してやられた。

参加した人がトイレに行くと、おじさんがせっせと掃除をしていた。

「大変ですね」

「はあ、気持ちがいいようにね」

講演が始まると先生だった。

風呂に入っていたら先生も入ってこられた。

それから円座になって全員で背中を擦り合った。

研修会や講演会が終わると、高い所から帰ってゆく参加者の幸せを念じているように見えた。

研修会の売店に行くと、先生も来ておられて、先生に気楽に声を掛けられた。

など気さくな先生の人柄が伺われるでしょう。

 

 

 

 

 

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