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ウエブマスター雑感

 

 

平成十六年十月二、三日土、日曜日

 

毎月の慣例である、保険請求業務を終えて自転車で街を散策しました。

正法の事務所にすべく、目的のビルの周辺をくまなく、隅までうろついて、見て回りました。

ビルは古いですからエレベーターは、トイレは、防犯、防火は、廊下の照明は等、部屋の内装はこちらでどうにかなりますが、共有の施

設部門は大家さん側の問題ですから無理は言えないとしても、駅から三十秒という、駅前の最高立地の願ってもない物件ですから、大家

さんに断られないように、全ての条件を吟味して、大家さんの素性、人柄などを考慮した上で、申し込みをしないといけないと家族がい

うので、これまでになく緊張しています。

家の地下なら家賃も要りませんが、駅から三、四分かかります。

ところで、これまでのスナックなど九軒のテナント申し込みは、こちらの言いなりでしたし、五億円ほどの銀行借入も医会をバックに

「いついつまでに五千万円を口座に振り込んで下さい」

というもので、先生の担当は銀行でも名うてのヤクザ担当行員という事実を突きつけられたこともありましたから、今では平身低頭、謙

(へりくだ)って、謙虚に反省しています。

十年前から借金はありませんが、当時の苦しみをイヤというほど知る僕は、今では怖くて金を借る気にもなりません。

当時、僕がメインにしていた銀行は、何日か前に他の銀行と合併して、新体制で発足したと新聞は報じていました。

合併した相手の銀行の頭取氏は、正法に縁ある人だったと園頭先生にお聞きしたことが有りますが、そういう人であるだけに、夏の長期

休暇にはシルクロード辺りの旅行をライフ・ワークとされていて、いつも新聞の記事を賑わせていましたし、博多駅近郊の、キャナル・

シティーのオーナーのおじさんに当たります。

更に、福岡近郊の正法に縁のあった著名人では、玉屋デパートの先代社長氏もそうだとお聞きしています。

話はずれてしまいましたが、そういう背景の中で、僕が高飛車な態度に出て断られでもしたら、

「家の地下で始める」

と言いはせぬかと、宗教大反対の家族は、気が気ではなく皆必死です。

「どうにでも、なるようになればいい」

とでも言うものなら、みな真剣に悩むので僕も気を使います。

医者というのは、小さいながらも一国一城の主ですから厄介です。

更に患者様から、怖くて痛いことをされても受診が終わると

「ありがとうございます」

と、偉くもないのに頭を下げられるご身分ですから、知らず知らずの内に、人に対して横柄、不遜な態度をとる存在です。

空港近くの医療体が、診療を「営業」と表現し、患者さんを「患者さま」と表現するにつけて、博多駅周辺のコチコチの旧態然とした医

療感も、株式会社〇〇病院がいずれ出てくるという新しい風に、右往左往し始めています。

もう、医家がふんぞり返る時代は終わりました。

家族からは「大家さんには頭を下にさげて、謙虚に笑顔を忘れずに」

と言い含められています。

申し込みが遅れると人に先を越されますし、また、医家としての人を見下す大柄な態度を心配しますし、まだ大家さんともお会いできて

いません。

でも、正法を皆さんに広く知らせるということでは、これは僕の一大使命です

うまく行けばいいなと思います。

 

福岡市内の多くのイベントには気がまぎれます。

天神の市役所広場では、佐賀のバルーン・フェスタ宣伝のために、大気球を広げてアピールしていました。

中州川端の歌舞伎などの博多座隣の、旧称リバレイン、新・イニミニマニモでは鹿児島・大隈半島の物産展が開かれ、博多座周辺では、

役者さんのファンが、裏口で一目見ようと群がっていました。

この項をパソコンで打っているとき、

「ホラ、博多座の隣は何だっけ」

「リバレインですか、名前が変わってイニミニマニモ」

「ヘー知らなかった、いつ変わったの」

と、いつも衛生士さんに教えてもらっています。

この日も自転車でまた転びました。

どうして転ぶのかとよくよく考えてみると、ズボンの裾(すそ)が、いつもチエーンに挟(はさ)まって破れています。

軽快車ゆえに、軽くするためにチエーン・カバーがないのが理由ではないかと話していると、衛生士さんが

「裾を留めるバンドが有りますよ」

「ヘーそう!それだったら、ヘヤー・バンドはどうかな」

と即実行の僕は、診療靴を脱ぎ捨てて、捜して来たヘヤーバンドを診療ズボンの上から着けてみると、いま一つです。

「マジックテープのそれを、買うとしょうか」

と、いつも僕の知らないことを彼女たちが教えてくれます。

ヘヤーバンドを実地行動の院長室には、カラオケを唄いはじめたばかりのDVDやカラオケテープが、机の上に無造作に転がっています。

努力をすれば、それなりに少しづつ声も出るようになるので、やがて唄い始めて一週間ですが、その変化に驚いています。

声の出ないのを無理に唄い続けていると、声帯にからみ付いていたタンが次々に出てきて、タンのからみつきが解消され、ついには声が

出やすくなるようです。

ですから、現在の僕の言語障害は、麻痺による声帯周辺の活動低下が原因のタンの絡みつきと、理解し始めています。

更に、麻痺による過度のヨダレは、食べる時にホッペを傷だらけにしないための、口中を濡らす潤滑油のような役目ではと、この自然の

摂理とも思える仕組みに感謝せずにはおれません。

日曜日の昼前は、子供が住むマンションが我が家の掃除当番のため、親の僕が視察に行く事になります。

息子と娘は全マンションの人が共同で使う、入り口のドアーから玄関まで、家では見せたことがない位に、丁寧に隅々まで磨き上げてい

ました。

誰も他人は住まぬ個人住宅というわがままから、やり放題、し放題ですが、マンションという共同生活は、皆が気を使い寄り添って生き

る生活の場ですから、大変参考になります。

ただ、洩れそうになるトイレにも、ドアカードを差し込んでエントランスドアーを開けて、エレベーターに乗り込んで、その階に着いて

はじめて部屋に入らないと用を足せませんから、家のように玄関のドア開け放しでトイレに駆け込むなんてことはできません。

勝手が違うものですから、間に合わなくて少しチビりました。

それを脱いで洗面室にて、孤独に密かに洗っていると、娘が息子の指図で様子を伺いに来て、うすうす気がついてか

「お父さん出たの?」

「いいにくいことを言うな」

と虚勢を張っても、もう後の祭りです。

息子にパンツを貸してとも言えず、自転車のハンドルに、くくり付けて帰っていると、めっきり涼しくなった秋の風が、裸の僕を通り過

ぎていきました。

通りでは大運動会の喧騒も、子供たちの明るい声援にかき消されているようでした

帰り着くと家内へ

「洗面で洗った」と告げると

「詰まると周囲に迷惑をかけます」

と過度に心配をしていました。

昼過ぎには、南区大池通りのテレビでやっていた名店を訪ねようと出掛けました。

すると、天神の大渋滞に巻き込まれウンザリしますが、ビルの谷間から大バルーンも顔をのぞかせていました

抜け出てから、

「店名は、地番は?」

という問いに、しどろもどろです。

「どうして書き付けてこないの」

も白々して、それらしき店を探してウロウロした挙げ句に、〇〇トンネルです。

「市内にトンネル!」

と一大発見をして、どう行っているかわからぬままに突き進んでいると桧原の近くでした。

「秋のお彼岸もご無沙汰したな」

という想いで、その方向へ向って一礼して走りました。

 

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