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  萩の木戸孝允邸への観光

 

平成十六年十月三十一日日曜日、山口県の萩を訪ねました。

  前の週の二十四日(日曜日)は、九州大学の整形外科の講演会に参加して、四つの大学(九大、久大、福大、産業医大)の教授講演と、  

 舞台俳優の水谷八重子(幼名・良重)さんのお話でした。

三十日の土曜日は、社会実験という名目で、福岡市が交通緩和の施策として、市内に流れる河川を利用して、船で通勤させようという

狙いでデーターを取る実験を始めました。

 僕は通勤しませんが、体験試乗です。

そこで、アンケートと三百円を払って、実験船に乗り込みました。

総勢五十名ほどでしたが、その一員に家族もいます。

昼過ぎの四時、天神の水上公園を出て幾つかの橋をくぐります。

水面から一番低い橋は、頭を打ちそうです。

皆いっせいに、亀さんのように首をすくめました。

「潮の干満によっては怖いね」

と口々に囁きました。

キャナルシティ前で折り返して天神へ戻るまでの二十分間の実験乗船は終わりますが、辛口のアンケートを係りに渡して皆散っていき

ました。

次の目的があるものですから、夕食後の八時過ぎには早々と床について備えました。

そして、三十一日の早朝一時過ぎにトイレに立ったので、そのままドライブの準備を始めていると家内が起きて来て、

「まだ睡眠が足りていません」

と引き止めるので、仕方なく再び眠ることにしました。

家内は萩には行かないというので、中国高速道のパーキングで仮眠しながら、ゆっくりスローモードで萩へ行くつもりでした

一度目が覚めたからには、もう眠れません。

風呂に入り話をしていると、もう三時過ぎです。

そんなこんなで、四時過ぎに我が家を発ちますが、結局睡眠は取れていません。

近くの二十四時間のセルフの給油所に立ち寄って、順調に小雨の高速道を走り始めました。

車には水、柿、ミカンと少しの飴、下着と着替え、正法の講演テープ、当然ながら地図、パンフ類、深夜走行の積もりでしたからサー

チライトもあります。

この他にも、トランクの中には、応急の薬品、故障のときの牽引ロープ、バッテリーチャージャー、傘、雨合羽など、いつでも夜逃げ

ができると笑われる程の物が入っています。

もちろん「心経ならぬ心行」、「感謝の祈り」も予備の眼鏡とサングラスもありますし、トイレで心行、感謝の祈りの読呪も済まして

います。。

携帯電話がない頃には複数の無線機も備えていましたが、携帯電話が普及してからは携帯電話の電波の届かない深山へ行かない限りは

必要ありません。

こうして、高速道の三十分おきにあるパーキングや休憩所で気分転換に車を止めて行くと、いつの間にか目的に着くというわけです

どうして今回、萩かと申しますと、維新の古里といわれるように、高橋信次先生の分身は木戸孝允、幼名・桂小五郎といわれているの

で、生家を訪ねようというわけです。

ただの観光で以前訪れたことは一度ありますが、今度は木戸孝允にスポットを当てたいのです。

古い旅行雑誌に、防長バスの定期観光バスが出ているので、時刻の多少の変更はあっても大きな違いはない筈と、まったくいい加減な

発想で、車を走らせていると、萩に着く頃には、もう時間はありません。

第一便の定期観光バスが出る東萩駅に着いたのは、予定していた時刻にジャストでしたが、幸運なことに、古い時刻より現行は十分遅

れのために、悠々と無料の駅前駐車場に停めることができ、持参の水と飴を口に頬張る余裕さえありました。

四十人乗りのバスは、四人の観光客を乗せてスタートしますが、生憎の雨模様とはいえ、現在の萩は人気スポットとしては今一なので

しょう。

ベテランのバスガイドさんは、

「ただ一人の男のお客さんを案内したときは困りました、萩の天気は急変しますが、萩は魚もうまいし地震もないし穏やかな住みやす

いところです」、と。

今日の男は運転手さんと僕の二人、他は女性です。

観光地に着くと雨が降ったり止んだり、人が通ってピカピカに磨かれた踏み石に足を滑らせて、同乗の観光客に迷惑を掛けては折角の

観光を台無しにしますから、長傘が杖代わりになって重宝したものの、やはり足手まといでした。

関東からといわれる六十過ぎの女性は、メモを片手に取材をされている雰囲気でしたが、漏れ聞くと、木戸孝允関係を重点的に観光と

話をガイドして欲しいという希望のようで、それも僕にとってはこれ以上ない幸運です。

(指月)城址、松下村塾などを観光して、その内には雨も上がって、最後の国指定史跡の武家屋敷街に着く頃には、汗が出るくらいに

好天気でした。

いよいよ萩城下町一角の木戸孝允旧宅です

レンズ付フイルムでスナップを一枚撮ると、次はフイルムが巻けません。

「ガーン!残数一枚きりのカメラを後生大事に持ってきたというのか?」

見渡したところフイルムを買えそうな所もないので、それなら心の目にしっかり焼き付けようと考えました。

木戸孝允(たかよし)という人は、長州藩の討幕の指導者として活躍した維新の政治家で、西郷隆盛、大久保利通とともに「維新の三

傑」といわれます。

桂家の養子となり桂小五郎といい、坂本竜馬の仲立ちで西郷・大久保らと薩長同盟を結び、倒幕勢力の中心となって、明治新政府では

参議として「五か条の御誓文」の草案、ついで版籍奉還、廃藩置県をなしとげます。

さらに岩倉、大久保、伊藤博文らと欧米を視察、征韓論も台湾出兵にも反対して職も辞めますが、また政府に戻り畳の上で亡くなって

います。

簡単に言うと以上の経歴の人です。

彼は芸妓・小松と運命的な出会いをします。

大恋愛のすえ政治家・木戸の妻・松子となりますが、彼女は木戸を支えた才媛と評価されています。

旧宅に展示されている彼女の和服姿の写真は、田舎娘という言葉がぴったりでも、ドレス姿の彼女は洗練されて、現代でも十分に通用

する惚れ惚れする容姿に驚きました。

お釈迦様は高橋信次先生です。

お釈迦様の分身は木戸孝允ですから、高橋先生の分身でもあるのです。

彼はさすがにお釈迦様の霊統であるだけに、完全慈悲と愛の人ですから、征韓論も台湾出兵も反対して一時期、在野に下りました。

高橋先生は正法の講演を開始された頃、木戸から講演での声の出し方を指導されています。

「お前の講演はノドから声を出している、それでは直に喉をつぶして長くは続かない、お腹から声を出せ、お腹に力を入れて」

と政治家・木戸孝允から指導されたものですから、僕はそう心がけていますという、高橋先生の講演もありますが、お釈迦様であった

高橋先生は、労働争議、ゲバを振りかざした学生運動を徹底的に非難されました。

西郷隆盛も坂本竜馬も不運の非業を遂げていますが、そういう慈愛深い人であるだけに不思議にも木戸のみ、畳の上で死んでいるとい

うことを特筆できます。

彼は、お釈迦様の霊統だけに意識の高さでは誰よりも抜きん出ていますが、作家・村松剛氏が言うように世人の評価、人気の高さでは

西郷、坂本に一歩も二歩も遅れを取っているというのも日本人の気質から分かるような気がします。

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十一月のお休みの三日は、佐賀のバルーンフェスタへ行きました。

家内はシチメンソウ観賞へ訪ねたとき、練習中のバルーンを見ているので行かないというので、JRを利用して一人で行くことにしま

した。

それというのも、数十機のバルーンを空中に係留して、バーナーを全開にしたり絞ったりの明滅ショーと花火、レーザー・ショー、シ

ンセサイザーで盛り立てるというので、夕刻五時の特急で博多駅を発ちます

仮設の臨時駅(佐賀バルーン駅)に特急も止まるというので、乗り込むと満員でした。

佐賀駅まで来たころ、席に掛けていた五十歳位の女の人が、自由席の通路に後ろ向きに立っている僕の肩をたたいて、

「お友達が来なかったので、○号車の指定席が空いていますから、どうぞ」

と切符を渡して勧めてくださるのです。

「ありがとうございます、次のバルーン佐賀で降ります、ご丁寧に」

お礼を述べ爽やかな気分で、通年のこの時期に、一度しか使わない仮設駅に降り立ちました。

係りの人がメガホンで、帰りの切符購入を盛んに呼び掛けていますが、僕は往復を購入しているので安心です。  

駅は、広い一級河川敷の間際で、反対側には広大な駐車場を備えた、さすがに、国際フェスタ会場です。

バルーンはどこに不時着しても困らないように、周りには山も森も林もない、田んぼしかない、バルーン競技に支障のない最適地のよ

うです

あたかも会場の真上に着いたかのように、駅の階段を下りると、もうそこは会場でした。

博多駅から特急で四十分余り、夜店も屋台も何でもありの、縁日の賑わいを大きく拡大したような騒ぎです。

僕は例のごとく、全部の夜店、全部の屋台を覗いて、一人では食堂に入れないので梅ヶ枝もちを二つ買い、ブラブラ立ち食いをし

て空腹の足しにしました。

なぜか僕は一人で食堂では食えません。

だからいつも、

「亭主が外に出かけても夕食は用意しなければならない、たまには外で食べて来てください」

と言われています。

サア、六時半、ショーが始まりました。

数十個の風船に明かりが明滅するように、幻想的で、バーナーのゴーッ、ゴーゴーという音が闇をつんざき、思いのほか迫力満点で

す。

 それに花火が華を添えて、ひと時の夢幻卿でした。

帰りに特急は止まりませんので、普通列車で佐賀駅まで出ますが、進入制限された仮設駅は、線路に押し出されそうな混雑振りに驚き

ながら、幸運にも僕の前でドアは開いて、押し込まれるままに箱に収まりました。

博多駅にたどり着くと、駅の改札口では、幾つものバルーンの形をした堤燈が取り外されているところでした。

いままで、ごくろうさま。

 

サテ、今年はプロ野球の異変が多発しました。

その一つ、孫氏というインターネット関連企業人が、福岡のドーム球場を買い取りますし、ライブドアの堀江氏と楽天の三木谷氏が

競って、楽天が東北で野球を経営することになりました。

不思議なことに電脳界の人が野球界を牛耳ることになりますが、更に、不思議なことは孫氏も、敗れた堀江氏も僕の高校の後輩のよ

うですから驚きました。

僕も電脳宗教の雄に成れると嬉しいのですが・・・。

十一月二十二日、原鶴温泉での高校の同窓会でも、彼等は話題にのぼるかもしれません

 

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