「心行」の簡易訳
八起正法
「心行」は高橋信次先生が示されたものです
詳しくは園頭広周先生著「心行の解説」上下、正法出版社や
「心行の言霊」GLAを参照願います。
ただ、「心行の言霊」は、高橋先生の出版を手がけていた弟子の手になるもので、この中の四十三ページ「人間は罪の子」という記述は
「人間は神の子」という誤りです。
ご注意下さい。
心行は 宇宙の神理 人間の心を言霊によって表現したものである
それゆえ心行は 拝むものでも 暗記するものでもなく
これを理解し行うものである
正法は実践のなかにこそ 生命が宿ることを知れ
われいま見聞(けんもん)し
正法に帰依することを得(え)たり
私はいま高橋先生の著書や講演などにより、正法を見たり聞いたりして、このの教えに感銘して同意することが出来るようになりまし
た。
広大なる宇宙体は
万生万物(ばんしょうばんぶつ)の根元(こんげん)にして
万生万物相互の作用により転生輪廻(てんしょうりんね)の法に従う
この広大な大宇宙の六十兆個の星々(大宇宙体)は、万生万物(生きとし生けるもの全て)の基本であり根幹を為すもので、万生万物相互の作
用、万生万物の相依性によって、生まれ変り死に代わるという転生輪廻の法、つまり循環の法則に従うものです。
大宇宙大自然界に意識あり
意識は大宇宙体を支配し
万生万物をして調和の姿を示さん
大宇宙には心が存在し、その心は我々にも同通しています。
このように大宇宙大自然界には統一された意識、心があります。
この意識、心は六十兆個の星々である大宇宙体を支配して、万生万物を調和という相(すがた)を形に表しているのです。
万生万物は広大無辺な大慈悲なり
大宇宙体は意識の当体にして
意識の中心は心なり
生きとし生けるもの全ての存在は、広大無限な最大最高の慈悲の現れです。
六十兆個の星々それぞれに意識が働いており、意識の中心は我々の心に通じています。
心は慈悲と愛の塊りにして
当体・意識は不二なることを悟るべし
人間の心というものは、心を失った人、迷いの淵に立たされた人、病に倒れた人々にも無限に供給してやまない慈しみの心や情けの心で
ある「慈悲」と、無私なる心や思いやりの心である神に同通する「愛」の塊(かたま)りそのものであるということと、大宇宙体と大意識は
不離一体の同体であり、これと同じように人間も肉体と心は不離一体で、色心不二、心身一如ということを理解しなければなりません。
この大意識こそ
大宇宙大神霊・仏なるべし
この大意識を正法では、大宇宙大神霊と言っていますが、巷間でいう大宇宙創造神です。
また仏とは、最高最大に悟られた人間の霊で、「仏陀」と言っています。
仏陀とは、この世やあの世の過去、現在、未来が全部分り、各人の人生の目的と使命が一瞬にして分り、過去に生きていた時代の言葉を
話し、この世の人ともあの世の霊とも自由に語り合い、転生輪廻の事実を証明でき、人類を正しく導くよう神に任された、神と表裏一体
の人です。
神仏なるがゆえに 当体は大神体なり
この現象界における太陽系は
大宇宙体の小さな諸器官のひとつにすぎず
地球は小さな細胞体なることを知るべし
大意識が神仏ですから、六十兆個の星々が在る大宇宙体は神がおわす大神体と言えます。
この現実世界の、この世(物質界)の太陽系の惑星は九か十に過ぎず(近未来には水星より太陽に近い星が太陽の上に写し出された映像が公
開され地球人は驚かされます)、六十兆個からすれば、太陽系は大宇宙体の極微の小さな諸器官の一つに過ぎず、地球は器官の細胞に過ぎ
ないということを知らなければなりません。
当体の細胞なるがゆえに 細胞に意識あり
かくのごとく 万物すべて生命にして
エネルギーの塊りなることを悟るべし
地球は大宇宙体の細胞ですから、大宇宙体に大意識、大心、大神霊があるように、地球という細胞にも意識、心があります。
このように地上界のありとあらゆる万物には生命があり、エネルギーの塊ということを理解してください。
なぜなら、一グラムの物質をエネルギーに変えると、百ワットほどの電球を五千年間も灯し続けることからもお解かりでしょう。
あの無所得のままに無償で熱光を与えてくれる太陽のエネルギーで地球をつくるとすれば、三十三万三千個できるのです。
大宇宙体は大神体なるがゆえに
この現象界の地球も神体なり
神体なるがゆえに 大神殿なるべし
六十兆個の星々の大宇宙体が大神体ですから、この世の地球も神体です。
地球も神体ですから地球は大神殿ということになります。
大神殿は万生魂の修行所なり
諸々の諸霊 皆ここに集まれり
大神殿であるこの地上は、生きとし生けるもの全部の魂、霊の勉強する修行所です。
諸々の霊は皆地上界に集まっています。
諸霊の輪廻は 三世流転
この現象界で己の魂を磨き
神意に添った仏国土・ユートピアを
建設せんがためなり
諸々の霊の輪廻、循環は「過去世」、「現世」、「来世」という、色々な国や場所に生まれ変り死に変わるという三世の転生輪廻、輪廻
転生という現実があります。
その目的とするものは、現象界、この世、物質界、地上界で自分自身の魂、霊を磨いて、神の意思により求めておられる、仏陀が説かれ
た仏教による国、仏国土である理想郷・ユートピアをつくるためです。
さらに 宇宙体万生が 神意にかなう
調和のとれた世界を建設せんがため
己の魂を修行せることを悟るべし
更にまた、宇宙の星々に住む生きとし生けるもの全部が、神の意に添った
和の精神と安らぎのある調和された世界をつくるため自分自身の魂、霊を浄化し正しく進化させるための修養することを自覚せねばなり
ません。
過去世 現世 来世の三世は
生命流転の過程にして
永久(とは)に不変なることを知るべし
過去に生まれていた時代のこと、この世のこと、これから生まれる時代のこと等の過去世、現世、来世という三世を、生命が死に変わり
生まれ変って人生の漂流を続けて止(とど)まることを知らないということは、永遠なる生命にとって一つのプロセス、過程に過ぎません
し、永久に変わることがないということを知らなければなりません。
過去世は 己が修行せし前世
すなわち
過ぎ去りし実在界と現象界の世界なり
過去世というのは自分が人生修行をした前世、つまり前の時代のことであり、すなわち過去の時代のあの世とこの世のことです。
現世は生命・物質不二の現象界
この世界のことなり
熱 光 環境一切をふくめて
エネルギーの塊りにして
われら生命意識の修行所なり
神仏より与えられし
慈悲と愛の環境なることを感謝すべし
現世というのは、生命と物質が不離一体の、同体である現象界のことで、すなわち、この世のことです。
熱、光、環境一切を含めて、全てはエネルギーの塊であり、この世は我々の魂の勉強をする修養所です。
そして神仏より与えられた慈愛の環境であることを神仏に心から感謝しなければなりません。
来世は次元の異なる世界にして
現象界の肉体を去りし諸霊の世界なり
意識の調和度により 段階あり
この段階は
神仏の心と己の心の調和度による
光の量の区域なり
来世というのは、次元が違った世界であり、この世、地上界での身体を去った諸々の霊の世界です。
あの世は、死者の意識、心の調和度によって様々な段階があります。
この段階は神仏と自分の心の調和度による光の量の区分があります。
上段界から、最高位は如来界です。
あの世とこの世には「本体一と分身五」という法則から、現在六十億の世界人口とすれば、あの世とこの世には三百六十億の霊がいるこ
とになりますが、如来界というのは一九七二年現在、四百二十五人という、慈悲と愛だけのほんの一握りの人達なのです。
二位の段階の菩薩界というのは、あの世とこの世を合わせて二万人という慈悲と愛の塊という人達です。
如来や菩薩を名乗る霊能者よ!恥ずかしくはありませんか。
次の段階は「神界」といいます。
神という言葉がついていますが、神が人間に求めておられる心の段階という意味の神界で、他人から損害を与えられても避難しない、ど
うしてそうなったのかと原因を反省する人達の世界で、あの世とこの世を合わせて一億数千万人の世界です。
次は「霊界」です。
物も心も、与えたものが返ってこないとすっきりしない段階で、三分の一です。
次は「幽界」です。
他人はどうでも自分さえよければという段階で、以下三分の一です。
ここまでが天上界で、この世に生まれ変ることが出来る段階です。
エゴののせ界まで人間を許しておられるという神の寛大な愛に、ひれ伏したくなります。
次は地上界に誕生できない心の段階を地獄界(暗い世界)といいますがこれについて述べます。
修羅界、栄達に明け暮れる人達の世界です。
餓鬼界、金銭欲の強い人達の世界です。
畜生界、ネチネチと執念深い人、見境なく性欲に狂う人達の世界です。
煉獄、闘争と破壊の人達です。
魔王、地獄の帝王(サタン)です。
ここで述べた心の段階の人達は自助努力、自力で心のあり方を修正しなければ晴れて誕生ということにはなりません。
この段階の人達は、暗くて苦しい世界に耐え切れずに人に憑(つ)いたり、憑依して地上界の人達に多大な迷惑をかけています。
神仏と表裏一体の諸霊は 光明に満ち
実在の世界にあって
諸々の諸霊を善導する光の天使なり
光の天使 すなわち
諸如来 諸菩薩のことなり
如来界や菩薩界の人達は、神仏と同体になって、あの世にあって光明に満たされ、あの世の人達を正しい方向へ導いている光の天使達です。
この現象界は
神仏よりいっさいの権限を
光の天使に委(ゆだ)ねしところなり
光の天使は慈悲と愛の塊にして
あの世 この世の諸霊を導かん
この世、地上界は神仏より一切の権限を任されているのが光の天使、すなわち如来と菩薩なのです。
そして彼等はあの世やこの世の全ての霊を、慈悲と愛の塊となって善導しています。
さらに 諸天善神あり
諸々の諸霊を いっさいの魔より守り
正しき衆生を擁護せん
さらに諸天善神というのがあって、諸々の正しい霊を魔より守る役目です。
不動明王、摩利子天、稲荷大明神、大黒天、八大竜王、毘沙門天などがいます。これら善神は仏、仏陀を護り、法を守る役柄であり、光
の天使になるための修行の一過程です。
それだけに如来や菩薩をも救える力があります。
「稲荷大明神」というのは、五穀豊穣を護る役柄で決してキツネではありません。
また、あの大富豪の松下幸之助氏は、仏陀であった高橋信次先生の正法の経済的な援助者である「大黒天」であり、過去世はイエスの十
二使徒の一人、ルカの生まれ変りでした。
肉体を有する現世の天使は
諸々の衆生に正法神理を説き
調和の光明へ導かん
この世に生まれている現代の天使は、多くの人々に正法神理を説いて和と安らぎの道へ導かねばなりません。
ここまでの説明が人類救済の原理です。
この現象界におけるわれらは
過去世において
己が望み 両親より与えられし
肉体という舟に乗り
人生航路の海原へ
己の意識・魂を磨き
神意の仏国土を造らんがため
生まれ出(い)でたることを悟るべし
この世における私達は、過去世(過去に生まれていた時のあの世やこの世)において、自分自身でお父さんお母さんになる方へ、
「私を子供にしてください」
と自らお願いして産んでいただき、両親よりいただいた身体の乗り舟で人生の荒海に漕ぎ出すわけです。
人生航路では、自分の心を磨いて、神が求めておられる仏国土ユートピアをつくるために、この世に生まれて来たことを自覚しなければ
なりません。
肉体の支配者は 己の意識なり
己の意識の中心は心なり
心は実在の世界に通じ
己の守護・指導霊が
常に善導せることを忘れるべからず
善導せるがために 己の心は
己自身に忠実なることを知るべし
身体の支配者は自分の意識です。
意識の中心は心です。
心はあの世に通じ、自分の守護霊や指導霊がいつも正しく導いてくれていることを忘れてはなりません。
守護霊というのは、自分の過去世の霊です。
特別な霊ではなく自分の魂の兄弟です。
指導霊というのは、自分に関係する霊ではなく、自分を指導してくれる友人や先輩、先生などです。
こういう霊たちが正しく導いてくれる為に、自分の心は、自分自身に忠実なのです。
他人に嘘をつけても自分には嘘はつけないということからも、お解かりでしょう。
しかるに 諸々の衆生は
己の肉体に 意識・心が支配され
己が前世の約束を忘れ
自己保存 自我我欲に明け暮れて
己の心の魔に支配され 神意に反し
この現象界を過ぎ行(ゆ)かん
それ故に多くの人々は、自分の身体に心が煽動されて、自分の前世での決意した約束を忘れ、自分の地位や名誉を守ることのみに終始し
欲望に明け暮れて、煩悩や執着という自分の心の魔にコントロールされ、神が求められている意向に反して、この世を渡って行くようで
す。
また生老病死の苦しみを受け
己の本性も忘れ去るものなり
その原因は煩悩なり
煩悩は
眼(げん)・耳(にい)・鼻(び)・舌(ぜつ)・身(しん)・意(い)の
六根が根元なり
また生老病死の苦しみによって、自分の人生の目的と使命を忘れてしまいます。
その原因は煩悩です。
煩悩というのは、五つの器官である、眼で見る、耳で聞く、鼻で嗅ぐ、口で味わう、身体で触れるという五官に心の働きである意識を加
えて、この六根が原因の元なのです。
六根の調和は 常に中道を根本として
己の心に問うことなり
己の正しい心に問うことは反省にして
反省の心は
己の魂が浄化されることを悟るべし
六根の調和は、いつも程ほどという中道の精神を基礎として、他人に嘘はつけても自分には嘘のつけない心に、問いただして見ることです。
自分に嘘のつけない正しい心に問い正すことを反省といいます。
反省をする習慣をつけることによって魂、心が浄化されるという事を理解して下さい。
己自身は孤独に非(あら)ず
意識のなかに己に関連せし
守護・指導霊の存在を知るべし
守護・指導霊に感謝し さらに反省は
己の守護・指導霊の
導きを受けることを知るべし
六根あるがうえに 己が悟れば
菩提と化すことを悟るべし
自分自身は決して一人ぼっちではありません。
なぜならば、心の中には自分に関連した過去世の兄弟や指導してくれる友人先輩がいるということを知らねばなりません。
そして守護・指導霊に感謝し、さらにまた、心が苦しくならないように、ドカッとではなく、少な目に省みるという反省、懺悔をするこ
とによって、自分の守護・指導霊に善導されるということを知らなければなりません。
眼・耳・鼻・舌・身・意という六根があるために、自分が理解し悟れば、和と安らぎの大安心の境地になるという真の道理、原則を理解
しなければなりません。
神仏の大慈悲に感謝し
万生相互の調和の心が
神意なることを悟るべし
神仏の大きな慈悲に感謝し、生きとし生けるものの相依、相互関係によるところの和の心が神が強く求めておられるということを悟らな
ければなりません。
肉体先祖に報恩供養の心を忘れず
両親に対しては 孝養を尽すべし
心身を調和し 常に健全な生活をし
平和な環境を造るべし
先祖代々という、連綿として繋がった血のつながりの肉体先祖に対して、魂の乗り舟である身体をいただいた事を感謝し、感謝の心は正
しく生き、明るい健全な家庭環境を造るという報恩の行為が先祖の供養ということを忘れてはいけません。
また、両親には礼儀を尽くし、老いれば報恩の証として亡くなるまで養ない、いつも健全な生活をし、和(なご)みのある平安な環境を造る
よう心掛けねばなりません。
肉体保存のエネルギー源は
万生を含め 動物・植物・鉱物なり
このエネルギー源に感謝の心を忘れず
日々の生活のなかにおいて
己の魂を修行すべし
身体を養うエネルギーの源元(みなもと)は、生きと生けるもの全部と動物、植物やミネラル(鉱物)です。
これらのエネルギー源に感謝の念を忘れず、毎日の生活の中で自らの魂、心の勉強をしなければなりません。
食べ物に感謝するということは
「いただきます!」
だけではありません。
食べ物への感謝報恩というのは、粗末にしないということです。
己の心・意識のエネルギー源は
調和のとれた日々の生活のなかに
神仏より与えられることを悟るべし
肉体維持のエネルギー源は食べ物の栄養ですが、心、精神のエネルギー源は、和のある安らぎの毎日の生活の中に、神仏より与えられて
いるという事を自覚しなければなりません。
もし、あなたに現在、悩みがあるのなら、どのような問題でも、その問題の原因を根元から自力で取り去らなければ解決しません。
それは勇気をもって実践、実行以外にありません。
心のエネルギー源は明るく楽しい我が家です。
己の肉体が苦しめば 心悩乱し
わが身楽なれば 情欲に愛着す
苦楽はともに正道成就の根本に非ず
苦楽の両極を捨て 中道に入り
自己保存 自我我欲の煩悩を捨てるべし
自らの肉体疲労が極限に陥ると、心は千路(ちじ)に乱れ、余りにも身体が楽なら、今度は愛欲へ走るのです。
極端な苦楽は真に正しいものではありません。
苦楽の両極端を捨て去り、程ほどという中道の精神を旨(むね)として自分が自分がという心と、足ることを知らぬ自分さえ良ければよけれ
ばという過度の執着を捨てるべきです。
いっさいの諸現象に対し
正しく見 正しく思い 正しく語り
正しく仕事をなし 正しく生き
正しく道に精進し 正しく念じ
正しく定(じょう)に入るべし
この世に起こる一切のできごとを
正しく見る(正見)
正しく第三者の立場で思う(正思)
正しく恣意を入れず語る(正語)
正しく心を込めて仕事をする(正業)
正しく生活する(正命)
正しく人と調和する(正進)
正しく目的意識を持つ(正念)
正しく瞑想的な反省をする(正定)べきです。
かくのごとき正法の生活の中にこそ
神仏の光明を得 迷いの岸より
悟りの彼岸(ひがん)に到達するものなり
このような正法を遵守した毎日の生活の中にこそ、神仏の光を受けられ生老病死の迷いより解放され、光明の世界に行き着くのです。
このときに
神仏の心と己の心が調和され
心に安らぎを生ぜん
心は光明の世界に入り三昧(さんまい)の境涯に到達せん
このときに、神仏の心と自分の心が調和同通して、心に安らぎが生まれます。
そうなると心は光に満たされ、正法三昧の境地に到達することになるのです。
(この諸説は 末法万年の神理なることを悟り
日々の生活の師とすべし)
モーゼの正法、釈迦の正法、イエスの正法・神理が消えて幾千年、宗教はこれまでに他力の宗教、拝みの宗教、祈りの宗教、葬式宗教に
成り果て曲解されて、他力信仰全盛に陥りました。
今般、モーゼの本体、釈迦の本体、イエスの本体であり、地球創世の真のメシアであるエルランティ様が、高橋信次先生として日本に生
を得られて、他力信仰は間違い、自力こそ神意なるものと高らかに広宣されてこの世を後にされました。
高橋信次先生は、これら人類への正法という遺産を後世の衆生がどう活用するか、行く末を温かく見守っていらっしゃいます。
合掌礼拝 八起正法