正法と、渡る世間の「百の人間模様」A
その百一
完全主義で神経質な人、とルーズな人
完全主義者は何事も完全にやらなければ気がすまないので、よくノイローゼになると言われています
完全主義者は次元の高い人です
次元が高いから何でもいい加減にできない、自分に厳しいだけに他人にそれを要求するのです
自分が要求するように、自分が考えるように相手が動いてくれないので、それが不満のタネになって心を暗くして行きます
心を暗くする原因を自分で解決できないので挙句の果てにはノイローゼとなって苦しみます
それを解決するにはルーズな位に大雑把(おおざっぱ)な生き方もその選択肢なのです
高次元の人にいい加減に生きなさいということには若干気も引けますが、嘘も方便に生きるということを学んでいただきたいのです
一方、ルーズな人は調子がよくていい加減に手を抜いて、やったことに責任をとらないのですから、完全を求めてもできない魂の次元の低い人です
魂の次元の低い人は、高尚なものの考えができない人ですから、完全に一回でできなくても試行錯誤を繰り返しながら完全に近づいていかねばなり
ません。
そしてまだ完全でなくとも昨日の自分より今日の自分が少しでも進歩したとこところがあれば、その進歩した分を自分で喜び称えるようにして行くので
す。
その百二,
心の大きな広い人と心の狭い小さな人
この人生は肉体という道具を使って、どう魂を磨くかという一つの舞台です
心が広く大きな人は、魂の表現の場として舞台一杯に大きく広く使います
心の狭く小さな人は、そこに広い舞台があっても、片隅の小さな部分でしか自分を表現しません
その人の性格やものの考え方は、心の大小の現れです
どこかに悩み苦しむ人があったら、自分の悩み苦しみとして感じることの出きるという人は、自分と他人は一体だという大きな愛の心を持った人です
隣人が悩み苦しんでいてもなんとも感じないという人は狭い小さな心の持ち主ということになります
心の広い人は時間の流れに随って歴史的なものの見方、考え方をしますが、心の狭い人は目先のことしか考えません
私達の人生の目的と使命は、どんな環境のもとでも魂の栄養として、何事にも動じない安らかな心を持つことです
現実逃避することも夢を追いかけ観念的に逃避することも、真正面に問題を取り組むことのできない取り組む勇気のない、弱い自分、卑怯な自分を
認めていることになります
潜在意識の中で、自分の弱い自分を認めていたのではいつまでも強くなれません
心の広い大きな人も、心の狭い小さな人も、その人の心のあり方、ものの考え方如何であるということなのです
その百三,
男女同権と叫ぶ女(ひと)
女は男に負けまいと、男の仕事の中に割り込まないで、女でなければできない分野を拡大して、そこに生きがいを見出し、女にだけ与えられた役割を
全うして、男の尊敬を勝ち得るべきです
女の腕力の弱さと、子供を生む能力と女の美だけは、男と女の最大の不平等なのです
男女平等、男女同権を標榜する女(ひと)は、女性特有の女らしさ、やさしさ、しとやかさ等をかき捨てて男になろうとしてもできません
かといって女らしくあることを罪悪と考えているのでは、女らしくもできません
中途半端な男か女か分からない人間になることが果たして女性自身にとって幸福でしょうか
男と女は「人間として平等である」ということを履き違えて「男と女は平等である」としたところに苦悩が始まるのです
その百四,
「男にとって女とは」、と深く考える人
どこまでも高く駆け上ろうとする魂と、堕落の淵にどこまでも低く沈もうとする、肉体的な欲望に葛藤するのが男とするなら、男の中に起る苦悩、煩悩
を昇華し清(聖)浄化して、高き坐にまで登らせる者、それはまさしく女性であり女体であり、さればこそ観音として拝され、持ち上げられるべきです
男をして神仏の座へと聖化して観音になるか、それとも男と共に奈落の淵に沈むか、そこに女の役割が分かれるところです
女体を真の観音とするには、女性は母となることです
女性は母となって人格が完成するのです
その百五,
正直者が貧乏で、なぜ悪者が金持か?と疑問の人
こういう質問は、「幸福は金や物が豊かになること」という資本主義、物質主義に凝り固まった人の言うことです
人生の目的は各自の魂を磨くことと、魂の向上にあるということを、よく考えてみてください
そこに一貫して働くのは因縁の法(原因と結果の法則)であり、循環の法則(生まれ変わり死に変わりの法則)なのです
良いことをして、この世で報われなくとも、あの世で、来世で必ず報われるのです
逆の言い方をすると、悪いことをする人がいいことばかりということは、生きているときはそう見えますが、あの世で、来世で必ず辻褄が合うようになっ
ています
また、過去世(生)で金持として、おごりたかぶり、慈悲と愛の人生を歩かなかったために今世は貧乏の中で人生の修行をする人もいます
また、過去世において貧乏という環境にありながら、心を暗くし魂の修行に再び失敗したので、もう一度貧乏の中で修行をしている人もいます
このように今世だけの問題として片付けられないということです
ですから、現在が貧乏であろうと心を暗くすることなく、金にゆとりのある人は困っている人達に手を差し伸べて、金や物中心の考えではなく心を中心
にした、安らぎや調和という、かけがえのない幸福を求めて欲しいものです
その百六,
家柄や生まれた環境を恨んでいる人
家柄や現在の自分の生まれた環境を快く思っていない人は、自分が自分を恨んでいることになります
それを嘆く心が底にあると、その人はいつまでも幸福になれません
まず自分の生まれた環境を自分自身の責任として、その環境に心から感謝することから始めねばなりません
生まれた環境とは、その中には自分の顔、姿、性格すべてが含まれることになります
それはどういうことかと申しますと、人は自分が望んで、自分が願って、その環境を選んで生まれてきたのです
その感謝は先祖へ対してです、両親へです
感謝は報恩となって輪廻しなければなりません
先祖への感謝とは、先祖代々のおかげでいまの自分があるという自覚です
この世のことは、あの世から全部お見通しですから、先祖に心配をかけない、先祖のお手本となるような模範となるような生き方をするということです
そして、両親に対する感謝です、親孝行です
運命をよくしょうと努力してもよくならなかったという人は、先ず生まれた環境に感謝していたかを反省することです
それだけでも運命は好転してゆきます
その百七、
病気が治った、と自慢する人
病気になり、それが治って健康になるよりも、はじめから健康であり病気でないほうがよいのです
不孝になって苦しんだ挙句に幸福になるより、はじめから幸福であるのが良いのです
私はこういう病気をしてこうして快復をした、という本が多く出ています
また、どん底生活から、今ではこう成功したというのもあります
同じような境遇の人に勇気を与えるという一面もありますが、私はズーッと健康で、ズーッと幸せですという方が一番自然で良いのです
新興宗教の多くは、病気を治したり不孝な人を幸福にするのがその目的であるかのように現世利益を説きます
宗教は、心のあり方や人生のあり方を、健康で幸福であるという人を目標にして、そういう人をますます心を大きく豊かに導くのが本来の使命です
ところが、病気や不孝な人は、そのことで心が一杯になって心を大きく豊かにするどころではないので、先ず病気を治し不孝をなくした上で、それから
人生のあり方、心のあり方を教えます
つまりスタートラインにつけただけなのです
一番大事なのは、病気が治り不孝がなくなってから、どう心を大きく豊かにするかという、後の方が大事なのです
というのは病気も不孝も各人が自分で作り出したもので、他人のせいではありません
病気や不孝は、それまでの生きざま、心の在り様の結果ですから、感謝と調和の心を持てば、ひとり残らず健康になり幸福になるというのが、宇宙の
法則であり神理なのです
その百八
美人をうぬぼれる女
人並み以上に背の低い人は、過去世で人を見下して権勢を誇ってきた人です
ノミの夫婦にスラリとした子供の例があるように、遺伝では一概に片づけられません
背が低いということで劣等感を持ったり、背の高い人を羨ましがったりせず、対等の心で、かつ、人のために尽くすのです
また、自分は美人だとうぬぼれて、それを利用して欲望の生活をすると、次はブスに生まれて、その反対の勉強をしなければならなくなります
現在、ブスだという人は過去世で人を苦しめ利用してきたのですから、現在の顔で、心と生きるようにするのです
現代は整形美容により、お金と引き換えにどうにかなりますが、「見掛けより心に錦(にしき)」です
心の反省もせず、極端に走り過ぎますと、最近話題に上りますように、その結果が思わしくない例も出てきます
問題の多くは金儲けに走る医者と、反省が届かぬ患者との同類同士のお話です
とかくこの世の美人は、心が冷たく自己中心主義の人が多いようです
顔はそうでない人の方が、心がきれいで暖かいといわれます
「醜女の深情け」というのは、顔を誇りにできませんから心で生きるしかないということです
顔の醜い人が、そのことで親を恨んで心まで醜くすると、来世はもっとひどくなりますから心だけはきれいに、人に親切にして生きてください、どこかで
帳尻は合うようにできているのです
その百九、
人工受精を礼賛する人
子供がどうしてもできぬからと人工受精で子供を生む人がいます
子供がいない人が、是が非でも欲しいという気持ちも良く分かりますが、人はあの世で子供ができぬことを決意して、或は承知して、この世に出てい
る人もいるのです
交通遺児はもとより、身よりもいない児などを育てるのもその選択肢の一つなのです
人工受精は最初の段階では天上界の霊が協力して正常な子供が生まれますが、乱用されると奇形児が生まれることになります
奇形児が生まれても全責任を持って育てる覚悟が、そのリスクを伴うことが、その重大な最大要件です
胎児診断によりこの世に生まれさせるかどうかを安易に選択をされるようになると医者も者も、そのしっぺ返しは避けられぬと考えてよいでしょう、
その百十、
俳優なる人
俳優が主人公に成り切り、悪役、病人、自殺、恋人などの演技を通して、身も心もそのものになってしまいます
不調和なシーンは、必ず次元を超えた不調和な世界に通じ、俳優が病人の演技をしている内に実際に主人公と同じ病気の現象が出ます
死亡した役を演じている場合は、演技だけにとどめないと、その反作用が現象化することがあるので演技から解放されたときには、役の善悪を正し
て、つとめて明るく生活すべきです
現実世界と役の仮想世界を、余りにも迫真の演技により、完全に結び付けないことです
その百十一、
緑の魔法使い(グリーンサム)
花には花の精がいて、人間の心が浄化すると、花の精が姿を現わし、人が愛念を持って接すると、その人の言う通りになりお互いに通じ合います
花に優しく語りかけ生き生きと育てたり、生気もなくなった植物を元気にする人もいます
高橋信次先生の例では、松、藤、グラジオラス、梅、銀杏が記述されています
参百年、五百年の風雪に耐えた大木なら、世の移り変りを見ていますから、身の回りで起こったことなら植物の精霊が語ってくれます
その百十二、
土地柄や、地域の空気が気になる人
太陽も地球も、人間同様に心を中心にして動いています
自然はものを語りませんし、そうした感情を示しません
でも、表面的にはそうでも地面にも表情があります
その地域の人の調和度、心の持ち方で地域の空気をつくっています
争いの多い場所には作物も育ちませんし、、街も汚いのです
そこに住む人の業想念(地域における心の傾向性)が余りにも酷いと、その程度に応じて地震は起きます
現代科学の判断では、地震は活断層のズレなどと説明しますが、そうではなく人間の好き勝手な行動や雰囲気が原因となってつくりだした物理的現
象なのです
地震は自然災害と考え勝ちですが、同じ大地なのに、どうしてそこに断層が出来ているのかを突き詰めると、その原因を数年前の阪神大震災も含め
てよくよく考えて欲しいのです
その百十三、
動物愛護という名目で世間に迷惑をかける人
最近、ペットの飼育が話題になります
そのペットが近隣の人々に害を及ぼすようであったら当然整理されなければなりません
或る県のこと、ドロボウ猫が近隣の家の中まで荒らしまわって困るという沢山の苦情が寄せられ、市は捕獲器を貸し出すことになりました
これに対して動物愛護団体が、動物愛のもとに反対運動を始め、官民揃ってギクシャクしたというのです
そこに見られるのは、ペット飼育者の動物愛に名を借りたエゴでしかありません
現に各家庭は被害を受けているのです
動物愛よりもっと次元の高い人間愛を忘れています
愛の中で最も優先されなければならないのは人間愛、人類愛です
法律において正当防衛が罪にならないのは、それは人間の尊厳愛からです
われわれ一人一人の存在は、尊い神の生命の存在であることを忘れてはなりません
その尊厳愛、人間愛をかなぐり捨てたとき、人間のエゴが他のものを淘汰し大手を振ってまかり通るのです
大なる生命は、小なる生命をコントロールしなければならない、というのは法則です
その百十四、
何か憑(つ)いていると口癖のように言う人
なんでも憑依霊のせいにして、「何かついている」と考えるのはいけません
そのように簡単に憑依するものでもありません
心を明るくしている人には、絶対に憑くことはありません
心が暗くならないようにして、ふさぎ込んでもうダメだと考えないようにすれば良いのです
その百十五、
海外旅行へ百回は行ったかな?と豪語する人
金を使う当てもないので、隅から隅まで世界を廻っている、これからもズーッと続ける積りという人と隣席になりました
人は今生の目的と使命によって、豊かな人も貧しい人もいます
経済的に恵まれないという人は、心まで貧しくしてはいけません
恵まれた人は、自分だけの楽しみは程々にして、病める人や恵まれない人へ愛の手を差しのべるのが大事です
その百十六、
男と女の最大の相違点は?
子供を生めるかどうかです
この時期、性同一性障害が話題です
これは自分が属すると考える心理的な性別と、身体的な性別が食い違う障害をいうようです
つまり男の体に女の心、女の体に男の心が同居するのです
酷なようですが、ホルモン療法や形成手術により見かけ上はどうにかなっても、問題はそれで完全に消えますか?
救済するのも大事な人間愛です
真実を知っておくことも人間として大事なことです
その百十七、
物質科学に凝り固まっている人
物質科学主義の人へ眼からウロコの一文です
今日の自然科学は一つの壁にぶっかっています
その壁とは物質のモトである原子、素粒子についての状態は説明できても、その状態を生み出しているところのエネルギーそのものが分からないか
らです
心ある科学者は、そのエネルギーについて、それは神仏の力であるといっています
その通りで、エネルギーこそ、神仏そのものなのです
原子を動かしているものは光子です
光子を光子たらしめているのは、霊子というものです
今日の科学、機械では、光子を発見できても霊子を発見することはできません
霊子の発見は、なお百年以上を要しましょう
しかしあえて申しましょう
霊子こそ、神仏であり、エネルギーそのものであります。(高橋信次先生)
その百十八、
精神的に疲れた人
精神的に疲れたという人は、精神エネルギーの根源は栄養などではなく神仏にあるのですから、感謝と睡眠によって絶えず補給を得られるということ
を知らない人です
一つ試しに、心を鎮め眼をつむって
神様ありがとうございます
仏様ありがとうございます
ご先祖様ありがとうございます
ご両親様ありがとうございます
と感謝してみてください
疲れている人は、すぐに安らかになり、「これではいけない」と新しい勇気が湧いてくるはずです
肉体的な疲れは栄養を採り、休息すれば正常に戻りますが、精神的な疲れは睡眠と、神仏や神仏がつくられた大自然や先祖や親に感謝の心を持た
ないと、精神的な疲れは解消しません
その百十九、
先祖の諒解なしに宗旨を替える人
先祖の了解なく宗旨替えをしてはいけません
亡くなった人が自分はこの宗旨によって救われる、その宗旨のお経で供養して欲しいと信じて亡くなっている場合は、先祖の了解なしに宗旨を変える
と、それでは自分は救われないと、子孫の中で頼んだら聞いてくれそうな直系の人に崇(たたる、出て示す)のです
直系の人に頼んでも駄目な場合は傍系に出ることがあります
あの世の霊は、言葉で伝えることができないので、こういう場合は、頭や足のケガや病気として現れる場合があります。(園頭広周先生)
宗旨替えをする場合は、静かな所で、声に出しても心の中でもかまいませんから、先祖の皆様、宗旨変えをさせてくださいと心を込めて頼むのです
あの世から、この世はお見通しですから、何度も何度もお願いするのです
「急いては事を仕損ずる」と申しますから、大事なことを懸命に何度も説得するのはこの世とて同じです
その百二十、
眠れない人
睡眠障害の為に睡眠薬を常用している人がいます
睡眠は、あの世への一時帰休をして神のエネルギーを受けている状態です
悩みや心配事があると熟睡が出来ずトロトロとして、目が覚めても爽快な気分になれません
それは、あの世での神のエネルギーを存分に受けていない状態です
グッスリ眠るためには、心配事の原因を根元から取り去ることです
自分に原因があるのなら、どんなにいやなことでも潔(いさぎよ)く非を認め、謝って心をスッキリさせるのです
どんなに理屈をつけようとも、それ以外に方法はありません
そうでないのなら、運動も最大の効果があります
昼と夜の逆転の場合は生活を正す以外にありません
悪霊は深夜に活動しますから寝せません
そういう場合は、正しい心の状態を指導して、睡眠薬で寝せつけるのも一つの選択肢です
悪霊が憑くというのも眠れないその人と心の持ち方が同類ということですから、悪霊とのつながりを切るには、明るく振るまい、体も動かして、食べ物
も中道生き方も中道、全部中道なら、悪霊も退散してしまいます
憑きたくても、こちら側の心が変れば居心地が悪いものですから憑いておれないのです
その百二十一、
先祖供養とは、仏壇や墓に花やお経を上げること、と思っている人
先祖供養は、お父さんお母さんから自分が生まれ、そのお父さんお母さんは、おじいちゃんおばあちゃんから生まれ、このような血縁関係が連綿と続
いて、今の自分があるのですから、先祖に対して感謝するということは大切です
でも、仏壇やお墓に数珠を持ち、お供え物をして、線香や花やお経を上げることが先祖供養だと、今までの長い陋習、慣例からそのように考えてきた
だけで、それが先祖供養ではありません
先ず、先祖に感謝をして、その感謝への報恩は、子孫がオホホ、アハハと明るく楽しい人生を送っていれば、先祖は安心で嬉しいはずです
子孫が明るく楽しい平和な生活を送っていれば、先祖も模範に出きる良き教材となります、これが本当の先祖供養です
その百二十二、
あの寅さんシリーズの帝釈天も仏教、と考えている人
衆生が現世利益の功徳を願っている心を、お坊さん達は利用してバラモン教のバラモンの神々までも奉り始めたのです
ちなみに、あの葛飾柴又の帝釈天をはじめ、弁財天、毘沙門天、吉祥天、水天、聖天、不動明王、大黒、鬼子母神、妙見、秋葉、金毘羅、稲荷など
は、バラモン教の神の名です
その百二十三、
布施とは、金銭的な布施と考えている人
布施は他人のためになる一切の行為をいいます
布施の中には、労働の布施、作物の布施もあります
その外にも、心温まる優しい言葉をかけるという言施(ごんせ)
お年寄りや体の不自由な人へ席を譲る床坐施(しょうざせ)
優しい眼差し、暖かく見守る眼施(がんせ)など沢山あります
その百二十四、
裁判官なる人
裁判は人間が、人間のつくり出した法律によって他人を裁いています
それには、裁判官の考え方や、思想的な背景、個人的な感情も、その判決に反映されるでしょう
本来、人間が人間を裁くことはできません
なぜなら、被告の身柄拘束という肉体的な行動は制限できても、「心は一念三千」といって、心の針は悪にも善にも自由自在です
心は自らの想念によって、自由自在に変えられるので、身柄の拘束はできても心の束縛はできないからです
その百二十五、
脳溢血によりで言語障害、半身不随の人
脳血管障害で倒れ、障害がある人は、著者を含め全員、倒れる前に怒った心を持った人です
怒りの想念は肉体的に大きく現れます
その百二十六、
お年寄りで、身体中がどうにもならない人
お年寄りの方でお嫁さんの悪口をいいます、こぼします
身体のあちこちが、どうにもならないということは、人間は心の在り方が肉体に影響するという事実はよくよく考えなければなりません
その百二十七、
「質問」 地球はこれから段々良くなって行くのでしょうか?
「高橋信次先生」 よくなっていかなければ困ります、しかし、もうちょつとの間は悪くなります
その百二十八、
質問 日本の経済はどうなりますか
高橋先生「昭和五十一年現在」 イタリヤの経済破綻を知っているでしょう
日本はこのまま行けば、もっと酷くなります、食料危機は起りません
平成十五年六月末、政府は、国の借金(国の債務残高)が三月末現在で、六百六十八兆円と報じました
その百二十九、
苦しい人
苦しいからといって、どこへ逃げても苦しみは追ってきます
なぜなら、苦しみはあなたの心の中にあるからです
苦しみをなくすには、苦しみの根をもとから断たねばなりません
その百三十、
なぜ地上に争いが絶えないか疑問の人
平和なあの世(実在界)があり、光の天使達がいるのに、なぜ戦争や労使の闘争や病気があるのだろうとの疑問は当然です
あの世とこの世は次元が違うのと、それにこの世の人が怒りっぽい、金銭欲が強い、情欲に溺れる、他を謗(そし)るとか、地位名誉ばかりを追って
いる、形式主義に陥って不調和になっていると、光の天使達もこの世の人に通信ができませんし、聴く耳を持たないので指導ができないのです
その百三十一、
自分が非難されると猛烈に攻撃する人
自分が少しでも注意を受けたり非難されると、反省もしないで猛然と相手に食って掛かる人がいます
自分の非を認めず、相手を攻撃することによって、自分を正当化しょうとする弱者の論理です
その百三十二、
自殺を考えている人
自殺者のあの世は、先に書きましたが、この項では何もかも行き詰って、もう自殺しかないという人への提言です
考えが行き詰まると、考えは堂々廻りをするばかりです
こういう時には、「もう考えられることは全部やって見ました、後は全て成るがままに天命にお任せします」という「おまかせの祈り」をすることです
自殺をする人達は、こういう祈りの方法があることを知りません
「人事を尽くして天命を待つ」
「捨てる神あれば拾う神あり」
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」、とあるように、人間は一切を捨て切り、「おまかせ」の心境で祈れば、必ずよくなり好転します
「自力の極に他力あり」というように、天上界からの協力があり運命は開けて行くのです
その百三十三、
いじめっ子、いじめられっ子を持つ親
教育の基本は、完全な家庭責任制にして、家庭でできない部分を学校教育に委ねるというのが正しい教育です
現代は何でもかんでも、先生任せということがまかり通っています
いじめっ子を持つ親は、アメリカの占領政策によって、日本伝統の家庭教育責任性が破壊され、日教組等の教育界には「父親としての権威を持って
はいけない、子供のよき父親になれ」と指導され、母親も母乳も飲ませず、手っ取り早くミルクで済ませる、というようになってきました
こうした、父と母との豊かな愛情を受けることなく育った子供が攻撃的になって「いじめっ子」になっています
「いじめられっ子」は、父親が権威を持っていないところへ、余りにも母親にベタベタと育てられたために、子供は受身になって積極的に何んにも出き
ないということになります
いじめられても刃向うことも出来ないので、相手は面白がって余計にいじめるのです
その百三十四、
生きざまの記録はカラーの字で残される
心の状態や考えていることは、全部記録され残ります
我欲の強い人、恨み、妬み、怒り、そしり等の自己保存、自我我欲の思いは赤い文字で記録されています
中道の生活をしていると一般の黒字ですし、恋愛をしている場合は、相手の名前がピンク色で幾条も記録されています
この心の記録は、間違いを犯しても反省をすると、その部分の隣に反省した事実が書き込まれています
とりわけ、慈悲深い思い遣りの心や行為は、黄金色の文字で記録されています
高橋先生は、この記録と守護霊、指導霊に聞いたことにより、その人のことが全てわかると書いておられます
このようにして、高橋先生の前に「黙って坐ればピタリと当たる」という夢のようなことが、当然のことのように行われたのです
その百三十五、
今日一日、現在しか考えられない人
歴史的なものの見方の出きる人は段階が高く、できない人は低い人です
過去から現在、未来と長年月、何百年、何千年と永い時間の歴史の流れを見つめることが出きる人は段階の高い人です
今日一日のことだけを考える人は低い人です
その百三十六、
物を無駄にし浪費する人
物を無駄にする、ものを粗末にして浪費するということは、その人の心がしまりがない、抑制が利かない、節度がない、ということです
心の面でもマイナス思考であり、運命もマイナスに働きます
このご時世にあっては、バブルもはじけ、銀行も難儀する時代ですから、足ることを中心にした生活を心がけるよいチャンスです
その百三十七、
道徳は宗教だと考えている人
人間は善いことをしなければならない、といわれます
これは道徳の世界です
人間は善いことをすることが目的ではありません
人生の目的は、善いことを通して神そのものの存在を知り、その大生命、神と自分との関係を自覚することにあるのです
その百三十八、
金粉を出す霊能者はスゴイ!と豪語する人
高橋先生は熱を入れて講演されると頭や顔や手からいっぱいの金の粉がついていたのは多くの人が見ています
先生最後の講演では、額に五十グラムほどの、L字の金塊が出たといいます
正しく心を開いた光の天使にはそういう現象も起ります
ただ注意をしていただきたいのは動物霊でも金まがいの物質は出しても、永くその状態を維持できません
一番大事なことは、その霊能者の生活態度を冷静に観察することです
例えば人間的に冷たい、金に汚い、女好き、すぐ怒るなど、ニセ者はその内に必ずバケの皮ははがれるものです
その百三十九、
後進困への経済援助は当然が持論の政治家
先進国が後進国へ技術や資金を与え手を差し伸べることは、当然です
物や金より先に与えなければならないのは、それを活かして使う智慧です
これを述べる根拠はこうです
中国へ最新の製鉄設備を援助しても、肝心のそれを動かす電力が不足していた、インドネシアへは電動の揚水ポンプより昔ながらの手押しのポンプ
を重宝した、メキシコへの八百億ドルもの金銭援助をしても国民生活はよくならないばかりか、コゲつくなんてことは多いのです
援助をする方も、相手の状態にふさわしく与えるという智恵を働かせなければいけません
子供の場合と同じで、分不相応に与えると依頼心を助長してダメにすることもあるのですから真剣に考えなければなりません
釈迦の説かれる「無明」、すなわち知るべきことを知らないということは、迷いの原因である無智ということですから、物や金や何よりも先に与えなけれ
ばならないのは智慧なのです
その百四十、
行政改革を旗印にする人
行政のあり方を改革するのですから、中道の立場からの行政改革であれば大賛成です
抵抗勢力とは、国民それぞれの考え、立場を代表する族(属)議員や派閥です
行政改革をスムーズにやり終えるためには、国民みんなが「足ることを知る」ということになりませんと、掛け声だけに終わるということになりかねませ
ん
「捨ててこそ浮かぶ瀬もあり」というように、旗印にする人は、地位、名誉、財産も全部捨てて全うすれば、できないことはありません
かって、田中角栄元首相の側近が、ロッキード問題で揺れていたとき講演会へ高橋先生を尋ねアドバイスを受けています
園頭先生は、高橋先生の命で録音して残され公開されました
「財産も全部こうやって、国民の為に使おうではないかとやったら、何てことはありませんよ、〇〇君、君は大衆の味方だというがブルジョアである、ど
こそこの何号室に、顔はこうで、名前はこういう女性がいる、みんな教えてあげるから裸になりなさい田中さん」、側近は伝えられたかどうかは不明で
す
後日の講演の中で高橋先生は「思い切りが悪いからこうなってしまう」、とあります
その百四十一、
誕生と死が気掛りな人
魂は永遠で生き通しのものです
肉体は人生航路を渡る舟にすぎません
死は、肉体を捨てて魂があの世へ還るにすぎません
誕生は、あの世で一定の時間を過ごした後に、この世で肉体を持つことです
その百四十二、
医者はこれからどうなる?と心配な人
これからの医者は、宗教家でもあらねばなりません
患者さまの心と肉体の両面から、癒さなければならなくなります
その百四十三、
病気が心配な人
からだは無理をすれば調子が狂い、働きずくめは身体をこわします
胃が痛ければ薬を飲み、風邪を引けば薬で押さえ、そして無理を続けます
胃を休ませ、からだを休ませれば、全部もとに戻るものです
それが自然の摂理です
その百四十四、
台風が心配な人
四季の移ろいがはっきりした日本では、季節の変わり目に、風を吹かせ雨を降らせる台風は大事な気象現象です
海外ではモンスーンもあります
この雨や風などの自然現象をつかさどるのは自然霊です
その国に特別な問題があると、干天、ドカ雨も自由自在です
雨雲が寄りついてきても、風で吹き散らし干天です
カラカラ天気でも、雨雲を呼び集めてドカ雨です
このように天候の操作なんて簡単です
いつも平和で安らかな国にはそよ風、適度な快晴と湿りは約束されます
すべて自然の警告は忘れた頃にやってくるのです
だって身構えられると被害も少なく、人民、国家の反省になりません
その百四十五、
二十一世紀の人間像は?と気になる人
身体に害のない自然食を食べ、コンピユーターを駆使し、クリーンな頭脳を持って正法によって心を安らかにした人です
その百四十六、
三、五、七の数字の意味が疑問の人
個人の運命は、三年、五年、七年とその倍数で変ります
国の命運は、三十年、五十年、七十年とその倍数で変わります
三は基本になる起始数であり、七は完成の数字です
その百四十七、
家人が死にそうです、光を送ってと願う人
(園医頭広周先生)
私は今までに多くの人に光を送って奇跡を現わした
残念に思うのは、死に直面して、光を送って助けてくださいという人ばかりで、「安らかに死ねるようにするにはどうすればよいでしょうか」という人は一
つもなかった
病気が治りますようにと祈るよりも、心、霊が救われますようにと祈る方が病気も早く治るのである、と。
その百四十八、
愛国者
日本人が自分の国を愛して、人の踏み行うべき筋道を知った道義国となり、日本には泥棒や悪いことをする人もなく、刑務所も空っぽになり、みんな
助け合って行く美しい国の建設に心を馳せる人をいいます
このような愛国心なら、日本が外国のどこからも嫌われ警戒心も持たれるということはありません
その百四十九、
男女同権を叫ぶ人
過度に叫ぶ婦人運動家にこう提言します
男女同権、これは当然です
それでは
男性と同じように生理休暇もなし
深夜労働もやって戴いて
男性と同じように重労働もやっていただきましょう
女であることをかなぐり捨てて、男らしくあると心は安らぎません
その百五十、
麻薬常習者
麻薬は、苦しみや痛みから、一時的に回避できます
ハイになって、過度の快楽の追求ができたり、睡眠も少なくてすみます
それだけに、虚脱感や無気力など、その反作用もまた激しく、社会生活に直面しても真正面から取り組めず逃避の人生が常になります
麻薬ほどではなくとも、この手のドラッグに幻覚が出るときは、あの世の霊の憑依です
心を悪霊に持ち去られ廃人同様になりますから、麻薬やドラッグに近づかないようにしましょう
ヒロポン等の麻薬は本来、戦争で重傷を負ったときに痛みを止める大事な薬だったのです
重傷や癌の痛み止め以外は、精神的な逃避、快楽のためには絶対禁忌です
廃人になって人間廃業の希望者のみ大いにやってください
地獄の世界が待っています
止めるためには一円の金もかかりません
「絶対にやめる」と心に決意して、どんなことがあっても止めるのです
ただそれだけです、とても簡単なことです
まだ続ける人は、心に止める気持ちがないからです
続けたい気持ちがあるからです
その百五十一、
幸せになりたい人
幸福になろうと思ったら、見せかけの表面的な明るさではなく、心の底から明るい心にならなければなりません
法律にふれた人を悪人といいますが、幸福になれるかどうかというのは、心の世界の問題ですから、心の中で怒り、憎しみ、悲しみ、不平不満の心を
持てば幸福にはほど遠いのです
その百五十二、
地球外生命体に興味をもつ人
地球の他に、人間のような生命体は七種います
この大宇宙には七つの霊圏があり、この地球のアガシャ系霊団が一番早いスピードで進歩しており、あと百年すると、科学が発達して他の天体に人
間がいることが発見できます
どの星人も白人、黒人というような違いはあっても地球人と同じ人間です
とは高橋先生の予告です
その百五十三、
地獄霊の生きるエネルギーは何か?と疑問の人
人間は、太陽の熱光と空気と水と食べ物等によって生きています
地獄界には光がまったく当たりません
そこで彼等は、地上の悪の人間から、生きるエネルギーを吸収して生きています、地獄霊はいわば吸血鬼です
この世に悪の人間がいなくなると、地獄霊は生きられませんから消滅してしまいます
地上が愛の生活に満たされると、地獄霊の生活の足場をはずすことになり、人間社会も明るくなります
これは地獄に堕ちた者への反省と供養になり、人間界と地獄界の悪循環の絆を断ちきる大きな基礎となります
その百五十四、
超医学を駆使する産科医
人工妊娠や試験管ベビー、はたまた、羊のドリーで知られるようなクローン人間なども、医学者は科学の勝利だとか人間は自然を支配したとか申しま
すが、このようなことには、地上の医学者の実験に進んで協力する、あの世からの霊魂がいることを忘れてはなりません
霊魂が協力しなければ成功しません
医学者の純粋な願いであれば、その分野に担当の光の天使も、また胎児の肉体に宿る霊魂も積極的に協力しますが、それが不純ですと、霊魂も降
霊しませんから、奇形やただの肉の塊に過ぎない赤ちゃんが生まれるのです
日本には人工受精児が五千人程いるといわれますが、その半数が不孝だといわれています
自然に背き自然に逆らうと、とんだしっぺ返しを受けることになりましょう
その百五十五、
ハーッ、と大きくため息をつく人
大きくため息をつく人は、不満一杯の遣る瀬無い(やるせない)心を持つ人です
心に不満が充満して、一杯ため込んで、もうこれ以上は無理だという時に、溢れ出るのがため息です
貯めた息なのです
息は、生きであり活きです、即ち神主の祝詞イユー、掛け声のヨッです
生きは生気の気です、活きは活気の気です
元気、病気の気です
気はプラナです
気は精神です、心です、魂です
ため息が出るというのは、元気の気の元が抜け出るので「アーどうしょうもないナ」という諦めの気持です
怒りの心、愚痴の心、不満の心を持つ人の息を集めて金魚鉢に吹き込み続けると金魚は弱って死んで行きます
植物に絶えず吹きかけていると弱って枯れるのです
このどうしょうもない、やるせない心を「暗愁」と表現できるのではと、有名作家は講演会で話されています
不満の心を抜く方法は、不満をガス抜きしながら生きるという姑息的な方法ではなく、不満の心を完全に根元から抜き去って、明るく爽やかに人生を
送ることが大事です
その百五十六、
人間は猿から進化、という進化論を信じる人
人間が猿から進化したものなら、進化途上の類人猿がいるはずなのに、現実にいません
北京原人や南方諸島の古代人の頭蓋骨は、猿です類猿人です
しかも大事な頭蓋骨は所在不明というのも奇妙な話です
高橋先生は、進化論を信じるのなら、「檻から出してくれ」と交渉するのがいてもおかしくありません、多くの学者は文化文明の進化の過程をとらえて、
人類にも進化の過程があると見ているようです、と断言されています
さらに、京大の今西錦司という猿学の権威は、「ダーウイーンとあの世で進化論について意見を戦わしたい」とも公言されているのです
その百五十七、
バッタの異常発生
今日は平成十五年六月二十二日です
テレビによると米国ネバダ州で、五十年振りにバッタの大群が異常発生して、東京の十倍の広さに被害と報じました
ネバダ州の砂漠には、沢山の人を殺すだけしか能のない原爆の実験施設があることでも知られています
その地域に光を遮る不調和な問題があると、バッタ等の害虫が異常発生して、穀物や野菜を食い散らし、人間だけではなく飼料も取れないので家畜
も育ちません
こうして天は、人間に反省をさせるのです
それも忘れた頃にやって来ます
その百五十八、
ムー大陸とアトランティス大陸に興味のある人
今から一万二千年前は、現代よりもっとスゴイ超科学の時代でした
ところが光の天使達を殺害するという荒さんだ者達が跋扈したために、疫病、飢饉、災害は相次いで起りました
戦争と略奪という争いの巷と化したために、光や磁気、磁力で空を自由に飛んだり、地下都市を自由に建設していた超科学も、天は天変地異、天災
異変という災害で破壊しました
両大陸は超科学と一緒に海底の藻屑と消えたのです
今日、東洋と西洋とに分かれ、さまざまな言葉が生まれ、文化に断層が生じたのも、ムー大陸(太平洋)の陥没、アトランティス大陸(大西洋)がその
姿を消し分断されたためでした
この両大陸があった頃は、アジアとアメリカ大陸は陸つづきであり、文明文化に大きな格差はできなかったのです
こうして、
「この両大陸時代の霊魂達がこれから生まれてくる、、いや少しはもう既に」、と高橋先生は言い残されましたが、これから超精鋭達が、当時を思い起
こし思い出して、現代の科学をもっともっと押し上げるのです
しかし、彼等も超科学に溺れ、心を不調和にすると、また陥没という悪夢を再現することになるのです
それだけは、今度は絶対に避けなければなりません
その百五十九、
宇宙即我の段階が疑問の人
宇宙即我(うちゅうそくわれ)にも段階があります
自分の意識が地球だけを観ることができる段階、太陽系全体を観ることができる段階、銀河系全体を観る段階、宇宙全体を観る段階があります
如来といわれる方は、宇宙全体を観る力を持たれた方であり、その力を持たれた方を「仏・ほとけ」というのです
暗い霊、地獄霊は地上に執着していますので、このような霊の協力によって起こされる低い段階の幽体離脱といわれるものは、ビルの高さや山の高
さ程度です
ここでお話している段階は地球、太陽系、銀河系、大宇宙などの高次元の場合です
その百六十、
「一」や「一つ」、が気掛りな人
「神は一つ」、「宇宙は一つ」、「人類は一つ」、夫婦は一つ」、「だが、それぞれ役割がある」、といわなければなりません
その百六十一、
火災で焼け出された人
仲が悪い、ゴタゴタがいつも絶えないという、人と人との心の衝突は火花を散らします
家庭内に不調和な問題があると、火災により家をなくすことにも繋がるのです
その百六十二、
神がかり、の人
神がかりになって、身体を上下や左右に動かしたり、合掌している手先がヘビのように蛇行する場合は、動物霊がその人を支配しています
このような人々は、健康にも、日常生活にも支障をきたし、先祖が浮かばれていないので供養しろとか、多くの金品を要求したり、本能的な色欲が強
いのです
徹底的に正見してダマされないで下さい
その百六十三
信心とは何か、が気掛りな人
読み方は同じ「しんじん」でも
信心は、自分の心を信ずることです
信神は、神を信ずることです
善我なる心、神の子である自分の心を信じるのですから、信心も信神も同義語、同意語ということになります
その百六十四、
お題目をいつも上げている人
心を失ったお題目を何万回上げても忍耐力と声帯の練習のみで、自分自身の心を救うことは出来ません
お題目の神理を生活の中に生かすことこそ、自分が悟る近道であることを知らなければなりません
その百六十五、
天に感謝する人
雨が降り風が吹くことによって、大気は浄化され、食物が育ち、明日の生命、明日の生活が約束されていることを知れば、大自然の計らいに対して文
句など出ないはずです
人は先ず天に対して感謝して、地上の環境に対しても、感謝すべきです
その百六十六、
食べ物に感謝する人
食べ物も生きています
感謝の心を持ってこれを摂れば、その食べ物は滋養となり、血や肉となって健康を維持してくれます
反対に、ぜいたくをし、年中不満の心で食べると、食べ物もその人を嫌い、栄養になってくれません
物を大事にし、いつくしむ人には、万物は喜んでその人に奉仕してくれます
その百六十七、
神社仏閣はこれからどうなる?と心配の人
神社仏閣は原点にかえり、人間の生き方、あり方を教える心の修行所、人間神理道場とすべきです
これから人々の娯楽の場と変って行くでしょう
その百六十八、
人間と動植物の違いが疑問の人
動・植物は生かされているもの
人間は生かされていると同時に生きていくものです
その百六十九、
親子を選ぶ基準が疑問の人
人間がこの世に生をうける時は、両親を指名し、自分から選んで生まれてきます
親子を選ぶ基準は、おのずと限定されてきます
魂意識が大変、相似かよっている場合
過去世で親子の約束を強く望む場合、たとえば非常に世話になり、その恩返しを望む等
過去世において親子兄弟、友人同士であった場合
あの世で生活を共にし、親子の約束をする場合です
その百七十、
人間の生きる目的は何か?と疑問の人
現代は物質文明の世です、人はあの世を忘れ、一寸先は闇であります、五里霧中で、目的もわからぬマラソン競争に精を出しているのが現代人です
何と愚かしいことでしょうか
その目的とは
ものに執着しない安らぎの生活を送ることです心中心に生きることです
地位、名誉、金が中心ではなく、あの世もこの世も心が中心をなして回転しています
心の魔を抜いた生活です
現代人は魔に侵されています、
魔とは何か、それは迷いです、自己本位の感情です、自我我欲です、肉体がすべてであるという考え方です、この魔を心から抜き去ることです
人間は神の子であると自覚することです
人間は神の子であり、罪の子では断じてありません
神の子であるからこそ、神を求めずにはおれないのです
、正しい生活を送ることです
正しい生活は中道の生活です、中道の生活は慈悲と愛の生活です
その百七十一の@、
真の宗教を求める人
真の宗教とは、人に奉仕することによって、神に仕えることです
そのためには、教会も神社仏閣も、牧師も坊さんも、聖書も経典も必要ありません
その百七十一のA、
機会あるあるごとに奉仕せよ、重荷を負う同朋に力を与えよ、これが宗教です
イエスを礼拝するのも、釈迦に合掌するのも間違いです
合掌礼拝は神に対してのみ、なされるべきもので、その使徒、使者であるイエスや釈迦になすべきものではありません
その百七十一のB、
「すべて自分である」との自覚から起ってくるのが「慈悲」であり「愛」です、「自他一体の心」です
奉仕することは「自分で自分に祝福を与える」ことです
奉仕することの最高の奉仕は、神が存在し、神を信じることの大事さを一人でも多くの人に伝えることです、
その百七十二、
睡眠が特に必要な人
心配ごとや悩みのエネルギー補給は、睡眠によって得られます
憑依という、魔に支配されるときは、睡眠不足から始まることが多く、寝つきが悪く眠れないときは、思いきって事故防止のために、家族同伴の過度
の運動も最大の効果を発揮します
運動は、異常な精神作用を治す最高の薬です
さらにもっと大事なことは調和です
その百七十三、
平成十五年六月二十三日のこと福岡に、国内最大の海水淡水化施設ができあがりました
海水からどんなときでも、いつでも一日に二十五万人分もの真水を無尽蔵につくれるのです
電気代をものすごく食っても、渇水銀座の、当地の切り札にはなります
もしも、当地に暗雲が漂い不調和な時には、天は雨も降らせず、ギラギラの干天にして、水がめを徹底的に長期に干し上げて、この淡水化施設では
どうにもならぬくらいに大干ばつを起こして反省を求めるのかな?と、一瞬脳裏をよぎりました
これまで、この地に何度も渇水が襲っているからには、どこかに問題があるからです
その数年後には大水により川が氾濫して、博多駅前の幹線道路で大きな鯉がわしづかみされました
その前の渇水のときは、せっかく雨雲が当地に寄り添ってきても、すぐに風が遠くの彼方へ吹き散らしましたからね
これから完全に問題の反省ができれば、渇水も大水も終息するのですから、無用の長物になっても、そうなって欲しいと願わずにはおれません
何はともあれ、ヨカッタ良かったです
その百七十四、
世界が平和になるには、どうするか気掛りな人
世界が平和になるために、前提となる二つの条件があります
人間は霊魂であるということ
この地上界のことは、天上界と表裏一体となって連動しているということ
その百七十五、
カルマとは何か?疑問の人
カルマは、業(ごう)ともいいます
「あの人は業が深い」等と悪い方に多く使いますが、根っから明るい性格、自己顕示欲がつよい、根暗(ねくら)等の欠点も長所も含めて、その人の心
の傾向性をいいます
その三分の二は現世でつくられたものであり、残りの三分の一は過去世でつくられたものです
過去世でつくられた心のクセ、心の傾向性と申しましても、我々にはよく分かりませんから、過去世でつくられた心の傾向性を、修正する方法を述べ
ます
現在、あなたの心の傾向性は、過去世の、心の傾向性の投影ですから、現在の心の傾向性を直すと、過去世での心の修正に繋がるのです
現在、あなたの心の傾向性が素晴らしいものはますます伸ばし、欠点はすぐに修正することです
端的に申しますと、現在の心の傾向性を修正すれば、過去世での心の修正にもなるということです
その百七十六、
悟りとは何?と疑問の人
迷いは執着から生まれます
悟りとはその執着から離れた心です
一切の混迷は、心の不在からです
しかし、物質の奴隷と化している間は、人から苦悩を抜き去ることはできません
その百七十七、
慈悲は、愛は、と疑問の人
慈悲を宇宙の心とすれば、愛は調和を目的とした地上の光です
愛の根本は慈悲にあります
その働きは、他を生かす、助け合う、そうして許すことなのです
その百七十八、
平常心の人
肩の力を抜くと怒る心がおさまります
悲しみが襲ってきたら大きく背伸びをします
判断がつかぬときは天を仰ぎます
あせりが出たら瞑目して心を静めます
人の心は一念三千といい、心の針は善にも悪にも自由自在に向けられても、五体(肉体)の動きで、心の針を平常に戻すこともできるのです
その百七十九、
神の姿をどうしても見たい人
宇宙そのものの姿は神の姿です
人間の肉体そのものの姿は神の姿です
「神を知りたければ人間の五体を知りなさい」と高橋先生は言っておられます
その百八十、
言葉とは?と心惹かれる人
言葉は、言霊(ことだま)といって、光の粒子からできています
言葉をはっする人の心のあり方いかんで、言葉の一つ一つが、光の玉となって空間に流れ出ていきます
「どんなに素晴らしい言葉でも、その人が聞く耳を持たなければ、その人のまわりに光の玉がパラパラ落ちて、その人に届きません」とは、高橋先生
の言葉です
その百八十一、
小児ぜんそくの子を持つ親
親の心の不調和です
おおよそ十五歳以下の子供の病気は親に原因があります
子供は自ら病気となって親の心の、生き様の反省を強いるのです
そういう子を持つ親は「どうしてこの子ばかりは」と不平を、グチを言わず
「ようこそ私達に反省を求めてくれました」と感謝すべきです
そういう子供は、親に意見をしてくれる魂の勇者です
親は生活を、生きざまを正して子供を病気にしないようにするのが義務であり責任です
その百八十二、
食べ物に感謝する人
食べ物を食べるということは、各種族それぞれが身を投げ出すことによって、それを食べる各種族が保存され生きることができ、全体を生かすという
全体への調和です
表面的には強者が弱者を食べるという形をみせていますが、それは弱肉強食というような凄惨なものではないのです
このように食べ物への感謝とは、「いただきます」と手を合わせることだけではなく、粗末にしないということです
その百八十三、
どうして生まれ変わるのか、と疑問の人
自然界のものは全て、生まれ変わり死に変ります
花は枯れても実を残し、次の春には花を咲かせます
晴天が続くと雲ができ、その内には雨です
冬が終わると春です、その次は夏が来て、秋を終えると厳しい冬がきます
大忙しの昼を終えて、家族団欒の夜が来て、次には希望に満ちた朝ぼらけです
万生万物、万象事象、すべてはグルグル廻る循環です、輪廻です
自然界の一員である人間も例外ではありません
生まれ変わり(転生輪廻)には二つの目的があります
一つ目は、己自身、自分自身の魂の調和です、
それは一、二度の生まれ変わり死に変わりでは目的をやり終えないのです
数え切れない程の体験を積まねば達成できません
二つ目は、ユートピアである地上楽園をつくるためです
その百八十四,
天罰を恐れる人
天罰とは、神様が罰を与えられるのではありません
自分の生きざまの原因により、結果が現れたということです
このように、天罰というのは、天に向ってツバするのと同じように、自らが求め、自ら得る結果です
その百八十五、
人を呪えば穴二つということを知る人
身が二つあっても、なお足りないということです
人間の想い、念力はブーメランのように円を描きながら発信者に返ってきます
呪いの念波が自分に返ってきたときは相手の苦しみの想いを受けていますから、数倍の念波に増大し、身が二つあっても足りないということです
呪いの念波はまことに恐ろしく、どんなことがあっても人を呪ってはいけないのです
その百八十六、
体の調子が悪い人
調和を離れた悪の意思と行為があれば、自分自身の体の不調をきたします
調和を離れた悪の意思と行為が集団的となれば、災害を呼び込むことになります
その百八十七、
真の自由人
真の自由人とは、社会的な制約の中にあって、それにとらわれず為すべきことを果たしていく人をいいます
その百八十八、
真の人間
真の人間は、常に主体性を持って、心は豊かで自由であり、それでいて連帯意識を持ち、社会の義務を果たし、人々の心を明るく素直に、そうして、
その喜びを分かち与えていく者です
その百八十九、
運命を不孝にする人
怒り、愚痴、憎しみ、中傷、出しゃばり、多弁、一人よがり(独善)気取り、引っ込み思案、優柔不断、怠惰、自閉、そねみ、粗野などです
これらの心を無くさなければ幸福にはなれません
幸福になるためには、明るく朗らかで、素直であり、人と協力し助け合い、補い合っていく調和の心です
その百九十、
執着から離れたい人
知識のある人は、まずその知識を捨ててください
物にとらわれる人は、絶海の孤島に一人で生きていると考えてください
権利を主張する人は、義務をまず果たしてください
こうすることによって、とらわれることの愚かさが理解されるでしょう
その百九十一、
親子
親子の道は愛と義務、信頼と理解とによって生かされています
主義・主張におぼれ、執着や我欲に流されてくると、家庭は不信と疑惑を招き、生活の基盤を失うことになります
その百九十二、
真の勇者
真の勇者は過去にとらわれず、未来を望まず、今現在を懸命に生きる者をいいます
その百九十三、
才能の有る人と人格者
人の才能は絶ゆまざる努力と工夫とによって育ち成長します
才能はその人の宝だといっても、才能がその人のすべてを表しているとはいえません
才能と人格とを混同し、才能を優先すると現代のような混乱した社会を招きま才能より人格が優先されなければなりません
神が求めるものはその人の人格です
その人の全人格が神の心に適っているかどうかが問題なのです
その百九十四、
老人
肉体細胞は刻々と再生されます
同じ肉体はもはやそこにはありません
でも、肉体は永い時間とともに燃え尽きるものです
それが自然の摂理です
その百九十五、
人間と動植物の違いが疑問の人
人間をはじめ、動植物にしろ生命あるものは、生まれ変わり死に変わり(転生輪廻、三世の流転)してゆくものです
停止は死を意味しますが、死は生命体に与えられていません
宇宙が永遠の活動をやめないように、人間も動植物も生命エネルギーを止むことをしらないのです
ただ、人間と動植物の違いは、選択の自由、創造の自由が与えられているかどうかです
動植物は人間ほど苦楽を感じません、それだけに進歩も遅くなります
その百九十六、
嘘つき
各人の心は、ひとにウソは言えても、自分自身には絶対にウソをつけません
その百九十七、
中道(八正道)の人
正見、正しく心の眼で見る
正思、正しく頭で考えず心で考える
正語、正しく心で考えたことを語る
正業、正しく仕事をする
正命、正しく生活をする
正進、正しく人と調和する
正念、正しく念じる、正しく目的意識を持つ
正定、正しく反省する
この八つの正しい道を実践する人です
この八つの一つが欠けても、またこれ以上あってもいけません
この中でも大事なのは、正見、正思、正語です
その百九十八、
大乗仏教、小乗仏教が気掛りな人
大乗仏教は他力信仰を説き、小乗仏教は自力信仰を説きました
「他力信仰で救われた者は一人もいません」と高橋信次先生は言い切られたのです
その百九十九、
正しい未来人
人類があの世で学んだ理性にもとづいた行動をとるならば、
一、風水害、
一、地震、
一、火山の爆発、
一、疫病、
などによる天災はもちろんのこと、人為的な災害も消滅し、地上は植物が繁茂し、その植物や鉱物から、まったく新しい発明発見がなされるように、
仕向けられてくるでしょう
その二百、
人間愛、人類愛
愛は男女の愛からはじまって、親子の愛、隣人の愛、社会の愛、人類の愛に発展していくものです
(ここまで終了は、 平成十五年六月二十六日です)