newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

スターデーリーの哲学と宗教

 

北陸の誠さま

ウエブマスターの力不足のため、提供していただきましたフロッピー(一太郎11)は開けることができません。     

古いバージョンの一太郎はソフトを所有していますが、できればワード(マイクロソフト)で再度提供いただけませんで

しょうか。数年前に戴きましたのに、キーボードの触り過ぎで腱鞘炎を起こしてしまいました。毎日の診療に右手の余力

を残しておかねばならず無理が出来ないために更新も手付かずでしたが、これからまたボチボチ開始します。

長い間ご迷惑をかけました。

 

(一)

正法誌 No135 1989年11月

 園頭広周先生記述

 私が宗教の指導者となる時、一番よく学んだのがスター・デーリー氏の言葉であった。 昭和二九年、私が宗教家として起つことを決心したつぎの年である。スター・デーリー氏が鹿児島に来られた。スター・デーリー氏と一しょに宿に泊まり、宮崎へ案内した。

その時の記念にスター・デーリー氏にサインをお願いした。「あなたの心が、いつまでも神に対して忠実でありますように」

家内へのサインは、

あなたの生涯と家庭に於いて、いつも新しい自由な気分を持ち、こうして神をあがめて下さるように祈ります」であった。

 鹿児島から日豊本線で宮崎へ行く途中に霧島神宮駅がある。隼人の駅をでると列車はすぐ上がりになって汽車は喘ぎ喘ぎ霧島神宮駅まで上がる。霧島山脈が断崖となって国分平野が広けるその断崖の辺りに列車がさしかかった時、窓外を見ていたスター・デーリー氏は突然、「ここはケープタウンに似ている」といわれた。スター・デーリー氏は本名はわからない。とにかくアメリカのギャング仲間では、その名前を聞いただけでもふるえ上がって恐れられていた。凶暴殺人犯である。

 「私がギャングの親分をしていた頃、ケープタウンは世界のギャングの親分の集会場所であった。東洋のギャングの親分は香港にいた。東洋のギャングたちが女と麻薬を運んでくる。するとわれわれがアメリカから持ってきた武器と交換するのである」といった。

 われわれの子供の時分は、アメリカのギャングの親分といえば「アール・カポネ」が有名であった。だから私が「もしかしたらあなたはアール・カポネではなかったのか」と聞いてみた。「いや、わたしはアール・カポネではないが、そのつぎ位には有名だった」といった。

 そのような凶悪殺人犯がどうして宗教家になったのか。それはある事件があって、ある夜、キリストが壁から出てこられて枕元に立たれた。その時のキリストの笑顔、澄みきった目でじっと見つめられたとき、デーリー氏の心は、「よなげ」られたのだという。

 私は宗教の指導者としてどういうあり方をすればよいのかと考えていたとき、スター・デーリー氏のことを知った。デーリー氏がいわれること、いやデーリー氏を指導したライファーの言葉が真実だということを知り、そのような指導ができる人間になりたいと思った。

 会としてもいよいよ指導者を養成しなければならない時期が来た。養成しなければならないといっても、指導者養成研修を聞いて、それを受けたからといってすぐ指導者になれるわけではない。自分では指導者研修を受けたから指導者になれると思っていても、会員が指導者と認めてくれなければ指導者の資格はない。私が指導者となる勉強をするのに一番参考になったのが、 “スター・デーリー氏の哲学と宗教 ”であった。

 あれから三十五年経って今、読み返してもこれはすばらしいものである。正法に照らしてみても正しい。

 「人間は何のためにいきるのか」人生の目的を求めて最初坊さんの所へ行った。仏教は無神論であり無霊魂論であるといいながら先祖供養したり、人間は罪悪深重の凡夫であるという。 衆生の救いの鍵はわれわれ僧侶が持っているのであるという特権意識をひらひらさせられては信ずる気になれなかった。

 キリスト教会に行っては牧師さんの態度も気に入らなかった。スター・デーリー氏は次のように言っている。

 「現代の牧師さんたちの生活には生命の豊富さがない。日曜日の朝の礼拝にデーリーが教会堂に行って見ると、驚くべきことには、そのクリスチャンといわれるところの人々が、肉体的にも人格的にもどこにも、少しも人間らしい生き生きしたところがない。

 ある人は、魂の抜け殻のような、重苦しく、あまりにもまじめくさった沈み切った表情で、輝かしい健康や、人生の喜びというようなものはどこにも見られないで、まるでほほえみをする力を失った人のようであった。牧師といっても、神の生命の豊かさを会衆に教え導くような明るい輝かしいものは全く見られなくなった。

 牧師達は、いずれもむやみに重苦しい緊張した表情で、まるで暗い影の中を歩いているようで、自由で快活な動作は全く消えてしまっている。牧師達の発する言葉は否定的で消極的で人々の心を重苦しくめ入らせる。彼らは互いに他に罪をなすり合い、憤りを養い、嫌悪を増長させているかのように見えた」

 デーリー氏はもっと書いているがこれだけ書けば現在の牧師とクリスチャンの状態をいい現すに充分であろう。

 デーリー氏は、「信仰とは、たましいの中に歌をうたって自分が愉快にほほえみ、相手にも愉快にほほえませ、ともに生命の歓喜をほほえむことだ」といっている。

 私はデーリー氏の説は正しいと思った。教会からあの重苦しさを取り除かなければ本当のキリストの教えにはならないと思ってきた。

 デーリーの哲学と宗教は、キリスト教を改革するものである。教会で魂の救いを感じられない人にも、デーリーの所説に触れる時、聖書の言葉の意味もよく理解でき、キリストの愛を身近に感じられるであろう。

 私が宗教の指導者として常に感心しているのはつぎの言葉である。

 「自分が他の人を救い得る特権があるなどと考えるべきではなかったので、それよりも自分が愛を行じさせていただくために神から与えられた『愛の対象』であると見るべきであり、その『愛』を行ずることによって誰が救われるのかと言えば、自分自身である。」

 この言葉は、宗教指導者が「自分が人を救ってやる」という高慢な気持ちを持ったときに既に指導者としては落第であることを教えている。

 また、人を愛せよとよくいう。しかし、愛するとはどうするかを具体的に私は教えられた。

 「かくて自分自身の魂をみがくために与えられた手段として、そこにあらわれて下さっているのだとうけることが、デーリーの生活活動を導くことになった。

 愛は欠点を見てそれを矯正することではなく、そのいたい傷にふれることではなかったのである。愛はその人の傷を優しく包んで、その人の欠点の奥にある円満完全な神の子の実相を、じっと愛の心で眺めやり、これがその人の実相であると、それを心でいたわり育ててやることであったのである」

 私はよく会員の人から、「先生、私の欠点をいって下さい。どんなことでも反省して実行しますから」といわれることがあるが、私がいわないのはこの言葉によってである。その代わりデーリーが教えているように私はその人の神の子の実相を心に念ずることにしている。

 「人が、人の弱点にふれることなく愛するということは最大の愛である。」 

 「人を愛するということは、人を知るということである。人を知るということは彼を助け、癒やすことができるということである。かやうにして神は、愛を通してその癒やす力を働かせ給うのである。」

 「愛は決して失敗しない。愛は恐怖をかなぐり捨てる。愛は法則を成就するものである。

 あなたの信じている宗教が正しいか否かのテストは、その宗教に対する知識(どれだけ知っているか)ではない。心は憎しみにみたされた人でも知識は持つことができる。それは真の信仰ではない。知識では真の癒しのちからは出ない。真の宗教なりやいなかの最後のテストは、彼が愛に満たされた魂をもっているかが問題である。神の愛と人の愛をもっているかが問題である。汝に宿っている神の愛は、神が汝の中に働き給うのである。」

 私は、私が学んできたその道筋をみなさんに伝えることは、皆さんの魂の成長に大きなプラスとなると信じているし、またこれまでの正法は、釈尊の教説を中心として説かれてきたために、言葉では「仏教の心理もキリスト教の心理も一つである」とはいいながら、キリスト教の解説が少なかったために、クリスチャンの人には正法を敬遠する風があった。それではいけないと思う。

 仏教においても、教典の中に間違って伝えられてきた部分もあるが正しく伝えられてきた部分があると同じように、キリスト教においても聖書の中に間違って伝えあれた部分もあるが正しい部分もある。これからクリスチャンの人々を救ってゆくためには聖書の真意を正しく説いてゆかなければならない。その聖書の真意すなわちキリストが説かれたことの真意を理解してもらうためにもスター・デーリーの言葉がふさわしいと思った。

 日本人である、そして過去世において釈尊の弟子“舎利弗”であった私が「キリスト教についてこう考えている」というよりも、アメリカ人でありクリスチャンであったデーリー氏がこういっているという方が、日本のクリスチャンの方々の耳にも入りやすいであろうし、デーリー氏の言葉は指導者として必要であるだけでなく、これからクリスチャンであるアメリカの人々に正法を伝えてゆくためにも必要である。

 私がスター・デーリー氏と逢ったときはまだ若かった。年齢は聞かなかったが、デーリー氏は当時六〇歳位であっただろうか。

 デーリー氏は、黙想、精神統一、瞑想の仕方についてもいろいろなことを教えている。これは「禅定」をやる上にも非常に役に立つ。

 デーリーの哲学と宗教は、リチャード・ゼナー師によって伝えられたアガシャの予言とともに、アメリカに正法を伝えるための基礎となるものである。

 これから私がアガシャ教会の人々を指導して行く場合、スター・デーリーはキリスト教会についてこういっているという話をすれば、みな共感してつぎの話を聞こうという心を持ってもらえると思っている。

 

 

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

 

(二)

正法誌 No136 1989年12月

 

 

私が、人に道を説く指導者として起ち上がった時、スター・デーリーに逢ったということは幸運であった。私が一貫して今日まで40年間執り続けてきた伝導の精神、方法は、スター・デーリーに教えられた所が大きい。

 先月号に、生長の家の講師、指導者が病気になるとなかなか治らないと書いたが、その原因は、伝道者として心得るべき「愛」の精神を忘れてしまって、少しばかりの神理を知っているからといって増長慢になっているからである。

 鹿児島でスター・デーリーに逢ったとき、スター・デーリーは何才だったのであろうか。年は聞いたことはなかったが60才位だったのであろうか、その雰囲気は人々を魅きつけて離さない香気が漂っていた。未だあのような雰囲気を持ったアメリカ人に逢ったことはない。

 今になると、スター・デーリーもアメリカに正法が広がるための先駆者、開拓者として出てきた人であると思う。これからアメリカに度々行くことになるが…。

 「あなたの国の人で、こういうことをいっていた人があるんですよ」とか、「あなたの国のアガシャ教会ではこう説かれているんですよ」「それと同じことをお釈迦様も説かれ、日本の高橋信次という先生も説かれているんですよ」という話をすれば、アメリカの人々もより一層親近感を持って聞いてくれると思う。

 

 

   スター・デーリーはどのような人々であったか

 

 スター・デーリーは二度まで脱獄を企てた極悪非道の典型的な囚人であったという。最後の脱獄が失敗してとらえられると地下牢に入れられ、両手を縛られ、その両手の間に竿を通して天井から吊り下げられ、足の爪先は床につくかつかない位にして一日中立っている姿勢を刑罰として課せられるようになった。これが午前六時から午後六時まで続く。その間便所に行きたくなっても許されない。強いてこらえるという異常な生理的苦痛を耐え忍んで、下ろされたときに便所に行くか、それとも自分でも嫌になるような醜態で垂れ流しにするかしなければならない。その精神的な屈辱は耐え難いものであった。

 どんなに強健で頑固な囚人でも耐え得る最長期間は15日間で、平均は10日間、弱い囚人は5日間で降参していた。15日目で、平均は一〇日間、弱い囚人は五日間で降参していた。一五日目の終わり頃になると、腕と脚は紫色に腫れ上がってくる。足の下の方は凝結した血で黒っぽくなる。

 手錠の中の腕は脹れ上がってくるために手錠でしめつけられて血液が循環しなくなる。心臓は血液を循環させようとして異常な努力をするので危険な状態にまで弱って来る。それでもデーリーは降参しないと決心した。もしこの時に、犬のように四つん這いになって許しを乞えば彼は土牢の生活から解放されるのである。しかし剛胆不適な彼は死んでも屈服しないと頑張っているうちに気を失って人事不省になった。それからどうされたのか覚えていないという。 気がついてみると、枕元にキリストが立っていた。

 「彼は私の方に近づいてきた。彼の唇は動いている。しかし言葉は聞こえない。彼は私の側にきた。そして深く私の目を見入ったのである。それはまるで私の魂の底深くまで貫きとおるようなそんな深い愛の目を見たことがなかった。私はこの夢の中の、あの神秘的な感覚によって、私が『実在』の世界の中に侵されていることを知ったのである。私の生命を与えている、永遠に、久遠なアルモノを私は見たのである」とデーリーは書いている。

 どんな拷問にも制裁にも屈服しなかったデーリーの剛胆きわまるふてぶてしい罪人根性が、ただ夢の中にあらわれてきたキリストの、慈愛深い目の輝きによってデーリーは改心せしめられたのである。

 デーリーの目の前にあらわれたキリストはやがて幻のように消えて行ったが、その姿が次第次第にある文字としてあらわれてきた。それは『愛』という文字であった。やがてその文字も消えてしまった。そしてデーリーはなんともいえない、ふしぎに澄み切った心境になっている自分をそこに発見して横たわっていた。彼は過去に自分が愛をうけてうれしかったがそのこととにも増して、今度は愛を与えるときの悦びが心の中から湧き上がっているのに気づいて、感謝と祝福の涙が自然と流れてくるのであった。

 「私は凡ての人々を愛さなければならない」という思いが、魂の底から湧き起こって来たのであった。

 キリストの愛が彼の中に流れ入って、彼自身の愛になったのである。彼はお互いの上に、また人間各自の上に、覆いかぶっさっている悪は憎んだが、すべての人間を、世界を、そして神を愛する思いが湧き上がって来たのである。彼は気がついてみると、地下牢から釈放されている自分自身を発見したのである。

 

  私はこの原稿を書きながらふしぎに思うのである。私が「人間は神の子である」ことを教えられたのは、生長の家の谷口雅春先生のお陰であった。「人間は神の子である」ことを知って坐ったとき「宇宙即我」を体験した。

 終戦になって生長の家の地方講師になった時、谷口先生はスター・デーリーをアメリカから招かれて全国で何カ所か講演をさせられた。そのことが私は鹿児島でスター・デーリーに逢えることになり、宗教指導者としての心のあり方を学ぶことができた。

 生長の家の本部講師になった時、リチャード・ゼナーの「天と地とを結ぶ電話」を読み、正しい真理とは何かをはっきり把握することができた。

 私が生長の家の指導者として、他の講師の人達と違う人格を備えて特異の人間になることができたのは、スター・デーリーとアガシャの言葉によってであった。そうして高橋先生からアガシャのことを聞かされて正法へとつながっていったのであった。それを思うと、故谷口雅春先生は大事な恩人であったが、生長の家をアガシャが説く真理を正しく説く教団にしたいと思う私の願いは空しく生長の家をやめることになり、やがて高橋先生にめぐり会うことになったのであるが、これも天上界で計画されてあったことだと思うのである。

 私はスター・デーリーやアガシャの教えをよく正しく理解することができた。しかし生長の家の講師はほとんど理解しなかった。しかし生長の家の講師はほとんど理解しなかった。私が正法誌にアガシャの「天と地とを結ぶ電話」のことを書いてから正法会員の人達がその本を買ったのでその本は売れるようになった。その本が売れるようになったのは正法会員が買ったからであるのに、生長の家本部では生長の家会員が買っていると思っているふしがある。

 私がスター・デーリーやアガシャの教えをよく理解できたのは、私が青年期にキリスト教会(ホーリネス教会)に行って洗礼をうけ、聖書をよく読んでいたからである。そのことによって現在のキリスト教のよい点、まちがっている点をよく知ることができた。私が行った教会がホーリネス教会であったことが幸せであった。その時のホーリネス教会の会長中田重治先生は、日本民族とユダヤ民族の祖先は同じであるという「日猶同祖論者」であり、そのことによって私はユダヤ民族の歴史に関心を持つようになり、世界各国各民族の神話、歴史を学ぶとゆうことになり、そのことが根底にあったために、四王天延孝中将の「ユダヤ民族の思想及び運動」に目がとまることになった。同じキリスト教を求めるにしても、私がカトリックやその他のプロテスタントの教会に行っていたとしたら、ユダヤ問題を知ることはなかったであろう。

 そうして高橋先生を知ることによって、釈迦が説かれたのも、キリストが説かれた教えも同じであることを知ることができ、アガシャの教えが正しいことも知らされ、そうしてまた今年もアガシャ教会に行くということになった。 高橋信次先生は、「現在の生長の家の会員の中にインド時代あなたの弟子であった者達がたくさん生まれ変わってきているのです。やがてその人達がこちらえ来ることになります」といわれたが、まだそのことは完全には実現していない。生長の家は改革をしなければならない教義がある。そこを改めて正法を取り入れればりっぱな正法の教団になり得る。 私は、私の会と生長の家が合併して一つになってもよいと思っているが、生長の家側は、どう思っているであろうか。

 ここで紹介しようと思っている「スター・デーリーの哲学及び宗教」も、生長の家の出版部門である日本教文社≠フ発行。 谷口雅春訳『愛は刑よりも強し』に依っているのである。正法会員の人達がこの本を買うようになるとまた、どうしてこの本が急に売れるのかと生長の家の本部がびっくりすることであろう。 一つの宗教団体を主宰している会長が、他の宗教団体の出版する本を読めということは、未だ嘗て日本の宗教団体ではなかったことである。私がそういうのは、どの本を読んでみても最後は高橋信次先生の教えが一番正しいということがわかってもらえるからである。

 

  昭和29年といえば日本には終戦の傷痕がたくさん残っていた。日豊線を走る汽車はまだ蒸気機関車で、隼人から急な上がり坂になる霧島神宮駅までは、いくつかあるトンネルでは窓を開けたり閉めたりで、東京から随行してきていた青年は開けたかと思うとまた閉めて、顔は煤煙で真っ黒になっていた。狭い木製の座席に腰掛けていられたスター・デーリーは何を考えていられたのか。その時は巨人を見るような、近寄り難い、そうして温かい味のあるデーリーを遠い存在だと思っていたが、あれから三〇数年を経過して改めて『愛は刑よりも強し』を読んでみると、この人はアメリカに正法が広まる時の先駆者として、アメリカの地ならしのために出てきて下さった人だなとなつかしく思うことであった。

 アメリカの大統領がアガシャ教会のことを調べ始めたというのであるが、アメリカにはいろいろえらい人が出ていられるのであるが広いアメリカでは知る人もなくこれまで打ち過ぎてきた。

  

   宗教的光耀(こうよう)後のデーリー

   

 スター・デーリーが、魂の内に宗教的光耀を感じて、このような感情をもって、まだ刑務所に繋がれている友達を顧みた時、彼はその悦びをそれらの人にわかち伝えたいという願いが、ふつふつとたぎり立つように感じてくるのであった。正法に触れた人達もこれと同じ感情を持たれたであろう。彼は自分が救われたその喜びを、あまりにも見境なく、誰にも彼にも、会う人毎に、まだそれをうけ入れる魂の準備も用意も出来ていない人に投げかけたために、そこに困難な問題が起こって来たのであった。彼は自分がうけて悦ばしいものならば、他の人にわかち与えても一様に喜ばれない筈はないと考えたのであった。問題はつぎからつぎえと起こっていった。それはしかし、もう刑務所の役人との間に起こる紛糾ではなくて、獄中にいる他の囚人との間に起こって来た問題であった。

 これと同じような悩みをおなた方も味われたことがある筈である。

 ある人は、自分がその宗教を正しいと信じてたくさんの人を会員にした。そうしているうちにその宗教の間違いに気づいて正法にふれ、間違った宗教に誘ったことに責任を感じて、自分が勧誘した人達に、「その宗教は間違っています。正法が正しいのです」と、その人達をみな正法会員にして救って上げようと話して歩いた。中には一人、二人賛同してくれる人もあったが、大部分の人達は裏切り者として絶交するといってきた。

 或いは、正法が正しいと思って知っている人のすべてに正法誌を配った。その人は三〇〇人に配ったのである。そうした結果、誰一人として正法会員になった者はないと嘆いていられた。

 私は高橋信次先生を知り、生長の家の指導者の中に、かつてインドであなたの弟子であった人達がいるんですよといわれて、心当たりの人に手紙と高橋先生の著書を送ったが、反応は全くないばかりか、「生長の家を切崩す恩知らずだ」と後でいわれていることを知った。

 そのことで私が痛感したのは、東洋の道徳である「恩を知る」ということでの“しがらみ”のとりこになっているあわれな姿であった。高橋信次先生が講演の中で再々いっていられる「旧来の陋習を破って―」といわれている、その旧来の陋習を破ろうとするとき、旧来の陋習にしがみついてそこから出ようともしない人達から浴びせられる、いわれもない中傷やデマは、真理を知ろうという意欲すら持たない人々を迷わせるその害たるや大きい。

 一つの問題が起こったとき、それをプラスの積極的な面から考えるか、マイナスの消極的な面から考えるかによってその人の運命は全く正反対になる。

 園頭先生が生長の家をやめられたのは、何か生長の家自体に反省しなければならないものがあるのではないだろうか」という考え方と、「園頭先生は生長の家に後足で砂をかけていった恩知らずである」という考え方と。 

この考え方は、私がミカエル事件が起こってGLAをやめ、正法会を設立した時にも出てきた。この義理人情を重んずるという気風は、昔はよいこととして教えられてきたが、今は進歩発展を阻害するものとなってきている。

 それが宗教界・政界、学者の世界の派閥争いであり、会社内の人事を拘束する原理となっているが、これがまた民主主義の本山であるアメリカ民族の信条となってきているから恐ろしい。

 「日本はアメリカの援助をうけて成長したのに恩を忘れている。日本を助けるんじゃなかった」というアメリカ人がふえつつあるのである。

 なぜ日本の輸出がふえるのか、なぜアメリカの貿易赤字がふえるのか、それはアメリカが悪いのである。(アメリカの対日貿易赤字はここ10年五〇〇億ドルである。ここ一〇年の間にアメリカに輸出する品物の構造がすっかり変わってしまったのである。

 第一は、既にアメリカ国内では造らなくなっているが、日本以外で造っていないことはないが、アメリカの消費者が日本の製品でなければいけないといっている製品、例えば、ビデオとかファックス、工作機械など。

第二は、それがないと製品にならないというアメリカ製品に組み込まれている部品とかパーツ、半導体など、例えばアメリカ製の自動車は日本製のエンジンを搭載しないと売れない等。

 もしアメリカが、日本からの輸入をやめるとしたら、アメリカの産業界は一ペンに壊滅するであろう。

 アメリカの世論調査では、「日本を助けるのではなかった」という人が40%いるそうであるが、既に助けてやって日本がこのようになったのを今更元に戻すわけにはゆかないであろうし、アメリカ自身が反省しないでいては日本を恩知らずだといってみた所で問題が解決するわけでもないであろう。

 それと同じように、生長の家やGLAが私を「恩知らずだ」「反逆者だ」といってみても生長の家やGLAの教義がよくなるわけではないし、自分が導いたその人が正法を勉強するようになったのは悪いといくらいってみたところでその人達が進歩するわけではない。

 そのようにして、昔はよい道徳とされてきた「恩を知る」ということが、今は進歩を阻害する足枷(あしかせ) となっているのである。このことはやくざの世界で、一旦やくざになった者が、やくざの世界から足を洗おうとすると捕らえてリンチするということにも現れている。

 

 スター・デーリー氏が宗教的転回したとわかった時、囚人仲間から裏切り者と嫌悪され、中にはデーリーを殺しかねない者も出てきた。そういう状態になった時に、どうしてデーリーはそこを潜り抜けてきたか、正法を広めようという善意の人達で壁にぶつかって苦しんでいられる人達にとっては大いに参考になることである。

 

 

 

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

 

(三)

正法誌 No138 1990年2月

  

 スター・デーリーの哲学及び宗教を皆さんにお知らせするのは、高橋先生の予言にあるように、やがて正法がアメリカに広がることになっている、その広がる準備として、アメリカに正法を受け入れさせる準備をする役目を持っていた人達があったことを知ってもらうと同時に、宗教指導者はどうなければならないかを勉強してもらうためである。私自身がこのスター・デーリーによって教えられたことが大きかった。

 スター・デーリーの師は“ライファー”と呼ばれる終身従刑囚であった。私はこのライファーのような人を今まで日本の宗教家に中に見たことはない。

 高橋信次先生からは、神理の大道を教えて頂いた。それ以前に私は「宗教指導者はいかにあるべきか」を学んでいた。宗教指導者は謙虚さを失った時にその生命は終わると思ってきたのは、ライファーがスター・デーリーに教えた言葉によるところが大きい。

 スター・デーリーがキリストの光輝と愛のまなざしによって、魂の転回をし、人を救わなければならないと力んだ時、ライファーはいった。

  

   人を救う祈り

 

「デーリーよ、そんなに人を救おう救おうと力(りき)むものではないよ。静かに坐って『私が救いうる相手があらわれまるように』と祈るんだよ。すべて救いのことは神様の手にまかせるのだ、神にまかせるなだ。

 他の方法でなんとか人を救おうと、相手の所に押しかけるのではないなのだ。そうすると相手が、その適当な場所を定めることになるのだ。そうすると神は、君のその口からどういうことをいえばいいのか、必要に応じて適当な言葉を与えたまうだろう。まず『愛』が第一だよ。そのつぎには『信頼』だよ」

 相手を、自分が「愛」を行じさせていただくために、神さまから与えられた人であると見る謙虚な心、この謙虚な心を指導者は忘れてはならないのである。

 

  知らないことは、「知らない」という勇気を持て

 

 これはライファーやスター・デーリーがいったことではない。八正道の「正しく見る」「正しく語る」というところから必然的に導き出されてくる言葉である。

 私は最近、そういわれたすばらしい方と逢った。私はその人の言葉を東京支部長の淡路さん夫妻とともに聞いた。その方は高橋信次先生が悟りを開かれる一番最初の頃に霊道を開かれた方である。

 自分の知らない過去世の言葉がつぎつぎに飛び出してきた。輪廻転生することが証明されるにもっとも大事な人となられた。そのことがあってから他の人から「先生」と呼ばれるようになり、霊道を開くとなんでもわかるようになると信じ込んでいる人達から、夜中でもかまわずに電話がくるようになった。夜中であろうとも相手のことも考えずに電話をするという人は利己主義者である人が多い。こんなことで「先生」といわれてどんなことでも知っている、わかっていると思われてはたまらないということで、家庭の事情もあり、いろいろな場へ出られないことにされたという。

 霊道を開いたGLAの講師をしていた人達が、ほとんど脱落してしまったのは、確かに過去世の言葉は少ししゃべったけれども、「先生」といわれるようになっていろいろなことを質問されると、知らないというと「先生」といわれなくなり、先生としての待遇をしてくれなくなる、そうなると具合が悪い、損すると、現世的な地位欲、名誉欲、そして金銭のとりこになって、知らないのにウソをいって先生という立場を守ろうとした、それが原因である。そうなるとそういう講師達は自分の都合のよいようにしかいわないようになる。それが混乱を起こす原因だったのである。

 GLAの霊道を開いたある講師が、「お母さんのへその穴から、お母さんのすることを見ていた」というウソをついたから、霊道を開いたらなんでもわかるようになるのだと信じ込んでしまっていた人達は、反省をして心をきれいにすると自分もそうなると思って「反省・反省」といい出した。それはウソだからそうなれるわけはないが、なんでもわかっていると信じられていたその講師が真っ先に高橋先生をニセモノだといい出したから大変な騒ぎになったのである。

 指導者という立場に立つと、知らないことを知らないということは、自分で自分の立場を悪くすることになると思ってなかなか「知らないと」いえないものである。その方は忠実に知ないことは知らないといわれた。人間は絶えず進歩するのであるから、今は知らなくてもやがて知るようになってくることもある。自分の知らないことは「師」に聞けばよい。親鸞上人が「よき人の仰せを被(こうむ)りては、信ずる外、別に仔細(しさい)なきなり」といわれたように、私は高橋信次先生の教えを聞いて、その高橋信次先生がいわれたことを信じてゆくだけであって、その外のことは考えないのである。

 ライファーは、「相手を、自分が愛を行じさせていただくために神さまから与えられた『愛の対象』である」と見ることによって、敬虔な、謙虚な心になり、「わしが」というおごりの心がなくなって、自分に内存する神の力を引き出すことができて自分が救われてゆくことになってくるといっている。

 私は幸いにしてこの教えを忠実に守ってくることができた。そのためにわたしは内存するキリストの力、神の力を引き出すことができてなお奇跡が起こりつつあるのである。

 

  向上は、実践する以外にない。

 

 よく実践した者のみが、よき指導者となれる。

 高橋信次先生は「行即光」といっていられた。それと同じことをライファーはスター・デーリーにいっている。

 「聖書にこういうことが書いてあった。キリストはこうされたということを知ってそれが何になると思うのだね。そういうことは知ればしるほど、他の知っている人との議論になるだけだ。神学の発見し得ない力を、君の生活体験の中に生かすのだ。君がいくら知識で知ったからといって、それで君の人格が変わることはない。君は知ったことを実践して魂を磨くのだ。魂が磨かれれば自然と正しい知恵が出てくるのだ」

 「お釈迦様は、こういわれました」ということをたくさん知っている仏教学者は、人ひとり救えないのである。経典にどういうことが書いてあるのか、そういうことは知らなくても実践したあなた方のほうが人を救うことができられるのである。実践すれば神があることもわかってくるである。

 ライファーは、また、いった。

 「君がいろいろなことを知ったとて、それはおそらく『わしはこんなことも知っている』と、君を高慢な心にならせるだろう。ある人々は、『君はすばらしい知識を待っている』と驚嘆するだろう。ある人は君を神秘的なことをよく知っている学者だ、というかも知れない。それよりも一層よいのは、キリストの受難の意義が何であるか、体験をもって知ることだ。

 キリストの奇跡を知ってもそれは大した功徳にはならない。君の真の力は体験の中にある。君が生活していくうちにきっとその恵みをうけるだろう。」

 「ではどうすればいいのですか」

 「毎日を支配するんだ。知識として知ったことを実際に体験するんだ。実行するんだ。実行すると、これはこうするとこうなるんだな、ということがわかるようになる。心をカラッポにすることは大切だが、心につめ込むことはそれほど大切なことではない。われわれは知識でまず得たならば、それを喜んで吐き出して実践しなければならない。そうすると知慧がその代わりに得られるのだ。それは実に単純なことである。 最善の伝道は賢者となることである。」 

知的に頭だけで知って実践しないと知識は心の中で腐敗して毒となるのである。知識を実践して吐き出すと、それは知慧となって魂を大きく成長させることになる。

 キリストの荊(いばら)の冠(かんむり)の意義を実践することはどういうことであるのか。キリストが十字架にかけられた時、一人の泥棒が同じように磔刑(はりつけ) キリストの の の意義を実践することはどういうことであるのか。キリストが十字架にかけられた時、一人の泥棒が同じように磔刑になった。キリストはその泥棒が神によって救われんことを祈った。そうして自分を十字架にかけた人々に対して、「神よ、彼らは何をなすべきか知らざるなり」と、普通であれば憎むべき存在である相手を赦して、彼らが救われんことを祈ったのである。

 このことが即ち、相手がどんなに自分を悪くいい、悪く陥れた人であっても、その人を赦してその人の幸せを祈るということなのである。

 そのことをキリストは、「汝を責(せ)め憎む者のために祈れ」といっていられる。

 人を救うということ、人に伝えるということをしないと悟りは開けてこない。まず自分が完全にできてから救おうと思っていたのでは今生で完成することはむつかしい。

 悟りが開けるのは、自分ひとりだけが救われることを望まないで他の人々も救いたいという愛の心を広く大きく持つことによってである。まず自分だけ救われればよいと考えている人は、自分だけのことにとどまっている利己主義者である。利己主義の心を持っていて救われ悟りが開かれることはない。

 まだ自分は不完全であるけれども、以前の自分よりは救われているのであるのであるから、その救われたこと、よくなったことを話して人のためになろうと動き出してくるところから悟りは開けてゆくのである。

 だから私達は、神に力を与えられ、神に導かれていて、自分がどんなに変わったかを話しすればよいのである。それ以上自分が体験しないことをいってもならないし、また謙遜して体験を少しばかり話するというのでもいけない。それは事実なのであるから、ありのままを話しすればよいのである。 

 どれだけたくさんのことを知っているかという知識によって人を救うことができるのではなく、自分が今、いかにあるかということによって大勢(おおぜい)の人を救うことができるのである。

 釈迦は弟子達に、「知識として頭で知ったことを話する。そういう話は人に感動を与えない。自分が体験したことだけを話せ。そういう話なら、老若男女、勉強のあるなしに関係なく人に感動を与えて人を救うことができる」といっていられる。

 

  私は自分が体験したことだけを話してきた。

 それは実際の話であるから人は感動し、それなら自分もやってみようという気を起こさせて、人を実践にまで駆り立てる。そうしてその人が実践すると必ず奇跡が起こる。そうしてその話をつぎの時に話すのである。

よい言葉を暗記して話しても、そういう話は人の心の中に入らないのである。仏教学者は、「お釈迦さんはこうされました。こういわれました」という話をたくさん知っている。 

しかし、仏教学者の話を聞いて救われましたという人はほとんどいない。しかし、会員で実践している人の話で救われたという人は多い。自分だけ救われればよいという人は愛を実践していないから、神の光を多くうけることができない。10人の人に伝え、1000人の人に伝えるとそれだけ愛が広がるのであるから、その人にはそれだけ神の愛が流れ入り、光を多くうけることができることになる。

 悟りが開けるということは心が広く広がること、そうしてやがて宇宙大になることなのであるから、広く人を救おうという心を持たないと悟りは開けてゆかないのである。

 自分だけ救われればよい。まず、自分が救われてからと思っていると、その心は狭い心であるから、一生懸命に信仰しているようであっても心が行きづまるのである。

 

 newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

(四)

正法誌 No139 1990年3月

 

 

 

  昭和24年12月、このスター・デーリーの「愛は刑よりも強し」を読んで、この本の中に出てくるライファーと呼ばれる人の言に私は学び、そしてよき宗教指導者になりたいと思って精進したのであったが、高橋信次先生の教えをうけるようになって改めてまた読んでみると、高橋信次先生が説かれたと同じようなことをライファーはいっているのである。

 高橋信次先生は、「行即光」「正法は実践することにある」といっていられた。

 高橋信次先生は仏教的な言葉を使い、仏教的にすべてを説いていられる。ライファーはキリスト教徒であるから、ライファーはキリスト教式の言葉を使って説いている。その教えられている真理は同じである。これを以てして仏教とキリスト教の真理は同一であるということがわかる。本当の真理は一つなのであるが、真理を正しく実践して把握していない仏教の僧侶、キリスト教の牧師が話をするとなると、仏教とキリスト教は全く違うものであるということにされてしまうのである。残念なことである。 

今になって私はつくづく思うのであるが、少年期にお寺の坊さんの説法に絶望した私は、青年期にクリスチャンになって洗礼をうけ聖書の勉強をした。そのことが今、高橋信次先生が説かれた「仏教とキリスト教の真理は一つだ」といわれたことを理解することに大いに役立っているのである。私に聖書を学ぶという体験がなかったとしたらこのようにすんなりとはわからなかったかも知れない。それを思い、これを思うと私が高橋信次先生に出会うまでの私の55年間の一生は、すべて高橋信次先生が説かれる真理を全部理解するための一生であったと思えるのである。それを思うと高橋信次先生が昭和51年6月昇天される直前に、「私がついた真理を全部わかっていてくれたのは園頭さんが一人だった」といって下さった言葉の重みを今さらながらまた深く感ずるのであり、私が正法会をつくって高橋信次先生の教えを正しく継承しようと思ったのも、また高橋信次先生を騙して利用して金儲けしようという人が出てきたのをきびしく「違っている」というのも、私の一生の全体験がいわせることであって、自分を誇示しようなどという考えなど毛頭ない。

 考えて見て頂きたい。人が転落のふちにのぞもうとする時に、その人を引き戻すのと、そのまま転落するのを見ているのとどちらが愛に叶うのであろうか。

 「それは間違いである」とはっきり私がいうのは、間違ったことを信じて地獄へ落ちんとする人々を救おうとする愛の心なのである。

 

 ある時ライファーはスター・デーリーにいった。

 「君がいろいろなことを頭で知ったからといって、そのことは君に大した功徳をもたらすものではない。君はキリストが体験したことを君も体験するのだ。議論ではない。キリストが、ああした、こうしたということを知ってもそれが何になるのかね。ところで、君はイエスが弟子の足を洗ったということが何を意味するか知っているか。」

 「それは謙虚(へり下り)を意味すると思う。」

 「ところで、それが謙虚であると知ることが、君を謙虚にするだろうか」

 「しないと思うね」

 「そこだよ、キリストがああした、こうしたということを知ることが問題ではない。君はキリストの魂を持つために自分を鍛えなければならない。キリスト神学を知ることに大きな努力をする必要はないのである。単に知るということは、それを知る人々を支離滅裂に対立せしめることになる。それはキリストへの注目をかえって散乱せしめることになる。ある人の神学と他の人の神学とが衝突をするそういう衝突は神学者にまかせて置けばよい。それは君の分野ではない。」

 この言葉がデーリーの心を打った。

 ここの所は少し説明をして置いた方がよさそうである。

 例えばよく正法の集まりでも、どの本にこう書いてあった、高橋先生はこういうことをいわれたといって、中には、「あなた達は知らないだろう、聞いたことはないだろう、わたしは直接高橋先生の話を聞いたのである」といって、ただ高橋先生の話を直接聞いたことを自慢し、本を読んで頭で知識として知ったことを、さも自分がえらくなったように思って尊大な態度でひけらかす人がいる。

 そういう人が何人もいるとその集まりは議論になり、知識のひけらかしの競争になって正法の集まりではなくなる。いくら高橋先生の話を聞いた人であっても、実践しない人は、高橋先生の話は聞いたことのない人で実践した人に後れを取るということになる。その後れを取ったということに気づいて反省して実践するとよいのであるが、後れを取った、あの人は自分よりも先に進んでしまったということに嫉妬してあれこれいうとますます集まりを混乱させることになる。

 そういうことをライファーは注意しているのである。

 ライファーは話を続けた。

 

 「神学では発見し得ない力を発見して、それを君の生活体験の中に生かすのだ。君の人格を変えるのは、決して君の知識ではない。君はその知識を体験することによって君の魂は喜ぶ、その魂の喜びによって君は鼓舞せられ新生せしめられるのである。知識は君の知性を磨くだろうが、体験は君の霊を磨くのである。霊が磨かれれば正しい知識はそれに導かれて出てくる。」

 さらにライファーはいった。

 「君はイエスが苦しみによって浄められたことを読んだだろうが、それが何を意味するのか知っているか。」

 「知らない」

  「君がそれを知ったことが何になるんだね。それは恐らく、君をして高慢な気にならせるであろう。またある人々は、君はすばらしい知識をもっていると驚くだろう。また、ある人々は君を深遠な神秘的事物に関する驚くべき学者だと考えるだろう。

 しかしそれよりも大事なことは、キリストが十字架にかけられた受難の意義を体験をもって知ることだ。それはだんだんと起こってくるだろう。心配するに及ばぬ。それによって君は浄められる。丁度医者が下剤を使って腹の中を掃除するようにだ。」 

われわれの魂は、徐々に浄められてゆくのである。わたしが昭和27年に生長の家の地方講師になって、第一回の十字架ともいえるものは昭和28年にやってきた。当時鹿児島県に地方講師という人が20人位いた。生長の家鹿児島連合会の役員まで含めて約70人位の面前で、当時の連合会長という人から、「これ位悪い奴はいない」と罵倒された。当時鹿児島県の教化を担当していられたのは、大阪大学の事務長を停年で止められた小畑冨記という先生であった。その小畑先生が、「園頭君、君はどんようなことがあっても一言も抗弁してはならない。じっと黙って聞いているのだ。君が男になるかならないかは今度のことによって決まる。無言で耐えることだ」と教えて頂いた。

よき師、よき先輩は持つべきである。人生の一番大事な時に教えてもらえるからである。

 そういう点において、人生の一番大事な時に教えてもらえるよき師、よき先輩を持たない人は不幸であるといえる。

 針のむしろに坐るとはまさにそのことであった。「この男は講師の資格はありません。こんな卑劣な男はいません」と、延々と一時間にわたっていわれた。当時私は34才の血気盛りで、これから伸びて行こうと希望に燃えている矢先のことであったから、残念だし口惜しいとも思ったものであったが、それこそキリストが磔刑になられた時のことを思い「男になるのだ、これで男が立つのだ」と思って耐えたのであった。まだ年が若かったので、相手を赦して心が安らかであるというわけには行かなかった。その後、それまで私という人間をすばらしいと思って見ていられた人達の目が悪人を見るような眼に変わって行って、そういう視線で見つめられるのを悲しく苦しく思ったものであったが、私はまた心の中で、「これで男になるのだ、私を男にさせて下さってありがとうございます」と感謝の気持ちに変わって行って、そのように感謝の気持ちを持つことができた自分を「よくやれたな、すばらしい」と、ひとりでほめられるような心境になって行った。そのことがあって3ヶ月位した時に私を罵倒された人の問題が暴露して、その人は連合会長をやめなければならないことになられた。それからは、若い私がよく反論もせずに平気で耐えられたものだという賞賛に変わって行ったことがある。それが第一回目で、第二回目は昭和52年3月、高橋先生が昇天された後「ミカエル事件」が起こってGLAは私を「悪魔」だと言った。第三回目は正法会の本部を東京に移転するのに伴って、前事務長と前東京支部長が結託して私の中傷をして自分達を正当化しようとした。

 あわれな人達だなと思った。

 ライファーがデーリーに教えた言葉が真実であることをしみじみと思わされるのである。

 「『いばらの冠』の意味を知ったとてそれは君に対してなんの足しにもならんさ、しかし君が『いばらの冠』の意義を実際に生活体験で知るとき、それは君の内にあるキリストの霊を解放するよ。それは君に法悦を与え、君を強くする。それこそかえって計画なき伝道となるんだ」

 ライファーは、知識で頭で知ることと、実際に体験して知ることとは全然違うのだという事をくり返しくり返しいうのであった。

 「キリストの奇跡についての諸問題をいくら知っても大した功徳を君には与えない。

 君の真の力は『体験』としての意味にある。

 君が生活していく内にきっとその恩寵をうけるだろう。」

 「どうすればよい!」 

 「毎日を支配するんだ。知識として知ったことを実際に体験に変え、体験したことを知識にするんだ。そしてそのどちらも、適当なとき、適当な場所に働かせるんだ。心と頭をカラにすることは大切だが、頭につめ込むことはそれほど大切なことではない。われわれは知識をまず得たならば、それを喜んで吐き出さなければならない。そうすると知慧がその代わりに得られる。それは実に単純なことである。最善の伝道は賢者となることである」

 こういうとライファーはカラカラと笑った。

 「彼(ライファー)は神に支えられ、神に力を与えられ、神が導いているのである。

 彼は自分がどんな心境でいるかを話すのであって、それ以上でもそれ以下でもない。彼自身が伝道の言葉なのである。彼は何を知っているか、その知っているがゆえに大勢の人々を救い得るのではなく、彼は『いかにあるか』によって大勢の人々を救い得るのである」と、デーリーはライファーのことを話しているのである。

 ライファーが、知識で知ったことでは人を救えない、実際に体験したことによってのみ人を救うことができるといわれたことは、釈尊が弟子達に、「頭で知識で知ったことを話すな、自分が体験したことだけを話せ」と、さとされたこと、高橋信次先生が『行即光』「体験すると光が出る。それによって人を救うことができる。実践しなさい」といわれたことと同じである。

 私が宗教家となって以来、約40年間、いろいろ人を救うことができたのも、私は知ったことをすぐ実践してきたからである。

 子供が学校へ行かない。二階の窓からするする屋根伝いに飛び出して遊びに行く、どうしたらいいでしょうかという手紙が来た。

 「お母さん、あなたはこうするんです」と祈って返事を書いた。年末ロスアンゼルスに出発する直前に「子供が学校へ行くようになりました」とお礼の手紙が来た。

 こういうことも、私が実践していることに対する神のめぐみである。実践すると神から、天上界から守られて力を受けられるのである。私は手紙をもらっても返事を書かない場合がある。それは自分でまず実践しなさいということなのである。相手の依頼心を助長させることはその人のためにはならないのであるから、私はその人のためを思って返事をしないのである。

 昭和50年、私と高橋信次先生の実弟の人と二人で小倉で合同講演をしたことがある。実弟の人は頭で記憶した話をしたために拍手一つ起こらなかった。会場はさめた雰囲気になった。私は体験の話をした。万雷の拍手であった。

高橋信次先生は「人間釈迦」に書いていられる。

 「頭で知った知識の話をすると、一部の知識ある人はわかるが、老人、子供、女子にはわからない。体験した話は、知識のあるなし、頭のよいわるいに関係なく、男子も女子も老人も子供もみんなわかる。だから、自分が体験したことを話しなさい。」 

よくあちこちで、正法会の集まりが面白くないという話を聞く。そういうところは体験したことが話されずに、頭で知ったこと、さも霊能があるような話がされているからである。そういう人が中心になると会には人が集まらなくなってくる。

本当に体験した人の話は、聞いている人の魂を動かす。だから、体験談を話して、そうしてさらにそれを知慧にしてゆくような集まりをしないといけないのである。

 昨年の夏頃から全国的に体験談を中心とする集まりに変わってきて、活気が出てきた。

 昔から「頭で知ったことは知ったことにはならない。身体が体験して知ったことのみが知ったということである」と教えられてきた。そのことをことわざでは「畳の上の水練(すいれん)」という。畳の上でいくら水泳の真似をして手足をパタパタやっても泳ぐようにはならないということである。

このことを高橋信次先生は、「知識を実践して知慧としなさい」といわれた。

 知識――頭で知ったことであるから心は関係ない。どんな悪い心を持っている人でも、よいことはよいといえる。世の中を混乱させるのは、心で悪いことを思って、口先だけで、知っているよいことをいう人が多いことである。だから聞く人は口先だけか、心からということを見分ける知恵を持たなければならないということになる。

 智慧――頭で知ったことを体験して、心で魂で知ったこと。智慧のある人は、心と言うことが一致している。

 知識だけの人は、自分の心をごまかし、人をごまかそうとするからよくしゃべる。

 智慧のある人は、自分の心が満足しているから敢えて人から認められようとしてしゃべる必要がない。用のある時だけ話す。

 だから皆さんは、よくしゃべる人は信用しない方がよい。警戒してかかる方がよい。まして人を導く宗教家は、鳥が囀るようにかん高い声でしゃべってはいけない。経典には釈尊の説法を「獅子が吠えるようだ」というので「獅子吼(ししく)」とかかれている。心の底から響いてくるような人の声に耳を傾けるべきである。よりよき指導者になるためには「沈黙の人」となることである。必要なことを、必要な時だけいう人になることである。

 スター・デーリーはライファーの教えをよく守って人格を向上された。だからデーリーは重厚で寡黙であった。

 

 newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

(五)

正法誌 No140 1990年4月

 

 

 「毎日を支配するんだ、知識を体験に翻訳して、経験を知識に翻訳するんだ。」

 といえばむつかしいことのように思えるがそんなにむつかしいことをいっているのではない。

 「やってみて、あゝなるほどそうか、と知ることである。」それだけのことである。そうして「なるほど」とわかった時に知識は智慧となるのである。その智慧が魂を成長させるのであって、頭だけで知ったということは、知ったというだけで魂の栄養にはならないのである。

 

   無我帰依について

 

 ライファーはデーリーにこういった。

 「果実は熟するまでは軟らかくならない。魂は熟して軟らかくなるまで、もぎとってはならないのである。熟さない魂を収穫することは、まだ熟さない麦を刈り入れるのと同じことである。」

 ライファーは魂が神に対して軟らかくなることを「よなげること」だといっている。なんの抵抗も力みも努力も妥協もなしにそのまま自然に従うという自然の心のやわらかさ、赤ん坊のようなすなおな心になって始めて「神我全托」といえるのである。

 青年は理想に燃える。知識欲が旺盛でなんでも知ろうとするが、また疑問を持つ。自分の知っていることは信ずるが、知らないことには疑問を持ち、心の一方では「そうかな、そんなことがあるのかな」と信じたい気持ちがある半面に、そんな馬鹿なことがあるものか」と思って自分の知らないことは受け入れないという、いわゆる素直でない頑(かた)くなさがあるものである。  

 宗教的な指導者になりたいと思っていた私は、これはと思われる人の話をたくさん聞いた。「そうだ、そうなんだ」と受け入れられそうしなければならないと思われる半面に、「こうして信仰してよくなりました」という体験的な話にると、「科学の発達した現代に、そんな非科学的な話があるか」と、その部分はすなおに受け入れない心があることにある日気づいた。このいつまでも疑ってすなおに受け入れない心が自分の進歩向上を妨げているんだなと思ったので、それからというものは、ちょっと疑問に思って「そんな馬鹿な」と否定しようとする心がふと起こってくると、自分で自分に向かって、「あれはほんとうだ、ほんとうだ、そんなウソの話が何百人もの人の前でできるわけがない。もっとすなおに信ぜよ」疑問で受け入れたくない心が起こると、声を出さんばかりに自分に向かって、「信ぜよ、すなおになれ」といったものである。そういうことによって頑なであった私の心は「すなお」になり、「よなげ」られていった。

 なんにでも疑う心を持つということは大事であるが、疑うばかりですなおに信ずることができないという人は不幸である。

 そういう時間が何年間かあって、その間に自分も勉強し体験することがあったりして、信ずべきことは信じ、信ずべきでないことは信じないという心がつくられて行った。そういうすなおな、よなげられた心を持つようになってから、私の心境はどんどん進んでいった。すなおに信ずべきものを信ずる、すなおに感謝すべきものに感謝する。そういう心になったところから、神様にすべてをお委せするという「無我全托」「無我帰依」の心は生まれてくるのである。

 運命にすなおに順って生きるという私の生き方はそのようにして育てられて行った。軍隊に入ってからは忠実な軍人であることを心掛けた。今になればあの頃はまだ世間知らずで失敗した点があったなと気づいて恥ずかしい思いに掛られるがその時はいつも真剣だった。

 「いつ死んでもよい」という心境になったときに「宇宙即我」の体験をしたのであった。肉体は死んでも、死なない魂、生命があるとわかったことで、私は砲弾や爆弾の中で禅定することができたのであった。 すなおに信ずるときに神の力は現れてくるのである。神をすなおに信ずることもせずに奇跡だけを求めようとする心ではなんの奇跡も与えられない。法をすなおに信じることをせずに、奇跡だけを求める心で正法会にはいると失望することになる。

 

 

 デーリーは監獄を出てから家でクリスチャン達の祈りと研究の会をした。

 その会では出席した人達が順番に声を出して祈りを捧げることになっていた。デーリーはそんな方法にはなれていなかった。その上、小学校の学芸会の時、詩を朗読させられてうまくいえずに友達から笑われ冷やかされたことが心の傷となって潜在意識に残っていて、デーリーはちょっとばかり祈りかけてほとんど黙っていた。リズムもない意味のない言葉をとぎれとぎれに言うだけだった。神の前には勇敢なつもりであったが、みんなの前では青菜に塩みたいにしょげ返ってしまったのである。心の奥底にスッキリしないものが残った。自分の心の中にそうしたもやもやしたものが残っただけでなく、同じ宗教仲間との間にも奥歯にものがはさまったような気まずい雰囲気ができてしまった。

 皆さんもこういう体験をした人は多い筈である。あることで失敗したと自分が思う。それは自分がそう思っているだけで他の人はそう思っているわけではない。中にはむしろそれがりっぱだったと思っている人もあるのに、自分だけで自分を傷つけて、自分の方から友達との間に、仲間との間に隙間をつくり、壁をつくってしまったというようなことがあった人も多いであろう。

 私も自分が失敗したと気づいた時、「お前はなんて馬鹿なんだ、こん畜生、お前みたいな奴は死んでしまえ」等、自分で自分に向かって独り言をいって口惜しがったりしたものである。そうして自分は失敗したと思っているのに「あの時のあなたはすばらしかった」と褒められるのである。「そうすると、自分が気にしているほど人は気にしていないのだな」と思って、それからは人のいうことも参考にするが、自分で失敗したと気づいたら、人は気にせずに自分で二度と失敗しないように気をつけるということにした。そうして自分を前進させた。 

一ぺんの失敗に劣等感を感じて、それっきり立ち上がれないという気の弱い人があるが、自分が気にしているほど人は自分のことになんかかまって気にしてはいないのであるから、そこは図々しく自分を前進させるということをしないと、自分がよくならないのである。

 

 デーリーは、その祈りのことで失敗したと思っていたから、いつも自己弁護し、いいわけして、自分を自分で信じ切れない、暗い欺瞞の底へ沈みつつある自分に気づいた。そうして自分を正当化しようとして、「大体、祈りというものは、あんなに見せびらかすような、あゝいう芝居がかった祈りはすべきではない。祈りは静かに黙祷すべきである。瞑想のみが正しいのである」、といっている自分に気づいた。

 他に対してこのような攻撃的なことをいうのは、自分の内心の不安を弁護しようとするアリバイに過ぎないのだということを彼は自分の魂のそこで知っていたのである。だからデーリーは「私は心の底に何かすっきりしないものがあるのを感じた。私は不正直で、嘘つきで、ごまかし屋であったのだ」といっているのである。

 

 集まりに来て、よく人を攻撃し批判してばかりいる人間がよくいるものである。また、人に話させずに自分一人だけで話をしようとする人間もいる。デーリーがいっているようにそういう人は、自分自身の心の中に、自分自身でも納得できない不安があるからだというのである。その人は自分の心にすなおになっていない、自分の心をごまかしているのであるというのである。自分の心にすなおで自分の心にやましいもののない人は、人が聞こうともしていないのに自分からべらべらしゃべることはしない。

 自分の心にやましい不安を持っている人は、黙っていると自分の心の中から不安感が大きく心の表面に浮かび上がってきて自分がじっとしていられなくなり、また、人が自分を見つめている視線が自分の心の中の不安まで見透してしまうような気がして人の視線に耐えられなくなる。そのいたたまれない不安感、焦躁感がその人を“おしゃべり”にさせるのである。余りしゃべることはしないが、最後になるといつも人を押さえつけて“あなたはダメだ”というようなことをいう人も、心の中に不安感を持っている人である。

 要するに、人を攻撃したり、自分のことだけを自慢したり、人からいやがれているにもかかわらず、人の気も知らないで人をバカにしたり押さえつけるようなもののいい方をする人は、自分自身の心にすなおでないのである。自分が悪い、自分の心の中に不安感があると気づいたら、目をそらさずにその悪い部分、不安な部分を見つめて、しかとそれを受けとめて反省するということをしないと、自分が向上しないなである。

 デーリーが「自己弁解の欺瞞の底に沈みつつある自分自身を見出した」といっているように、自己弁解、自己欺瞞の底に沈んでいる者は二通りの型に分かれる。一つは今まで書いてきたように攻撃型、批判型になって人にしゃべらせないタイプ。もう一つは完全な沈黙型、人から何を聞かれようが黙って答えないというタイプである。この二つのタイプでごまかされやすいのは後者である。後者のタイプは余りしゃべらないから、温厚で人間ができていると錯覚され易い。だから、余りしゃべらない人間も警戒してつき合う必要がある。

 だから、話をすることでも、余りしゃべり過ぎるのもよくないし、余り黙っているのもよくない。話することも中道でなければならない。どうでもよいようなことはしゃべらないが、いざ必要だという場合は滔々(とうとう)としゃべるということでないといけない。

 昔からの“ことわざ”にあるように、

「人間ができていない浅い人間は、川の浅瀬がいつもサラサラ音を立てて流れるようによくしゃべる。川の深いところは、流れているか、いないかわからないように淀んでいて音を立てない。」と。

 人間ができていて黙っている人と、心の中に不安感、罪悪感があってしゃべらない人を見分ける方法は、その人の顔が明るいか、暗いかで見分けるのである。

 

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

 

(六)

正法誌No.141 1990年5月

 

   急激なる霊の焔の洗礼について

 

信仰、それが正しい神への信仰であったとしても、信仰は狂信的盲信的で且つ急進的であってはならないのである。信仰はあくまでも理性的秩序的で静的で漸新的でなければならないのである。

 ライファーはデーリーにこう教えている。

「急激に神への無条件全托を行うとこんな危険なことがある。

 君は山火事が激しく燃えたあとの山を見たことがあるか。今まですくすくと伸び繁っていた緑の樹枝で飾られていた立派な山の姿が、山火事の後には黒い焼け痕(きず)だらけな、ギザギザの、ひん曲がった醜い姿を呈すだろう。激しい神への無条件なお委せは、時として君にこういうことをするかもしれない、ね。精神的葛藤の暴風が、君の人格のまわりに、そして周囲に引き寄せられる。そしてそれはますます猛(たけ)り狂い白熱化するのだ。そしてついに一種の危機に到達する。そうして悩みぬいた犠牲者は、盲目的に、賢者を恐れて敢えて近寄らないようなところへ踏み込むのだ。」

 こういうかと思うと、ライファーは周到な考え深い彼の考えからいい足した。

 「彼らの不純な肉体のゆえに、霊の焔の洗礼に慣れていないがゆえに、そして煉獄的な聖火が残るくまなく彼らの魂の中を焼き尽くすがゆえに、普通の魂の浄化にくらべると千倍以上も激しく燃えるのだ。そしてかろうじて得たものが、その荒らされたものを償うのに値することは滅多にない。」

 ライファーによるならば、神への無条件降伏は、魂が自然に熟してきて、霊的向上の結果として起こらなければならないのである。そしてただの感情の興奮や、恐怖心や、蹉跌(さてつ)や、悪から逃れたい消極的な念願の結果ではなく、むしろ善をせんとする積極的な願いから来るべきである。

 

 

 「愛は刑よりも強し」に書いてある通りをここに書いたが、ここにかかれてあることが実際にはどのようなことであるか、具体的にわかっている人はほとんどいないと思う。このことがわかることになるカギは、ライファーがいっている「神への無条件降伏は、魂が自然に熟してきて、霊的向上の結果として起こらなければならないのである。」という言葉である。「ただの感情の興奮や・・・・・・悪から逃れたい消極的な念願の結果であってはならない」ということである。

 ライファーはデーリーに、「あまり急激に神への無条件全托を行うとこんな危険なことがある」といって、山火事の例をあげているが、このようなことは、正しい神への無条件全托でもそうであるというのであるが、ほとんどは盲信狂信、理性と知性を欠いた結果、自分のやっていることが「神への無条件全托」だと信じ込んでいるのがほとんどである。

 私が生長の家≠ノいる時にこんなことがあった。

 生長の家≠ナは、神が天地を創造されたのであり、人間は神の子であるから、神がなにもないところからすべての物をつくられた創造の力を持っているのである≠ニ教える。ここが「正法」と少し違うところである。「正法」では、神が天地を創造された≠ニいうが、人間がそのまま神の子として神が天地を創造された力を持つのではなくして、神が創造された法則によって、神が創造された物質を素材として魂の勉強をすることによって、そして永い輪廻転生の経験を通して「宇宙即我」「神と一体となる」と教えているから、「正法」を正しく学ぶ人は、生長の家≠竍GLA≠フように、人間がすぐそのまま神になってしまうような思い上がりをする者は一人も出てこないなである。

 ライファーがいっているように、「まだ熟していない魂、まだ目覚めない魂にとっては、お委せの生活(自己放棄)には多くの失望と悲劇さえも生ずるのである」

 生長の家≠ナは、神はなにもないところからすべてのものをつくられたのであるから、神の子人間もなにもないところからすべてのものをつくることができる≠ニ教えているのである。

 私が鹿児島で生長の家の地方講師をしていた時である。宮崎にそれこそ情熱に燃えた私より少し年長の地方講師の人がいた。その人は、「自分は神の子であるから、神に無条件にお委せしているから、神が私を生かしていて下さるのであるから、神さまにお委せして置けば神様が生かして下さるのである。」といって、妻子があるのに仕事もやめて生長の家≠フ祈り行を一生懸命やっていた。いくら祈ってみたって、お委せしたといってみたって、ご飯がみそ汁がぽかっと空中から出てくるわけでない。出てこないのはまだ自分が神に全托することが足りないからであるといって、仕事もせずに祈ってお委せばかりしているから、遂に奥さんは子供を連れて実家に帰った。祈っていても食事が空中から出てくるわけではないから腹が減ると近所の農家に行って食べさしてもらう。食べさしてもらってもお礼はいわないのである。全宇宙は神さまのものである。自分は神の子として神のものを引き継ぐ力がある。みんな神の子の自分のものである。自分のものを自分が食うのであるからなにもお礼をいう必要はないと考えているのである。欲しい物があればそれも自分の物と思って「もらっていくよ」といって平気で持ち去ってゆくのである。祈ることも徹底しているからその強い念力で少々位の病気は治してしまう。そして、自分だけが生長の家≠ナ神の子≠ナ、そうでない人は罪の子≠ノ見えてくるから、生長の家∴ネ外の人に対しては横柄になってくる。

 ここも生長の家≠ニ「正法」の違う点である。「正法」では、正法を勉強している人も、していない人もみな神の子≠ノ見えるが、生長の家≠ナは生長の家≠信仰している人だけが神の子≠ナあって、生長の家≠ナない人はみな罪の子≠ノ見えてくるのである。宮崎のその講師の人がいた村はライファーがいっているように、山火事の跡みたいに黒い焼痕だらけなって、ついにその講師はその村にいられなくなってしまった。勿論、親兄弟や親戚からも見放されてしまった。

 GLAに無条件全托していたある女性は、夫も子供も放り出してその土地のGLA教化部に日参していた。その夫が死にかかって、ある人が見かねて「なんとかあの主人を助けてやってほしい」と私に相談があったので、光を送って奇跡的に助かった。「ご主人が助かられたのは園頭先生のお陰よ、少しは考えたら」と注意されても、「いや、私がGLAをやっているからよ」と、ミカエル佳子氏を神として拝み、金もたくさん寄付していた。しかしついにその主人は30何才かで死んでしまって、「主人はあれで死ぬようになっていたの」といって平気だというのである。

 ここで私は、生長の家≠フ人々に対してだけでなく、いろいろな信仰をしている人々への警告をして置きたい。

 まちがった信仰の典型を私は生長の家°ウ祖谷口雅春夫妻にみたのである。かつての恩師を批判するのは忘恩だという批判があるが、あの世のしくみを知っている私は、あの世にいっていられる谷口雅春先生夫妻を救う道はこれしかないと信じるがゆえに書くことにする。そのことが信仰するすべての人を救うことになるからである。

 実は私が生長の家≠フ教義はおかしいと気づき、その間違いはどこにあるかをしっかり確かめてから生長の家≠やめようと思って生命の実相を読み直してみた。

 谷口先生が、輝子夫人と結婚された。

 その結婚を祝福して周りの人々が新居を準備し、水屋も新しいのを買って備えていられた。そのことについて輝子夫人はこういっていられるのである。

 「着たきりの着物一枚に縄帯を締め、持ち物は柳行李の小さなのに歯磨き道具が入っただけの全くの貧乏だった先生(谷口先生)が、イザ結婚しようとされると、自然に新しく住む家も家財もみな神様が準備していて下さいました。これも先生が、神様のために一生懸命に尽くしていられましたから、イザ必要という時にはちゃんと神様が与えて下さったのであります。」

 多くの会員達は、これをそのまま信じたのである。信じたから神様のためにといって家も売り、仕事も休んで月刊誌を何十部も何百部も買い、伝道させられたのである。天理教や創価学会そのほかの教団も、「神様に奉仕すればよいことが来る、金が儲かる」というのである。

 生長の家に入信した当初、実は私も「これはすばらしい」と思ったのであった。しかしやっている内にだんだん疑問を持ったのである。なぜか?

 谷口先生が結婚しようと思われたら新居が準備してあり家財も入れてあった。それは神さまがそうして下さったといわれるのであるが、それならどうして神さまが家や家財をつくられたのであろうか。神は天地を創造されたが、人間が魂の修行のために必要な物は、神さまがつくられた素材を基にして人間がつくるようにされてあるのであって、神が家や家財等を直接つくられることはない。食べ物もそうである。口をあんぐり開けていたら、神さまが天から食べ物をつくって口の中へ入れて下さることはないのである。

 新居があったということ、家財が備えてあったということは、谷口先生ご夫妻の結婚を祝福された周りの人達がそれぞれ金を出し合って準備して下さっていたのである。だから正しくは、「私たちの結婚を祝福して下さった方々が、貧乏な私達のために金を出し合って家を借り、家財を買って準備していて下さいました、それらの方々に心から感謝を申し上げずにはいられません」といわなければならないところである。そのような謙虚な感謝の気持ちが谷口先生ご夫妻には生長の家立教当初からなかったのである。生長の家の記念日というものがいくつかあったが、「生長の家教団がここまで大きくなったのは会員の皆さんのご努力のお陰であります」という言葉を私は一度も聞かなかった。

 魂の進歩向上がない内に、急激に神に全託するという心境になると、そこは神と、その神と直結していると信じている自分だけがあって周囲が見えなくなってくるのである。

 私が昭和53年9月、正法会を設立して間もなく、生長の家の熊本県青年部長が家を売って月刊誌を買って配ったという話を聞いた。神さまのためにして置けばよいことが来るというのであるが、今その青年はどうなっているか気にかかる。生長の家では「神さまのために」とは「生長の家のために」ということであるが、「して置けばよいことが来る」というのは欲望による取引であって純粋な奉仕でも布施でもなんでもない。報いを求めてすると、自分の期待通りもお返しがこないとなると怨みに変わる恐れがある。だから、「愛行」も「布施」も、そうできることを喜んで報いを求めてはならないのである。ここが一番肝腎なところである。

 高橋信次先生は、「自分を無にして無条件に神にお委せしなさい」とは一ぺんもいわれたことはない。

 「自己確立」「反省した上での自己確立」神があり、神の子の自分があり、神がつくられた法(正法)があり、自己確立した自分の自由意志で法を実践してゆく。よいことをすることも、わるいことをすることも、すべて結果は自分の責任、決して他に泣きごとをいわないのである、といわれた。

 その「自己確立」の道をデーリーは歩んだのである。

 デーリーはいっている。

「自分は完全な、無条件の神へのお委せをしたことはない。(日本の現在の他の宗教団体の指導者達は、デーリーのこの言葉は信仰的でないというのである。お委せすることが信仰だというのである。)

 なぜなら第一、それが自分にできるとは信じないからだ。もし人間が、最後の秘密の扉がよなげられるならば、彼の魂はその肉体にとどまることはできないだろう。(肉体を持って修行する必要がないほどに魂が浄化されたとしたら、人間は肉体を持ってこの地上界に生まれてくることはないのである。しかし、それほどまでに浄化された魂である如来菩薩は、地上の衆生の苦しみを救うために敢えて肉体を持って生まれて来るのである。だから普通の人の人生と、人を救う使命を持って肉体を持って生まれてこられた如来菩薩の人生と同じに考えてはならない。如来菩薩は細かいところにもよく気がつき、人の心もよくわかられるのである。)

 自分は無条件降伏を宣言すべき間断なき誘惑を自分自身警戒してきたものである。自分は至る所で自分を推しはかりながら(自己確立を繰り返しながら)神へのお委せの生活に徐々に移行するように教えられた。(ここが信仰上大事なところである。)

 それゆえ私はおもむろに全托の時機をとらえるようにせしめられたのであって急激ではなかった。このようにして私の性格上の欠点のあるものは、いつ、どうしてなくなったのか自分の知らないうちになくなっていた。

 (全托することが、神を全面的に信ずることであることはよいことであるが、自分を無にしてお委せすることは、自分が修行して自分の魂を宇宙即我≠ノまで到達せしめることにならないから、お委せしてなにもしない、ただ信ずるだけということは、自分の魂の進歩向上を自分で阻害することになるから、神への全托はかえって罪≠ニなるのである)また多くの好ましからざる習慣や欠点はいぜんと存続している。しかし私は、それに対してほとんど全く何らの注意を払わない。ただ私は神の方へと私の向上をつづけるのだ。それは好ましからざる習慣をなくしようというためではなく、好ましからざる習慣があるにもかかわらずだ。そして神の方向へ向上することによろこびと冒険を見出すからだ。

 (反省をすれば自分の気づかなかった欠点がたくさん見えてくる。その一つ一つをなくしようとするよりも、自分を神の方向へ積極的に前進せしめることである。そうしているうちに、気づいた時には欠点はなくなっているのである。悪いところをなくしてよくなろうとするよりも、よいことをどしどしやってゆく内に悪いところはなくなるのである)

 

 

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

 

(七)

正法誌No.144  1990月8月

 

 

    夫を成功させる妻の想念

 

スターデーリーは、自分が向上しているかどうかをテストし反省する場合、知らないうちにいつのまにかやめようと思っていた古い習慣がなくなってしまっているということに気づいた。「これは悪いことだからやめよう」と、力んでやめようとすることは、一時はやめることができても結局は失敗をするのである。それはなぜか。

 「これはやめよう」と現在意識で思うことは、実は潜在意識では、やめよう思う悪いことをいつまでも想念していることになる。心の底で、即ち潜在意識で想うことが形の上に運命として現れるのであるから、心の表面即ち現在意識では「やめよう」とっていても、潜在意識で想っていればそれは消えないのである。この「いつのまにか、知らないうちに変わる」というところに正法を実践する特徴があるのである。道徳的に理性で、いわゆる修養という方法では極めて成功することがむつかしいのは、正法と道徳とは念、心の持ち方が違うからである。

 例えば、いつのまにか酒が飲めなくなった、タバコを吸わなくなった、怒らなくなった、やさしくいうようになった、暴食しないようになった、というようなことは、正法会員には普通のことであって少しも珍しいことではない。自分の変わり方と、他の人の変わり方とを比較して見るということもまた興味深いことである。

 

 

 恐怖心をなくするには、

 いつも失敗しやしないかという心をなく

   するにはどうするか。

 

 

 いつも何かを恐れ、失敗することを恐れてなにもできないという消極的な人がある。石橋を叩いてもなお渡り切れないという人がある。

 これまでの宗教家、道徳家達はみな「恐怖心をもってはいかん、勇気を出せ」と叱咤激励してきた。だからそうしようと思うのであるがこの方法で成功することはむつかしい。非常な克己心がいるし精神的に苦痛が伴う。いわゆる道徳、修養という方法で成功した人が少ないのは前にもいったように想念の使い方が間違っているからである。

 「潜在意識で思ったことが存在に入る、運命となって現れる」

 このことを知っておけば、自分の性格、運命を変えることはラクになる。

 子供に「勉強しなさい」と言っている母親の心の中に(潜在意識)、「この子は勉強しないから」という想念があったとしたら、子供は必ず母親の目を盗んで遊ぼうとして勉強しないのである。

 子供をどうしたら勉強好きにするか=@それは母親が、いつも心の中に子供が喜んで勉強している姿を描いて、それが子供の姿であると信じ、そうして子供が勉強している時に心の中から喜んで「よく勉強しているね、ありがとう」と子供をすかさずほめることである。そんな時「今は机の前に坐っているけど、いつ飛び出すかわからない」というような思いを持つと、子供は机の前に坐っていることがつらくなって、母親が心に思った通りに子供は勉強しないで飛び出してゆくのである。

 「恐怖心をなくしよう、失敗をなくしよう」と思うことは、いつも恐怖、失敗を心の中に描いていることになるから絶対になくならないのである。

 デーリーの同僚の中に、つねに恐怖心を持っているという習慣の者がいて、その彼はその恐怖心を完全に克服して、どうすれば恐怖心をなくすることができるかを指導している者がいた。

 デーリー自身は、「いつも心が愛に満たされていれば自然になくなる」といっている。

 デーリーは「自分の心の中には全然恐怖心がないように見える時にも私の肉体細胞には恐怖心が残存していることを知る時がある」といっている。この肉体細胞のする恐怖は、種族の持つ恐怖意識として、信じ得ないほど過去の時代から人間の細胞の中に植えつけられたものである。

 自分の理性では、このような肉体細胞の持つ恐怖は、非論理的で不合理なものであると知っているにも拘わらず、恐怖心をなくすることはできない。未知の妖怪の前には、自分の理性では何ら恐るべきものではないという勇敢にいうのであるが、「自分はまだ鳥肌が立ち、背骨がゾッとする思いがする」といっている。

 このことをよく理解するには、肉体細胞も心を持っているということがわからないといけない。肉体細胞の心は、何回も同じことをくり返すということによって方向づけられてゆくのである。ここに何べんも何べんも同じことを練習するという意義があるのである。自分の意識は知らなくても、肉体細胞の意識、心が知っていて咄嗟に反応するのである。よく勝った相撲取り、柔道や剣道の選手が、「思わないうちに身体が先に動いた」といっているのがそのことである。

 これまでタバコを吸っていた人がやめる。頭ではやめようと思っているのに、つい無意識のうちにタバコに手が伸びる。唇がさびしくなってつい吸っているというようなことになるのは、それは永年の習慣で、指の細胞、唇の細胞が知っているからである。

 肉体細胞の心は、何べんも同じことをくり返すことによってつくられてゆくのであるから、ここにしつけ≠フ大事さが、同じことを何べんもくり返すことの必要性が出てくるのである。

 デーリーが、心の中には恐怖心はないのに、時々肉体細胞が恐怖することがあるといっているのは、デーリーが極悪犯人で何回も脱獄を企てて、度々死に追いつめられるほどの仕置きを受けたことを理解しなければわからない。似たような雰囲気にふれると、一つでも同じ似たような条件にぶっつかると、反射的に死の危険から逃れようとする恐怖心が背筋を走るというのである。アメリカのベトナムからの帰還兵が、街の騒音の中でジャングルの中から不意に敵に撃たれた恐怖心を感じて、耳を覆って動けなくなったとか、或いは、静けさの中に、ジャングルの静けさの中から不意に撃たれた恐怖を感じて突然ウァーッと叫びだしたとかというのも肉体細胞が記憶している恐怖心からであり、種族の集団的な恐怖心、それは信じ得ないほど過去の時代から人間の細胞に植えつけられたというものの代表的な例は、今から5億年前くらいの時代から巨大爬虫類時代があって、人類が蛇に悩まされてきたその恐怖心が、大抵の人が蛇を無意識のうちに嫌う、恐れるというものになってきている。

 子供を育てる環境が、幸せな環境であれば、その幸せな環境はその子供の肉体細胞に染みついてその子供の雰囲気となり、歪みがあればそれは歪みとなる。よく「育ちが違う」ということ、人間は一人一人の匂い、香り、それはそれぞれで肉体細胞の心が印象したものである。高貴な香りがする。さもしい匂いがする。人によっていろいろある。

さて本題の、「恐怖心をなくすには」「失敗の想念をなくするには」どうすればよいか。

 このところを単に、「恐怖心をなくしよう」「失敗しないようにしよう」と思うだけではそうならないことはわかっていただけていると思うが、恐怖心をなくするには、まず愛を実践して、自分の心の中を愛の想念によって満たすことである。

 

神の独り子、神の子として、神に愛されている自分であることを信ずること。

 自分が神の子であるから、自分の心の中に既に神の愛があることを信ずること。

 周囲の人々、物は、すべて自分を愛してくれる存在であり、また、自分が愛しなければならない存在であることを知ると。

  愛はそれを表現した時に愛の喜びがあることを知って実践すること。 

 

どんな小さなことでもよい。家族の存在を喜んで家族をほめることでもよいが、まず最初にしなければならないことは、自分で自分を認め、自分をほめることから出発しなければいけない。

 恐怖心をなくしようと思うことは、いつも恐怖心を心に思っていることになるのであるから、恐怖心をなくしようとする努力はやめて、自分を愛し愛されている存在であることを思い、愛を実践することである。そうすればいつしか恐怖心は心の中から自然に消え去ってしまうのである。

 「失敗しないように」と思うのではなくて、「つねに成功するのである」と思うことである。そう思っていても失敗したとしたら、「また失敗した」と思わないで、「これで成功へ一歩近づいた」と思って成功への努力をつづけるのである。「失敗は成功の母」といわれているように失敗を恐れてはならない。

 ある人は、神を信じて飲酒の肉体的な習慣はなくなった。その代わりその人は、他の飲酒する人を攻撃するような癇癪持ちになったという。その人は半分、神を信じて、半分は理性で飲みたいという欲望を押さえたからである。本当は飲みたいが、飲んではいけない≠ニ思ったからである。

 だから、神を信ずることは100%でなければならない。

 デーリー自身は数年来の徹底的飲酒家であった。彼は飲酒した後のよい心地をたのしむだけでなく、その味そのものを愛していたのである。ところが、神を信ずるようになって以来、酒を飲みたいという思いは消えてしまったのである。

 彼はいう、「いつ、どうしてその習慣がなくなったのか自分としてはわからない。今や酒類は自分にとって何の誘惑もなくなったのである。同時にそれに対して何の恐怖をも私は感じない。また酒にふける人にも何ら憎しみを感じない」

 

 本人もそうであるが、酒飲みの夫を持つ妻はどうすればよいか。

 普通以上の酒飲みは、心の中に隠している秘密がある場合がある。それに集積された欲求不満がある。そういうことの原因が自分にもあるのではないかということを反省して、夫が既に酒を飲んでいないで元気に溌剌として安心して働いている姿を心の中にアリアリと描いて夫を信じてゆくことである。

 女は、夫を愛することによって、夫自身の持っている業をも消滅させる力を持つものである。

 女の愛は偉大であるのである。

 

 人間の品格(あの人は品があるとか、ないとかという。また、上品だとか、下品だとかいう)、風格は、その人の思っていることと、もう一つはその環境によって肉体細胞の心が知ったものによってつくられてゆく。

 また、あの人は学校の教師だとか、警察官だとか、その人の身体つき、雰囲気によって大体の職業が判断できるというようなこともやはりその人の心と肉体細胞の心によってつられてゆくわけである。

 しかし、根本はその人の心なのであるから、心が肉体細胞を支配するのであるから、心が、環境に負けないで毅然としていれば、その心の通りの雰囲気ができ上がるのである。

 だからして、「これからタバコを止めよう」とか、「これから酒をやめよう」というような消極的な想念をしないで、既にタバコを吸っていない自分、酒を飲んでいない自分をアリアリと積極的に想念することである。

 よく新聞や雑誌等の人生相談欄に、万引きのくせがあるので、やめようと思うがやめられないで困っている、どうすればよいのでしょうか≠ニいうのがある。

 その人達は常に、「悪いからやめよう」と思っているから止められないのである。悪いから止めようと思うことは、いつも心の中で万引きしている自分を想念していることになっているから、その想念していることがいけない、いけない≠ニ思いながら形に現れてしまうのであるから、そうではなくて、万引きしていない健全な自分の姿を想念すればよいのである。消極的な想念は運命を変える力はない。積極的な想念が運命を変えるのである。

 その想念も、単に漠然とした想念ではなくて、精神を集中統一してアリアリと、既にそうなっている状態を想念しなければならないのである。

 だから一番よいのは、瞑想禅定して想念することである。妻は夫の業を浄化する力を持っているのであるから、夫を成功させようと思ったらアリアリと夫が既に成功している姿を心に描けばよいのである。

 

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

(八)

正法誌 No.147  1990年11月

 

 

   神があるから不幸も病気もある

 

 私は、スター・デーリーの哲学と宗教をなるべく早く細かく教えて、皆さんを救いの道に導こうと思って書き続けていたが、今月号の原稿を書くにあたって、どうしてもこのことを早く教えて置いた方がよいとの啓示を受けた。

 

 

 ほとんどの人が不幸や病気になると、「神も仏もあるものか、神、仏があったら、人間をこんなに不幸にしたり、病気にしたりして苦しめる筈がない」と考える。

 しかし、「神、仏があるから、不幸になり、病気もするのである」ということは、神を冒涜することだと考える。そうなのであろうか、そうではないのである。

 そのことについて、スター・デーリーの師であるライファーはこういっている。

「悪はそれ自身で存在し、自立しているのではないのである。いやしくも存在する限り、その存在の力は神によって支えられているのである。

 病気の如きも、いやしくも存在する限り、病気それ自身の存在を保ち得ているのではなくて、生命があるから病気の姿が存在し得られるのである。生命が肉体から脱け出してしまったら、病気の症状も存在し得ない。即ち、症状は生命のはたらきである。

 症状は、善なる生命があらわれんがための経路としての状態である。だから、善のみ存在するのであって、悪と見えるものでさえも、善によって存在の姿があらわれ得るのである」

だから、ライファーの精神統一法は、ただ霊的想念、善なる想念、久遠永遠の生命の念をもって満たせば、結局その反対のものは消滅する外はないというのである。

 

 

 ライファーは、唯、坐って、愛としての神を想念し、それに対して心を集中する。その時間は地球の牽引力が最も強い午前4時頃がよい。しかし、この時間に起きにくい人に無理に起きよとはすすめていない。しかし時間はかまわないが、この方法を数週間熱心に試みれば、愛としての神に心を集中することによって、他のいろいろな弱小の想念を駆逐することができ、たとえ、神的意識に入りきることができなくても、この方法を実行することによってはるかに偉大な精神的勝利をかち得ることができるといっている。

 デーリーは、この方法は、「もはや自分にとって努力ではなくて、それは却って、喜び深き習慣である」といっている。特には、数分間で神的な澄明な澄み切った意識にはいることもあれば、時には1時間、2時間も要することがあるといっている。

 

 

 人間的にどっしりとした、ゆるぎない落ち着きを持つには、ここに書いてあることをよく自覚して、神的想念の中に浸り切ることである。私が、他のどの宗教家も持つことができない安定した澄明な雰囲気を持っているとするならば、私は常にこの精神統一法、禅定をやっているからである。この精神統一法、禅定をすると、その人の雰囲気の中に愛を感じ、絶対的な信頼感を感じて、いつまでもその人の傍にいたいようななつかしさを感ずるようになり、かといってなれなれしくはなれない近寄り難い、冒し難いそれでいて円満な雰囲気を感ずるようになるものである。

 

 

 この想念をすれば、その人の雰囲気にふれただけで人々の苦しみ悩みや病気は治ってしまうような気分になる。それはその人々の気づかないうちに魂の中で癒しが行われているからである。

 正しい禅定をするには、ここに書いたことがよくわからなければいけない。その人の祈りがきかれるかどうかもこのことがわかるかどうかによってわかれる。私の祈りが常にきかれるのは、このような想念をしているからである。

 多くの人々は、神の外に、神に対抗する悪があると考え、神に近づくには、まずこの悪を除かなければならないと考え、「この悪をなくならしめ給え」と、悪、病気、不幸がなくなることを一心に祈る。それは「悪あり」として執着していることになる。

 悪、病気、不幸をなくしようと思っていることは、常に心の中に「悪あり」と認めていることになるから、自分の心で認めている限りは悪はなくならないのである。

 神は絶対善であるから、神の世界には悪も病気も不幸もない。神は悪、病気、不幸を、つくられないから、神がつくられない悪、病気、不幸を神になくして下さいと祈ることは矛盾である。

 しかし、なぜ、神の生命があるから病気、不幸になるというのであるか。

 神は、われわれが提供した想念の鋳型通りに創造してくれるのである。日本の神道で、なぜ鏡を身体としているかというと、鏡そのものはいつもピカピカ光っているが、その人がきれいな顔を出せばそのままきれいな顔を映し出してくれるし、渋面した顔を出せばその通りの顔を映してくれる、鏡の中に、渋面した顔や不幸があるわけではないが、出した人の心の通りを映し出してくれる。

 神は、病気や不幸をつくって人を罰せられることはしないし。神はただ「原因と結果」の法則だけをつくられた。その人が常に善念を持つならば、その結果としてその人にはよいことだけが現れるし、その人が悪念を持てばその心の通りにその人には病気や不幸が現れるのである。

 神は「原因と結果」の法則をつくり「反省」という慈悲を与えて人々を救おうとしていられる。いや、これから救われるのではない。

 既にわれわれは神の子として救われているのであるが、そのことを自覚していない。そのことを自覚せしめるのが「原因と結果」の法則と反省である。

 では考えてみていただきたい。

 神は愛であるからといって、その人がどんなに悪いことをしても、絶対に病気にも不幸にもならないとしたら、一体人間はよくなるであろうか、世の中はどうであろうか。

 神は罰は当てられないが、その人が悪い暗い想念を持つと、その人がそういう想念を持った結果としてその人は病気になったり不幸になったりするのである。

 人間は、健康で幸福であると、「これがホントだ」と思い、「これが永くつゞくように」と願う。その反対に、病気や不幸になると「これはホントではない」「こんなことが永くつづいてはたまらない」と思う。

 「では、どうしてこの病気や不幸をなくしようか」といって反省を始める。反省することによってその人は病気、不幸になった原因を知り、再びそのようになる原因をつくってはならないと決心して善なる心を起こすようになる。

 われわれが正しく生きることに障害になるものは、「原因が結果」となることにより、「反省」ということを通して人間は正しく生きるように計(はか)らわれているのである。

そういう仕組みを通して神は悪い心を持つ人をも救う。いや、これから救われるのではない、どうしなくとも既に神の子として救われていたのであるという、神の愛の偉大さを自覚しなければならないのである。

 たとえば、一番かわいがっていた子供が病気した、不幸になった、そういう時に、「どうして神はこの子をこんなにされたのであろうか、神の仏もあるものか」とそう思ってはならないのである。

 「あ、これはいけなかった。自分達はこれでよいと思ってきたけれども、子供がこういうことになるということは、自分達の考え方、行いに間違いがあったといことだ。なにも知らないこの純心な子供を、こんな病気、不幸にして苦しめてしまったのはこれは自分達、親がいけなかったのである。 神さま、私達が気づかないところを教えていただきまして、ありがとうございます」と、神に感謝しなければいけないのである。

 或いは、自分が病気や不幸になった時も、すなおな心で神に感謝して反省をすると、すっとよくなるのである。

 他力信仰では人は絶対に救われないというのは、他力信仰では病気や不幸の原因は自分がつくったのではなく、神の罰として神が与えられ、神の怒りにふれたのであると思って、一向に自分のことは反省せずに、神に祈って拝んで、神さまの考えを変えよう、神の怒りを鎮めてもらおうと考えるからである。

 

 

 自分がどんなに神に叛いても、それでも反省という慈悲を与えて救わずにはおかないという神の慈悲のありがたさにわれわれは泣かなければいけないのである。

 「神があるから、病気や不幸になる」

 ということがよくわかるようになると、人の病気、不幸を見た時に、「神よ、このようなことを通して、この人を救わんとしていて下さる神さまの慈悲に感謝いたします」と、目の前にいる病人や不幸を見ながら、それにとらわれないで神に感謝して神の慈悲の深さをその人に伝えることができる。

 そうして、その人が病気であり不幸であっても、そのまま神の慈悲の深さに感謝できるようになった時に「神癒(しんゆ)」の奇跡が行われるのである。

 すべてのことの奥に、神の慈悲が見えるようになった時に、それを「一切の執着から離れる」というのである。

 このことが、すぐわかる人とわからない人がある。

 

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

(九)

正法誌 No.148  1990年12月

 

 

    無我帰依  すなおになる

 

 仏教では、「柔軟心」といい、キリスト教では「幼児のごとくなれ」という。すなおになればよいということは誰でも知っている。要は実行しないだけのことである。

 しかし、さて実行しようと思っても、どこから、どのように実行したらよいかわからない。誰に聞いてみても、「いや、それはすなおになればいいのですよ」ということしか答えてくれないというのが今までの宗教家であったのである。

 そこを正法では、「まず父母に感謝しなさい」と教えるのである。人間の一切の不幸は「父母に感謝していない」という所から起こってくるのである。

 

 

ライファーはデーリーにある日こういった。

 「果実は熟するまではやわらかくならない。

  魂が熟してやわらかくなるまでは、もぎとってはならないのである。熟さない魂を収穫することは不塾の麦を刈り入れるのと同じことである」

   ライファーは魂が神に対してやわらかくなるという意味を、「降伏」という語と「よなげる」という字を使って表現している。努力や抵抗や妥協なしに、そのまま素直に従うという意味の極めて自然なやわらかさを意味している。

 ライファーは、

「人間にとって最も必要なことは、自分自身をすなおにすることである。赤ん坊のようにすなおな心によってから、神への全的降伏が「よなげ」の形であらわれてくるのである。その状態になって始めて真に『無我全托』といい得るのである。人間はその時白紙の状態になる。虚栄心も、自己欺瞞も、見せかけの心も、すべてこうした暗い、つぎはぎだらけの心はなくなってしまう」といっている。

 

 

 このことは前にも書いたことがあるが、改めてまたここに書くのは、何を置いてもまず「すなおな心」にならなければいけないからである。人間は誰しもが「我が強くてはいけない。我が強いと不幸になる」ということを知っている。

 デーリーは、「人を攻撃する人は、自分の心の中に、自分で自分を満足することができない不安があるので、自分自身に対する不信感が他人を信じられないといって他人を攻撃するようになるし、しかし、自分を自分で正しいと思いたい、信じたいという心が自己弁護となり、人を悪くいうことになるのである」といっているのである。

 他人のうわさを聞き、他人の中傷、悪口を聞いてすぐそれを信じ、それを人にもいって快感を感ずるという人間は心の中に欠点を持っている。自分で自分を悪いと思っている人なのである。

 自分で自分の心に自信を持てない、自分自身に対する不信感を持っている人達が、見せかけの虚栄心が強く、自分をりっぱに見せたい、人からりっぱだと思われたいというので人にウソをつくようになるのである。

 

 正法をやるようになると、人間はどうしなくてもりっぱな神の子であるということがわかり、自分自身にすなおになれるから、必要以上に自分の身を飾ろうとする虚栄心はなくなり、ウソをいってりっぱだと思われようという必要もなくなるのである。

 だからして、正しい宗教指導者は、敢えて大きい家に住もうとも思わないし、身を飾ってりっぱな服装をしようとも思わない。大きな家に住み、りっぱな服装をし、何人もお供の者をつれて歩く指導者は「正しい心」を持っていない人達であるということがいえるのであり、正しく神理を知ると人の心がわかってくるから金銭的な要求などしないのである。『大霊界』という本を出している長崎の隈本確氏は、一回ちょっと逢うだけで6万円取るのだそうであるが、動物霊に憑依されている教祖は、金に汚くなるものであることを知って置く方がよいであろう。

 

 

   日曜日を愛の実践日とした

 

 デーリーは日曜日を愛の実践する日にした。

 キリストの愛を模倣して実践する日にした。デーリーは刑務所の病院で看護夫をしていた。デーリーはいつも心が愛に満たされている日ばかりがあったのではない。愛の心が昂揚して人のために自分から進んで何かをしてあげずにはいられないという日もあれば、なんもかもが面倒くさくなって、心がしらけてうっとうしくて、何もしたくない日もあったというのである。愛を実践する日と決めた日曜日がたまたましらけた日になってしまったとしたら、その日は知性と理性を働かせて、自分に与えられた仕事以外のことで何か慈善になるようなサービスを患者にしてやり、そしてできるだけ患者の欠点を見ないようにして、患者をすばらしい神の子として見るようにした。それをデーリーは、キリストの愛の模倣≠ニいった。

 

 

   霊の干満

 

心がはずんで何かをせずにはいられないという日があり、何もしたくない日もあるのをデーリーは「霊の干満」といっている。

 何もしたくないうっとうしい日もがあって、「あゝ、今日は何もしたくない」といっていつもしていることをやめるとしたら霊は進歩しない。道は開けない。そういう時、さらに自分で自分を力づけて勇気を出してやるということをすると、心はよい傾向性の方へ位置づけてよいカルマをつくり、自分で自分の心の向上、魂の進歩を図ることができるのである。これは何事もそうである。

 プロ野球の選手も、相撲取りでも、或いは書道の稽古でも、途中で「あゝもう今日はやめた」というようなことをやっていたのでは上達しないのと同じである。

 自分の心は自分で訓練しないと向上しないのである。他力信仰をしていてついにダメになる人はそうした心の訓練をしなかったからである。

 デーリーは、愛の心が起こらなくなると、聖書の「ヨハネ第一の書」の章句を読んだ。「神は愛なり、愛の中に住まうところの者は、神の内に住まうのである。神は彼の中にある」

 その時にデーリーはいつも、神は愛であるならば、神は至る処にいたまうのであるから、自分は愛の大海の中に呼吸しているのであるということを憶い出すのであった。

 

 

   愛の瞑想 慈悲の禅定

 

「神の愛は、自分の上にも、自分の下にも、自分の右にも、自分の左にも、自分の前にも、自分の後ろにも、自分の外の周囲のすべてにも、そして自分の内にも、自分の全身の細胞の一つ一つの中にも、神の愛は満たされているのである。」

  (デーリーの念じ方はもっと簡単であるが、これは私がやっている「愛」の瞑想である。)

デーリーは目を閉じて、自分の心の底深くこれを念じていると、あの土牢の中でイエス・キリストが現れて、愛深い眼光でじっと見つめられていた時の深い感情をよく再現したという。

 

 

   愛の祈り

 

愛による最高の祈りは、どんな相手であっても、それが自分に敵対した者であっても、その相手が幸福になるように祝福する祈りであって、この祈りが効かれないということはないのである、と私はいってきたが、この「愛の祈り」をするには、前に書いたが「愛の禅定」をやって、自分の心が深く愛に満たされた時にやる方がよい。この「瞑想」と「祈り」をすると、自分の環境が変化し、また相手の環境も変化してくる。事業をやっている人は相手先、得意先を祝福するとよい。

 パウロは、「信仰によってキリストが汝らの心の中に宿るのである」といっているが、デーリーは、「愛の瞑想」をしていると、この言葉が真実だということを実感することができるという。

  神の愛を心の底深く念じて患者を見廻っていると、すると一人一人の患者に対して、その患者に適当な慰め、また励ましの言葉がすらすらと出てきて、また、患者の人にぴったりの親切をしてあげることができるという。

 

 

   医者(外科医)の祈り

 

デーリーは刑務所病院の手伝いをしていたから、外科医と患者と自分も一緒に手術室に入る時「愛の瞑想」をした。手術後の患者の回復も早く順調であった。

 全国の病院の医師と看護婦が、デーリーがやったように「愛の瞑想」をして治療すると、今までにない奇蹟が起こって治療効果があがるのである。

 私は、医師は宗教家となるべきであるといってきた。いづれそのことに医師は気づくようになってゆく。

 

 

   医師による宗教改革

 

現在の新興宗教の信者、会員、またあちこちの祈祷師等の間をうろうろしている人達は霊的、精神的、肉体的な病人がほとんどである。

 そういう人達は、そういう信仰に入る前に一ぺんは必ず医者の門を潜っている人達である。しかし、医者で直らなかったからというので、それがいかがわしい信仰であるとも気づかずに信仰に走るのである。

 だから全国の医師が、「正法」を知れば、そこで霊的、精神的、肉体的病気のすべてを直すことができるから、その人達をまちがった、おかしな宗教に走らせなくてもすむことになる。そうなれば、自然に新興宗教はつぶれて、街の怪しげな祈祷師、霊能者も一掃されることになる。

 いづれ、医師の集団の研修会もしなければいけないと思っている。

 

 

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

(十)

正法誌 No.149 1991年 1月

 

 

   愛し得ない者を愛するためには

 

 霊の完成は、慈悲と愛の心を持つことである。持つというと、慈悲と愛の外に自分の心というものがあって、そうして自分が慈悲と愛を自分の心の内に取り込むというような意識になりがちであるけれども、それは言葉の表現の仕方の違いであって、自分が、慈悲そのもの、愛そのものになり切ることなのである。

 「神は愛なり」というのも、神の外に自分があって、その神とは別な自分があって、その神とは別な自分が神に近づいて神を愛だと知ること、わかることだというような意識を持ちがちであるけれども、本当は自分が神だということがわかることなのである。

 「神人合一」とか「神と一体となる」という表現の仕方もあるが、こういう言葉はどうしても、神の外に人があるという、神と人とは別々の別れた存在であるという感じがつきまとう。「宇宙即我」の境地は、そのような神と人は分かれて存在でるという意識はなくなって、すべての人も物も悉く神の生命であって、神の生命の外には何ものも存在しないということを悟ることができた境地をいう。

 神をはるか彼方(かなた)の高い所に描いて、ずっと低い所にいる自分がだんだん努力して神に近づくという発想、また、神は完全なる善であり、人間は醜悪なものであり、その醜悪な罪の子、罪悪深重の凡夫が、努力精進して神仏に近づくという発想、一見、考えるともっともらしく考えられるが、しかし、このような考え方には救いはないのである。人間がいくら努力精進して向上して、高くなっても、神仏はいぜんとして高い無限の彼方にあって神仏に近づくことはできない。

 人間は罪の子であり、罪悪深重の凡夫だと思っている人は、ちょっと考えると敬虔で謙虚に見えるけれども、それは表面だけのことであって、本当は人間は永遠に救われない地獄に行く存在であると恐怖しているようなものであるが、ほとんどの宗教指導者はこのことに気づいていない。

 このことを警告しているのは、禅宗の公案の、「木は石にならぬ」「瓦は玉になるぬ」という言葉である。罪をいくら磨いても善にはならないのである。悪人をいくら磨いても善人にはならないのである。悪人が善人になるのは、悪はいけないと知って悪を捨てて、善を現すことによって善人になるのである。泥をかむっていたダイヤモンドの原石も、磨けばきれいな光を放つようになってくるのは、それは元々(もともと)ダイヤモンドであって泥をかむっていただけであったから、その光を放つのを妨(さまた)げていた表面の泥を取ったから、生来のダイヤモンドの光を放つようになったのである。だから、「木は石になるぬ」「瓦は玉にならぬ」というのでる。そこまでは禅宗はいっていながらそれから先「空になれ」「無になれ」といっているところに禅宗がよく人を救うことができない原因があるのである。

 

 

 「人間は神の子」であるというと、「人間は罪の子」であり「罪悪深重の凡夫」だといっている宗教家や宗教学者は、それは傲慢である、そういう傲慢な心で人間は救われるものではないというのである。そういっているのは真宗学者と真宗の僧侶に多い。

 しかし、真宗の僧侶の中にも傑物(けつぶつ)の人がある。北海道のある浄土真宗の和尚さんは、17歳の時

 「罪悪深重の凡夫が、なぜ南無阿弥陀仏≠唱えることができるのか」ということで悩まれた。死ぬような苦しみの中で悟られたのは、「仏性があるから念仏できるのだ、念仏を唱えたくなる心は、罪とは本来全く関係のない仏性が唱えるのだ」とわかられたという。

 そうなのである。人を愛しようと思う心は、罪とは全く関係ない人間の本性からの心である。

 人間の心の中から、人を愛することのできない罪の意識がだんだん少なくなって、人を愛しよう、そうすることが当然だと思う愛の心の領分がふえるに従ってその人は善人となり、やがて完全に愛の心を現す如来になるのである。

 だからして、悟りに入る根本は、「人間は神の子である。自分は神の子である。その神の子の生命を顕現するのである」とわかって禅定し、そして実践することからである。

 

 

 スター・デーリーはこのことを悟っていたのである。

 ある日、デーリーの宗教的会合が終わった時、一人の娘が面会を求めてきた。その人は毎日毎日が苦痛と恐怖の日々であった。その原因は、同じ職場にいる女の子が嫉妬していろいろな嫌がらせをし、中傷をし、そのためにノイローゼになりそうだというのである。

 そこでデーリーはその少女に、「あなたの心を愛によって満たしなさい。出勤する前に、この世は神の愛によってつくられた世界であるから、自分の関係のある人すべての人、特に自分の職場に関係のある人、そしてその彼女も愛に満たされ、自分と彼女とは愛において一体であるという瞑想をしなさい」と教えた。

 彼女の問題は恐怖であった。その同僚の彼女のいやみ、おどかしからの恐怖であった。

 デーリーはヨハネ第一書四章一八節

 「愛の中に恐怖はない。完全なる愛からは恐怖は逃げ出す。恐怖して苦しむ者は愛に於いて完くなることができない」

という聖句をいつも唱えるようにいった。そうして、「あなたの心を愛の想念によって満たすのです」といった。

 「その彼女がそうしたからといって、そのことに反作用を起こして腹を立てたり憎んだりしないようにしなさい。愛を持って彼女の嫉妬を溶かしてしまうのだ。そうすると彼女こそ、あなたに愛の貴さを教え導いてくれる『神の手段』だということがわかるでしょう」

 これはなかなかむつかしい問題である。恐怖憎悪の念を愛念に変えるということはなかなか大変な仕事である。

 デーリーは度々手紙を書いて彼女を鼓舞した。

 数週間後に彼女は愛のリズムをとらえることができた。その結果、いやがらせをしていた彼女の心も解けて親しい友人となることができ、かくして二人とも、より一層高い境地に登り、自分を押し上げることができた。

 前に書いたように、一番むつかしいと思っている相手ほど、自分を愛に高め上げてくれる神の使者なのである。自分の内から愛を引き出して愛の尊さを教えてくれる人なのであるから、怨み憎んでいる人ほど感謝しなければならないのである。

 日本の宗教(神道、仏教その他新興宗教のすべて)は、こうした愛の実践の尊さを少しも教えてくれない。ただ自分の欲望を満足させたいと思うだけの欲望集団になっている。

 キリストは愛の尊さを教えたがキリスト教会もまた、ライファーやデーリーが教えてくれているような愛の実践の尊さは教えず、ただひたすらにキリストの、み名を唱えて自分だけが人よりも先に救われたいと願うだけの欲望集団になっている。

 日本の宗教界の指導者が、私がここに書いたことだけでもわかってくれたら日本の宗教界は変わり、本当に正しく救われて日本という国はすばらしい国になって、宗教的に人類を救う世界の指導国家になることができるのである。

 

 

 NTT本社研究室にいた荒木哲郎さんは、その才能を見込まれて福井大学電子工学科の助教授に迎えられ、東京から郷里の福井に帰られた。東京にいられた時、正法会の企画委員として参画してもらった。

 長女の六年生の康子さんは福井の小学校に転校された。日が経つに従って康子さんの顔がさえなくなり帰りが遅くなった。ある日、お母さんは康子さんの部屋に小さな紙切れが落ちていたので拾って見ると、「私は死にたい」と書いてあったのでびっくりされた。

 そうして聞いてみるといじめ≠ノ会っている。帰ろうとすると靴がかくしてあって探すのに困っていると泣き出した。つぎの日、授業が終わる頃お母さんが学校へ行ってみられると、靴箱に靴が並んでいる。「今日はよかったな」と思って近寄ってみると、靴に一ぱい水が入れてあった。それでお母さんは担任の先生に話されたらそういうことは全然知らなかった、これから気をつけますということであったが、多分あの子かも知れないと予測されたが現場を見ていられないので断定するわけにゆかない。

 その話を奥さんから聞いた哲郎さんは、「それなら『愛の祈り』をしよう」と三人で祈られた。

「靴をかくした人よ、あなたは神の子です。神の子としてどうぞ幸せになって下さい」 そうしたらつぎの日からばったりそれがなくなったというのである。

「祈りはすばらしいですね」と荒木さんは目に涙を浮かべて話された。その内に犯人もわかったが、今は仲のよい友達になっているというのである。その子は余り恵まれない家庭の子供で、東京育ちの康子さんが、言葉も態度もきびきび、はきはきして、先生からほめられるのが羨ましかったということだったそうである。

 デーリーがいっている通り、愛と赦しの祈りをすることにやって荒木さん一家の心は高まり、そうしていじめ≠やっていた彼女をも救うことになったのである。

 ある人は「憎んだり怨んだりしてきた相手こそ、自分の魂を救ってくれる人なんですね」といわれたが実際にそうなのである。その人は、「今まで自分によいことをしてくれた人にだけ感謝して、わるいことをした人を怨んできましたが、正法がわかってくると、怨んだり憎んだりしてきたとその人にこそ感謝しなければならないのですね。よいことをしてくれた人は、自分の魂の向上には余り力になっていないのですね」とまでいわれた。私が話をした私の体験からそういわれるのであった。

 

 

 それは私が中尉で中隊長をしていた時である。昭和一七年秋、既にソロモン群島のガタルカナルにアメリカ軍が上陸してきて日本軍は敗退しつつあり、そのガダルカナル島救援のために第六師団は昭和一七年一二月上海に集結してガダルカナル島に向こうことになった。しかし、一八年一月ガダルカナル島は撤退したためブーゲンビル島に行くことになった。アメリカ軍と戦闘することについて、連隊長と私の意見が衝突した。そうして一八年七月ニュージョージア島でアメリカ軍と激戦して一週間後、「鹿児島の連帯付けを命ず」という陸軍省の異動電報をもらって私は単身鹿児島に帰ることになった。私が第一線から帰る頃、同級生はみな大尉に進級したが、私は中尉のままで進級しなかった。この時位残念なことはなかった。連隊長と意見が衝突したことで私は神経衰弱(ノイローゼ)になったと判断され、それで進級も停止され鹿児島の連帯付けにされたのであった。既に日本軍は敗退しつつあったから鹿児島へ帰ると途中いろいろ苦難があって、一八年七月ニュージョージア島を去った私が、無事鹿児島に帰り着いたのは一〇月であった。約三ヶ月かかった。その間に私の所属していた大隊はブーゲンビル島のトロキナ作戦で全滅したのであった。その報を聞いたのは横須賀の海軍病院であった。私は帰る途中航空母艦の中でマラリヤ病が再発して、毎日四〇度近くの熱が出て歩けなくなったので横須賀に着くと海軍病院に入れてもらったのであった。私はベットの上で全滅した上官、部下達の顔を思い浮かべ、自分ひとりが内地へ帰ってきて生きていることの申し訳なさに泣いていたが、その時、私を大尉に進級させずノイローゼにしてしまった、それまで怨んでいた連隊長に感謝したのであった。

 「あの連隊長が、私をノイローゼになったと思い込んでしまわれたために、私はあのブーゲンビル島で戦死することを免れたのであった」

 私はブーゲンビル島から日本へ向けて帰る時、第六師団司令部に申告に行った。その時師団高級副官が「君はどこが具合が悪いのか」と聞かれたので、「いいえ、ごらんの通りどこも悪くありません」と言ったら、「おかしいな、君のところの連隊長は、どうして君みたいな若い優秀な中隊長を内地に帰すのかな、まあ命令が出たんだから内地へ帰ってくれ」いわれたのであった。

連隊長は、自分の意見と衝突した私をノイローゼになったと思い込んで、そうして私を内地の部隊付に帰すように師団長に申告し、師団長名で陸軍省に申告されてそうして陸軍省の命令として私は鹿児島へ帰ることになったのであった。

 私があの時、連隊長のいいなりになっていたら大尉にも早く進級していたであろうが、その代わり、内地に帰ることなくトロキナ作戦で一番先に突撃して戦死してしまっていて、今日の国際正法協会もなく、正法によって沢山の人が救われるということもなかったわけである。

 今になると、連隊長が私をノイローゼになったと思い、大尉への進級を一年遅らせてしまわれたのは、きっと天上界からの支配があったからだと思う。

 そのゆえに、一時は憎んだこともあったその連隊長に私は心から感謝しているのである。 人間の運命には、その人の心がつくるものと、天上界の計画によって与えられるものとの二つがあるように思われてならない。

 私は私の運命に大きな変化がある度に、これは目に見えない天上界からの影響であると感じていたので、ぜひ「あの世とこの世」の関係を知りたいと、切実に思い始めたのである。

 「宇宙即我」の悟りを聞いたことにしてもそうであった。そのことが高橋信次先生に出会うことによってすべて教えられたのであった。

 

 

 今まで憎み怨んできた人があったら、その人こそあなた方の魂を高め清めてくれる人なのであるから、その人に「愛の祈り」を捧げてほしい。そうすれば確実にあなた方の運命は変わる筈である。

 

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

(十一)

正法誌  No.150 1991年 2月

 

 

 

私がなぜスター・デーリーの哲学及び宗教を皆さんに説くのであるかを改めて書いて置きたい。それは最近になって正法誌を読まれた人の中には、これは高橋信次先生が着かれた正法とは違うのではないかと思われる人もあると思うからである。

 釈尊は阿難が、「よき友を待つということは、教えの半ばにも達したことになるのでしょうか」と問うた時、「よき友を持つことは教えを知ることのすべてである」といわれた。

 自分の人格のプラスになる者はすべてよき友である。私が宗教家として立つことを決意した時、このスター・デーリーの本から宗教指導者の心得べきこと、個人指導の方法などたくさんのことを学んだ。

 昭和29年、スター・デーリーが来日されて東京で話を聞き、鹿児島、宮崎で世話することによって、そのあたたかい雰囲気にふれた時、私もこのような雰囲気を持ちたいと思った。スター・デーリーの傍らにいるだけで満ち足りた感じがしてなんの疑問もなくなった。極悪の凶暴性を持っていたとは信じられないほど、やさしい相貌と眼をしていられた。

私にいささかそれに似たような点があるとするならば、それは私がスター・デーリーのような雰囲気を持ちたいと常に念願していたからである。

 

 

   愛によって如何に彼は病を治したか

 

 私の講演中に、私の雰囲気にふれただけで病気が治りましたという人が時にある。

 それは私が、スター・デーリーがここに教えているようなことを常に実践しているからである。

 ある日曜日の午後、一人の青年が独房から病院にうつされてきた。その青年は極めて衰弱し、激しい消化不良を併発し、精神的にも感情的にも危険な状態にあった。主治医も生命の危険があると警告していた。

 デーリーは彼のベットの端に坐って彼の手をとった。デーリーの平和な愛の気持ちが直に相手の健康に影響を与えたのである。

 正法を知ってからは、私はその病人が神の子であり、既に神に祝福され、光に包まれて健康であることを念ずることにしている。どんな病人であろうとも、おろおろしてもうダメかも知れないと思ったことはない。その心が病人によい影響を与えるのである。

 デーリーはその青年の心を読みとった。彼ははじめて罪を犯した者の共通的な悲しみのとりことなり、神の審判を恐れ、自分が罪を犯したことによって母や妹が世間からも軽蔑の眼をもって見られ、辱められるであろうことに対する恐怖心のとりこになっていたのであった。

 デーリーは彼に神の愛の深いことを話した。神はいかなる大きな罪をも赦したまうのであることを聖書の一節を引用して話をした。

 「ここに愛がある。人間が神を愛するのではなく、神が吾ゝを愛するのである。」

 「聴け、若者、君は罪に属する者ではない。キリストにつつまれて君の罪は赦されたのである。さぁ、あなたの手をキリストの手の中に置きたまえ。」

 そういう話を聞いているうちに、この病人の心は平和になって深い眠りに陥った。そして翌朝目が覚めた時には精神は爽快となり、病気は癒えてしまっていた。

 「人間が神を愛するのではなく、神が吾ゝを愛するのである。」

 この聖句の意味をじっくりと味わうことができることが奇跡を起こせる原因になる。奇跡を起こすといっても人間が奇跡を起こすのではない。奇跡は神によって起こされるのである。人間が神を愛するから神が人間を愛されるのではなく、神が人間を愛していられるから人間は神を愛せずにはいられなくなるのである。

 私は「神よ」といっただけで涙が溢れてくる。神がいかにすべてのものを愛していられるか、神の愛に差別はない。差別があるように見えるのは人間の側の心のあり方、信じ方によるのである。

 デーリーはいっている。「愛は最も強力なる動的力である。その力によって生命の中にある創造力が目覚めて、活動を開始する普遍的な媒介である」と。

 人と人を結び会わせ調和させる力は愛であるが、物理的に化学的に物質を化合させバランスをとる力も愛である。人を神に結びつかさせるものも愛である。吾々が愛の観念の中にある時「生命原理」が吾々を通して活動するのである。吾々が何ものかを愛すれば吾々の中に、また吾々を通して何ものかが創造されるのである。

 神が一切のものを創造し、生かす力を愛という。神と一体となるとは吾々が愛を持ち、それを実践することである。分子と分子、原子と原子を結びつけ回転せしめる力も愛であり、吾々が息をし、ものを食べ、不必要なものは排泄して肉体を健康に保つ力も愛である。

愛の心を持ち、すべてのものを調和させること、それが神と一体となることである。

 ただ坐ってばかりいて何も実践せずには神を知ろうとしても神を知ることはできない。

 「最も賎しきものにも愛の心を注げば、それは高められ、大きな創造的色彩を帯びてくるのである」

 存在するものすべては神のつくり給うものである。神の創造されたものに貴いとか賎しいとか、美しいとか醜いとかの差別があることはない。差別して見るのは神の心から離れた人間の側(がわ)の心のあり方による。いわゆる美しいもの、貴いものだけを愛しようとする心は片寄っている。一見、賎しいと思えるもの、醜いと見えるものの中にも神の生命が、愛が生きていることを知るようになると、そうすることによって吾々の魂は高められ、吾々の心は創造的になって一切を生かす力を持つようになってくるのである。奇跡を起こす源泉も愛であるから、愛深くないと奇跡は起こせないのである。

 

 

 最近テレビで、いろいろな霊能者が出てきて、当てごとをしたり、念力でものを動かしたりして見せて、多くの人はそれをすばらしいと思っているが、そういうことはしなくても、その人の傍にいるだけで心が安まり、病気が治り、その人の話することによって一切の悩み苦しみが癒されるということの方がよほど奇跡ではないのか、抜き取ったトランプの数字を当てたりすること等が、一体どれだけの人々の幸福のためになるのか。

 心の正しいあり方即ち法を説かずに当てごとをするのは動物霊のすることである。当てごとをするな、占いに凝るな、心を正しくせよと釈尊は説かれた。

 孔子も「怪力乱心を語らず」といっていられる。

 

 

    食物は愛によって栄養価を増す

 

 「愛によって調理された食物は、それは全身に調和ある働きを与えて栄養をよくするのである。家庭で愛によって調理された食物は栄養価がたかいのであって、その調理法が上手であるからではない。概していえば家庭料理はみな愛の料理であるからだ。

 雇われた時間をつぶして給料をかせぐ目的のみで調理された食物を消化するのには、鉄の胃袋を必要とするのである。それはある種の普通の人たちには害ですらある。刑務所の食事が、その品質の如何にかかわらずうまくないのはそのためである。

 囚人に便秘が多いのは、この不親切な調理に原因がある。」

 

 

 どんなに貧しい家の食卓であっても、そこには愛によって調理された食事があるから、それを食べている人はみな健康である。金持ちの家に病人が多いのは、その家の雰囲気が不調和であるだけでなく、愛のない料理が出されるからである。

 学校とか病院とか、集団給食している所の食事がうまくないのは、給料を目当てに愛のない料理が行われているからである。集団給食を食べた人が一様にいっているのは、これだけの材料であれば、家庭でならばもっとおいしいものがつくれる、。ということである。

 家庭においても、もしその主婦が、愛のない調理、ぶつぶつ不平不満の心を持って調理するならば、そのような食事をさせられた家族からは絶えず病人が出る、ということになる。

 愛情を込めて切った一切(ひとき)れの大根と、そうでない大根とは味が違うのである。

 見た眼には豪華でおいしそうに見えるが、食べてみてさっぱりうまくないのが結婚式場の料理である。これも金儲けばかりが念頭にあって愛のない調理がされているからである。

 

 

    愛と家庭の調和について

 

 「どんな家庭でも、愛があれば復活する。愛の上に築かれ、愛によって維持されている職業は必ず栄える」

 

 

 愛がなくなれば離婚である。今、アメリカには愛がない。愛がないから離婚が多くなり、愛を失った子どもたちが非行暴力に走っているのである。犯罪を犯す人はみな愛が失われているからである。

 仕事も愛があれば成功する。

 

 

 スター・デーリーのことを書くのにはもう一つの大きな理由がある。従来、中国から伝ってきた仏教には、信仰をいかに日常生活に実践するかの教えが希薄である。だから仏教を信仰するといえば、拝むこと、お参りすること、お経をあげること、煩悩をなくすること、念仏題目を唱えること、そして「慈悲の心」、それ位しか念頭にない。

 そこへ行くと聖書には一ぱい、信仰する者の心得と日常生活の実践法がかかれている。

 だから私は正法会員は、高橋信次先生の本や私の本と同時に聖書も読んで欲しいと思う。

 

 

 「汝ら、幼な児の如くならずば神の国を見ること能(あた)能わず。」

 信仰する者の第一の心得は「すなお」になることである。少しばかり霊道を開いたという人達がいかに増長慢になり、それを真似しようという人達がまたいかに自分を誇示していたか。

 高橋先生は「実るほど、頭の下がる稲穂かな」といわれていたが、この「謙虚であれ」ということは会員に徹底しなかった。

 

 

「人はパンのみにて生くるに非ず、神の口により出づるすべての言(ことば)に由(よ)る」

 

 

「幸いなるかな、心の貧しき者、天国はその人のものなり」

 「心の貧しい者」とは、心の中に欲望、驕慢、地位欲、名誉、金銭欲、色欲、卑下する心等、いろいろなそうした心を持たない、心の中の人間を不幸にするようないろいろな心を持っていない、すなおな、からっとした、すっきりした、さわやかな心を持っている人のことである。

 これを「貧乏」でなければ救われないと解釈したらとんでもない間違いである。

 

 

「汝らは地の塩なり、塩もし効力を失わば、何をもてか塩すべき、後は用なし、外にすてられて人に踏まるるのみ」

 われわれは「地の塩」とならなければいけないのである。塩は、自分の形をなくして相手の中に浸透して相手の味を引き立たせるのである。大量に使えば腐敗を防ぐことになる。塩が少しも溶けずに「カチッ」としていたら、それは塩の役目をなさないから外に捨てられて人に踏まれることになる。

 「正法、正法」といって、正法を知ったがためにかえって増長慢になり、自我が強くなり、人と調和できないという人がある。

 それは正法ではない。正法を学ぶ者は、周りのどんな人の心の中にも溶け込んで行って、周りの人のためになり、その人を生かしてゆくような行動をしなければならないのである。

 漬物を漬けるのでも、まず塩が溶けて、大根や野菜の中に浸み通ってゆくのである。塩が溶けずに固まりのままだったらそれは捨てられるだけである。

 「正法、正法」といって自分の身を固くしていないか。

 過去に、「私は高橋先生の話を直接聞いた」「私はいろいろな本をよんで、みんなより知っている」と、威張っている絶対に溶けない塩のような人があったが、そういう人達は、いつのまにか正法も捨ててしまっている。

 

 

 私は、会の雰囲気の中に、キリスト教信者の待っているような、神に対する謙虚な雰囲気を待たせたいと思っている。

 「柔和なる者、地を嗣(つ)かん」

 心のすなお、やわらかい人が地上天国をつくる人になるのである。

 「神の前にひざまづく」という心を忘れてはならない。デーリーはキリストの愛の実践者である。愛をいかに生かすか。

 神道精神と仏教精神とキリスト教精神を融和させるのが正法であるから、それを知ってもらいたいと思っていることもあってデーリーのことを書いているのである。

 

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

(十二)

正法誌  No.151 1991年3月

 

 

     愛のみが最高価値である

 

  愛に満たされた看護婦又は看護夫は、愛のない一ダースの医者よりも病人を癒す力がある。だから職業的看護人には愛の霊的科学で訓練しなければいけない。医療機器や薬品薬品の乏しかった古い時代、家庭的な医者がよく病気を治し得た秘密は愛である。

 

 昔の医者は一つの病気には一つか、または二つ位しか薬を使わなかった。今の医者が一つの病気に対していくつもの薬をくれるということは、今の医者は病気治しが下手だということになる。昔の医者は、患者の家庭の事情、家族の構成から、その一人一人の性格から収入まで、全部知っていた。貧しい人からは金も取らなかった(中には強欲な医者もいたが)、医は仁術といわれていた。今は仁術ではやってゆけないような体制になってしまっている。患者もふえて一人一人ゆっくり時間をかけて愛の診察をしている時間もなくなってしまっているが、病人はすべて愛の欠乏症である。愛に飢えている人達であるから特に愛を必要とする。優しい看護婦(夫)さんに出会った時、患者は恐らく蘇生の思いがするであろう。愛こそは生命の源泉であるからである。

 

 歴史に最も永く記録されている人たちは愛の人格者である。人類の憎悪の的となったような破壊者や暴君は、歴史の上で色褪(いろあ)せて忘れ去られるけれども、大愛の人格者はイエスを筆頭に、時の経過につれてなお一層光輝燦然と輝いてくるのである。何人も愛の行為のほかにその人を永続せしむる価値のあるものはない。愛は自然に迸(ほとばし)り出るものである。愛することを恐れるものは臆病者である。愛を軽蔑する者は神を汚(けが)す者である。愛を注がねばならぬ時にそれを躊躇(ちゅうちょ)(ためらうこと)する者は神への反逆者である。愛をもって、弱き、移り気な、性的な、破壊的なものと考えるのは、自己の無智に導かれているのであり、人生の最大の力と、最も甘美(かんび)な悦びから自らを遠ざけるものである。これがデーリーの考えである。

 

 私が宗教家として立とうと決意した若い時に、私を勇気づけたのはデーリーのこの言葉であった。私が生長の家の地方講師になった時、ある人から鹿児島の連合会長宛に一通の手紙が来た。「私の親戚がここにいます。今度東京から来られる本部講師の先生に、ぜひその人を指導してもらいたいと思います。幸いにそこの近くの町(串木野)で講演がありますので…」

 その本部講師の先生は、その手紙を見て「私は行かない、一人の人のために行く時間がない」と。そっけないその返事に私はこの人には愛があるのかと思って、教祖の谷口雅春先生に「一人の人をも救うのが宗教家ではないのですか、もっと本部講師の先生を指導して下さい」と手紙を出したことがある。

 そういったからには私は自転車に乗っていった。そこは串木野町(今は市になっている)東市来町と樋脇(ひわき)との境になっているバスも行かない、自転車も降りて押して行かなければならない全くの山奥で、私の家からは真っ直ぐに行く道がなかったので20キロ位廻り道をした。夏の暑い日だった。坂道を自転車を押して登ると全身汗びっしょりだった。老体の本部講師の先生が行かないといわれてよかったと思った。肉体的には疲れたが心は爽快だった。デーリーのこの言葉に励まされて私は「愛の勇者になりたい」と、自分にいい聞かせながら行った。

 行きついて訪ねたら神経痛の老婆が出てこられた。「あなたの親戚のこの方が、ぜひ行って話をしてもらいたいと手紙を下さいましたので」とその手紙を出したら、「うちは浄土真宗ですから生長の家の話は聞きたくありません」と、にべもなくことわられた。自分の思いが受け入れてもらえなかったむなしさと寂しさに悲しくなったが、「いや、これでいいのだ、神さまは知っていて下さるのだ」と、心の底には深い悦びがあった。

 「愛をそそがなければならない時に躊躇する者は神への反逆者である」

 この言葉が私を励ましてくれた。

 加世田(かせだ)町で話をし知覧(ちらん)町(特攻基地で有名)で話をし、川辺町へ行くことになっていた。農村だからいつも話をするのは夜で、みんな畑仕事をすませて食事してから集まるから、集まってきて話を始めるのは大抵夜の8時か9時である。それから話を始めるから終わるのは夜の12時か1時である。めったにない機会だからと熱心な人が後に残られて朝4時頃まで話がつづいて、「もう寝よう」と少しばかりねむることになる。

 

 知覧町を終わって川辺町の世話して下さる人の家に行っても、そこの人は畑仕事に行かれるから私が行けば私のために畑仕事はできなくなる。だから私は知覧町で世話して下さった人の家を「ありがとうございました」と朝8時頃に出て、知覧町のはずれにある豊玉媛(とよたまひめ)神社に行くのである。そこの拝殿で精神統一したり、本をよんだり、昼になると知覧町で包んでもらった「にぎりめし」を食べ、境内のお手洗い場の水を呑み、もう畑仕事から帰られた頃であろう時間を見計らって夕方6時頃、川辺町のその家に行くのである。私が生長の家の地方講師になった時、鹿児島県には相愛会は2ヶ所しかなかった。つぎつぎに奇跡を起こして歩いたから2年間に50ヶ所にふやした、昭和28年のことである。それから、既に約40年近くになろうとするのに現在では少し減っているようである。「苦労しました」と聞いてはともに泣き、「救われました」といわれてはともに喜び、それを思うと昔がなつかしい。その頃からもう40年、重いカバンを下げて歩いている。今は飛行機に乗り、新幹線に乗り、ホテルに泊まりするようになったが、私の心はいつも40年前の行脚(あんぎゃ)の心である。集まりをしますといわれて予定して行ってみたら、急に用事ができてやれなくなりましたとことわられて、宿に泊まる金もなかったから、近くの神社の拝殿で寝たこともある。朝、目がさめてみたらしっとり夜露に濡れていた。

 

 私は「宇宙即我」を知り、神の実在を体験し、きびしい求道と伝道の体験をした揚げ句に高橋信次先生にめぐり会えた。GLAの講師達は、私のような宗教体験もなしにただ輪廻転生することの証明役として心はできていないのに無理に霊道を聞かされた者ばかりであった。

 高橋信次先生が昇天されて、私を中心にしてGLAを運営してゆくということになった時、私は私の宗教体験を話して、これから若い講師、高橋興和、関芳郎、谷口健彦、羽場武嗣等の諸氏を一年間きびしく鍛えるといったのである。鍛え直さなければ本当の宗教指導者にはなれないといったのである。そのことが「恐(こわ)い」「そうされたくない」ということで、私をサタンとして排除するという方法を取ったのである。だからGLAの講師達は、ある程度きれいな言葉を並べて話はするかも知れないが、魂の真底(しんそこ)から感動させて心を浄化させるという、本来、宗教家がしなければならない話は全くできないのである。

 

 

  昭和61年、福岡の本部を東京に移した時、人手がなかったから、本の発送やその他の手伝いを前東京都支部長夫人に頼んだ。そうしたら、「東京は交通費も高いし、昼の弁当代も出してもらわないと手伝いしません」といわれたから、「それなら手伝ってもらわなくてもいいです」と、ことわった。その支部長夫人に同調する夫人達も正法をやめてしまった。困ったことをいうものだと思っていたら、異動時期でもないのにその支部長は広島に転勤を命ぜられたので、現在の淡路さんに支部長になってもらったのである。

 代価をもらわないと手伝いをしないという精神は、信仰する者の心ではない。

 私はこの会を、心から愛を実践する人々の集まりにしたいと思う。

 私がこの「スター・デーリーの哲学と宗教」を連載することに対して、正法と違うのじゃないのかという違和感をもっている人があるかも知れない。しかしスター・デーリーの言葉は神理であり、私はデーリーの言葉に教えられてきびしい求道と伝道の道を歩いてきた。

 昨年10月パラグアイに行った時、アソンシオンのガラニーホテルのロビーで人と待ち合わせした。私が立っていたら、そこのソファーで二人の孫を相手に、一枚のコインで手品みたいなことをして孫を喜ばせている頑強な面構えの人があった。「ここに掛けなさい」といわれるので腰掛けたら、「どこから来たのか、日本人か」と聞かれたので「そうだ」と答えた。それ以上は私はスペイン語は話せないので、黙ってその老人が孫を遊ばせるのを見ていた。暫くすると現地の梅山さんが来られた。その老人はつっと立ち上がって梅山さんに話しかけた。梅山さんが通訳してくれたのは、「私はこの人が私の傍に掛けられただけで、私の心は安らかになりました。きっとこの方は尊い方にちがいない。こういう方にここでめぐり会えたことは一生の光栄です。」といわれたというのである。その人はブラジルから家族を観光に連れて来られたのだという。

 私にそのような雰囲気が自然にあるとしたら、それは私が常に「愛深くありたい」と思っているからであると思っている。

 「愛することを恐れる者は臆病者である」

 私はいつも人生の勇者でありたいと思っている。愛の体験をしない者は人間が大きくならない。

 

 

 

 月曜日になると、刑務所病院には常に安息日としての平和と調和とが行きわたっていた。各部局、部局の争いなどは殆ど見られなかった。病院の役人は、局員の間にいつもよりも親しい調和の気分がみなぎっているのを見た。すると病人も落ち着いてイライラしなくなり、医者の処方に悦んで従う傾向が強くなった。病院の規則によって彼らに課せられた色々の制限も彼らを悩ませることはなかった。……

 ある日曜日、一人の患者にデーリーは話しかけた。「どんな雑誌をあなたはよんで聞かせてほしいですか」

 その患者は「使徒行伝二七章をよんで聞かせて頂けませんか」といった。

 デーリーは彼のためにそれをよんでやった。患者は「その章について話したいんですが」といって語り出した。

 彼はいった。「私は神を否定もしなければ承認もしませんでした。しかし神の実在を宣言したすべての人の中で、パウロが最も強く神の実在を私に承認せしめかけた人です。」パウロは彼のハートの愛の黄金の鍵であった。この鍵は非常に鋭敏であって、ちょっと誤用してもすぐすべてが失われるのであった。この囚人は病院から退院するときにはパウロの影響を受けて神を信ずるようになっていた。

 

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

 

 

(十三)

正法誌  No.153 1991年5月

 

 

 スター・デーリーの言葉はすばらしいですね、といわれる人がふえてきた。このスター・デーリーの言葉を読むと、りっぱな宗教家になろうと志した若い日の情熱に燃えていた日のことがなつかしく思い出されてくる。それではその若い日に志したような自分になっているかというと、まだまだという忸怩(じくじ)たる思いに胸が痛くなってくる。だからまだまだ精進しなければならないと思うのである。

 昨年10月パラグアイに行って、スペイン人の経営する学校で講演が終わったと後、18、9才と見える学生が2人、「私は先生のような宗教指導者になりたい、どういう勉強をすればよいか」といってきた。私はその学生にこのスター・デーリーの話をしてやりたいと思っている。

 

 

 月曜日は神の光に導かれる日にした

 

 デーリーは月曜日を、神の光に導かれて仕事をする日にしていた。仕事の中に神の心を現す日に当てたのである。この感情が、この思いが、この仕事が、「父なる神の栄光を増やすかどうか」ということを自己反省によって、あらかじめテストして見る日にしていたのである。

普通人々は、月曜日は日曜日に遊んだ惰性で仕事にかかるので、この日を「青黒き月曜日」と呼んでいた。

こんな考えをもって一日の、一週の、一月の仕事を始める時は、その働く日に重いハンディキャプを課することになる。その日の、その週の、その月の始めをどのような心で迎えるかは、その日の、その週の、その月の成功を決定する強い要素となるかも知れないのである。

 いかに始むるべきかを知ることは、いかに終わるべきかを知ることになる。

 

 

 生きてゆくために人々はみんななんらかの仕事はしなければならない。思春期になって、人生をどのように生きて行こうか、自分にはどんな仕事が向いているのだろうかと悩み始めた頃、家に金があって、なんの仕事もしなくても遊んで喰ってゆけたらどんなによいだろうかと考え、自分の家が貧乏であり、金のためにあくせく働く両親を、時にはすばらしいと思ったり、時にはうとましく思って、心の中でちょっぴり不平不満を(こんな所の子に生まれなければよかったなどと)持ったりしたものであった。そういう心になると、自分よりも豊かな生活をしている人がみな羨ましく思えてきて、世の中はどうしてこんなに不平等なのであろうかと、世の中のしくみが憎らしくなってきて、指導的な立場に立って権力を持っている人達を打倒したいという心にもなってきたものである。

 こういうことによって悩む思春期が、いちばん「法」を知るには大事な時である。その上に恋愛、結婚、性という問題があるのである。そういうことで悩んでいたあの頃に、正法があったら、なぜ金持ちに生まれるか、なぜ貧乏に生まれるか、すべては霊の修行のためであるとわかれば現実に感謝して、自分で自分の生活をコントロールできて、むだな人生は送らなかったと思う。

 

スター・デーリーの生まれた環境がどうであったか、どうして罪を犯して刑務所に入るようになったのか、その経緯は知らないけれども、デーリーの思考の経路から考えた時に、私が悩んだと同じようなことで悩み、デーリーは社会への反逆者、社会秩序の破壊者としての道に進んだのだと思う。

 そういう時に私は十八歳で軍人になる道を選んだ。選んだというよりも、父が「軍隊へ行かないか、その方がいいぞ」と進めてくれたので、いろいろ考えてその道を選んだのであった。私は軍隊生活の中で、一日は一日毎にケリをつけて、今日の仕事を明日に持ち越さない生活をするべきだと思った。デーリーがこのように、月曜日はなにをする日、火曜日はなにをする日という、生活に秩序を持たせるようにしたのは、長い刑務所生活の秩序の中で、神の生命を生かす(ということはよりよく自分を生かすことになる)にはどうすればよいか、ということから考えたことだと思う。

 「また、明日もあるさ―」「どうにかなるさ―」という考え方をする人には進歩はない。人生には目的、目標を持つべきである。

ある日の新聞に、熊本近代文学館館長で直木賞受賞作家である光岡明氏が、「父との断絶から、思いつめる深さ」という短文を書いていられた。

「死んだ父は何を思いながら生きてきたのか。職業軍人だった父にとって戦後は無意味な時間でした。廃人のように無気力に一日中テレビを見て、パチンコに行く父を、私は頭から馬鹿にしていた。

父は戦前、祖国と天皇陛下のために命をかけ、戦後はこんなざまになったのはお前たちのせいだ≠ニいう声を背に浴びながら過ごしました。父の嘆きは戦争の一切を黙する形で表れました。父には、よって立つものがなかったのか。   では、私には、よって立つものがあるのか、と考えたのです。」

 

 

 目的のない人生は暗黒である。この光岡氏のお父さんは職業軍人であって目的、目標を失われた。しかし敗戦後の日本を今日のように復興させた主軸になった人々は、大部分が職業軍人か、多少なりとも軍隊生活の経験者であった。幸福になりたいと思っても、何が幸福なのか、どうあればよいのか、目標を立てないことにはどうしてよいかわからない。目標を立て、目的を立てたらそれに一歩一歩近づく努力をすること。そうすると自分の生きる道がはっきり見えてきて、「あ、一歩一歩近づいているな」という目標達成の充実感、達成感が味わわれて幸福感が(よかったという)起こってくるのである。目標がないから時間を持て余して下らぬことに時間を費やすということになる。

 デーリーは、月曜日を神の叡智によって神の光に導かれる日と目標を決めた。

 「如何に始むべきかをむるべきかを知ることは、如何に終わるべきかを知ることになる。」

 最初に、こうしたいという目標を立ててスタートしたのであるから、到達目標は既にわかっているし、最終的な到達点は最初から知っているわけである。

 

 「そこで、この『青黒き月曜日』と名付けられた月曜日を、神の光に導かれて仕事を始める正しい日とデーリーはしたのである。最も暗い場所こそ最も明るい光を掲ぐべき時なのである」

 

 

 私がスター・デーリーの哲学と宗教を書くことに対して、今まで仏教の勉強ばかりをしてきた人は、そして、高橋先生がインドで釈迦として出世されたということを知っている人達は、どうもキリスト教じみてぴったりしないといわれるかも知れない。しかし、仏教の経典には、日常生活に密着した生き方は全く書かれていないのである。書かれてあるのは、悟りに至る道として、煩悩を捨てること、布施すること、お経を上げること、死を超越すること、そういうことだけであって、どちらかというと、現実生活をうとましいと考えて現実生活を煩悩としてみて、夫婦生活も煩悩だとして、そこから逃避して、高踏的な心を持つこと、それがよいのであるという傾向がある。皆さんはそれをおかしいと思われないであろうか。

 例えば、奈良の薬師寺の高田好胤先生は、「煩悩をなくしなさい」と説教をしながら夫婦生活をしていられるのである。

 信仰とは日常生活の中にあるのである。ということは、日常生活、現実生活から逃避して、実際には、事業もし、商売もし、夫婦生活もしていながら、心だけで逃避して、恰も、していながらやっていないようなふりを、私は、そういうことはしていませんというようなふりをすることではなくて、現実生活、夫婦生活を見据えて、それはどうするのか、それが何になるのかと、いささかも現実生活から逃避することもなく、現実生活の底を踏み破って、踏み破ったそこに光明の、極楽の、実相の世界があることを発見してゆくことである。

 この生き方は禅宗が教えている。

 

  無門関第七則  趙州洗鉢(でうしうせんぱつ)

 

  趙州和尚の処に、ある僧が入門させて下さいといってきた。趙州曰く「お前はめし≠喰ってきたか」僧曰く「はい、喰ってきました」「それなら、その茶碗を洗ってから来い」

 

 

 めし≠喰うということは、めし≠喰ってそれでおしまいではない。ちゃんとその茶碗を洗っておしまいになるのである。禅宗で炊事をする役目は、仏が仏に生命の糧を供する儀式をするのであるから、相当に修行した偉い坊さんでないとさせられないのである。

 家庭の食事の中にもこの精神はとり入れられるべきである。

 食事は神の子の妻が、神の子の夫や子供に、その夫と子供がよりよく神の生命を生かすことができるように、そのエネルギーを捧げる神聖な儀式なのである。そして、その食事として捧げる材料もまたすべて神の生命なのであるから、一切ムダにしてはならないのである。だから食べ残してはならない。残ったら捨てずにまた次に食べればいいのである。ところが、唯物論と資本主義に毒された最近の人々は、いかに食べ物を粗末にしていることか。食べ物を粗末にすることは、神の生命を粗末にすることであるから、そういう生活を続けていると、そういう人は年を取ってから貧乏することになるのである。ケチ≠ニいわれてもよいからケチ≠ノなりなさい。

 禅宗ではそのように、すべてを仏の生命として礼拝することを教えているのであるが、それは禅宗のお寺の中だけで、僧≠ニいう特殊な階層の人がやることであるというように考えられて、一般家庭には全く生かされて来なかった。そうであってはならないのである。

 

 

 このようなことからしてデーリーの生き方は、仏教の禅宗で教える生き方に共通しているのである。だからしてデーリーの生き方を皆さんに伝えることは、本当のお釈迦さまの生き方を伝えることになるから、私はデーリーのことを書くのである。ただし、お釈迦さまも、デーリーも、夫婦生活のことには余りふれられていないから、そのことについて私が書いておかなければならないという使命感を感じて『正法と人生の原点』『正法と結婚の原理』とを書いたのである。

 

 

 「最も暗い場所こそ、最も明るい光を掲ぐべき時なのである」

 

 

 これから永い人生を送る人にとっては、ぜひ、この一語は記憶して置くべきである。すべてにおいて人生が順調であるという日ばかりではないかも知れない。いつか失意の時があるかも知れない。その時こそこの言葉を思い出して心を明るくするのである。私がこれまでの人生で行きづまった時、ともすれば暗く沈み勝ちになった時に、勇気づけてきた言葉は、

 「丑満時(うしみつどき)という時間は、既に一歩一歩、夜明けに近づく時間である」

 という言葉であった。

 「丑満時」というのは夜中の十二時で一番暗い時間である。しかしその時間は、既に一分一分、夜明けに近づく時間である。

 人生においては、その人がまじめな努力を続ける限り、一生不幸が続くということは絶対にないのである。それは毎日雨が、十年も降り続けるということは絶対にないのであり、いつか、必ず晴れる日が来るのと同じである。どんなに不幸だといっても、十年つづく不幸はないのである。

 私が先に光岡氏のお父さんのことを書いたのは、光岡氏のお父さんは、日本が敗けたということで心を暗くして、それっきり心を明るくして、それからをどう生きるかの目標を立てられなかったからであり、心を明るく転換するということの大事さを教えんがためであったのである。

 日本が敗けたことは悲しかった。復員して家族が全部死んでしまっていたことは尚、悲しいことであった。死ぬことも考えた。しかし私は、戦地でも死ぬことのなかったこの残りの人生を、世界の人類のために捧げようと心を転換した。暗い中に明かりを求めて生きる努力をした。

 人を救うには金がいる。まず金を儲けてからといって始めた仕事は見事に失敗した。この時も心は暗黒になった。

 「自分に、人救う使命があるならば、神が見捨て給う筈はない。」

 神の光を浴びて、すくっと黄金色に輝いて、人に法を説いている自分を心に描いて無一文で私は歩き出した。人々の心の中に神を見つめて説きだした。自然に感謝の念で捧げて下さる浄財によって私は生かしていただいた。

 だから、デーリーのこの言葉を読んだ時、この人も正しく神理を生きる人だとわかったのである。

 

 

 常に自分の心に、灯明をともしながら生きなさい。あなたが光を見失うことがなければ、神はその人に光を与え給うのである。

 いや、神が与え給うのではない。あなたが神の子の光であることを認めた時に、その認めた光によってますます神の光は増して来るのである。

 

 このつづきは、霊的直覚を得る方法となっているので、霊的直覚を得て自分の人生を有意義な輝かしいものにしたい人はぜひつづけてお読み下さい。

 これがわかると、いたずらに霊能を求める人があわれ≠ノ見えてくるでしょう。この方法がわかると、あなたにも人を救う力が出てきます。

 

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

(十四)

正法誌   No.154 1991年6月

 

 

   火曜日は神の生命を豊かに受ける

 

 デーリーは日曜日を神を実践することにし、月曜日を神の智慧を受けることにし、火曜日を神の生命を受けることに充(あ)てたのである。

 ヨハネ伝第十章十節に『それ盗人(ぬすびと)の来(き)たるは盗み、殺し、破壊せんがためである。吾が来れるは人々に生命を与え、彼らの生命をして豊富ならしめんがためである』という聖句がある。聖書を読むにつれてこの聖句が彼の心を射たのである。なぜなら、彼の前半生は恐るべき盗賊の親分であったからである。その生活が、いかに適切にこの章句に当て嵌まるかは彼自身が体験によって知るところであったのだ。

 

 

 デーリーは盗賊の親分であったから、自分も盗み、配下にも盗めといい、盗んでいる所を発見されたら人の生命をも盗んで殺していた。彼は人に与えるということは全くして来なかった。だから尚のことこの言葉が深く胸に突き刺さったのである。

 ここの所で深く考えなければならないことは、「生命を与え、生命を豊富ならしめる」と書いてあることである。生命を与え、生命を豊富ならしめるというなら、「生命を奪い、生命を貧弱ならしめる」ということがあるわけである。しかし、生命を奪うということ即ち人を殺すことはめったにできることではないが、多くの人々は知らないうちに人の生命を奪う行為をしているのである。生命は時間となって展開する。一日二四時間という時間はみな平等である。人はそれぞれ何らかの仕事を持っている。その仕事は時間によってするのである。自分は暇だからといって、忙しい仕事をしている人の所へ行ってむだ話をして、相手が仕事ができないようにして時間を奪うことは相手の生命を奪っていることになる。だから用件は要領よく短い時間ですませるようにしなければいけないのである。幸福になっているという人はむだな時間を使わずに、時間を精一杯生かして仕事をした人であるし、不幸になっているという人は時間(生命)をむだにした人である。生命を生かすということは時間を生かすことである。むだ話をする人は、人の時間(生命)を奪っているだけでなく、自分自身の時間(生命)をもむだにしているのである。人の時間(生命)を奪い、自分の時間(生命)をむだにする人が幸せになれるわけはない。

 

 

「悦びこそ生命だ」とデーリーはいう。

「しかし私が盗賊である間この生命の悦びを知らなかった」と。そして創造と愛との生活にのみ悦びがあることを発見したのだ。「自分は破壊する仕事ばかりをしていた。そして自らは好まないのに課せられる刑務所の仕事には愛がなく、生命の自由創造がないから、神経を破壊する辛(つら)き労役であった。自分は遊戯の精神をなくしてしまっていた」と。

 生命ある仕事は自己創造であり、それは生まれることである。死の仕事には自己創造がなく機械的に課せられるのである。生命が生まれるとき、そこに無限に制約なき生活が実存する。制約は人間の自縄自縛である。

 いのちは「生まれる」。肉体はつくられる。肉体はつくられ、その中に生命は生まれ宿る。

 肉体は一定の生理作用で型の如くに胎内で作られるが、それに宿ることの生命は神から生まれたところのものである。肉体は無常であるが、生命は久遠不滅である。肉体はその存続する間中、その内部に宿る自分の想念のいかんによって豊かなる生命を実現したり、制約ある乏しき生活を経験したりするのであるが、そのどちらを選ぶかはその人自身の自由ある。

 

 

 「悦びこそ生命だ」

 この言葉の意味はじっくり味わうべきである。悦ぶ時、私達の心はホッとして安らぎ、この悦びが永くつづくようにと願うが、悲しく、苦しい時、この悲しみ苦しみが永くつづくようにとは思わない。ということは、生命は悦びが本質であって、悲しみ苦しむことは生命の本当の相(すがた)ではないということである。生命の本当の相ではない状態を悪というのであるから、デーリーが盗賊で悪いことをしている間は生命の本当の悦びを知らなかったのは当然である。

 生命の創造は悦びであり、生命の破壊は悲しみである。人が生まれてくることは悦びであり、死は悲しみである。ものでも創り上げることは悦びあるが、ものが破壊されることは悲しみである。

 自分から積極的にする仕事は楽しみであるが、強制されていやいやながらする仕事は苦しみである。肉体は母親の胎内で一定の鋳型に嵌められて同じように造られるが、その肉体に宿る生命、霊は神から造られる。肉体は無常であるが生命は無限である。久遠不滅のわれわれの霊は想念(思うこと)によって肉体を操縦する。その想念によって豊かに生命を表現するか、乏しい表現をするかはそれぞれその人の自由である。

 

 

 デーリーは火曜日をこの制約なき豊富なる生活を研究し且つ実践するために選んだ。

 彼は聖書の中で読んだ、「われは善き羊飼いなり、よき羊飼いは羊たちのために己がいのちを与う」と、そして豊富なる生命を神から与えられんがために心の手を神にまでさし伸べたのだ。

 

 

 よいことをしようと思っていても、ただ漠然として思っていたのでは中々やれるものではない。デーリーは火曜日という日を決めて、外のことはさておいて、豊かな生活をするためにはどうすればよいかを研究し、できることから実践することにしたのである。

 豊かに生きるということは、よい生活習慣をつくることである。習慣はしつづける≠アとによってつくられる。あれもこれも一ペンにしようと思うから結局なんにもできないということになる。だから、最初はなんでもよい、一つのことをしつづけるのである。一つのことをしつづけた喜びはさらにつぎのことへの成功の確信を呼び起こす。一つのことに成功しない者は他のことにも成功しない。

 昭和二九年六月、スター・デーリーが鹿児島の講演に来られた時、『愛は刑よりも強し』にサインされたのは、「あなたの心が、いつまでも神に対して忠実でありますように」であり、家内に対しては、「あなたの家庭と生涯が、いつも新しい自由な空気で神をあがめて下さるように祈ります」というのであった。

 昭和二九年というと、私が宗教家として起つことを決意したのは昭和二七年であったから、まだほんの駆け出しであった。私も人よりは大きい方であるが、デーリーはさらに私よりもひと廻り大きかった。この人が兇悪犯人だったとは思えないほどおだやかな、そしてその中に威厳のある雰囲気であった。自分もデーリーのような雰囲気を持つようになりたい≠サう思ってデーリーがやったことはみなやってみようと思った。

  いつも持って歩く手帳に

  日曜日  愛を実践する日

  月曜日  神に導かれる日

  火曜日  豊富な生活の仕方を研究し実践する日

 …………………

と書いて、そのように実践することに努めた。私が誰からも信頼される雰囲気を持っているとするならば、それはデーリーのことばを実践したからである。

 

 

 『誰にても欲する者あらば、彼をして生命の水を自由に飲むことをゆるされん』とイエスはいっているのであり、この地上において「豊富なる生命を、今ここに、実現することをくり返し説いているのが聖書である」とデーリーはいっている。

 

 

 「生命の水」即ち神理を飲むことは誰でも自由である。人にできること、人がやることはその生命の水を飲んで実践するか、または飲まないで実践する方法も知らないからである。

 聖書はそのことをくり返し説いているのであるとデーリーはいっている。

 正法がよくわかるためには高橋信次先生の本をよく読めばよいことであるが、それを知らない人々は仏教の経典か、またはキリスト教の人々は聖書を據(よ)り所りどころにしているのであるから、仏教の経典だけではなく聖書も読んで置く必要がある。

 私は一八歳の時に洗礼を受けた。洗礼を受けたことによってわかったことは、水で洗礼をしてもなんにもならない、心は心で、霊は霊で洗礼しなければなんにもならないということであった。その後軍隊に入って終戦までゆっくり聖書を読む機会はなかったが、いよいよ宗教家として立つ以外に道はないと覚悟を決めた時、じっくり読んだ。私の読み方は一つの聖句の意味がわからないと、それはどういうことかわかるまで瞑想して天上界からの啓示、直感を受けるのである。そのようにして聖書をよく読んでいたために、この『愛は刑よりも強し、スター・デーリーの哲学と宗教』も、また、ジェームス・クレンショー氏の『天と地とを結ぶ電話』もよく意味がわかったのある。今も恐らくそうであると思うのであるが、生長の家本部ではこの二冊の本はほとんど売れてないし、生長の家の講師でこの二冊の本をテキストとして講話する人は全くいないのである。

 今にして思えば、私が生長の家の信仰をしたのは、「人間は神の子である」ということを知らされ、この二冊の本にめぐり会うためであったというような気がしてならない。

 私が若い頃、キリスト教会に行って感じていたことを、スター・デーリーも感じていたのである。

 

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

(十五)

正法誌  No.155 1991年7月

 

 

   現代の牧師たちの生活には

    生命の豊富さがない

 

 デーリーは、「豊富なる生命を、今ここに実現することをくり返し説いているのが聖書である」といっている。生命は悦びである。聖書には豊富なる生命の実践の方法が書かれてあるのであるから、聖書がひもとかれる処は、そこはすべて悦びの場所でなければならない。ところが違うとデーリーはいうのである。

 

 

ところがどうであろう。日曜日の朝の礼拝にデーリーが教会堂に行って見ると、驚くべきことには、そのクリスチャンといわれるところの人々が、肉体にも人格にもどこにも少しも生命の豊富などということを、ほとんど全く反映していないのであった。

ある人々は霊のぬけがらのような、重々しい、あまりにもまじめくさった沈みきった表情で、輝かしい健康や悦びはどこにも見られないで、まるで微笑する力を失った人のようなありさまであった。牧師といっても神の生命の豊かさを信者に感染せしめるような明るい輝かしいものは全く見られなかった。

 

 

 雰囲気に人は支配されやすい。私は何年か前に二ヶ月入院していたことがあるが、私のように身体の大きい者が姿勢を正しくして明るい顔で廊下を歩くのは気が引けるのである。さも病人らしく顔を歪めて、背をかがめてそろりそろり歩かないと周囲の患者さんたちに申しわけないという気持ちになって自然に病人らしく粧(よそお)ってしまうのである。自分でもその姿をこっけいでおかしいと思うのであるが、つい雰囲気に同化してしまう。

 教会の暗い雰囲気もそうである。神理がわかって実践したら、必ずそこには悦びがある筈なのに、私位不幸な者はおりませんという暗い悲しい顔をして置かないといけないのである。もし教会の中で、生きていることがうれしくてなりませんといって、大きな声でアハハハ………と笑ったとしたらどういうことになるであろうか。キリストが十字架に架けられたのは事実であるが、あの十字架像が祭壇の中央に祀られてあって、そのキリストの苦しみを共にしなければならないといわれたのでは笑い顔はできないことになる。

 

 

 デーリーは考えた。「まことにも教会に来る人々は、人格のあらゆる面において、生命の豊富さを求めてくるのではないのか、それならば、なぜ彼らはそれを受けないのであるか」。デーリーはそのような質問をみんなに投げ掛けたい気がしてきた。

 彼らは、クリスチャンは、地上においては豊かな生活を送るように求めてはならないと教えられているのである。彼らは豊かな生活を求めはするけれども、喜悦や歓喜をもたらすような恵みを神に求めてはならないと感じているらしいのである。しかしデーリーは、神は地上においても豊かな生活を送ることを約束していたまうとしか思えないのであった。

 「さらばわれ汝らに告ぐ、汝等祈りて何ごとにても求むる時、それを既に受けたりと信ぜよ。さらば汝等はそれを得ん」とイエスはいっていられるのである。

 「これは誤訳なのであろうか」とデーリーはいっている。

 

 

 

 私が行っていた教会はホーリネス教会といって、キリストの再臨は近い、その日に備えて心を浄くして置こうと、静かに祈るのではなく、熱祷といって膝立てて大きな声で、ある時は上体を地にひれ伏して、「ああ、神よ。われを思召したまえ」と祈る風があった。先輩の人々がそういう祈りをしているので私も同じような風で祈ったのであったが、涙を流し、大きな声で「神よ、われを哀れみたまえ」と祈ることは何かこっけいで芝居のような気がしてならなかった。

 聖書には「隠れたるに視たまう父は、すべてのことを知りたまう」と書いてあるのである。心の中の思いも、すべてを神は知りたもうのであれば静かに祈ればそれでよいので、大きな声で叫ばなければ神は聞いては下さらないのであると、神をつんぼ≠ンたいに考えて祈ることはこっけい≠ナあると内心は思ったが、他の人に調子を合わせないわけにはゆかなかった。聖書には「鐘や太鼓を叩くような大きな声で祈るな」と教えてある。クリスチャンの祈りの共通点は、自分位哀れな不幸な者はいないのである。だから「神よ、われを哀れみたまえ」と常に自分が誰よりも不幸であることを強く自分で印象して祈ることである。

 

 

 刑務所病院へキリスト教の牧師たちが見舞いにやってくる。いずれも、むやみに重苦しい緊張した表情で、まるで暗い影の中を歩行しているように見えるのである。生き生きと、ものにひきつけられるような表情や、快活な自由な動作は全く見られない。彼らの発する言葉は、常に否定的、消極的である。彼らがやってくると、生命の歓喜、悦びは全くなくて、囚人の中に、彼らは恐怖、疑い、批判、そして自分が牧師であることの優越感で囚人を軽蔑してあるだけである。

 彼らは一度デーリーが極悪犯人であったことに同情して、もっと自分達に近づくようにといったことがある。しかしデーリーが近づいていこうとすると、彼らの心の中に「へだて」のある感じがしてデーリーを反発した。デーリーはやや離れて立って、そして心の中で泣いた。それがいわゆる現代の愛深きクリスチャンなのだ。

 デーリーは刑務所を終えて社会にかえると数年間、いわゆるクリスチャン仲間に出入りして見たが、彼らは意識的に、そして用意周到に、刑務所の囚人達が知(し)らず識(し)らずに一般の人々から差別されているような制約をデーリーはされていることを発見した。彼らクリスチャンは、生き生きと生きる生命力の豊富さに永遠の嫌悪を感じ、生命に対して永遠の反逆を企てているかのうような状態を呈していた。彼らの間に交(か)わされる内輪話や世間話を聞いていると、喜びの生命の河の流れはひからびて、伸びた草花も萎びれてしまうような気がした。彼らは互いに罪をなすり合い、憤りの念を蓄積し、嫌悪を増長されているかのように見えた。

また、彼らの心の中には、生活の思い煩(わずら)いや、心配や、恐怖や、死の恐怖で満たされているかのようにデーリーには見えたのである。そういう感情こそは豊かなる生命の喉笛(のどぶえ)をかみ切ってしまうところの想念感情の源泉なのではないか。そういう宗教家を見ると、デーリーは驚いたり、戸惑(とまど)ったり、よろめいたり、当惑したりしたものである。

 

 もっともデーリー自身も本当の信仰には入る前に、これと同じ形式の生ける屍の生活を生活していたのだと自分でいっている。

 かれ自ら豊かな生活に近づくことに嫌悪を感じそれを拒絶していたのである。みずから自分の生活の上に、ある制約を加えて生活の悦びから遠ざかり、心と感情と、肉体と、霊魂の健康から自分自身を絶縁していたのだった。

 デーリーは新しい眼をもって聖書を読んだ。そして過去の制約せられた生活と、伸展して止まない新生活との間に架ける架け橋を見出した。それは坦々(たんたん)たる道の法則であった。彼は『ヤコブ書』の中に神の光を見出したのだ。『汝らのうち悩める者あるとき、彼をして祈らしめよ』とそれにはあり、また、生活の流れに制限を付している人々対しては、ヤコブは『誰にても悦ぶ者あれば、彼をして詩篇を歌わしめよ』といっている。生命の流れ入る門をひらいて生命の讃歌を愉快に歌うのだ。これが神に近づく道である。

 

 

 昨年10月、アルゼンチンのブエノスアイレスの中央広場の横にある大教会堂に行った。教会の中はどこもほの暗い。その暗い空気の底からうめくような告解(懺悔のこと)と、泣くような祈りの言葉が聞こえて来る。私達が教会の中へ少し進んだ時、今、告解をすませて帰ってゆく一人の中年紳士があった。その人の顔は苦しみで一杯であった。

 なぜ教会はこんなに暗いのであろうか。それは苦しみが深い程救われる。悪人のための救いであって善人のための救いではない。人間は罪の子であると牧師や宣教師が説いているからである。だからデーリーがいっているように、「喜びや楽しみや豊富な生活を求める心はありながら、喜びや楽しみなど、そういうものは求めてはならない。神に救われるためには苦しまなければ、苦しんでいなければならない。」と教えているからである。

 しかし、これは本当のキリストの教えではない。このように教えたのはパウロである。それは神に見離されたと思っている民衆に対して神を信ずる勇気をふるい起こされるためであったが、余りにも一方的にそのことが強調されすぎたのである。この教会と同じ雰囲気が浄土真宗のお寺にある。

 世間的に一般的に幸せだと大いに喜んでいる人が、教会やお寺に入るとピタッと喜びをやめて神妙に「私は苦しんでおります」「私は悩んでおります」という顔をするのである。もし教会やお寺で「アハハハァー」と大きな声で笑う人があったらその人は直ちに精神病者だといわれるであろう。

 牧師達は、重苦しい緊張した表情で、まるで暗い影の中を歩いているように見えると、デーリーはいっている。

 神に近づき、神に救われる道は、喜び喜ぶことである。喜びの歌を歌うことである。ヤコブは「誰にても喜ぶ者もあれば、彼をして詩篇を歌わしめよ」といったというのであるが、創世記詩篇は5巻に分かれ150五巻に分かれ一五〇篇ある。その第150篇にはつぎのように歌われている。

 主をほめたたえよ。

 ラッパの声をもって主をほめたたえよ

 立琴と琴とをもってほめたたえよ。

 鼓(つづみ)と踊りとをもって主をほめたたえよ。

 ……

 音の高いシンバルをもって主をほめたたえよ。

 鳴りひびくシンバルをもって主をほめたたえよ。

 息のあるすべてのものに主をほめたたえさせよ

 ……

 

 神は喜びの歌をもってたたえるべきなのであって、しかめ面(づら)をして哀願すべきものではないというのである。

 われわれは一五〇篇もある長い詩篇をよむ必要はない。喜びの心をもって「心行」をあげればよいのである。

 「私は苦しいから救って下さい」という哀願の心で「心行」をあげてもその祈りは効かれない。現実は苦しみのどん底にあっても、神を祝福する喜びの心で拝唱してゆく時にその人の運命は変わってゆくのである。

  喜びの心で

  「心行」を拝唱する人々の上に

  神の祝福あれ

 

 

  喜び、喜べ

  ただ 生かされていることを喜べ

                                  

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

 

(十六)

正法誌  No.156 1991年8月

 

 

   魂の中に楽しい歌をうたう生活 

 

 

 憂鬱と懐疑と、焦燥の中をさ迷い歩いて、自分自身の欠点を探しまわることは不要になった。彼はただ楽しい心をもってほがらかに歩けばよいのであった。

 たましいの中に歌をうたって自分が愉快にほほえめば、相手が愉快にほほえむのだ。デーリーにとっては『豊かなる生活』を実践するこの火曜日の課程はほほえむことであった。          

すべての消極的な、暗黒的な自我を克服して、それを、愉快と楽しさと、歓喜と讃嘆とほほえみとに変えることであった。それらの暗黒を克服するにつれて生命の凱歌があがった。喜悦の感情が湧き沸(たぎ)ってきて感謝の念でみたされた。

 こうして暗黒から光明の世界に一転したデーリーの前に刑務所病院の患者があった。彼らは、デーリーの得た光明生活を実践に移す最高の環境であった。

 多くの人は、というよりも、すべての人はといってよいであろう。病気になり不幸になると、「神も仏もないものか」と思い、世を呪い、廻りの人が誰も信用できなくなり、疑いの心だけが起こって何をどうしてよいかわからなくなり、何から手をつけてよいのか、ただいらいらするだけで、あれはああすればよかったのじゃないか、あそこでこうしたからいけなかったのだと、自分の失敗、欠点を探し廻ることだけをする。

 暗い環境に落ち込んだ時、暗い心になって、その暗い心のままで問題解決の方法を探そうとしても問題は解決しないということをデーリーは知ったのである。

 そういう時こそ、「問題は必ず解決できる」と信じて、たましいの中で歌をうたってたのしい心になり、愉快にほほえんで前進すれば、次第に心は明るくなり、喜びの心が起こり、感謝の思いに満たされてくるというのである。

 日本では昔からこの原理を、「笑う門には福来る」と行ってきた。笑えば福が来るというのである。どんなに苦しくても笑えばよいのである。しかしそう聞いても、ほとんどの人は、「こんなに苦しいのになんで笑えるのか」としかめ面をしている。しかめ面をしていると、また顔をしかめなければならないようなことが起こってくるのであるということを「泣き面(つら)に蜂」といっている。

苦しい時に、悩んでいる時に笑い顔をしろといわれても、なかなかできそうにないが、どんなに苦しい時でも苦しい顔をせず笑い顔をすれば必ずよいことがくるというのが法則である。苦しい時に笑い顔ができないのは、「福が来てから笑おう」としかめ面して待っているからである。笑ったら福がくるというのに、しかめ面していたのではまたしかめ面をしなければならないことが起こってくるのである。

 「類は類で集まる」というのが法則である。この世はこの世だけで生きているのではない。あの世(霊界)との関係の中にわれわれは生きているのである。

 明るい心、善い心を待てば、あの世の善い霊達が集まってきていろいろ協力してくれる。その反対に、暗い、悪い心を持つとよくない霊達が集まってくる。明るい善い心を持つとますます明るい善い心になり、暗い悪い心を持つとますます気が滅入って暗い心になる。 だから、失敗して、どうにもならないと思った時こそ、その暗い心を吹き飛ばして「アハハハァー」と哄笑して、そうして静かに坐って直観を待つことである。そうすると「笑う門に福来る」ということになるのである。

 

 この転向の記念すべき日から彼のなすべき生活は何であったか。彼の行動の規準は何であったか。

 それは神と患者の間に立った仲介の祈りであった。それは信仰の実践であった。

 何となれば聖書にこう書かれている。「信仰のある祈りは病める者を救うべし、主は彼らを挙げたまわん。しかしもし彼が罪を犯せば、すべての者、彼を赦すべし」と、そこでたとえ重大な罪であっても、またそれが、自己免罪の高ぶりから起こる最も有害なる罪であるにしても、それは赦さるべきものである。

 心配、嫉妬、利己主義、貪欲、人のうわさ話、憤り、欠点を見る心、短気、自己満足、増長慢―――これら、生命を破壊するすべての罪悪も赦さるべきであると、デーリーはいう。

 人のうわさ話をすることや、人の自尊心を傷つけることも生命を破壊する悪徳である。

 

 

 デーリーの実践は、神と病める人、悩める人との間に立ってその人のために祈ることであった。

 「信仰ある祈りは病める者を救うべし――」という“信仰ある祈り”とはどういう祈りであるか、キリストは「信仰ある祈り」といわれたのであるが、釈尊はこのことを「正念」といわれたのである。「正念」とは八正道の中の一つである。「正念」とは正しく念ずること、正しく祈ることであるとは誰もがいったり書いたりしていることであるが、しかし、その本当のことは知らないようである。この「正念」の正しいあり方を知るには、キリストの「信仰ある祈り」という言葉を持ってきた方がよくわかる。

 「信仰」―――正しく神を信じ、神の救いを信ずること、その信仰にいささかの疑念もあってはならない。

 よく世間には、「神があるか、ないか、まぁ奇跡を見せて下さい、お蔭を見せて下さい、そうしたら信じましょう」という人があるが、それでは奇跡もお蔭も起こらないのである。なぜならば、そういう心の中には神を疑う心があるからである。信じた時に奇跡は起こるのであって、疑う心があれば奇跡は起こらないのである。

 物質科学の実験は、その結果を信じている人にも信じていない人にも同じような結果を見せる。だが、心の法則は少し物質科学の実験と違う。それは「正しき祈り、正念が聞かれるためには、自分はまだまだ不完全で欠点だらけであったとしても、そのままではいけないと気づいて反省し、正しい人間になろうと努力し、日常生活へ実践しつつあって祈ることは100%実現する」ということである。

 この生活行為の実践―――それが信仰ある者の態度である。そうして、相手がどんなに罪を犯している者であろうとも、その相手を咎めずに赦して祈ることである。

 重大なる罪―――自己免罪の高ぶりとは、人間は罪の子であって、罪の子この人間が悪いことをすることは人間として当たり前のことであって、そんなに悪いことではないと思って、むしろ悪いことをしたことを誇りにすら思っている心である。

 心配―――いつも不安な心を持つ。

 嫉妬―――人が幸せになることを羨ましいと思う、この心は逆に、人の不幸を喜ぶ心ともなる。

 利己主義―――人の迷惑、人の立場も考えずに自分だけよければよいという思い。

 貪欲―――むさぼる心。

 人のうわさ話―――うわさ話の特長は、いつも人の欠点、失敗だけが話の焦点になることである。「あの人はこういういいところがある」というようなことは絶対に話の話題にはならない。「これは秘密よ、これはあなただけよ」という話が一番早く伝わるのはなぜか。それは人々がいかに暗い心を持っているかということである。人のうわさ話にふり廻される人は幸せにならない。

 憤り―――自己中心的になるとすべてのことが不平不満の種子になる。

 欠点を見る心―――これは人の不幸を喜ぶ心となる。人の欠点を見ることによって自分はあの人よりもまだましであると誤った優越感となる。

 プライド―――正しい自尊心ならよいが、自尊心が度が過ぎて増長慢になるといけない。

 

 

 このような魂を傷付け人格を破壊するものをも、すべては神によって赦されるのであるのである。その赦されるということは、それらの罪を反省し懺悔し、デーリーがいうように楽しい心を持ち、たましいの中に歌をうたって愉快にほほえむことによってである。

 旦那(だんな)というのはインド語の「ダナー」から来たのである。ダナーというのは、道を楽しむ即ち道楽する人のことである。真剣に神理を求め実践し、人にも伝える人をダナーといったのに、それが日本で「旦那」といえば金持ちで放蕩する人のことをいうようになった。正法会員は本当の旦那にならないといけない。

 弘法大師は中国へ渡って仏教を学んで来られた。帰国されて周りの人々から中国で学んで来られた仏教はどんなものでしたかと問われて、「釈尊の教えは“大楽思想”である」といわれた。釈尊は一生苦しむ道を説かれたのではない。苦しみがなくなる道を説かれたのである。苦しみがなくなれば後(あと)は楽しみばかりである。仏教とは大いに楽しむことを教えるものであった。

 「人生は苦である」といって仏教を暗いものにしてしまったのは、永年に亙(わた)って仏教を伝えてきた人達の罪であるといえる。

 

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

(十七)

正法誌  No.159 1991年11月

 

 

   現実を見ず実相を観る修行について

 

 「秘密の情熱の中にのた打っている想像の罪悪や、表面にあらわれないが、ひそかに隠れて、生命を不浄ならしめている醜悪なる想像の罪悪も赦さなければならない」とデーリーはいっている。

 それは内に篭(こも)る性慾の悩みのことをいっているものらしい。これらの罪も赦さるべきであるのである それは内に篭(こも)る性慾の悩みのことをいっているものらしい。これらの罪も赦さるべきであるものらしい。結局、すべての罪は赦されるのである。悪人も罪人もない。人間は神の子である。どんな人間に対しても、その実相の完全さを見る境地に達すべくデーリーは努力しているのであった。

 そこでデーリーは、「今日、クリスチャンの訪問者や参観者がきたとしても、自分はその欠点を見ようとはしないであろう。

 その生活を生き生きと表現することに失敗している制限や欠陥を見ようとはしないであろう。彼らの可能性に対して感激の歌を唱えてやるのだ。そうすると、彼らは私に対して、それらの期待を裏切らないであろう」といっている。

 彼らの可能性とは『実相の完全さ』のことである。

 患者のために祈ってやることは、祈る人デーリー自身の功徳のためであったが、やがてはデーリーは『無我の祈り』というものに到達したのである。それはイエスが病人を観た如くに病人を観ることができる。患者とデーリーとはそれによって両方とも救われるのである。

 デーリーとても、そういつも無我の祈りというものができるものではなかった。彼の得点は、常にはそれほど高点ではなかったと自分でもいっている。

 しかし、この努力は、現象を越えて実相を見ることであったのであり、それだけそれは努力の仕甲斐のあることだったのである。

 大体、現在のクリスチャンや、心霊界の指導者や、宗教の布教者などの欠点を発見することは、世界で最も容易なことなのである。しかしながら、彼らの欠点を見ることによって、実は、自分自身の欠点を鏡に照らしてそれを見ているのであるから、結局、彼らを攻撃することによって、自分自身の欠点を暴露することになっているのだとデーリーは告白している。

 だから吾らは、彼らの欠点ある現象を見てはならないのである。彼らの可能性を見なければならない。この可能性とは内在の実相がこれからどれだけでも発見しうるという可能性こそ『世界の希望』であり、非難や欠点暴露は『世界の失望』であるのである。その非難や欠点暴露はただ事物の表層又は外見のみを取り扱っているのであって、それがクリスチャン自身からクリスチャン自身を攻撃するに至っては、ただ精神界に荒涼的な影響を与えるに過ぎないとデーリーは批評している。

 

 

   解 説

 

 生長の家教団の教義の一つに「悪本来なし罪本来なし」がある。神様は罪や悪をつくらないのだから、罪や悪を見てはいけない、というのである。それは「罪や悪は現象だから罪や悪の現象を見るな。実相を観よ」という。

 この生長の家の教義と、スター・デーリーがいっていることは同じである。だから一九五四年六月谷口雅春先生は、スター・デーリーを招かれて、日本各地で講演会を開かれたのである。スター・デーリーは、「表面にあらわれないがひそかに隠れて生命を不浄ならしめている醜悪なる想像の罪悪も赦さなければならない」といっている。これは人間はほとんどの人が心の中でいろいろ性行為の場面を想像する。或いは、他の男性、女性と性行為をしたいというような欲望を持つ。これに対してキリストは「汝ら姦淫するなかれ」と戒められた。心の中でいろいろなことを思って、それを罪悪と感じてその罪悪感にとらわれて心を暗くし、自分を罪人だと思って自分で自分を苦しめている人がいる。そういう心の中でひそかに思うことも赦されなければならないと、デーリーはいうのである。デーリーのこの言葉は、心の中でひそかに隠れた欲望を想像して、どうしてこんなおかしなことを思うのであろうかと、これもまたひそかな誰にも口では言えない罪悪感として悩んでいた人達にとっては救いとなる言葉ではある。

 「心に思わぬ、こうしてはいけないと思う心が、つぎからつぎへと起こってきて仕方がない」といったのはパウロであったし、親鸞上人も性欲で悩まれた。だから「心は蛇蝎の如し」といって罪悪深重の凡夫といい、自らを愚禿(ぐとく)といわれた。日本の遊廓の始まりは、比叡山の麓の坂本である。

比叡山の若い僧達は、夜が更(ふ)けると一気に山をかけ下って用をすませ、夜が明けない内に山に帰ってすました顔をしていた。親鸞はそういうことはしたくなかった。それを解決するために比叡山を下りて京都の六角堂に篭もられて一〇〇日の祈念をされた。九五日目に夢に観世音菩薩が現れて「お前の宿報によって、お前が女犯の罪を犯す時は、わたしが妻となって犯されよう。そして、一生の間お前の身の飾りとなり、臨終には極楽に導こう」といわれた。

そうして、法然上人の門を叩いて念仏門に入られ、念仏では救われないという比叡山と高野山の訴えによって越後に流され、恵信尼と結婚をされる。それまで中国でも日本でも、インドの当時の比丘、比丘尼達が出家して独身であったのに倣(なら)って、僧はみな独身であった。肉食妻帯は禁じられていた。それを僧としてはじめて妻帯されたのであるから、その決心たるや並々ならぬものがあり、そのために一層、比叡山や高野山から破戒僧として攻撃されることになる。

大川隆法の「親鸞聖人霊示集」にはどんなことが書いてあるか、その時の苦心、決断のことも書いてあるのかと思っていたら全く関係のないことばかりであった。親鸞上人が「父母孝養のためにとて、一ペンだに念仏を唱えたことはない」とか「親鸞は弟子一人も待たず候」とか、「阿弥陀如来が廻向されて唱える念仏」だとか、信仰の核心となる大事なことをいっていられるのに、そういうことについて何も書いてない。それによってでも、親鸞上人の霊が出てきていわれたということはウソだということがわかる。下らない本をウソを書いて、よく売れるものだと思う。大川隆法は知能犯であるとしか思えない。

 親鸞は菩薩界の人である。釈尊即ち高橋信次先生は如来である。スター・デーリーもよいことはいっているが、ここが如来界の人と違うのだなと思ったことは、

 デーリーが心に思ったことは赦される。心で思ったことはくよくよするなといったことに対して、高橋信次先生は、

心 「キリストが『汝ら姦淫するなかれ』といったのは、心に思ってもいけないということです」といわれたことである

 いろいろな欲望が起こってくるのは肉体を持っているからであるが、人間の本当の世界、帰るべきあの世は肉体はないのである。あの世が本当の人間の棲家(すみか)である。あの世にいる心でこの世も暮らせばよいということである。

 人間は肉体を持っていると、どうしても肉体中心になってこの世が本当の人間の棲家であって、死んで行くあの世が仮の家だと考えてしまう。そういう思いを「傾倒妄想」という。それは逆さまの思いであって、あの世こそが本当の棲み家であって、この世はそれこそいろいろな因縁が重なり合ってつくられている仮の棲み家なのである。このことをこれまで仏教では「因縁假和合(いんねんけわごう)」といってきたが、言葉としては使っても、その本当の意味は深く考えずに来たようである。

 「正見」とは、あの世を基準にしてすべてを見ることであって、単に第三者として公平に見るということだけではない。

 あの世こそが、本当の人間の棲家だということがわかると、実相を見るということも楽しいものとなる。

 患者のために祈る時も、「この病気を治して下さい」と現象にとらわれて祈るのではなくて、「この人の現象ではない、本当の実相の健全な姿を現して下さい」と祈るのである。現象を見て、「この病気を治して下さい」という祈り方では、どうしても自分が治してやろうという自我が出てくるが、「実相を現して下さい」という祈りは、治すのは神の力であって楽なのである。私の祈りが効かれるのは、実相の祈りをしているからである。

 

 ここで大事なことをいって置きたい。

 

 生長の家は「現象を見ずに実相を見よ」ということで、欠点を修正するための意見は現象を見たことになるといって、一切の改善意見を採り上げなかった。それがかえって悪いところを助長することになって生長の家を堕落させた。

 昭和三八年、私は愛知、岐阜、三重、滋賀四県の教化部長であった。私は教化力があるというので四県を担当させられていた。各県では毎年一回白鳩夫人大会をすることになっている。その大会では本部の婦人局長と、地元にいる教化部長が講話をすることになっていた。だから、岐阜県の婦人会長・野口ていさんは、講演会の計画の中に私の講話を一時間計画していた。ところが本部の婦人局長が、「婦人会は女だけの集まりだから、男の教化部長に講話をさせてはいけません」といった。

 それで、野口てい夫人会長は、

 「園頭先生の話を聞きたいということで高山辺りからも沢山集まって下さるので、婦人局長(古川えい)さん一人では人が集まりません」といって、その時は私も講話をしたが、婦人局長は、東京の本部に帰って谷口教祖にウソの報告をした。

 「私が岐阜へ行きましたら、園頭さんにいじめられて泣かされました。実にひどい人です」と。だから谷口教祖と教祖夫人から注意が来た。「白鳩婦人会は女だけの集まりだから、教化部長といえども話をしてはいけません。あなたはどうして婦人局長にいじ悪をするのですか」私は女の人をいじめたことはない。まして、本部から来られた婦人局長であるからそれなりの礼は尽くした。婦人局長が自分の立場をよくしようと思って、私を悪く報告したのである。これは実情を報告して置かなければならないと思って報告した。

 そうしたら、実情を報告しただけなのに「あなたは、どうして婦人局長の欠点を見るのですか。実相を見なさい」と私の方が叱られた。私は悪口をいったわけじゃない。地元の婦人局長がこういいました、ということだけ書いた。そうすれば教祖だから正しく判断されるであろうと思っていた。

 それからまもなく、婦人部から全国各県連合会に通達が出された。

 「今後、白鳩婦人会員は、絶対男の人の話を聞いてはいけません。男で話を聞いてよいのは谷口雅春先生だけです」

 この通達が出されたことによって、白鳩婦人会と男が会長になっている連合会とが対立して、白鳩婦人会は、男の講師の意見など無視して独走することになった。ご主人が連合会長で奥さんは白鳩夫人会長をしている夫婦間では夫婦喧嘩か、喧嘩ではないが意見が対立して家の中で争いが絶えないということになった。一番最初に困ったことですといって私の所に来られたのは千葉県の井手さんという連合会長さんだった。

 「園頭先生困りました。外のことで喧嘩することはないのですが、生長の家のことで喧嘩になるんです。どうにかなりませんか」

 教祖が意見を採り上げてくれなければ仕方のないことであるが、昭和三八年、岐阜の白鳩婦人会を機縁として始まった男の連合会と、女の婦人会の対立は、それから三〇年近くなるのに今だにつづいて争っているのである。

 その頃から生長の家に見切りをつけて、私はやめることを考え始めた。

 北村先生が飛騨の高山や古川へ行って下さることになって正法をわかって下さる方もふえてきた。飛騨の高山ではじめて私の講演会が開かれたのは岐阜県大垣市の小林充和氏のお陰であるが、岐阜県は私にとって縁の深い所である。

 

 「現象を見ずに実相を見よ」ということが生長の家のように、「反省するな」「欠点は修正するな」「改善意見はいけない」ということにならないよう注意してほしい。

 「反省は神の慈悲である」という高橋信次先生の言葉を忘れないようにして欲しい。

 

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

(十八)

正法誌  No.160 1991年12月

 

 

  祈りと指導の秘訣(一)

 

 

   病気の徴候について研究してはならない

 

 デーリーのいる刑務所病院に於いてガン患者の増加防止のために約一年間、教育的研究の発表がその機関新聞で連続発表されたことがあった。この病気の恐ろしい徴候がぞくぞく権威者の筆によって発表された。デーリーの一人の友人がまるで映画ファンのような熱情をもってその発表を研究した。

 ところが、その病気の暗示が深く彼の潜在意識の底に落ち込んだのである。彼自身の体に癌の徴候のあるものがあらわれて来た。そして彼も不治の病の犠牲者だということになったのである。

 大体、刑務所では便秘と不消化とは囚人の共通的な疾患であった。彼は癌の初期として便秘や胃潰瘍があらわれるというようなことを知ると、それが自分自身にとっての重大な関心となって来たのである。彼は胃の潰瘍部分に対して激しい焼灼手術を行って貰ったりした。しかし彼自身そんなことは無効であることを知っていた。そして、その三ヶ月、診察の結果、確実に癌であるということが明らかになったのである。

 

 

 小学校の頃、一年に一ペンか二へん、児童の健康のためにと衛生講話の時間があった。私はこの衛生講話の時間が大嫌いで恐かった。衛生講話があって暫くは体の調子が悪かった。先生達は、児童が病気しないようにと善意でこのような時間をつくって下さるのであるから、だから感謝しなければならないと頭では思うのであるが、心の中ではもっと外に話の仕方はないのかなと思っていたものである。

 それはお医者さんの話というのが、「こうしたら病気になりますよ」「こういう兆候があったら、こういう病気だと思ってすぐお医者さんに診てもらいなさい」と、話をされている間にだんだん病気が恐くなって暗くなるのであった。「なぜ、こうすれば病気になるぞ ということばかり話をされるのだろう。こうすれば絶体病気にならないという話を、なぜされないのだろう」と思ったものである。衛生講話は恐ろしかったが、子供の時であるから、いつとはなしに「こうしたら病気になる」ということは忘れて、神経質になって病気になることはなかったが、青年期になって心に+(プラス)の考え方と−(マイナス)の考え方と、潜在意識の働きがあることを知ってから、私は常に十の考え方をするようにした。「こうしたら病気になりますよ」「こういう兆候があったら注意しなさい」といわれて、だから病気しないように注意しなければならない という思いを止めて、自分の心の中に恐怖心が起こってくると即座にその不安な気持ちを打ち消して、「おれは絶対に病気にならぬ。常に健康である」と思うようにした。

 人間がどうにもならない苦境に追いつめられた時、「あゝもう駄目だ」と思うか、「必ず道は開ける、大丈夫だ」と思うか、最後は精神力である。だからどんな時でも「自分はもう駄目だ」と思ったことはない。

 刑務所の囚人達がみな便秘と不消化であるのは、囚人達はみな罪を犯した人達であるから常に罪悪感を持って心を暗くしている。刑務所に収容されたのは自分が悪いのだとは思っていても、なんとかして早くここを出たいというあせりがある。心が暗くなれば生理作用が不活発になって便秘、不消化になるのは当然である。

 病気の恐ろしい徴候を聞かされたこの囚人は、癌になりはしないか、少し腹の具合が悪いが等と、病気を恐れてびくびくしていたのである。病気にならないように恐れることは、潜在意識では常に病気になっている状態を心に描いたことになっている。

 「恐れるものは、みな来る」というのが心の法則である。これを「泣き面に蜂」という。 いつ、いかなる場合でも、「自分は神に守られている」と念じて、当面する問題を恐れず解決する行動を起こすことである。「守られている」と座り込んで何もしないのではいけない。「守られている」と信じて、その時に一番よいという方法を考えて実行することである。そこから道が開かれてくるのである。

 子供を叱る場合でも、「そんなことをすると、えらくなりませんよ」「そんなことをすると乞食(こじき)になりますよ」と、暗いことを暗示するような叱り方をしてはいけない。私は心が暗くなるようなことがあるとすぐ+(プラス)になりますよ」と、暗いことを暗示するような叱り方をしてはいけない。私は心が暗くなるようなことがあるとすぐ+の方向に心を切り替えて、「やればできる」「できないことはない」と潜在意識にいい聞かせて、どんな苦難の中でも運命を切り替えてきたから、子供がしてはいけないことをした時は、そうしてはいけないことを叱らずに教えて「お前は、人の持たない可能性を持っているんだから、精一杯力を出せ」といって、その場合はこうすればいいのだと教えてきた。

 

 

 デーリーはこの患者に対して、神に対する仲介的な祈りを行い、また出来るだけ彼の心を愉快にかき立てるように努力し、病的な観察や、消極的な結論は出来るだけ避けるようにしていた。

 彼の仲介的な祈りはデーリー自身の部屋においてひそかにささげられたのである。そして言葉に出しての祈りは彼のベッドの端に坐って行われた。この祈りは患者の何か要求をきいてやりながら、又は彼の手をとりながら行われた。

 

 病気に関する話を聞いたことが引き金になって癌になったこの患者は、感受性が強くて潜在意識の中に暗い印象を焼き付けたわけである。そういう患者を治すためにはその潜在意識の焼きつけられた暗い印象を取り除いてやる必要がある。そのために神の祈り、心を愉快に明るくする必要があるのである。

 祈りをする方法、場所は、自分の落ち着ける場所でよい。患者の話を聞きながら、患者の手をとりながら話をすることは患者の心を一番安らかにする。特に気力の弱っている患者には効率的である。

 

 

 この話の祈りが有力なる再創造的な効果を顕わすものであるためには、三つの条件が必要だとデーリーは指摘している。

第一、その対話が霊的問題に基づいて構成されなければならない。

第二、それらの会話の話題が互いに興味ある問題でなければならない。

第三、屁理屈や、反対のための反対や、人の人格に対する批判などを出来るだけ避けなければならない。

宗教団体の集まりは、えてして、集まる人はいつも同じ顔ぶれで、同じ話ばかりをし合って、いつもお互いに知っている話のむし返しに過ぎないのであるから、何か誰も知らない珍しい話をしようとする。すると、ついつい、「私はこんな話を知っている」と自己顕示欲も手伝って、ついつい誰かの神秘や内輪話や欠点の暴露の話ばかりになってしまうのである。

 だから集まりを好結果あらしめるためには、新しい人を「救う」考えが、「与える」考えが、入って来なければならないのである。救う考えの者のみが救われ、与える者のみが与えられるのである。

 

 

 私がスター・デーリーの本を読んだのは昭和二十五年であった。二十七年に生長の家の講師になっていろいろな人の個人指導をするようになって個人指導の心得として守ってきたのがこの三つの条件であった。

 いつも霊的問題を中心として、心が浄くなる、高まる、深くなる、という話だけをした。

 そして相手の人が一番関心や興味を持っている問題だけを話すことにした。そして、屁理屈をこね回したり、人の揚げ足を取ったり、あの人はこうだというような話は絶対にしなかった。だから、私の前に現れる人達は、心がきれいになって高められて、その人にふさわしい奇跡が起こるようになった。勿論、相手の人と話をしながら相手の胸の辺りを見つめて、「あなたも神の子です。あなたも神の子として救われて行かれますように」と神に祈ることにした。

 私がこの本を読んだのは昭和二十五年です。それからも四十年経っているのです。私は高橋信次先生の教えを受けて十三年間正法を説いて来たのです。ところが、新しく会員になってはじめて正法会の集まりに出た人達から、「もう絶対に正法会の集まりには行きません。行っても神理の話はなくて、人のうわさ話や悪口や、そして自慢話の自分の体験、高橋信次先生の話を直接聞いたという話。ちっとも得る所はなくて心は暗くなるばかりです」やっと正法を知って、これから楽しく心の勉強をしようと思った人に与えてしまった失望、そういう話を聞いて私の心は暗くなった。人間というものはどうもこうして自己顕示欲が強いのだろうか、高橋信次先生が亡くなられる少し前にくり返し注意しなさいといわれていたのがこの「自己顕示欲」であった。

高橋信次先生の本に行き当たり、私の本を読んで正法を求めてきた人達を、早く正法会員になった人達が、もう二度と正法会へは行かないという思いにさせられている。なぜもっと新しい人を気持ちよく受け入れて、一緒に勉強して行きましょうと、正法会の集まりを明るいものにして歓迎してくれないのか。私は何べん悲しい思いをして来たことか。泣くにも泣けない気持ちをどうしようもなかった。しかし私は気が弱いので「それはいけません」と直接には云えなかった。自分の自慢話をして、早く高橋先生の話を聞いたという人ほど、自分はりっぱに人を指導している、正法会のためになっているといっているのである。早く誰か現れて、どんな人でも受け入れて指導して行く力を持った人が現れないかなと待ち望んで来た。

 デーリーはいっている。「新しい人を『救う』考えが、『与える』考えが、入って来なければならないのである」と。

 そして、集まりを暗いものにしている原因に、霊的な力は何もないのに、新しい人に向かって、「あなたの後ろに守護霊がいる」とか、「あなたの守護霊がこういっている」とか、さも自分は霊能力があるといわんばかりに霊的なことばかりをいって自慢している人がいる場合である。そういう自慢をしていても、誰もそういう人をえらいとは思わないのであるが、本人はそれを自慢にしているのである。そういう人がいると集まりにはだんだん人が集まらなくなる。そうなると、そういう人は自分を反省せずに誰かが集まりを妨害している、邪魔していると考えるようになる。

 正法は謙虚になって人の下座について、させて頂く教えであって、正法を利用して自分の自己顕示欲を満足させる教えではない。しかし人間というものは、ともすれば自己顕示欲に拘われ易いものである。注意しなければならない。集まりがだんだん少なくなったらその集まりの指導者に自己顕示欲があるからである。集まりがだんだん明るくなって集まる人がふえてくるのは、させて頂くという謙虚な心がある証拠である。

 

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

(十九)

正法誌  No.162 1992年2月

 

 

     生命は豊かに無限に生長する

 

 人間は、神の豊富なる生命を『恩寵』として貰って地上に生まれてきたのである。神の生命は豊富であって制限がない。常に拡張的であって退嬰するということを知らない。神の生命のやどるところ常に進歩と発達である。神の生命のうちに人間は生き、動き、存在を保っている。

 神の生命のうちに吾らは『光栄』より『光栄』へと上昇するのである。神の生命の中に吾らは生長する。まず葉を出し、穂を出し、やがて穂の中に実は稔る。

 神の生命は吾らの生活のエレヴェーターであり伸長器である。

 神の生命は吾らの生命の創造者であり、同時に、再創造者である。神の豊富なる生命より吾らは生み出され、前進また前進、創造をくり返すのである。

 

 インドには古代から創造の神と破壊の神の信仰がある。創造するためには古いものは破壊されなければならない。草木も、春が来て芽が出て夏が来て茂り、秋が来て紅葉し、冬は枯れるのである。われわれの人体も、古い細胞が破壊されて、新しい細胞がつくられつつある。創造、新しく創られることも喜びであるが、古いものは創造されることを前提とした破壊によって新しくなるから、古いものが破壊されることも喜ばなければならない。

 創造だけを喜びとすることは半分の喜びである。人間の見た眼には生まれることは喜びであり、死はかなしみと映るが、生まれることが喜びであると同じように、死ぬことも喜びであるとわかることが大事である。

 病気不幸になることは苦しい、しかし、それは今までつんできた心の思い、即ち業(かるま)が消えていく姿であるから、ここで「なぜ病気、不幸になったのか」と反省して心を入れ替えて、いい業をつくれば治るし幸福になるのである。病気不幸になることも神の慈悲であるとわかることが大事である。

 生まれて死ぬ、死んで終わりではない。また生まれてくるのである。太陽は西に沈んでも、また明日になれば東から出てくるのである。

 昔は輪廻することがわからなかったから、死ぬとそれを永遠の別れとして悲しんだが永遠の別れではないのである。

 生命は前進または前進なのである。年を取って肉体が老化するのもまた前進、老いることを悲しむ必要はない。

 

 神の限りなき生命のうちに吾らの有限に見ゆる生命は、進化するのである。神の完全なる生命は、吾らの制約された生命を癒すのである。神の永遠の生命の中に、吾らの有限な生命は不滅の姿を現している。

 神の生命は決して変化はしないが、それは吾らの生命を変化せしめるのである。

 神の生命は満たされている。吾らが満たされる豊富さを失うならば、神の生命を自由に解き放ってそれを受ければよい。消極的な我(が)の感情も、否定的な我(が)消極的な我の感情も、否定的な我の想念も、神の豊富なる生命の世界に一歩も進めることは出来ないのである。

 ただ吾らが進展し豊かなるのは、吾々自身を神に与えて、神の無限の恵みをそこから汲み出してくれるほかはないのである。

 

 神道ではなぜ鏡を神体にしているのか。

 

 多くの人はその鏡を神体として拝んでいるが、そうではない。その鏡が現している原理、神理を大事にするのである。

 鏡に向かってあなたが笑えば、鏡に映っている姿も笑い、鏡に向かって渋面をすれば、鏡には渋面が映るのである。この世に幸福をつくり出すか、不幸をつくり出すか、それはあなたの自由であり、あなたが出した心の鋳型通りに宇宙の大生命は創造してくれるのである。

 この原理が今まで多くの人々に理解されなかったのは、心には現在意識即と潜在意識があるという事を知らなかったからである。

現在意識即ち心の表面では誰しもが幸福になりたい病気にはなりたくないと思っている。

 しかし潜在意識即ち心の底で不幸になり病気になるような思い、運命はどうにもならないのだと思う等、暗い心を持っていると不幸になり病気になるのである。肉体は一つの道具機械であるから、肉体の法則を無視して酷使しても病気にある。

 あなたが幸福になりたければ、あなたは人生に対してにっこり微笑(ほほえみ)みをすればよいのでる。

 自分は今、人生のどん底にあると思ってもそれは今までのあなたの暗い心がつくり出した姿なのであるから、今後は心の底から笑顔をすればよいのである。このような「原因と結果の関係」を鏡をもって象徴としているのである。それは仏教では「因縁」といった。

 

 因縁という言葉を聞いて、あなたの心は明るくなるでしょうか。それとも暗くなるでしょうか。ほとんどの人は暗い気持ちになると思います。それは因縁という言葉が暗い意味でばかりに使われてきたからです。

 わるいことがあると「因縁だ」といってあきらめようとする。しかし、よいことも因縁です。運命をよくしようと思ったら、「因縁」と聞いたら「よいことが来る」と思うようにしなさい。「因縁、因縁」「ああよいことが来る」と思うことです。思うだけではいけないのです。生長の家の欠点は思うだけでよいと教えたところにあります。思うだけでよい原因をつくらなかったからよいことは来ないのです。よいことが来ると思ってよいことをすることです。

 「諦(あきら)め」諦めという字は言(ごん)べんに帝(てい)め」諦めという字は言べんに帝という字を書きます。即ち、言葉の帝王となるもの、それは何であるかというと、「真理」「神理」です。「諦める」ということは、どうしてそうなったか、その原因と結果の関係をはっきりするという意味です。それが仏教の「無常感」と結びつけられて、「はかない」「仕方がない」「お手上げである」という意味に解釈されてしまった。もう一ペン「諦める」という言葉の意味を正しく復活しなければいけません。

 何か起こったら「あきらめ」ないで、どうしてそうなったか、原因と結果の関係を「あきらか」にすることです。そうして不幸になる原因を二度とつくらないことです。

 

 吾々が神の生命を出来るだけ豊富に愛用することは、神の悦びとなるのである。

 吾々が神聖な、没我的な想念を思うたび毎(ごと)に、また吾々が、自己に何も求めざる愛を実践するたび毎に、吾らは神の世嗣(よつぎ)に、また吾々が、自己に何も求めざる愛を実践するたび毎に、吾らは神の世嗣たるべき権利が確実になるのである。

 また吾々が神の生命を吾が生命として認める毎に、そしてまた完全なる歓喜を自発的な自由な悦びを表現するとき、神の世嗣たるべき事実があらわれるのである。

 吾々が他を赦すたび毎に、そして他を正しく導く度毎に、また怒りを放ち去って平静に還る毎に、吾らは神の生命の豊かな装いを身につけることになるのである。

 吾々が祈り、黙想し、霊的事物を瞑想するとき、また聖書のなかの不滅の言葉を読み、生活し同化するとき、吾らは神の生命を愛用することになるのである。

 吾々自身の生命を神に与えるとき、吾々自身を空しくして神の生命を流れ入らしむるとき、神の生命をわがものとするのである。

 デーリーは、火曜日を「神の生命を生きる日」といっていたが、この日には以上のような、否、それよりも、尚それよりも、多くの多くの為すべきことが見出されるのであった。

 

 

「正法は実践の中にこそ生命が宿ることを知れ」

 よいことを思うだけではいけないのである。

 よいことをしなければいけないのである。

 他を赦すたびに

 他を正しく導くたびに

 怒りをやめて平静になるたびに

神の生命が自分の中に生きるのであり

 吾らが祈り、黙想し

 霊的なことを想い

 聖書や、高橋信次先生の本の中から不滅の言葉を読み

 それを生活に実践して、自分のものにするとき

神の生命が現れるのである。

 

 

 火曜日は「神の生命を生きる日」とするとデーリーは決めているが、吾々はいつも自分のためにばかり、自分に取り込むことばかりを考えているから、人に愛を施す実践の日としようと決めたわけである。

 

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

(二〇)

正法誌  No.163 1992年3月

 

 

   神の生活はどこにいても営みうること

 

時々デーリーに対して、こんな疑問を投げかける人があった。

「神の豊富な生活を実践することが人間の使命であると悟ったのちの君には、刑務所の中は極めて窮屈な生活だったでしょうね」と。

そんな場合デーリーは答えた。「あなたが神の永遠の生命を生々(いきいき)と生活化なさる時、あなたがどこにいらっしゃるかということは問題でないのです。陸上の生活をしようと、海上の生活をしようと、空中にいようと、地下で生活しようと、茅屋(あばらや)で生活しようと、大邸宅で生活しようと、土牢(つちろう)の中で生活しようと、生気輝く部屋で生活しようと、また、君が、農夫であろうと、君主であろうと、或いは工場の経営者であろうと、労務者であろうと、どこに君がいようと、なんの役をしていようと、もし君が神の生命をよりよく生きようとしているならば、あなたの生活は、光栄ある日の出の生活への愉快なる前進であるほかはないのです。

なぜなら、あなたの生命の中には、未(いま)だ嘗(か)つて、日が没することもなければ、死ぬということもなく、また道徳的頽廃の中で縛(しば)られるということもない。

 あなたの生活は、常に聖なるロマンスの生活であり、静かなるドラマであり、色彩豊富な演劇であり、終わることなき前進と冒険であり、時々、潮が満ちたり干いたりすることがあり、越えることのできない谷に見えることがあっても、それはあなたの勝利が尚一層輝くものでありうるためのコントラストとなるための、時々中にはさまれる中間の曲にすぎないのです」と。

 

 心の弱い人たち、他力信仰している人たちが、病気になったり不幸になったりした時に一番先に思うことは、自分はわるい星の下に生まれてきたんだと自分の運命をはかなみ、つぎには、もっと違った環境に、違った場所にあったらきっとうまくやれたに違いないと思うことである。

 しかし、そういう人はどんな環境に置かれようとも失敗するのである。それは運命というものは自分がつくるものであって、向こうからくるのではないからである。

 あなた方の周りには、何べんも、離婚し結婚している人がある筈である。そういう人はいつもわるいのは相手であって自分ではないと考えている人たちである。どうしてそうなったか、自分を反省しようとはしないのである。

 なんべんでも職業を替える人があるが、そんな人は、人間には適正があって、その適正に合わないという場合もあるが、自分から積極的にその仕事に合わせようと努力しない場合も多い。仕事が合わないからと努力しないでいると、適正とする仕事にめぐり合わないでいると、適正とする仕事にめぐり会わないので、仕事が合わないなあと思っていても、その仕事に合わせようという努力をしながら真剣に祈っていると、これなら一生つづけてもよいという仕事に恵まれるようになるのである。

 

 

   水曜日は「法則としての神」に願う

 

デーリーは、水曜日を「法則としての神」に近づく日と定めたのであった。

 デーリーは、水曜日を「法則としての神」に近づく日と定めたのであった。

 彼の水曜日は「神よ、あなたの法則よりして、いかにめざましい事物が生まれ出づるかを見ることができますように私の眼を開きたまえ」という祈りで始まるのが常であった。

そしてあらゆる周囲に起こる出来事は、善なる神の法則に原因をもち、それらの出来事の結果を見ればそれが如何に破局の如く見えようとも、如何につらくとも、必ずそれが神の善なる法則に基づくものであるということを再確認するのが常であった。

如何に自分につらく当たる人があろうとも、悪しき人というが如きものはどこにも存在しないのである。彼らは智慧の眼(まなこ)いまだ開かざるがゆえに、純粋に、利己的動機から「善の法則」を誤用しているに過ぎないのである。

 

 高橋信次先生が「反省は神の慈悲である」といわれたと同じことをデーリーは悟っていたのである。自分につらく当たる人、悪い人が自分の眼前に現れるのは、その人達が悪いのではなく、その人達が目の前に現れることによって魂の勉強をしなければならない縁をいつか知らず知らずのうちにつくっていたのであり、常に自分は人からいじめられていると思うのは、それは利己的動機からで、法則というものを間違って解釈しているのであるという。

 悪いことが起こる、不幸になる。そういう場合にキリスト教では常に自己中心的に、自分は何もしなかったが、運が悪かった、相手が悪いと考える。浄土真宗でもそういう考え方をする。浄土真宗だけではない。法則の正しい把握ができていない他力信仰の人はみなそういう考え方をする。自分がよくなるためには、運が変わればよい、相手がよくなればよいと考えて、自分が変わること、自分の心を変えることは考えようともしない。

 正法、正法といいながら、どこに正法を実践しているのだろうかと思う場合がある。

 うわさ、中傷に動かされる人がいる。良識のある人は、人のうわさ、中傷を聞いても、その人は勿論、外の人にもいわないものである。いうと非常識な人だと見られるからである。私が生長の家にいた時は、そんなことはなかったが、正法会(正法協会)では一日の内に中傷うわさが全国に飛び廻るという話である。一番すばらしい正法を信仰していながら、他の宗教団体でも見られなかったこういうことが、行われているということが残念でならない。

 神の子の実相を見るというのが正法であるから、人の実相を見ていたら、自分が神の子であるとわかっていたら、人の心を暗くし、自分の心を暗くするようなことはできない筈である。

 悪と現れている人の中にも善を見るのが正法なのであるから、うわさ中傷を聞いたらその人のための善を祈って、人にいわないことである。

 

 

このような見地に立ってデーリーは、すべての周囲の出来事、その結果に対して、深く考えて、悪と見える迷霧の奥にひそんでいるところの善を見ようと自分を訓練するのが水曜日の彼の日課であったのである。誰かが悪人のように見えようとも、そのままその悪が存在すると思ってはならないのである。それは悪人だと見える者の奥にもいぜんとして「善」があるということを見る練習の機会を神が与え給うものであるとデーリーは考えたからである。

デーリーは自分の生活の模範として、一番悪いといわれていた収税史や、娼婦を排斥しなかったイエス、キリストにならおうとしたのである。

 

 

「悪い」と見える人の奥に「善」を発見する訓練、デーリーは水曜日にそれをした。やはり最初からすぐできる人はいない。たえず「よく見る」訓練をすることである。昭和六一年ハワイに行った。ワイキキの浜辺の出来事である。私はある人のそばに坐っていた。私から少し離れて坐っている三人の人達があった。その三人組は人のうわさ話をして「あの人はこうだ、この人はこうだ」という話をしていた。そうしたらその人は小さな声で「先生、私は自分のことを反省するのが精一杯で、人のことなど考えているひまはありません」といわれた。

 このような見地に立ってデーリーは、すべての周囲の出来事、その結果に対して、深く考えて、悪と見える迷霧の奥にひそんでいるところの善を見ようと自分を訓練するのが水曜日の彼の日課であったのである。誰かが悪人のように見えようとも、そのままその悪が存在すると思ってはならないのである。それは悪人だと見える者の奥にもいぜんとして「善」があるということを見る練習の機会を神が与え給うものであるとデーリーは考えたからである。

 デーリーは自分の生活の模範として、一番悪いといわれていた収税史や、娼婦を排斥しなかったイエス、キリストにならおうとしたのである。

 

 高知には、私が頭が狂ったといって会員をやめた人がいる。集まりが悪くなってやがては人が集まらなくなるのは、人の欠点ばかりを並べて話をするからである。そういう人が一人でもいると集まりは悪くなって、新しい人を誘っては行けなくなる。集まりは明るいものにしなければならない。

 うわさ話をする人の心の中には何があるであろうか。そういう話をすることが自分の魂の生長になるであろうか。折角正法によって人生は魂の勉強をするためだということがわかったのであるから、正法の集まりからはすべてうわさ話がなくならなければならない。

 

 もしデーリーの仲間から、誰かが排斥されるならば、彼らは自分がそれを拾い上げる機会を神の与え給うものとしたのである。

 神は罪人と神との間に立つところの仲介者となろうしたのであって、片手を罪人の上に置き、片手で神の手をにぎって神の国に昇って行こうとしたのである。

 「これがイエスのやり方であった」とデーリーはいう。

 イエスは「われもし、あげられるならば、多くの人を我に引きあぐべし」といって、罪で荒(すさ)きあげぐべし」といって、罪で荒んでいる人々に片手を置いて、もう一方の手を天の父に置いたのである。

 水曜日を、この特殊の精神修養においたデーリーは、自分ではどうしてもよくしてやることの出来ないような相手を、神のみ手にすがって神の国に引き入れる修行であるから、人を引き上げうる力は「自分」から出るのだというような隠れた尊大の念を消してしまうために、自分の生活の上に極めて良い影響を与えたといっている。

 

 

 いけない悪いことをしている人があって、それでもその人も神の子であって、心の内には「善」があるのであると、実相を見ることくらい自分の魂を向上させる行為はない。

 デーリーは罪人を見た時、自分がその罪人を導いてやるとか、救ってやるとかという、思いが上がった傲慢な気持ちは少しも持たなかったのである。神がその人救い給うので、自分はその導きをするだけであると、常に謙虚な気持ちを持ったのである。

 「人をよくしよう」と思う力も自分の力ではなく、神の生命が自分に流れ入って思わしめ給うのであると思ったのである。

 

 

 キリスト教の信仰、そして浄土真宗式の「人間罪悪深重の凡夫」であるという他力信仰をしている人達と、正法を実践する人達との違いは、前者は、自分を悪として、自分の上に神の生命が流れ入って自分が救われるのであると思うことに対して、正法の人は、自分は既に神の子として救われているのであって、ただ、すでに救われているところの、(これからどうにかしなければいけないのではなくて)既に神の意識の当体であるのに、そのことを自覚していなかっただけである、自覚したら、自分の思うこと、することのすべてが善でなければならないのだと思うのである。

 この自覚、この自覚、ハッと気づく、この心の転換が一つの悟りである。

 自分を罪の子と見て、そうして神に近づこうという思いでは、一生つづけても何の悟りも得られないのである。

 

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

(二十一)

正法誌 No.165 1992年5月

 

 

   水曜日は「法則としての神」と信じる

 

 デーリーデリーは水曜日を「法則としての神」に近づく日と定めたのであった。

 彼の水曜日は、「神よ、あなたの法則によって、いかにめざましいことが生まれ出でているかを見ることができますように、私の目を開きたまえ」という祈りで始められた。あらゆる周囲におこる出来事は、善なる神の法則に原因を持ち、それらの出来事の結果を見れば、それがいかに破局の如く見えようとも、いかにつらくとも、必ずそれが神の善なる法則に基づくものであるということを再確認するのが常であった。

いかに自分につらく当たる人があろうとも、悪しき人というが如きものはどこにも存在しないのである。彼らは知恵の眼いまだ開かざるが故に、純粋に、利己的動機から「善の法則」を誤用しているに過ぎないのである。

このような見地にたってデーリー  いかに自分につらく当たる人があろうとも、悪しき人というが如きものはどこにも存在しないのである。彼らは知恵の眼いまだ開かざるが故に、純粋に、利己的動機から「善の法則」を誤用しているに過ぎないのである。

 このような見地にたってデリーは、すべての周囲におこる出来事、その結果に対して深く立ち入って、悪と見える迷霧の奥にひそんでいるところの善を見ようと、自分を訓練するのが水曜日の彼の日課であったのである。

 

 

 今まで長い間、他力信仰をして来た人達にとって、一番理解しにくいのが、「法則としての神」である。

 

 日本の仏教界では「因縁、因果」ということは。これは「原因と結果の法則」のことであるのに、それは「因縁だ」といって、自分では望んでいなかった不幸が、自分にはそういうことになる原因は何もないのに、偶然に不幸が、向こうの方からぶつかってきたように考え、その問題を自分ではとても解決できそうにないと思うと、そこで問題を解決しようとはせずに「あきらめ」て、一転して仏さまのお慈悲に縋(すが)って、不幸を取り除いてもらい、その不幸という状態が早く通り過ぎてくれるように、ひたすらにその不幸の状態に耐えて生きるとういう生き方をしてきた。そういう生き方をすることが謙虚で敬虔であるといってきた。

 

 だから、この問題は、どうして起こってきたのか、なぜ、こういう不幸にならなければならなかったのか、その原因を追及して、自分を反省して、自分の行動を改めるということはしてはならないもののように考えて、ひたすらに自分の我に固執、自分は悪くないのに相手が悪いと考えるような傾向がある。

 最近、福岡で痛ましい事件があった。

 福岡駅前のホテルで十三歳の中学生が絞殺されているのが見つかった。警察が捜査した結果、同室していた母親が絞殺したらしいということで、その母親の行方を調べていたら、その母親は、建築中のマンションの屋上から飛び降り自殺をしていた。宮崎から家出してきて、その夫は捜査願いを出していた。

 三十何歳かのこの母親は、クレジットカードの使いすぎで大きな借金をして、そのことで夫と喧嘩したのだという。

 原因は、払えないほどの品物をクレジットで安易に買い過ぎたということにあるのであるが、私がここで問題にしようと思うのは、自殺の中には、いよいよ絶望して生きる望みをなくして自殺する者もあるが、生きようという意志さえ強く持てば生きる方法はいくらでもあるのに、自分が死ねばどんなに相手が困るか、「面当て自殺」をする人があるということである。

 子供が親に叱られて自殺するのは、ほとんどが面当て自殺である。面当て自殺をする者は心理の底には、自分が死んでいなくなれば、子供を亡くしたということでどんな悲しい思いをするか、自分がいるということのありがたさがどんなにわかるか、思い知らしてやろうとする、いわゆる、自分は悪くないのであるが、そんなことぐらいで、叱る親が悪いと、親を怨む心理がある。

 自殺しないまでも、小出しに自殺行為をしている女の人も多い。いわゆる「困らせぶり」という行動である。

 夫とけんかした。何もそんなに怒らなくてもよいのにと、自分は反省せずに、怒った夫が悪いと、夫を怨んで仕返ししてやろうとする。結局は自分も困ることになるのであるが腹いせに夫の金を使ってしまえといって、ふだん食べない高価なものを食べる。或いは買う。そういうかわいらしい復讐をするうちはまだよい。だが、それが嵩じて、心の中でひそかに夫の死を願う人がいる。

思ってはならないと思うがどうしようもなく思えてくる。するとやがて、ある日、夫がぽっくり死ぬことになる。

 他力信仰をする人は、こういう時「運が悪かった」と考えて、自分が心の中でそう思ったその罪悪感を回避するのである。

 或いは、夫への不満を男の子を甘やかすことで回避して、揚げ句に、大事な息子をノイローゼにしてしまっているという母親も多い。

 こういうことも、「夫運が悪かった」「子供運が悪かった」とだけであきらめようとする。

 

 

 世の中の現象はすべて法則の通りになってゆくので、「法則として神」のことを日本の宗教、特に仏教は説いて来なかった。

 「法則としての神」を知るには勇気がいる。すべての原因は、よいことも、わるいことも、原因はみな自分にあるからである。

 よいことがあって、人から「運が良かったですね」といわれると、自分がよいことが来る原因を作っていたのだということは考えないで、自分には原因のない儲けものが偶然に来たように思ってしまって「ありがたい」という。

 わるいことがあっても、自分が原因を作ってしまったのだとは考えようとしない。わるい運が偶然向こうからぶっつかって来たように思ってしまう。また、ある人は、よいことが来た時は、自分はよいことが来るようなことは何もしていないと考えているくせに、わるいことが起こって来た時だけ、「自分がわるいことをしたから」と罪悪感に駆られる人がいる。

 『園頭広周書簡集』の中に書いて置いたが、日本人は「業(ごう)」というと、「悪業(あくごう)」だけを「業」と考えるくせがあるが、「業」には「善業(ぜんごう)」というと、「悪業」だけを「業」と考えるくせがあるが、「業」には「善業」もあるのである。

 だから、真の勇者とは「一切は私の責任である」といえる人である。

 

 「あの人がこうだ」「この人がこうだ」と、人の中傷ばかりして楽しんでいる人がいるが、そういう人は心の奥底に不幸感を持っているからである。

 

誰かが、悪人だとあらわれて見えようとも、そのままその悪を存在すると思ってはならないのである。

 それは、かくのごとく悪人だと見える者の奥にも依然として「善」があるということを、自らをして見ることの練習の機会を神が与えたもうのであると、デーリーは考えたのである。

 

 神戸に岡本光代さんという人がある。岡本さんは戦前のスチュアーデスである。ご主人と結婚されていろいろな苦難の人生を歩んで来られた。正法を知って、一切の責任は自分にあったと悟られて、懺悔と献身の日々を送っていられる。今は子供も全部成人して、働ける限りと、ボランティアをしていられる。人のうわさや中傷を聞いても、それには少しも心は動かされずに、ひたすらに病人の神性を拝んで「心行」をベットの下に坐って誦げていられる。

 すると、岡本さんが附き添われた病人にはみな奇蹟が起こるのである。

 

 「心行」を誦げるといっても、自分の心をきれいにして誦げると、神、指導霊、守護霊がその人の真心を見て、奇蹟を起こさせるのである。

 「心行」を誦げても効果がなかったという人がいるが、そういう人は、「心行」は誦げればよいと、心を修正しないままで形だけで誦げていたからである。

 どんなに悪いと見える人の奥にも神の生命があると見る訓練ほど自分の魂を向上することはないのである。

 どんな人の奥にも神の生命があると見るようにすると、その人の心の波動が精妙になるのである。

 

 この世界はすべて波動の世界である。

 悟りを開く、人間性を向上する、人格を磨く、それらはすべて、いかに心の波動を精妙にするかにある。

 最近、心の波動を研究している団体があることを知った。その団体では、その人の写真から、その人の書いた本からも波動が出ているという。写真は、その人の眉間のところから波動が出るという。この研究が完成したら一1ぺんで勝負がつくことになる。

 釈迦、キリスト、高橋信次先生、親鸞、日蓮、弘法、伝教、それに最近の池田大作、大川隆法、その波動で霊の段階が分かるというのであるから凄い。

 高橋信次先生の霊が出てくるといっている、エルランテー、田池、マッサージ師の長尾というような人も、一ペンでホントかウソかわかるのである。

 

 それよりも面白いことになると思うのは、世界中の各国の指導者の魂の波動を計ってみることである。

 りっぱなことをいているが実際は魂の波動の低い人、黙っているが魂の波動の高い人、それぞれに全部ホンネがわかるのであるから、口先の言葉だけではごまかされないという時代になってくる。

 21世紀はホンモノの時代ということは、そういうことからも証明されてくる。

 

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

(二十二)

正法誌 No.166 1992年6月

 

 

   従順の美徳の実践

 

 われみずからにては何事をもなし得ず、法則がこれをなすのであると知った時、法則に対する随順の心が、自然に湧き出て来るのである。だから水曜日はデーリーにとっては『従順』の実践の日にあてられた。

 しかし、神の最高の法則は『愛の法則』とデーリーは理解しているので、この日は『法則を愛すること』を実践することによって、『愛の最高法則』を懸命に実践すべく努力する日に当てられたのである。

 

 

 この目的のために、デーリーは、この日はいつもよりも獄則に従順であるべくつとめた。かれはすでに長い間、有名無実になってしまっていた獄則に対してさえも熱心に実践すべくつとめた。例えば『無言の行』の規則はすでに廃棄せられて20年にもなるのであるが、義務を履行するとき以外にはなるべくしゃべってはならないようになっていたのである。だからこのときには義務を遂行する以外のことはしゃべらないように努めていた。

 何か質問をせられたならば充分に答えるのであるが余計な説明はしないことにしていた。そしてまた、つぎの質問を喚起したり議論になったりするような返事の仕方はしないようにしていた。

 

 この日にはデーリーは特に保健、感情の法則、心の法則を守ることに特別の注意を払っていた。また、この日には文章を特に多く書いたがしかし、そろそろと書いた。

 文法及び修辞法の法則に随うことを目的として書いたのである。対話においても特に文法に注意し、刑務所病院の勤務においては、その看護夫及び附添人の守る法則を特に厳重に守るように注意したのであった。

 

 デーリーはこのように法則を厳重に守るようにつとめた結果、種種雑多の自然界の法則、神の法則などを充分理解することができ、自己統制と精神集中の力が増大することになった。

 

 デーリーは自分の生活の模範として、世界が罪人であると排斥した収税史や娼婦を排斥しなかったイエスになろうとしたのである。もしデーリーの仲間から誰かが排斥されるならば、彼は、自分がそれを拾い上げる機会を神が与えたまうたものとしたのである。片手を罪人の上に置き、片手で神の手をにぎって神の国に昇って行こうとしたのである。『これがイエスのやり方であった』とデーリーは書いている。

 水曜日はこの特殊の精神修養においたデーリーは、自分ではどうしても善くしてやることのできないような相手を、神のみ手にすがって神の国に引き入れる修行であるから、人を引き上げる力は『自分』が出すのだといような尊大な念を消してしまうために、自分の生活の上に極めて良い影響を与えたといっている。

 

 

 私は、この「スター・デーリーの哲学及び宗教の解説」を書きながら、しみじみと天上界の「人間救い」の計画、はからいと、高橋信次先生、かつてインドでブッタ(仏陀)として法を説かれた方の出現に感謝の念を禁じ得ない。

 高橋信次先生の出現の偉大性はどこにあるか、その一つをあげるならば、「天上界の仕組み」を明らかにして下さったことである。

 西洋の宗教家、キリスト教関係の指導者、例えばスター・デーリーもそうであるが、昨年日本に来て、富士山の噴火や関東大震災等の予言をしたポール・ソロモンにしても、「神に祈れば、神が救って下さる」と、安易に『神』の名を出している。さかのぼれば聖書の中に出てくるイエス・キリストの弟子達にしても、「神よ、神よ」と、呼べといっている。高橋信次先生は、「宇宙を創造された神が、人間一人一人の願いに答えて下さることはない」といって「天上界のしくみ」を説かれた。

 

 

│ 神

│ 如 来 界

│ 菩 薩 界

│ 神   界

│ 霊   界

│ 幽   界

│ 地 上 界

│ 修 羅 界

│ 畜 生 界

│ 餓 鬼 界

│ 無間地獄

 

 

 その人を生まれた時からずっと変わりなく指導するのは、その人の魂の兄弟で、その人のつぎにこの世に肉体を持つことになっている魂の兄弟(分身または本体)である。あの世から、すでに肉体を持っている魂の兄弟を指導することによって、今度自分が肉体を持って出たと時に、この地上でどのようにすればよいかを勉強することになっている。

「守護霊を持て、先祖供養をすればよい守護霊がつく」といっている宗教家がいるが、そういう人達は「天上界、あの世のしくみ」を知らないからである。

 その人がある問題、ある仕事等で困っている、魂の兄弟である守護霊は、その人のまじめな祈り(真剣に祈らなければならない)の心を知っても、その祈り(正念)に答えることができない場合、その守護霊の知識指導力の限界を越えるものである場合は、その守護霊はそのような指導のできる指導霊に頼むのである。そうして指導していても、さらにその指導霊の限界を越えると、さらにその指導霊はその上の指導ができる指導霊に頼むことになる。指導霊は仕事上の専門職である。このことがわかれば努力がどんなに大事かということがわかる。

守護霊はその人の一生の人生の生き方について指針を与えるのであるが、例えばその人がある研究をする、今まで、過去世においても勉強したことのない職業を選ぶ、音楽の勉強をする、するとそれは守護霊の守護の範囲を越えていると、その人のまじめさを買って(だから努力をしなければいけない)そういう指導のできる指導霊に頼む。その指導霊ではもうそれ以上は指導できないということになると、さらにその上の指導霊に頼む。

 守護霊は一生を変わることはないが、指導霊は何人でも変わる。その人の努力次第、努力の如何によっては変わらないこともある、そうして、地上に肉体を持っている人間の霊の指導霊の系列がつくられていくのである。

 釈尊がそのように説かれたのが、中国の道教と結びついて「なに年生まれの人の一代の守り本尊は観世音菩薩である」というようなものになってきたのであるが、そういうものを信ずることはおろかなことである。そういう守り本尊を持っていれば運が開けるというのもおろかなことである。

 高橋信次先生が、「人間は死んだらあの世の入り口で生きていた時のことを自己評価しなければならないが、あの世の基準は『誠実と努力』である」といわれた。このことはすべての人に広く知らせなければいけない。

 この世の中は、とかくあまり努力しないで、こすく立ち回るものが幸せになって(高い収入があって)こつこつまじめではあるが、あまり恵まれないという人が収入が少ない、この世で得(とく)をして、あの世で苦しむか、この世では損をしたが、あの世で得(とく)をして、あの世で苦しむか、この世では損をしたが、あの世で得をするか、それはその人の心次第である。

 しかし、こつこつまじめにやる人がとかく人に認められないのは、そういう人はとかく周囲の人々と調和でないこと、まじめではあるが仕事の効率が悪いので全体の仕事の流れに邪魔になる等の点があるので注意しなければならない。「くそまじめ」というのはとかく周囲の人々と調和せずに不調和を起こしやすい。「調和」ということは大事なことである。

 それぞれ霊の指導の系列があって、人間としての最高の生き方の基準を示していて下さるのが、如来、メシヤといわれる方々、即ち釈尊、イエス・キリストといわれる方々である。

 釈尊を中心とする東洋の宗教が、イエス・キリストを中心とする西洋の宗教に比べて、複雑でわかりにくいといわれるのは、霊の段階によって法を説かれた釈尊の説き方と、霊の段階に関係なく、人間全般としての生き方「愛」を強調されたイエス・キリストの説き方の差であると思う。

 正法で説いていることと同じようなことをいっている宗教家が外国にあるのは、人類救済指導のしくみはすでに天上界に出来ていて、その天上界の計画に順って、必要な時に必要な霊魂を地上に送って肉体を持たせるのである。高い悟りの境地を理解できない人達に対しては、わかり易く低い境地のことを説く霊魂が生まれさせられて行く。

 人間といっても、人間にはいろいろな霊の段階があるのであるから、その霊の段階に応じて法も説かなければならない。そういうところに、それぞれその霊の段階に応じた宗教が生まれてくるのである。それもすべて天上界の人類救済のしくみの中であるといってもよいのである。だから宗教争いをする必要はないが、正しいことを強く広く知らせる運動は進めて行かなければならない。

 人間は、自分の霊が納得できる宗教に出会うまでは一つの宗教に満足することが出来なくて宗教遍歴をするのである。

 その際、やめようとする信者に対して、「恩を知れ」という言葉で信者を脅迫しやめさせまいとしてはならないのである。そうすることは信者の霊の進歩向上を阻止するものであって、人の霊の進歩を阻害した罪は一番重いのであるから、現在の日本の宗教団体の教祖は大部分が無間地獄に堕ちるといわれるのである。

 

 

 今月は、人類救済のしくみは天上界でコンピューターみたいにしくまれているのであることを知ってもらうことになってしまった。地上にいる人間が、もし間違った方向に進んで行くようであれば、それを阻止し、その人々を救うしくみは直ちに計算されて実現に移されて行くのである。

 ポール・ソロモンが富士山の噴火や関東大震災等について預言をしているのは、すでに天上界ではそのような計画が天上界で出来ていることを察知したからである。

 天上界のしくみによって、必要な人が必要な地点に出生してゆく。その時代その時代に応じて必要な人が現れる。そういう人達を菩薩といい、いよいよ法がわからなくなってくると(それを末法という)釈尊、イエス・キリストのような如来、メシヤといわれる方が出生してこられるのである。

 法がわからなくなった末法、それは人間の心が一番悪くなった時代であるから、歪んだ人間の心に反省を求めるための天災地変は、原因と結果の法則(因縁の法)によって必然的に起こってくるということになるのである。

 

 

 「禅定」の指導テキストの最初に、私が「原因と結果の法に畏れを感ずること」と書いて置いた。デーリーもそのことの重大さを知ったのである。

 次号ではそのことについて書くことにする。

 

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

(二十三)

正法誌  No.170 1992年10月

 

 

   禅定、瞑想、正法協会の使命

 

 心ある外国の宗教指導者が、瞑想の重大性を強調しているのに比べて、日本の他力信仰

の指導者達の多くは、禅定、瞑想していない。禅定、瞑想をするのは自力だからいけないというのである。

 釈尊は八正道の中で「正定」正しく禅定、瞑想すべしと説かれ、自ら禅定、瞑想をして

悟りを開かれたのであるから、禅定、瞑想をやらない仏教は真の仏教ではないといえる。

 

 

 最近、キリスト教でも瞑想を大事にし、カトリックでは曹洞宗の坊さん達との交流をし

ているが、曹洞宗の座禅には一定の作法があるが、キリスト教の瞑想には作法はないよう

で、ただ、限をつむって瞑想すればよいと教えているようである。

 日本の座禅は「天台小止観」「摩詞止観」によって始められたものであるが、今はそれ

に依っていないようである。よって私が正法会を発足させ、禅定の指導するにあたって、

「天台小止観」 の真髄を要約して禅定のテキストをつくった。

 つぎのことをしなければ本当の禅定にはならないという、もっとも大事な部分だけを書くことにする。

 

 

 禅定をする環境を整えること

 禅定をするには、禅定をする前の心の準備が必要である。その心の準備が反省である。

 反省も、ただ単に過去の記憶を思い出させて懺悔させるような奈良の吉本伊信氏がやっ

ていられる「内観法」だけでは不充分である。つぎの十法が必要である。

 

 

 一  善因善果 悪因悪果の法則を信ずること

 

 二  神がつくられた法は、人間の心を以ってしてはどのようにも変更することはでき  ない。ただ順う以外はないものである ことに畏れを感ずること

 

 三  だからして、深く懺悔、慚愧の心を起こすこと

 

 四  もろもろの罪をなくするにはどうすればよいか、その方法を求めること

 

 五  まちがった罪を全部思い出して、隠さないこと

 

 六  ともすれば、間違いをつづけそうになる心を、断固として絶つことを決意すること

 

 七  法に順って、正しく生きることを決心すること

 

 八  神の慈悲、愛によって生かされていることに感謝し、神への報恩の心を起こし, 自分一人だけが救われることを求めず、多くの衆生と、共々に救われることを願うこと

 

 九  常にわが心の内に、また、自分の外(そと)に神の生命が充ち満ちていることに感謝するに神の生命が充ち満ちていることに感謝すること

 

 十  罪は本来、実体なきものであり、自分の心が執着している間だけ存在しているように見えるだけであって、本来自性なきものであることを悟り、ひとたび反省、懐悔した以上は再びそのことに心を囚われないこと

 

 以上のことをしっかりと心に決めてから禅定、瞑想をしないといけない。

 特に原因と結果の法則の大事さを知らなければならない。神は原因と結果の法則(因縁)

だけをつくられて、その運用は人間の自由に委かされたのである。その因縁の法を、善な

る方向に使用しようと、悪なる方向に使用しようと、それはすべてその人の責任であって

神の責任ではない。自分が悪いことが来る原因をつくっていて悪いことが来たのに、そう

した自分の心を反省して変えないで、恰も神さまが罰を与えられたかのように思って「ど

うぞ、神さま、私に悪いことが来ませんように」と祈ることはおかしいのではないか。

 宇宙エネルギーが解明されたことによって釈尊、高橋信次先生が説かれた正法が、子供

にでもわかるように説明できるようになった。中国語で書かれたむづかしいお経の意味を解釈し、八万四千といわれるお経の意味を探って釈尊の悟りを得ようとしないでも、小学生でもわかるようになってきた。お経や古い道徳概念に囚われて来た大人達は、宇宙エネルギーのことを知らないと、宇宙エネルギーのことを知った子供達から追い越され取り残されてゆくことになる。

 

 

 神とは、宇宙の中心の大生命エネルギーのことである。高橋信次先生は「大宇宙大神霊」

といわれた。

 心もエネルギーであることがわかった。

 エネルギーには+(プラス)と−(マイナス)とがある。

 善とは+のエネルギーであり、悪とは−のエネルギーである。

 +のエネルギーは、よい結果を生む。

 −のエネルギーは、わるい結果を生む。

 自分の心のエネルギーを、+にするか、−にするかは、自分自身である。

 自分の心で、−のエネルギーをつくっていて、−の結果(不幸)が来たのを、自分の心の−のエネルギーを変えないでいて、他力信仰で外に祈ったり、誰かに頼って運命をよくしてもらおうとすることは、法則に反した全く馬鹿気たことである。自分の心を+にするのは自分自身以外にないのであるということを知った子供達は、他力信仰にしがみついている大人達を軽蔑して、そういう大人達を追い越して二一世紀へ向ってゆくことになる。

 大人達は浮か浮かしてはおれない時代になったのである。

 だから、宇宙エネルギー科学者は、「他力信仰の宗教団体は潰れて、釈迦、キリストの教えを原点とした自力信仰だけが残こる」といっているのである。

 子供を持っていられる方々は、早く子供に宇宙エネルギーの話をしていただきたい。子供達はすなおに信ずるのである。宇宙エネルギーのことを知った子供、現在一〇歳である子供も、後一〇年すると二〇歳になる。古い宗教観念に執着した大人達が第一線を斥いて、宇宙エネルギーのことを知った若者達が元気よく登場してくる。そうした世代交代が行なわれてくると世の中はすっかり変ってしまうのである。だから、母と子の研修会を急がなければならないのである。

 信仰とは、要するに宇宙エネルギーの心の生かし方なのである。

 自分の心を+のエネルギーにすれば健康幸福になり、−のエネルギーにすると、病気不幸がくる。それだけのことである。信仰は決してむつかしいものではない。

 

 『スター・デリーの哲学及び宗教』が価値があるのは、ともすれば、−のエネルギーになり勝ちな吾々の心を、+のエネルギーに転換する方法を教えていてくれるからである。

 その心のエネルギーを、−から+に転換して、転換したことを自分で確認する方法が「禅定、瞑想」なのである。

 宇宙エネルギーのことがわかってくると、禅定、瞑想もラクにできるようになる。これまで禅宗で教えてきたような、むつかしい作法にもとらわれないでよくなってくる。

 宇宙エネルギーのことを知った若者達は、古い座禅のしきたりにこだわってきた老僧達よりも、数段高い悟りを得てゆくであろう。

 宇宙エネルギー科学者が、他の天体にも人がいるかも知れない、だから地球意識、宇宙意識を持てといっている。

 宇宙意識を持つことが「宇宙即我」である。

 「宇宙即我」を実際に体験することはむつかしいことであるが、その境地を頭だけで知的に理解した子供、青年達はふえて来る。

 

 高橋信次先生が「宗教と科学は一致する」と説かれた。いよいよその時代に入ったのである。

 宗教と科学が一致するものであることを知った人々が、二一世紀を創造して行くのであるから、いよいよ、これからが正法の時代となる。

 高橋信次先生が正法を説き始められてから二四年、これまでは正しく正法を二一世紀へ伝えて行くための準備期間であった。その内の一四年間は正法会として準備して来た。

 いよいよ二一世紀へ向けて、それにつづく人類永遠の救いのために離陸する時が来たのである。

 

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

(二十四)

正法誌 No.171 1992年11月

 

 

 神は法則であり、同時にそれ以上のものである。愛であり、恩寵 (おんちょう・慈しみ) であり、法則の創造者である。水曜日の、法則を守る実践によって、デーリーには法則なるものの性質が充分に理解出来たのである。

 法則というものは絶対精確に機械的に運行しているものであるが故に、「請願(せいがん)」や「懇請(こんせい)」の的にならないものである。それは吾々の「請願」や「懇請」の的にならないものである。それは吾々の祈願に祈願に答えたまわんがために、自己自身の法則を破って自然の軌道からはみ出るものではないのである。

 

 

 ここには本当の信仰はどのようにあるべきか、他力信仰と自力信仰の違いはどこにあるか、凡てなんらかの信仰をする者の根本的な考え方が書かれているのである。

 高橋信次先生は、「やがて正法はアメリカに渡り、アメリカ全土に正法が広がって、そうして日本に帰り、日本人の凡てが正法を知るようになるのである」と予言をされた。

 エドガー・ケーシーとその流れを汲むポール・ソロモン、スター・デーリー、アガシャ教会のリチャード・ゼナー氏などは、アメリカに正法が広がるための地慣(じなら)し、準備をするために天上界から出てきた人達なのである。

 アメリカは今没落しつつあり、アメリカはいつまでも繁栄しつづけると思っていたアメリカの人々は、アメリカはこの先一体どうなるのかという不安を持っている。そのアメリカの前途に不安を持っている人々の間に静かにひろがっているのがキリストの原点に返れという動きと心霊ブームである。

 

 私は前に「病気や不幸になると、神、仏もある者か」という人がいるが、「神、仏があるから病気・不幸になるのでる」このことがわからないと本当の信仰にはならないと書いて置いた。

 神は「原因と結果の法則」をつくられた。法則は厳密に機械的に作用するのであって、手加減されるということはない。ユダヤ教やキリスト教の人々が旧約聖書を「怒りの神」だとか「嫉みの神」だとかといっているのは、またユダヤ人が「我らは契約の民である」といっているのは、神は法則として現れるのであることをいったのである。われわれが怒りの心を持てば怒りの姿となって現れてくるし、嫉みの心を持てば人から嫉まれるし、病気や不幸になる心を持てば病気や不幸が来るし、病気や不幸になると、どうしてこんなことになったのであろうかとそのようになった原因を考えて反省する。

 どんな悪い心を持ったとしても、絶対に病気や不幸にならないのだとしたら、人間はいつまでも悪い心を持ち、悪いことをしつづけるであろう。病気や不幸になるから「なぜ」「どうして・・・」と反省して、よいことをするようになってゆく。

 だから、病気や不幸になるのは、「もうそれ以上は暗い悪い心を持ってはならない、この辺で心のあり方を良い方に切り替えなさいよ、」という神の慈悲、愛なのである。

 病気や不幸になることが神の慈悲、愛であると気づいたところから本当の信仰が始まるのである。本当の信仰が始まるのである。本当の信仰といったが、信仰という言葉で表現すべきではないところの、普通の当たり前の人間の心の持ち方なのである。

 今は、人間の普通の心の持ち方の他に「信仰心を持て」といって、信仰心は特別の心のあり方のように思っているが、それは今まで、今から70年前ロシア革命があって、唯物論、無神論が正しいとされてきた、それで唯神論、有神論の側(がわ)から「信仰心を持て」といわれてきたのであって、信仰心というものは特別に身構えて持つべきものではなく、唯物論、無神論は間違いだったのであるから、唯神論、有神論が正しいのであるから、普通に神は慈悲と愛であり、神が法則を作られたのであるから、神を信ずるというならば「法則」を実践すればよいのである。

 スター・デリーが教えている哲学が正しいことを”宇宙エネルギー”は教えてくれる。

 自分の心をきれいにしないで、欲望を達成しようと必死でする他力信仰は、その願いが強ければ強いほど、心はますます欲望に執着して暗くなり、自分の心のエネルギーは少しも正しい方向に使われなくなる。

 宇宙エネルギーの解明は、二千〜二千五百年の間に歪められたキリスト、釈迦の教えを、正しく明らかに示してくれることになる。

 

 仏教的に「煩悩をなくせよ」というと、従来の仏教的な解釈によって「煩悩とは・・・・・」とむつかしく考えるが、宇宙エネルギー的に解釈すると子供でもよくわかることになる。「心のエネルギーを正しい方向に使えば幸福になり、まちがった使い方をすると病気不幸になる。正しい方向に使うことを「善」といい、まちがった方向に使うことを「悪」という。煩悩とは、心のエネルギーを正しい方向に使うことを妨げている心である。

 憎しみ、怒り、ねたみ、情欲、虚栄、自己顕示、自己中心、感謝がない、欲望など、こういう心が、心のエネルギーの直進を妨害しているのであるから、こういう心をなくしましょう」

 といえば、よくわかってくれることになる。

 むつかしいお経のことばなど引き出してくる必要もないし、かえってキリスト、釈迦の真意を早く理解してくれることになる。

 どのように心のエネルギーをコントロールして生きてゆくか、それが人生であるということがわかった子供達は、大人になっても自力で他力信仰はしなくなる。

 そうなれば、今、他力信仰をしている大人達が次々死んで行って、宇宙エネルギーを常識として知り、宇宙エネルギーを利用した自動車を運転する世代は、他力信仰の馬鹿馬鹿しさを知っているから、他力信仰の宗教団体はつぶされることになる。

 信者会員を騙して造り上げた、何十億、何百億をかけて建設した神殿や殿堂が廃墟になってくる。これから維持できなくなった神殿の売り物が出てくるだろうし、他力信仰を支えてきた仏壇仏具、法衣等製造の仕事もだんだんなくなってゆくであろう。

 

 キリスト、釈迦の教えの原点をつく自力信仰団体は正法教会のみであるから、われわれは早く、他力信仰の間違いを知った人々を受け入れる態勢をつくらなければならないのである。

 

 

 「偶像を拝むな」といわれた釈迦の教えが、いつのまにか偶像を造って拝むようになった。仏教は堕落したのである。そこへ十二世紀初頭イスラエル教徒がインドへ侵入してきて、たくさんの僧を殺し仏像を破壊した。

インド中央では仏教が絶え、チベットやセイロン等へ逃れた僧達によって、また拝んではならない仏像が造られ、中国から日本へと流入してきた。

 宇宙エネルギーの解明は、暴力武力で偶像を破壊することなく、平和なうちに宗教革命を呼び起こしてくれる。

 「光の中を、光をともして歩け」とキリストが呼びかけていて下さる声が聞こえてくるようである。

 

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

(二十五)

正法誌 No.172  1992年12月

 

 

 法則としての神はただ適用されるべきだけのものである。それは請願しても泣きついても仕方がない。大体「請願」というものは二つのことを予期している。

 祈るものと祈りを聴き給うものとの二者である。そこで祈りというものが成り立つためには法則としての神の外に、凡ゆる心霊的性質を備え給うところの人格をもつ神を考えなければならないのである。

 デーリーはかかる人格神を、あの獄舎において、人事不省中に現れてジッとデーリーを愛深き眼光(まなざし)デリーはかかる人格神を、あの獄舎において、人事不省中に現れてジッとデリーを愛深き眼光しをもって見つめ給うていたところのイエスに見出したのである。 

 かくて神のあらゆる問題は、漠然たる抽象の領域から転じて、慈悲と恩寵と智慧とを持ちたまう、人格としての神に転じた。

 彼は聖書の中のあの放蕩息子の寓話の中に見出されるような父なる神を見出したのである。

 

 神は泣きついても仕方がない。法則としての神はただ適用されるだけのものである。というこのことは、他力信仰の無力さを云い現わしているのである。

 病気不幸になるのは原因があるからである。

 その原因をなくさないで、病気不幸になって苦しいからといって、神にいくら懇願してみてもどうすることも神はできないのである。もし神に口があれば、「病気不幸になった原因を反省して無くしなさい」といわれるであろう。

   

他力信仰をする人達は、人格としての慈悲、愛の神だけを神だと思って、法則としてのきびしい神の面があることを知らないのである。

法則としての神

 (一) 原因結果の法則

     動・反動の法則

     作用・反作用の法則

 自分が悪いことをしていて、幸福な結果だけを得ようとしてもムダである。幸福というよい結果を得ようと思ったらよい原因をつくらなければならない。悪い原因をつくっていて悪い結果が出たからといって、神に泣きついてもムダである。

 (二) 慣性(業(かるま))の法則

 人にはそれぞれ習慣性がある。「なくて七癖」ということである。本人は意識していなくてもついつい出てしまう癖がある。

 自分はどういうことで失敗をするかとよく考えてみることである。

(三)循環の法則、輪廻転生の法則

 自然のもの、天体もすべて円運動をしている。地球の円(循環)運動によって春夏春冬があり、昼と夜がある。そのように人間はあの世とこの世を輪廻循環する。 

 この世で犯した罪はあの世で修正し、あの世でも修正が終わらなければ、またこの世に持ち越して苦労することになる。

現在の自分は過去の輪廻転生の総決算である。だから、人を羨ましがるのは間違っている。自分の人相も性格もそうである。自分が醜いからといって美しい人を羨ましがったり嫉んだりするのは間違っている。醜い顔で生まれてきた原因は自分が過去世でつくったのであるから、美しい人に生まれたかったらこの世で美しい心を持つことである。女の人は特に顔を気にするようである。自分が醜いからといって、美しい人を嫉妬したりすると、また来世は醜く生まれることになる。人間は顔ではない。心である。

(四) 波長共鳴の法則、類は類で集まる

よい人になろうと思ったら、よき友を持つことである。よき師、よき目上、よき同僚、よき部下である。

よい運命を持とうと思ったらよいことを話する仲間に入ることである。

 悪いことをしても悪い結果が出ないとしたらこの世は暗黒になるであろう。悪いことをしたら悪い結果になるから反省することになる。

 「反省は、神の慈悲である」

 反省は、どんな悪いことをした人をも救わずには置かないという、遠く離れて放浪して苦しんでいるわが子を、自分の手許に引き寄せようとしていられる神の慈悲である。

 病気不幸が、神が救わんとしていられる慈悲であると分かったら、そこから、人は善人に立ち返ることができて幸福になることができる。デーリーは、法則としての神と、人格としての神が一つであることを、獄舎に現れたイエスに見出したのデリーは、法則としての神と、人格としての神が一つであることを、獄舎に現れたイエスに見出したのである。聖書の放蕩息子の話と同じ話が法華経に出ている。釈尊は今から二五〇〇年前の人、キリストは二〇〇〇年前の人、その頃、同じ話が出てくるということは神理は一つだということである。

 

  人間は、人間以下の凡ゆる階層の生命を自己に包容する

 

  デーリーのいうところによると、人間は二つの世界の市民である。一つは物質の世界であり、他は心霊の世界である。大別すれば二つの世界であるが、それは更に数個の世界に分別せられる。鉱物の世界、植物の世界、動物の世界である。

  人間は万物の霊長であると同時にこれらの下層の各々の世界に、それぞれの条件の法則で関係しているのである。例えば栄養の法則は動物的生活の法則であるが如きである。 もし誰でも栄養の法則に反して全然食事をとらなかったら、肉体は死滅してしまうが如きである。また血液の循環現象も肉体人間存続にぜひとも必要な条件である。それは自然界から課せられた動物的肉体存続の条件であり、それを無視することはできない。このようにして人間の生活は、より低級なる存在の条件を内に包容しつつ更にその上にも高級なる心霊の王国に住むものなのである。

 

 人間の肉体は動物的、植物的、鉱物的存在であり、それを霊が、魂が、心がコントロールし支配しているのである。

 これは、生長の家教祖谷口雅春先生が翻訳されたものを基にして書いているのであるが、『スター・デーリーの哲学および宗教』を翻訳出版されたのは昭和二五年である。二九年にはスター・デリー氏を日本に招ばれた。

 ここには、肉体は肉体の法則に順って大事にしなければならないと書かれているのであるが、生長の家が聖典としている『生命の実相』には「肉体本来なし、心で病気なしと思えば病気はなくなる」と、心だけを重視して、肉体の法則を無視している。だから、生長の家の会員は病気になると手当はせずに、医者にかかることを罪悪のように思い、心で「病気本来なし」と念じている内に病状が悪化して死ぬという例が多かった。ここでは肉体としての法則を大事にしなければならないと書いてあり、この本を正しいとして出版したのであるから、生長の家の「肉体本来なし」という教義は改めるべきであったと思うが改めてない。

 これと同じことが『天と地とを結ぶ電話』についてもいえる。生長の家は無限供給の法則として「念ずれば反映する。繁栄しないのは念じ方が足りないからである」と教えている。ところが『天と地とを結ぶ電話』には、「無から有を生ずると説くニセ宗教家に注意せよ」と書いてあるのである。「ありがたくなくても、ありがとうございますといえばありがたくなる」と教えている。だから、ありがたくないことがあると、「ありがとうございます」と念仏みたいに唱えるのである。

 『天と地とを結ぶ電話』を出版することは、本書に書かれてあることを正しいと思うから出版したのであろうが、生長の家は本書に書かれている真理に反した教義を教義としているのである。私は生長の家教団を、『天と地とを結ぶ電話』にかかれてあるような教団にしたいと思って教祖に意見具申してきたが、その度に「あなたは生長の家的でない。生長の家はよい所だけを見て、わるい所はみないのである」とメモをもらったので、もはや生長の家は正しく真理を説く教団ではないと思って、本部講師をやめたのである。

 正法では、「人は神になることはできない。」という。新興宗教ではすぐ教祖を神にしてしまう。谷口雅春教祖も神にされ、釈迦、キリストよりも偉大な方であるといっていた。神は「無謬性」である。

 神は絶対であって、神が間違ったことをいったり、されたりされるはずがないと考える。

 だから、教祖が神になってしまうと、例え教祖が間違ったことをいってもそれも正しいと思い込んでしまうのである。その一番よい例が創価学会の池田大作である。

 池田大作は日蓮上人以上の人であると信じている信者達は、池田大作がどんなことをしようと、あんなえらい方がそんなことをされるはずがないと考えて、どんな池田大作批判も受けつけないのである。

 GLAの高橋佳子の場合もそうである。高橋佳子を”人類の救世主”と信じている人達は、佳子が、「釈迦、キリストは人類が救われる道を説かなっかた。高橋信次はぬけ殻である」というと、それをそのまま信じていて決して自分は間違っていないと信じ込むのである。恐ろしいのは、教祖を神にしてしまった教団である。教祖を神にしてしまうところから生ずるのが「ヌミノーゼ心理」である。

 「ヌミノーゼ心理」については『正法と現代宗教』に書いて置いた。

 

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

(二十六)

正法誌 No.173  1993年1月

 

 

 立ち向こう世界は自己の魂を磨く好機会

 

 

デーリーはこの見地に立って、人生に対するのである。病人や、自己に敵対する者などは、自分自身の心霊力を磨かせてもらう絶好の機会を見るのである。彼は言う、「自分がこれらの人々に対するサービスが、彼らの生活に幸福を持ち来たしたかどうかはどちらでもよいのである。自分が人に心霊的にサービスしたという事実が自分に祝福を持ち来たしたという点は間違いないのである」といっている。

 

多くの人々は、夫婦調和し、親子調和し、周囲に調和することに一生懸命である。しかし人生は、調和することだけが目的ではない。

 調和しないと、神の世界が見えてこないからである。神と人間との関係即ち「人間は神の子」であることがわかって来ないからである。人間はみな神の子であることがわかってくると、神の子である人々が、病気や不幸で苦しんでいるのを見ると、放って置けなくなってその人の苦しみを除き、本来の神の子の相(すがた)に返してあげたいという愛の心が起こってくる。人を救いたいという慈悲の心が起こってくる。調和しただけで満足している人はまだ神の子の生活をしているとはいえないのである。人を救おうとする慈悲、愛の心を起こして実践した時に、過去の因縁、業が浄化されて、一段と霊が向上するのである。神と人間との関係即ち「人間は神の子」であることがわかって来ないからである。人間はみな神の子であることがわかってくると、神の子である人々が、病気や不幸で苦しんでいるのをみると、放って置けなくなってその人の苦しみを除き、本来の神の子の相に返してあげたいという愛の心が起こってくる。人を救いたいという慈悲の心が起こってくる。

調和しただけで満足している人はまだ神の子の生活をしているとはいえないのである。人を救おうとする慈悲、愛の心を起こして実践した時に、過去の因縁、業が浄化されて、一段と霊が向上するのである。過去の因縁、業は、自分がつくったのであるから、自分がつくった因縁、業を人(霊能者、祈祷師など)に頼んで切れるわけはない。まして、お経を上げ、念仏や題目を唱えるだけで坐っていて、それで切れるわけはない。

 過去の因縁、業は、自分がつくったのであるから、自分がつくった因縁、業を人(霊能者、祈祷師など)に頼んで切れるわけはない。まして、お経を上げ、念仏や題目を唱えるだけで坐っていて、それで切れるわけはない。起ち上がって人を救った時に切れるのである。そして、人を救うことによって自分自身の霊にますます磨きがかかり、心霊力が向上して、ますます奇跡を現す人となることができる。

 起(た)ち上がって人を救った時に切れるのである。そして、人を救うことによって自分自身の霊にますます磨きがかかり、心霊力が向上して、ますます奇跡を現す人となることができる。

 私が、人救うために自分の人生のすべてを捧げようと思ったのが昭和27年であった。

 それから40年経った。最近はその人を念ずると、その人の夢枕に私が立ってその人に教え、その人を救うようになってきた。それが同時に別々の人に姿を見せるのである。古神道ではこのことを「分身を現す」といっている。私は話をして私の雰囲気にふれただけで病気が治ったという人も出てきた。それは私の心霊力が向上したからであるが、人を救う力は、魂を救おうという心を起こして実践した時に出てくるのであって、滝に打たれたり、断食したり、いろいろな行をして出てくるのではない。行をして人を救う力が出てきたという人は、、すべて動物霊か地縛霊のしわざである。

 自分の前に病人や不幸な人が現れたら、自分の心霊力を向上さして下さる方であると、その人の実相をみて感謝することである。自分がこの人を救ってやるなどと、傲慢な心を持ってはならない。だから、その人が正しく人を救う力を持っているかどうかは、その人がやさしい愛の雰囲気を持ち、敬虔で謙虚であるか、また、その人の雰囲気が荒々しく傲慢ではないかを見ればよいのである。

 

 奇跡が起こるかどうかは、受ける人かどうであるかによって違ってくる。自分から進んできた人は、皆素直に教えをうけようという心でこられるが、人にすすめられて仕方なしにつれてこられた人という人の中にはすなおでない人がいる。そういう人は、いくらこちらが一生懸命に話をしてもまじめに聞かない場合がある。そうすると奇跡は起こらない。

 よい結果が出なかったからといって自分には人を救う力はないのか等と落ち込む必要はない。自分に人を救う愛の心と力を引き出して下さった人であると感謝することである。

 

 昭和27年、私はそれまで、人を救って歩くには金がいる、なんとか生活に不自由しないだけの金を貯めてから、人助けをしようと、敗戦になって復員してから仕事を始めたが失敗した。その時、自分は仕事をして儲けるために生まれてきたのではない。 人を救う宗教家となるために生まれてきたのであるということを感じた。失敗した揚げ句の無一文の中から、私は自分の人生のすべてを神に捧げることを決意した。

 私に宗教家として立つ使命があるならば、「神よ、お力をお与え下さい」と祈った。その力がないならば乞食をしてもよいと決心した。妻と子供を連れて乞食して歩く自分のみじめな姿を思い浮かべては、自分を自分であわれと思って泣いた夜もあった。

 近くに結核三期の17歳の青年がいた。私はその青年を救おうと、神があること、人間は霊であることを話して光を入れた。しかし、その青年は死んだ。自分は人を救う力はないのかと、自分の力のなさを嘆いて宗教家になるのをやめようかと思った。しかし、一方では、私の遠隔思念によって膝関節の月平板の割れたのがひと晩で治った少年の奇跡があった。その少年のために真剣に祈ったら「治った直った」という声が天から聞こえてきた。聖書にキリストがされたと書かれてあるのと同じように、私は膝を立てて「汝 癒えたり立ちて歩め」といった。そういう奇跡も起こしていたから、自分に宗教家として起つという能力がないとも思われなかった。だが、その結核の青年を救うことができなかったのはなぜか、考えずにはいられなかった。

 そうして思い至ったのは、成長の家が「心で治ると念ずれば、必ず病気は治る」と教えていることの矛盾であった。心で治ると念じたからといって、肉体には肉体の法則があるから、すぐに肉体組織が完全に変わるわけではない。心で治ると念じていても、結核の進行が早ければ病状はどんどん悪化して死に至るわけである。生長の家でそういっているからといって、心で治ると思っても急には肉体がよくなるわけではない。肉体の法則も心得て大事にしなければならないのだということであった。生長の家が極端に医療や物理療法などを排斥して、医者に罹ったり、薬を飲んだりすることを罪悪のように考えていることは間違いである。

 

 そしてさらに考えた。

「救われるというのはどういうことか」

「肉体の病気が治ることだけが救われたというこということではない。肉体の病気が治ったといってもいづれは肉体は死んでなくなっていくのである。救われるということは、心が霊が救われるということなのである」

 ということであった。彼の青年は、人間は神の子であるということを知ったのである。

 彼は私生児であった。父親という人は近くに住んでいて「あの子はあの人の子だ」とみんなうわさしていた。その青年は、きっと、いつかの時にそのうわさも耳にしていたと思う。その父なる人を見ても、父と呼ぶことはできなかった。彼はいつももの思いに沈んでいる孤独な子であった。たまに人と一しょにいて笑うことがあっても、彼の笑いはさびしかった。私も私生児としての苦しみを体験してきたから、彼の苦しみがよくわかった。

 それであるだけに、私は彼を救って喜びを与えたいと思った。しかし、彼は死んだ。死ぬ時に彼は私に「よろしく」といって、にっこり笑って息をひきとったということであった。

 そのことによって、「救いとは心が救われることであって、肉体だけが救われることではない」ということを教えられた。

 

 人を救おうと思って正法を伝えて、そうした相手が死んでも、また、相手が正法からはなれてしまったという結果に終わっても、それで悲観することはない。今生では救われなかったとしても、正法を聞いたというそのことは、ちゃんと魂に記録されているから来世で救われればそれでよいのである。

 今生では救われなくても、来世で救われることを説いているのは正法会だけである。他の宗教団体は、今生で救われると、それも間違ったことを説いて、来世のことは全く考えていない。まちがったことを正しいと信じていれば地獄へ墜ちるのである。

 

 21世紀は宇宙エネルギー時代となる。

 21世紀には、他力信仰はすべて消滅して、釈迦、キリストの教えの原点を説く自力信仰のみとなるのである。何十億、何百億と金をかけた本山や神殿が廃墟になってゆく。

 地上の人間は、いろいろな霊の段階から生まれてきているのであるから、高度の段階の霊の救いを説く宗教も必要であれば、幼稚園生のような幼い段階の霊の救いを説く宗教も必要となる。

 ソクラテスは「自分を知れ」といった。

 自分を知るとは、自分の今を知るということである。自分はどの程度の人間であるか、人の上に立って人を指導できる人間であるか、それとも、人に使われる方がラクだという人間であるか。人の上に立つ分を持っている人が上に立てばよいが、その分のない人が、地位欲、名誉欲、権力欲、支配欲等にとらわれて人の上に立とうとすると混乱が起こる。 宗教団体は世襲にしてはならない。教祖が生まれた家系だからといって、必ずしも高い霊魂の持ち主が生まれてくるとは限っていない。そして、教主、総裁の地位を養子によって継がせるということは、ただ世俗的な伝統に順っただけで、法を継ぐことにはならない。法の継承は血統とは関係のないことである。

 

 この地上がユートピアになるためには、地獄界がなくならなければならいのである。地上に執着している地獄霊、人間に憑依している動物霊も、それぞれ悟らせて救わなければならないのであるが、その力を持っているのは正法会だけである。宜保愛子氏は霊を追い払うだけで人を救ってはいない。宜保愛子氏等は、今まで目に見えないものは存在しないという「無神論」「無霊魂論」の唯物論の時代が長く続いたから、それらの人々に霊の存在を知らしめるために生まれてきた人であって、宜保愛子氏の霊はそんなに高くない。宜保愛子氏によって霊の存在を知った人達は、最終的に正法を知らなければ救われないのである。

 これから地上の人々に、霊魂の存在を知らせる霊的な現象がふえてくる。天災地変も起こってくる。

そのことによって地上の人間は、いや応なしに、目に見えない世界を大事にするべきであることを知るようになってくる。

 そして人間は、ただ自分のためにだけ生きるのではなくて、人々は互いに愛し合わなければならないということを知ってくるようになる。自分の周囲は、その人がどういう人であっても、自分の魂を磨いて下さる人々であると感謝しなければならないことが、わかってくるようになる。夫婦調和し、親子調和することは、人間として生まれてきて当然のことであって、よいことをしたことにはならない。他の人を救った時、過去の業が消滅し、霊が一段と向上してゆくものであることを忘れてはならない。

 現在の人間は、過去世からの業を一ぱい持ってきているために、人生の前半において過去世の業を精算してからでないと、神を知りえないことになっているのである。

 

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

(二十七)

正法誌 No.174  1993年2月

 

 

   生命は豊かに無限に生長する

 

地上に人間は、神の豊富なる生命を「恩寵」として貰って来たのである。神の生命は豊富であって決して、制限を知らないし、常に拡張的であって退避するということを知らないのである。神の生命のやどるところ進歩と発達とは常に自己のものである。

  神の生命のうちに人間は生き動き、且つ存在を保っているのである。

 高橋信次先生は、「神は人間の生きる条件を無償で、タダで与えているのであります」といっていられる。正しく信仰するものが第一に為すべきことは、天地創造の神に対して、ひたすらに、心から感謝することである。タダほど尊いものはない。

 私は「母と子の研修会」で子供たちに、「なぜ、ありがとうございます」というのか、という話をする。漢字で書くと「有難うございます」と書く。「あることがむずかしい」という。なぜ、あることがむつかしいのであるか、じっと目をつむって

「自分の生命は、誰から、どうしてもらったのか」を考えてもらいたい。

 親からタダで生んでもらった。その親は、その親は、・・・・・その祖先をも含めて、・・・・・自分一人だけではない全世界の人類、そしてその祖先も、・・・・・・この世に存在するものすべてを生かしている力がある。

 われわれが生きていくためには、絶対になくてはならないものがある。しかもそれはタダである。なにがあるであろうかと聞くのである。子供たちは真剣に考え始める。

 太陽、水、空気それらはみなタダである。

 人間が生まれる以前からそれらのものは、自然につくられてあった。その大自然を創造した無限の一大エネルギー、しかもそれは慈悲と愛の存在である。人間が手でこしらえた神像や仏像が、われわれを生かしいてくれるのであろうか。

 われわれの生命の本源である神に感謝しないで、何に感謝するというのであろうか。

 自分がここにいるのは、親があったからである。親は無償で自分を生んでくれた。神の愛は、親の愛となって現れている。だから「父母の恩」に感謝するということが大事になってくるのである。

 神には感謝していても父母には感謝しないとか、父母には感謝していても神には感謝しないとか、そういう感謝は本当の感謝ではない、キリストは教えていられる。

「子たる者よ、汝の父母に感謝せよ、さらば汝、幸いを得、地の上に寿命(いのち)永からん」

親に感謝する者は幸せになるが、感謝しない者は不幸になるというのである。だから、

「汝ら神に祈る時には父母に感謝せよ」といわれているのである。

 そのように感謝を深めてゆくと、自分が生きてゆくことに関係のあるすべての物に感謝しないわけにはゆかなくなる。食べる物、着る物、住む家・・・・・・それからそれへと、すべてに感謝しなければならないものばかりである。

 ある時、「感謝せよ、といわれても、感謝するという意味が分かりません」という青年がいた。「君は今、生きている、君が生きてゆくのにいろいろなものが必要である。それらのもので、君は自分の手で造ったものがないかあるか、よく考えて見ろ」といった。

 また、ある所で、「”ありがたい”ということがわかりません」という人がいた。 「それなら、今すぐ”ありがたい”ということが分かるようにしてやろうか」といったら「ハイ」というので、それなら目をつむりなさいと目をつむらせた。

 そして、じっと鼻をつまんだ。びっくりしてふりほどこうとしたから尚のこと力を入れてつまんで呼吸ができないようにした。

 苦しがってきたのでパッとはなした。鼻の頭はまっ赤になっていた。”ハーッ”と深い呼吸をした。

 「どうだわかったか、君はこの空気を自分でつくたことがあるのか」といってやった。 今の若者達が、「おれは一人で生きている」などとうそぶいているが、おかしなことである。

 

 「神は常に拡張的であって退嬰することを知らない」

  このことはよく考えるべきである。自然の草木は、「こんなに日が照ったらたまらないから、この辺で休憩しよう」とか、「こんなに雨が降ったらたまらないからひと休みしよう」とか、そんなに思うことはない。日が照ろうが、雨が降ろうが、たゆみなく生きつづけるのである。

 高橋信次先生は、「自然が人間の生き方を教えていてくれる。自分の体を見なさい」と、いっていられた。

 心臓は1分1秒休みなく動いている。

 心臓は休憩しながら動いていることは最近医学界で発表されたが、休憩は必要であるけれども、われわれは成長をやめるとか、後戻りする、やり直すということは生命の世界にはないのである。

 生命は唯前進するのである。

 生命が前進する中で健康、不健康、幸福、不幸をつくり出して行くので、人生が後戻りして病気や不幸になるのではない。つぎへの生長のために休息は必要であるが、怠(なま)けるというのは、怠(なま)けるという前進なのである。怠けた結果、勉強が遅れる、仕事が遅れるというが、それは遅れるという形の前進なのである。

 進歩、発展という前進の道を取るが、遅れる、萎縮するという形の前進の道を取るかはその人の心が決めるわけである。

 要は、健康、幸福になるという前進の道を選ぶか、病気、不幸になる前進の道を選ぶか、どちらにするかということである。

 

 神は、われわれの脳の構造を常に前進するように造っていられるのである。

 例えば、手を真上に挙げる。手を挙げないという動作をする。手を上に上げるということは、手を上に上げるという前進であり、手を下に下げる、動かさないということは、手を動かさないという前進なのである。”しない”ということは”しない”ということではなく、”しない”という前進、生命の活動なのである。手を真上に真っ直ぐに挙げるという場合、真っ直ぐに上に挙げろといわれて、真横に挙げたという場合、普通は、手を上に挙げなかったという。しかし、真上には挙げなくても、真横に挙げたのは、真横に挙げたという前進であり、「しない」ということは、しないのではなくて、「しない」という行動なのである。自然は「しない」という動き、或いは自然の生長に逆行する動きをすることは絶対にない。

 

 人間は、動・植物と違って自由を与えられているから、「しない」という前進、「怠ける」という前進をすることができるが、その結果は病気、不幸という形が出てくるわけである。

 心はエネルギーである。善なる方向へ使う心のエネルギーと、悪なる方向に使う心のエネルギーの力は同じであるが、結果はまったく正反対である。善なる方向へ前進するのか、それとも悪なる方向へ前進するのかということになる。

 

神の生命のうちに吾らは「光栄」より「光栄」へと昇るのである。神の生命の中に吾等は生長する。先ず葉を出し、穂を出し、やがて穂の中に穀物は稔るのである。

 

 植物は自然に順ってよき実を稔らせるのである。人間も自然に生きれば幸福に生きられることになっているのである。それを人間智であれこれと工作して、自然の法則に反することをするから不幸になるのである。

 エデンの園のアダムとイヴは、神がするな≠ニいわれたら、その通りにすなおにしなければよかったのである。それを神の命(法則)に逆らった遭ったから罪となったのである。

 アダムとイヴの原罪があるというが、アダムとイヴが犯したことは、アダムとイヴ自身が受ければよいので、アダムとイヴの罪がその後の人に引きつがれるということはない。

しかしながら、アダムとイヴが神の法則にそむいて罪を受けたように、その後の人も神の

法則にそむけば不幸になるのである。

 ただ「栄える」ことだけが、神の心なのである。そのことをわれわれの祖先は「生々化育」、「生々発展」といってきたのである。

 また、「彌栄(いやさか)」といった。いよいよ、ますます栄えるというのである。日本の古神道は正法なのである。

 

 神の生命は吾等の生活のエレヴェーターであり、伸張器である。神の生命は吾らの生命の創造者であり、同時に再創造者である。神の豊富なる生命より吾等は生み出され、前進また前進、創造をくり返すのである。

 

 前進また前進。劣等感、罪悪感に心を滅入らせてはならない。倒れたら立ち上がれ。誰かが起こしてくれないと立ち上がれないと思っている者は、そう思っている通り前進をつづけて立ち上がることができないのである。

 「天は自ら助くる者を助く」である。

 善なる方向に、光明の方向に前進せよ。

 悪なる方向に、暗黒の方向に前進するな。

 

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

(二十八)

正法誌 No.175  1993年3月

 

 

   生命は豊かに無限に生長する

 

 

 神の限りなき生命のうちに、われらの有限に見ゆる生命は進化するのである。

 神の完全なる生命は吾らの制約された生命を癒すのである。神の永遠の生命の中に、吾等の有限の生命は不滅のよそおいをつけるのである。神の生命は不変で変化しないが、それはほ吾等の生命を変化せしめるのである。神の生命に満たされている。吾等が満たされる豊富さを失うならば、神の生命を自由に解き放ってそれを受用すれば好いのである。

 

 

 この現象の世界のものは、みな、神の生命の進展顕現であり、それは今、そのように現われているだけであって、時間と場所がかわればどのようにでも変化し進歩して現われるのである。神の無限の生命を、自分の心で制約しているから、その制約した心の通りにし

か現われてこないのである。われわれの心の鋳型通りにしか、神の生命は現われてこない。

 

 

 多くの人々は、口では神は無限だといいながら、実際は勝手に神の力を制限して神に祈っている。医者から「この病気は治らぬ」といわれると、もはやそれで神の力を制約して「不治だ」と思い込んでしまう。しかし治りたいから、潜在意識では医者にいわれたこと

ばを信用して「治らぬ」と思いつつ、それでも病気は治った方がよいから「治りたい」と思って信仰する。「治らない」と先に思って信仰するのであるから、「治らない」と思っている通りに、いくら信仰しても治らないのである。人生は、最初の第一念で思う通りになるのである。

 神を信ずるのであれば、無条件に、全面的に神の全智全能の偉大性を信ずることである。 心のどこかで、治らないかも知れないかと思いながら神に祈ることは矛盾である。それは神を信じていることにはならない。

 信仰は、100%か、0(ゼロ)かである。いささかでも神に疑いの心をもっているならば、それは0である。0か100%かを決心するためには勇気がいる。だから、真の信仰には勇気と努力が必要なのである。

 昨年11月、私は北陸へ行った。

 

  子供のてんかんが治る

 

 てんかんは医学では不治である。医者のすることは精神安定剤を投与してわづかに発作が起こるのを止めているだけで、根本的に治す力はない。だから医者は「くすりをのむのをやめたら、また起こりますよ」という。

 てんかんが起こるのは、その子の母親の心の影響と霊の作用が複合して起こるのであるから、その原因を除けばよくなるのである。

 医者は唯物科学のとりこになっているから、心に原因があるということは認めないのである。一人であれば偶然だという人もあるであろうが、同じ地区で二人も治っているのであるから偶然ともいえないであろう。

 

 

  医者に、足の骨を切れといわれた子供が、切らないで治った

 

 医者に「骨を切れ」といわれた、その子供を連れてこられた若いお母さんはほ痛々しくてやつれていた。足はギプスで固定してあるから、同じ年頃の子供が這い這いをするようになっても寝かしてある。子供は無心に笑っていても、片足を切ってなくした子供の将来を考えると母親の心は痛む。

 神の全智全能の力を阻んでいるのはほ、夫婦の不調和の、夫を信じ切れない心にあるのである。だから、神の無限の癒す力が現われるように、夫に感謝すれはよいのである。

 講演会場に行ったら、その子供が走り回っていた。その母親の顔も明るくなっていた。

 

 神の力に制限をつけてはならない。制限をつけると制限をつけた心の通りにしか現われて来ない。まだエイズの人の個人指導をしたことはないが、神の力の前には、医学では不治だといっても神の力以上の力があるわけではないからエイズも治る。

 エイズのような病気が出てきたのは、人間の心のあり方を反省させ、反対方向に向いている人間の心を神の方に振り向けさせる動機を与えるものである。

 

  私が嫌いだったもの

 

 私が小学生の頃、一年に一ぺん専門の医者が来て衛生講話がある。その講話は、「こうしたら病気になりますよ」と、病気の病状を細かく話をして、その病気がどんなに恐ろしいものであるかを説明されるのであるから、何をするでも「もしかしたらその病気になるのではないか」と恐怖心が起こってきて、こわくて仕方がなかった。私の子供の頃、一番恐れられていたのは結核だった。「衛生衛生」といってなんでも清潔に、手を洗え、口をすすげ、結核菌はどこにでもうようよしていると脅(おど)かされた。

衛生講話を聞いたあとは、真妙にしているけれども、その内に一々手も洗わなくなって、手を洗わなくなっても別に病気になることもなくって、病気になる恐怖心がなくなる頃には(一年かかって)またつぎの学年で、一年に一回の衛生講話があって恐怖心を植えつけられる。「こうしてはいけない、あゝしてはいけない」という式の話し方は、かえって人の心を暗くする。人間の心の成長を阻害する目に見えないものがあると思わせることになって、かえって人間をダメにしてしまう。

恐怖すると心の中ではいつもその病気のことを思っていることになるから、神経質な者はかえってその病気を自分に引き寄せることになる。

 子供に対して、あまり清潔を強調すると子供は、人間の生命を阻害するなにものかがあると潜在意識で思うようになって子供の生命を萎縮させてしまう。潔癖感の強い妻は夫と不調和になる。さらに「性は罪悪だ」と思う心が強いと、夫の要求を拒否し、拒否し切れなくなって交渉する場合でも、心の中ではいつも「罪を犯かしている」と思うから、罪を犯かしたくないという心が働いて、夫との交渉を早く終ろうとする。それが夫との間を不調にするのである。

 

  ある婦人の話

 

 その婦人は、上品で清潔な感じのきれいな人であった。カトリックの信者であった。

キリスト教では「性ほ罪悪だ」と教えている。

 相談というのは、娘が、自分の一番嫌いなタイプの男性と恋愛して夜遅く帰って来るようになったのでそれをやめさせたいというのであった。子供が親を嫌っていると、親が一番嫌っていることをして親に復讐しようと思うものである。復讐しようと意識して思うわけではないが無意識のうちにそういう行動を取ってしまうのである。自分がいってもなかなかいうことを聞いてくれないので、主人に頼む。主人がいうとますます娘はほ反発してわざと親が困るようなことをするといわれるのである。

 「性は罪悪だ」とクリスチャンは思っているから、クリスチャンの人に共通なことであるから、その婦人もそうであろうと、いろいろ聞いてみたら、やはりそうであった。

 夫との交渉が始まると、その婦人にとっては地獄だった。地獄の苦しみをそんなに永く苦しみたくはないから、ご主人に「早く終って、早く終って…」といわれるのである。終るとサッと便所にかけ込んで清浄されるというのである。

 最初は「娘のことで」といっていられたが、ほんねは「ご主人の浮気」ということであった。カトリック系の大学を出て、上流階級の出身だったから、表面良識的で上品であるというのが上流階級の人々の表面の礼儀であるから、いきなり「実は主人が浮気しまして…」とはいい出せなかったわけである

 その婦人の指導にはほ半日かかった。

 アダムとイヴの創世紀のまちがい。神が性を罪悪としてつくられる筈がない。妻は夫のすべてを受け入れること、いろいろな人の体験を交えて話をした。性の罪悪感が一べんで消えることはなかったが、行きづまっては何回か来られるうちに三年位かかって夫婦が調和されると娘さんも反抗しなくなって幸せな結婚をして行かれた。

 先月号で「関東研修会」の時の鳩のことを書いて置いたが、「性は神聖である」という話をしていたその神の愛の波動をあの鳩はほキャッチしたわけである。

 

 大宇宙が調和して衝突することなく回転しているということは、神の心は調和であるということである。神の心は調和であるから、人間が不調和であるとそれに対して自ら反省しなければならないようなことが原因結果の法則によって起こってくるのである。

 人間が、自分の心によって神の力を制限すると、その制限した分だけ神の力は現われないのである。

 

 消極的な我の感情も、否定的な我の想念も、神の豊富なる生命の世界に一歩も進めることは出来ないのである。消極的な我の感情も、否定的な我の想念も、神の豊富なる生命の世界に一歩も進める ことは出来ないのである。ただ吾らが伸展し豊かとなるのは、吾々自身を神に与えて、神の無限の恩寵をそこから汲み出してくるほかはないのである。

 

 信仰に大事なことは、神に対して自分を投げ出して無我になり、神に自分を投入することである。投げ入れたところから起こってくる自分の思いを実践してゆくことである。

 自分をダメだと思う消極的な我、それは罪悪感と劣等感から起こってくる。だから、罪悪感と劣等感をなくさなければいけない。神に自分を投げ入れ、神の力を信ずるということによって、罪悪感、劣等感もすべて心にかかる思いを捨てて神の側に立つことである。

 否定的な我は、神の外に自分があると、神と自分を対立させる心があるからである。善の外に悪があると、善と悪、光明と暗黒とを絶えず対立させて、悪ありと認めて悪をなくしようという思いは、煙草を指にはさんでいて煙りを払おうとするのと同じことである。

煙草の煙がいやであったら、煙草を捨てればよいのである。悪は神がつくられたのではなく、自分がつくったのであるから、自分がそれをしないようにすればよいのである。善は神の生命の現われた姿であるから、善をなすと、「これが本当だ」と思い、悪は自分のまちがった心の現われであるから、悪の姿を見ると「これは本当ではない」と思うのである。

 他力信仰は、自分の我で悪をつくっているのに、その悪の結果として病気や不幸が現われてくると、神は病気や不幸はつくらないのに、その神に病気や不幸を直して下さいと祈る。まして、他力信仰をする人達が神として祭っているのは偶像であり、その偶像には動

物霊や地縛霊が憑依していることが多い。だから、お釈迦さまもキリストも「偶像をまつるな」といわれたのであるが、今は仏教もキリスト教も偶像崇拝の他力信仰になってしまっている。他力信仰で救われる人は一人もいないのである。

 自力信仰を、特に、浄土真宗の人達は「異安心」といって嫌うが、それは親鸞上人の心に反する。

スター・デーリーデリーは「吾々自身を神に与えて」といっているが、親鸞上人は「自分を阿弥陀如来の方に投げ入れて、仏の方(かた)から自然に起こってくる、廻向されてくる信心、念仏」といっていられる。

 浄土真宗の人は「人間は罪悪深重の凡夫だ」といっているが、それなら、仏が人間を本来悪い人間として作られたというのか、自分が人間を悪い人間に作って置いて、そうして悪いことをするなというのは、矛盾ではないのか、これはキリスト教が「人間は罪の子である」といっているのも同じである。

 神、仏が悪い人間を作ったという、この根本的な考え方を捨てないと、人間はいつまで経っても救われない。

 正法は、釈尊、キリストの教えを正しく伝えるものであるから、この正法によって、日本だけでなく、世界の宗教改革をやらなければならないのである。

 私がスター・デーリーのことを書くのは、スター・デーリーの思想も、正法であるからである。

「神に自分を投げ入れて、そこから神の恵みを汲んでくる」このことを仏教では「無我全托」といい、仏に自分をすべてお委せするということである。すべてをお委せして、デーリーは「そこから神の恵みを汲み出してくる」といっていることを、仏教では「任運

無作(にんうんむさ)デーリーほ「そこから神の恵みを汲み出してくる」といっていることを、仏教では「任運無作」という。自分の運をすべて仏にお委せして、自分の我の心でいろいろいじくらない。自分の我の心でいろいろいじくらないで、お委せしたところから起こってくる思いを自分で表現しなければいけない。それが自力信仰である。

 浄土真宗の人々は「お委せ」とよくいうけれども、お委せすることはよいことであるけれども、お委せしたといって、お委せしたっきりで起ち上って動かないからいけないのである。お委せしたといって坐ってばかりいて、ただすることといえば「念仏を唱える」ということだけ。さて念仏を終って起ち上って行動するということになると、その行動する心の底にあるのは、「どうせ人間はよくなれっこはないのだから」という「罪悪深重の凡夫」思想だから、キリスト教の人々も「アーメン」と唱えたあとは「罪の子」の意識を持っているから、仏教といい、キリスト教といっても一向に世の中はよくならないのである。

 

 

 今まで正法会に入会していながら、会員をやめた人たちは、充分に正法が分かっていないで、自分の都合のよいように自己流で正法を聞いていた人達である。

 私が一番驚いたのは、「正法会は夫婦調和をいい出した。自分たちは、もう夫婦調和は卒業した」といって、やめた人達があったことである。その人たちは「夫婦調和はいやらしい」というのである。正法も自己流に受取るとたいへんな誤りを犯すことになる。

その人は夫婦調和は卒業したのかも知れないけれども、現在夫婦生活している人、これから結婚する人は夫婦調和は必要ないというのであろうか。

 自分の偏見を捨て切れずにいて正法の話を聞くと、「正法、正法」といいながら正法に背いて遂いに正法を捨ててしまうことになる。

 正法会に来て「人間は神の子である」と聞いたとたんに自分がえらくなって、まだ正法の話を聞かない人達が馬鹿に見えてきて増長慢になってきて、自分を買い被って道を踏み間違えてしまった。この代表的なのが今のGLAである。

 「釈迦、キリストは人間が幸せになる道を説かなかった。私の父高橋信次もぬけがらである」といった高橋佳子を、真の人類の救世主であると勝手に祭り上げて、その勝手に祭り上げた高橋佳子を「神」と崇め、その崇める人間が世界で一番信仰深いのであるといっている。

 女性週刊誌の「女性自身」の記者から、関口宏の奥さんの西田佐知子は、GLAの関東支部長だということですがと取材があった。

 芸能界に間違った正法を持ち込んだのは水沢アキである。もっとも水沢アキを間違えさせてしまったのは護摩堂節子という女であった。

 

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)

 

(二十九)

正法誌 No.176  1993年4月

 

 

 

   大ジェフの復活

 

 

 獄中に「大ジェフ」という仇名の男がいた。この男は豪胆無恐怖で名前が通っていた。彼には沢山の友達があったが、しかし真の友達は一人もいなかった。彼は無鉄砲であった。

彼の人の好さは、彼の悪意を挑発することを避けて、彼のご気嫌取りをする臆病な者共によって培われているものであった。大ジェフは刑務所の役人にとっては始末におえない男であった。他の囚人をなぐったり、度々脱獄を企てたりするので、しばしば彼を独房に放り込まねばならなかった。しかし刑罰を与えても彼には何ら好影響を与えないで彼はますます尚一層悪い方へと傾いて行った。

 そのうちに彼は一種の被害妄想のとりことなり、間断なく誰からか陥(おとしい)れられようとしているという強迫観念にとらわれるようになった。彼の方向へ視線を向ける者には必ず彼は怒りを現した。彼は早晩、彼に害を加えるであろうと想像する者を襲撃するだろうし、そのため多数の殺人が行われる恐れがあった。

 それで彼自身を保護するためと、他の者が危害を加えられないために彼を独房に隔離しなければならなかった。

 ある日、ジェフは自分の部屋の扉を開いた牢番をなぐりつけた。このために彼は独房に入れられた。それから暫く後に、裁判の前に精神鑑定のために病院へ送られた。そして、精神病の囚人として精神病室に移された。

 この大ジェフの行為及び反応については、昼夜を分かたず看守長に報告させられた。昼間勤務の看護夫達の報告は長々しく、面倒くさい事件が起こったように書いてあったが、夜間勤務のデリーの報告は単調で、きまりきったように、「動作は正常、反応も正常、睡

眠良好」と書いてあった。

 ある朝、夜番の勤務が終った時デリーは看守長に呼ばれた。

 「他の看守の昼間の報告書と、君の夜間の報告書ではまるで正反対だが、これはどうい

うわけかね」

 「閉めたドアと、明けはなしにしたドアとの相違です」

 「昼間閉(と)ざされたドアはジェフに対する恐怖をあらわしています。するとそれに対して対抗する行為をジェフはするのです。ところが夜間開かれたドアは、何らジェフに対して恐怖していないことをあらわしております。その結果はこ存じの通りでこざいます」

 それから看守長は、「大ジェフを君はどう思うかね。とにかく、あれは一体どうしたと君は思う?」と、ザックバランに聞くのだった。

 デリーは、「恐怖症です。看守長どの」と答えた。

 「なに、恐怖症なと?」

 「だって、君、この監獄で最も恐怖を知らない者は彼じゃないか。」看守長は叫んだ。

 「無恐怖の状態はかれの表面的な体裁づくりです。看守長どの」とデリーはいった。

 「彼は肉体的苦痛は恐れてはいないでしょう。彼の恐怖は深いところにあるのです。それは精神的、霊的な恐怖です」

 「それがどうして君にわかる?」

 「それは私自身が二十年間も持ち続けた恐怖と同じものです。その恐怖が私に反抗心を起こさせたのです。私は人間が私に加えるなにものも私は恐れません。私が恐怖したものは現実的に実際にあるものではありませんでした。それは影陰でした。ああしたからこうなりはしないか、こうさせられはしないかという想像上の恐怖でした。ジェフは気狂いではありません。彼は自分の内に深くあるものを恐れているのです。この恐怖のあるところに内心の悩みがあります。看守長どの、これが大ジェフの病気です。内心の悩みです。」

 看守長はいった。「ジェフはもう暫らくあそこに入れて置こう。何でも君が彼のためにやれることはやってよい」

 実はデリーはジェフの恐怖心の本体が何であろうと、そんなことはどうでもよかったのである。

 この種の場合の処置法についてデリーはジェフの恐怖心の本体が何であろうと、そんなことはどうでもよかったのである。

 この種の場合の処置法についてデリーは、その原因がなんであろうとかまわなかった。

 彼は、自分でわからないことはすべて、神にそれを引渡して、聖霊の力によって、その状態、その事件を解決してもらうので、常に彼はそれを実行していたが、特に、聖霊の力に委ねることは木曜日にまとめて実行することにしていたのである。

 デリーは、ペテロが神を信じたように、

 一、神を深く信ずる信仰の確立

 二、その信仰によって自分が強められること

 三、すべての人の幸せを祈る愛の心によって平和を得ること

 この三大法則に則って、自分の役割を果たしていたのであった。

わからないという場合は、その指導霊に相談して、その人にとってもっとも適当な方法 (このことは、人を指導する立場に立つ者が必ず実行しなければならないことである。 人を指導した場合、果たして自分の指導が完全であったか、どうも充分には指導できなかった、或は、まちがった指導をしたのかも知れない等と不安に思うことがしばしばある。昭和二七年、私が三十四才で生長の家の講師になって人を指導することになった時、その時すべてのことを知っていたわけではなかったから、知らないことを指導を求められると、つい、講師としての立場上なんとか辻褄を合せて苦しい答えをして、あの 指導は失敗だったと、後で良心の苛責に苦しむことがあった。そういう時私は必ず神に祈っていた。

 『神さま、私は精一ばい真心をもって指導いたしましたが、私の指導が正しかったのか、或いはまちがった指導をしたかもわかりません。しかし、真心だけは偽わらずに指導したのでありますから、たとえまちがった指導をしていたのでありましても、どうぞ その真心を認めていただきまして、あの方がもっとも幸せになられるように、あの方を導いてあげて下さい』と、私は一心に三十分位祈ることをしてきた。

 

 この祈りが効かれなかったことは一度もない。

 指導した後に祈ることは勿論、指導する前、或いは、講演する前などにも祈ってきた。

 『これからの指導が、あの方にとってもっともふさわしい幸せになられるような指導でありますように』

 指導が失敗するのは、「おれは指導者だ」という増長慢でするからである。指導者は いつも謙虚で、敬虔に神に祈れる人でないと奇蹟を起こすことはできない。

 祈りが効かれた時、またキリスト教関係者は、「神が祈りを聞いて下さった」「神に祈りが通じた」といってきて、それらはすべて「神の力」だと信じてきた。

 それについて高橋信次先生は、「宇宙創造の神が一々そういうことを聞かれることはない。祈る人の真心の状態を見て、本人の守護霊が相手の人の守護霊に伝えるのである。 霊の世界は時間がないから即座である。相手の守護霊はその問題についてどうしてよいかわからないという場合は、その指導霊に相談して、その人にとってもっとも適当方法で、適当な時に、心の内側から直観として指示を与えることになっているのである」と、教えていただいた。

   キリスト教の人達が、安易に「神が祈りを聞いて下さる」といっていることは、つつ しまなければならないことである。)

 

 ところでこの法則の適用は大ジェフをその悩みから解放したであろうか。

 まったく、ジェフは先の三大法則のデーリーの祈りによって解放され、癒されたのであっ まったく、ジェフほ先の三大法則のデリーの祈りによって解放され、癒されたのであった。

 大ジェフは、知的に人間の力でよくすることのできないより以上の力をもっていたので

ある。だからこの場合には、神のみが彼を癒し矯正する力をもち給うのであった。

 牢番とデーリーとは一しょに論じ合い、ジェフに興味を持ち、彼らはある点に於て一致し 牢番とデリーとは一しょに論じ合い、ジェフに興味を持ち、彼らはある点に於て一致した意見を持っていた。

 そこで二人はジェフを獄の規制の許す範囲に於いて解放することを決めた。

 一、神の力と、ジェフの真の自我、より善き実相、善なる本性を信頼すること。

 二、そうすることが、デーリーとして与えられた仕事に対する信念を強化することになる。

 三、ジェフに対する純粋な同情又ほ愛に於いて心の平和を得たこと。

 であった。それは一見、非科学的に、妙な学説をふり廻すように見えたであろうが、二人はこうしてジェフの教化方法の実行にとりかかったのであった。

 二人の信仰を裏切るようなことをジェフはしなかった。

 

 (こういうことを東洋の道徳では、「信を相手の腹中に置く」といってきた。相手を信 頼すれば、絶対にその信頼を裏切るようなことはされないものである。戦前はそうであった。

 しかし、戦後、民主主義、自由主義の名によって利己主義が横行し、世の中はすべて 資本主義、唯物論で、金や物質を得ることが人生の目的だと考えられるようになって、金や物を得るためには、人の生命をも平気で殺すというような世の中になってきた。

  

  第一に宗教家が信者を騙して金を捲き上げ、信者にまちがったことを説いて魂を殺すというようなことを平気でやっている。

  これでよいのであろうか。)

  

 

 

newpag2.gifTa4a.gif (1592 バイト)