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 シチメンソウのこと

 

平成十六年十月十六日土曜日、診療も終えて佐賀は吉野ヶ里遺跡の近郊、東与賀の海岸へ、「シチメンソウ」というアカザ科で、ホ  

ウレンソウの仲間の親塩水植物の紅葉を見に行きました。   

 海水にも育つという朝鮮半島由来の肥厚茎の珍しい植物です。

その地の役場から道順をFAXして頂いて、七分の紅葉という情報を貰って、家を車で飛び出したまでは良かったのですが、佐賀市街

へ入ってから、どう道を間違ったのか、あらぬ所へ向かっていました。

オタオタしているところで、眠りから覚めた助手席の家内が声を掛けましたから、もういけません。

「地図もあるのにナゼ」と、ひとしきり小言を受けたものですから、「もうしばらく眠っていろ」と応答しつつ近くの交番へ駆け込  

みますが、生憎(あいにく)巡回中らしく留守でした。 

途中では、この十一月の連休に向けて、国際バルーン大会の会場の設営中で、いくつかのバルーンは練習をしていました。 

程なくして次の交番へ駆け込むと、懇切丁寧に若いお巡りさんは佐賀弁で教えてくださいましたが、どうも間違いの元凶は、カーブの

道を道なりに進まずに、平行して走る大きな道に乗っかって走ったのが原因のようでした。

 もうその後は、判で押したように目的地へ向かって突き進みました。

 着いたのは夕方の五時近くでしたが、絶好の好天の夕日も鮮やかに、海風が頬を撫でて爽やかな一時(ひととき)でした。

 七分の紅葉とはいえ、十一月十日の新聞の写真と同じような光景でしたから、余り紅葉も進んでいないようです。

 シチメンソウは、潮が満ちてくれば海に沈むのです。

 潮が引くと顔を出し、満ちると顔を隠すのですから、相当な照れ屋さんなのでしょう。

 シチメンソウの群生地を囲むように整備された遊歩道から間近の潟を望むと、何千何万という無数のムツゴロウが忙(せわ)しく行き来

 して、大きな目玉をクルクルまわし愛嬌を振りまいていました。

肥厚茎というように外皮が厚いのは、塩により養分が溶け出さないように、懸命に自らを護っている姿なのでしょう。

 菜っ葉に塩なら、漬物が一丁出来上がり、ホウレンソウに塩なら、お浸しが上がりです。

夏には緑色して、秋には鮮やかな赤色など色々に変化するので七面草というわけですが、日本では有明海など限られた分布です。

立派にコンクリートされた堤防を歩いていると、顕彰碑が立っていて、見ると昭和天皇の「御製」がありました。

御製とは天皇陛下が詠まれた一句です。

昭和六十二年五月、嬉野で開催された植樹祭に当地を訪れられた陛下の句を、当時の侍従長の筆になるものをしたためたものでした。

この項は、平成十六年十月のことなのに、どうして十一月の記述かと申しますと、その時に撮った写真の現像がやっと出来上がった  

からです。

それを見ながらパソコンに向かっています。

いっぱしの、もの書きを自認する僕は、事ある毎にメモ帳に書き込むのですが、そのときペンがインク切れで書けないので、咄嗟に  

思いついて軽くて簡便なレンズ付フイルムで撮影したものですから、今日になったという訳です。

不便もありまして、全部撮り終わらないとDPEに出せないということもあります。 

ニコンの数台の本体とレンズ群、デジタルカメラ、バカチョン・カメラなど僕の書斎にはゴロゴロしていますが、特別な撮影を除い

て、レンズ付フイルムは僕には最高です。

 

     御製

 

面白し 沖へはるかに汐ひきて

 

   鳥も蟹も見ゆる  有明の海

 

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「昭和天皇陛下のこと」

 

 高橋信次先生は次のように教えられました。

「現代の故・昭和天皇は古代インドのアショカ王、その後のカニシカ王の生まれ変わりで、菩薩界の高級霊である」、と。

菩薩界とは、慈悲と愛の塊のような人間性の世界であり、この世とあの世を通して二万人ほどの超緊数の覚者の世界です。

アショカ王は、今から二千五百年前の古代インドのお釈迦様時代から、更に数百年後の人で、戦えば全戦全勝の勇者でした。

 戦っても戦っても、人を殺しても殺しても心が満たされず、「この空虚感は何なのであろうか」と苦悩します。

「そうだ、お釈迦様の教えを仰ごう」と仏教に帰依し、世界で初めて戦争を廃止、放棄して人類に範を示し、仏教を世界中に広めた人  

 です。

 この方が建てた石柱が、明治の初期にインドで掘り出されて、お釈迦様の存在を確たるものにして、その後のカニシカ王は、更に仏  

 教の流布拡大を図りますが、ゴダイゴの「ガンダーラ」という歌は、これに関係した曲です。

 アショカ王は戦争を放棄し、現代の昭和天皇は、第二次世界大戦の終戦の勅を出されたのは不思議です。

 同じような道を歩かれたのは同じ生命ですから、当然といえば当然なのでしょうが、数年前には「こういう戦争への道を歩んだのは  

 恥だという意味の「愧()ず」と書かれている新事実が明らかにされています。

さすがに責任感のある高霊格の方であるだけに、司令官マッカーサー元帥に会見された陛下は、元帥の前に進み出られると「これは皇

室の財産目録です、どうかこれで飢えに苦しむ国民を助けてください、私の生命はどう処罰されても構いません」

と淡々と心情を吐露される陛下の想いに感動した元帥は、一瞬にして天皇擁護論に変わったというのです。

ドイツの皇帝ウイルヘルムも「助けてください」と命乞いをしていますから、天皇も同じようにそうするであろうと考えていた元帥

は、この一連の行為を通して、陛下に天使の姿を見たというのです。

陛下の戦争における有罪論を、となえる人もいることは僕も知っていますが、軍部の先行に対して「戦争は絶対にいかん」と阻止でき

なかったことを自らの言葉で「愧ず」と残された真実や、植物などの自然科学の研究を日常のライフワークとされたことや、時の首

相が

「我々が何人かかっても陛下にはかないません、陛下が外国の要人に会見されると、どんな難問題も直ちに解決するのです、不思議な

力をお持ちの方です」

と言った事実や、晩年は長い闘病をされて亡くなりますが、医師団や侍従の一人が

「陛下は、痰をお吐きになれなかった、それも回復を遅らせた一つかもしれない」

と書いていますが、慎み深い陛下は、公衆の面前で吐き出せずに、いつもゴクンと飲み込んでおられたのでしょう。

これを読んだとき僕は陛下に、現代は死語になってしまった「男の美学」を見る想いでした。

もう一つ真実を挙げて、この項の終わりにしたいと思います。

鹿児島からお召し艦に乗られた陛下は、もう夕食というときにどこを探しても姿が見えない、すると薄暗くなったデッキの陛下は、堤

(ちょうちん)を振りかざす沿岸の住民に対して帽子を振り、頭を下げておられたというのです。

また、お召し列車の陛下は、山間部に点在する住民の姿を見つけては、直立不動で挨拶を交わしておられたといいますが、菩薩界の陛

下は、トンネルを抜ける一瞬だけが、気を抜くことができる時間だったのかもしれません。

こうして、今生での目的と使命を果たされた陛下は、経済大国という背景の中で、世紀最大の「大喪の禮」は各国の要人の参列を得て

挙行されますが、この頃、僕は皇居に出向いて記帳したあと、高橋信次先生の品川のご自宅を視察しましたので、記憶も特に鮮明で  

す。

この項を終わろうとしたとき、テレビは、陛下のお孫さんである紀宮さま(三十五歳)と黒田さん(三十九歳)の婚約内定を報じていまし

た。

暗い報道の多い中で、心温まる素晴らしい報道でした。

夕刻、小雨の降る中を勇んで天神へ出ると、各要地ではクリスマスに向けてイルミネーションが灯り、土日の歩行者天国により車路は

開放されていました。

社会実験という名目で歩行者天国(天神ラリー)は今日で終わりですが、三十年ほど前、僕が働くクリニック傍の東京銀座では、日本で

初めて歩行者天国は始まりますが、今は懐かしい銀座を思い浮かべました。

近くの天神警固公園では全公園は満艦飾のイルミネーションが小雨にキラキラと輝いていました。

そばのデパートの白いビルの壁には、一杯にクリスマスツリーの画像を映し出していましたが、十年ほど前には十二月の寒風の吹き荒

れる中、僕は少し離れたところに車を止めて、地面には二千ワットの発電機、車の屋根には高輝度のビデオプロジェクターを据えて、

新築なったデパートのビル壁面一杯に、高橋信次先生の講演ビデオを映し出したものの、警備に注意を受けぬかと、オッカナビックリ

で、三十分もしないうちに、疾風のごとく撤収しました。

現在は、博多駅周辺に二十四時間常時、高橋先生の講演を流すミニFM放送を開始すべく、二十年ぶりに半田ごてを握って自作のミニ

FM放送機を製作しています。

小学校三年生のときに三球ラジオを作ってからは、ラジオばかり作りましたから、この趣味の精密な手作業が、二度の脳出血でも手が

動くのを後押ししてくれるのでしょう

博多駅周辺を車で通り、FMのダイヤルを回せば、そのうちにカーラジオから高橋先生の声が聞こえて来るはずです。

アマチュア無線の免許は持っていますが、法に触れない微小放送電力が頭痛の種です。

大きすぎると福岡県全部に届きますし、小さすぎるとエリアが狭すぎますから、診療が終わってから毎夜車で走り回り、電波の到達状

態の検索にやっきです。

専門的にいえば、電波の強度を抑えるダミーロードの抵抗値の設定に手間取っています。

杖を付く一歩手前でも、僕ほど目的を持って生き生きと生きている者は、そういないでしょう。

 

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